南部辺境サミット開催
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/02 20:54



■オープニング本文

 ほんの少し前まで、美しく色づいていた森の木々はすっかり葉を落し、赤や黄色。地面に鮮やかなじゅうたんを敷き詰めている。
 この上に、純白の雪が積もり、辺境を閉ざすのも間もなくの事だろう。
 頬を冷やす空気の冷たさに、風のうねりに冬の気配を感じながら、バルコニーから外を見る南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスはあることを考えていた。


 十一月もあと僅かで終わる。それが終われば十二月で‥‥。
 間もなく今年も終わりが近い。
 年の背、そして新年を超えれば、ヴァイツァウの乱発生より約二年が過ぎることになる。
 二年というのは南部辺境にとって大きな意味を持つ。
 この二年間、南部辺境は戦災復興の為、税を減免されていた。
 それが間もなく終わりを迎えるのだ。
 今、南部辺境は活気に溢れている。
 メーメルも、リーガも、クラフカウも復興と言う目標に向かって全力で頑張っている。
 その炎をここで消してはいけないと思うのだ。
 ここで、何かを始めたい。
 蓄えた力で、新しい何かを。
 南部辺境を活気づける何かを‥‥。
 だが、具体的に何がというのは簡単に思いつかないし、一人で決めていい事でもない。
 彼は南部辺境伯ではあっても全ての土地の領主では無いのだから。
 一同が会する会議を開きたい。
「まあ、素直に従ってくれるかどうかは怪しいですが‥‥」
 辺境伯の頭に幾人かの領主たちの顔が思い浮かぶ。
 皆、自分より長くこの土地にあり、治めてきた人物達だ。
 メーメルなどの一部地域はともかく敗戦で大きな税を課せられたところもある。
 未だ皇帝陛下や自分に不満を持つ者もいるかもしれない。
「一度場を設けてそれで来なければやりようはありますからね。‥‥それに‥‥」
 ‥‥開拓者が忠告してくれたある危険人物もいる。
 彼の事は噂を耳にするばかりだが、一度ちゃんと話をしてみたいとも思う。
「考えているばかりでは何も進みませんね。本格的な冬がやってくる前に、始めてみましょうか」
 そう小さく笑って呟くと、踵を反し自分の部屋、その政務室に戻って行った。

 それは南部辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカスからの正式な要請書類であった。

「南部辺境領主会議を開催する。
 場所はリーガ城。
 主催は南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカス。
 議題は南部辺境のこれからについて。
 南部辺境に新たな産業を起こし、地域を活性化させる為の意見交換を行う。
 
 それに合わせ参加者の護衛とオブザーバーとしての意見の表明を行う開拓者を募集する」
 
 とある。

「開拓者には、特に参加者の送迎と当日の護衛を頼みたい。とのことらしいな。
 確かに参加者に化けてアヤカシが潜り込んで来たり、南部辺境の領主達が集まっているところを狙われたりしたら大変な事だから」
 ギルドの係員が依頼書を見ながら説明する。
 南部辺境の領主はメーメル、フェルアナを含めて6〜7名。
 勿論、辺境伯の名前で迎えは出すし、各領主も自分の所の護衛を付けてくるだろうが万が一にもトラブルが発生しないように。
 そしてトラブルが発生した時、第三者として公平な立場から証言することができるように各領主に最低一人の開拓者を付けたいのだと言う。
 さらに会議の中で南部辺境をより良くして行く為の幅広い意見として開拓者の意見も求めると言う事だ。
 土地に縛られず、広い世界を知る者の意見として開拓者の提案が、今後の南部辺境の政治に反映されるかもしれない。
 責任は大きく、仕事は難しく。
 それ故に報酬はかなり多めとされていた。
「ジルベリアはもう少ししたら冬になる。
 冬になってしまったら同じ南部辺境でも行き来が困難になる。だから今のうちにってことらしいな? どうする?」

