【朱雀 北戦】為す事
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/16 23:15



■オープニング本文

●戦雲
 アヤカシは、東和平野での攻撃を開始した。
 その目的は住民の蹂躙。開拓者たちの反撃もあって最悪の事態こそ避けられたものの、各地の集落、特に朽木では多くの犠牲者を出し、北方では北ノ庄砦が陥落し開拓者が後退を強いられた。
 日は傾きつつあるが、アヤカシは夜でも構わずに活動する。
 前進で消耗した戦力も、魔の森で十分に力を蓄えた新手を加えることで回復していくだろう。
「本隊を佐和山まで前進させる。援軍を集合させつつ反撃に出る」
 備えの兵を残し、北面国数百の本隊が整然として清和の町を出陣する。城へと進むと時を同じくして、東和地域にははらはらと粉雪が舞い始めていた。

 北面におけるアヤカシとの戦いは年を越しても終わる気配を見せない。
 いや、むしろ悪化の一途を辿っていると言って間違いはないだろう。
 開拓者達の活躍によって最悪の事態こそ免れているが、それでも被害に及ぶ一般人の数はどれほどか数えることさえできないほどだ。
 北面国はその現状を鑑みて各国に救援を求めている。
 プライドを捨て敵対国と言える五行にまで使者を送り、援軍を求めてきた事に流石の架茂王も思うところがあったようで現在、各地の陰陽氏族にも協力を仰ぎ、援軍を送る準備を始めているとのことであった。
 その情報が朱雀寮生達の耳に入ったのは実はどこよりも早かったのだ。
「実は今回の委員会活動は、北面での救援活動にしたいと思うのですが、皆さんはどう思いますか?」
 先の情報を知らせた上で、集まった朱雀寮の寮生達を前に用具委員会委員長白雪智美がそう告げたからである。

「ご存じとは思いますけれど、私達三年生は長期実習として諸国のアヤカシの実態調査を行ってきました。ただ、今回は北面の戦がありましたので他国はそれほど回らず、北面での調査が中心となったのですが…」
「合戦に参加している者もいるし、一年生はこの間実習に行ったって話だからもう、北面の状況は知ってるよね。そりゃあ酷いものだった」
 顔を顰めたのは図書委員会委員長の土井貴志。それに頷きながら体育委員会委員長立花一平も続ける。
「今回のアヤカシ達はとにかく人々を苦しめている。城を制圧するとかそんなのが目的じゃない。無力な人達を襲い、苦しめ殺している。勿論僕達もできる限りの救出活動はしてきたけど、全てを救う事はとてもできなかった」
 握り締められた拳と声には怒りがにじんでいる。彼等の気持ちは寮生達にも解る。
 痛い程に。
「北面は農業地域だから、小規模な集落が多いみたいなんだ。村と言えない程の小さな集落程、被害は大きい。そして、避難した人達もいつ帰れるか解らない状況に疲労を蓄積させている。避難所っていうのは元々普通の生活ができるところじゃないんだ。北面の人達も一生懸命やって得るけど、人手ってのはいくらあっても足りるもんじゃない」
 だから、と言った保健委員長藤村左近の言葉が、最初の白雪の言葉に繋がるわけだ。
 北面の救援活動に行こう、と。
「近いうちに五行からの正式な援軍が行くって話がある。で、その事前情報収集を兼ねてってことで委員会の学外活動が許可されたんだ。救援物資も五行から支給されたのを運んでいいってことらしいから、あたしら炊き出しとかしようかと思ってるんだ。最近寒いし暖かいものも食べたいだろうからね」
 調理委員会委員長 香玉が腕を捲る。炊き出しなら確かに調理委員会の得意分野だ。
 各委員会が手伝ってもいいし、そうでなくてもできることは沢山ありそうだ。
「勿論 、強制では無いので無理にではないのだけれど、でも…自分にできることはやりたいでしょう? だから、一緒に行きませんか?」
 白雪智美はそう言って手を差し伸べた。
 彼女は勿論、あの戦場を知っている。
 家が崩れ、いくつもの死体が並び、アヤカシ達が人を襲う地獄を彼等はちゃんと知っている。
 その上で、助けに行こうと言うのだ。
「もし、手伝ってくれる人に心当たりがあれば誘ってもいいですよ。人出は多い方が助かりますから」
「ただ、今回はあくまで状況把握と、避難所の手伝いが主だから。炊き出しとか、避難した人達の話し相手とか手伝いとか、あと、芸を見せて楽しませるとかもありだね。必要なものは特別のモノでなければ支援物資から調達できると思う」
「寒い冬にね、寒い思いしてるとね、心の中まで寒くなるんだ。だから、そう言う人こそ暖かくしなくっちゃいけない。美味しいもの食べて、暖かくすれば気持ちはだ〜いぶ楽になるもんさ。そう言うわけで行ってもいいと思う人は来ておくれ」
 三年生達はそう言って笑う。

