未来の為に
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 16人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/11 04:30



■オープニング本文

 北面の戦乱が続く中、雪深いジルベリア。リーガでは南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは一通の書面をかきあげていた。
「よろしいのですか?」
 従者である少年が確認の意味で問うが、かまいません。と彼は頷く。
「ジルベリアとしての援軍派遣などは王が手配なさっておられるでしょう。私達が口を出して良いことではありません。アヤカシとの戦いに一般兵を送り込むのも無意味。支援物資などの対応を終えた以上、本当の意味での援助が我々にできるようになるのは、もう少し後の話です」
 冷静な政治家としての視点で状況を見つめている彼はそう告げて後、自分が書き上げた書類に目をやる。
「我々が落ち込んでいてもそれでかの地が救われるわけでは無い。ならば、私達がすべきことは自分達の毎日を大切に過ごす事、そして必要にされた時に助ける為の力を蓄えておくことです。かつて戦地にあって苦しんだ我々です。それは解るでしょう?」
 少年は無言で頭を下げ、書類を処理する為に部屋を出た。
 それを見送って、一人になったグレイスは窓の外を見た。
 おだやかなリーガの街並みは年の瀬の賑わいを見せている。
 戦乱で荒れ果てた南部辺境は人々の努力と、開拓者の助力で二年でここまで復興してきたのだ。
 しかし、安定にはまだほど遠い。
 幾度かの騒動、会議の結果とこれからの南部辺境の未来。
 そして今も南部に纏わりつくフェイカーの影。
「本当の戦いはまだまだ、これからですね」
 南部辺境を本当の意味での平和に導く為に、できる限りのことをする。
 彼が出した文書はその為のものであった。

 南部辺境伯から開拓者ギルドに依頼と招待を兼ねて出されたのは、メーメルを会場とする大新年祭の誘いであった。

『ジルベリアの新年を祝う祭りを行う。
 飲み放題、食べ放題で新年の朝まで続く祭り。
 篝火を盛大に焚き、多くの民と共に新年を祝いたいと思う。

 なお、南部辺境では新年より、劇場を建設し、芸能の発展に力を入れたいと計画している。
 ダンス、劇、その他優れた芸を所有し、それを披露してくれた開拓者には特別の謝礼が出、希望があれば新劇場での公演も可能とする。その場合は正当な契約の元、出演報酬も支払われる。
 また、当日はリーガ、メーメル、クラフカウより警備の兵が出るが新年の祭りと言う事で、思わぬ存在が現れるかもしれない。
 それに備える為の警備に協力をして貰えた場合、報酬を出す用意もある。
 
 願わくば多くの開拓者の参加を願う。
 共に新年の喜びを分かち合威、新年への活力として頂ければと願う』

「新劇場の出演者募集オーディションと、警備協力の依頼が入っているが、まあどっちも強制じゃない。興味があれば行ってみればいいんじゃないか?」

 一方でアヤカシの襲来に苦しんでいる者達がいる。
 新年を祝う気分ではないという思いも勿論ある。
 だが、こんな時だからこそ明るく未来を見据えていこうという気持も理解できた。
 動乱の年の終わり。
 出された依頼をそれぞれの思いで開拓者達は見つめていた。


■参加者一覧
/ ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 慄罹(ia3634) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / ニクス・ソル(ib0444) / 无(ib1198) / リリア・ローラント(ib3628) / シータル・ラートリー(ib4533) / 山羊座(ib6903) / 射手座(ib6937) / 魚座(ib7012) / アリス ド リヨン(ib7423) / 炎海(ib8284) / 風神 麗羅(ib8573) / 白沖(ib8579


■リプレイ本文

●祭りの始まり
 ジルベリアの冬は早く、長く、厳しく、そして寒い。
 しかし、ジルベリアに生きる民はそれを決して辛いとばかりは考えない。
 冬が厳しいからこそ、彼らは冬の過ごし方、そして楽しみ方を知っているのだ。

