【初夢】竜と冒険者
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/18 03:28



■オープニング本文

 このシナリオはIF世界を舞台とした初夢シナリオです。
 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。



 それは、突然起こった。
 新年の祝いに賑わうジルベリアの皇都ジェレゾ。
 寒いが冴えた冬の晴れた朝。
 何の気なしに空を見上げていた者達は、驚愕に目を見開く。
 まだ十分な昼である筈なのに、空には暗雲がいつの間にか立ち込めて周囲は真っ暗だ。
 その中
「あ、あれはなんだ?!」
 上空に突然黒い雲が渦を巻いたかと思うと
 ゴロゴロゴロゴロ、ドシャアアーーン!
 空を割るかのごとき雷鳴が轟いた。
 そして、同時に黒い雲の渦から何かが顔を出す。
「見て! ドラゴンよ!!」
 そう、それは恐ろしいほどに大きな赤いドラゴンであった。
 深紅のドラゴンが渦からその顔を、身体を。ひいては羽を出した。
 その身体はかつて、ヴァイツァウの乱の時、クラフカウを襲ったヴォルケイドラゴンに勝るとも劣らない巨大なもので、その羽根を一羽ばたきさせれば小さな人間など簡単に吹き飛ばされてしまいそうだ。
「何だ! 一体?」
 驚く彼らの様子を気に留めるでもなく、ドラゴンは大きく羽を広げた。
 そして
『ぐおおおっ!!』
 大きな鳴き声と羽ばたきを残して空へと飛び立っていく。
 あれは南のケルニクス山脈方面。
 唖然と空を見上げていた者達は、だから気付かなかった。
 ドラゴンの後を追うように空から降りてきた、小さな銀色の影を…。

 その日の夕方。
「冒険者ギルドはここか?」
 そう言って開拓者ギルドに入ってきた青年は見慣れない服装をしていた。
 外見ジルベリアの服と型は似ているが、どこか古風でしかもマントを身に着けている。
 新緑の瞳、金の髪。手に長柄の槍を持った長身の男性の問いに係員は怪訝そうに答える。
「冒険者、ではなくここは開拓者ギルドですが」
「そうか? まあ、どうでもいい。とにかく、依頼を出してそれに手助けしてくれる者を探す場所で構わないのだろう?」
「それは…まあそうですが、して、どんな御用ですか?」 
 係員が今度はそう問うと彼は堪えた。
「赤い竜を探している。竜を見つけ出すのと押さえるのを手伝ってほしい」
 と。
「赤い…竜!? アヤカシですか?」
 あんまりあっさり言われたので驚いて目を丸くする係員に
「アヤカシ? ああ、この世界のデビルの事か?」
 逆に一瞬首を捻った青年は違う違う、というように手を横に振った。
「赤い竜は我が国の守り神のようなものなんだが、デビル…人に害をなす魔物に術をかけられて心を奪われてしまった上に、異世界に飛ばされてしまったんだ。魔物に付けられたアイテムさえ壊してしまえばもとに戻る筈なんだが、守護神はあの巨体な上に力が強い。しかもそのアイテムは頭にあるんだ」
 ここ、と彼は指差した先はちょうど額の真ん中を指差す。
「俺一人ではこの世界とか土地勘もないし、守護神を一人で止めるのにも心もとない。だから、なんとか手伝ってほしいんだが…」
 依頼としては問題ないが、この世界とか異世界とか妙な事を言う男を怪訝そうな顔で係員は見る。
「報酬もこの国の金銭は持ち合わせてないのでこれで支払えるとありがたいな」
 そう言って差し出された布袋の中には宝石細工がいくつか入っている。
 ますます問題もないだろう。
「まあ、急な話だ。無理は言わない。それに多分、二〜三日もすれば赤い竜はこの国からは消えるだろうから、この国にとっては無理に戦う必要もない」
「? なんでそんなことが言える?」
「マーリンの魔法とか、次元の扉とか、そんなことを言っても解らないだろう? とりあえず、そういうもんだと思って貰えればいい。俺は竜の近くで様子を探ってる。もし受けて貰えるなら声でもかけてくれ」
 そう言って立ち上がった青年は、ギルドから出ようとする。
「待て! あんたの名前は?」
 呼び止めた係員に彼は足を止め
「騎士パーシ・ヴァル。ヴァルとでもパーシとでも好きに呼んでくれ」
 軽く振り返ってサインを切る去って行った。