 問われた寮生達の心は、ほぼ決まっていた。


■参加者一覧
/ 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001


■リプレイ本文

●届ける思い
 陰陽寮の生徒達が北面の避難民達の炊き出しに行くという話は、陰陽寮に食料品などを納める商人達から五行の町に広まった。
「えっと甘酒の材料にもち米と酒粕を…って、はい?」
 街に買い出しに出た俳沢折々(ia0401)は目を見開いた。
「陰陽寮の姉ちゃん。北面に行くんだってなあ。これ、良かったら持ってってくれ」
「これも、北面の人にあげて」
「うちの古い毛布だけど持っていかないかい」
 歩くたびに声をかけられ、気が付けば、食べ物や毛布などが積み重なっている。
「あ、ありがとう。大事に使わせて貰います」
 米にもち米、大根や野菜。塩や砂糖。
 毛布に古布。衣類など。
『栗や、胡桃、林檎などの果物もありますね。ありがたい話です』
 持って行く為の道具、用具の確認をしていた青嵐(ia0508)は嬉しそうに微笑んだ。
 予定していた料理に必要なものや毛布、鍋などは予算を下回る価格でほぼ揃えることができたのは本当にありがたい話である。
「力仕事なら任せておけ」
 人々の気持ちの籠ったたくさんの食料や荷物は劫光(ia9510)や平野 譲治(ia5226)。体育委員達の手によって寮に運び込まれ龍達に積み込まれていく。
「青嵐! 荷物の中に蕎麦粉と麺棒と捏ね鉢は入ってるかい? できればまな板も欲しいんだけどな」
『自分の使うものは自分で確認なさい! もうじき出発なのですから』
 同輩に睨まれていやあ、と喪越(ia1670)は頭を掻く。
「いろいろとこっちも忙しいんでね。でも、まあ美人の頼みを断ったとあっちゃ男が廃るってもんよ。ましてや相手はあの白雪委員長。ここはばっちしイイとこ見せて、「喪越さん素敵! もうあなたしか見えないの、アタシをメチャクチャにして!」と……おい! 青嵐!」
『清心君、頼まれた箸や器の準備は? 整っていますか?』
「はい、先ほど持ってきてもらいました。数が解らないので十分ではないかもしれませんけれど。後は…」
 自分の世界に入っている喪越をスルーして荷物の確認を続ける用具委員会の向こうではサラターシャ(ib0373)とアッピン(ib0840)が図書室で調べた資料を基にいろいろと話し合っている。
「北面のお雑煮は澄まし汁仕立てが一般的みたいですね。それぞれの地方とかで差はあるようですけどね」
「農業国ということで、いろいろと食も工夫されているようですね。今回の件が秋でなくて良かったと思うべきなのでしょうか? 収穫はもう終わっているでしょうし…」
