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■オープニング本文 ●多方面作戦 とうとう動いたか――前線からの報告に、大伴定家は深いため息を付いた。 敵は、こちらの事情に合わせて動いてはくれない。 「ただちに各地のギルドへ通達を出すのだ」 以前、遭都における戦では、弓弦童子は各地で他のアヤカシを暴れさせ、天儀側を大いに引っ掻き回した。今回もおそらく何らかの手は打ってくるであろうし、既にギルドや自身も攻撃を受けている。 冥越八禍衆の影も見え隠れする今、ギルドは臨戦態勢に入ったのだ。 「これ以上、弓弦童子の好きにさせてはならぬ」 大伴の言葉に、ギルド員は緊張した面持ちで頷いた。 朱雀寮は月の初めに大掃除を終えている。 本来であるなら十二月はのんびりと通常課題や研究に時間を当て、新年を迎える筈であったのだが事情と事態の変化を寮生達は勿論理解していた。 「今回、皆さんには北面に出向き、魔の森近辺での行方不明者捜索にあたってもらいます」 寮長は今回、授業や講義という前置きを置かず集まった一年生達にそう告げた。 「行方不明者捜索…ですか?」 一年生の問いにそうです、と朱雀寮寮長 各務紫郎は頷く。 「皆さんも聞き及んでいる通り、現在北面がアヤカシの襲撃を受けています。調査に当たっていた三年生によると北面は現在、上級アヤカシを含むアヤカシの襲撃を受けており、魔の森近辺の集落には丸ごと全部消息を絶った村もあるのです」 朱雀寮の三年生達は長期遠征に行くと言ってしばらく留守にしていた。 この調査が目的だったのか、と思い当たる者もいたが今は、それを確認している暇は勿論無い。 「今の時点で五行として北面の戦いに、どう介入するかの方針は決まっていません。 ですが、その方針を待っていては救える人も救えないと言う事になりかねません。 陰陽寮は、授業や課題に関してある程度の自由采配を許されています。 よって、今回は北面のアヤカシと被害の調査と実習ということで北面に赴き、消息を絶った村々の調査、そして生存者の救出にあたって下さい」 寮生達は顔を見合わせた。 思わず唾が喉で音を立てた。 陰陽寮は五行に所属する施設である。 それが課題と言う名目があるとはいえ独自に動くとは…。 「今回は危険な課題ですので、協力者を仰いで構いません。友人などを誘い、もしくは力を貸してくれる人を請い一週間の期間の中できるだけ多くの集落を確認して生存者の捜索にあたって下さい。 捜索に当たり、魔の森と近隣の集落を確認できる範囲内で書いた地図と解る限りのアヤカシの情報は提供します。また協力者には寮生護衛として多少の報酬は用意しましょう。 現時点では鬼族などが多いようですね。ですが、敵の最前線に行くことになりますし、村の被害も小さくは無いでしょう。十分な準備と覚悟をして言って下さい。そして、何より今回は戦闘や殲滅が目的ではありませんので生存者と、何より自分達の身の安全を第一に考えること」 「それは…」 「それから護衛を兼ねて朱里を付けます。協力して事に当たって下さい。何か、質問はありますか?」 「寮長…」 誰かが震える声で言った。 「いいんですか?」 アヤカシへの恐怖からでは無い問いに構いません、朱雀寮寮長はそう答える。 「陰陽師の力が何の為にあるか、考えれば今やらなければならない事は自明の理です。 皆さんは北面から戻ってきた後、活動報告書を提出すればそれで構いません。責任は私が取ります」 その言葉に寮生達は頷き立ち上がる。 ならば、事態は一刻を争う。 数刻の遅れが一人の命の差になるかもしれない。 寮長にお辞儀をし、彼らは走り出したのだった。 |
■参加者一覧
星鈴(ia0087)
18歳・女・志
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827)
16歳・男・陰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