 不思議な依頼を残して…。



■参加者一覧
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
フラウ・ノート(ib0009
18歳・女・魔
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
トゥルエノ・ラシーロ(ib0425
20歳・女・サ
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
アルバート・ロール(ib2510
19歳・男・騎


■リプレイ本文

●夢の顕現
 それは、ある者達に昔話として伝えられている話。

 遥か、遠い昔。
 気高き王が治めるイギリスと言う国があった。
 かの国は騎士の国。
 王の持つ聖剣と彼の騎士達によって守られていた。
 頂点に立つ王は赤き竜の血を引くと呼ばれる騎士王。
 その手に握りし聖剣を持って闇を払う。
 彼に仕えるは円卓の騎士と呼ばれる勇敢にして強き戦士達。
 王と彼らある限り、イギリスを狙うモノは決して近づく事さえできず、血にひれ伏すだろう。

『まあ、現実は王も騎士も普通の人間だったけどね』
 そう話してくれたのは母だったか、祖母だったか、もっと遠き人だったか、それとももっと近き人だったか。
 それは遠い冒険の記憶。
 伝説にも近く語られた夢のような物語。
 しかし、目の前に『ある』ものは事実。
 正しく夢の顕現であった。


「…迷子騎士って次元を越えて迷子になるんだな」
「何をおっしゃっているのですか? ヘスティアさん?」
 独り言のような小さな呟きを耳にしたのだろう。横を歩いていたフラウ・ノート(ib0009)が首を傾げるのを見て何でもない、とヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は手を横に振った。その手に握った酒瓶ごと。
「で、彼は森の奥にいるようだって?」
 ヘスティアの問いにフラウは思い出したように頷いた。
「こんな感じのにーちゃんなんだけど、見かけなかったかしら?」
 そう問いかけたら比較的簡単に話が聞けた。
 宝石細工を換金し食べ物などを買ったその騎士は、北の森奥で野宿するつもりだと言ったのだと言う。
「じゃあ、早く合流してとっとと片づけるとしよう。行くよ。紫乃」
 後ろを振り返りヘスティアは幼馴染である泉宮 紫乃(ia9951)に声をかけた。
「どうしたんです? なんかぼんやりなさってますね」
 心配そうにフラウが問うと紫乃は慌てて首を横に振った。
「あ、はい。すみません。なんだかこの話を聞いてから頭の中がぼんやりとする感じがしていて…」
「? そう言えばトゥルエノさん達もそんな事、言ってましたね。ニクス(ib0444)さんや、イリス(ib0247)さん達も…」
 首を傾げるフラウは、トゥルエノ・ラシーロ(ib0425)ら親しい者達の顔を思い出す。
 この依頼を受けると決めた開拓者達の幾人かが何かが変な気分がすると言っていたっけ。
 頭の中で呼ぶような気がしたとか。違う誰かがいるような気がするとか。
 対照的にヘスティアはくすくすと笑っている。
「まあ、解る気はするけどね。っと、とにかく今は急ごう。ユリア達が首を長くして待ってるだろ」
 そしてそのまま走り出してしまったヘスティアを
「あ、はい。今」
「待って下さい!」
 それぞれの思いを胸に、二人は一生懸命に追いかけたのだった。

 そして森の奥。
「良く来てくれたな。待っていたぞ」
 現れた開拓者達に何の疑問も驚きも抱いた様子を見せず、新緑の瞳の騎士は立ち上がり彼らを出迎えた。堂々と立つ騎士の姿に
(あれ? !? か、かーさんの昔話に出てきた人と、同じ気がする?)
 フラウはそう思いながらも横に首を振った。
 なんとなく何かが頭に浮かびそうな気がするのだが、気のせいだと思う事にする。
「俺はサムライのルオウ(ia2445)! よろしくなー」
「竜哉(ia8037)という。はじめまして。異国の騎士よ」
「アルバート・ロール(ib2510)と言います。どうぞよろしく」
 挨拶をする開拓者達の顔を見て、彼が微かに頬を緩めたのを誰もが感じていた。
「パーシね。私はトゥルエノ。? 何よ、私の顔に何かついてる? 変な人ね」
「おばさま。初対面の方にその口調は…」
「おばさまって呼ぶのは止めなさい!」
 宥める予定が逆に怒られてユリア・ヴァル(ia9996)は小さく肩を竦めると目の前の騎士を見る。
 自分とよく似た深緑の瞳。今はもう記憶にない祖父と同じ色だと家族は言っていた。
「ユリアよ。どうぞよろしく。古来より赤い竜は王を表すと言われているけど、あれもそうなのかしら」
「ああ。あの竜は話が故郷、イギリスの守護竜だ。今は操られているに過ぎない。なんとかして元に戻したい。その為にここまで来たのだ」
 ユリアに答えた騎士の願いに、開拓者達はそれぞれ首を縦に振る。
「今、竜はこの森のさらに奥で身を休めている。だが目を覚ませば破壊衝動に暴れだすかもしれない」
「では、手分けをして挑みましょう。なるべく竜を苦しめ無い様に一気に決めてしまうのがいいと思います」
「あ、なんか師匠やる気じゃん。俺もつきあってやろかー?」
 イリスの提案を中心に作戦は手早く組み立てられた。
 そして、竜を倒す戦いでは無い、救い、守る為の戦いが始まったのだった。

