【神乱】楽しい?大掃除
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/24 18:04



■オープニング本文

 それは戦勝祝勝会が終ろうとする時の事。
「辺境伯。お耳に入れたいことが‥‥」
 秘書官の一人が宴を楽しむグレイス辺境伯の側により、耳元に何事か囁いた。
「‥‥そうか。解った」
 僅かに顔を顰めた辺境伯りに気付いた開拓者の一人が
「どうかしたのですか?」
 心配そうに問うが、彼は表情をフッと元に戻し頭をふった。
「いえ、大した事ではありません。今は宴を楽しんで下さい」
 開拓者達がその理由を知ったのは、それから暫く後。
 ギルドに貼り出された依頼を見てからのことであった。

 その依頼はジェレゾからリーガ城への街道沿いに盗賊が出ると告げていた。
「どうやらさあ、今までなりを潜めていた盗賊達がさあ、平和になったと思っていい気になってるらしいんだ。せっかく物資の補給もスムーズになってきたのにそれを狙って街道のキャラバンを狙ってるっぽい。攻撃を受けたキャラバンや荷物まるごと取られたキャラバンもいるんだ」
 辺境伯の小姓であるという少年はそんな口調で預かってきた依頼を開拓者ギルドに差し出した。
「おいおい。仮にも年上の者に対してその態度は無いだろ?」
「だってこっちが依頼人じゃん。大丈夫。城ではちゃんと敬語使ってるから。だって城って堅苦しくてさ〜。たまには息抜きしたいんだよ」
 主が見れば顔を顰めそうな態度であるが、相手は子供。
 それほど目くじらを立てるものもいまい。
 それ以上は特に注意もせず、係員は依頼の受理を優先した。
「つまり、依頼内容は盗賊退治、だな?」
「そっ! 街道に出没する盗賊をやっつけて。このまんま盗賊に街道の物資を取られ続けるとせっかく活気を取り戻してきたリーガ城の連中がまた文句言いだすからね。街道の大掃除だと思って手加減しないでいいから」
 生死は問わず、捕まえたらどうせ見せしめも兼ねて極刑かそれに近いものが与えられるだろうから、と彼は言う。
「龍とか連れて派手にやってもいいよ。あ、でもあんまり派手にしすぎると襲ってこないかも。まあ、その辺は任せるよ」
 盗られた品物の確保までは仕事に入ってはいないが、もしそれができれば多少の追加報酬は出るかもしれない。
 必要経費も可能な限りは出すという。
 至れり尽くせりではある。
「ただ、気をつけて。盗賊は一グループだけじゃないっぽいから。いくつも違うグループがあるみたいだし、辺境伯様は反乱軍の残党や逃亡兵もキャラバンを狙ってるのもしれないって言ってた」
 だから全ての殲滅は無理でも可能な限り多くのチームを捕らえ、少なくとも暫く街道を狙う盗賊が減るようにして欲しいということらしかった。
『本来であるならリーガ城の守護兵などを当てるところですが、戦乱の後処理で手が足りないこともあります。
 重ね重ね開拓者の皆さんにはご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします』
 受理され張り出された依頼書の丁寧な文章は、運んできた少年の口調とは真逆で、依頼人の人柄を思わせていた。

 こういう芥は必ず戦乱の後に沸いて出る。
 楽しい春を迎える為に。
 季節はずれの街道の大掃除が今始まろうとしていた。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
バロン(ia6062
45歳・男・弓
フィリン・ノークス(ia7997
10歳・女・弓
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ルシール・フルフラット(ib0072
20歳・女・騎
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎
ノエル・A・イェーガー(ib0951
13歳・女・陰