サラターシャ(ib0373)
24歳・女・陰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001)
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039)
17歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●課題と言う名の人命救出 朱雀寮の廊下は本来であるなら、当然駆け足厳禁である。 だが、今はそれを気にする者も咎める者もいない。 パタパタパタ。軽い足音と共に扉が開く。 「お待たせしました。準備、整いました」 そう言って微かに息を弾ませる蒼詠(ia0827)に軽く微笑むとリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は彼の後ろで荷物を下げる自分の娘。クラリッサ・ヴェルト(ib7001)から腕に下げた布袋のいくつかを取り上げた。 「これで全部?」 「あ、ありがとう、母さん。手伝ってくれて」 クラリッサの言葉は、無論荷物を持ってもらったことだけに紡がれたわけでは無い。 今回の「課題」は命がけになる。 それを解っていて手伝いに来てくれた母への感謝の表れであった。 「朱雀寮は薬草とか、アイテムとか充実しているんですね〜。必要なものは貸し出してくれる、と?」 「結構、それを頼ってくる一般人もいるみたいですから」 同じように荷運びを手伝う鈴木 透子(ia5664)に青詠が微笑する。 蒼詠は保健委員。 薬草の扱いにもかなり慣れてきた。 他にも毛布や水、北面での舟の手配も寮長が整えてくれたようで、多分、不足はないだろう。 「ご苦労様〜。できれば練力での治療は最終手段に残しておかなきゃいけないものね。荷物、龍に積める? 積みきれなかったら手分けするから」 星鈴(ia0087)やサラターシャ(ib0373)、巴 渓(ia1334)などと打ち合わせをしていた芦屋 璃凛(ia0303)はそう、蒼詠に声をかけて後、手にも持っていた地図を仲間達の前に広げた。 「これ、先輩達が持ってきてくれた地図。東和平野の、特にこの辺が今、ヤバいらしいよ」 璃凛が指し示したのは魔の森を挟んでの北と南。 樋ノ森周辺と北之床館周辺のあたりだ。 「今回、アヤカシ達は城や砦を狙うではなく、むしろ力の無い人々の村を多く襲っているそうです」 「まったく、奴ら一体何を考えてんだか……」 悔しげに唇を噛み手を握り締める彼方と清心。 「アヤカシはなぜ殺めずにはいられないのか。なぜ悲しみを生み出すのか…」 俯くサラターシャ。 「落ち着かないですね…。惨状見て冷静で居られれば良いのですが」 ため息をつくカミール リリス(ib7039)。 それを腕組みをしながら見つめていた渓は、パンと大きく手を叩いた。 ビクンと寮生達の背が伸びる。 「ほらほら、しっかり頼むよ。解らない事を考えている暇は無いんだ。ここで、いろいろ言っても始まらない。なら今、なすべき事は?」 「「襲撃を受けている人達を一人でも多く助ける事」」 悩んでいた様子の少年達から、返った即答に渓はうん、と満足そうに笑う。 「そうだね。小隊での経験とみんなの力を合わせればきっと、何割か救える! そう、信じる!」 「私達は、陰陽師の力は人を救い守る為にあると教わりました。今が、その時、ですね」 「自身はないですけど、やれるだけのことはやってみます」 決意を新たにする寮生達に、うんうんと渓は満足そうに頷いた。 「その意気。無理言って入らせて貰ったけど今回の依頼は、陰陽塾の課した「課題」だからな。俺もその意図を尊重し、協力以上の口出しはしないぜ。その代わり直接的な荒事を請けおった!」 「そういうことや。璃凛。みんな、しっかり頼むで」 相棒である星鈴に背中を叩かれて、うん。と璃凛は頷く。 「解った。頼りにしてる。みんな、こっちに来て。