「ほお〜っ。凄いもんだねえ〜」
 感心したように慄罹(ia3634))は声を上げる。
「リーガや近隣の街からもこの祭りに沢山の人が来ているらしいですから」
 空気は天儀と比べ物にならない程の冷たさなのに、不思議なほどに寒さを感じないのはこの人の数と惜しげもなく焚かれている篝火のおかげだろう。
 あちらこちらには薪が積まれている。
 そして、広場の中央には一際たくさんの薪と大きな台のようなものがある。
 あれはおそらく祭りの間炎を焚く焚火台なのだろう。
 その前には仮設だが舞台が用意されていて楽師達が音合わせをしていた。
 周囲には露店がいくつも並び、香ばしい匂いや甘い香りを漂わせていた。あちらでは大きな鍋にボルシチ。こちらでは鉄板に焼き肉。
「にぎやか…ね」
 独り言のようにふわふわの襟巻を撫でながら言う柚乃(ia0638)は楽しげな様子に小さく微笑んでいた。
 祭りの準備は着々と進んでいるようだ。ふっと小さく笑って山羊座(ib6903)は
「お〜い! 行くぞ!!」
 さっそく屋台を除き見るアリス ド リヨン(ib7423)に声をかけた。
「山羊座様! ちょっと待って下さいっす!」
 屋台の商人に軽く手を挙げてアリスは自らの主人の元に駆け寄る。
「おまたせしましたっす。これ、いかがですか?」
 アリスが差し出したのは揚げドーナツであった。見るからに揚げたてでホカホカと湯気を立てている。炒りアーモンドが添えられていて香ばしい香りが食欲をそそった。
「ほ〜、美味そうじゃないか?」
「あっ!」
 アリスが声を上げるより早く、その手からさっと射手座(ib6937)は丸いドーナッツを取り上げると齧る。
 薔薇のジャムがとろりと流れ出て暖かい甘さが口の中に広がって行った。
「あつあつ! でも、これ美味いぜ。後で俺も買って行こうかな〜」
 のんきなつまみ食いの相手にアリスは頬を膨らませて抗議している。
「もう! 射手座様に買って来たんじゃないっすよ! お邪魔虫っす しっしっ!!」
「何? お邪魔虫? お邪魔な訳なかろう。寧ろオレが居て嬉しいだろっ♪ なあ? 山羊座?」
 長い手が伸びて山羊座の肩を射手座はキューと抱きしめる。
「そう言えば、本当に、お前何で付いて来たんだ?」
 既に
「お祭り♪ イベント♪ パーティ♪ ねーっ ねーっ ダンスパーティや舞踏会は無いのー?」
 と、楽しそうに踊る魚座(ib7012)は別として射手座が祭りに興味があるとは思わなかったので、山羊座としてはそれは本当に素朴な疑問であった。
「まあ、面白そうだったから。それ以外に理由はいる?」
 彼はそう言ってさらっと返した。
「いや、いらないが…」
「いるっす! せっかくの山羊座様との祭りを邪魔しないで欲しいっす」
「だ〜から、邪魔じゃないってば!」
 射手座を強引に山羊座から引き離すアリス。
 二人を見ていた山羊座は
「?」
 ふと、自分の服を横から引っ張る少女の手に気付き、振り返り、瞬きした。
 少女は一緒にやってきた開拓者の一人礼野 真夢紀(ia1144)だ。
「どうしたんだ…てっ?」
「ようこそ。南部辺境へ」
「あなたは?」
 彼女の指す指の先に立っていた人物に山羊座は首を傾げるが、主の様子彼の様子に気付いたアリスは瞬きをして小さく声を上げた。
「…辺境伯様」
「ええっ!!」
 見れば
「あけまして、おめでとうございます。アリアズナ様はお元気でいらっしゃいますか?」
「ご機嫌うるわしゅう。…昨年はお世話になりました」
 イリス(ib0247)やニクス(ib0444)は既に礼を取っている。
「こちらこそ世話になりました。姫は、今頃最後の準備に大忙しでしょう。だから、私が出てきたのですが…。
 ああ、はじめての方はお見知りおきを。グレイス・ミハウ・グレフスカスと申します」
「あれが辺境伯様? いつの間に…?」
 普段、あまり顔を合わせる事もない貴族が目の前にいる。
 ぽかんと口を開けるリリア・ローラント(ib3628)に真夢紀は
「さっき、です。警備員の人とお話をしようと思って行ったら、お声をかけて頂きまして」
 と笑いかける。それを聞いて
「どうも♪ 辺境伯様、お招きいただいてありがとうございますわ」
 シータル・ラートリー(ib4533)もスカートの裾を持って丁寧にお辞儀をした。
「あ、はじめまして。どうぞよろしく」
 リリアも慌てて頭を下げた。急な主賓の意外な場所での登場に少し慌てた開拓者達であるが、辺境伯自身は気さくなものだ。
「どうか気軽にして下さい。今日は祭りなのですから」
 明るく笑っている。そして
「申し出に応じて頂けて嬉しく思います。今日は皆さんの技で人々を楽しませて頂ければ幸いです。どうぞよろしくお願いします」
 開拓者達にそう告げた。と、向こうから辺境伯を呼ぶ声。彼はお辞儀をして声の方に向かい
「柚乃さん、後でね〜」
 付き人の少年が後を追っていく。
 辺境伯の行く先には警備の兵や街の顔役らしい者達が待っている。
 どうやら祭りの打ち合わせなどの為に出て来たようだ。
「気さくな人なんですね」
「それはそうですが、今日がお祭りということもあると思いますわ。本当は何が起こるか解りませんから危ないと思うのですが…」
「辺境伯が、直々に声をかけてくれるとは…。これはいっちょ張り切るかね!」
 腕を捲る慄罹。
「うん! がんばらなくっちゃ!」
 リリアもぐっと、手を握り締める。
「出し物に参加する演者の控え場所はこちらだそうです。行きましょうか? では、義兄様。行ってまいります」
 イリスが開拓者達を促していく。
 と、それに加わらず山羊座は腕組みしていた手を解いて歩き出した。
「あ〜、山羊座様〜。どこにいくっすか〜?」
「警備事務所に挨拶に行く。真夢紀、だったか? 案内してくれるか?」
「いいですよ〜」
「あ〜! だったら俺も行くっす!」
「おい、置いてくな!!」
 そんな彼らを見送って
「いってらっしゃ〜い。がんばってねえ〜」
 魚座は明るい声で手を振ったのだった。

