畑を荒らす不届き者
マスター名:神櫓斎
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/12 17:37



■オープニング本文

●死活問題
 蝉たちも声を潜め、山の木々が色付きだした頃。稲穂は黄金色に輝き、畑の作物も収穫を待つばかりとなっている。
 そんな爽やかな秋空の下で、平吉は頭を抱えた。
「またやられた‥‥」
 目の前の畑には食い荒らされた大根や人参などの野菜が散乱し、あちらこちらが掘り返され、見るも無残な有様となっている。
「お前さんとこもかい? 俺んとこもやられたよ」
 隣人である左兵衛が肩に鍬を担いで溜め息を吐く。
「ここのところ毎日だろう? まったく、どうしたものか‥‥」
 周囲を森に囲まれたこの村では、農業を日々の生活の糧としている。
 ゆえにこう毎日畑が荒らされては、稼ぐことはもちろん、食べることもできなくなってしまうのだ。
「今夜辺り、見張ってみようと思うんだが」
「危ないからやめておきなって。アヤカシだったらどうするんだい!」
 険しい表情で、左兵衛が言う。
「放っておくわけにもいかないだろう‥‥このままじゃ野垂れ死にだ」
「そりゃあそうだが‥‥何もお前さんがやるこたぁないだろう?」
「だが、いずれは誰かがやらなければならないんだぞ」
 平吉はすっかり腹を決めてしまったようだ。
 左兵衛は肩から鍬を下ろすと、やれやれといった表情で肩をすくめた。
「怪我だけはしないでおくれよ」

●不届き者の正体は
 その晩、平吉は物陰でじっと辺りを伺っていた。
 辺りは暗く、煌々たる月以外に明かりになるようなものはない。
「絶対に正体を突き止めてやる‥‥」
 武器代わりの鋤を握り締め、平吉は呟く。
 森は眠ったように静かだ。草むらでは鈴虫が鳴き、その存在を主張している。
 どれくらい経っただろうか。今夜は来ないのだろうかと平吉が半ば諦めかけた時であった。
 虫の音が止んだかと思うと、突然草むらがガサリと動き、大きな影が現れたのである。
 それは、大きなイノシシであった。口元からは立派な牙が生えており、硬い爪は地面をしっかりと掴んでいる。
 イノシシは悠々と畑まで歩み寄ると、柔らかい土を掘り起こして野菜をむさぼり始めた。
「この不届き者め!」
 鋤を振り上げて物陰から飛び出すと、平吉は無謀にもイノシシへと突っ込んでいく。
 平吉に気付いたイノシシは、鼻を鳴らして唸るような声をあげた。
 すると森に面した草陰から、四頭のイノシシが姿を現したのである。
「ひっ!」
 驚いた平吉は悲鳴を上げ、慌てて方向転換をするが、足がもつれて転倒してしまう。
 イノシシは容赦なく平吉へと突進する。
 平吉の情けない悲鳴が、村に木霊した。

●猪突猛進
「言わんこっちゃねぇ! 危ないって言ったろうが!」
 翌日。満身創痍となった平吉を見るなり左兵衛は声を張り上げた。
「だ、だが、正体はわかったんだ、いいじゃないか」
「いいわけあるかっ! 怪我しちまったら元も子もねぇだろうが!」
 左兵衛は深く溜め息を吐き、額に手を当てる。
「お前さんの馬鹿さ加減にはほとほと呆れたもんだ」
「馬鹿とはなんだっ」
「イノシシに突進したってぇのが、馬鹿以外の何だって言うだい」
 どっちがイノシシだかねぇ。
 すっかり呆れ返った左兵衛は、開拓者ギルドへ依頼することを決めたのだった。


■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
天寿院 源三(ia0866
17歳・女・志
厳木美雪(ia0986
14歳・女・サ
煉(ia1931
14歳・男・志
辟田 脩次朗(ia2472
15歳・男・志
柏木 くるみ(ia3836
14歳・女・陰


