|
■オープニング本文 【このシナリオは陰陽寮 朱雀2年生用シナリオです】 ●多方面作戦 とうとう動いたか――前線からの報告に、大伴定家は深いため息を付いた。 敵は、こちらの事情に合わせて動いてはくれない。 「ただちに各地のギルドへ通達を出すのだ」 以前、遭都における戦では、弓弦童子は各地で他のアヤカシを暴れさせ、天儀側を大いに引っ掻き回した。今回もおそらく何らかの手は打ってくるであろうし、既にギルドや自身も攻撃を受けている。 冥越八禍衆の影も見え隠れする今、ギルドは臨戦態勢に入ったのだ。 「これ以上、弓弦童子の好きにさせてはならぬ」 大伴の言葉に、ギルド員は緊張した面持ちで頷いた。 五行国にひとりの志士が訪れた。 「我は北面国よりの使者。どうか架茂王にお目通りを願いたい」 彼は陰陽寮生の案内で、五行、結陣に辿り着くと城の門番に、そう願った。 門番が上へと取り次ごうとしたその時であった。 「あい解った! 我に任せるがよい」 「青華院様?」 突然現れそう告げる青華院と呼ばれた人物は、見るからに陰陽師と言う装束を纏った白い顔の男性であった。 「こちらの方は?」 「青華院家。五行の有力氏族の御曹司でいらっしゃいます。青華院様、アヤカシ退治のお仕事は終えられたのですか?」 「うむ。無事倒して参ったから安心するがいい」 門番の言葉に満足そうに頷くとその男は堂々と胸を張ってこう言った。 「我が王に取り次ごう。お客人もお疲れのご様子。我が館にて休まれるとよい」 そう言うと青華院はその志士を城の門から、己の館へと自ら案内したという。 それを朱雀寮の三年生達が目撃したのはもはや三日前の事であった。 しかし、その後、青華院が登城することはなく、彼が城に上がったと言う話も聞かない。 不審に思った朱雀寮寮長各務 紫郎の調査の結果、驚くべき事が浮かび上がってきたのである。 「今回は前置きは無しです。皆さんにはある人物を救出して貰います」 二年生のいつもの日程より少し早い授業の日、朱雀寮寮長各務 紫郎は集まった二年生達にそう告げた。 救出とは穏やかでは無いが、現在一年生は北面の戦いに一般人の調査救出として向かっている。 自分達もそれの補助か、別の救出を課題に出されるかと思っていたので正直以外ではあったが、黙って二年生達は寮長の話を聞く。 「現在、五行郊外のある陰陽師家の別宅に北面よりの使者が滞在しています。北面国よりの援軍要請を持ってきたと思われるのですが、彼を受け入れ、取り次を約束した人物が、あろうことか彼を軟禁どころか監禁に近い状態で閉じ込めているようなのです。故にその志士を救出しなければなりません」 「そこまで解っているなら何故、上の方からの命令とかで助け出せないんだ? 政治的思惑とかからか?」 寮生達の質問はもっともな話である。 「確かにその陰陽師家が五行でも有力氏族で、その人物の父親が、北面との強硬論を主張する五行の有力者であるとか理由はあります。ですが、根本的な問題はそこではないのです」 「え?」 寮長はそこで言葉を切った。彼にしては珍しく言いよどんでいるようだ。 だが決意をしたように顔を上げると、彼はとんでもないことを口にする。 「おそらく、その陰陽師はアヤカシに殺害され、憑依されています」 「な、なんだって!!」 驚愕する二年生達に寮長は淡々と告げる。 「そうとしか考えられないのです。彼はアヤカシ退治の任務の後、登城せず城に閉じこもっています。門も開くことなく閉ざされ、館の使用人達も一切外に出てきません。使用人の中にも憑依されている者がいるか、最悪、館まるごとアヤカシに憑依されている可能性だってあります」 他に、三年生から得た情報なども提示した寮長の話に寮生達は正直、言葉も出ない。この五行の真ん中結陣でそんなことが実際に起きていたとしたら大変な事だ。 「この事を王に知らせても五行国の面目や青華院家の体面もあり、聞き入れてもらえないか受け入れて貰えない可能性が高いでしょう。また一般の兵士達ではかえって危険。また、もしかしたら、まだ無事かもしれない館の使用人達との区別もつけられないでしょうし、何より事は一刻を争います。