■リプレイ本文

●春の大掃除
 ジルベリアの春は遅い。
 しかし、その中でも南方に位置するリーガ城近辺は、その中でも少し早く春の到来を感じられるという。
 合戦で、あるいは依頼に参加して前に来たときよりも、僅かだが、確かに感じる春の風音。
「‥‥あ、おはな‥‥みつけ‥‥♪」
 城壁の壁に、小さなスミレの花を見つけ柚乃(ia0638)は嬉しそうにそれを撫でた。
「やれやれ‥‥飯喰いに来たと思ったら仕事が入るとは。まったく気苦労が耐えんな」
 苦笑と共に八十神 蔵人(ia1422)は大きく伸びとあくびをする。
 そんな彼に微かに眉をひそめながら
「戦が終わった途端にこれか‥‥確かにゆっくり休む暇も無いな。まあ、軽く蹴散らしてやるとしようか」 
「どの様な時であれ、人々の財貨をかすめ取る盗賊の好きにはさせない。騎士の務めの、一つです」
 バロン(ia6062)とルシール・フルフラット(ib0072)は戦いの準備をしている。
 武器を整え、騎龍の用意を整える。
 そんな準備の最中
「準備は進んでいますか?」
 柔らかい声が彼らを労うように降った。
「辺境伯!」
 ピンと背筋を伸ばすフェンリエッタ(ib0018)。
 他の開拓者達も一人を除いて、緊張の面持ちで身体を彼に向けた。
 小姓と副官を伴いやってきたのはこの城の主であり依頼人。
 グレイス・ミハウ・グレフスカスである。
「いつもご迷惑をおかけします」
「迷惑だなんて。私はいつも‥‥望んでここに」
 微かに頬を赤らめるフェンリエッタ。
「皆が通る所は綺麗にしないとね! どーんとまーかせて」
 フィリン・ノークス(ia7997)は胸を叩いて辺境伯に笑いかけた。
「先の乱で帝国の人にはお世話になりましたから、その恩返しの意味もこめて頑張ります」
 丁寧にお辞儀をするノエル・A・イェーガー(ib0951)。彼女も戦乱のある意味当事者だ。
「戦乱の余波がこのような処にもでているのですね」
 寂しげにフィーネ・オレアリス(ib0409)は俯き呟く。けれど上げられた顔に躊躇いはない。
「私に出来ることは少ないですけれど、でも、それでも少しでも罪無きひとたちの犠牲が少なくなるように力になりたいのです」
 開拓者達の思い、眼差し。
 それを感じ辺境伯は嬉しそうに微笑んだ。
「先の戦いで僅かながら得られたものがあるとしたら、それは開拓者の方々との縁、でしょうか? よろしくお願いいたします」
 彼もまた躊躇いなく頭を下げ、そして背後の部下を見やった。
「盗賊達の情報に関しては彼、バルドに聞いて下さい。必要な物資については後ほど執事エリクをやります。彼に言ってくれれば必要な物資の手配はするでしょう」
 バルドと呼ばれた男性は頭を下げる。
「では、私は戻ります。後ほどまた‥‥」
 開拓者に背を向けかけた辺境伯を
「あの。お願いがあるんだけれど‥‥」
 柚乃と
「ちょっとまちーや? 辺境伯」
 蔵人は呼び止めた。
 柚乃のお願いは、依頼の後、ジルベリアのもふらに会うこと。
 それは辺境伯は快諾してくれた。
 蔵人は喜ぶ柚乃を横目で見ながら
「あー、そういやあれ、捕まえた? 暗殺の内通者」
 小さな声で問うた。彼は無言で首を振る。
「そうかあ。なら対策打たんとなあ」
「ええ、ぜひそれもお願いします」
「ん? それも?」
 それだけ言って彼は今度こそ、本当に開拓者に背を抜け去っていってしまった。
 囁くような会話はおそらく、副官にも、それよりもっと側にいた小姓にも聞えてはいなかったろう。
「なるほど〜。くえんやっちゃなあ?」
「何が?」
 首を傾げる柚乃の頭をわしわしと撫でて、笑った蔵人は何も教えてはくれなかった。