●赤き竜との戦い
 竜は微睡んでいる。
 デビルと言うアヤカシにかけられた破壊の衝動を眠りに付くことよって押さえているのだろうとパーシは語っていた。
 だが
「油断するなよ。シックザール」
 己の龍の背を叩きながらニクスは警戒を怠ろうとはしなかった。竜の額には黒い闇を形にしたような宝石が埋め込まれている。
 張りつめた空気。これ以上なにかが一つ動けば次の瞬間、戦いが始まる。
 そんな中、彼らは今、戦い開始の一石を投じようとしていた。
「では、行きましょう。シルフィード。上空からトゥルエノさん達と援護を」
 主の言葉を聞いてイリスの駿龍、シルフィードは頷く様にその羽根を大きく広げた。
「じゃあ、私とユリアは空に行くわ。ユリア。用意は良い?」
「ええ。ニクスには遅れは取らないから。エアリエル。お願いね」
「行くわよ。クローディア!」
「お二人に、光の加護を!」
 フラウの魔法の守りを身に纏った二人は龍に跨って空へと飛び立つ。
 ほぼ同時、赤き竜がまどろみから目覚めるようにその目を開けて空の龍達を睨んだのが見て取れた。魔力の流れは異質すぎて術を使っても理解はできない。
『先に行く。…ついてこれるか?』
 空に舞う仲間の声を思い出して、ヘスティアは拳を握りしめた。
「生意気言ってくれて! 俺らだって遅れは取らないってね。行くよ。イリス! ルオウ! アルバート! そしてパーシ!!」
「師匠」
「ルオウ君」
 顔を見合わせた師弟は二人同時に言葉を紡ぐ。
「「テスタメント」」
 そして、共にタイミングを合わせて、大地を蹴った。
「来るぞ!!」
「行くぞ! やぁってやるぜぃっ!!」」
 彼らの眼前で上げられた赤い竜は、正面の戦士達を睨み
 ぐおおお!!
 咆哮と共に口から炎の渦が吐き出された。
 本来だったら戦士達を直撃するはずであったそれは、まるで彼らを避けるように右へ逸れる。
「雪!」「リッシー!」
『力を合わせるのは人間だけではありませんのよ』『行くよ!』   
 二匹の猫又の力を合わせた閃光が、竜の眼前で弾けたからだ。
 さらにタイミングを合わせて竜哉がロングマスケットを構える。
『大丈夫か?』
 ふらつく竜哉を気遣う様に人妖鶴祇がその身体を支える。合戦で重傷を負ったばかりであるが、それを勿論言い訳にするような男では彼は無い。
「大丈夫じゃなくてもやらなきゃならない時はやらなきゃならないんだ」
 空から攻撃を仕掛ける龍たちを援護する為に何発か鼻先に打ち込んで後、彼は大きく深呼吸して片目を閉じた。
「額にあるという石を狙う。ぶれそうだから手伝ってくれ」
『解った』
 人妖と共に竜哉が呼吸を整え始めた頃。
「くそっ! 思ったより素早い!!」
 ヘスティアは眼前に襲いかかった爪からなんとか身をかわして逃れながら、悔しげに敵を睨みつけた。
 幾度となく襲いかかるブレス。素早い爪の攻撃。
 空から攻撃を仕掛ける戦士たちも巨大な羽の羽ばたきひとつでバランスを崩されて、なかなか接近できないでいた。
「大丈夫ですか?」
 懸命に近寄ってきた紫乃がヘスティアに治癒符をかける。
 パーシ・ヴァルはその雷光のごとき俊敏さで敵をかく乱し、イリスとルオウも何度も竜の懐に飛び込んでいる。