陰陽寮生であれば、万が一その情報が間違いであったとしても寮生の悪ふざけで済ませられるという思惑もあります」 だが、寮生達は確信している。 各務紫郎がそう判断したのなら間違いなく、事は起きているのだろう。と。 そうして、寮長は二年生達に告げる。 「そこで皆さんには、その家を調査し、中のアヤカシを捕獲。可能な限り生存者と北面よりの使者を救出して欲しいのです。今回の事態によって何か問題が起きてもその責任は全て私が取ります」 地図と館の簡単な見取り図が渡される。 「絶対条件は捕獲ですか?」 「そうです。アヤカシを斃してはいけません。確実に憑依されていた証拠が必要なのです」 難しい話だ。さらに言えば館の人間が何人いるかも解らない。 そのうち何人が憑依されているかも解らないのだ。 「私は王と青華院の当主と説得を行います。ですが、受けいれて貰うには時間がかかるでしょう。さっきも言いましたが事態は一刻を争います。大至急行動を開始して下さい。以上」 必要事項だけを告げて行ってしまった寮長の様子はいつもと変わらないが、寮生達は理解していた。 この行動を起こすに当たり彼の立場がかなり危うくなることを。 しかし、この事態を放っておけば状況は一日毎に悪化するのもまた事実。 最悪、五行の住民に危害が及ぶかもしれない。 事態解決に一番適任が朱雀寮生達であることもまた事実だ。 二年生達は震える手を握り締める。 今年最後の授業は、五行の中枢を巻き込む陰謀。 その大掃除となるのだから。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●託された願い 「そのようなことがあるものか!」 五行の王城、架茂王の御前。 膝を付いた朱雀寮寮長にそう言って青華院家の当主は手近にあった置物と共に怒声を投げつけた。 その物をぶつかるままに任せたまま、報告をなした寮長 各務紫郎は言葉を続ける。 「ですが、それが真実でありますれば…」 「息子がアヤカシに憑依されておる、じゃと! 冗談も休み休み言うがよい!」 人払いされた謁見室で話を聞いているのは寮長の前にいる二人だけであるが、この老当主が心中穏やかではいられないであろうことは解っている。 けれど、それが真実であるなら伝えなくては事が北面の使者を巻き込んでいるだけに被害は五行だけの事ではなくなってしまう。 相手は長く国に仕えた実力ある陰陽師家。五行の指折りの有力者。しかし、引く訳にはいかない。 「証拠はあるのか!」 「証拠はおってこちらに」 当主の顔が青ざめた。つまり、それは調査が既に動き出していると言う事だ。 「ふん!」 架茂王が鼻を鳴らした。 気だるげに、だが面白そうに彼は言う。 「お前の事だ。既に手の者である朱雀寮の者達を動かしているのであろう。面白い。 祖奴らが明確な証拠を持ってくることができれば、言い逃れのしようは無いの」 「だが! 事が誤りであった場合は、解っておろうな!」 「十二分に」 「ふっ」 もう一度王が楽しげに笑う。 「ならば結果を待つとしよう。北面へ援軍を送るか否かも、その結果次第だ」 そう言って彼は手をひらりと動かした。 退室を促された意に寮長は部屋を出る。 王宮での攻防も一つの戦場ではある。しかし 「どうか無事で戻って来て下さい」 それよりももっと厳しい戦場に今、正に挑む寮生達の無事を紫郎は己の身よりも案じていた。 パタン。 「ふうう〜」 図書室で調べものをしていた瀬崎 静乃(ia4468)はため息をつきながら本を閉じた。 タイムリミットだ。 「そちらはどうでしたか?」 同じように限界を感じたのだろう調べものを止め立ち上がった尾花朔(ib1268)に静乃は首を横に振った。 「…ダメ。今までアヤカシに憑依された人間が無事だった例も、それを払う事ができた例もない、って…」 「そうですか。こちらもです。アヤカシ避けのアイテムなども含めて無いかどうか調べたのですが、塩も浄めの水も気休め程度でしかないようですね。操られていただけの場合助かったこともあるようですが、憑依=死とほぼ断定できるようです。青嵐(ia0508)さんも用具倉庫に目ぼしいものがないかと探していましたが見つからなかったようです」 「そう…仕方ない、かな」 静乃は積みあがった本を手早く片付けて急ぎ外に出た。