●祭りを彩る者
 気の早い太陽が早々に山に沈んだ夜。
 集まった人々は祭りの開会を今や遅しと待っていた。
「暖かい飲み物をどうぞ♪」
 給仕役の娘達が人々にカップを配って行く。
 やがて、歓声にも近い声が群衆の中から漏れてきたのを魚座は受け取ったばかりのカップを玩びながら見つめていた。
 見れば、数名の人間達が壇上に上がって行く。
 そのうちの一人はさっき顔を合わせた辺境伯だから、きっとこの祭りの主催者たちなのだろうと思いながら見ていると、そのうちの一人が一歩前に進み出る。
「あら、可愛いお姫様」
 魚座が声を上げた。決して美人と言うわけでは無いが優しい雰囲気を称えた女性だ。
「本日はようこそメーメルへ。今日は辺境伯様や多くの方達をお迎えして、祭りができることを心から嬉しく思います」
 メーメルの領主アリアズナと名乗る彼女は一度、大きく深呼吸をして後、集まった人々に向けて手を大きく広げた。
「今夜は古き年の終わり。そして新しい年の始まり。どうか、思う存分、楽しんで下さい」
 彼女の宣言と共にわあ! と上がった声は今度こそ間違いのない歓声であり、人々はそれぞれ家族や、友人達を杯を合わせていた。
 と、同時に舞台を取り巻く篝火に、そして広場の中央、大きな灯火台に火が入る。
 会場はさらに賑やかさと明るさを増して、楽しそうに笑いさざめく。
 祭りの始まりであった。

