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■オープニング本文 ●戦雲 アヤカシは、東和平野での攻撃を開始した。 その目的は住民の蹂躙。開拓者たちの反撃もあって最悪の事態こそ避けられたものの、各地の集落、特に朽木では多くの犠牲者を出し、北方では北ノ庄砦が陥落し開拓者が後退を強いられた。 日は傾きつつあるが、アヤカシは夜でも構わずに活動する。 前進で消耗した戦力も、魔の森で十分に力を蓄えた新手を加えることで回復していくだろう。 「本隊を佐和山まで前進させる。援軍を集合させつつ反撃に出る」 備えの兵を残し、北面国数百の本隊が整然として清和の町を出陣する。城へと進むと時を同じくして、東和地域にははらはらと粉雪が舞い始めていた。 五行王は援軍の派遣を決定した。 「仕方あるまい」 やる気なさげにそう言った架茂王であったが、その目冷静には事態を見ていた。 「いかに潜在敵と見ていた北面であろうとも、正式な使者が援軍を頼んできた以上、見過ごすことは出来まい。しかも報告に寄れば上級アヤカシも目撃されていると言う。冥越八禍衆などというやっかいな連中を相手に我らが出向かぬわけにもいかぬだろう。違うか?」 そう問うた王の言葉に無論、反論を口にする者はいなかったという。 かくして、第一陣として五行の陰陽師数名が急ぎ北面へと派遣されることとなった。 彼らは国の中枢にある実力者で、実際にその戦況を確認した上で、どの程度、どんな能力の人材が必要かを判断する任を与えられているのだった。 彼らの情報を待つ間、王は各地の陰陽氏族などからも人員を募集すると言う。 故に第一陣の陰陽師達はとにかく急ぎ出発し、また北面に辿り着くことが要求された。 高速の輸送飛空艇にて彼等が出発したのは決定の翌日の早朝であったと言うから五行の本気が伺われる。 しかしその途上 ドーーン! 急に襲った衝撃。 中にいた者達はとっさに近くの物にしがみ付き、倒れるのを免れるのが精いっぱいであった。 「何事だ!」 一人の陰陽師が乗務員を呼び止める。 返ってきた返事は勿論予想していただろうが…。 「アヤカシの襲来です!」 窓の外を見れば眼下は青い海。 しかし死竜が数匹群れを成して飛び、こちらに向けて体当たりを狙っている。 向こうには怪鳥の群れ。それを率いるのは大怪鳥だ。 また反対側では数体の鬼が雷雲に仁王立ってこちらを睨んでいる。 彼らはその手に雷をつむぎ… 「わああっ!」 また機体が大きく揺れた。微かに身体に痺れも感じる。 おそらくあの鬼が雷撃を放ったのだろう。 「くそっ!」 若い陰陽師が外に飛び出そうとするのを 「待て!」 一人の男が止めた。 「ですが、この船は高速移動の為の船で戦闘手段を持っていません。このままでは!」 若い陰陽師の言葉に男は腕を組んだまま首を横に振った。 彼はこの陰陽師集団の長を務める者。 「ここは開拓者に任せろ。我々が出るのは最後の手段だ」 見れば確かに窓の外、飛翔する影がある。 五行王によって手配された腕利きの開拓者達。 想像を絶する空中戦が今、始まろうとしていた。 |
■参加者一覧
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
和奏(ia8807)
17歳・男・志
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
九条 炮(ib5409)
12歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●飛空艇の守護者達 まるで、大地が揺れるかのように船は左右に揺れ動くことを止めようとしなかった。 「もう少しまともに飛べないのか!」 苛立つように怒鳴った男に向けて飛空艇の乗務員もまた、全ての苛立ちを乗せて叫ぶ。 「アヤカシの攻撃を受けているのです! どれほど機長が必死に操縦を行っているか解らないのですか!!」 「ならば討って出る! 扉を開け!」 「待て!」 一触即発と言えそうな状況下。 乗客達の長の声に男は、立ちつくし。乗務員もまた背筋を伸ばす。 「狼狽えて恥ずかしい真似を晒すな! 我々は五行より国の代表としての任を預かっているのだぞ」 「し、しかし…」 「そもそも外に出て何をする。龍がいる訳でも無い我らに何ができると? 止まぬアヤカシの攻撃。不満と不安を抱える男に向けて、長たるその人物は一瞥を与えて後、目を閉じた 「我らは信じて待てばいい。王が我らの運命を託した開拓者達の結果をな」 閉じられた筈の彼の目には、今、まさに彼らを守る為に戦う開拓者達の姿が、鮮明に映し出されていたのだった。 一月の、しかも上空の風は凍える程に寒い。 頬にあたる風はまるで射す様に開拓者達を責めさいなむ。 しかし、それを気にしている暇は彼らには無かった。 「怪鳥十数匹、大怪鳥。死竜が三匹。雷鬼は、三匹でしょうか? 偶発的遭遇と言うには敵戦力が整っていますね。待ち構えられていた、という訳でもないのでしょうが…」 九条 炮(ib5409)は迫りくる敵を両手に持った魔槍砲を握りなおした。 相手からすれば上空警戒の一端ではあってもこれらは主力では無い筈だ。 まして五行からの援軍と知ってこちらを攻撃してきた可能性はあり得ない。 雑魚に過ぎないだろうこれら。ならいつまでも関わりあってなどいられない。 「危険なのは変わりませんので早々に打ち倒してしまわないと」 それに、ここでこいつらを逃がしてしまえば、また北面の人々が苦しむことにもなる。 横を見れば、胡蝶(ia1199)が飛龍に跨って前を見ている。 ほんの少し前の激しい彼女とはまるで別人のように張りつめた目で敵を睨みつけている。 「船を転進させなさい! 鬼アヤカシの横を突破するわ!」 「ですが、雷で攻撃されたら…」 「私達がやっつけるって言ってるのよ! 遠い理穴から援軍が来てるのに五行は来れませんでしたじゃ情けないでしょ!」 出撃前、殆ど怒声にも似た声で彼女は乗務員達にいくつか指示を下していた。 彼女が五行の学び舎。陰陽寮生の一人であるらしい言う話は聞いている。五行の一員としていろいろ思うところもあるのだろう。 「うわっ! また来た!!」 雷の衝撃が船に流れた。それほど強力な感じはまだしないが、近づかれたらどうなるかは解らない。 「確かにいつまでもいつまでも飛空艇を戦闘空域に留まらせておくのは危険だな。退路を確保する為にも、先ずは遠距離攻撃が可能な鬼から片付けるとしよう」 「僕もその方がいいと思います。飛空挺に逃げる空間ができますし、こちらも左右に分かれるより、まとまって対応したほうが短時間で片付けられそうです」 まだかなり離れているように見えるのに、こうして攻撃してくる緊急性を鑑みて胡蝶と自分、そして琥龍 蒼羅(ib0214)と只木 岑(ia6834)で目の前の雷雲鬼達を倒し飛空艇の進路を確保すると決めたのだ。 「できれば全員で行きたかったのだけれど」 「雲母(ia6295)さんは、雷が苦手であった筈なので、仕方ありません。それに全員で行ってしまうと何かあった時に対処ができなくなります」 「そうね…」 急がなければまだ遠い怪鳥の群れが総攻撃を仕掛けてくるだろうし、仲間達がくい止めてくれている死竜や怪鳥に艇がやられてしまうかもしれない。 