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■オープニング本文 「‥‥あー‥‥ちとさぼりすぎたな、こりゃ」 男――大村忠彦は庭を前にがしがしと頭を掻く。酒問屋を営む彼は、年始の忙しさに駆られていた。 忙しいということは、それだけ商品が売れているということなの証明にはなるが、その代わりに、彼の前の庭は大変なことになっていた。 日本庭園という言葉がぴったりなそこは落ち葉で埋め尽くされており、鹿威しが据えられた池には藻や水草が浮いてしまっている。 所々に立つ石灯籠は苔生し、蜘蛛の巣が張られていた。 縁側に腰をおろした大村は、どうしたものかと腕を組む。 庭師を雇えばいいだけの話なのだが、身元がはっきりしない人物に頼むのはどうにも気が進まなかった。 ただでさえ同業者の多い商売。競争相手の回し者に頼んだなどとなっては笑えない。 かといって人目に付くこの場所をそのままにしておくわけにもいかないのだが。 大村はふと思い出す。 「そういやあ、開拓者ギルドって手があったな」 ギルドに登録された開拓者であれば、身元がはっきりしているも同然。不安要素はないに等しい。 再び庭に目を向けた大村は、楽しげな笑みを浮かべる。 「これだけの落ち葉だ。掃除の後に落ち葉焚きってのも面白いかもしれないな‥‥。ついでだ、酒の配達も手伝ってもらおうかね」 大村はぽんと膝を叩くと、沓脱石の草履をつっかけて庭へと降りる。 かさかさと音を立てる落ち葉を踏み分けながら、開拓者ギルドへ向かうのであった。 |
■参加者一覧
ダイフク・チャン(ia0634)
16歳・女・サ
水鏡 雪彼(ia1207)
17歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
忠義(ia5430)
29歳・男・サ
緋宇美・桜(ia9271)
20歳・女・弓
ジュエル・ランド(ia9289)
20歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●気合いを入れて 「頑張って落ち葉をいっぱいいっぱ〜い集めて、みんなで焼き芋とかするみゃ☆」 意気揚々と声を振り上げたのはダイフク・チャン(ia0634)だ。 小さく鼻歌を歌いながら、ほうきを手に庭の端まで駆けていく。 「ああ、まずは熊手でおおまかに集めてからの方が早く終わると思いますよ?」 緋宇美・桜(ia9271)はくすりと笑うと、熊手を抱えてダイフクの後を追う。 「濡れた落ち葉とか苔はこの『樽』に、枯れ葉とかの燃えやすそうなものは、あっちの『落ち葉焚き予定地』にお願いします」 よいしょと樽を動かして、ジュエル・ランド(ia9289)はすでに掃除を始めた二人に言った。 水鏡 雪彼(ia1207)は、普段は背に流している長い髪をまとめると、調理の時にするように三角巾で頭を覆う。動きやすいようにとたすき掛けと前掛けをし、 「折角素敵なお庭なのにもったいないね。頑張ってきれいにしようね」 とにこりと笑った。 落ち葉に覆われた庭。女性四人で掃除をするのは骨が折れるだろうが、そこは開拓者といったところか。てきぱきと掃除を進めている。 桜は庭の隅の方から、熊手を使っておおまかに落ち葉を集めていった。 ダイフクは、まるで母猫を追う子猫のようにちょこちょこと彼女の後ろをついて歩きながら、熊手の隙間からこぼれた落ち葉を掃き集めていく。 「それじゃあうちらは、石燈籠の掃除をしましょか」 ジュエルはにっと笑って言った。石燈籠は全部で五つだが、いずれも蜘蛛の巣が張り、苔におおわれている。 「まずは蜘蛛の巣を払って、苔はへらで落として‥‥それから水拭きすればきれいになるかな?」 雪彼は、石灯籠の笠から中台にかけてかかっている蜘蛛の巣を小ほうきで払って回り、ジュエルは蜘蛛の巣が払われた石灯籠に向かい、へらで苔をそぎ落とし。傷付けたりしないように気を付けながら、ひとつひとつ丁寧に掃除していく二人。 