最後の打ち合わせ、始めよう。…リリス、どうしたの落ち着いてないよ」 「大丈夫です」 「ええ。一人でも多くの人の救助を。そして何よりも全員生きてここに、朱雀寮に帰りましょう」 「まず、単独行動は控えて…不測の怪我をされないように、協力し合いましょう」 「北面には水路が多いそうですよ。だから…」 そうして、部屋の中から寮生達が消える瞬間まで、真剣な空気と活発な議論が消えることはなかったのだった。 ●戦地の奇跡 「なんて酷い…」 北面の戦地に最初に降り立った時、最初に誰もがその言葉、思いを飲み込んだ。 少し前、上空ではクラリッサが駿龍ナハトリートや鷲獅鳥ハインケルに跨った母と共に 「…ひどい、こんなになってるなんて…」 地上では霊騎 蔵人に跨った透子が 「思ったより、酷い状況ですね」 と。 ここは、最前線。一番初めに襲撃を受けた場所。 既にアヤカシも多くが去っている。 つまりは、何も残っていない場所…。 「大丈夫です。シルフィード」 心配するように顔を摺り寄せる駿龍に気丈にそう答えるとサラターシャは前を見た。 既に場では先行していたクラリッサがリーゼロッテや星鈴と調査を開始しているようだ。 いつまでも引きずってはいられない。 自分達は呆然と立ち尽くす為にここにいるわけでは無いのだから。 「俺が、アーマーで一回りしてくる。死体があったら、場所を把握して集められるなら集めておいてくれるとありがたい。無理なら俺がやるから」 「大丈夫です。頑張ります」 気遣う様に声をかけてくれた渓にそう答えたサラターシャにきっと、うん、と頷いたのだろう。カイザーバトルシャインに乗って渓はガシャガシャと歩いて行った。 「行きましょう」 そう促す清心に頷いた時 「みんな! 来て!」 クラリッサの声が響いた。 「どうしたんです?」 集まってきた仲間達にしっ、とクラリッサは指を立てた。 見ればリーゼロッテが何か集中している様に見える。 「さっきなあ。うちが変な気配を感じたんや。村の隅っこの方に一つだけ離れたちっさい気配とその周辺に群がる気配。アヤカシだとしたら、ちょっと妙な集まり方やろ?」 「だから、母さんに確認して貰ってるの…どう?」 顔を覗き込んだクラリッサにリーゼロッテは目を上げた。 「確かに、妙ね。瘴索結界にはその小さな気配っていうのはひっかからない。そして周囲の気配は一か所に向かっている。他の気配さえ集まりつつある…」 「それは、もしかして…」 蒼詠の声が僅かに希望に弾んでいる。 「だとしたら、急がないと!」 「方角は?」 「あっちや!」 彼方の言葉に誰ともなく走り出した。程なく村はずれ目的の場所が見えてくる。 石造りの小屋。その前に群がるアヤカシ達。 その目的は… 「風絶! 星鈴、お願い! そこを、どけええ!」 「お前らんくれてやるもんはあらへんのや、とっとと家でもあの世でも帰りぃな!!」 到着と同時、璃凛は眼突鴉と共に奇襲攻撃、アヤカシの中に飛び込んでいく。 「璃凛さん!」 「ラビバ! お願い!!」 その援護にサラターシャとリリスが龍達と共に後を追っていく。 周辺に集まっているのは主に鬼と屍人。 璃凛と星鈴が切り開いた道を守るように璃凛の甲龍、リリスの炎龍が後を追う。 主の声を聞きつけたのか星鈴の風剣も空に舞っていた。 「逃がしはしないよ!」 渓のアーマーが退路を塞ぐ頃には不利を悟れる鬼達は退却を図り、そうでない屍人達は開拓者達の剣と術の下に崩れていく。 「危ない!」 そんな中、リリスの背後に屍人が迫った。とっさに反転し攻撃を仕掛けるが鉄爪は空を切る。 クラリッサが声を上げて呪縛符を構えた。だが、それより一瞬早く風を切って飛んだ刃が屍人の関節を砕き、動きを止める。 「母さん!」 その隙にリリスは屍人の攻撃から逃れると小屋の前に立った。 扉を守るように重なり倒れている二つの死体をそっと避けて開いた扉の先。 泣き崩れるような声で、膝を付く。 「みんな…いたよ」 「早く蒼詠と透子さんを!」 「はい!」 