【想伝】甘さは忘れて
マスター名:神櫓斎
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/20 01:03



■オープニング本文

 バレンタイン。それは遠い地よりここ天儀へと伝わった風習だ。
 この時期になると、軒を連ねる商店は例外なしと言っていいほどその風習を商売の糧とし、今年もまた、町は甘い雰囲気を醸し出す恋人たちでにぎわっている。
 その様子を、不服そうな眼差しで見つめる男が一人。ギルド職員である倉田直彦は、次々と舞い込む依頼を整理しながら深いため息を吐いた。
「バレンタイン、か‥‥」
 彼女いない歴イコール年齢の直彦の目には、何やら光るものがひとつ。
 職場にはもちろん女性もいるわけだが、最近ギルドの一員となった彼は、残念ながら義理を期待することもできず。
「独り身に厳しい風習を広めたやつめ、恨むぞちきしょう‥‥!」
 しばらく文句を垂れていた直彦であったが、
「こうなりゃ同じ思いをしているやつらを集めて、思いっきり騒いでやる。ふふ‥‥バレンタイン? いいや、『節分』だ」
 妙に誇らしげな直彦。その表情は実に生き生きとしている。直彦はすぐさま依頼書の作成に取り掛かった。
「節分か‥‥みんなで恵方巻きでも作って食うか。材料は持ち込んでもらって‥‥。そういや、最近は変わり種の恵方巻きがあるって聞いたな。ろーるけーき、だったか?」
 と、一心不乱に書き続ける直彦に迫る影が一つ。
「何一人でぶつぶつ言ってるのよ」
 けげんそうな表情で声をかけたのは、直彦と同じ時期にギルド職員となった能代幸花であった。
「『甘い雰囲気なんてぶっとばせ! 独り身同士を集めてどんちゃん騒ぎをしようじゃないか! 料理や酒の持ち込み大歓迎!』‥‥何よこれ」
 依頼書にでかでかと記された謳い文句を読み上げる幸花。眉間には皺が刻まれていき、けげんそうな表情が一変、うさんくさそうな眼差しを直彦に向ける。
「いい案だろう? ちょうどいい、お前も参加しろ」
「ちょっと、何言ってんのよ‥‥って、勝手に人の名前書かないでよ!」
 騒ぐ幸花を気にも留めず、直彦はさっさと彼女の名前を依頼人欄に記してしまう。
「もう! あたしに拒否権はないわけ?!」
「ああ、ないな」
 何を当然のことを、と言わんばかりの直彦はしれっとして言う。
 そして、直彦の依頼書作成は続き――。
「‥‥完璧だ」
 直彦は自称『完璧』な依頼書を前に腕を組み、満足そうに頷くのであった。
「声なんてかけなきゃよかったわ‥‥」
 浮かれる直彦のそばでげんなりと肩を落す幸花を、同僚たちが憐れみを含んだ眼差しで見ていたのは秘密である。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
雲母(ia6295
20歳・女・陰
夏 麗華(ia9430
27歳・女・泰
木下 由花(ia9509
15歳・女・巫
向井・奏(ia9817
18歳・女・シ