「でも、その収穫したものをちゃんと持ってこれたかどうかは解らないわ。村々に備蓄してあったものをそのまま置いてきてしまった所もあった筈だし。調査をするときは気を付けてね。…サラ」
 心配そうに言うクラリッサ・ヴェルト(ib7001)にはい、とサラターシャは微笑んだ。
 そんな間にも荷物は大よそ積み込みが終わり、やがて準備も整った。
「保健委員は向こうで怪我人や体調の良くない人を見よう。僕達は医者じゃないけど、手当てとかなら少しは役立てるはずだから」
「はい。委員長」
 保健委員会委員長である藤村左近の言葉に、副委員長である玉櫛・静音(ia0872)は頷き、他の保健委員達も自分の荷物とやるべきことを再確認する。
「では持っていく薬はこれとこれ…あと…」
「…静音、この壷の中は七草粥の材料…。混ざらないように気を付けて」
「こちらの薬草茶の材料と一緒に調理委員会に持って行った方がいいでしょうか?」
「荷物の積み込み、終わりました。あ、じゃあこちらの調理委員会に頼まれた薬草と一緒にしておきましょう」
 泉宮 紫乃(ia9951)が瀬崎 静乃(ia4468)から預かった壷や箱を一つにまとめる。
 一刻も早くと言う焦る気持ちもあるが、向こうに行ったらのんびりしている時間など無いのだから、いまはしっかり準備をしておかなくては。
「お待たせ!!」
 向こうから真名(ib1222)が走ってくる。後ろからは尾花朔(ib1268)。台所で炊き出しの準備をしていた面々だ。
「料理の下ごしらえとか終わったの。運ぶの手伝って!」
 言われる前に既に数名が動き出して、後ろから鍋や壷を運ぶ彼方や調理委員会委員長 香玉を手伝っている。
 それぞれの荷物を運ぶ中、
「真名さん。朔さん。お味噌が忘れてありましたよ」
 柔らかい声が先に行く二人を呼んだ。
「ああ、真夢紀ちゃん。ありがとう!」
「助かります。他に忘れ物はありませんでしたか?」
 二人が笑いかける相手は陰陽寮生ではない。炊き出しに行くと言う陰陽寮生の話を聞いて
「少しでもお手伝いできればと思いまして参加致しました。どうかお仲間に入れて下さいませ」
 とやってきた巫女、礼野 真夢紀(ia1144)である。
 無論、朱雀の寮生に彼女の思いを拒否する者などいない。すぐに仲間として迎え入れた。
「真夢紀さん。食器などの準備はしておきました。木製のものをそろえておきましたから」
「ありがとうございます。気になっていたんです。料理を用意しても食器が無いと食べられないなあって」
「では、行きましょうか」
 ピン、と音がするように静寂が広がった。
「どれだけ役に立てるか解りませんが、私達ができることを全力で致しましょう」
 今回の炊き出しを指揮する白雪智美の声に、寮生達はそれぞれ、顔を見合わせて頷く。
 そして、寮生達は沢山の荷物にと、託された思いを持って北面へと旅立ったのであった。 