 まず最初に皆の前に立ったのは慄罹であった。
 根を構え軽く準備体操をすると、身構えた。
 武狭風の珍しい衣装に人々の注目が集まる。
「こういう場で披露するのも悪くない…全力でやらせてもらう! 棍使う豹子頭、いざ参るぜっ! ハアッ!!」
 掛け声とともに彼は高くジャンプした。
「うわあっ!」
 子供達の目が輝いて彼を見つめている。彼の身長より長い棍が豪快かつ華麗にまるで生き物のように踊るのは爽快であったろう。
 本来であるならあまり合わない筈である楽師の竪琴を弾く音と、棍に付けられた鈴の音が不思議に合っている。棍が生み出す風に合わせてなびく色のついた布はどこか幻想的なものさえ生み出す。まさか、手ぬぐいだとは思うまい。
「行くぜ! 最後だ。ハアーーーッ! ハアアッ!!!」
 最後に彼は棍を地面に立てると勢いよく地面を蹴りつけて空に向かってジャンプした。
 空中での見事な回転。一回ひねり。
「ハッ!」
 着地した瞬間、周囲から割れんばかりの拍手が上がる。
「ま、掴みの役は果たせたかな」
 彼はお辞儀をしながら、仲間達と客席に向けて軽く片目を閉じて見せたのだった。

 慄罹に続いて今度はリリアが舞台に上る。
「次は…私です。旅芸人の踊りを踊ります。皆様の心が少しでも明るくなるように、笑顔になれるように、心を込めて」
 お辞儀をしたリリアは後ろを振り向いた。
 そこには二胡を手にした炎海が座っている。
 正直、ここに来るまで彼のことは知らなかったし、今も名前すら知らない。
 しかし、久しぶりのジルベリア。集まった町中の人々。その舞台に緊張するリリアは
『おや、そこの人間のお嬢さん。舞を披露されるのなら…その引き立てに私の演奏などいかがかな?』
 彼がかけてくれた声に
『あ、はい、…是非っ』
 気が付けば、そう答えていた。彼が獣人であることなど気にもならなかった。
(落ち着いた優しい声音。…知らないのに懐かしい…まるで、父さんのような)
 そうして彼が奏でる二胡が異国の音色で、ジルベリアの歌を奏でる。
「――時を想うような音色。…素敵」
 彼の音を、目を閉じて抱きしめるとリリアは舞い始めた。
 くるくる。くるくると空を抱く様に、大地を撫でるように。
 慄罹のそれ比べれば、派手さはない。
 しかし、優しく懐かしい舞姫の舞と、美しい音楽は見る者の心に暖かいぬくもりを与えたのだった。
 やがて踊りが終わった彼女を喝采が迎えた。
 炎海はリリアの側に立つと、彼女の手を取り深々とお辞儀をする。
 そしてそのまま彼女をエスコートして段から下がったのだった。
「あ、あの!!」
「ん?」
 取ったままの手がぎゅっと強く握られて、炎海は少女の顔を見た。
「あの。…私、リリアっていいます。今日は、ありがとうございました」
「リリア…。美しい名前だね。ああ、失礼、申し遅れたな。私の事は炎海とでも呼んでくれ」
 そう言って微笑むと炎海。彼もまた手の中に感じるリリアのぬくもりを離そうとはしない。
「有難う。リリアの美しい舞のおかげで私の演奏にも華が咲いた。よければこの後も私と共に祭を楽しまないか?」
「はい! 喜んで!!」
 リリアが心からの笑顔で頷くと、炎海もまた笑顔で返し、二人はゆっくりと祭りの輪の 中へと戻って行ったのだった。

「どうしてこうなったのでしたっけ…」
 いつの間にか舞台に立っていた无(ib1198)は思いかえす様に空を仰いだ。
 確か、ジルベリアで祭りがあると聞いて警備がてら見学に来て…書物でも見せて貰おうと頼んだら
「ああ、開拓者の方ですね。どうぞこちらへ…」
 と誘われたのだった。
 今までの流れからするに、ここは祭りの余興用の舞台。
 ここに上げられたということは何か芸をせよということだろう。
「ふむ、私には先ほどの方達のような芸は無いのですが…」
 自分を見つめる期待された目を裏切るわけにもいかないだろう。
「そうですね。ではジルベリアの皆様には少し珍しいかもしれませんので、天儀に伝わる古き昔話を一席語らせて頂きましょう。ある青年の鬼退治の話」
 ストンと彼は舞台の上に座って話を始めた。
 賑やかな祭りの場で、最初のうちは彼の声はあまり目立ってはいなかった。
 しかし、前の者達が真剣に耳を傾け始めると、まるで凪の海のようにざわめきが静かに 収まって行く。
「…その時、青年の前に現れたのは!」
 扇子を剣に、箸に、盃にと上手に使い分わけ、人魂でちょっとしたアクセントを入れる。
 身ぶりに手振り、そして話の妙味に見物人達はいつしか引き込まれていった。
「かくして、村に平和が戻り、青年は美しい花嫁と共にいつまでも幸せに暮らしたのでありました。めでたし、めでたし。お粗末でございました」
 話が終わり、彼がお辞儀をすると沢山の拍手が彼を包んだ。特に子供達が一生懸命手を叩いている。
 目的とは少々違う形であるが
「まあ、いいものを見せて頂けたということですね」
 无は満足して微笑んだのだった。