●埃とり、箒がけ
 街道をゆっくりとキャラバンの一隊が歩いていく。
 物資が乗せられた荷車をもふらが引いていく。
「今回もお願いね、八曜丸。頑張った分だけ美味しい食べ物をあげるからね?」
 手綱を取るのはまだ若い娘の声に聞えた。
 周囲を警戒しながら少し急ぎ足で歩いていく。
 女子供の多い、人数の少ないキャラバンだ。外套を厚く被っているのはここ数日急に寒くなっているからだろうか。
「いい獲物だな」
 頭目らしい男がニヤリと笑う。
「でも、頭。最近、街道を同じように狙ってる奴らが次々捕まってるらしいですよ。少し気をつけた方が‥‥」
 欲に目がくらんだ彼には部下のそんな言葉は耳に入らない。
「そんな臆病風に吹かれたら盗賊なんてできねえぞ。只でさえ商売敵が増えて、儲けが減ってるんだ。ほら! 野郎共! 行くぞ!!」
 タイミングを見計らって、盗賊達が飛び出した。十数人の男達がわらわらと荷車を取り囲む。
「俺達は盗賊紅い‥‥」
 だが
「あ〜、名乗らんでええで。どうせ捕まえたら皆おなじや」
「?」
 怯えて助けを求める、と思っていた彼らは想像と違う目の前の者達の反応に目を瞬かせる。
 その驚きにタイミングを合わせるかのようにバッと彼らは同時に外套を脱ぎ捨てた。
「ゲッ」
 盗賊達は後ずさった。
 目に見えて解る。彼らはレベルの高い開拓者達。
「今まですることしてきたんですから、それなりの覚悟は持ってますよね」
「‥‥手加減、しないから‥‥」
 組し易く見えた子供や女達にさえ、志体を感じる。
「な、何を!! こっちの方が人数が多いんだ! 野郎共! かかれ!」
 頭目の言葉には明らかに言う程の威勢はない。及び腰の盗賊など
「ほらほら、かかってきな。街道のゴミはとっととしまってやるさかい!」
「せっかく平和を取り戻したこの地方にこれ以上の騒ぎは許しません!」
 前線で戦う蔵人とフェンリエッタの、いや開拓者の敵ではなかった。
 多少なりとも勇敢に飛び掛ってきた前衛は簡単に切り伏せられる。
 それをすり抜けた相手が後衛の少女達を狙おうとするが
「危ない!」
 荷馬車の中で待機していたフィーネが盾で彼女らを庇う。そして
「許さない‥‥」
「覚悟して下さい!!」
 柚乃の白霊弾やノエルの斬撃符の餌食となった。
「お頭!!」「解っている」
 後方の男達の顔が悔しさに歪むが、上に立つもの故に敵の力を読み取る能力は優れている。
 ‥‥それが、自分達だけ生き延びる為だとしても。
「行くぞ!!」
 お頭と呼ばれた男が力を溜め始めた。開拓者達がそれを止めようと走るがさせまいと前に立ちふさがった男が力を発動させる。
「うっぷ。なんだこりゃ!!」
 周囲にどこからともなく現れた木の葉が舞い、踊る。
 その隙に力を完成させた男が振り下ろした剣が、大地を割り、土を切り裂く!!
「くっ!!」
 ダメージはそれ程大きくないが一瞬、体制を崩す開拓者達。
 その隙に男達は傷ついた仲間を置いて逃亡を図る。
「もう! 悪い事はしちゃだめだよ!! えいっ!!」
 フィリンの矢が、頭目の背中を守りながら走る男の足を射抜いた。
「お頭! 助け‥‥」
 だが、頭目は振り返りもせずに逃げようとする。その眼前に
「逃がさぬ!!」
「なにい!!」
 巨大な龍が現れた。龍とそれに騎乗していたバロンが、頭目の行く手をその身で遮る。
 後ろに逃げようとしても倒れた部下が逃げ道を、
「げっ!!」
「戦の音を奏でましょう、シャルルマーニュ。討ちもらしはなりませんよ!」
 甲龍と共に舞い降りたルシールが踏み潰す。
 前門のバロン、後門のルシール。そして迫る開拓者達。
「く、くそおおお!!」
 頭目はまだいくらか、勝ち目があると思ったのか、ルシールの方に向けて大剣を構えたまま走り出した。だが、勿論そんな行動が通じよう筈が無い。
「なにい!?」
 振り下ろされた渾身の剣は、硬質化した甲龍の身体に弾かれて、高く飛ぶ。
 そして‥‥
「覚悟!!」
 回転したハルバートが頭目の戦意と身体を断ち切って
「うわああっ!!」
 男は地面に真っ直ぐに転がった。
「ゆ、許してくれえええ!」
「お掃除完了、ですね」
 ルシールはバロンと共にこちらに向かってくる仲間達に大きく手を振った。 