●朱雀寮屋台村
 清和の街は今回の戦いにおいて後方支援の拠点である。
 佐和山城からまだ避難しきれない者も少なくないがアヤカシの襲撃を受け、住む場所、帰る場所を失った者達の殆どはこの街に避難してきていた。
「うわっ! 多いね〜。それに、寒っ!」
 それを見て身震いしながら折々はそう声を上げた。
 他意はない。正直な驚きである。
 清和の街のある寺。ここは街の中でも大きな避難所で、一二を争う人が集まっているという。
 数百、いやひょっとしたら千人近い人がいるかもしれないその場所を見て、彼らは息を呑みこんでいた。
 かなり広い筈の本堂に一面の、人、人、人。
 僅かな通路もない。
 奥に行こうにも人を踏んでしまいそうで彼らは入口で立ち尽くしてしまう。
「避難所は数か所に分かれています。ここの他、集会所や寺社などを開放して収容しています」
 五行からの救援物資を運び、炊き出しにやってきた朱雀寮生達を受け入れ、対応してくれた北面の役人はそう教えてくれた。
 元々、避難所と言うものは一時、身を寄せる場所で快適な環境では普通ありえない。
 そして彼らが思う以上に避難所の状況は酷いものであったのだ。
「火の気があんまりないね。人は多いけど、空気が冷たい。せっかく生き延びてもこの季節にこの寒さじゃ寝るにも苦労すると思う」
 クラリッサの指摘に解っています、と役人は手を握り締める。
「とにかく数が多いので、食事も、物資もなかなかちゃんと行きわたらないのが現状です。殆どの人が着の身着のままに近い形で逃げてきており、着替えも何も持ってきていません。この季節ですから寒いのも解っているのですが、本堂の中で大きな火を焚く訳にもいかず、僅かな火鉢や、火桶、毛布などではとてもこの人数には足りなく…」
「別に責めているわけじゃないよ。避難した人達、大変だなあって思って…」 
「それでも、この清和の街はまだ良い方なのです。まだ全員が屋根の下で眠れます。最前線である佐和山城では城の中に収容しきれず、女子供、老人以外の者は外に天幕を張って寝ているのですから」
 話を聞きながら、折々は避難所の人々の顔を見た。
 たくさんの顔に一つとして、笑顔はない。
 彼らの顔と心を支配しているのは、恐怖、悲しみ、悔い、諦め、そして絶望…。
「こんなことって…」
 俯くサラターシャ。
 前回の実習で何人もの人達の命は助けたが、その後にこれ程の苦労が生き延びた人々を待っていたとは。
「よーし。解った!」
 話を聞いていた体育委員会委員長、立花一平が後ろに控える後輩たちに声をかけた。
「何が解ったなりか?」
「俺達がやるべき事、だ。体育委員の皆。各避難所巡って声をかけてきてくれ」
「了解!」「解ったなり!!」
 さっそく彼らは駆け出していく。
「そうですね。落ち込んでいる暇などありませんね」
「今回も私にできることをやっていこう」
「うん」
 寮生達はそれぞれに動きだし、やがて避難所に話は風よりも早く伝わって行った。
『街の広場で暖かい料理の炊き出しと、支援物資の配布がある。病人やけが人の治療もしてくれるらしい』
 何もすることが無く、空腹を抱え横になっていた人達はその話に、一人、また一人と起き上がり立ち上がり、歩き出したのだった。

 その広場には、いくつもの竃が作られ、いくつもの煙があがり、いくつもの料理の匂いが香って、まるで祭りの屋台村のようであった。
「さあて、いらっしゃい、いらっしゃい! 蕎麦切りいらんかねぇ〜? 早くて安くて美味いよ〜」
 そして正しく祭りの売り子のようなリズムと声で、喪越が広場の真ん中で大きな声を上げた。
『自分の料理ばかりではなく、他の方の所の呼び込みもして下さいよ』
 軽く睨む青嵐に解っている、と肩を軽く竦めて喪越はさらに声を張り上げる。
「今日は皆さんの為のすぺしゃるめにゅーだ! まずは暖かい甘酒と薬草茶で身体を暖めて、それから豚汁をがが〜っとかっ込んでちょーだい! そんでもってお落ち着いたら七草粥に白湯麺、ついでに蕎麦切りで腹ごしらえだ〜。嬢ちゃん坊ちゃんには甘〜い、鼈甲飴もあるってさ〜。後から餅つき大会も計画中。さあさあ、よってらっしゃい!」
 呼び声に人々が集まってきた。
 さして期待を持たずにやってきたらしい人達の中を盆を持ったサラターシャとクラリッサ、蒼詠(ia0827)が回る。
「暖かい香草茶はいかがですか? 干し果物もありますよ〜」
「カモミールという身体を暖める薬草が入っています。蜂蜜が入っていますので仄かな甘みが美味しいですよ」
「じゃあ、一杯、貰えるかな」
「はい、どうぞ」
 差し出した木の器を受け取った男性は、幾度か瞬きをして後、ぽつりと零す様に呟いた。
「…暖かい」
「それは良かったです。温まって、今だけでもリラックスして下さい。向こうに美味しい料理もありますから」
 クラリッサが精一杯の笑顔で声をかけると彼は
「ありがとう」
 コップのぬくもりを手の中で包み込んでじっくりと味わっているようだった。