朔も後に続く。 「今頃、皆さん聞き込みを行っていますね」 「うん、早く合流しないと」 手に持った薬草の袋を抱きしめながら静乃は頷く。 できるだけ、助けたい。 けれど…調べても難しかったことに関しては覚悟を決めるしかないだろうか。 「朔さん、静乃さん!」 門の横、龍達の待機所で泉宮 紫乃(ia9951)が手を振っている。 二人は気付いて走り寄った。 「お疲れ様です。調べものはどうでしたか?」 動かない二人の表情に事情を把握したのだろう。 「そうですか。でも、できる限りのことはするしかないですね。…よかったらこれどうぞ」 差し出された小さな包みの中には焼き菓子が入っている。 「…ありがと」「おいしそうですね。頂きます」 二人はそれを指でつまみ口に入れた。 「…塩の味?」「しょっぱいですけど、美味しいですね」 「塩クッキーです。それは、美味しい味の範囲にしてありますけど、こっちはとっても塩が多めです。憑依された人とそうでない人の見分けに使えないかと…」 紫乃の言葉に朔は控えめに、だがはっきりと言う。 「普通の塩は勿論、浄化された塩にもあまり効果は無いようです。アヤカシに憑依された人がものを食べたという記録もあまりないのでどこまで使えるか…」 「解っています。でも、できる限りのことはしたいんです。甘い望みかもしれないけど助けられる人は…助けたいから」 俯く紫乃の足元で忍び犬の瑠璃が心配そうに足を突いている。 クッキーを飲み込んだ静乃は紫乃の背中をぽん、軽く叩いて無言で顔を上にあげた。 そこには主の気配を察したのか顔を覗かせる龍達がいる。 「文幾重、嵐帝。強くん。大丈夫だから、…後でね」 「そうですね。行きましょう。必ず皆で戻ってきますから」 そして彼らは歩き出した。 心を決めて、仲間の元へと…。 ●調査と潜入 太陽が早めに空に消えた薄紫の夕暮れ。 五行の外れの小さな空地。 青華院を間近に見るその場所で 「じゃあ、打ち合わせ通りに」 集まった仲間達を前に俳沢折々(ia0401)はそう言った。周囲を彼女の鬼火玉かるみが照らす中、集まった11の顔はそれぞれに頷く。 「遅れてきた人や、調査に行ってた人もいるから、もう一度纏めるね。 皆で調べて、聞きこんだ結果によると北面の使者が館に連れ込まれてかれこれ三日。館から人の出入りは殆どないって話。唯一、下働きの男の子が店に食べ物とかを一日おきに注文しにくるだけ。前はもっと人の出入りも多くて掃除している人とかも見かけたけど、今は殆ど見かけないんだって」 『ゴミも館の中に貯めこんでいるようですね。ただ、今までにない腐臭を感じると言う証言もあります』 腐臭。青嵐の言葉に寮生達は顔を顰める。当の青嵐自身もいい顔はしていない。当然だ。 腐っているのがゴミであればまだいい。だがもしそれが…。 「事態は急を要する。既に犠牲者は出ているからだ」 断言する劫光(ia9510)に何故、と朔が目で問うとそれに気づいたのだろう。真名(ib1222)があのね。と続けた。 「さっき、折々が言った下働きの男の子、にね、さりげなく聞いてみたの」 『あれがさりげなく、ですか? 限りなく直球に近いと思うのですが』 朔の人妖槐夏の言葉に劫光は頭を掻きながら、少年の証言を思い出す。 『北面の使者の行方について調査している。心当たりがあるなら話せ。そして、館に戻るな』 『ダメだよ! 他所の人と話したり、逃げたりしたら母さんが食べられちゃう!! 僕だって見張られてるかもしれないんだ!』 怯える少年からなんとか聞き出したところによるとアヤカシは青華院家の若様とそのおつきの者達数名。 「とりあえず、陰陽服を着ている者はアヤカシと思っていいらしいが、それ以上の話は聞けなかった」 「多分、あの子は人間で間違いないと思う。目が本当に心配してたから。紫乃のクッキーもはっきりしょっぱいって言ってたし」 「と言う事は今ならまだ生存者はいるということですね。一刻も早く助け出さなくては。今日、今無事でも、明日はそうではないかもしれないですから」 心配そうに言う玉櫛・静音(ia0872)に寮生達も頷く。 「んで、これが寮長がくれたあの家の大雑把な地図なのだ。