気分だけでもとりあえず
マスター名:油村
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/07 22:14



■オープニング本文

「‥‥暑いわね」
 いかにもジルベリア人らしい、彫りの深い白い肌に玉のような汗をしたたらせ、ナタリーは赤い唇を尖らせた。日が落ちてだいぶ経つというのに、湿気を伴う暑さは一向おさまる気配がない。天儀の友人・笹黄金みのり(ささこがね・−)の屋敷に逗留してこのかた、連日の猛暑である。
「これじゃ脳みそまで蒸し上がっちゃうわ‥‥!」
「さようでございますね――あの、本当に縁側でお休みですか?」
「だって座敷じゃ暑いんですもの」
「‥‥では、お床はこちらに」
 げんなりした表情の客とは対照的に、笹黄金家の使用人・美知(みち)は平然としている。いや、彼女だって暑いのだが、ぼやいたら涼しくなるでなし、さっさと仕事を済ませてひとっ風呂浴びて、朋輩と恋バナのひとつもしながら遅い夕食をとって明日に備えて眠りたいのだ。
 と、座敷からはみだすかたちで縁側に蚊帳を吊る背後で、また泣き言が始まった。
「まったく忌々しい暑さね! どうにかならないものかしら」
「毎年のことでございますからねえ。今じぶん暑くなりませんと、秋の実りに障りますし」
「ああ、うん。それは教えてもらったわ。この暑さが天儀の気候には大事ってことは承知してるのよ?」
 ちょっとトーンを落として真顔になる賓客を、美知は意外に感じた。旦那様のお客人は変た‥‥もとい変人、と仲間うちでもっぱらの噂だが、だからといって非常識というわけではなさそうだ。
「けど、わかっていてもやっぱり暑いわ! 暑いのよ! あたしの国はこんなに毎日毎日昼夜を問わず暑くなったりしないし! てか、この湿度ありえなくね!?」
 美知のこめかみに軽く青筋が立つ。
(ひんやり快適ジルベリアからわざわざ猛暑まっただなかの天儀の街中に来といて寝言ぬかすなやワレ)
 などと胸の内の本音を抑え、宥めすかして詳しく聞けば、本来なら高原の別荘にまっすぐ向かう筈が、悪戯好きの旦那様の口車にまんまとのって、こちらの屋敷に来てしまったらしい。のる方ものる方だが、七福神の布袋さんにそっくりなつるつるの頭と福々しく太った体を茹で蛸もかくやと赤く染め、ふうふう唸っている様子はあまりに気の毒だ。
「ねえ、どうにかして気分だけでも涼しくなれないかしら!?」
 つぶらな瞳ですがるように問われると、何かしら提案せずにはいられなくなる美知であった。

 翌日、美知はギルド受付にいた。
「旦那様のお客人のために、『怪談と肝試しの夕べ』を催すことになりまして‥‥」
 その手伝いをしてもらいたい、というのが依頼だ。客人・ナタリーとの経緯を簡単に語り、
「怖い話を聞いたり、肝試しで怖い思いをするとぞっとして涼しく感じることもあると申し上げましたら、たいそう乗り気になってしまわれて‥‥旦那様は折悪しく急ぎのお仕事で、終わり次第ご一緒に本物の避暑に出かけられるそうですけど、それまでほったらかしで暑がらせておくのは良心が痛むんです。なにせ汗疹までできてるんですもの」
 子供かっつーの、と心中つけ加え、美知の説明は続く。
 趣向としては、歓談しつつ夜食をとり、頃合いになったら母屋の一室で順繰りに怪談を語る。その後渡り廊下から離れへ向かい、暗い座敷を二つ三つ巡った後、縁側から庭へ降り、庭木や植え込みの脇を通って池に出て、畔のあずまやに置かれた香炉を取って戻って来る、というものだ。怪談に一〜二時間、肝試しに一時間程度を予定している。
「ひと通り準備はしたのですが、なにぶん素人のすることですし、ここは念を入れて開拓者の方々にもお力添えいただこうと‥‥例えばそう、怪談のネタ提供とか、自ら披露するとか、肝試しの裏方とか、ナタリー様と一緒に怖がって盛り上げていただくとか。もちろん、他にもありましたらぜひどうぞ。小道具など必要な品は、お申し付けいただければこちらでご用意いたします。よほど稀少だったり高価でなければ、すぐに手配できるでしょう。ああ、それから」
 一つ、ご留意いただきたいのですが、と美知はつけ加えた。
「旦那様が仰るには、ナタリー様は『好奇心旺盛でノリのよい、いじられキャラ』とかいうご気性で、多少はめをはずしても本気でご機嫌を損ねたりなさらないそうですが‥‥あくまであの方のための余興ですので、今後の生活に障るほど怯えさえたり、過剰な暴言で傷つけたりはなさらないよう、くれぐれもお願いいたします」