 しかし、相手はこちらを殺す気で攻撃できるが、こちらは本気で倒すことはできない。
 だからフラウの魔法と回復してくれる紫乃がいなければ重傷者が出ていたかもしれない程の乱戦となっていたのだった。
「ありがと。紫乃。でも、このままじゃ埒が明かない。だから、一気に行こうと思うんだ。力を貸してくれるかい」
 痛みが引くのを確かめてヘスティアは紫乃にそう問いかけた。
「私にできることでしたら、なんでも」
 その返事に彼女は小さく何事かを囁くと
「行くよ! ネメシス!!」
「危ないです」
 という返事を待たずにヘスティアは龍に飛び乗ると高く、空に飛びあがった。
 そして竜の背中に飛び乗ったのだ。
「ヘスティアさん!」
 背中に乗った彼女は竜にとっては羽虫同然だったかもしれない。
 けれど、その僅かな感覚が赤き竜の動きを僅かに鈍らせる。
 タイミングを見計らっていた戦士たちにとってそれで十分であった。
「…いいですね、ルオウ君。約束、覚えていますか?」
「ああ、わかってんよっ! 悪い奴以外は傷つけねえっ。そして諦めない。絶対に! テスタメント!」
 二人はあえて竜の意識を引きつける為に前に進み出た。
 攻撃はしない。ただ、背中のヘスティアや上空の攻撃を狙う戦士達への集中を削る為に危険に身をさらしたのだ。
 アルバートと共に前で動く三人に向けて再びブレスが吐き出されようとしたその時だった。
「!」
 刹那、竜が動きを止めた。渾身の紫乃の呪縛符であると思うより早く、その静止した竜の額を狙い、左右から二陣の光が飛んだ。
「勝利とは倒す事ではない! 誰も彼もが笑顔になれることが我らが勝利!」
 右からは竜哉のマスケット銃。
 左からはパーシ・ヴァルの放った矢。
「パーシ卿、あんたの方が弓、使えるだろ? …ウルじゃ無くてわりぃがこの「フェイルノート」使ってくれ」
 そうヘスティアが託した弓からの一矢であった。
 ピン!
 確かに額の真ん中にあたったそれは、額に埋められていた黒い宝石に白いヒビを入れる。
「今よ! クローディア! 旋回して!」
 竜の眼前で咆哮を放ったトゥルエノ。意識をそちらに奪われた竜に左右からにニクスとユリアの攻撃を避ける術は無い。
 居合をギリギリのところで放ったニクス。敵の首の角度を修正するのが本命であり、その目的は果たされた。
「放て!解放の一撃を!」
「目覚めなさい! 赤き竜よ!」
 パキン!
 ニクスの叫びと同時、投擲されたグングニルの槍は正しく、宝石の中央に突き刺さって、それを砕いたのだった。
 ぐがあああっ!!
 大地を揺らすかと思われた咆哮。全身の震え。
「わあっ!!」
 背中にしがみ付いていたヘスティアは振り落されるが
「大丈夫か?」
 下で待機していたルオウに受け止められた。
「あ、ありがと」
「見て下さい。ヘスティアさん」
 地面を踏んだヘスティアがイリスの視線の先に見たものは
『世話をかけた。円卓の騎士よ』
「意識が戻られて何よりです。我らが守護竜よ」
 首を垂れる赤竜と弓を降ろしそれを嬉しそうにお辞儀をするパーシ・ヴァルの姿であった。

