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■オープニング本文 暗い洞窟の奥。地表に張り出した木々の根は複雑に絡み合い、隙間を縫うようにして日陰を好む植物が生えている。 天井や壁には無数の亀裂が走り、落下したのであろう岩がそこここに転がっていた。荘厳な中にある不気味な雰囲気のせいか、昆虫の姿すら見えない。 滾々と湧き出す清水を湛えた泉の傍に、その花はあった。 血のように赤い八重の花弁を持ち、背丈がおよそ三メートルほどもあるその巨大な花は、村人たちの間では『不睡花』と呼ばれている。 伝わるのは「生き血を吸う」と言う話。花を見に行った者が誰一人帰って来ていないということも、その話を事実たらしめる要因の一つとなっている。 もともとその花は、ある旅人が持ち込んだ種から芽吹いたものであるそうだ。淡い桃色をした可憐なその花は、人々を集め、村ができるきっかけともなった。 だが世界にアヤカシが出現した頃から、花は異常なほどの成長を見せはじめる。花弁は日に日により赤くなり、鉢を突き破るほど強靭な、棘のある根を生やして。 危機を感じた当時の村長が、まるで封印するかのように洞窟の奥深くに花を植えたのである。 今もなお、その花の妖艶とも言える様子から、危険を承知で見に行く者が後を絶えない。 このまま花を放っておくわけにもいかず、さりとてアヤカシだという確証もない。 困り果てた村長は、開拓者たちに『不睡花』の調査を任せることにしたのであった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
紅明(ia8335)
20歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●不睡花 村に着いた一行は、まずは村長に会うことにした。 「村や洞窟周辺でアヤカシを見たことは‥‥?」 簡単な挨拶をした後、瀬崎 静乃(ia4468)が村長に問う。 花がアヤカシ化したとするならば、近くに瘴気の沸く場所があり、また他のアヤカシがいる可能性も考えられるのだ。 「いや‥‥見たことはない。洞窟の方は花を持って行った時、襲われるようなことはなかったと聞いているが‥‥今はどうなっているかわからん」 困り果てた表情で村長は首を振った。 かつて人々の支えとなり、村ができるきっかけともなった花は、今や村人から畏怖の存在と捉えられている。 村人はもちろんのこと、村長ですらその花――『不睡花(ふすいか)』を実際に見たことはない。 「伝わっていることで構いませんので‥‥花について少し教えていただけませんか?」 雪斗(ia5470)の問いかけに、村長は『不睡花』の伝承を話をした。 話を聞いた羅喉丸(ia0347)は、一つ二つ頷きながら言う。 「手に負えなくなってからでは遅いか。‥‥念のため、何か掘るための道具を貸してもらいたいんだが」 村長は頷き、様子を見に出てきた村人の一人に鍬や鋤などの道具を持ってこさせ。 「どうか、よろしく頼む」 深々と頭を下げるのだった。 ●異形の妖花 道中、アヤカシはいないかや瘴気の沸く場所はないかなどを探しながら歩く。 幸いそういったことも場所もなく、無事洞窟前へと辿り着いた。 暗い入口がぽっかりと口を開け、中から吹いてくる冷たい風が一行を迎える。 「眠らぬ花ねぇ‥‥どんなもんなんかな。さて、花見と洒落込もうかね」 進入のためにと松明に火を点けながら、景倉 恭冶(ia6030)はどこか楽しげに笑みを浮かべて呟いた。 「不安をかいしょーしてあげなくてはいけないな」 凛々しい表情で言うのは江崎・美鈴(ia0838)。皆が準備できたのを確認し、先行。 「被害者が出ている以上、放ってはおけませんものね‥‥」 後方確認のために振り返りながら、趙 彩虹(ia8292)は歩く。 突然明るくなった洞窟内に驚いたコウモリが、開拓者の周囲を忙しなく飛び回っていた。 「花が無害ならいいのですが‥‥」 松明でそのコウモリたちを追い払う紅明(ia8335)はどこか硬い表情を浮かべている。初めてアヤカシを討伐することになるかもしれないと、少々緊張しているようだ。 隊列を組んで進む一行。 先行するのは美鈴、その横に恭冶。中央の静乃と紅明を護るように、その後ろに雪斗と彩紅が付き、最後尾を受け持つのは羅喉丸。 時折ネズミ型のアヤカシが襲いかかるが、彼らにとっては脅威ではない。 払うように倒していき、ついには洞窟の最奥へと到達する。 「断言はできないが‥‥コウモリ以外にはいないようだね」 『心眼』で生物の気配を探る雪斗。横では静乃が松明の明かりを頼りに『不睡花』の動向を窺っていた。 「‥‥動きはないね‥‥。こちらを待っているのか、それとも単に無害なのか‥‥」 毒々しいほどの紅い花弁。見ただけでは花が無害なのか有害なのかの判断は付けかねる。 わかるのは、見る者の目を奪うような妖しい美しさを持っていることだけだ。 「近付いてみるしかないってか」 慎重に足を踏み出す恭冶。周囲に注意をやりながら『不睡花』に近付いていく。 地面が、かすか動いた。 「左足元だっ!」 羅喉丸の声が飛ぶ。