「解ったわ。行くわよ! ポチ!」 スピードを上げた胡蝶や 「僕は撹乱に回る。扶風。いつも通り頼むよ」 弓を握り締めて先に進んでいく岑の後、 「負けるわけにはいきませんね。レイダー! GO!!」 炮もまた鷲獅鳥の赤い手綱に力を入れたのだった。 ●雷雲鬼VS開拓者 敵の一匹が力を貯めようとしている。術の前ぶれだと判断した蒼羅が声を上げた。 「くそっ!! 陽淵! 皆!!」 主の言葉に駿龍陽淵が高速飛翔で敵から逃れた直後、アヤカシの周囲全体にまるで雨のような雷が降る。 あれはかなりの威力を感じる。喰らったら敵も味方もなくダメージを食らうだろう。 間一髪のがれつつ蒼羅はちっ、と舌をうった。 「やはり、手ごわいな」 遠距離攻撃が特異な敵に間を取るのは無意味なことかもしれないが、接近し過ぎてまたあの放電を受けては騎竜や鷲獅鳥達の翼が持たない。 高速飛翔で敵の注意を引きつけながら、蒼羅は注意深くチャンスを見計らっていた。 自分達の倍以上いる敵の中でも一番厄介と思われる雷雲鬼をまずは各個撃破するべく、開拓者達は半分以上の戦力を裂いて戦いを挑んだのだ。 「先手必勝です!!」 遠距離の砲撃。炮が放った魔槍砲の攻撃が前後に並んでいた鬼達のうち、二匹に打ち当たる。 その隙を見逃さず、懐に飛び込んだ蒼羅の居合切りの攻撃で鬼のうちの一体が手に持っていた金棒を取り落とした。 さらに間髪入れずにもう一閃。 目を疑うスピードで繰り出された攻撃は、一匹の鬼をなんとか雲の上から落とすことに成功したのだ。 だが先制攻撃はそこまで。 予想以上に素早い敵の動きと、長い射程で放たれる雷撃と放電に開拓者達は攻めあぐねる事となったのだった。 「このままだと、向こうに負担が大きくなるな」 蒼羅はちらり振り向き、タイミングを待っている飛空艇を見た。 彼らが鬼アヤカシを倒したら全力で、戦闘区域を離脱するようにと指示してあった。 故に、鬼アヤカシを退治しないと先に進めないのだ。 「急がないといけないが…さて、どうしたものか…」 そう蒼羅が思った時であった。 「行くよ! 扶風」 横を風のようにすり抜けて行く者達がいた。 「おい!!」 それは岑と駿龍の扶風。 高速飛翔で飛ぶ扶風の背中から、岑は戦弓「夏侯妙才」を構えると息も付かせぬスピードで速射を始めた。 矢の雨と言う言葉が比喩では無い様に次々と矢が放たれるが、それがダメージを与えているかと言うと微妙なところだ。 何せ高速飛翔の駿龍の背中から射撃である。 『機動力と矢数でちょろちょろしつつ弾幕張るのがボクのやり方です。当たらないわけじゃないですよ。威力はあまり期待できないけど』 戦い前に彼はそう言っていた通り、あまり当たらずダメージも与えていない。 しかし 「そうか…解った」 彼の目的を理解し、小さく呟くと蒼羅は胡蝶と炮の方を見た。二人はそれぞれに頷いて、散開する。 「仕掛けるぞ…、陽淵」 息を殺して蒼羅は計算した。敵に必殺の攻撃を仕掛けるタイミングを。 その最大のチャンスは…自らを囮、あるいは弾幕として攻撃を仕掛けている 「わああっ!」 岑の手と動きが止まり、敵が狙って攻撃しようとする瞬間! 「下がれ! 岑!」 その声と同時、岑は 「下がって! 扶風!」 竜を全力で後退させた。岑とすれ違う様にして鬼達の前に進み出た蒼羅はそのまま鬼とすれ違い刀を抜いて真っ直ぐに切りかかった。 『が、あっ!』 ひょっとしたら気付く間も無かったかもしれないが、鬼の首がぽろりと落ちて武器と共に雲から落ちて行く。 