リリスの手の中には、小さな子供が一人抱きしめられていた。 ●決断 「思っていた以上に、状況は酷いようですね…」 川沿いを仲間の元へ戻ろうとする透子はそう呟いた。 今まで、二つの村に行ったが生存者はたった一人だけ。 最初の村で子供を一人救出できたが、次に行った村では生存者は0だった。 「あの子は、ご家族がきっと必死で守ろうとしたんですね」 サラターシャが言っていたとおり、子供が匿われていた小屋の入り口では親らしい二人の大人が亡くなっていた。 自分達の身体を文字通り盾にして子供を守ったのだろう。 もし、自分達の到着が遅れていたら飢えて死んでいた可能性もあるが、それでも一つの命を守れたことは開拓者にとっても救いであった。 「次の村はもっと危険かもしれない。一度、この子をどこかに預けてきた方がいい」 そう託されて透子は救出された子供を布洲の都に預け、急ぎ戻るところだった。 単独行動は危険と預けられた陰陽寮の人妖朱里は、今、鳥に化けて周囲を偵察している。 「何往復もさせてしまってごめんなさい」 透子は霊騎の背を撫でた。 「頑張る」 そうして足を速めかけたその時。 『透子さん!』 空から朱里の呼ぶ声がした。 「どうしました?」 『みんなが向かった村の方で煙が上がっています。アヤカシの気配も…』 透子が戻るまでできれば戦闘は控える話であったが、既に被害が出ているとなればそうもいかない事は解っている。 「解りました! 急ぎましょう」 霊騎は主人の意思を読み取って舟を引いたままやがて駆け出した。 「間に合いますように…」 走りながら透子は祈るようにして煙の方向を見つめていた。 寮生達がそこに到着したその時、まさに村は襲撃を受けたその瞬間であった。 「キャアアア!」 「誰か、誰か助けてくれええ!」 切り裂くような悲鳴があちらこちらに響く中、開拓者達は様子を窺っている暇さえ無かった。 「俺が先に出る! 援護を頼む!」 「はい!」 そう言うと同時、渓は瞬脚で一気に敵との距離を縮め、今振り上げて、親子の上に下ろされようとしていた剣を渾身の力で弾き飛ばした。 彼方の斬撃符で動きの止まった鬼は動きを止め瘴気へと還って行った。 「大丈夫ですか?」 とっさに二人を助け起こしたクラリッサが身体で庇いながら後方へと促す。 「母さん!」 「任せなさい」 「お母さんを助けて!」 泣きながら訴える少女に軽く頷くと、リーゼロッテは呼吸を整えると詠唱を始める。 「此の状を速やかに直し給い癒し給え…」 柔らかい光が背中を切り裂かれ、荒い呼吸をしていた女性の傷を埋めていく。 「お母さん!」 「…ゆら」 意識を取り戻した女性が少女をまだ震える手で抱きしめていた。 しかし、その光景を喜び、噛みしめている間もない。 蒼詠が向こうから彼には珍しい大声を上げる。 「リリスさん! こっちの怪我人の手当てをお願いします。僕はこの人の止血を…」 怪我人の数が多すぎる。救護を担当する寮生達は時折襲ってくるアヤカシを倒しながら懸命に村人の救助に当たっていた。 「戦闘は、お任せします。一人でも多く怪我人や、ご無事な人を連れてきて下さい。透子さんが戻ってきたら順次避難させますから」 サラターシャの言葉に頷くとクラリッサもまた清心と朋友の援護を得て村の中、戦場へと戻っていく。 「ねえ。星鈴」 戦場で敵に囲まれながら敵を睨みつける中、背中合わせの友から星鈴はそんな声をかけられた。 「なんや? 璃凛?」 「ありがとね。来てくれて。みんなを守ってくれて、そして…」 何かをいいかけた相棒の頭をこつんと、軽く小突く。 「そんなん今更や。気にせんでええし、まだ早いわ。終わるまでが遠足やさっきも言ったやろ?」 さっき、別の村の捜索の時、別々のチームに分かれることになった時、璃凛は星鈴を呼び止めて言ったのだ。 『星鈴、みんなの方は任せる。無茶は、たぶんするけど』 その時、星鈴はこう答えたのだ。 『璃凛、帰るまでが仕事言うんやし、気ぃつけぇや。…って、まるで遠足ん行く子供みたいんこというてまったな』 くすっ。 