白きアヤカシ
マスター名:神櫓斎
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/30 19:09



■オープニング本文

 ――山間に、小さな村があった。家屋は十数件ほどしかないような、小さな村だった。
 争いごともなく、凶暴な獣もアヤカシも出たことはない。
 ‥‥それまでは。
 一ヶ月ほど前の、とある夕暮れのことだった。
 女たちは夕食の支度に追われ、子供たちは家路を急ぐ。仕事帰りの男たちは汗ばんだ体を夕風で冷やして。
 平穏な時間の中、突如それは現れたのである。
 現れたのは白銀の毛並みを持った狼型のアヤカシであった。
 その美しいアヤカシに、村人はただ見入る。誰一人として逃げようとするものはいなかった。
 アヤカシは遠吠えを一つすると、二匹の灰色の怪狼を従えて堂々とした足取りで村の中心部へと進む。
 そして、駈け出した。
 風を切る音が聞こえてくるかのような速さ。到底人間が敵うものではない。
 身動き一つ取れないまま、村人たちは喰い殺されていく。それまで脅威のなかった村であるから、突然の出来事になすすべはない。
 大人であろうが子供であろうが、アヤカシが容赦するはずなどなく。
 村は一瞬のうちに、惨劇の舞台となったのである。

「――そして、あたしだけが生き残った」
 少女は震える声ですべてを語った。掌を爪が食い込むほど強く握りしめて。
「あれ以来、村には帰ってない。だからみんなもそのままなの」
 まだあどけなさを残した顔には、額から頬にかけて、アヤカシのものであろう爪痕がくっきりと残されている。
 それは少女が体験したことが、どれほど悲惨であったのかを克明に物語っていた。
「本当は自分で仇を討ちたいわ。でも、あたしが死んだら、誰がみんなを弔うっていうの? 誰があの悲惨な出来事を伝えるっていうの? ‥‥みんなを知ってる人がいなくなるなんてこと、絶対に嫌」
 俯いたまま、けれどはっきりと思いを口にした。溢れる激情を押し殺すように、淡々と言葉を紡ぐ。
「だから仇を討ってほしいの。あたしの代わりに」
 少女の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


■参加者一覧
守月・柳(ia0223
21歳・男・志
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
相馬 玄蕃助(ia0925
20歳・男・志
凛々子(ia3299
21歳・女・サ
赤マント(ia3521
14歳・女・泰
痕離(ia6954
26歳・女・シ


■リプレイ本文

●不条理たる悲劇
「よろしく、お願いします‥‥」
 開拓者たちを前に、少女は深々と頭を下げた。
 握りしめる手も、声も、震えている。それが怒りなのか悔しさなのか、それとも哀しみなのかはわからない。
 ただ一つ確かなのは、彼女が己の無力さに嘆いているということ。
「大丈夫だ。俺達がアヤカシを退治してやる。だからもう泣くな」
 鷲尾天斗(ia0371)は少女の頬を伝い落ちる涙を拭ってやってから、そっと頭を撫でた。
 右目は安心させるように優しく眇められている。眼帯に隠れた眼窩に滾った狂気は、誰に知られることもない。
「簡単で構わない、村の構造を教えてくれ」
 無地の用紙を差し出して、守月・柳(ia0223)は少女に請うた。私怨はないと口にしながら、少女の故郷を奪ったアヤカシは、許しておけないのだと言う。
 少女は小さく頷くと用紙を受け取り、村の構造を記して柳に手渡した。
「これから村の悲劇の一端を目にする者として聞くよ。アヤカシを討伐した後、村人達の遺体を弔ってあげてもいい?」
 赤マント(ia3521)が問う。赤い外套を身に纏い、速さに憧れる。彼女が求めるものは、誰も傷付かぬような速さだ。
 しばしの逡巡の後、少女は言葉を紡ぐ。
「‥‥あたしの手で、弔いたい」
「ならせめて、その手伝いはさせてほしいな」
 痕離(ia6954)は、にこりと微笑みながら言った。煙管からくゆる煙の向こうに見るのは、かつて滅んだ自分の里。無力さに嘆く少女に、彼女は己の姿を重ねたのだろうか。
「私にも手伝わせてほしい」
 一歩前に出て、篠田 紅雪(ia0704)も手を挙げる。アヤカシのせいで傷付き、苦しむ人々を増やしてはならないのだと。そんな静かな義憤が彼女の胸にはあった。
「私たちが、必ずアヤカシを退治してくるからね」
 少女の肩を軽く叩いて、凛々子(ia3299)は決意を新たにする。残された彼女が前を向いて生きていけるようにと、思いを強く胸に刻む。
「アヤカシの在り様がこの世の摂理と言うならば、それを除くのもまた人の世の道理にござる!」
 相馬 玄蕃助(ia0925)は吼えた。拳を握り、理不尽さに怒りを露にしている。その視線が凛々子の尻に向いているように見えるのは、気のせいに違いない。
「あのさ、その‥‥握手してくれないかな‥‥?」
 照れたように頬を掻きながら、小伝良 虎太郎(ia0375)がそんなことを言った。
 突然一人になってしまった少女。虎太郎自身も孤児であったがゆえに、思い入れが強いのだろう。
 少女は首を傾げながらも右手を差し出した。虎太郎はその柔らかな手を握り返し、言う。
「『この手』で仇、取ってくるから。待ってて」
 少女に、何より自分自身に言い聞かせるような、強い決意の言葉。
 その言葉を聞いた途端、少女の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「‥‥っ‥‥どうか、無事で‥‥!」
 涙ながらに無事を願う少女に見送られ、一行は悲劇の舞台へと向かったのである。