ダイフクと桜が落ち葉を掃除し終えた頃には、雪彼とジュエルも石燈籠の掃除を終えていた。 「あとは池の掃除だけみゃ!」 どうやったか髪についた落ち葉をぱたぱたと払いながら、ダイフクは藻や落ち葉に浸食されている池を見やる。 「お池の底が見えないの‥‥」 落ちないようにとそろりと池を覗き込んだ雪彼は、残念そうに呟いた。 「とりあえず、浮かんでるものだけでも取り除こか」 ジュエルは鋤を手にすると。水面の落ち葉や藻を一ヶ所に集めていく。 「あるがまま、というのも趣があるのかも知れませんけど‥‥そんな趣ある光景になるには、何十年何百年とかかりそうですよね」 引き上げたごみを樽の中に入れながら、桜はのほほんと言った。 「石と鹿威しにも苔が付いてるみゃね。これもきれいにするみゃ!」 「お水、冷たいね。でも雪彼も頑張るのっ」 痛いくらいに冷たい水をものともせず、池の石や鹿威しをたわしでこすって苔を落としているダイフクの姿に、雪彼は自分を鼓舞するのだった。 ●仕事はてきぱきと 「落ち葉焚きで焼いた食材を肴に、酒を一杯‥‥いいねえ、オツだねえ♪ ‥‥ということで、全力で手伝わせていただきまッス!」 びしり! と依頼人である大村に敬礼をしたのは弖志峰 直羽(ia1884)だ。 「さっさと片付けて美味い酒を飲みたいもんだ」 酒好きである鬼灯 仄(ia1257)は楽しそうに口元を引き上げる。 「あ、あの‥‥男性ばかりの班なので、その、不手際があると思いますがよろしくお願いしますッ!」 異性に不慣れな倉城 紬(ia5229)は、配達メンバーから離れた所から会釈をした。 「そういえば、さっき庭を見てきたんスけど‥‥よくもまあ、あんなになるまで放置できたモンすわ」 忠義(ia5430)の少々横柄な言い方に腹を立てることもなく、大村は頭をかきながら苦笑する。 「忙しさにかまけて放っておいたらあのざまさ。‥‥さて、それじゃあ配達を始めようかね」 手分けをして配達した方が早く終わるのではという忠義の意見にみな賛同し、東の地域は大村を筆頭に仄と紬、西の地域は直羽と忠義で配達することになった。 「じゃ、俺たちは行きますぜや。依頼人様もキリキリ働いて下せえですよ」 忠義は配達先を書き付けた手帳を閉じながら、大村を見て言う。 「おう。お前らもしっかり頼んだぞ。くれぐれも酒は落とさないようにな」 ひらと軽く手を振り、大村は仄と紬を引き連れて東の地域へ向かった。 「美人の寡婦とか女将さんのいる店があったら嬉しいなー」 直羽は酒を積んだ台車を引きながらにへらと笑う。だが忠義の少々冷たい視線に気付いて、慌てたように顔の前で手を振った。 「いや、冗談っすよ? 当たり前じゃねーすか。やだなーもう☆」 「何にせよ、さっさと配達しちまいましょうや」 西の地域の配達は、微妙な敬語の忠義を直羽がフォローしながら進んでいく。 一方東の地域では、紬が重い酒樽をよろよろと運んでいた。両手でしっかりともっているからこぼす心配はないだろうが、傍目には危なっかしく映る。 と、横からひょい手が伸び、紬は驚いて顔を上げた。軽々と樽を持ち上げたのは、仄である。 「俺が運ぶ」 「え、あ‥‥は、はい、その‥‥ありがとうございますっ」 耳まで真っ赤になりながら勢いよく頭を下げる紬に、仄はふいとそっぽを向く。 「別に親切でやってるわけじゃねえよ。こぼれたら酒がもったいないだろ」 紬はこくりと頷くと、少し離れて仄の後に続いた。 「こんにちは、お酒をお届けにあがりました。今年も去年と同様にご贔屓のほど、よろしくお願いします♪」 頬を赤くしたまま紬はにこやかに店主へ挨拶をし、仄は酒樽を店の奥へと運び入れる。 「働き者ばかりで助かるな」 大村はひとりごち、満足そうに笑みをこぼしたのだった。 ●飲めやさわげや 配達に出ていた面々が帰ってきたのは、昼を過ぎた頃であった。掃除は終わっており、庭に三ヵ所、落ち葉が小さな山となっていた。防火や消化のためにか、水の入った桶もすぐそばに用意されている。 