 他にも我こそはと言う芸人が集まり、祭りは大いに盛り上がった。
 寸劇をする者、ダンスを披露する者。歌を歌う者。様々だ。
 観客達に話を聞くとそれぞれに気に入った者達の名前を口にしていた。
 その中で、誰もが気に入りと名を挙げこそしなかったが忘れられない、と言った者がいた。
「…お願いします」
 前口上もなく、それだけ言って奏でたその少女が演奏したのはフルートで、その後ハープも奏でてくれた。
 決して派手な音ではく、目を引くパフォーマンスがあったわけでは無い。
 しかし、その音は聞く者達の耳に長く心に残り、ふとした時に口ずさむメロディーとなった。
「春を待ちわびる息吹のような音楽になれば…と思う」
 彼女、柚乃はそう世話をしてくれた少年に語ったと言う。
 そして、望みどおりに彼女の調べは、冬の最中のジルベリアの人々の心に小さな春を贈ったのだった。

●見つめる者、守る者
 演者達の発表は続いているが、同時に祭りそのものも賑やかさを増している。
「山羊座様〜。これ、美味しいっすよ」
「俺にも分けてくれよ」
「ダメっす。これは山羊座様のっす!」
「ケチ〜。あ、このホットワイン美味い」
「お前達。飲むのはほどほどにしておけよ。警備が大事なんだからな」
「そうっすけど…せっかくだから相互理解深めたいっす」
 祭りを楽しむ者達に加え
「では、私がもらいましょうか。ホットワイン…。確かに悪くありません。冷えた喉と身体が生き返るようです」
「私はレモネードを。炎海さん。このボルシチ、美味しいですよ」
「ほお、ボルシチと言うのか。寒い中では食べるには最高だな」
 演技を終えた者達も戻ってきて、輪の中に加わっているからだ。
「…これは、確か、プリニャキ?」
 辺境伯から御土産を兼ねたプレゼントにと、渡された小さな袋に入った焼き菓子は人や、動物、鳥、時には花など色々な形をしている。
「はい、焼き立てです。どうですか?」
 心配そうに聞く少年に
「オーシくん…」
「…はい」
「とっても美味しい♪」
 柚乃は花がほころぶように微笑んだ。
「良かった。喜んで貰えて。またリーガにも遊びに来て下さいね。もふら達も喜ぶと思うんです」
「ありがとう…」
 人ごみは余り得意では無いし、いろいろと考える事があって今年の新年は一人で過ごそうと思っていた柚乃であったが、やはり誰かこうしていると胸が暖かくなる。
 誰かと一緒、というのは楽しく、また嬉しいものだ。と思うのだった。
 向こうでは
「このケーキ、美味しいですよ…」
「ありがとう。こちらも食べてみないか?」
 リリアと炎海がいいムードだ。
 ジルベリアに来るまでは知らない者同士であった筈だが、舞台を通して意気投合したらしい。
「此処で出会えたのも、何かの御縁。貴方を、知りたいです」
「ああ、私も君の事を知りたいな…美味しいものでも食べながら教えておくれ」
 新しい出会いの場になったのだとしたら、それはいいことだろう。
 だが、人ごみは時としていさかいの場にもなる。
「おい! てめえ、何しやがる!」
 後ろの方で起きた騒ぎに開拓者達は振り返った。
 見れば、一人の男がもう一人の男性の胸ぐらを掴んでいる。
 男性の唇からは朱い筋が流れている。どうやら既に一発殴られた後らしい。
「なんだよ! 子供が少しぶつかっただけじゃないですか。ちゃんと謝ったのに…」
 胸ぐらを掴まれた方が細い声で反論するが、完全に出来上がっているがらの悪そうな相手には通じない。
「お父さん!」
 側で見ている子供も泣きそうな顔をしている。
「こいつ!」
 振り上げられた拳が男性の顔を捕えようとするのを
 パシッ!
 間に入った手がキャッチした。
「おいおい、やめとけよ。新年早々恥ずかしいぜ」
