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■オープニング本文 花街を流れる川に、一本の橋が架かっている。川幅は狭いが、流れが速く深いため、橋は立派で、頑丈に造られていた。 その欄干にもたれるようにして、一人の女が立っている。 「こっちへ来なんせ」 艶やかな着物に身を包んだその女は、通りがかった男に微笑みを投げかけた。 男は女の笑みを見るなり、ふらふらとした足取りで歩み寄る。 「もちっと、来なんせ」 女が手招きするたび、男は女へと――橋へと近付いていく。 吐息が触れ合うほど近付いた男の耳元で、女は艶っぽく囁いた。 「わっち、一つ願いがござんすよ」 まるで夢を見ているかのような恍惚とした表情で、男は頷く。 「何でも言ってくれ。お前の望みは、必ず叶えよう」 「ありがとおざんす。わっちは‥‥」 途端、男の体がその場に崩れ落ちる。ごろりと力なく転がった男の、見開かれた瞳に生気はなく、肌の色は死人のそれであった。 男を見下ろしたまま、女は口の端を引き上げてにたりと笑う。 「魂が欲しいのでおざんす」 辺りは闇に包まれていたのにもかかわらず、その女の周りだけはやけに明るく、まるでいくつもの火を点したようであったという。 |
■参加者一覧
雪ノ下・悪食丸(ia0074)
16歳・男・サ
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
陽(ia0327)
26歳・男・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
相馬 玄蕃助(ia0925)
20歳・男・志
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
幻斗(ia3320)
16歳・男・志
伊崎 ゆえ(ia4428)
26歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●花やかな街 大門は、花街への唯一の出入り口だ。治安のためは勿論、遊女たちの逃亡を防ぐためでもある。 そしてその門の向こうにあるのが、不夜城・花街。一夜の夢を求め、男たちは今宵もまた花街に出向くのである。 ある日の夕刻。 「うぬぬ、花街‥‥! 話には聞いておったが、来るのは初めてにござる」 相馬 玄蕃助(ia0925)は落ち着かない様子で辺りを見回した。 「ふおっ、あちらもこちらも女性ばかり!? あの着物の下にはさぞや‥‥さぞや‥‥」 むがっ。 何とも形容しがたい効果音と共に、玄蕃助の鼻から血が噴出する。 「わっ、相馬さん、どうしたんですか!?」 すぐ側でそれを見た三笠 三四郎(ia0163)は驚き、思わず一歩後退った。 「花街って、何をする所ですか?」 物珍しそうに町並みを眺めていた伊崎 ゆえ(ia4428)が、興味津々といった表情で問う。 それに答えたのは陽(ia0327)であった。道行く遊女にヘラヘラと手を振りながら、さも楽しげに言う。 「綺麗なお姉さんと遊ぶ所だよん。‥‥お、カワイ子ちゃん発見!」 「花街って、遊ぶ所なんですか? 機会があったら、行ってみたいです」 陽の説明で、ゆえは『花街とは楽しいところである』と解釈したようだ。 『しかし、花街に‥‥ですか。確かに出ても不思議ではありませんが‥‥ね。瘴気とまでは行きませんが、さまざまな妄念が溢れていますから』 手元の式神人形を介し、青嵐(ia0508)がそう言葉を紡ぐ。 「何にせよ、早く討伐しなくては。美女集う絢爛なる花街に、瘴気が巣食うだなんて野暮もいいところだものね」 嵩山 薫(ia1747)はすれ違う遊女たちを横目で見ながら答えた。己の意思で進んだならば、風俗に生きるもまた女の道――それが彼女の考え方である。 雪ノ下・悪食丸(ia0074)は少々興奮した様子で幻斗(ia3320)に話しかけた。 悪食丸と幻斗は同じ拠点の仲間であり、一緒の依頼を取れたのは嬉しい偶然だったのである。 「幻斗さん、何気に俺達蒼穹隊の初仕事ですよ頑張りましょう♪」 「はい。拙者も出来る限りのことはしますよ」 にっこりと微笑みながら、幻斗は答えた。 