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■オープニング本文 ●突然の脅威 東房のとある村の裏手にある山は、村の子供たちの遊び場となっていた。 木々はすっかり葉を落とし、裸の枝を見せている。花はもちろん木の実も、野生の動物の姿も見えない。 それでも遊びには事欠かないようで、子供たちは毎日のように山に入っては、暗くなるまで遊ぶのであった。 その日も、いつものように山で遊んだ良次(よしつぐ)は、帰宅した後で山に上着を忘れたことに気付いた。 どうせ明日も山に行くのだから取りに行くのは明日でもかまわないのだが、一度忘れたことに気付いてしまうと、どうしても気になってしまう。 「‥‥やっぱり、取りに行こう」 薄暗い山道。心細さを感じながら、良次は遊び場へと小走りで向かった。 中腹の辺りまで来ると、木の枝にかけたままの上着を見つける。良次はほっと胸をなでおろして上着を手にした。 帰路に着こうと振り返った良次は、木々の隙間から見たそれに一瞬呼吸を忘れる。 早くも空に浮かんだ月の明かりで見えるのは、およそ人とは思えぬ巨大な姿。 頭には二本の角らしき影があり、手には丸太ほどはありそうな棍棒のようなものを持っていた。その周囲では大人ほどの影が十ばかり、うろうろと動き回っているのも見える。 凍りついた良次の脳裏に浮かんだのは、節分の時に目にする鬼のお面。 声一つなく、否、悲鳴すら上げられないまま、良次は村へと一目散に逃げたのだった。 ●忍び寄る危機 「でっかい鬼? 熊か何かを見間違えたんじゃないのか?」 どうにか無事村に帰ることができた良次は、村人たちに先ほど見たことをありのままに伝えた。 東房とはいえ、今までアヤカシなどの危機にさらされたことのない村であるから、良次がいくら「アヤカシに違いない」と訴えても、村人は取り合ってはくれない。 「――良次、どうしたの?」 ほとんど泣きそうになっていた良次が振り返ると、視線の先にいたのは青い髪を高い位置で結い、左の頬に菊と蝶の刺青をした女性だった。 「潤衣(うるい)姉ちゃん‥‥」 潤衣は良次と視線を合わせるようにしゃがみ込む。彼女はこの村の出身で、偶然帰省していた開拓者であった。 「アヤカシがどうとか聞こえたけど、わたしに詳しく話してくれないかな」 彼女の優しい声音に良次はこくりと頷き、見たままのことを話す。 話を聞き終えた潤衣は良次の肩をぽんと軽く叩いた。 「それじゃあ、わたしが様子を見に行ってくるよ。戻ってくるまで山には入らないでね」 「相手はでっかい鬼なんだよ? 姉ちゃん一人じゃ危ないよ‥‥!」 「大丈夫、危ないことはしないから。ね?」 言いながら潤衣は懐から翡翠色の勾玉をあしらった首飾りを取り出すと、それを良次の首にかける。 「これが、約束ね」 潤衣は安心させるように良次の頭をくしゃりとなでながら笑うと、暗い山の中へと足を踏み入れたのだった。 一日が経ち、二日が過ぎても、山に入ったきり潤衣は帰ってこない。 もう何度と山へ探しに行こうと思ったことか。だが良次は潤衣との約束を守り続けた。 そして三日が経った頃、村人の一人が「彼女の身に何かあったのでは」と言い出した。 不安はあっという間に村中に広がり、良次の話を聞き流していた村人たちの足を開拓者ギルドへと向けさせたのである。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
星風 珠光(ia2391)
17歳・女・陰
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
伊崎 ゆえ(ia4428)
26歳・女・サ
朧月夜(ia5094)
18歳・女・サ
胡桃 楓(ia5770)
15歳・男・シ