 何かを飲み下した慄罹がそう言って、酔っぱらいを睨みつけた。
「あんた、さっきの…」
 男はほんの少し前見事な演武を披露した開拓者が眼前に現れたのを見て、ばつの悪そうな顔をした。
 自分が叶わない相手だと即座に解ったからだ。
「どうした?」
「女の子泣かしちゃだめだぞ」
「かっこわるいっすよ」
 騒ぎを聞きつけて集まってきた山羊座に射手座アリス達。さらには真夢紀が呼んできた警備の兵達に自分の分の悪さを察したのだろう。
「くそっ! 覚えてろ!」
 男は男性を乱暴に投げ落してそそくさと去って行った。
 わあっ! と周囲から拍手や歓声が上がる。
「どれ、見せてみなさい」
 无が怪我に治癒符をかけると朱い筋も、ほほの赤みも即座に消えていく。
「お父さん!」
「大丈夫ですよ? 心配いりませんからね」
「ありがとう。お兄ちゃん、お姉ちゃん」
 泣いていた女の子も、ホッとしたのだろう。真夢紀が差し出したオータムクッキーに笑顔を見せている。
 一時期、凍りかけた場の空気が元に戻って行くのを開拓者達は感じていた。
「なんだか、嫌な気配を感じたが気のせいだったか?」
 少し離れた所から様子を見ていたニクスは不安げな様子で呟くが、祭りそのものにもう不安の影は見えない。
 无が微かに怪訝そうな顔を見せただけだ。
「あ、イリスさん達」
 柚乃の言葉に開拓者達だけでなく、周囲の人達の目もまた舞台に戻る。
 舞台に上ったのは漆黒のドレスを身に纏った異国風の少女と、リーガの歌姫。
「今宵は一時、皆様に遠き大陸の夢と歌と、舞を贈ります」
 丁寧にお辞儀したシータルは演奏者と、イリスに目で合図して強く、足を踏み出した。
 ジルベリアのそれとは違う、遠い国の踊りは夜の装いなのに、見る者に遠い夏を思い起こさせる。
 力強いステップと優美な手の動きは、決して大きいとは言えないシータルを舞台の上で大輪の花に変えた。
 湧き上がる手拍子は異国の小さな舞姫に心奪われた証。
 彼女のヒールが最後のステップを鳴らした瞬間に大きな拍手が上がったのはいうまでもないことであった。
 ほんの僅か暗くなった場の空気は、もはやどこにも感じられない。
「ありがとう、ございました…。では、最後は…イリスさん。どうぞ」
 息を切らせながらお辞儀をしたシータルは、自分の伴奏役に徹していてくれていたイリスの手を取り、スッと舞台の中央に導く。
 人々の注目と期待を一身に受けながらイリスは深くお辞儀をすると、花のような笑顔で笑いかけた。
「舞台の出し物は、これで最後だそうです。私から、皆さんに贈るのはジルベリアの里謡。どうか、皆さんも一緒に歌い、踊りましょう」
 そうして、目で合図した彼女に頷いて楽師がメロディーを紡いだ。
 〜♪〜〜♪〜〜
「この歌…知っています」
 リリアはそう言って目を輝かせた。
 ジルベリアの祭りでよく歌われる歌。
 大地の実りを喜び恵みを称える歌。
 人々の絆を謳う歌。
「炎海さん。一緒に踊りませんか?」
 リリアが差し伸べた手を
「教えて貰えるなら、喜んで」
 炎海が取る。
「可愛いメイドちゃん。一緒に踊ろ!」
「は、はい。ありがとうございます」
 ナンパに成功して給仕の少女といつの間にか篝火を取り囲む輪の中に入った魚座。
「お姉ちゃん、一緒に踊って!」
 真夢紀の周りには男女を問わず子供達が集まっていた。
 そして
「柚乃さん、踊って頂けませんか?」
 勇気を持って声をかけた少年は
「…いいよ」
『柚乃!』
 襟巻の小さな声を黙殺した少女と手をつなぐ。
 寒い冬だからこそ、人々は心と体を暖め、歌い、踊る。
 ジルベリアの祭りは澄んだ歌声を人々の笑い声を夜の星空に響かせて、最高の盛り上がりを見せるのであった。