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
葵・紅梅(ib0471
25歳・女・ジ
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
エリン(ib3972
20歳・女・魔


■リプレイ本文

●事前
「まー最近はえらい暑いからなあ、怪談でもして涼もうっちゅうのはええことや。アヤカシが出たらしゃれにならんがな」
「もしものときは皆様にお任せいたしますね」
 笑いながら冗談を言う天津疾也(ia0019)に、美知も笑顔で頭を下げる。
 笹黄金家の一室で、開拓者と美知ら使用人が打ち合せを行っていた。
 話す順番や演出などを詰め、それに基づいて朋輩に指示を出す美知に、斉藤晃(ia3071)が用意の蝋燭を渡す。
「百物語やなくてもこれは怪談の必須アイテムやろ」
「さようですね、では頂戴します」
 そんな会話に、ときおり強い雨音が被さる。
 つい先刻から降りだしたもので、あいにくの本降りである。
 このぶんでは止んだところで足元が悪かろう、庭に出たお客人が転びでもしたら一大事、ということで『怪談と肝試しの夕べ』は急遽予定を変更し、離れでの怪談会となった。

 離れは闇に沈んでいた。
 中央にしつらえられたジルベリア風の燭台が唯一の灯りである。
 どこかに隙間があるのだろう、ときおり湿った風が頬を撫でた。
 心細げに揺れる蝋燭の炎が、かえって室内の暗さを際立たせる。
「夏の風物詩やなぁ。イッツ怪談タイム」
 晃はどかりとあぐらをかいた。琉宇(ib1119)、疾也も後に続く。
「上手にお話できますかねぇ〜」
 エリン(ib3972)は落ち着いた物腰で、ひときわ陰の濃いあたりに腰を下ろした。
 そこへ、美知に案内されて白い巨体――もとい、ナタリーが汗を吹き拭きやって来た。
「あなたがたが語り部さんね? 今夜はよろしくぅ! ほんっと暑いわねえ。怖くなったらちょっとは違うのかしら?」
「かもね? ‥‥怖いと言えばこんな話があるよ」
 琉宇は深刻そうに声を潜めた。
「みんなで怖いものは何かと打ち明けていたら、一人が「饅頭が怖い」って言いだして‥‥」
「たらふく食うたあとお茶が怖くなったら承知せんで」
 容赦ない晃のツッコミに、疾也も便乗してボケる。
「そうやで、今は饅頭やなくてようかんやで」
「何でやねん!」
 なぜか始まるトリオ漫才に、ナタリーは目を丸くしている。琉宇は美知のこめかみに浮く青筋をめざとく見つけ、ひらひらと手を振った。
「あはは、冗談だよ。じゃあ本題ね」

●琉宇
「とある辺境の村の話だよ。
 滅多に人は来なくて、旅人さんや開拓者さんがたまに訪れる程度。
 民家にはなぜか誰もいなくて廃村かとも思っちゃう。
 でも生活感はあるんだよ。人だけが消えちゃった感じ。
 とても物が育つとは思えない畑には無数の案山子が立てられているんだ。とても多くて怖いくらい。
 よく出来ているものだから間近で見てみると、かまを持った本物の人だった。
『わぁぁ!』
 驚いてもう一度みるとただの案山子。よく出来ていたので見間違えちゃったんだね。
 でも気味が悪いからすぐに村を後にしたんだ」