残ったのは肩口に矢が突き刺さった鬼の身体のみ。 「やった!」 嬉しそうに岑は声を上げるが、まだ最後の一体が残っている。 仲間を討たれた悔しさからか雷雲鬼は見境なしの雷撃と放電を繰り返す。 「ぐああっ!!」「わあっ!」「きゃああっ!」 体勢と陣形はずたずたになるが 「行けるな…」 だが、冷静に距離を取ってくる相手と戦うよりも、よっぽどチャンスはあると開拓者達は感じた。 「炮! 胡蝶!」 「了解!」「解ったわ!」 何度目かの放電をなんとか潜り抜けた炮は、渾身の砲撃を、雷雲鬼の雲めがけ放った。 攻撃はほぼすり抜けて行くが、鬼の意識は炮の方を向く。 と同時に胡蝶は術を唱えた。 高速飛翔ですれ違い様、二度、いや三度。漆黒の黒犬が鬼に向かって飛びかかって行くのが見える。 『ぐっ!!』 瘴気を奪う魂喰の術で弱ったタイミングを見計らって、銀杏を併用した居合切りが二度、鬼を裂く。 それに対して勿論、鬼は攻撃しようとしたが、棍棒を振り上げた次の瞬間。 『ぎゃああああっ!』 鬼はその武器を取り落としていた。手に突き刺さった矢。それを放ったのは勿論…。 「今です!」 岑の声に蒼羅は剣筋で答えた。 『ぐわあああっ!!』 雲の上に倒れ、そのまま瘴気に還って行く最後の鬼。 それを確かめて、蒼羅は後ろを振り返った。 仲間達の笑顔と一緒に、後方から飛空艇が彼らの横を高速で飛翔していくのが確かに見えたのだった。 ●邪悪なる翼と 一方、雷雲鬼退治に半数の開拓者が向かって後の飛空艇近辺。 「漣李さん。危険な処へ連れ出して申し訳ないですが、大勢の方の命が掛かっておりますのでご協力くださいね。終わったらたっぷり労って差し上げますから」 鷲獅鳥の頭を撫でながら和奏(ia8807)は眼前の死竜に向かって何度目か秋水を込めた攻撃を放った。 『!!!』 声もない声、叫びの無い叫びが聞こえるような気がするが、死竜はそれでも、まだこちらを睨んで突進してくる。 「回避! それから飛空艇の後方に向かって下さい!」 鷲獅鳥はそれに応えるように高く、大きく飛翔した。 長くどす黒い爪が鷲獅鳥指示された位置の羽を掠ろうとするが、放たれた矢が一瞬、その動きを留めた。 その隙にスッと滑り込んだ鷲獅鳥とそれに乗った和奏は同じように鷲獅鳥白虎に跨ったまま放った矢によって、自分達を助けてくれた 志士の横の位置に付いた。 「ありがとうございます。九寿重さん。助かりました」 「大丈夫か?」 そう問う杉野 九寿重(ib3226)だが顔つきは厳しく、目の前の死竜を睨みつけている。 「まったく、あの死竜と言うやつは予想以上に厄介だ。いくら斬ろうと、射ようとびくともしない」 やっとのことで二匹を倒したのに未だ彼らの前に立ちふさがる、強敵に思わず小さくない愚痴が零れる。 「ああいった体力しかない奴は厄介ではあっても、何とかしようがあるわ。厄介なのは遠距離から攻撃したりして来るやつよ。本当に射程ってやつは」 ふん! と鼻を鳴らしながら雲母は弓に矢を番えた。そして、放つ。 『ぎぎゃああ!』 眉間を射抜かれた怪鳥が地面に落ちて行くのが遠くから見えた。 「とりあえず、彼らが戻ってくるまではなんとかしないとね」 自分達の背中方向で敵と仲間達が戦っているのは解る。 けれど、雲母はそれを振り返りはしなかった。 「一点集中で鬼を倒してしまわない? 皆の力を貸して欲しいの!」 胡蝶はそう言って、仲間達に協力を仰いだが自分はそれに応じなかった。 『やなのよねぇ…雷…』 小さな呟きはひょっとしたら隣にいた岑にはきっと聞こえたろうけれど彼らは無理に強いることはしなかった。 