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●同志の安否 山中に灯る四つの火。ちらちらと揺れるそれらは、行方の知れない同志を思う一行の心情を表しているよう。 二人一組になり、お互い見える間隔で横に広がって潤衣の捜索を始める。 「潤衣君も開拓者のはずだけど帰って来れないんなんて‥‥何かあったのかな? 心配だねぇ」 列の右端で潤衣の安否を気遣うのは星風 珠光(ia2391)だ。夫である千王寺 焔(ia1839)に寄り添うようにしながら、用心深く辺りをうかがう。 「けがをしていなければいいんだが」 焔は手にした松明の明かりを頼りに潤衣の姿を捜しながらも、右の手は油断なく刀の柄にかかっていた。 「良次の話によれば、影は広場のようにひらけた場所で見たらしい。いつも遊んでいる場所だそうだ」 「その影が彼の見た通りの物だったら、一大事ですね」 銀雨(ia2691)は時折松明を地面に向けつつ、潤衣の痕跡を探している。その隣では伊崎 ゆえ(ia4428)が周囲に気を配りながら、心配そうに眉を寄せていた。 「なんとしても発見したいところだな」 朧月夜(ia5094)は言う。ターバンとマフラーで覆面をしているため、見えているのは強い光を宿した目の辺りのみだ。 「無事だといいですね‥‥」 不安そうな胡桃 楓(ia5770)は、どこか少女らしい所作で周囲に首をめぐらせる。 「けがか、あるいは子供が見た影に見つからないように身を潜めてるか‥‥後者なら脅威を排除してやればいいが、前者の場合はいそがねぇと」 険しい表情を浮かべ、酒々井 統真(ia0893)は松明を掲げ持つ。 「いずれにせよ、助け出せればそれでよしだ」 武器を構えたまま、瀧鷲 漸(ia8176)はじっと闇の先を見据えた。潤衣の姿も、はたまた良次が見たという影も、今のところ確認できていない。 (「もしも‥‥。‥‥いや、やめよう」) 浮かんだ考えを振り払うように、漸は小さく頭を振った。たとえどんなに絶望的な状況であろうとも、無事であることを祈る。それが今、彼女が潤衣にできる精一杯のことでった。 ●影の正体 潤衣の痕跡すら発見することができないまま、一行は良次が影を見たというひらけた場所の近くに辿り着いた。 「少し周りの様子を見てきます」 楓は朧月夜に松明を預けると、ゆっくりと足を踏み出す。眼に気を集中させている今の彼にとって、周囲の闇などないに等しい。 そして見つけたのは、おそらく良次が見たの同じ影。それは鉄甲鬼と呼ばれるアヤカシと、鬼たちであった。 楓は再び足音を忍ばせて仲間の元へと戻り、見たままを報告する。 「潤衣はいなかったか‥‥。とりあえずは、あのアヤカシどもを倒すとしよう」 すらりと刀を抜く焔。アヤカシたちは彼らの持つ明かりに気付いたのか、唸るような雄叫びを上げた。 「統真、雑魚は任せたぞ。私は大物を狙いにいく」 ハルバートを手に、漸は近付いてくる影を睨みつける。 「了解」 統真はぐっと拳を固めると、不敵な笑みを浮かべた。 ほぼ同時に、炎にぼんやりと浮かび上がる姿。鉄甲鬼を守るかのように前に出るのは、十体ほどの鬼。攻撃的な色を滲ませた目は、暗闇の中でもぎらぎらと不気味に光っている。 「速攻で叩き潰させてもらうぜ。雑魚に構ってる暇はねーんでな!」 声と共に、統真は敵陣へと突っ込んだ。体からは湯気のように気が立ち上っている。 振り上げられた鬼の腕を難なくかわし、その腕を掴んで地面へ頭から叩きつければ、呻きすら上げずに鬼は沈黙する。続いて襲いかかってきた鬼にも、統真は容赦なく拳を叩き込み。 「落ちろっ!」 統真の攻撃でよろける鬼の頭部に、銀雨は強烈な一撃をお見舞いする。ごきりと鈍い音がしたかと思うと、鬼の首があらぬ方へと曲がっていた。 「そこを退いてください」 静かな声とは裏腹に放たれる、ゆえの斬撃。振り下ろされた斧が生んだ衝撃は地面をめくり、彼女から離れた位置にいる鬼まで届いてその体を裂く。 