●雑巾がけ
「はこにどーん!!」
 フィリンは、荷車の木箱を開け、猿轡を噛ませた盗賊を投げ込んだ。
「そろそろいっぱいかなあ?」
 軽く釘を打ち、重ねる。
 箱の隙間から、うんうんと唸る男達の声が聞えるがこの際、無視、である。
「皆さん!!」
 ノエルが声を上げた。
「こっちに盗まれた品物を見つけました。やっぱり、かなりの量みたいです」
 彼女の言葉に開拓者達は集まって、中身の減り具合などを確認する。
「食べ物と酒は、けっこう減っていますね。衣服とかは、大丈夫のようです。武器は‥‥ここには無いのでしょうか?」
 辺境伯の部下から聞いた被害状況などと、照らし合わせながら開拓者達は洞窟の中の品物を運び出していく。
 依頼開始から数日の間、情報収集、盗賊達の捕縛と作戦を続けてきた開拓者達。
 かなりの数の盗賊達を捕らえたところで今度はアジトを聞き出し、彼らは盗賊達が盗み出した品物の奪還へとさらに過程を進めた。
 ここは盗賊達の隠れ家の一つ。見張りや残党は僅かで、連携した開拓者の敵ではなった。
「遅いわ。賊風情がわしを狙おうなど十年早い」
 盗んだ銃を持ち出して撃とうとした賊を先に打ち抜いたバロンはフンと、鼻をならした。
「盗賊同士取引もしてたらしいですけれど、そこまでは今は追えませんからね。品物を確保した後の片付けは、リーガ城の兵士さんたちにお任せしましょう」
「ついでに帝国軍が開拓者を雇って更に大規模な盗賊狩りが行なわれるという噂を流すと良いだろう。討ちこぼしへの牽制にもなる」
「依頼開始から5日。噂を流した宝珠輸送の餌にも引っかかってきませんでしたし、囮作戦はそろそろ潮時かもしれませんね」
 開拓者の仕事は確かに進んでいる。
「じゃあ、後はひとまず仕上げやな。皆、町に戻るで? あいつらから聞き出した古売屋ぶっつぶしたろ?」
 蔵人は仲間を促しながら、前を歩く。
「ちょっと‥‥気にいらんけどな」
 小さく、呟きながら。

 そして、リーガ城。
 表通りと裏通りの丁度中間に位置するある店に、その夜。
「うわあああっ!」
 鈍い悲鳴が響いた。
 突然、屋根が音を立てて崩れたのだ。
「隣近所などに被害を与えないようにだけは気をつけて下さい!」
 そんな声と共に闇の中、龍の咆哮と
「ほら! いくで! 小狐丸!」
「ミストラル。カザークショットじゃ!」
「シャルルマーニュ。徹底的に行きますよ」
「ミストラル、一人も逃がさないでね」
「敵の逃亡は阻止して下さい。ヴァーユ」
「おじさんと〜、ノエルちゃんの龍は同じ名前なんだね〜。よーし。瑠璃もレッツごー!」
 どこか楽しげな声が響く。
 崩れた屋根の瓦礫。下敷きになった者はいないが、怪しげな男達は右往左往して逃げだそうとする。
「キーランヴェル!」
「ーーーーー!!!」
 唸り声が大地と風を揺らす。
「何があったんだ!!」
 話を聞きつけ、やってきたリーガ城の兵士達が見たものは
「‥‥箱詰め‥‥、箱詰め‥‥。手伝って‥‥くれる?」
 もふらと共に、意識や戦意を失って倒れる男達を箱詰めする柚乃の姿であった。