作戦から抜けこちらに回してもらった以上、自分のやるべきことをやらなくては意味がない。 「とりあえず、あの死竜をなんとか落としてみる。できれば援護を」 口にキセルを加えたまま雲母は飛龍柘榴と共に、死竜に近付いていく。 死竜の恐ろしい所は減らしても減らしても底が見えない体力と、墜ちるその瞬間まで痛みに止まることなく、恐怖に怯えることなく向かって来る不死者の特性にある。 とはいえ、二匹を墜とした経験から、どのくらいやれば墜ちてくれるかもなんとなく解ってきた。 和奏の秋水も九寿重の斜陽も確かに効いている。 あと、少しの筈なのだ。 「柘榴。行くよ」 龍と共に雲母は死竜の眼前に向かって飛んだ。そして 「今!」 柘榴と呼ばれた龍は主の命に従い、チェーンソーを手に持って真っ直ぐに死竜の眼前に飛び込んで行った。 目指す急所は死竜の目の前、首元だ。流石に首を落されては死竜も動きを止める筈。 そんな動きを読んでいたのか。死竜が雲母とその騎龍と爪を伸ばす。柘榴を引き裂かんとばかりに襲って来る。 だが瞬間、雲母は龍の背中を踏み台にして死竜の頭へと飛び乗った。 そして渾身の牙狼拳を竜の腐った身体。その眉間へと落し入れた。 同時に、死竜はまるで溶けるように足元から崩れ消えていく。 「しまった!!」 不安定な足場にバランスを崩して落下していく雲母。 だがそれを止め、助けたのは 「大丈夫ですか」 岑であった。 「すまない。だが、…遅いじゃないか。たった数匹の鬼になにやってる」 助けられた例より先にだめだしをする雲母に肩を竦めつつ引き上げた彼女を、柘榴に渡した彼は 「お待たせしました。終わりましたよ」 と後方を指差した。 見れば飛空艇は開拓者達が生み出した航路、鬼アヤカシのいた横の道を全力で突っ切っているところだ。 「雷雲も、それを使う鬼も、消えました。皆さんが、死竜を倒して下さったので残りは、追跡されないように怪鳥と大怪鳥を倒すだけです。あと少し…行けますか?」 問われた雲母の返事は言葉ではなく、行動であった。 駿龍と共に再び空を舞うという…。 怪鳥は彼らの周囲でギャンギャンと煩い声を放っている。 大きな翼を広げ、猛禽のように開拓者達に飛びかかってくる怪鳥達。 数は未だに開拓者よりも多い。 飛空艇を取り囲もうと旋回し、威嚇を始める。 それを指揮するのは大怪鳥。 「長引かせない為にもまずは翼を狙って飛行能力を奪うとしましょうか。倒すのは後からでも構いませんよね」 和奏の白梅香が射程に捕えた。 だが、その時、大怪鳥も反撃を狙って旋回。逆に和奏の後ろを取って爪を伸ばした。 狙いはおそらく朋友漣李の翼か! 「くっ!」 だが、瞬間、悲鳴を上げたのは大怪鳥の方だった。 放たれた突風による衝撃波。駿龍による切り札のソニックブーム。 ずたずたに裂かれた翼に向けて、改めて和奏は白梅香を打ち込みさらに九寿重の白虎が真空波を放つ。 『ギギャッアア!』 墜ちて行く鳥の頭上を旋回しながら胡蝶は和奏とその朋友に向けて神風恩寵をかける。 「気を付けて! どんなに騎手が強かろうと、相棒が落とされたら終わりよ」 言葉とは反対の優しい風が彼らを包み込む。 「…感謝いたします」 和奏は頭を下げた。 その間にも怪鳥の何羽かが突出して飛空艇に近付き追い縋ろうとする。 「白虎!!」 一言で状況を察したのだろう。瞬時に九寿重の鷲獅鳥は加速して飛空艇の横に付いた。 状況が解らず戸惑う怪鳥にそのまま矢継ぎ早に九寿重は矢を放つ。 怪鳥達は、もし感情と言うものが奴らにもあるなら、憎しみの籠った目で飛空艇から離れ開拓者達を睨んだ。 