「アヤカシは夜中に橋の上に出るそうですが‥‥どうやって戦いましょうか」 玄蕃助の鼻血の衝撃から立ち直った三四郎がそう切り出した。 「川姫を優先すべきでしょうか」 「橋が炎上となると面倒だし、鬼火を先にお片付けしちゃった方がいいんじゃない?」 『川姫が逃げないとも限りませんよ』 ゆえ、陽、青嵐がそれぞれ意見を述べる。 「橋に壁はないものね。四方に自由に逃げられるわ」 軽く腕を組み、薫は頷いた。悪食丸はしばしの思案の後に言う。 「挟み撃ち、と言うのはどうですか?」 「うむ、良い案にござる」 鼻に布を詰めつつ、玄蕃助も賛同した。 話し合いの結果、二つの班に分かれて挟撃することとなった。 壱班は三四郎、陽、薫、幻斗。弐班は悪食丸、青嵐、玄蕃助、ゆえ。橋を挟む形で待機するのである。 橋は木製だが頑丈そうだ。幅は十メートル、長さは二十メートル、川面からは三メートルといったところだろうか。 『戦えないことはないですが‥‥さて、どうでしょうね』 下見に来た青嵐は、にこやかな笑みを浮かべたまま懸念を口にした。 ●闇夜の中の誘惑 静寂と闇に包まれた花街。見える明かりは何軒かの店の軒下に下がる提灯と、開拓者たちの持つ松明だけ。 遊女たちの客引きはすでに終わっており、道行く人は見当たらない。 「綺麗な場所ですね」 辺りを見回しながら、幻斗は誰ともなしにそう呟いた。 すぐ下の川辺には可憐な野花が咲いているのが見える。流れによって生じたわずかな風に吹かれ、ゆらゆらと揺れていた。 「さて。今宵をあのアヤカシの最期の逢引とさせてあげましょうか」 手足を軽くほぐしながら、薫が不敵に笑う。 「こういった代物は当然の様に魅了を武器にし、人間の弱みに付けいる事で生延びてきた訳ですから、決して油断はできません」 キッと眼差しを強めて三四郎は言った。 陽は符を準備しつつ、緊張感のない笑みを浮かべている。 「サクッと終わらせて、お楽しみと行きたいねぇ」 一方、対岸にいる弐班の面々も、それぞれの得物の準備をしていた。 「まずは鬼火を片付けないといけませんね」 刀を確認しながら、悪食丸は言う。 『陽さんがおっしゃったように、橋が炎上しては一大事ですからね』 式神人形の頭を撫で、青嵐は笑みのまま言った。 「女のアヤカシでござるか‥‥。美女と言うからにはさぞいい尻を‥‥む、いかんいかん」 自分の呟きに、玄蕃助は慌て頭を振る。アヤカシの体付きを想像し、あわや二度目の鼻血を噴くところであった。 「玄蕃助さんは、何を言っているのでしょうか」 すぐ後ろで太刀を手にしていたゆえは、そんな玄蕃助を不思議そうな目で見る。 と、何の前触れもなく、空気が変わった。 辺りに淀んだ気が滞留し、重苦しい雰囲気になる。意識しなくとも、足元を瘴気がゆっくりと動いているのがわかった。 「来ます‥‥!!」 幻斗の鋭い警告の声と同じくして、辺りがぽう、と明るくなる。 「――こっちへ、来なんせ」 どこからともなく色めいた声が響いた。 川岸に現れた女は、艶やかな着物を引きずるようにして端まで歩む。女の周りには三体の鬼火がおり、まるで昼のように明るかった。 口元に笑みを貼り付けたまま、女は橋の中央までたどり着く。 「さァ、旦那。わっちのとこへ来なんせ」 ゆるりと手招きをし、微笑む。 「私が相手をして差し上げます!」 アヤカシを取り囲むなり、三四郎が咆哮を上げた。 川姫はゆったりと振り向くと、周囲をゆらゆらと漂っていた鬼火を三四郎に向ける。 鬼火は突如として燃え盛り、体当たりを仕掛けてきた。 「三四郎殿!」 幻斗が防盾術を使用し、三四郎を鬼火の攻撃から守る。 焼けた石に水をかけた時のようなジュッっという音がして、鬼火の炎の勢いが弱まった。 「幻斗さん、ありがとうございます」 「無事でよかったです」 三四郎は幻斗に礼を言い、幻斗もまた三四郎の無事に安堵した。 「それがしの槍、受けてみよ!」 巌流を発動した玄蕃助は、勢いを失った鬼火に向かって槍を繰り返し突き出す。 何度も槍で突かれた鬼火は、一瞬大きく揺らぐとその炎を弱めた。そして次第に小さくなり、最後にはかすかな音を立ててすっと立ち消えてしまう。 残る鬼火は二体だ。 「食らえ!」 悪食丸は隼人を発動し、先手を取る。