いずれの落ち葉の山もすでに火が点けられていて、そのうちの一つでは、ジュエルが持参した河原の石を焼いているところだった。 「あ、おかえりなさい。準備始めさせてもろてますよ」 時折石に水を数滴垂らして、焼け具合を確かめる。 「じゃあ私、食材の下準備をしてきます」 紬はみなから食材を受け取ると、それらを抱えて台所へ向かった。 「俺は除でもしましょうかね。どうせ色々と溜まってんでしょーが」 「あー‥‥じゃあ、酒蔵の掃除をしてもらおうかね。商売するのに不可欠だからな」 大村は忠義を引き連れ、彼ら開拓者たちににふるまう酒を選びに酒造へ向かう。 「お疲れさま、直羽ちゃん。もうちょっとでお餅が焼けるからね」 雪彼は縁側近くの焚き火の様子を見ながら、にこりとして直羽を労った。縁側の上には餡子の入った器がある。 「焼いたお餅に餡子をかけるとおいしいんだよ? 雪彼これ大好きなの。直羽ちゃんも食べる?」 にこにことしたまま、雪彼は焼けた餅を皿に取って餡子をかけ、箸で小さく切ってから直羽の口元へ差し出した。 「はい、あーん」 「うぉぉ、雪彼ちゃんが俺にお餅を‥‥!」 何を気にすることもない雪彼の無邪気なその行動に、直羽は大げさなほどに喜び、飛びつくようにして餅を口に入れる。 「うん、すげー美味い! ありがとうな、雪彼ちゃん!」 嬉しそうな直羽に、雪彼もまた満面の笑みで応えるのだった。 「みゃみゃみゃみゃ〜☆」 鼻歌交じりに、持ってきた干物を焼いているのはダイフクである。 「おいしく焼けるかみゃ〜?」 「焦がすんじゃねぇぞ」 縁側に座って煙管をぷかりと吹かしながら、仄は笑った。傍らには、配達の途中で購入した焼き鳥とするめ、そしてたい焼きが置いてある。 「頑張るみゃ☆ おいしく焼けたら、そこのたい焼きをもらうみゃ!」 「わかったからよそ見をするな。焦がしたらやらねえからな」 くつくつと意地悪く笑う仄に、ダイフクは「みゃ☆」と敬礼のまねをした。 「みなさん、ぜんざいが出来上がりましたよ」 「さ、どんどん焼いていきましょう!」 大きな盆にぜんざいの入ったお椀をのせた桜、下準備の済んだ食材を持った紬が台所からにこやかに戻ってくる。 「今日はお疲れさん。本当に助かったよ。これは俺からの礼だ、どんどん飲んでくれてかまわないからな」 酒蔵から戻ってきた大村が、酒樽を部屋の中央へどんと置いた。すかさず仄が、待ってましたとばかりに部屋へ上がる。 「こっちも飲んでいいそうですぜよ」 続いて忠義が、先に持ってきた樽より小さい、取っ手がついた桶のような形をした酒樽を二つ置いた。 庭先では女性陣と忠義が餅や食材を焼き。その様子を、縁側では直羽がぜんざいを口に運びながら、部屋ではちびりちびりと酒を飲み交わしながら、仄と大村が見守っている。 同じ酒好きとあってか、仄と大村はずいぶんと話がはずんでいるようだった。ダイフクが焼いた干物と、購入した焼き鳥を肴に、どこの酒がうまいとかどの地方の酒は最近出来がいいとか、実に楽しそうに会話をしている。 「お餅はいそべ焼とか‥‥ああ、砂糖醤油でいただいてもいいかもしれませんね」 桜は焼けた食材を次々と皿に盛りつけながら、ほわ、と微笑んだ。 ジュエルは持参した食材でねぎ味噌を作り、それをこれまた持参した鮭に塗って、よく焼けた石の上で焼いている。 「せや、大村さん。お願いがあるんやけど」 焼きあがるのを待つ間、ジュエルは交渉を始める。 「『腐葉土』と『灰』を渡しますさかい、依頼料にちょーっと色を付けてほしいんですわ。『灰』は日本酒の大敵である、ひおち菌の殺菌に使えますやろ?」 驚きの表情でジュエルを見ていた大村だったが、すぐさま楽しそうに笑い出して膝を叩き。 「なかなか博識な嬢ちゃんだな! そこまで言われちゃ仕方ないな。土産に酒を一本ずつ持っていくといい。今年の酒は上出来なんだ」 「ほんまですか? 大村さんって、太っ腹なお人やわ」 ジュエルは嬉しそうに手を叩いた。 飲めやさわげやの小さな宴会は、日が落ちてもなお、笑い声が絶えることはなかったのである。 |