肩を竦めて璃凛は笑うと改めて敵の方に向かい合う。もう星鈴の方は見ない。 「行くよ。うちらの連携見せつけよう」 「ふっ、伊達ん長ぁ付き合ってへんからな。『阿吽の呼吸』いうんを見せたろやないか」 「うん! 一気に奥に行く。風絶ならやれるよね…、風剣に良いところ見せた いでしょ」 背後を守る龍たちからも唸るような返事が帰る。 「風絶判った、それなら迷わずに専念できるよ。よしっ! じゃあ行こう!!」 そう言うと彼女達は、アヤカシの気配の一番集まる先、村の奥へと飛び込んでいったのだった。 この村では数十人の人達を助けることができた。 それからも彼らは魔の森近郊の村や集落の救助に回った。 なんとか襲撃前に到着し、村人達を避難させることができた村もあった。 さっきの村の様に襲撃の現場に出会い、アヤカシと戦いながらも人々を幾人かでも助けることができたところもあった。 アヤカシ達の多くは少人数のグループのようなものを作って、集落を襲っている。 正面から戦えば、寮生達にとっても怖い相手ではないことが多かったのだ。 だが、状況は日を追うことに悪化していく。 目の前で恋人を殺された男性は、亡骸をここに残しておけないと泣きじゃくった。 しかし、その遺体だけを持って行くことはできず、避難の為の舟もいっぱいで、半ば無理やりに彼をその場から引き離すことになった。 「私達を恨んで下さっても構いません。でも、今は生きている方が大事です。貴方の大切な方もきっと、それを望んでいる筈」 男性の手を取り、告げるサラターシャの目にも涙が浮かんでいた。 ある村では殺された人々の遺体を食むアヤカシを目撃した。 そのアヤカシは寮生達が全力で打ち倒したが、日を追うにしたがって処理しきれない遺体の数も増えていく。 遺体にかける布も足りない。 穴を掘って埋める時間も、炎で焼く時間さえない。 ある者はその行為を無駄だ、徒労であると言ったという。 その通りかもしれなかった。 目の前の敵を殲滅させることはできる。けれど、全てを助けることはできない。 安堵できぬ夜をいくつか越え 「休める時に休んでおいた方がいいですよ」 「…こうも妖魔の気配が近いと、逆に血が騒いで寝られんよ」 徐々に寮生達、開拓者達の間にも目に見えず、言葉にもできぬ疲労が蓄積されていった。 そして、ある日。 「助けて! お兄ちゃんが!」 たどり着いたある村で、彼らは最悪の事態を目撃することとなった。 「なんだ? あれは!」 お兄ちゃんと少女が指差した先にいるのは明らかな屍人であった。 かつて、妹思いであったろうその少年にとっては、目の前の妹は、もはや餌に過ぎない。うつろな目のまま襲いかかってくる。 「お兄ちゃん!」 手を伸ばす妹の前で、 「許せよ!」 渓はその顔面に渾身の思いを込めた拳を打ち込んだ。 鈍い音を立てて、少年は動かなくなる。 「ここから先の村はダメだ。村を回って無事な人を助け出して、避難させる。俺達も脱出だ!」 少年を見つめたまま立ち尽くす渓に 「でも…」 クラリッサがかける言葉を探す。 しかしそんな彼女に 「クラリッサ!」 厳しい母の声が飛ぶ。 「必ず生きて帰ることが条件なんでしょ、割り切りなさい! 救えないものまで拘って、救えるものまで失うつもり!」 その言葉に顔を下げたのはクラリッサだけではない。 寮生達、一人一人がその言葉の意味を噛みしめている。 「そう…ですね。私達は、生きて戻らなくてはいけないのですから」 サラターシャはそう呟いて、泣きじゃくる少女を抱きしめた。 クラリッサはきりんぐべあーを一度だけ、強く抱きしめると脇に抱えた。 「行こう。リリス。星鈴。生存者を少しでも見つけて、退却するよ」 「しかたないですね。透子さん。この子を舟に。できるだけの人を助けて、すぐ舟に戻りますから」 サラターシャから、少女はリリスへ、そして透子へと繋ぎ渡される。 走り出す寮生達、開拓者達。 「お兄ちゃん!」 