恭冶は反射的に右へ飛ぶも、根は脚を掠めた。 「いってぇ‥‥!」 顔を歪め、一旦恭冶は仲間の元まで後退する。 「こちらへっ」 すばやく治療の準備をして彩紅が呼んだ。女性が苦手である恭冶は一瞬身構えるも、わがままを言っている場合ではないと素直に彼女の治療を受ける。 恭冶を襲った根は、地表に出たまま、まるで開拓者たちを誘うようにゆらゆらと揺れていた。 大きな二枚の葉はまるで花弁を守るように包み込んでいる。 「‥‥その挑発、乗ってあげるよ‥‥」 静乃は一歩前に出ると、淡々と術を唱えて式神を召還する。 冷気を纏った小さな式が、伸ばした指が示す先、『不睡花』に向かってつららを放った。 根を掠め、葉にまで届いたそのつららは、一部を凍りつかせたものの、花の動きを止めるにはいたらない。 「まずは根から断つべきかな?」 刀を引き抜きながら、雪斗は走った。動きを止めるため、地中から次々と出てくる根を斬っていく。 切り落とされた根は蠢きながら、断面から瘴気が赤黒い瘴気を立ち上らせていた。 それを確認した静乃は納得したように頷く。 「根から瘴気が出るということは、花はアヤカシだね‥‥」 「だな。しかし‥‥自分から弱点を晒し出してくれるとはな」 花弁を守る葉を見て、羅喉丸は笑う。乱立する根の攻撃をかいくぐり、舞のような優雅な動きで巨大な二枚の刃を一刀のもとに斬り落とした。 改めてあらわとなる深い紅色の花弁。妖艶とすら言える美しさに、人々を虜にする理由もわかるというものだ。 「確かに綺麗ですね。‥‥けれど、アヤカシに変わりはありません」 矢を番えた弓をきりきりと引き絞り、紅明は言う。 初めてアヤカシを前にした緊張からか、その手はかすかに震えていた。だが射抜く精度に支障はない。 花へ到達する道筋を邪魔する根を、一つ、また一つと射抜いていき。 「ほんとでかいな‥‥よし、あたしも手伝うぞ! うにゃうー!」 剣を構えた美鈴が、根に向かっていく。順調に切り拓かれていく道。 「うにゃっ!?」 不意に美鈴の体が浮き上がった。足に絡みついた根。食い込む棘に、美鈴は顔を歪める。 「っ‥‥このすけべー!」 「美鈴さん、受け身を取ってくださいね」 じたばたと暴れ、根を斬ろうと奮闘する美鈴のもとへ雪斗が駆け寄り、彼女を捕らえる根を切った。 受け身を取る間もなく地面へ落下する美鈴。だが、さほど高さはなかったために、掴まれた足以外に怪我はなく。 静乃は涙目の美鈴を引きずるように後退させ、治療を施した。 「そろそろ終いにしたいとこなんだけどねぇ、っと」 掛け声は軽く、けれど攻撃は重く。恭冶の放った衝撃波は、地表に残った根を次々と断ち切っていく。 「本体を倒せばすぐですよ」 ダガーを構えた彩紅は、その掌に気を集中させながら『不睡花』に向かった。 どうやら根はあらかた片付いたようで、新たに地中から出現してはこない。 彩紅は肘を引き、斬撃とともに気を花弁に叩きつけ。 「これはおまけです」 後退と同時に、消毒薬の役目も果たしたヴォトカと松明を投げつけた。 ヴォトカはアルコール度数の高い酒。そこに火気が近付けばどうなるかは、文字通り『火を見るより明らか』である。 一瞬にして炎に包まれた『不睡花』。熱に悶えることもなく、ただそこに凛と咲いていた。 「のんびり花見といきたかったんだが‥‥アヤカシじゃあな」 残念そうに言いながら、恭冶は渾身の一撃を、燃えさかる『不睡花』へと叩き込んだのである。 ●花散りて 燃えていく『不睡花』。立ち上るのは酸化した血のような、赤黒い瘴気。 完全にアヤカシと化していた花は、その姿を残すことなく消えていくのだ。 「こいつが村一つできるきっかけになった花‥‥か」 一枚また一枚と地面に落ちては瘴気に還る花弁を見つめながら、恭冶は感慨深げに呟く。 一歩下がったところでは、紅明が不安そうに眉を寄せていた。 「しかし、この花の出元が気になりますね‥‥他にも存在してなければいいのですが‥‥」 「そうだね。元からアヤカシだったのか、それとも瘴気に触れてアヤカシとなったのか」 雪斗は頷く。いずれにせよ、脅威は去ったのである。 「‥‥それじゃあ、村に報告しに行こうか」 静乃に続くように、一行は洞窟を後にしたのであった。 「くちゃくちゃこわかった。化け物だった。でももう倒したぞ」 誇らしげに胸を張って村長に報告するのは美鈴である。 しばらくにこにことしていた彼女だったが、はたと周囲を見回すと慌てて物陰に隠れた。どうやら背の高い男の村人が怖かったらしい。 「うにゃうー‥‥」 「これ、ありがとうございました」 羅喉丸は物陰で鳴く美鈴を見て苦笑すると、結局は使用しなかった農具を村人へ返却する。 「洞窟に向かった人が少しでも生き残っていたらと思ったのですが‥‥」 申し訳なさそうな紅明に、村長は首を横に振った。 「あんたたちが気にすることじゃない。元々は引き留められなかった私の責任だ。危険を取り除いてくれただけで充分だよ」 危険を冒してでも見たいと思わせる美しさを持っていた『不睡花』。 そこまでして見るものではないとわかっていても、美しいものを一目でいいから見てみたいという欲は、言葉一つで止められるものではないのであろう。 |