■リプレイ本文


「よく来てくれた! さあ、思いきり楽しんでいってくれ!」
 一行を出迎えたのは、すでにテンションの高い倉田直彦と、その横でげんなりとした表情を浮かべている能代幸花であった。
「今の世間の雰囲気見る限り、独り身にはつらい時期やなあ。‥‥まあ、パーッと騒いで存分に忘れるところにしとこな」
 天津疾也(ia0019)はそんな直彦の様子に苦笑いを浮かべる。
 すでに一般の参加者が集まっているのか、室内からは話し声が聞こえていた。
「何やらいい匂いがするでござるよ!」
 うきうきとした様子で室内を覗き込んでいるのは、四方山 連徳(ia1719)。今にも食べ物の山に飛び込んでいきそうだ。
「わ〜、人がいっぱいですね♪」
 最初に室内に踏み込んだのは木下 由花(ia9509)だった。早々に自分の席を決め、抱えていた重箱を広げ始める。
「たくさんお料理を持ってきたんですよ〜♪ ちらし寿司と、お煮しめと、おなますと、
栗きんとんと、鯛の昆布じめと〜」
 にこやかに品名を告げてはいるが、その内容はまさにおせち料理であった。
「この度は節分ということで会の設定ありがとうございます。私もいくらかお酒をお持ちしましたので、よろしければ召し上がってください」
「料理や酒の持ち込みが多いと思ったから、俺は菓子にしてみたよ。あと『ろーるけーき』ってやつも用意してみた」
 設楽 万理(ia5443)は持参した酒を、九法 慧介(ia2194)は菓子類を次々と机の上へ乗せていく。
 『ろーるけーき』に真っ先に食いついたのは、他でもない直彦だ。
「ほう、これが『ろーるけーき』か。最近はこれを恵方巻きとするのが流行っているらしいが‥‥」
「さすがに恵方巻きにはしないけど‥‥え、いや、食べたいなら止めはしないけどさ」
 興味深そうに『ろーるけーき』を眺めている直彦に、慧介は苦笑する。
「さて、軽く料理でも作ってくるか」
「腕によりをかけますね」
 煙管をくわえたまま、雲母(ia6295)は夏 麗華(ia9430)とともに台所へ姿を消す。
「こういう喧騒の中での怠惰もまた一興、でゴザル‥‥」
 賑やかな周囲を見まわしながら、向井・奏(ia9817)はひとり頷くのであった。


 一行を待っていたかのように宴会は賑やかさを増していく。
「基本的に泰の料理はコース料理なので、まずはスープをどうぞ」
 言いながら麗華が出してきたのは、ほぐしたフカヒレがたっぷりと入ったスープであった。
 その後は野菜料理、肉料理、海鮮料理と順序よく、そしてテンポよく料理が提供されていく。めずらしくも美味な秦料理に、参加者はいずれも満足そうであった。
「まぁ、一杯どうぞでゴザル。いっぱい飲んでくだされー」
 怠惰を良しとする奏は、酒瓶を手にぶらりぶらりと参加者の間をお酌して回る。時折おいしそうなものを見つけては、ちょいとつまんでもいた。
「たくさん食べやー?」
「おお、かたじけのうござる!」
 疾也が取り皿にしては大きい皿に山と盛りつけた料理に、連徳は目を輝かせる。
 連徳は受け取るや否やかき込む勢いで口に運び、見る見るうちに山は減っていった。
 にこにこと食べる連徳を見ながら、疾也はちらと雲母の様子をうかがう。周囲に文字通り女性をはべらせている雲母は、実に上機嫌そうであった。
 ふと、二人の目が合う。途端雲母は「うらやましいか?」とばかりににやりと笑った。
(「『お持ち帰り』は禁止やで」)
(「私は妹と嫁がすでにいるからな。問題はない」)
 目だけで会話するという高等技術をさらりとやってのけるあたり、さすが開拓者というべきなのであろうか。‥‥違うような気もするが。
 少し離れたところで、慧介は主催者の一人である幸花と言葉を交わしていた。以前幸花は二度ほど依頼を出したことがあり、慧介はその時の参加者の一人なのである。
「幸花さんの名前を見かけて、元気かなーとばかりに入ってみたんだけど‥‥元気ソウデスネ?」
 心なしか乾いた笑いをこぼす慧介。幸花の肩にぽんと手を置き、なだめるように言う。
「幸花さん‥‥こんな集まりを開かなくても、幸花さんなら好い人が現れるよ‥‥?」
 一瞬きょとんとした表情を浮かべた幸花であったが、すぐさま眉間にしわをよせると憤慨した様子で言葉を返した。
「倉田の馬鹿に巻き込まれたのよっ。‥‥あそこで声をかけたのが運の尽きだったわね‥‥」
 溜め息を吐く幸花にどこかほっとした様子の慧介は、軽い声を上げて笑う。
「‥‥あっはっは♪ そっか、巻き込まれたのかぁ。うん、元気そうでよかったよかった」
 少々挙動不審な慧介の顔を、幸花はじと目で見つめた。
「‥‥ん、いや好い人云々は本気ですよ? その辺りは冗談じゃないですよ? むしろ俺が貰いたいくら――」
「何よ」
 言いかけて、はたとやめた慧介にうろんな眼つきを向ける幸花。慧介は咳払いをしてごまかした。
「ごめん今のなしで」
「気になるじゃない、言いなさいよ」
「いや、大したことじゃないって」
 押し問答を繰り広げ始めた二人を見て、由香はほわりと微笑む。
「仲がいいんですね〜」
 その言葉が純粋な感想であるのか、はたまたからかいの言葉であるのかは、由花の性格を知っているならばそう悩むところではない。
「大丈夫か? 膝枕したろか?」
 早くも酒に酔って頬を赤く染めている万里に声をかけながら、疾也は自身の膝をぽんと叩く。
 と、彼に迫る影が一つ。
「――あたしぃ、酔っちゃったみたーい」
 語尾にハートマークがつきそうなほどの甘いハスキーボイスに嬉々として振り返った疾也であったが、影の正体を見た途端、その表情が笑みのまま凍りついた。
 坊主頭に立派なあごひげ、おまけに筋骨隆々な体――ゴリマッチョなお方が、そこにいた。ピンク色のフリルがたっぷりとついた、かわいらしい衣装を身にまとって。
「いや、俺の膝枕は女性専用なんやけど‥‥」
 口元をひきつらせながら、疾也はやんわりと断る。
「あら、心は乙女よん♪」
 マッチョな自称乙女は、疾也にばちこーん☆ とウィンクを投げつけると、疾也の答えも聞かぬままによっこらせと容赦なく膝に頭を載せた。
 疾也は涙目で仲間を振り返るも、巻き込まれたくないと皆素知らぬふりをしている。雲母にいたっては「ざまぁ」とばかりに煙管をふかしながらニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていたのだった。