 南部辺境を襲った戦乱から年を開ければ二年が過ぎる。
 やっと復興の道筋が見えてきた南部辺境を良くも悪くも大きく変えるかもしれない会議が、正に始まろうとしていた。


■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
兎耳大明神(ib7367
35歳・男・魔
ひぽぽん(ib7370
25歳・女・魔
ジャンピエトロ(ib7373
28歳・男・砲
アリス ド リヨン(ib7423
16歳・男・シ


■リプレイ本文

●開拓者に問う意味
 今回の依頼は南部辺境の領主たちの護衛、そしてその会議での発言を伴うオブザーバー。
「一つ、お伺いしたい儀がございます」
「なんでしょう?」
 問いかけてきた開拓者の顔を見て、南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは返事をした。
 集まった開拓者達を前に会議の手順や分担を指示していた時の事。
「何故、開拓者を集めその意見を聞くのでしょう?」
 疑問を口にしたのは和奏(ia8807)。依頼を多く重ねている実力者である彼は丁寧なあいさつと、仕事の確認がほぼ終わり
「何か質問はありますか?」
 そう口にしたグレイスに問いかけたのだ。
「開拓者の存在は日常とは乖離したところにあるもの。有識者でも国や地元の事情に精通しているワケでもない通りすがりの開拓者に意見を求める意義が良く判りません。仮に自分が意見を求められても実情を鑑みない無責任な理想論しか出せないかと‥‥」
「和奏さん!」
 イリス(ib0247)は諌めるように名を呼ぶが、後ろから無言で引かれた手に言葉を閉じて振り返る。
「義兄さま‥‥」
 黙って見ていろと言う様に首を横に振るニクス(ib0444)の視線の先で 誰の視線や顔色を意識して領地を治める気なのか、と目で問う和奏から一度だけずらした視線を、グレイスは真っ直ぐに戻していた。
「私が皆さんに求めていたのは、その実情を鑑みない理想論である、と言ったらどう思われますか?」
「?」
 意味が解らないと言うように自分を見る和奏。それに並ぶ開拓者達にも伝えるかのようにグレイスは続ける。
「普通に政治を行う面での実現可能な案であれば、私達にも立てることはできます。地域の意見もあるし、実情も良く知っていますから確かに皆さんよりも実現可能な案を出すことができるでしょう」
「それではいけないのですか?」
 そうヘラルディア(ia0397)が問うたのは反論する為では無い。
 彼の意図を察し補足する為だ。
「いけない訳では勿論ありません。ただ、それでできることからなかなか新しいものは生まれない。だから、広くジルベリア以外を知る皆さんから、他国ではこのような事をやっている。この地ではこんなことをしていた。そんな意見をより聞ければと思っていました」
「なるほど」
 納得したわけではないかもしれないが、そう言うと和奏はスッと後ろに下がった。
 逆に前に進み出たのは氷海 威(ia1004)である。
「開拓者ギルド所属、天儀出身の陰陽師、氷海 威と申します。護衛の皆様のお手伝いをさせて頂きます。お考えに沿えるかどうか解りませぬが微力を尽くさせて頂きます」
 膝を折って礼を取った彼は、
「そこの二人! 依頼人に対して失礼であろう! きちんと直って礼をとれ!」
 後ろに並び立つ新人の開拓者達に声を荒げた。
 怒られても兎耳大明神(ib7367)とジャンピエトロ(ib7373)と名乗る他の二人はどことなくマイペースだ。
「ま、よろしく頼むな」
「口が悪いのは勘弁してもらいたいね」
「お前達‥‥!」
「まあまあ、依頼人の前でのケンカも失礼でしょう。話と仕事を進めるとしましょう」
 拳を握りかけた威をアリス ド リヨン(ib7423)は制して宥める。
「?」
 ジャンピエトロから感じた視線に一度だけ振り返ったアリスであったが、その後はやることが多く気にはしなかったようである。
「ちょっと‥‥伊邪那。くすぐったい‥‥」
 首もとにマフラーのように巻きついた管狐を撫でながら
『まったくもう。無理するんじゃないわよ? あたしにどーんとまかせなさいって』
「うん。ありがとう」
 柚乃(ia0638)は頷いた。実は完全に癒えていない傷があるのだが‥‥それを口にするつもりはない。
 南部辺境に迫る怪しい気配。
 仲間達の何人かが感じているそれを柚乃も感じていたから。
 真剣に交わされる役割分担に加わって、自らのできることに全力を尽くそうと思ったのであった。