少女の声が遠ざかっていくのを聞きながら最後まで残っていた蒼詠は 「ごめんなさい……貴方達の犠牲は絶対に無駄にしません」 一度だけ目を閉じて祈りを捧げると、自分を振り返り、待つ仲間の元へと走って行った。 ●明日の為に 「それで、結果としては八つの村や集落を巡り、約100名の救出に成功した、というわけですね」 提出された報告書を見ながら問いかける朱雀寮長各務 紫郎の前で寮生達ははい、と頷いた。 「最初の村での生存者は一名。次と、次の二か所は全滅。四か所目は五十人弱を助け出すことができましたが他の場所では数名から十数名が精一杯で。最後、住人の五割が屍人になっている村で五十人前後を救出し、戻ってきました」 「最初のうちは死者の埋葬もできたのですが、だんだん余裕がなくなってきて…でも、生存者は水路を通じて安全な場所に避難して貰っています」 サラターシャの報告を蒼詠が引き継いでその他細かい状況を話していく。 忙しい中にも要所で的確に書き止めた状況のレポートのおかげで、敵の種類、数、被害状況などもよく解る。 『みんな、本当に酷い状況の中、一生懸命やっていました』 「でもボクは、まだまだ未熟ですね…。知識と行動が、伴っていませんか…ん?」 朱里の言葉と同時に寮長は立ち上がって寮生達を見ていた。 少し、緊張を浮かべた寮生達であったが、寮長の顔に浮かんでいたのは今までに見た事のない程の優しい笑顔である。 今までになく寮長が心配していたことが、その表情から読み取れる。 「ご心配をおかけしました」 「皆さんが、苦しみながらも頑張ってきたことは護衛の開拓者の皆さんからも報告されています。そして、何より無事で戻ってきてくれたのが一番の成果です。良く頑張りました。合格です」 寮生達の顔に久しぶりの笑みが開くが、直ぐにそれは消えてしまった。 まだ北面での戦いは終わったわけではなく、こうしている今も犠牲者は増え続けていることを思い出したが故に。 「とにかく、休みなさい。身体と心を休めなくては今後、何かしようにもできませんよ」 気遣ってくれたのだろう。そう言って退室を促した寮長の言葉に従って寮生達は部屋を出た。 「ふう」 誰からともなくため息が零れる。 「とりあえず任務完了。みんなで戻って来れて良かったけど…100人…か」 ぽつりと璃凛が呟く。その数が多いのか、少ないのか。 100人助けられたと思うか、100人しか助けられなったと思うか。 「もっと、力があればもっと多くの人を助けられたのでしょうか」 「力…ってなんだろ」 出発前の寮長の言葉を思い出す。 『陰陽師の力が何の為にあるか考えれば』 と。 寮長に聞けばきっと 「アヤカシを御し、弱い人達を助ける為にある」 と答えるだろう。けれど青龍寮の透子は 「力の意味ですか? 実は考えた事がありません。 アヤカシを抑えるがお役目ということに疑問をもったことがないです。 生きる為、食べて行く為の術だったのかも」 と言っていた。どちらも別に間違いというわけではない。 では、自分達にとって力の意味とは何か。はっきりと答えを口にはまだできない 「でも…力はあったほうがいい。できないよりきっとできた方がいいから。何かしようとした時、できずに泣くよりも、やって失敗して泣いた方が、きっと後悔は少なくてすむ」 「そうですね…。次はあんな思い、したくないですから」 間に合わない悔しさ、助けられない悲しみ、手が届かなかった後悔。 だが アヤカシとの戦いは終わったわけではない。 今もなお現在進行形で進んでいる。 「精進しないといけませんね。いつか来る『次』の為に」 蒼詠の言葉に頷きながら寮生達は自分達の学び舎に、その日常へと戻って行った。 数日後、北面から一通の文が陰陽寮に届く。 朱雀寮の寮生だけでなく、透子やリーゼロッテ、渓や星鈴を招いて開かれたそれには 『おにいちゃん、おねえちゃん。ありがとう。わたし、がんばるよ』 そう綴られていた。 目指す道は遠く暗い。 けれど助けた人の笑顔が道を照らしてくれる。 その灯を胸に彼らは、また歩き出す。 明日へ向かって。 |