 静かな口調とは裏腹に、よどみなく語られる情景にはひどく不安をかき立てられる。
 ナタリーはごくりと唾を飲み込んだ。
 「それで?」と促す晃に頷いて、琉宇は再び口を開く。

「その村の出身という人と話す機会があった。
『案山子を見た?』
『うん、よく出来ていてびっくりしたよ』
 するとその人はこう言ったんだ。
『あの村は作物も無く、人も少ない。だからたまに来た旅人も食料なんだ。淋しい村だからその亡骸を案山子にして賑やかにしているんだよ』
『えっ!』
『案山子には村人も紛れていて、よく出来ていると覗きこんだ旅人を襲うんだ』
 その人は、あの時の案山子に似ていた」

 そこで一旦言葉を切ると、琉宇はナタリーの方へ身を乗り出した。
「『君は運が良かった。覗きこんだのが僕でね』」
 腕を捲ると、そこには案山子の縄の跡がくっきりと――
 ひっ、と息をのむナタリーに、琉宇はにこりと笑った。
 表情が、得体の知れぬ村人からあどけない少年のそれに戻る。
「あはは、冗談だよ」

●晃
「これはもっとも怖いと言われてる話や」
 いかつい体をぐっと前に屈め、晃が口を切った。
「地獄の牛鬼という話や‥‥誰か、知ってるか?」
 皆がかぶりを振るのを確認し、
「この話は戦場の傭兵の間で噂になっていた話やねんけどな。知り合いに一人、その話を聞いたやつがおるんやけど‥‥」
 と、気をもたせるように一拍おいてから言葉を継ぐ。
「そいつは戦闘に行く前に死んでもうた」
「い‥‥いったい、どんな話なのかしら?」
 重い語り口に気圧されたか、ナタリーの声はやや震えていた。
「聞きたいんか?」
「え‥‥」
「本当に聞きたいんか?」
 問い返す晃の双眸が蝋燭の灯りに反射して、一瞬、獣のように光る。言い知れぬ不安が空間に満ちた。
「え、ええ。聞きたいわ」
「皆もか? ‥‥しゃぁないな」
 太い溜息をつくと、晃は『もっとも怖い話』を淡々と語り進めた。

「――というんが『地獄の牛鬼』の怪談や」
 どや? と見回す一座は、微妙な沈黙に包まれていた。
 正直、前振りのわりに、さほど怖い話でもなかったからである。
「ちょっとぉ! 今の話のどこが怖いのよ!?」
 今に怖くなるかと身構えていたナタリーが抗議したのも無理はない。
 しかし、晃はそんなナタリーの目を見据え、ぼそりと言った。
「この怪談の怖いところはここからや。聴いてから三日以内にこの話を知らんやつに話をせんとなあ‥‥死ぬねん」
「‥‥え? え、って、ちょ、えええええ!?」
 言わんとするところを理解したナタリーは、裏声でうろたえた。