●集いし参加者達
 美しい鷲獅鳥と見目の整った開拓者。
「おお!」
 会議参加者の一人だというその男性は護衛としてやってきた和奏とその朋友にまるで子供の様に目を輝かせた。
「辺境伯の依頼を受け、お迎えに上がりました」
 丁寧にとられた礼もまた 領主を喜ばせる。
「ようやくあの若造も解ってきたようだな。わしの価値というものを」
 満足げに胸を張る領主に和奏は小さく微笑んで見せた。
 軽く事情は把握している。
 この領地は前領主である彼の息子が先の神乱でコンラートに味方をして失脚。
 引退していた父親が代理として領主に復帰しているらしい。
 辺境伯が本当のところ、この老領主をどう思っているかは解らないがとりあえず顔を潰すのは得策ではないと理解していた。
「ご領主殿。護衛はお任せ下さい。ただ、お願いがあります。御身をお守りする為、
 何があっても慌てないコト。
 ご自身の判断で行動しないコト。
 動かれると護り辛いですから有事の際には指示がない限り地面に伏せてじっとしている。
 この3点だけはどうか徹底してください」
「うむうむ! 任せたぞ!」
 カカと笑う老人に、しずかに頭を下げて、彼は
「解りました。では、先に行って偵察と確認をして参ります。行きますよ。漣李」
 朋友と共に空に舞ったのであった。

 迎えに来た柚乃とジャンピエトロに
「あら、ずいぶんと素敵な護衛ですこと」
 その領主は柔らかく微笑んだ。
「お褒めに預かり、光栄」
「よろしく‥‥お願いします」
 まるで母親のような優しい笑みの女性に柚乃は何故か、家族の面影を思い出していた。
「護衛対象は地方領主と伺っていたが、まさか女性もおられるとは」
「女性というにはもうおばあちゃんですけれどね」
 くすくすと笑う女性は先の戦乱で夫と子供を亡くしている。
 領地と領民を守る為に、夫と子の仇である王国に恭順した「領主」であると聞く。
「精一杯、護衛の任、務めさせて頂く」
「お願いしますね。お嬢さんは良ければ私の馬車へ」
 自分の怪我に気が付いていたのだろうか。女領主だけではなくジャンピエトロも
「俺はアンリがいるから大丈夫だ。中でご領主さんの護衛を頼む」
 と片目を閉じてくれたので
「はい、よろしくお願いします」
 そう言って柚乃は頭を下げて馬車に乗った。
 その後の馬車の中での女性同士の会話は思いもよらぬ楽しいものだったと、後に柚乃は語ったのだった。

「なつかしいな‥‥」
 駿龍に跨って空を巡りながら、眼下に見下ろすクラフカウ城を見て威はそっと呟いた。
 かつての戦乱で火山竜と戦ったこの地は思い出深い土地である。
 あの時とは違う深緑の森。
 けれど、もう間もなくこの土地もあの時と同じように雪と氷に閉ざされるのだろう。
「クラフカウ城の城主は辺境伯の信頼厚い方と聞く‥‥。精いっぱいお守りせねばな‥‥。」
 威はそう言って朋友の背を叩くと周囲を注意深く観察する。
「安全なコースは、やはり街道沿いに進んで‥‥」
 自分が守る限り、誰一人として傷つけさせはしないと彼は強く心に決めていたのだった。  