●気高き白
 件の村に着いたのは、夕刻に差し掛かった頃であった。
 かつては作物が豊かに育っていたのであろう畑は、今や草に覆われて見る影もない。
 少女が言ったように村人の遺体はそこここにあり、風雨の影響か、ほとんど白骨化している者もいた。
「ひどい有様だな‥‥」
 皆の代弁をするように、柳は眉を寄せて言葉を零す。
 そんな村の惨状を目にした天斗の脳裏に蘇ったのは、滅ぼされた己の一族。
「一匹残らず殲滅してやる‥‥」
 皆に知られぬような声で、天斗はぽつりと呟いた。
「奴らは‥‥?」
 紅雪が周囲を見回す。倒壊した家屋や納屋に視界を遮られ、アヤカシの姿は視認できない。
「‥‥建物の中にはいないようでござるな」
「ああ、村内部に姿は見えん」
 『心眼』を発動した玄蕃助と天斗が、状況を伝える。
「おびき出すしかないかな‥‥けど、ここは戦いづらそうだね。移動しようか」
 痕離は散乱している農具や、村人の遺体を見ながら言った。
 一行は比較的障害物の少ない村の中央付近へと移動する。
「じゃあ、いくよ」
 大きく息を吸い込み、凛々子は吼えた。
「さあ、出てきな! 相手をしてあげるよ!」
 響く咆哮。余韻を残して木霊する。
 余韻すらも消えた頃、二つの影がのそりと現れた。灰色の怪狼。
 そして堂々とした足取りで姿を見せる、神々しささえ漂わせた白き影。
 白毛に赤色の瞳。常ならばよくある姿で済むはずのそれは、けれど、狂暴たる色に染め上げられていた。
 赤い双眸は開拓者たちに注がれる。白狼には動く気配も、攻撃してくる気配もない。
 そんな白狼を守るかのように、怪狼は低く唸り声をあげながら、一歩、また一歩と一行に近づいてくる。
「さぁ! パーティーを始めようじゃないか! 壊れるまで踊り続けるパーティーをさぁ!」
 天斗は眼帯を押さえながら、狂気に満ちた冷笑を浮かべて啖呵を切った。
 その声をきっかけに、開拓者たちは散開する。
 怪狼を囲むのは、柳、天斗、虎太郎、玄蕃助、紅雪、痕離。
 白狼と対峙するのは、凛々子、赤マント。
 威嚇の唸り声を上げている怪狼とは対照的に、退路を遮断されてもなお、白狼は微動だにしなかった。
「とっとと逝けよ、面倒だから」
 冷笑を張り付けたまま、天斗は槍を突き出した。怪狼は飛び退り、避ける。
「もーらいっ!」
 怪狼の動きを読んでいた虎太郎は、にやりと笑って肘を引いた。素早く怪狼の横面に二撃叩き込む。
 拳を受けて大きく吹っ飛んだ怪狼を待ち構えるのは、退路を遮断している玄蕃助。
「士たる者の務め、果たすのは今ぞ!」
 勢いよく突き出された玄蕃助の槍は、怪狼の首を貫き、背中から飛び出していた。確認するまでもなく、怪狼が事切れていることがわかる。
 残った怪狼は怒りの雄叫びを上げた。
「潔く散れ‥‥。守月・柳、推参」
 静かな声で柳は言う。怒りに吠える怪狼の攻撃を誘い、それを受け流す。
 次の瞬間には鋭い眼光を、刀に乗せて怪狼へ向けた。
「‥‥亡き者達の痛み、思い知れッ!」
 空気ごと斬るような気迫を以て、柳は怪狼の脚を狙う。
「悪いけど、さっさと終わりにさせてもらうよ」
 距離を取っていた痕離が、柳の気迫に怯んだ怪狼に手裏剣を投げた。
 彼女の投げた手裏剣は怪狼の目に命中する。甲高い鳴き声を上げ、怪狼は頭を振った。
「終わりだ」
 紅雪は怪狼の胴目がけて刀を振り下ろす。斬撃は地面をも抉り、怪狼の息の根を止めたのだった。
「待たせたね」
 怪狼を討ち終えた仲間が合流するのを見た凛々子は、そう言ってにやりと笑みを浮かべる。
 白狼は周囲をぐるりと見回し、遠吠えを一つする。そして低く伏せたかと思うと、暴力的な視線を一行へと向けて唸り始めた。
 一番小柄な赤マントに狙いをつけた白狼は、彼女目がけて飛び上がる。
「素早さなら僕も負けてないよ」
 白狼をも上回る俊敏さ。外套を翻し、赤マントは難なく攻撃を回避してみせる。
「余所見してる余裕なんて、与えないよ」
 威力を上乗せた拳を白狼の頭に叩き込んでから、彼女はさっと立ち位置に戻った。
 脳を揺らされた白狼は数歩よろけたものの、すぐに回復する。
「もらった‥‥!」
 その間に紅雪は懐に潜り込んでいた。抜き身の刀は白狼の脚を狙い打つ。
 掠めただけではあったが、白狼を牽制するには充分であった。
 退路を作るためか、塞ぐ玄蕃助に体当たりをする白狼。
「なんのっ」
 すでに防御態勢に入っていた玄蕃助は、白狼の勢いを殺し、ぐっと踏み止まった。
 それにより白狼と距離が縮まった痕離は、木の葉に紛れて白狼の脇腹に短刀を突き立てた。
「いい加減、大人しくなって欲しいんだけどな」
 痕離は深々と差し込んだ短刀を一気に横へと薙ぐ。
 ぱっくりと開いた傷口からは、鮮血ではなく漆黒の瘴気が噴き出した。
「そっちの『牙』とおいらの『牙』、どちらが強いかいざ勝負!」
 虎太郎は『牙狼拳』をその傷口に叩き込んだ。痛みになのか怒りになのか、白狼が吠える。
「これで‥‥どうだ‥‥ッ!」
 炎に包まれた柳の刀が、白狼の喉元を捉えた。空気を裂き、白狼の喉を裂き。
 けれども白狼は生きていた。
 深手を負い、己の不利を見た白狼は、彼らを跳ね除けて森へと逃走を図る。
 その隙を、天斗が見逃すはずもない。
「後ろを見せるな、阿呆がぁ!」
 彼が編み出した技である紅蓮翼が――燃え盛る炎を纏った強烈な一撃が、白狼の背に叩き込まれた。
「‥‥悪夢は悪夢らしく消え失せろ‥‥」
 息絶えた白狼を大地へ縫い止めた天斗の槍は、その体が瘴気へと還り始めるまで緩められることはなかった。