 そしてこちらは炊き出し会場。
「七草粥の一鍋目。もうすぐ終わりそうです! 二鍋目の用意と豚汁の方はどうですか?」
 配膳をしていた彼方が後ろに向かって声をかける。後方で包丁をふるい、お玉を握るのは料理委員会の双璧。委員長香玉と副委員長真名だ。
「こっちはもういいわ。運んで。彼方。そっちはどう? 委員長?」
「あと少しで煮上がるよ。後は薬味のネギを刻んで…」
「じゃあ、手伝うわ」
「豚汁の二鍋目に蕪を入れていいでしょうか?」
「真夢紀さんに任せた。朔? そっちの方はどう?」
「予想以上に減りが早くて、あと少しで終わります。終わったら、そちらのお手伝いをしますね」
「ありがとう。じゃあ、紫乃! 彼方! 配膳の方、頼むわね」
「解りました!」「はい。たくさんありますから順番に並んで下さいね」
 いつもの学生食堂での料理とはまた勝手が違う大量調理は、野外調理であることも手伝って調理委員会に休む間を与えない。
「調理委員会の皆さん。蒼詠君が、向こうの避難所に動けない人がいるから、少しおかゆを下さいってことです」
「解ったわ。この鍋、持って行って!」
「はい!」
 しかし、陰陽寮の薬草園で丹精込められた中から静乃が厳選した七草は新鮮そのもので、料理委員会が心を込めて作った七草粥は絶品で。
「ああ。美味しい…」「こんな美味しいもの始めて食べたよ」
 涙ぐむ人もいる程に集まった人々に喜ばれていた。
 豚汁も、白湯麺も同じ。
「肉を口にしたの…久しぶり」
「身体に沁み渡るみたいだ…」
 本当に鍋樽数個分のスープが、料理があっという間に人々のお腹の中に吸い込まれていく。
「おねえちゃん! そのべっこうあめちょーだい!」
 小さな手が差し出される。
 そこに子供の笑顔。
「はい。どうぞ。ありがとうございます」
 目元をこすりながら差し出した飴を受け取る少年の顔が光を弾いたように輝いて見えたのは、涙のせいだけではないだろう。
 そろそろ用意した料理の中には完売も出てきているが別の方では
「は〜い。こちらではこれからお餅つきをしますよ〜。でも、私達はか弱い女性なので〜、誰かお餅つき手伝ってくれませんか〜」
「北面風の御雑煮って澄まし汁仕立てかな? よく解らないから味見してほしいんだけど。あ! そこの人。甘酒は順番! ズルぬかしはダメ! 罰として皆に配るの手伝って!」
 アッピンと折々が何かを始めているし、
「さてさて、第三鍋が出てくるまでちょこっとお付き合い。もっさんのスライディング土下座〜」
 とあっちの方も賑やかだ。
 少しずつ、少しずつではあるが集まってきた人々の顔に、笑顔が咲き始めていた。
 