メーメルの領主はまだ若き女性である。
 彼女アリアズナの領地継承には、色々な騒ぎがあった。
 多くの苦労を乗り越えての事であった為
「ニクスさん!」
 彼女はそれを助けてくれた開拓者に心からの信頼を持っているようだ。
「ご無沙汰しています。最近はどうです?」
 護衛と言う立場ではあるが、しばらくぶりの再会を果たしたニクスの来訪を知るとアリアズナは嬉しそうに自ら出迎えてくれた。
「他の皆様は? ご一緒では無いのですか?」
「数名は来ております。後で、お会いすることもあるでしょう」
 そう言うとニクスはアーマーケースを開けた。
 中から現れたのは金色のアーマー シュナイゼル。
「既に、他の護衛の方達との分担は済んでおります。では、ご安心の上、どうぞご準備を‥‥」
 暫くの後、出立する領主を部下や仲間を始めとする沢山の民が見送っていた
「私達の大切なご領主様をお願いね」
 そう言って片目を閉じて見せた付き人や、一生懸命手を振る領民達を見てニクスはアーマーの中で
「街の復興はなかなか進んでいるようだな。良かった」
 小さく微笑み、そう呟いていた。

 南部辺境のフェルアナに派遣された開拓者達に
「新人さんですか? よろしくお願いします」
 ラスリールと名乗るその若い青年貴族は愛想よく笑って声をかけた。
「初めまして この度送迎を仰せつかりましたリヨンと申します」
 アリスはそう言って頭を下げる、と同時に目の前の人物を観察した。
 直接会うのは初めてだが、噂には聞いている。
 アヤカシを利用して今の地位を作り上げたと言う希代の人物の話は‥‥。
「私は危険人物でしょうから、別の方がいらっしゃるかと思っていましたよ」
「どういうことでしょうか?」
「いえ、こちらの話です。では、よろしくお願いしますね」
「‥‥噂通り油断のならない奴、ってことかな? さて、あぶり出しに乗ってくれるか?」
 アリスに彼との表向きの対応を任せつつ、アリス以上にラスリールの観察を続けていた兎耳大明神は腕を組んだまま不敵な笑みを浮かべたのであった。

 そして、議場となるリーガ。
 辺境伯の城。
「伯爵様」
 ヘラルディアは執務室の扉をノックすると促された声に従って中に入り、会議の確認をする南部辺境伯にお辞儀をした。
「イリス様からの連絡です。議場に領主様方がご到着されているとのこと。伯爵様にもそろそろおいで頂きたいとのことです」
「解りました。今、行きます」
 立ち上がった辺境伯の斜め後方、纏められた書類を持ってヘラルディアは先を進む彼の後を歩く。
「ボサネオ‥‥。頼みます」
 猫又に何事か囁いて送り出したヘラルディアのタイミングを見計らったかのように辺境伯は
「皆さんは無事到着したようですか?」
 と、声をかける。ヘラルディアの返事は。
「数名の方々がアヤカシの襲撃を受けたようですが、護衛によって問題なく退けられたとのこと。特にけが人もなく、間もなく皆様お揃いです」
「それは良かった」
 一度、城の外に出た辺境伯は城の入口を守るように立つ二機のアーマーを見た。
 イリスのアマリリスとニクスのシュナイゼル。守護神のように立つその頭上を影が過る。
 駿龍ミリオンとジョニー。
 どうやら最後の一人となるフェルアナ領主が到着したようだ。
「‥‥お待たせいたしました。フェルアナ領主ラスリール様をお連れしました」
 やがて微かに疲労を浮かべながらも龍から降りたアリスが膝を折って礼をとる。
 その後に立つ参加者に辺境伯は微笑みながら手を差し出す。
「良くおいで下さいました。お待ちしておりました」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
 その手を取って握り返す領主もまた笑顔。
 笑顔の下にそれぞれの思惑を隠して、南部辺境会議が今開かれようとしていた。