見張りは今の所、こことこことここにいる。だったなりよね。アッピン(ib0840)?」 地図を開いた平野 譲治(ia5226)にはい、とアッピンは近寄って譲治がここ、と指差した印を彼女も指す。 「カメムシさんと双樹ちゃんが調べてくれた情報が一致したから大丈夫だと思います。ただ、移動したりしている可能性とかもありますから、必ずしも〜ってわけではないですけどね」 「使者という人物は? どこにいるか解りますか?」 朔が確認するように問うがアッピンはう〜んと唸って首を横に振った。 「それが、よく解らないのです。とりあえず人魂とかで調べても解らないところ、ですね。生きていれば、ですけど」 少年も使者の事はよく解らないという。 買いだされた食料が使者に渡っていないということでもあるので心配ではあるが、少なくとも死亡が確認されてはいないと解釈もできる。 「あとは突入して一気に押し切るのみだ。急がないと戻った少年や生存者に危険が及ぶ」 「そうなりね。どうしたなり? 喪越(ia1670)。いつもと様子が違うなりね〜」 「俺もそう思った。随分印象代わるなあ〜」 譲治と劫光が今まで口を開いた喪越を瞬きしながら見る。 眼鏡を外し髪を整えた喪越はどこからどうみてもいつもと別人だが、 「今回は、あのお調子者は1回休みだ。下手するとアヤカシを逃がしかねんからな。わけが分からんだろうが、あまり気にすると禿げるから気にするな」 やはり本人であるのに間違いはなく 「ま、真喪越くんとか余計な事を気にするのは止めよう。とにかく始めたら速攻勝負で片をつけないとね」 「了解だ。決行は完全に日が落ちてから。店の主人が忘れ物があった、と声をかけてくれることになってる。それにタイミングを合わせて表門と裏門から突入でいいな?」 寮生達は細かい打ち合わせをして持ち場に付く。 失敗が許されない、一度きりの勝負が始まろうとしていた。 ●使者の救出、そして… 夜と言われる時間になって暫く経った青華院家に とんとん。 小さなノックの音が聞こえた。 最初は無視されたそれは とんとん、トントン、トントントントン。 根気強くいつまでも続く。やがて 「誰だ!」 門の小さな覗き窓が開き、中からうつろな目がこちらを睨む。 「あの、先ほど荷物をお届けに来たものです。荷物に不足があったのでお届けに…」 やがて細く扉が開き手が伸びた。 「よこせ」 その時であった。 ピーーーー! 高い音と共に屋方の上空に羽ばたきの音共に黒い影が浮かぶ。 「なんだ? 一体?」 その瞬間、扉が大きく開いた。 無論中から開けられたわけでは無い、交渉する紫乃の側、細く開いた隙間に青嵐が手をかけて一気に引き開けたのだ。 「私は先に行く! こっちよろしくね!」 「ああ、任せろ。直ぐに後を追う!」 「待ってなのだ。折々〜」 物音を聞きつけたのだろうか? 「誰か、こっちに来るわよ」 真名が言うとほぼ同時、人影がいくつかこちらに走り寄ってくる。彼らの進路を断つように立ちふさがったのは陰陽寮の二年生達。 「悪いが大人しく捕まってくれよ」 そう言って劫光は人影の一つ、陰陽服の男に蹴りとパンチを見まった。 「うっ…」 唸り声をあげるが、怯む様子はない。 『どうやらこちらの二人はアヤカシに憑依されているようですね。ならば、遠慮はしませんよ』 青嵐も人形を操り、蹴りを男の足元に流した。 崩れ落ちるように倒れた男を手早く関節を押さえて縛り上げる。 『用具委員会自慢の縄です。そう簡単には抜けられませんよ』 反対側では朔と劫光が門を守っていた男を取り押さえていた。 「残りの奴らは?」 劫光の問いよりも前に管狐紅印を放っていた真名は戻ってきた狐に何か囁かれている。 「近くの家の中で隠れているって、多分、人間だから後でいいと思うわ。それより静音達と合流して使者の救出に行きましょう」 『では、私は首謀者の捕縛の援護に向かいます』 「解った。俺達も使者を助けたらすぐに向かう!」 走りながら劫光は胸に手をやった。さっきの笛は彼の人妖、双樹のモノではないか? 「何かあったのか? 無事でいろよ」 表情に出さない心配を劫光は小さく、口の中で呟いていた。 正面の騒動に乗じて裏門から侵入したチームは比較的スムーズに中に入ることに成功した。 