運よくそれを避けた一体の鬼が、奇声とともに彼女に向かってきた。けれど行動を読んでいたゆえにとっては隙以外の何物でもなく。 「早く潤衣さんを捜しに行きたいんです」 ゆえの渾身の一撃は、容易く鬼を斬り裂くのだった。 凛とした眼差しで鎌を振り上げる珠光。暗闇ですら映える彼女の赤髪は、わずかな風にさえ揺れる。 「子供たちの遊び場、返してねぇ」 斬りつけ、突き刺し、そして地面に叩きつけて。流れるようなその動作に迷いはない。 最愛の者とともに戦場にあるということ、そしてその者を護りたいという思いが、彼女を強くするのだろうか。 鉄甲鬼と対峙しているのは漸。 「遠くだからといって油断すると‥‥こうなるぞ!」 かなりの重さがあるハルバートをもっての斬撃は、巨体の足元にある地面を砕く。 足を取られて大きくバランスを崩す鉄甲鬼。 「ボクだって‥‥!」 楓の放った手裏剣は鋭い孤を描いて、鉄甲鬼の目に命中した。 『ウオォォオオオ‥‥!』 鉄甲鬼は痛みに怒り、がむしゃらに腕や棍棒を振り回す。 地にめり込んだ得物を引き抜いていた漸は、数瞬反応が遅れた。 「漸さん!」 衝撃を覚悟し身構える漸の前に飛び出す人影。それが誰かを判断するよりも早く、漸の体は横へ突き飛ばされた。 「あぐ‥‥ッ!」 漸の代わりに鉄甲鬼の巨大な手に薙ぎ払われたのは焔であった。その細身の体は、いとも簡単に弾き飛ばされてしまう。 「いやっ、焔君‥‥!」 悲痛な叫び。蒼白な顔で駆け寄る珠光。いくら開拓者とはいえ、鉄甲鬼の力任せの攻撃を受けて無傷で済むはずがない。 「今、回復してあげるからっ」 痛みに呻く焔の傷を治療すべく、珠光は使役している式の力を借りる。瞬間、彼女の姿が常とは変わり、透き通るような銀髪が肩口を滑り落ちた。 「こっちですっ!」 鉄甲鬼の注意を引こうと、楓は声とともに手裏剣を投げつける。鉄甲鬼はゆっくりと振り返り、楓に一歩近付いた。 その隙を、逃すはずなどない。 鉄甲鬼の背中を見ることとなったのは漸。すぐさま武器を振り上げ、棍棒を構える鉄甲鬼の右腕に、力の限り振り下ろした。 「一撃必殺。好機が来たら逃さないぞ、私は」 漸はにやりと笑う。 ついでずしりと重い音とともに地面に落ちたのは、彼女によって切り落とされた鉄甲鬼の右腕だった。 その後ろで、珠光に支えられるようにして焔が立ち上がる。 「珠光、皆を守るため俺たちであの影を討つぞ」 不安そうに瞳を潤ませる珠光にそっと微笑んでから、焔は刀を構えなおした。強まった視線に呼応するかのように、刀身が赤い燐光を散らせる。 じり、と焔は一歩踏み込み、刀に込めた気を鉄甲鬼に向けて放った。生まれた風は刃となって鉄甲鬼の胴刻まれ、残った左腕をも切り離す。 「アヤカシは早々に退場するがいい!」 闇すら裂くような声。 研ぎ澄まされた重くも鋭い太刀筋は、抗う術を失くした鉄甲鬼を永遠に沈黙させるに充分であった。 ●見るは己の 脅威は去った。 その後一行は広場付近を捜索し、おびただしい量の血痕を発見する。そばには鎧の一部、そして真っ二つに折れた一振りの刀が転がっていた。 「潤衣さんのもの、でしょうね」 折れた刀を手に取って、ゆえはぽつりと呟く。 たった一人で立ち向かうには余りある鉄甲鬼。その力を身をもって知っている焔は、悔しげに眉を寄せる。そんな夫の手を優しく握りながら珠光は思う。無謀であるとわかっていても、大切な人を護るために引くことはできなかったのだろう、と。 「潤衣は、これで満足なのかね」 遺品となってしまったそれらを拾い集めながら、銀雨は誰ともなしに問いかけた。 「‥‥さあな」 漸はふと夜空を見上げる。つられたように、朧月夜と楓も顔をあげた。雲ひとつない空にかかっているのは、細く明かりを地上にこぼす三日月。 統真は強く手のひらを握る。 強大なアヤカシとの戦いは死と隣り合わせだ。いつ自分たちが彼女のようになるともわからない。 一行の心に重いものを残しながら、夜は更けていくのだった。 |