悲哀の末路
マスター名:神櫓斎
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/23 23:14



■オープニング本文

 新月の晩になると、海辺で子守唄が聞こえる。

 そんな噂が東房にある小さな漁村で流れていた。中には、女とその腕に抱かれた幼子を見たという者までいる。
「なに、俺が確かめてやろう」
 村の漁師である男は、提灯を手に件の海辺を訪れていた。今宵は新月。噂が本当ならば、子守唄が聞こえるはずである。
 しかし辺りに響くのは穏やかな小波の音ばかり。
「なんだあ、やっぱり噂‥‥」
 男はふいに口を閉ざした。小波に混じり、声が聞こえたような気がしたのである。
 耳を澄まして辺りをうかがう。
「浜辺に誰かいるのか‥‥?」
 男は目を凝らした。人影は波打ち際をゆったりとした足取りで辿り、何か――おそらくは子守唄――を口ずさんでいるようだ。
 足音を忍ばせ、波打ち際へと近付く。近くの岩陰に潜むと、そこからひょいと覗き込んだ。
 その姿を捉えた瞬間、男は声を失った。
 提灯のわずかな灯りが照らし出したのは、顔の肉が半分腐り落ちた女と、その腕に抱かれた、ほとんど白骨化した幼子の姿だったのである。
「うわあああっ!」
 男は悲鳴を上げると、一目散に村への帰路を辿った。


■参加者一覧
橘 琉璃(ia0472
25歳・男・巫
天宮 蓮華(ia0992
20歳・女・巫
鳴海 風斎(ia1166
24歳・男・サ
飛騨濁酒(ia3165
24歳・男・サ
陽胡 恵(ia4165
10歳・女・陰
伊崎 ゆえ(ia4428
26歳・女・サ


■リプレイ本文

●村へ到着
「遠くなくてよかったです」
 天宮 蓮華(ia0992)は足元に荷物を置きながら、ふぅ、と息を吐いた。
「海の近くに村もないそうですし、安心して戦えます」
 伊崎 ゆえ(ia4428)は、側に立つ陽胡 恵(ia4165)に話を振る。
「そうだね。じゃあ、さっそく村の人にお話聞こうよ。少しでも早く助けてあげたいからさ‥‥」
「そうですね‥‥暗くなる前に現場に行っていた方がいいでしょう」
 扇をぱたりと閉じ、橘 琉璃(ia0472)は賛同した。
「では、みなさんが聞き込みをしている間、海の様子でも見てきましょうか‥‥。村から近いようですからね」
 そう言って歩き出した鳴海 風斎(ia1166)を、飛騨 濁酒(ia3165)がのんびりと追いかける。
「俺様も行ってこようかねぇ。サムライ二人なら、いざって時でも安心だ」
「私も行きます」
 ゆえがぱたぱたと二人の後についていく。
 風斎、濁酒、ゆえの背中を見送った琉璃、蓮華、恵は、村での聞き込みを開始した。

●聞き込み
「海辺のアヤカシ知ってる?」
 車座になって談話する老人たちの輪の中に入った恵は、そう切り出した。
「海辺のアヤカシ‥‥?」
「新月の夜に子守唄が聞こえる、と言う噂を聞いてきたのですが」
 琉璃の問いに、一人の老人がしばしの思案の後、唸るように言う。
「ふむ‥‥『新月の親子』のことかね」
「新月の親子、ですか?」
 蓮華が小さく首をかしげ、疑問を返した。
 老人は、ゆっくりと話し始める。

●水面は凪ぐ
 穏やかな波が寄せては返し、砂を浚っていく。
「こんなに綺麗なのに。それでも、アヤカシはいるんですね」
 哀しすぎます、とゆえは眉を寄せた。
「無情です」
 海の向こうを見ながら、風斎が溜め息を吐く。
 辺りを油断なく見回しながら、濁酒も風斎の言葉に頷いた。
「‥‥世の中そんなもんさ」
 遠くを見つめ、濁酒は苦々しげに呟く。
「だからこそ、俺たち開拓者がいるんだろ?」

●悲しき母子
 夕刻。風斎、濁酒、ゆえが海から戻って来ると、ちょうど琉璃、蓮華、恵が聞き込みを終えたところだった。
「あ、おかえり!」
 真っ先に恵が三人に声をかけ、まずは琉璃が聞き込みの結果を報告する。
「アヤカシは、村では『新月の親子』と呼ばれているそうです。女性の名は咲、子供の名前は糸」
 琉璃の言葉を補うように、蓮華が続ける。
「海辺で子供をあやしている時にアヤカシに食べられてしまったようです。夫はそれ以前にアヤカシに‥‥」
「食べられてしまった、と」
 ゆえは心苦しそうに言う。
「あの海辺はね、昔から『新月の夜には近付くな』って言われてるんだって。多分、今回とは別のアヤカシが出るからだと思うんだ」
 恵の台詞に、風斎は腕を組む。
「もしかしたら、そのアヤカシが女性に入り込んだのかもしれませんね」
「なら、なおのこと早く救ってやらんとな。いい頃合だし、準備が出来次第向かうとしようぜぇ」
 言うなり、濁酒は荷物の確認を始める。それを皮切りに各々が準備をし始めた。
 手を止めることなく、琉璃が濁酒に問う。
「海の方はどうでしたか?」
「穏やかなもんだったぜぇ。アヤカシの気配はなかったな。やっぱ話通り、夜にならんと出ないみたいだ」
「そうですか‥‥では、自分は先に行かせていただきます」
 琉璃はすっと立ち上がり、軽く頭を下げて海へと向かう。
「あたしたちもすぐに行くからね!」
 恵みは琉璃の背中にそう声をかけた。