中に潜入していた劫光の双樹がカギを外しておいてくれたからだ。 「不動、そこに留まり誰も出さぬ様に。くれぐれも威嚇程度で攻撃はしない様に」 龍を静音が出口に配置している為、外に逃げ出せる者はそういないであろう。 「使者の方が捕えられているのは物置か、蔵、でしょうか?」 頭の中で地図を確認していた為、少し意識がそれた静音の眼前に、突然人が現れた。 「キャアア!」 悲鳴をあげた彼女を同行していた喪越は一瞬、その男を睨むと鳩尾に真っ直ぐ剣をねじりこんだ。 倒れ、捕えた彼を縛り上げた後、静音は喪越にそう頭を下げた。 「大丈夫ですか? ありがとうございます」 「何。これくらい平気だ。人形で足止めをしても貰ったしな」 「あ、気付いてましたか?」 そう言って静音は小さく笑う。 「傀儡操術は人形をしがみ付ける間、少しの間足止めができるようです。それより、どっちに行きます?」 物置か蔵か。迷っているところで空の上、待機していたアッピンが向こうへ行けと促す。 「あちらに何かあるみたいですね」 「よし、行くぞ!!」 二人は走り出していた。 そして、館の最奥。 「誰だ!」 その男は今、正に食事をしようとしていた所だったので、突然乱入してきた三人の陰陽師にそう怒鳴りつけた。 「貴方が青華院?」 だが、三人は動じる様子もなくその男を逆に睨みつける。男からの返事は勿論無い。 けれど、三人には返事を待つ必要も、目の前の男の正体を判じる必要も無かった。 部屋に漂う腐臭。そして彼が食べようとしていた『者』が、全てを物語る。 「その子…、離して!」 声を荒げた静乃は目の前の男に向けて呪縛符を放った。 それとタイミングを合わせるように折々は縛られていた少年を奪い返し、譲治は水と雷閃を同時に男に叩きつける。 「ぐあああっ!」 唸り声をあげる男が再び、寮生達を見た時、その目に映っていたのは狂気にも近い怒りだった。 「ゆ、許さん!」 飛び込んできた男をぎりぎりで躱した譲治に折々が指示を出す。 「譲治君! 右。静乃ちゃん、真ん中から! 皆で取り囲んで捕まえる!!」 繰り返し放たれる呪縛符と雷閃は徐々にそいつにダメージを蓄積させて、そして… 『大丈夫ですか』 青嵐が合流する頃には相手がかなり追い詰められているのが状況を見ていなかった彼にも解った。あと、一息だ。 『譲治君、任せましたよ!』 そう言うと三人は頷いて同時に男へ向かって呪縛符を放った。 三人の怒りが籠った呪縛符に動きを封じられて動けなくなる。 そこに譲治の渾身の雷撃が放たれた。 「うわあああっ!」 そう叫んで男は地面に突っ伏して動かなくなる。 「あ! やりすぎたなりか!」 譲治が青くなるが、だが、微かに動く手がまだ死んではいないことを教えてくれる。 「今のうちに手足を動かないように縛ってしまいましょう。君、他の使用人さんの居場所を教えてくれますか?」 「解った」 そう言って走り出した少年は 「ありがとう」 振り返りそう寮生達に告げたのだった。 石造りの蔵の中に、静音は呼びかける。 「北面の使者様、私達は貴方様をお迎えに来た陰陽師です。どうか出て着て頂けませんか?」 「五行の陰陽師? 奴もそう言った。騙されないぞ!」 しっかりと固められた扉は周りを拒絶する彼の心のようだ。 警戒を解きほぐす方法は、誠実な言葉、それ以外にはない。何度も根気強く。 そして、どのくらい経ったか。 「解った。君達を信じよう」 そう言って出てきた彼は、そのまま喪越の腕の中に倒れこんだ。 「アッピンさん!!」 空に向けて静乃は叫び、空の上で状況を見守っていたアッピンは地上に滑るように降りて倒れた男を運び出していく。 それを見送りながら劫光は 「ご苦労だったな」 調査に潜入、そして説得に、大活躍した己の人妖にそう褒めて頭を優しく撫でたのだった。 ●五行の決定 そして、長い夜が明けた朝。 寮生達は朱雀寮に訪れた来訪者達を前に膝を折っていた。 「な、なんということだ」 震える声で縛られた息子を見る青華院の当主は唇を噛む。 『助けてくれ。父上! こいつらが俺を…』 捕えられた青華院の青年がそう口にするが 「黙れ! アヤカシが! その口で私を呼ぶな!」 