●疾也
「‥‥ある商家で商人がその日の売り上げを計算していたら一文たらなかったそうや」
 蝋燭の灯りに身を乗り出し、疾也は陰鬱な口調で語り始めた。
「主は店員の誰かが盗んだのだろうと全員を呼んで詰問したそうや。そしたら丁稚の一人が一番下っ端の小間使いが盗んだのを見たと密告したんや」
 実際はその丁稚が犯人であった。ほんの出来心ではあったのだが、素直に申し出るより他人に罪を擦り付ける方を選んだのだ。
 汚い奴っちゃな、と合いの手を入れる晃に、他の聞き手も頷く。
 丁稚の言葉を鵜呑みにした主は小間使いを厳しく叱責し、盗んだ金を返せと迫った。身に覚えのない罪を満座の中で責められ、もともと内気であった小間使いはすっかり動転してしまって、ろくに弁解もできない。不幸なことに、その様子は怒りに曇った主の目には開き直りと映った。遂にしくしくと泣き出した小間使いを、この強情者めと、蔵に一晩押し込めてしまったのである。
「ところが折りしも今みたいな暑い時期でな、蔵ん中は整理しとらんから換気がうまくできなくて蒸し風呂みたいになって‥‥そのまま小間使いは熱中症で亡くなってしまったそうや」
 運び出される亡骸を垣間見、その表情に震え上がった丁稚が真実を告白し、主は己の過ちを悟った。直ちに手厚く葬ってやり、墓前で詫びもしたが、そんなことでは濡れ衣で命を落とした小間使いの無念は晴れなかったようだ。
 まずは丁稚が病に倒れ、「暑い、苦しい」と三日三晩苦しんだあげく息をひきとった。
 主の体調も優れなくなり、商売も次第に傾いてきた。
 更に――
「夜な夜なちゃりんちゃりんと、銭を数える音がするんやと。一文、二文、三文‥‥ってな」
 か細くすすり泣く女の声が、どこからともなく聞こえてくる。はじめは蔵の方からであったが、見たら祟り殺されるという噂が流れ皆が怖がって近づかなくなると、主が小間使いを責め立てた座敷からするようになった。
「暗ぁい座敷の真ん中で、ぼうっと光る後姿がうずくまって髪振り乱して銭を数えてるんや‥‥一文、二文、三文‥‥九文、一文足りない〜」
 そこで、疾也は声を張り上げた。
『盗んだのはお前かああーーー!!!!』
「いやぁぁーーー!」
 ナタリーが耳を押さえて叫んだのは、単に驚いただけではない。ちゃりん、ちゃりんと確かに小銭の音が聞こえたせいであった。

●エリン
「これは友達に聞いた話なんですけど‥‥」
 あいかわらず蝋燭の灯りを避けるような位置に陣取ったエリンが、ゆったりと喋りだす。
「一つところに集まって怪談をすると、それに惹かれた『何か』がやってくる、そうなんです――」
 まるで今の私達のようですね、と静かにつけ加える。
 雨の音に交じって、ぶわり、と生暖かい風が座敷を吹き抜けた。
 彼女の話は、怪談話をしていると寄ってくる『何か』が知らぬ間に誰かと入れ替わり、話を終えた後ひっそりと帰っていった、というものであった。
 だが、不気味で奇妙な味わいの話ではあっても怖れおののくというほどではなく、怪談会のトリにもってくるには些か消化不良の感は否めない。
「‥‥えっと、不思議な話、よね?」
 ナタリーも反応に困っている。
 と――
 ぱたぱたと廊下を走る軽い足音に次いで、からりと障子が開いた。
「すいません、遅れてしまいました〜」
 現れたのは他でもない、エリンである。
「どうしても抜けられない用事ができてしまって――えっと、私が最後でしたよね? 間に合いましたでしょうか?」
 しん、と座敷が静まり返る。
「あの、エリン様?」
 ややあって、美知がおそるおそる声を掛けた。
「エリン様はいましがた、お話を終えた筈ですが‥‥」
「えっ、私、来たばかりですけれど‥‥」
 その返答に、一同は『エリン』が居た場所に目をやる。

 誰も、いなかった。

「ひぎゃーーーーーーー!!!?」
 汗を拭うのも忘れたナタリーの悲鳴が、熱帯夜をつんざいた。

●事後
「皆様、本日はお疲れさまでした」
 美知が深々と頭を下げる。
 開拓者達が通された別室には、酒肴が用意されていた。
「おかげさまで、ナタリー様もたいそうお喜びで」
 蚊帳の中で鳥肌を立てて『思い出し怖がり』をなさってます、と聞かされれば、皆もまんざらではない。各々の出し物や演出について感想を語り合い、和やかな雰囲気でよく食べ、よく飲む。
「それにしても、アヤカシが出なくて本当にようございました」
 怪談を催す前の疾也の冗談を混ぜかえす美知に、晃がけけけっと妙な笑い声を立て、ぐいと杯を干した。
「夏に怪談は風物詩。百鬼夜行が『イ』る所に人間もアヤカシも『イ』ることあたわずや」