●残ってしまったゴミ
 〜♪〜〜♪〜〜。
 柔らかい日差しの中、風のように爽やかなリュートに合わせて澄んだ声が歌う。
「かくして街道の平和は取り戻されん〜。
 猛く優しき開拓者と、聡く優しき領主の下に〜〜」
 歌うのはフェンリエッタ。
「なんだか、気恥ずかしいですわね」
 ふふ、と優雅に笑うフィーネ。
「まあ、聡き領主と言うのはあながち外れてもいまい」
 バロンも小さくだが、満足そうに笑っていた。
『投降してきた者に対しては寛大な処置を。そうすれば投降してくる者も増え、被害を未然に防げるのではなかろうか』
 彼の提案は浮けいれられ、既に対応準備も動き出していると言う。
「あら」
 フェンリエッタは瞬きした。
 彼女の側には子供達が集まっている。
 柚乃はもふらに肩を寄せ、ノエルも楽しげにリズムを取っている。
 フィリンは子供達と一緒にもう踊りだしているようだ。
 これも、辺境伯への支持を固めるパフォーマンスと思えば十分有効ではあるが。
「まだ、ぜんっぜん終ってへんからな」
 蔵人は腕を組み吐き出すように呟いた。
 彼が何を言いたいか、仲間達にも解っている。
「反乱軍の残党も出る、という話でしたのにね」
 そう開拓者達が捕らえ、潰した盗賊団は4つ、約50名。
 箱詰めにして10近くにもなった。
 開拓者達が夜襲をかけた店は後の調査で、盗賊達から聞きだしたとおりの古売や盗品売買の拠点であることも判明した。
 街の中で悪事を働いていた店も叩き潰し、物資も取り返した事を考えれば十分な成果と言える。
 だが‥‥。
「そうじゃの。わしらが大掃除をしている最中、反乱軍の残党と思しき輩が一グループたりとも現れなかったのはおかしい」
 そう、捕まえたのは全て普通のと言っては変かもしれないが盗賊団ばかりであった。
「拷問しても、吐かんかったからなあ」
 くすっ。小さくルシールは思い出し笑いをする。
 蔵人の「拷問」柚乃の「拷問」そしてフィリンの尋問は普通とはかなり違っていた。
「あ、喋らん場合‥‥お前らのその、特殊な娘さんが喜びそうな恥ずかしい姿を住民に晒してやるがな♪」
「‥‥擽りの刑‥‥殺すより‥‥マシでしょ?」
「それとも僕の龍が食べちゃおうか? ばっく〜ん!!」
 見ている分には笑えるが、当事者達にとっては普通の拷問のそれよりずっと恥であろう。
 だからこそ、効果テキメンであったのだが‥‥。
「彼らは嘘をついている様子も無かったですよ」
「ちゅーことはやっぱ、例の奴か。失敗したわ〜。あっちを先になんとかするべきやったんか?」
 頭を掻き毟る蔵人。その様子に開拓者達はあることに気付く。
「あっち? それは、まさか‥‥」
「‥‥蔵人殿。出発前に何か辺境伯と話しておられたな。あれは‥‥」
「はい。辺境伯の側に反乱軍側の内通者がいるということです」
 いつの間にか演奏を終えてきたフェンリエッタが側に来て蔵人の代わりに答えた。
 内通者が味方の情報を流している。
 その可能性をまったく失念していた事に彼らは、やっと気付いたのだ。
「その点については確かに失敗でした。今までの戦乱の中、グレイス様に直接危害を加えようとすることが無かったので問題視していなかったのですが、何よりも早く見つけ出すべきだったのかもしれません」
「忘れとったからなあ〜」
 二人の会話を聞きながらフィーネは、ふと真顔になる。
「だとしたら、状況はかなり深刻かもしれませんわ。私が宝珠を輸送すると、情報を流した時、城内の人たちも殆どは真相を知らなかった筈です。宝珠は辺境伯から直接お借りし、出発前にお返ししたのですから」
 それが示す事はつまり‥‥
「あ、いたいた。ねーちゃん。兄ちゃん。おっちゃんもお疲れ様〜〜!」
 ふと開拓者達は顔を上げた。
「あ!」
 辺境伯の小姓である。手には重そうな布袋を持っている。
「辺境伯から、ご苦労様って。伝言だよ。あと、これは品物を取り返してくれた追加報酬だって。本当は直接来ようと思ってたらしいけど、急に大きな仕事が入って手が離せないから皆によろしくって‥‥」
「ごくろうさん。でも、ホンマ、気苦労が絶えんやっちゃなあ」
 差し出された報酬を受け取りながら、蔵人が笑う。
「仕方ないよ。だって逃げてたコンラート様が見つかって捕らえられたって話だもん。近いうちに処分とかされるんじゃないかな?」
「えっ?」
 情報を知る者も知らない者も驚きに目を丸くする。
 コンラートの捕縛、そして続いた処分の言葉。
 戦乱の元凶であるとはいえ‥‥最悪の想像が頭を過ぎったであろう。
「‥‥わしらにどうこう言えることではないか‥‥」
 静かな沈黙が一瞬場を支配する。
「まあ‥‥さあ、気持ちも解るけど、あんまり暗くならないでよ。‥‥あと、柚乃さん、だっけ。辺境伯が後で、城のもふらと合わせてあげるからって」
「わあっ」
 微笑んだ柚乃と小姓に少し空気が緩む。
 そんな二人を見てフェンリエッタも小姓に笑いかけた。
「祖父や伯母達の許にも君みたいな小姓が居たなあって‥‥」
 親近感に頬を緩ませたフェンリエッタに小姓はふ〜ん、と小首を傾げる。
「一緒に「息抜き」もしたりね。ねえ? 名前聞いてもいい?」
 小姓の少年は胸を貼って答えた。
「オーシニィ。オーシとでも呼んで。グレイス辺境伯は叔父さんなんだ。あ、でも、これないしょだぜ。七光は為にならないからって言われてるんだ。こっちでは叔父さんと執事のおっさんしか知らないんだからな」
 小さく笑いかえして、彼はまだ用事があるからと走っていく。
「後で迎えに来るよ〜〜」
 柚乃に手を振っていく彼。
 その背を見送り柚乃は「後で」を楽しみに待つことにした。
 だが、彼は、その日も、次の日も来なかった。
 柚乃は数日後、仲間達と共に神楽へと帰る。
 心から残念そうに、振り向きながら。

 その数日後、開拓者は知る事になる。
 小姓が姿を現さなかった、その理由を。
 反乱軍の残党が蜂起したこと。
 彼らがコンラートの開放を要求していることを。
 ‥‥辺境伯の甥を人質にして。