●誰の為の会議
「だから! 既にメーメルやリーガは税率優遇の恩恵を受けてきた筈。今度は我々に救いの手を差し伸べて頂きたいと言っておるのだ!」
 テーブルを叩き、声を荒げているの領主の声を聴き和奏はため息を吐いた。
 彼の護衛をする中、幾度か愚痴を聞かされた。
 いうことを聞かない息子がコンラートに与したせいでとか‥‥色々と。
 まあまあ、と諌める女性領主も実は立場は近しいものがある。
「でも、本当にご考慮頂けませんでしょうか? 私達の領地は税率優遇を得られず、逆に前にも増しての高い税に苦しんできました。陛下に逆らった罪を十分償っていると思うのですが‥‥」
 口調は穏やかだが強い意志を彼女も持っている。ここで引くわけにはいかないという顔だ。
「メーメルも、税こそ確かに優遇されていますが、もとより被害は大きかったのです。その復興にようやくめどがついてきたところ。ここで税を上げられては、また後戻りしてしまいます」
 メーメルのアリアズナ姫も必死に訴えかける。
 しかし領主たちの話を聞いていた辺境伯は‥‥
「話は分かりました」
 税が上がるのを何とかして欲しいという領主たちの願いに
「ですが、いつまでも甘えてばかりもいられないのです。今、税を下げて貰って凌いでもそれだっていつまでも続きはしません。税を下げろと願うばかりではなく、収益を上げることを考えなくては根本的な解決にならないと思うのですがいかがです?」
 そう切り返した。
 厳しい、だが真実を突いた辺境伯の言葉に領主たちは押し黙る。
 そこで空気を換えるように辺境伯は後ろを振り向くと警備に当たる開拓者達に声をかけた。
「皆さんはどう思います? 減税措置が終わり、でも戦災にまだ苦しむこの辺境で長く収益を上げて行く為にはどうしたらいいと思いますか?」
 オブサーバーとして話を聞かれるとは解っていたから、開拓者達はそれぞれの意見を述べて行く。
「商工市を開いてはどうでしょうか?」
 そう言ったのはヘラルディア。それに補足するように
「各地の手工芸を集約し、需要のあるものを販売、輸出するようにしてはどうでしょうか? さらに除雪を兼ねて雪像祭りなどで観光客を招くというのも‥‥」
 と威が提案する。
「そうですね‥‥税を上げないといかなくなるのは避けられないと思います」
 静かに考えてそう言ったのはイリスだ。
「お伺いする限り南方内だけでも差がある事は不満の火種になります。例え領民の事を考えて低くするにしても自領内だけでは、諍いの引き金になり最終的には負の効果しか及ぼさない事かと‥‥」
 領主たちは顔を見合わせた。自分達の先の争いが彼女の言葉の正しさを証明している。
「税収を得る一番効果的な方法はやはり仕事がある事かと。国の垣根を越えて人を集め道の整備など大規模な連動をするのはどうでしょうか?」
「相手の繁栄が己が繁栄となる協力体制を作る事です。一方で作った作物を他方で加工し別の所で拡販するような発想で独立しつつ、互いに発展可能な関係。自領だけが良いという考え方ではまた、アヤカシに狙われることになりかねないと思うのです」
 アンリがいくつかの商業的提案と共にそう述べた時、
「口が悪いのは勘弁してくれよ」
 そう前置いてジャンピエトロは口を開いた。
「特産品なんてものは、前からあるものでなくても後からいくらでも作れるぜ。利益を生みたきゃ他人が利益になるものをやればいい。たとえば芸術品を作れる職人の待遇を自分たちのところではよくして職人たちが集まりやすくするとか」
 あるものを利用するのではなく、無いなら作ればいいと彼は言うのだ。
「最初は領主には損だろうが、後から『質のいい芸術品が揃う地域』とかになれば、買い求める人が増えて利益になる。人や利益は理想じゃ動かない。より大きな利益と恐怖と情で動く。恐怖は見えないほうがいいぜ。情はしがらみができればついてくる。ま、これらは領主の苦労なんて知らねえ戯言と思ってくれていいさ」
 だが、領主達はいつしか真剣な顔で聞いている。
「やはり各国で共同を密にするのが良いと思います。近隣の連携を密にしオープンな交流をしてみてはどうでしょうか?」
 ニクスがそう結んだ時
「皆さんの意見を伺い、一つ思いついたことがあるのでご提案させて頂きます」
 フェルアナ領主ラスリールが立ち上がった。会場の視線が集まる中彼は告げたのだった。
「南部辺境に大規模な劇場を作ってはいかがでしょうか?」
 と。