●夢と現の邂逅
 ジルベリアの冬は当然ながら寒い。
 焚火の炎を囲んでも凍える程に寒い。
 しかし、今、彼らはそんな寒さも忘れている。
「子供達は元気ねえ〜」
 見物するトゥルエノはそう呟いて飲み物の入ったカップを一気に呷った。
「ルオウ! 頑張って!」
「負けるな! 開拓者の意地を見せてやれ!」
 周囲にはワイワイと応援する声の先にはぶつかり合う鋼の音が響く。
 ルオウとパーシ・ヴァルが手合わせと言う名の勝負をしているのだ。
 サムライであるルオウの武器は日本刀。対するパーシは槍を握る。
「弓使いかと思ったのに槍騎士だったんだ。んじゃ、いっちょお手合わせ頼むぜ。兄ちゃん」
 勝負の後、持ち込んだ酒や食べ物で宴を始めた開拓者達。
 パーシを知る者も、知らない者もパーシ・ヴァルの強さは『解る』。
 目を輝かせるルオウに答えるようにパーシは立ち上がった。
「ああ。受けよう!」
 刀を鞘から抜いて構えるとルオウは
「てやああっ!」
 掛け声と共にパーシに襲い掛かった。
 初撃はあっさりと交わされる。
 だが、それは予想の上だったのだろう。
 さらに勢いで踏み込んで行くとその俊敏さでニの剣、三の剣と息も付かせぬスピードで繰り出していく。
 身体能力に任せた力任せの攻撃に見えるが、その中に騎士にも似た合理的な剣筋も見える。
「なかなか、筋がいいな」
 パーシは攻撃を躱しながらそう褒めた。
 だが逆に言えば褒める余裕があると言う事。
「あっ!!」
 ルオウがさらに踏み込もうとした瞬間、まるで稲妻のごとく繰り出された槍が、今、まさに浮いた足を払う。
「わたたっ!!」
 とっさにバランスを取り、なんとか踏みとどまるが
「ここまで、だな」
 目の前で止まった槍の穂先に
「まいった。降参」
 ルオウは手を上げた。
「身体能力が優れているとそれを過信してしまいがちだ。気を付けた方がいいぞ」
「まあ、解ってるし気を付けてはいるんだけどね。それを狙って攻められる相手ってのもそうはいない訳で」
「次は私。お願いできるかしら」
「今度は槍対槍か〜。頑張れよ。ユリア〜」
 酒瓶を手にしながら手を振るヘスティア。その側で
『あやつに槍で挑むとは。なかなか勇敢よのお。どこか似ておるようじゃ』
 赤竜が楽しそうに笑って同意する。ヘスティアが差し出す酒をぺろりと舐めるあたり意外に気がいいのかもしれない。
「あんたみたいな守り神がばあちゃんたちの時代にいたらいろいろ楽だったんじゃないかねえ〜」
『そう言うな。人の物語は人が紡ぐものだ』
 その周りには
「懐かしいですね。修業時代を思い出します。手加減はして下さっている筈ですけどどちらも負けず嫌いですから、困ったものです」
「孫相手に大人げないわよね〜」
 心配そうに二人の手合わせを見守る紫乃やフラウもいる。
 口からこぼれた言葉はあまりにも自然で、違和感がない。
 まるで、昔から彼を知っていたような、彼の故郷やその後を覚えている自分がいる。
 この天儀にイギリスという国は無く、そんなことはありえないと解っているのに。
「私の知るパーシ・ヴァルは誉れ高き雷の騎士よ。お手並み拝見!」
 ユリアはそう言ってグングニルを構え踏み込んで行った。
 二人の達人同士、同じ武器の戦いは突き、払い、刺し、踏み込む。
 互いの攻撃を受け、躱し、己の攻撃を繰り出していく。
 舞を見る様な美しい戦いとなった。
 実力はそう離されてはいないだろう。
 だが、僅かな経験や訓練の差が一手ごとに小さな、しかし確実な差となってユリアを追い詰め、やがて。
「キャアア!」
 尻餅をついたパーシの勝利と言う結果になった。
「常に相手の次の行動を予測して、それに対処できるように動く事。場全体を把握する事。それができるようになればもっと強くなれる筈だ」
 差し出された手をしっかりと掴んで、彼女は立たせて貰う。
 自分を見つめる深緑の瞳を見つめているうちにユリアの中で、遠い記憶と憧れが蘇ってきた。
「幼い頃は祖父母に憧れた事もあったわね。私は「騎士として生きない」と決めたけど、槍使いの誇りにかけて一流の槍使いを目指すと誓うわ」
「君にならきっとできるだろう」
 負けた悔しさはある。
 しかし
「ありがとう。嬉しいわ」
 それ以上に憧れの祖父に褒められたような喜びは彼女の心に灯りを灯していた。
「ボクも一手よろしいか?」
「おっと待ってくれ。次は俺だ。双剣、槍との相性は上々、ヴォルフが一族の娘ヘスティア、参る!」
「え? ヘスティアにニクスも? …あなた達はもう…。誰に似たのかしらね」 
「トゥルエノおば…お姉さまはやらなくてよろしいのですか?」
 飲み物のお代わりを手に問いかける紫乃にお礼を言いながらトゥルエノは首を横に振った。
「私? 私はパス。別に腕自慢してる訳じゃない。剣は生きる為の手段にしか過ぎないわ。それにユリアの父に少し似てるし。あの人苦手なのよ」
 だが逆にニクスは同じことを思って、彼に戦いを挑んだようだ。
「どうか、聞いて頂きたいことがあります」
「聞こう。俺でいいのであれば」
「はい!」
「先を譲ってやったんだ! 負けるなよ!」
 剣と鋼の音が二人の気持ちを乗せて語り、謳う。
 それに合わせるようにイリスは歌を場に響かせたのだった。
「愛おしき想いの種。
 絆という風に乗り、新たな大地に撒かれ給え。
 芽を出し、葉をつけ、根を下ろし、大輪の花咲かせ、種はまた風に運ばれ世界を包む事でしょう」
 彼女の思いが込められた歌は、夜の森に静かに溶けて行った。