■リプレイ本文

●畑の惨状
「これはまた手ひどく食われたものですねぇ」
 畑を見た井伊 貴政(ia0213)は頭を掻いた。
 食い荒らされた野菜が散乱し、あちらこちらが掘り起こされてしまった畑は、無残の一言である。
「アヤカシでなくてまだよかった‥‥のかなぁ」
「そうかもしれませんけど、村人さんたちからしたら、どっちもどっちなんでしょうね」
 小伝良 虎太郎(ia0375)と柏木 くるみ(ia3836)はしゃがみ込み、転がっていた野菜を拾い上げて言う。
「こりゃ、牡丹鍋にしてやるしかないな?」
 樹邑 鴻(ia0483)は顎に手を添え、少々あくどく笑った。
「確実に駆除しなくてはいけませんね」
 辟田 脩次朗(ia2472)は森の奥へと険しい視線を送る。
 そこへ天寿院 源三(ia0866)と厳木美雪(ia0986)が作業道具を抱えて戻ってきた。
「罠を設置する許可をいただいてきました」
「『駆除さえしてもらえるならいくらでも協力する』だそうだ」
 厳木は腕にあった作業道具を下ろしてにっと笑う。
 同じく作業道具を抱えてきた煉(ia1931)は、罠設置の準備に取り掛かりながら、イノシシの出現時間を報告した。
「イノシシは日が落ちてから一、二時間ほどで現れるらしい」
「猪突猛進とは言葉ばかりで、急停止も急な方向転換もできるようです。実際に平吉さんが見ているそうなので、確かな情報かと」
「油断は禁物、ってことですか。うかつに背後を取るわけにはいきませんね」
 地面に置かれた作業道具を手に取りながら、天寿院の言葉に井伊は眉を寄せた。
「じゃあ、どこに罠を仕掛けようか。みんなの家からは遠い方がいいよね」
 小伝良が辺りをきょろきょろと見回しながら尋ねる。
「戦闘する場所も同じように遠い方がいいと思います。罠を抜けた先はどうでしょうか? もしもの時も食い止めやすいでしょうし」
「なら罠の前には作物のある畑が必要だろう。罠の区域を挟んで挑発してはどうだ」
 柏木、煉がそれぞれ意見を述べた。
 話し合いの末、森近くの作物のある畑を『畑区域』に、民家から最も遠い場所を『戦闘区域』に。そして『畑区域』と『戦闘区域』の間に挟む形で『罠区域』をつくることとなった。

●囮役には
 目印である小さな白い布の端を地面に軽く埋めながら、天寿院は手の甲で額を拭った。
「このくらい、かな?」
 罠区域にはトラバサミや落とし穴を複数設置。匂いに敏感なイノシシに気付かれにくいよう、トラバサミには土をかけて鉄の匂いを消してある。
 柏木の提案で、罠のある場所には、先ほど天寿院がしたのと同じように目印として白い布を置いた。 
「後はイノシシを待つばかりですね」
 辟田は手についた土を払い落とし、白い布の点在する周囲を見回す。
 丸めていたせいで痛む背中を伸ばしつつ、樹邑が困ったように言う。
「罠のところにイノシシを誘い込む役が必要だな。なるべくすばしっこい奴の方がいいんだが‥‥」
「おいらがやるよ!」
「大丈夫なのか?」
 重ねて問う樹邑に対し、小伝良は自信ありげに胸を張った。
「早さには自信があるんだ」
「そこまで言うなら、小伝良さんにお任せしましょう」
 井伊はにこりと笑い、作業道具を足元に置いた。