「さて、どうしようかしら」
 街を見つめていた女がそう呟いた。
「やな連中がいるわね」
 周囲を時折踊る陰陽師の人魂を潰して『彼女』は祭りを場の外から見つめていた。
 本当は、思うところがあってやってきたのだ。
 楽しそうな祭りを掻きまわしたり、あわよくば領主達と接触できれば、と思っていた。
 だが、知る顔とすれ違ったので『彼女』は予定を変更して身を隠した。
 客や演者、警備に紛れる開拓者達。
 知る顔だけではなく、知らない顔も多い。
 しかし、そのどれもに共通しているのは、祭りの中でも気を抜いていない、ということだ。
「一人で相手にするには少しやっかいね。今日の所はまたにしましょうか」
 彼女はそう言って小さく笑った。
 相手にできない事もないが面倒は御免だ。
「まあ、いずれまた会うことになるわよね。その時まで束の間の幸せ、楽しむといいわ」
 そして彼女は闇の中に消えて行ったのだった。

●新年の開幕
 祭りが始まって、どれほどの時が経ったろうか。
 既に空気は黒から、薄紫へとその色を変えていた。
 中央の篝火もすっかり、熾火になってかさかさと静かな音を立てている。
 家や宿に戻った者もいる。
 だが、その殆どはまだこの広場にいた。
 あるものを、待つために。
「寒くないかな? リリア」
 自分のマントをそっと炎海はリリアの肩に乗せた。
「ありがとう。炎海さん。でも、大丈夫ですか?」
「なに。もう少しさ」
 肩を竦めて炎海は空と大地の境目に目をやった。
 彼らが待ち望んでいたものがやってくる。
 火が消えて、料理も無くなって冴え冴えとした空気の中、人々は、貴族も、騎士も、一般人も、開拓者も皆、同じひとつのものを見つめていたのだ。
 それは、この世でもっとも美しいものの一つ。
 山の間からゆっくりと顔を出し、周囲を黄金に染めて空に昇って行くもの。
 金色に輝く新しい光。
 太陽。
「キレイ…ね。伊邪那」
『まあね〜』
「山羊座様や皆さんと一緒にこの太陽を見られてよかったっす〜」
「ああ、そうだな」
「ジルベリアの初日の出も悪かあないね」
 誰もが、この光景を胸に焼き付ける。
 太陽は毎日登る。
 けれど、これほどまでに特別に、輝いて見えるのはきっと新しい年の始まりだから。
 そして、一人では無いから、だ。
「義兄さま」
「なんだ?」
 独り言のように呟いたイリスにニクスは同じように独り言のように答える。
「私は、新しい年もこの地の為に力を尽くそうと思います。ご助力頂けますか?」
 イリスは胸に付けた羽根飾りをきゅっと握り締める。
 先ほど辺境伯とメーメルのアリアズナから託された新劇場の演者。その印だ。
 春には正式に契約を交わすことになるだろう。
「いう間でもない…な。俺も彼等と約束した」
『この身の及ぶ限り、貴方方の為に力は惜しまない』
 同じ時、その誓いを受けた辺境伯も、メーメルの領主もそれぞれの胸に決意を固めて空を見つめていた。
 ニクスから聞いたジルベリアの影で蠢く怪しい動き。そして无が言っていた
『私の人魂を消し去った者がいた。この地はまだ狙われているのかもしれない。注意した方がいい…』
 と、言う言葉に。この土地をあるいはジルベリアを狙う影を感じていたのだ。
 昇る太陽。黄金に染まる大地。
 戦乱の混乱からやっと立ち直ったこの地には、沢山の人々が懸命に生きてい。
 この地の為に、人々の為に全力を尽くそうと彼等は深く心に誓っていた。

 そうして、一年と言う幕が降り、また上がる。
 新年の、そして新しい物語の幕が今、上がったのだった。