●寂然たる海
 準備を終えた五人は先に待つ琉璃と合流。
 皆からは離れた場所にある岩陰には琉璃が、道に近い岩陰には蓮華と恵が、その右前の岩陰にはゆえが、最も海に近い左の岩陰には風斎と濁酒が、それぞれ身を潜めている。
 辺りは刻一刻と暗さを増していく。
「月がないだけでこんなに暗くなるんだね‥‥」
 提灯のかすかな明かりの中、蓮華の作った羊羹を口に運びながら恵は呟いた。
「晴れていて良かったですね。でなければ星もありませんから、完全な暗闇になってしまいますもの」
 蓮華もまた周囲への警戒を怠ることなく、恵が持参した麦茶を口に含む。
 闇に包まれた海辺。動くものはなく、ただ静寂が満ちた空間。
 ふと、かすかな音がした。
 それに最初に気付いたのは、皆から離れた場所にいた琉璃である。
「子守唄‥‥」
 注意深く辺りを見回した琉璃は、視界の端に影を見つけた。星明かりに照らされたそれを注視し、正体を見極める。
「さてと、頑張りますかね」
 呟き、琉璃はそっと火種を点した。

●死してなお
 琉璃の火種を見るなり、ゆえは浜辺に飛び出した。影を確認し、手にしていた松明をその足元めがけて放り投げる。
「暗いと、戦い様が無いですから」
 炎に照らされ浮かび上がったのは、顔が半分腐り落ちた女と、その腕の中にある幼子の骸。
 女の口は、生前の行動をなぞるように子守唄を口ずさんでおり、骸となった幼子はおくるみに包まれ、女の腕の中でもぞもぞと蠢いていた。
「その子守唄、生前に聞きたかったぜぇ」
 続いて飛び出した濁酒も、松明を放り投げる。すぐさま二本目の松明を点し、自身の足元に突き立てた。
 背後に回った濁酒は、あらかじめ油を塗っておいた矢に火を点け、アヤカシの背中を狙って射る。矢は真っ直ぐにアヤカシへと向かい、見事命中した。
 その間に風斎は海側へと回り、抜き身の刀を構える。
「逃がしは、しませんよ」
「気をつけてくださいね‥‥!」
 蓮華は風斎、濁酒、ゆえに加護法を付与する。
「大人しくしててっ」
 恵は濁酒の射た火矢を目印にして符を飛ばし、アヤカシの動きを束縛した。
 アヤカシは手足にまとわりつく式を振り払おうともがき、腕の幼子を守るように体を丸める。
「母の愛とはこれ程までに強いものなのですね‥‥」
 その姿を見た蓮華はそっと呟いた。
「それでも、アヤカシはアヤカシです」
 矢を放ちながら、琉璃が言う。
「ええ‥‥哀しいですけれど」
 いくら哀しかろうと、琉璃の言う通り、アヤカシはアヤカシだ。今まで被害がなかったことが奇跡なのである。
 それならば、他者へ危害を加える前に倒さなければならない。
「だからこそ、少しでも早く哀しみから解放してあげたいですわ」
 力の歪みを唱えながら、蓮華は頷いた。アヤカシは一層幼子を守ろうとする。
「私もそう思います。‥‥今、助けてあげますから」
 琉璃と蓮華を守るようにしていたゆえはアヤカシとの距離を一気に詰めると、長柄斧を振り下ろした。
 腐った肉体を切る鈍い音を立て、アヤカシの体が両断される。噴き出るどす黒い血。
 ゆえは咄嗟に飛び退き、返り血を浴びることを免れた。
 力を失ったアヤカシの体は後ろへと倒れていく。
 断たれる寸前に離されたのか、アヤカシの腕にあった幼子は砂の上で、おくるみから骨となった手足を出してばたつかせていた。
 その横で、女の体は黒い塊となって解けながらゆっくりと霧散していく。
「‥‥成敗」
 骸の幼子に、風斎が刀を突き立てる。音もなく、声もなく、小さなアヤカシは気体となって溶け始めた。
 軽く振るって刀を納めてから、風斎は目を閉じる。
 二人の姿が溶け消えた後に残ったのは、古びたかんざしと解れだらけのおくるみだけであった。

●安らかに眠れ
 アヤカシの遺体は、残らない。
 それでも供養をしてやりたい――皆の思いは同じであった。
「‥‥これでいいでしょうか」
 墓標代わりの石を立て、ゆえが蓮華に問う。
「ええ、大丈夫だと思いますわ」
「蓮華お姉ちゃん、ゆえお姉ちゃん。お花摘んできたよ」
「手向けとなりそうな色の花を選んできたつもりですが‥‥」
 そう言って恵と琉璃が墓へと供えたのは、白や黄色などの可憐な花だった。
 石を積んだだけの簡素な墓。納められているのは遺体ではなく、かんざしとおくるみ。
「これで、恨みを晴らしたから、上に行けるな」
「咲さん、糸さん、どうか安らかに‥‥」
 琉璃、蓮華がそれぞれ手を合わせる。
「‥‥死人も忙しいかもしれないが、もう化けて出るなよ」
 濁酒は手を合わせると懐から酒を取り出し、それを石に垂らした。
「俺からの餞別だ、いい酒なんだぜぇ」
 柔らかく笑う濁酒。乾いた石を、酒が濡らしていく。
「世は無情、されど憂うことなかれ‥‥でしょうかね」
 少し離れていたところで見ていた風斎の髪を、夜の海風が揺らしていた。