●それぞれが抱えるもの
 広場には炊き出しの屋台だけではなく、いくつかの天幕も用意された。
 そのうちの一つが保健委員会の救護テント。
「どなたか、怪我をされている方はこちらに! 体調の悪い方もよろしければ」
 そう呼びかけた保健委員会副委員長静音の声を聞きつけて、テントにはいつしか長い列ができた。
「静音。そっちの人は肩が酷い炎症を起こしている。暫く冷やしてから、湿布を」
「解りました。さあ、こちらへ。大変でしたね」
「先輩。痛み止めはありますか? こちらの方は火傷で眠れないのだそうです」
「そこに炙ったツワブキの葉があるので、水で濡らして絞ってから、傷口に当てて。それから包帯を巻いてあげて下さい」
 ここに来る人の殆どがアヤカシの襲撃にあって、命からがら逃げだしてきたのだ。
 その過程で傷を負っている人はかなり多くいた。
 避難所に来るまでに応急処置などはして貰っている人が多いようだが、人数が多い上に医者や巫女の多くは最前線に行っている。
 継続的な治療ができず苦しんでいる人も多く、寮生達が開いたこの救護所は人々にとって寮生達が思う以上に感謝されるものとなったようだった。
 保健委員達は医者、というわけではない。
 しかし、委員会で学んできた怪我などの応急処置や、基本的な治療技術はこの場において大いに役立っていた。
「お大事になさって下さいね」
 丁寧に巻いた包帯をきゅっと縛って静乃は声をかけた。
 避難所で保健委員として治療にあたり、彼らが共通して実感していることがあった。
「…どうして、私達ができることはこんなに少ないのでしょう…」
 悔しい思いを噛みしめて俯いたことは一度や二度では無かった。
 怪我人は勿論多い。
 けれど、避難所と言う場所で何より多く訴えられたのは頭痛や不眠、腰痛、冷えなどの体調不良。
 固い板の間に横たわり、人ひとり足を延ばして寝るのが精一杯の、押し込められた空間で眠る。
 隣は知らない人。心も身体も凍える様な冷たい夜。
 そんな中では身体が悲鳴を上げると言う事実を寮生達は思い知っていた。
 術の効かないそれらに対応できるのは委員長である藤村左近の知識だけで、保健委員達はその手助けをするのが精一杯だった。
 温石で腰を暖める。支援物資の毛布を配る。固くなった身体をもみほぐす。傷の手当、消毒、そんなことしかできない。自分の無力さが何度身に染みた事だろうか。
 しかし、アヤカシの爪にやられた傷が化膿寸前だった老婆は手当てをしてくれた静音に向けて
「ありがとう、ありがとう…」
 と拝むようにして何度も何度も頭を下げて行った。
 火傷の手当てをしてくれた蒼詠の肩を
「凄く楽になったぜ。ありがとな。兄ちゃん!」
 男性の一人は何度も叩いていく。思わずむせそうになったが、それでも嬉しい思いの表れだと思えば、心が温かくなる。 
 厳しい現実を噛みしめながらも、彼らは人々の為に自分にできることを全力で続けて行ったのだった。


 広場に集まる人々は時間を追うごとに増えていく。
 その過程で迷子や、逸れた人が出るのはまあ解り切っていた事であった。
 避難所や広場の巡回にあたっていた静乃は
「おかあさん。おかあさん」
「泣かないで?」
 泣きじゃくる女の子の前で膝を折り、宥めながら、周囲をキョロキョロと見回した。
「どうした? 静乃」
 そこに現れた救いの手は同じように見回りにあたっていた劫光。
 静乃はその頬に喜びを浮かべると兄とも慕う年上の同輩に、小さな声で囁いた。
「あ…。この子、多分迷子。でも、何も言ってくれないの」
「そうか…。どうした? 親御さんとはぐれたか?」
「おかあさん。おかあさん…」
 劫光も声をかけるが、ただ、泣きじゃくるばかりだ。
 腕組みをしながら暫く考えていた劫光は
「よし、じゃあ少し面白い所に連れて行ってやろうな!」
 少女をひょいと抱き上げると肩に乗せた。
「えっ?」
 突然変わった視点に少女が驚いて瞬きする中、劫光は
「青嵐の人形劇に連れて行って来る。この子を知ってそうな人を探してきてくれ」
 静乃にそう囁くと
「よ〜し、行くぞ〜〜! それ〜〜!」
 走り出した。ビックリして涙も止まってしまった少女は劫光の頭にしがみ付いていた。
 小さな微笑で彼らを見送ってから静乃は人ごみの中へと戻って行った。
 そして…
「美緒!」
「おばあちゃん!」
 やがて見つけ出した少女の身内から寮生達は少女がアヤカシの襲撃で両親を失っていることを知ることになる。
 祖母や近所の人間達が面倒を見ており、聞き分けのいい子であるが、ふとした時に泣きじゃくるのだと言う。
「もし、良ければ一緒に遊んでやってもらえませんか? お願いします」
 問われた二人の返事は勿論
「「はい」」
 であった。
「お兄ちゃん、お手玉教えてあげるね。お姉ちゃんはやったことがある?」
「ああ。よろしく頼むよ」「いっしょにやりたいから、私にも教えて」
「うん!」
 久しぶりだと言う少女の笑顔を見ながら、祖母は目元を幾度も擦っていた。