鬼火が燃え盛るろうとする間もなく打ち掛かり、一息に切り捨てた。 両断された鬼火は大きく揺らぎ、立ち消える。 「残り一体‥‥!」 体勢を立て直した幻斗が緊張した面持ちで言った。 一方川姫と対峙しているのは陽、薫、ゆえだ。最後の鬼火もこちらにいる。 「お手伝いしますっ」 「大丈夫ですか!?」 三四郎と幻斗が三人に声をかけ、注意深く川姫を囲む。 「それがしも助太刀いたしまする!」 槍を構え、玄蕃助は薫とゆえの数歩後ろに控えた。 川姫は笑みを浮かべたまま、ゆるりと玄蕃助に手招きをする。 「さァ、わっちの願いを聞いてくんなんし」 「‥‥うぬぬ、いかん!」 魅了をかけられると瞬時に悟った玄蕃助は目の前に集中した。 前方にいるのは薫とゆえだ。ちなみに彼は、肉付き豊かな女子の尻をこよなく愛している。 「嵩山殿の‥‥伊崎殿の‥‥ぬおおー!!」 「このっ‥‥!」 「っ!」 雄叫びにも近い声に何を感じたか、薫とゆえはほとんど同時に尻を隠す。 「背後にも敵がいたわね‥‥!」 「‥‥そうですね」 薫とゆえは横目で玄蕃助を睨み付けるが、当の本人は危なかったとばかりに額を拭っていた。 気を取り直した薫は川姫に向き直り、掌に気を集中させる。 「この花街でアヤカシに見せる芸はなし。私の拳舞で十分よ!」 薫は一気に距離を詰めると、川姫の顔面に気功掌を叩き込み、すぐさま飛び退って距離を取る。 しばらく顔を抑えて呻き声を上げていた川姫は、薫を見るなりその表情を一変させた。 「おのれ、女‥‥! よくも‥‥!」 美しい顔は怒りに歪み、まるで悪鬼のようである。 川姫は怒りに任せて薫に襲い掛かった。同時に鬼火も向かってきている。 「火傷じゃ済みそうもないわね‥‥っ」 薫は向かってくる鬼火から距離を取る。 「はっ!」 すかさずゆえが太刀で鬼火を一刀両断にし、鬼火は煙のように消え失せた。 「あらら、美人が台無し」 陽はぽつりと呟くとすばやく呪縛符を発動。ぼんやりとした漆黒の手が地面や空中から無数に現れ、川姫に絡みついた。 「さあ、残るはあなただけですよ!」 得物を構え、三四郎は川姫を見据えて言う。 「くうっ‥‥離せぇっ‥‥!」 先ほどまでの優雅な口調は消え失せ、本来の性質が露になっている。 続いて攻撃したのは青嵐であった。まるで牛若丸のように軽やかに欄干に飛び乗り、川姫との距離を詰める。 陽の呪縛符で動作の遅くなった川姫に掴みかかると、零距離で雷閃を発動させた。 『雷姫』 雷を操る小さな式が川姫に纏わりつく。 「――ぁあああっ!」 瞬間体を走る衝撃に、川姫は悲鳴を上げて身悶えた。 「行きますよっ!」 三四郎は川姫に駆け寄り、スマッシュを発動する。 力一杯叩きつけられた刀は川姫の体に食い込み、その傷口から瘴気が溢れ出す。 青嵐は再び雷閃を発動し、川姫にダメージを加えた。 「地獄へ落ちろっ!!」 悪食丸の発動した成敗が、川姫を袈裟懸けに両断する。 「お、の‥‥れ‥‥おのれぇ‥‥!」 悔しさに満ちた声を残して川姫は瘴気の塊となり、そして、溶け消えていった。 ●戻った平穏 アヤカシの討伐を終えた頃には、すでに夜明けが迫っていた。 「‥‥亡霊かアヤカシか」 三四郎はそっと目を閉じ、死者の霊に祈りを捧げる。 「どちらにしても悲しい存在であることには変わりませんね」 薫は大きく息を吐き、青嵐もまた安堵の笑みを浮かべた。 「でもよかったわね。皆これといった怪我もなくて」 『橋への被害もなくて、何よりです』 「少々散らかっていますね。‥‥あ」 掃除をしようとしゃがみ込んだゆえは、橋の表面が削れていることに気付く。 「気のせい、と言うことにしておきましょう」 手早くごみを集めた彼女は、それをさりげなく傷の上に置いた。 悪食丸は大きく伸びをしながら、幻斗と玄蕃助を振り返る。 「幻斗さん、相馬さん。これから遊女屋に行きませんか?」 幻斗は顎に手をやり、しばし考えると、笑みを浮かべて頷いた。 「いいかもしれませんね」 「遊女屋‥‥女性‥‥はだけた着物‥‥」 ぶがっ。 妄想を加速させた玄蕃助は本日二度目の鼻血を盛大に噴く。 「さーて、俺もカワイ子ちゃん探しに行こうかなっと」 陽はへらりと笑い、朝日に照らされ始めた川沿いの道を歩き出したのだった。 |