●繋がる思い
 夢のような一夜は過ぎ、やがて朝が来た。
 いつもと同じ、青い空。
 だが違って見える太陽の色は開拓者達の魔法でも窺い知れない未知の力の存在を彼らに感じさせていた。
『時が来た。戻るぞ。円卓の騎士よ』
 空を見上げた赤き竜の言葉は、同時に夢の終わりを彼らに知らせる。
「解りました。ありがとう。世話になった」
 竜の言葉に噛みしめるように頷いたパーシ・ヴァルに開拓者達は精一杯の笑顔を向ける。
「名残惜しいですが、あまり遅くなるとお母様達が心配されますものね。どうぞお気をつけて」
「昨日は負けたよ。やっぱ、年取っても強かったけど、やっぱ若い方が力あんな〜。ま、楽しかったさ。帰ったら、若かりし日の、っつーか向こうのばーちゃんとじーちゃんによろしくな、迷子騎士さん」
 ああ、と彼は頷く。
 彼の視線の先にはアルバート、そして竜哉もいる。
 懐かしい面影を宿す者達。
 幼い命を慈しんだ娘達の意思を継ぐ者。
 互いを愛し合い、寄り添いながら己の道を歩んだ二人の面影を持つ者。
 それぞれが『守る』為に王国の騎士の道を選んだ二人の友の道の末。
 語ればきっと『彼ら』は喜ぶだろうとパーシは頬を緩ませていた。
「パーシ。元気で…もし向こうでクローディアに会ったら、よろしく」
 小さく呟くトゥルエノ。
「私達は繋がっています。交わした想いは私の弟子や、いつか子孫にも。決して途切れる事はありません。きっと貴方の世界でもそれは同じですから」
「師匠…」
 ルオウに微笑して真っ直ぐにパーシを見つめるイリス。
 彼女らの思いもしっかりと受け止めて彼は答えた。
「確かに伝えよう。遠く離れていても志は伝わっている、と」
 そして…
「異国の騎士、貴方に出会えて良かった。また何時か」
「ああ!」
 差し出されたニクスの手を大きな手で強く握りしめると、彼は赤竜の背に飛び乗った。
 強い羽ばたきに風が舞い上がって、一瞬彼らは目を閉じる。
 それはほんの一刻であった筈なのに、気が付けば彼らの姿はもう、どこにも見えなかった。
「本当に、最後まで風か、雷のようだったわね。…パーシ・ヴァル」
「ユリア」
 空を見上げる愛する者の名を呼ぶとニクスは彼女の手を取り、その手首に青いリボンを結んだ。
「これは…」
「あの人からの贈り物だ」
「綺麗な、蒼。懐かしい色ね」
「僕は、あの人に誓った。君は僕の全て、命を賭けて守る、と。どうか、一人で行かないで。共に歩もう。僕は君と共に有る」
「ニクス…」
 空の色よりも、海の色よりももっと蒼いそのリボンを見つめながらユリアはニクスの手を取り、ニクスもまた仲間達の励ます視線優しい視線を受けながらユリアの手を覆う様に握り締め仲間達と共に空を見上げたのだった。

 既に『彼』の顔はおぼろげで、交わり流れ込んだ遠い誰かの記憶も、もう思いかえすことができない程に遠い。
 けれど彼らの心には『彼』と出会った交わした思いが、志が確かに残っていた。

 遠く懐かしい夢との邂逅。 
 それは一時の幻であったけれど、この地に生きる『冒険者』達には忘れえぬ思い出として残るだろう。
 
 繋がる思いは決して途切れることはない。
 その志が消えない限り、決して…。