一喝し、その拳で殴りつける。 彼も陰陽師、まして我が子の事だ。一目見れば解るのだろう。アヤカシかそうでないかが。 「貴様はあの森に現れたというアヤカシか?」 『ふ、そうだ。俺は死者にしか憑依できぬが死者であるなら志体持ちであろうと憑依できる。お前の息子が俺の前の身体を滅ぼしてくれたのでな、殺して次の身体にさせて貰った。お前の息子、なかなかの居心地だったぞ!』 「こ、この!」 「止めよ!」 架茂王の静止に再び振り下ろしかけた手を下げて、青華院の当主は項垂れた。 彼を一瞥だけして、架茂は寮長と朱雀寮生達の方を見る。 「そのアヤカシは後で部下を寄越すからそれまでここにおいておけ。で、北面よりの使者というのは?」 「治療を終え、保健室に。憑依の形跡もなく落ち着いています」 保健委員副委員長である静音がそう答えると、解ったと答えて架茂は背を向けた。 退室しようとしたのだろう。扉に向けて歩き出すが、ふと足を止め寮生達に向けて振り返った。 「お前達。ご苦労だった。各務。ねぎらってやるといい」 「はい」 それだけ言うと今度は本当に部屋を出ていく。その後に残っていた青華院の当主も寮長と寮生達にお辞儀をして去っていった。 まるで、一気に十歳以上歳をとったように力なく去っていく老人を何とも言えない思いで見送りながら、しかし、寮生達は大きく息を吐き出して力を抜いた。 とにかく終わったのだ。後処理でいつの間にか年も明けている。 「皆さん、本当にご苦労でした。理想的な形でアヤカシを捕えてくれたことに、そして北面よりの使者を無事救い出してくれたことに心から感謝します」 「いえいえ〜。あの使者さんは自分で自分の身を守ってたんですよ〜。あの館に着いてすぐに危険を感じて、自分から蔵の中に閉じこもったということらしいですから〜」 「さっきの話からするにこいつは死んだ者にしか憑依できない上に前の身体が使えなくなるかしないと次の者に憑依できないんだな。だから、あの使者が閉じこもったまま死ぬのを待っていた、ということか。危ないところだったな」 劫光の説明に寮生達は頷きあう。 もし、もう少し救出が遅れていたら使者は飢えて死ぬか、殺されるかして憑依されていたかもしれない。 本当に危険なところだったのだ。 「課題は勿論、合格です。ゆっくり休みなさい。後始末は私に任せて」 「ありがとうございます」 誰ともなくそう告げて、彼らは部屋を出た。寮長に既に頼んだので死者の埋葬や生存者のケアは大丈夫だろう。 「良かったね。喪越君、取り越し苦労ですんでさ」 帰り足の中、折々はそっと喪越の側によってそう囁いた。 「何の話かな?」 足早に去って行く彼を見送って折々はくすりと小さく笑った。 喪越が一人、今回の件についてある心配をしていたことを折々は知っていた。 『今回の件。青華院家を潰す為の陰謀ではないか? 俺達はそれに利用されているのではないか?』 そう考え、万が一にも仲間達に危険が及ばぬように事前調査をしていたのだ。 幸い、割と早くにその心配がないことは解り、使者の救出に入れたのだが、その行動と今回の態度は彼の本質がただのお調子者では無いことを告げている。 「ま、そんなこと皆解ってるんだろうけどね」 肩を竦め折々はさて、と思う。 今回の件は別に口止めさなかった。 だから、救出された青華院家の使用人達などから、さりげなく噂を流して貰えば五行、上手くいけば北面の民の意識を 「アヤカシ許すまじ!」 に持って行けるのではないかと思ったのだ。必要であれば誘導することもできる。 青華院家には、恥になるかもれないが 「悪いことを悲しむだけじゃ前に進めないものね。ピンチをチャンスに変える。それくらいの気持ちでなくっちゃ」 北面の使者が五行の王との面会を果たした。 多分五行は援軍を送ることになるだろうと彼女は見ていた。 「また、直ぐに出番かな」 「折々さ〜ん。ご飯一緒に食べましょ〜」 「料理長がお正月料理、ご馳走してくれるそうですよ」 「解った〜。今行く〜」 その時までとりあえず、今は仲間との時間を楽しもう。 そう思って折々は仲間の元へと足早に駆け出したのだった。 数日後、五行は発表した。 北面に正式に援軍を派遣する、と。 |