●残された人達
 参加者達の活躍は、目を見張るものであった。
 避難所の屋台村は数日間の期間限定であったが、ほぼ全ての避難所の人が足を運び、暖かい料理に舌鼓をうっていた。
 配られた器が空になり何度も差し出されるたび、
「良かった。喜んで貰えて」
 配膳する者達は作る喜びを感じたと言う。
 また屋台村の開設にあたって避難所で変化したこともある。
 まずは避難所が最初より、幾分か暖かく過ごせるようになった。
 支援物資で増えた毛布を重ねて敷けるようになったこと。隙間風の入るところが補修されたことによる。
 さらに性別や年齢、家族、出身者別に名簿が作られ、避難所の再編が行われ、機械的に行われていた配置などが改善された。
 こういうことは人手が無いとなかなかに難しい。その人手にサラターシャなど一年生がなってくれた。これは役人達にとても喜ばれる。
 そして一番の変化は
「えっとね。自分達で好きなものも食べたいでしょ。協力してもらえたらって思うんだ。元気な人、お料理得意な人。集まって〜〜!」
 避難所に避難した人達が自分達で、料理や配膳を行う様になったのだ。
「与えられるだけの生活って意外と滅入るもんだって聞いたことあるしね。自分にも何かできる。やれることがあるって思うと張合いも出てくると思うんだ」
 折々の呼びかけに応じて、避難してきた婦人たちが中心になって動き始める。
 避難所の掃除が割り振られ、薪割りや炭運びも当番制になった。
 料理が得意な主婦たちは調理委員会に鍋釜の使い方を教わり、包丁や道具などを預かって料理を作る。
「ああ、包丁握るの久しぶり♪」
「何にもすることがないってきっついんだよ。一日が本当に長くてねえ」
「お料理できてうれしいよ。人間、いつも通りの事をいつも通りにするのが一番元気が出るねえ」
 彼女らの飲み込みは早く、最終日には彼ら主体で屋台を動かせるようになったほどだった。
「あ…こういう事は考えていませんでしたよ。避難した人達に与える事ばかり考えていて」
『その方が、きっと皆さんも楽ですよ。無理はしすぎないで下さいね』
 唖然とする役人に青嵐はそう笑いかけた。
 役人の顔に浮かんでいた明らかな疲労もここ数日で少し薄れてきている。
 良かった。と思う。
 これだけの人に食べさせ、住まわせ、生かすと言う事。
 それがどれだけの苦労かは少し考えただけでも理解できる。
 ある意味、彼らこそが一番苦労している者達かもしれなく、青嵐は避難所の人々の話を聞く傍ら彼らの苦労にも耳を傾けていた。
 話を聞く。
 吐き出す愚痴をただ聞く。
 それだけでも救われる人がいた。
 青嵐の人形劇は子供達にも好評であった。
 しかしそれ以上に話を聞いてもらいに来る大人も多かったのは予想外であったろう。
 いつも優しい笑顔と人形が向かえてくれる場はいつしか老人たちなどのたまり場となり、子供と老人が一緒に遊びあう場になったのは彼らの意図したところでは無かったが、思う以上の成果となったのだった。