●安寧を祈りて
 少女を連れ、一行は再び村へと足を踏み入れた。
「‥‥アヤカシは、もういないんだよね‥‥?」
 目の前で起きた惨劇を思い出したのか、少女は身を震わせた。傷跡を覆うように頬に触れている。
「うん、大丈夫。だって、約束したからね」
 虎太郎は頷き、少女に言った。
「ありがとう‥‥無事で、よかった‥‥」
 小さく礼を述べた少女は、遺体の一つに近寄ると、そっと手を合わせる。
「これでやっと皆を弔える。‥‥ごめんね、皆」
 一行は少女を手伝い、村人の遺体を丁寧に埋葬していった。
 全員を埋葬し終えたのは、奇しくも惨劇が起きたのと同じ刻限。
 少女はできあがったばかりの簡素な墓の一つ一つに花を供えている。
「手伝ってもらったおかげで、皆を早く埋葬してあげられた。あたし一人じゃ、きっともっと時間がかかっていたわ」
 墓を背に、少女は深々と頭を下げた。
「皆の代わりにお礼を言います。本当に、ありがとう」
「手伝いたいって言ったのは僕たちなんだから、気にしないで」
 赤マントはにこりと少女に笑いかけた。
「これからどうするんだい?」
 少女とともにしゃがみ込んで手を合わせていた凛々子は、立ち上がりざま少女に尋ねた。
「ギルドに村の整理依頼を出してみては? なに、ついでの営業活動と言うヤツにござるよ」
 玄蕃助の提案に、少女はしばし思考を巡らせる。
「‥‥そうね、いいかもしれない。村の状況を‥‥アヤカシの被害がどんなものかを知ってもらうためにも。依頼を出して、いろんな人に見てもらって」
 少女は、胸につかえたしこりが取れたかのような、どこか晴々とした表情をしていた。
「あたしね、村を復興したいの。また前みたいな村を。‥‥死んだ人は生き返らないけれど‥‥いつまでも塞ぎ込んでるわけには、いかないものね」
「前向きだな」
 天斗が、ふ、と微笑む。
「そうだね。きみが笑って生きていく事。皆も、それを望んでるんじゃないかな」
 煙をくゆらせながら、痕離は目を細めて笑った。
 いつか自分も、仇討ちができる日が来るかもしれない。その時自分は彼女のように、命を捨てずに挑めるだろうかと、己に問いながら。
「その傷はどうする」
 柳が短く問う。少女は傷跡に触れると、柔らかく笑みを浮かべた。
「残しておくわ。ここであったことを、忘れないように。生き残った意味を‥‥いいえ、残された意味を忘れないように」
 決意の言葉。それは一行の胸に響く。
「(願わくは、彼らに彼岸の安寧を‥‥)」
 紅雪は墓に目を向けると、心の中でひっそりと祈った。

 後に少女には、「村の復興費用に」と数名から匿名の支援あったそうである。