●不届き者登場
 日が落ちてから、どれくらいの時間が経っているのだろう。幸い月が出ており、充分な明るさがある。
 一行は戦闘区域付近の物陰に隠れて低く伏せ、じっとイノシシを待っていた。
 囮役を買って出た小伝良は、畑区域の側にある物陰で息を潜めている。
 夜は決して外には出ないようにと村人たちに言い含めてある。皆ことの成り行きが気になっているだろうが、約束通り、外には出てきていない。
「来るでしょうか‥‥」
「罠まで設置したんだ。来てもらわなきゃ困る」
 不安そうな柏木に、樹邑は前を見据えたまま答えた。
 今聞こえるものといえば、風に揺れる草が擦れる音と、そこで鳴く虫の声。
 闇に慣れきった視界の向こうに小伝良の姿が見える。
「‥‥来たようだ」
 煉が動いた。山奥の村で暮らしている分、獣の気配に敏感なのかもしれない。
 一拍遅れて、大きな影がぬっと姿を現した。それは聞いたとおりの巨大なイノシシであった。
 イノシシは悠々と畑まで歩み寄ると、首を下げ、作物を食み始める。
「こらー、その野菜は食べちゃ駄目だ!」
 畑側の物陰にいた小伝良がぱっと飛び出した。火のついていない松明を振り上げ、イノシシの挑発にかかる。
 小伝良に気付いたイノシシが威嚇の唸り声を上げると、草むらから四頭のイノシシが姿を見せた。
 イノシシたちが突進してくるよりも早く、小伝良は地面を蹴る。
「こっちだ!」
 小伝良が罠区域を抜けた直後、一行の松明が点った。
 一斉に戦闘区域に飛び出し、皆でイノシシたちを挑発。
 厳木は実に嬉々とした表情でイノシシの顔面めがけて石をぶつけている。
「それ! これでもか!」
 逆上したイノシシたちは思惑通りに罠区域へと足を踏み入れた。
 うち三頭が鳴き声とも悲鳴ともつかない声をあげて、落とし穴に落ちたり、トラバサミにかかったりする。
 しかし親玉らしき巨大なイノシシは、畑から動くことはせず、じっと様子を伺っていた。
 罠区域を無傷で抜けた一頭のイノシシが、天寿院目掛けて突進してくる。
「う、うーっ!」
 天寿院は横踏ですばやく回避。すぐさま平正眼を使用すると、方向転換してきたイノシシに向かって刀を突き出した。
 切っ先は頭に突き刺さり、イノシシの動きを止める。
 突進の勢いを流しきれなかった天寿院は、押されるままに尻餅をついた。
「痛いです‥‥けど、まずは一頭、仕留めました」
 少々目を潤ませながらも、確実に仕留められたことに天寿院は安堵した。
「足を狙えば、仕留めるのも容易くなるでしょう」
 落とし穴から這い出してきたイノシシと対峙しているのは辟田である。
 きりきりと弓を引き絞り、イノシシの足を狙う。
 放たれた矢は真っ直ぐに飛び、見事命中した。イノシシは矢の痛みに鳴き声をあげる。
「体が小さいからって舐めんなよ!」
 小伝良は怒りに体を振るわせるイノシシの背中へ、骨法起承拳を叩き込む。
 木がはぜたような音を響かせ、イノシシは沈黙した。
 弓を下ろし、辟田はふっと笑う。
「二頭目、駆除完了です」
 同じく落とし穴から這い出したイノシシがいた。足を痛めたのか、少々引きずるようにしている。
 それでも突進の準備をしているイノシシを前に、厳木は腕組みをしていた。
「さて、武道を学ぶ者として獣に遅れを取るわけにはいかんな」
 すらりと刀を鞘から引き抜き、イノシシに向けてまっすぐに構える。
 突進してきたイノシシを軽やかに避け、その背に刃を食い込ませた。
 しかし、イノシシの勢いは止まらない。
 進路には民家があり、さらに悪いことにイノシシが方向転換する様子はなかった。
 このままでは民家を破壊してしまいかねない。
「く‥‥間に合うか‥‥!?」
 厳木は走り、イノシシの前に躍り出た。イノシシの突進を食らい、厳木の体が弾き飛ばされる。
「うあっ‥‥!」
 地面を転がる厳木。直後、イノシシの体が地面に沈む。防御のためにとっさに構えた刀が、イノシシの喉元に食い込んでいた。
「っ‥‥俺も未熟だな‥‥」
 痛みを訴える体を起こしながら、厳木は自嘲気味に笑った。
「残りは二頭」
 抜き身の刀を下げながら、煉はトラバサミにかかって暴れるイノシシに歩み寄る。
「‥‥これで、残りは一頭だ」
 言葉と共に冷静に突き立てられた刃は、イノシシを確実に仕留めていた。
 取り巻きのイノシシを倒されてから、ようやく親玉イノシシが動く。
 符を構えて対峙していた柏木に狙いを定めると、足を踏み鳴らして唸り声を上げる。
 戦闘は今回の依頼が初めてだという彼女は、その圧倒的な威圧感に震えていた。
 息を飲み、術を発動することもできずに、向かってくる親玉イノシシを見つめている。
「柏木さん!」
 走りこんできた井伊がイノシシと柏木の間に割り込み、柏木の体を横に突き飛ばす。
 刀を防御の形に構えるが、巨体ゆえの勢いは殺しきれない。
「ぐぁっ!」
「井伊さん‥‥! あ‥‥足止めしなくちゃ‥‥!」
 弾き飛ばされる井伊を見て我に返った柏木は、慌てて体勢を立て直し、呪縛符を発動する。
「行かせません‥‥!」
 出現した式がイノシシの足にまとわりつくも、急停止した風圧で払い落とされてしまう。
「樹邑さん! 追撃、お願いします!」
「了解っ!」
 柏木の声に、樹邑が駆け出す。拳を引き、向かってくるイノシシの前足を薙ぐように気功波を放った。
 足払いをかけられて親玉イノシシがつんのめる。そこに掬い上げるように空気撃を使用し、その巨体を転倒させた。
「頃合ってヤツだ。そろそろ、鍋の材料になりやがれ!」
 さらに気功掌を親玉イノシシの側頭部に食らわせる。
「さっきの‥‥お返しです!」
 立ち直った井伊が、地面でもがく親玉イノシシに向かって飛び上がった。
 下向きに構えた刀を、落下の勢いを利用して巨体の頭に突き刺す。
 一際大きな鳴き声を上げ、それきり、イノシシは沈黙したのだった。