 おおいに盛り上がった宴も、いよいよ終盤へと差し掛かる。
 すでに日も沈みかけており、夕日がまだまだ賑わいを見せる室内へと差し込んでいた。
 無言の恵方巻きタイム終了後、せっかくだから豆まきもしようと、疾也は直彦と慧介を巻き込んで鬼役を買って出る。
「独り楽しすぎる‥‥! バレンタインちくしょう!」
 すっかり出来上がっている直彦は、何やら文句を言いながら参加者の間を練り歩き。
「悪い子はいねえかー」
「それはなまはげだ」
 どこか間違った鬼を演じる疾也に慧介がツッコミをいれて。
「福はーうちー、鬼はーそとー、でゴザルー」
 騒ぎながらも楽しそうな三人に、奏はごろりと横になったままで豆を投げていた。
「独り身とはこうも卑しい物か、愚かだな」
 壁にもたれてぷかりと煙管をふかしながら、雲母は直彦の様子にくつりと笑みをこぼす。
「これ、杏仁豆腐っていうんでしたっけ。すっごくおいしいですね〜。ぜひ作り方を教えてほしいです〜♪」
 麗華の出してくれた秦のデザートに舌鼓を打つ由花。
「ええ、構いませんよ。えっとですね、まずは寒天をぬるま湯につけて戻して‥‥」
 由花はすかさず手帳を取り出して、麗華の説明を書き留めていく。
 万里は幸花相手に何やら早口で捲し立てていた。
「‥‥本当に、女性でよかったですわ。男性の方は義理でも本命でもなんでも貰った貰えないで一喜一憂しないといけませんしね。その点女性は仮に本命を貰ってくれる相手が見つからないと言っても、『私はあげれないんじゃなくてあげないんだ』的スタンスが取れますしね。むしろ普段出来ないから今日やるんだという話でもありますがそれが通用するのは十代までで、二十代でそれをやると重いって言われるんですよ」
 一気にそこまで言うと、万里はくいと酒をあおる。彼女の周りには、空になった酒瓶が数本転がっていた。
「‥‥実家からもそろそろ相手は見つかったかとの矢の催促。弓術師一族だけにね。それが嫌で実家を出て開拓者となったと言うのに毎週送られてくるお見合いの話。いや別に結婚したい訳ではなくて‥‥って、なら劣等感感じる必要なくないか私。‥‥いや何言ってるか分からなくなってきた」
 何の前触れもなく、万里はすとんと眠りに落ちた。どうやら自身の酒の許容量をすでに超えていたらしい。
「‥‥‥‥何か、最初とずいぶん印象が違うわね」
 すーすーと気持ちよさそうな寝息を立てる万里に、幸花はふわりと毛布をかけてやりながら苦笑する。
「うむ、近年まれに見る節分でござった!」
 満たされた食欲に、連徳は満面の笑みを浮かべるのだった。