 やがて数日が過ぎ、彼らが北面を離れる日が来た。
 別れを惜しみ集まってくれた人々は、避難所の全ての人がいたのではないかと思うほどであった。
「本当に、ありがとうね。おかげで過ごしやすくなったよ」
「補修の足りないところは後で俺達がやっておくから安心してくれ」
 そう言ったのは避難所の補修を紫乃と一緒に担当した男性たちだった。
「後を、お願いします。足りないものは五行から送ってもらえるように動きますから」
 紫乃はそう言って自分達に頭を下げてくれた人達よりもさらに深く、頭を下げた。
「静音先生たちがいなくなったら困るな」
「また来ておくれよ。お願いだから…」
 そう涙ぐむのは保健委員会の治療を受けたけが人や病人たち。
 彼らにとって陰陽寮生達はもう心から信頼できる医者だった。
「どうか、お大事になさって下さいね」
「湿布はこまめに取り換えて。傷口はなるべく空気に触れないようにして下さい」
 静音や蒼詠、左近など保健委員達は一人一人の手を取りながらそう声をかけて行った。
「帰らないで。もっといてよ」
 引き留められ、縋る目で見つめられると、開拓者達の胸に締め付けられるような痛みと寂しさが生まれる。
「…ごめんね。美緒ちゃん。でも、またきっと来るから」
 自分の服の裾を掴む少女と目線を合わせた静乃に少女は頷くと溢れそうな涙を精一杯こらえながら
「これ、あげる」
 と小さなお守りを差し出した。故郷から持ち出した数少ない大事なものであるとわかっているからこそ
「ありがとう。大事にするね」
 少女の思いを静乃は黙って受け取った。
「皆さんみたいに上手にはできないですけど、頑張って皆に温かいものを食べて貰えるように頑張ります」
 婦人達はぐっと手を握ると
「本当にありがとうございました」
 と真名達に手を差し出す。
「月並みな言葉しか言えないけど、頑張って下さい」
 真名はそう言ってその手を握り返した。
「あの麺の味、忘れません」
「おじちゃんのお蕎麦、面白美味しかったよ」
「また餅つき一緒にやりたいな」
「お雑煮、懐かしい味がしたよ」
「あんた達に教えて貰った事、頑張ってやっていくからね」
 人々は口々に礼を言ってくれる。
「お礼を言わなきゃいけないのはこちらの方です〜。いろいろお世話になりました〜。
 避難してきた人達に、少しでも力を贈れたらとやってきたのは自分達。
 しかし、本当に励まされ、力を貰ったのはきっと自分達なのだと、参加者達は実感していた。
 
 彼らが故郷に戻れる日がいつ来るかは定かではない。
 でも、彼らの顔には笑顔が浮かぶようになった。
 希望を思い出してくれたようであると思った。
 その手助けになったのなら、これ以上の喜びは無いと思えるほどに。

 帰路。
「帰ったら報告しないといけませんね〜」
「足りない支援物資のリストアップもしてきたので、五行にお願いしましょう」
 そんな話の中
「なんですか? それ。真夢紀さん」
 ふんわりと薫る甘い香りに気付いて朔は真夢紀の手元を覗き込んだ。
 春のにおい袋。
「誰が下さったかは解らないんですけど」
『ありがとう』
 そう残されたメモと一緒に盆の上に乗っていたというそれを真夢紀は強く握りしめた。
 それを見つめる寮生達。
 彼らはきっと同じことを考えていた。

 目の前に広がる凍りついた北面の大地。それは絶望に凍る人々の心に似ている。

 しかし、春の匂いを感じながら思う。
 いつか人々の心にも春が訪れる日が来る。
 春が来て大地に再び緑が芽吹く様にその日は必ず来る。と
 その日が一刻も早く訪れるように力を尽くそうと誓って、彼らは北面を後にしたのだった。