●嵐は去って
 辺りが静かになったのに気付いたのか、家の中から村人たちが恐る恐るといった様子で顔をのぞかせ始めた。
「まだ罠を片付けてないので、その辺りには入らないようにしてくださいね」
 罠区域を示し、天寿院がやんわりと注意をする。
「野菜とイノシシ見てたらお腹減ってきた‥‥牡丹鍋‥‥」
 腹の虫を鳴かせ、小伝良が呟いた。
「井伊さん、厳木さん。すぐ回復しますね」
 心配そうに眉を寄せて、柏木が治癒符で二人の傷を治す。
「ありがとうございます」
「すまないな、柏木」
 井伊と厳木はそれぞれ礼を言って微笑んだ。
「さーて、片付けを始めますか!」
 ぐるぐると肩を回し、樹邑は罠の片付けを開始した。
 手早くトラバサミを回収していく。その後ろでは煉と天寿院が落とし穴を埋めていた。
「野生との対峙、良い経験となりました」
 無事駆除を終えられたことに、天寿院は安堵する。
「喰われた作物は戻ってこないが、代わりにこの山鯨をいただくのはどうだろう? 量もあるし」
 傷の癒えた厳木が、顔をのぞかせている村人たちにそう提案する。
「野菜を散々と食いまくられたんだ。元は取らないとな?」
 罠を回収しながら、樹邑がにっと笑った。
 村人たちは顔を見合わせ、それからこっくりと頷きあう。そして辺りをきょろきょろと見回しながら、転がっているイノシシの死体を片付け始めた。

●食べるのも‥‥
「いやあ、本当に助かった! これでもう作物を食われないと思うと安心するよ! ありがとう!」
 駆除が終了したことを平吉に報告すると、彼は満面の笑みを浮かべてそう言った。
 彼の傍では柏木が治癒符を使って治療にあたっている。
「できましたよ」
 台所から井伊、煉、辟田が鍋を持って現れた。料理の得意な井伊を筆頭として、退治したイノシシの肉で牡丹鍋を作ったのだ。
「味付けしたのは貴政だから安心してくれ」
「俺たちは材料を切っただけです」
 煉と辟田は、少々苦笑いを浮かべている。
「おいしそうだな」
「ええ、いい匂いですし」
 鍋の中を覗いた厳木と天寿院が、笑みを浮かべながら言う。
「食べるのも一応供養‥‥だよね?」
「残さず食えば、な」
 ぐーぐーと腹の音を響かせながら、小伝良は首を傾げた。
 それに応えたのは樹邑である。
「では、いただきましょうか」
 平吉の治療を終えた柏木の声を合図に、遅い晩餐は始まった。
 かくして、小さな村の不届き者は無事駆除されたのである。