そして甲高い鳴き声と共に襲いかかってくる。 「逃さぬし、行かせぬ!」 「行くぞ。陽淵! 殲滅だ!」 「一気に決めましょう! ピアッシングブリット!」 開拓者達は最後の戦いの為、空を舞ったのであった。 ●届けられた希望 大怪鳥と怪鳥。その相手に少なからず手間取った開拓者達であったが、結果としては敵の殲滅に成功。護衛の任を無事に果たし、五行の先遣隊を乗せた飛空艇は無事、北面へと到着した。 「とりあえず、船を守りきると言う目的は果たせましたね」 ホッと胸を撫で下ろす炮や約束通り朋友を労う和奏の前で、船から降りてきた陰陽師達は開拓者達を見つけると前に進み出て、やや尊大な雰囲気ながらも頭を下げた。 「我らの飛空艇を守って頂いたこと、開拓者諸氏には心から感謝申し上げる」 「本来北面とは仲が悪かった五行が手助けしてくれるのは面子を押し殺した要請に応えてくれただけあって歯がゆくも感謝の気持ちを持つ者も多いでしょう。そのお手伝いを致すのは当然の事です」 「未だ、北面はアヤカシの恐怖にさらされています。どうかその救出にお力をお貸し下さい」 九寿重と岑の、北面国とその人々を思う言葉と願いにはい、と彼らは頷くが 「待って。私からも言いたいことがあるの!」 それを遮るように胡蝶が前に進み出た。 「おい!」 蒼羅の静止も聞く耳持たず彼女は 「い〜い!」 先遣隊のしかも長と思われる者の前にぐいと、と進み出た。 その迫力に思わず若い者たちの何人かはたじろぎ後ずさるほどだ。 「貴方達の役割は、状況確認と報告でしょ! なら! 一刻も早く調べて、報告して頂戴。北面の悲惨な現状をね。そして、五行王への報告に、象牙の塔に籠もってないで早く来いって入れておきなさい!!」 胡蝶は一気にそう言うと大きく、ため息にも似た息を吐き出した。 「遠方の理穴は真っ先に到着していたのに、隣国の五行の到着がこんなに遅いなんて、陰陽寮生として…恥ずかしいじゃない」 五行の陰陽寮に属する者であるなら、本来は彼らの方が上司の立場だ。 その彼らに対する真っ直ぐな五行批判は、実際のところ怒ってもいい筈なのだが 「解りました。伝えておきましょう」 長という男性は苦笑交じりにそう答えてくれた。 王がどう考えるかはさておいても、救われたことを差し引いても、陰陽寮生のこの真っ直ぐな思いを、今の彼は嫌いでは無かったからだ。 「青華院様、そろそろ…」 「解りました。では、このお礼はまたいずれ改めて…」 もう一度深く頭を下げて彼らは去って行った。 「さてさて、後はお手並み拝見ってとこだねぇ。苦労して守った分だけでも役に立ってくれるといいんだけどねぇ」 最後の怪鳥を倒した時、口に咥えたままだった煙管を一度だけ口から外して、雲母は息をついた。 北面における戦乱はもう最終局面に近いところまで来ている。 彼らが来たくらいで大きく戦況が変わるとは思えないが、彼らはいわばアヤカシの専門家だ。 彼らによって一人でも多くの人が救われ、一匹でも多くのアヤカシが滅せられるならそれは価値のあることだろう。 「まったく腰の重いアヤカシ研究家はこれだから…」 まだいろいろと思いがありそうな胡蝶の頭を一度だけ煙管でぽんと叩くと、仲間達と共に彼女もまた、去って行く背中を見送ったのであった。 五行からの先遣隊はその後、数日のうちに戦況とアヤカシの出現状況を調べ、五行に報告を送った。 その結果、五行から各地の陰陽氏族を含む第二隊、第三隊が派遣され、救出やアヤカシ対策に小さくない力を発揮したのは少し後の話である。 胡蝶の思いが五行王にどう伝わったかまでは定かではないが、希望は確かに届けられたのだった。 |