●会議終了そして‥‥
 南部辺境会議はいくつかの事案を決定して無事に閉幕した。
 手工芸の促進と商業の自由化。
 雇用を生み出し、仕事を人々に与えること。
 各領地間の連絡を密にし、産業の交流を図る。
 それがオブサーバーである開拓者の話を聞きながら決まった今後の南部辺境の方向性であった。
 そしてその為の具体案としてメーメルに劇場が建設されることになった。
 神乱の被害が一番大きかったメーメルは逆に戦災復興の旗印となる。
 劇場にかかる演劇、歌劇などを見に観客が集まるだろうし、その衣装などに利用すれば各地の産業、手工芸のPRもできる。
 劇に使う衣装や小道具の充実を目的とすれば、職人などの勧誘の理由づけにもなる。
 その技術を一般に還元もできる。
 劇場建設や道路整備で雇用も生まれ、さらには観客を当て込んでの商業市なども発展させて行ける。
 周囲の町や村はそのサポートをし、メーメルはその収益を様々な形で地域全体に還元する。
 フェルアナの新領主から出された案はまさに一石二鳥どころか三鳥、四鳥とも思えるものであった。
 だが‥‥。
「やはり、あの方は何かを察しておられるのでしょうか?」
 イリスは呟く様にバルコニーから民に手を振る領主達。
 彼等の後ろからただ一人を見つめ、呟いた。
 あの方、というのはグレイスのことでは勿論無い。
「元々、フェルアナは旅芸人などに保護を与えていると聞く。突飛な案であるとは思わないが‥‥。この地でこのタイミングの提案。不審に思わない方が無理な話だな」
 ニクスも唇を噛む。
「どういうことだ?」
 首を傾げるジャンピエトロにイリスはざっと今知る限りの情報を話した。
 現在、南部のみならずジルベリア全土で暗躍している『フェイカー』。
 その最有力と思われる容疑者は旅芸人の踊り子だということを。
「ということは、あの領主さんはフェイカーを招き入れる為に劇場を提案した、と? アヤカシに対して一致団結しなければならない時に‥‥」
 悔しげにアリスは言うがヘラルディアは首を横に振る
「辺境伯には注意を怠らぬ様お話していますね。あの方がそれを狙っているとしても、そう簡単には思い通りにはならぬと思います」
「うん。それに、そんなことにならないように、する‥‥の」
 柚乃の視線の先には辺境伯や、自分と仲良くしてくれた従僕の少年がいる。
 彼等を守りたい気持ちに嘘はない。
 揺らぎもない。
 開拓者達はそれぞれの決意と共に拳を握りしめていた。

「おや、俺は無罪放免かい?」
 会議終了に賑わう街から少し離れたところで、肩を竦める兎耳大明神にああ、と威は頷いた。その表情は苦笑いに近い。
「俺はお前の不敬は許しがたいと思う。しかし辺境伯はその行動を無にしないように手を打つ、と‥‥」

「俺たちは一人の英雄を失った。これは敗北を意味するのか? 否! はじまりなのだ!」
 会議議場の前で盛大な演説を行った兎耳大明神。

「俺たちの規模は帝国に比べはるかに小さい。だが今日まで戦い抜いてこられたのはなぜか! 俺たちの戦う目的が正しいからだ! 人々一人一人の自由と信仰を求める戦いを、神が見捨てるはずがない! それをコンラート卿は死をもって俺達に示してくれた。 国民よ、立て!
 俺たち源徳軍は諸君らの力を欲しているのだ。立てよ国民!
 ウラー、コンラート!
 源徳万歳!」
 それに対して町の人達は概ね冷ややかであったが、幾人か拍手や呼応をしたものもおりまたその話を聞いた地方領主も僅かに反応を示していたという。
「ならあぶり出しの効果はありってことか?」
「但し、気を付けろ。今回の件は本来であるなら大罪だ。このようなことをジェレゾでやったとすればその場で切り捨てられても文句は言えんぞ」
 仲間の中から犯罪者が出たとあれば、同行した開拓者にも迷惑がかかると厳しい声でくぎを刺した。それはきっと、ある意味覚悟の上だったのだろうが‥‥。
「ま、辺境伯と南部辺境の懐の深さとやらを確認できたのなら後は皆の衆のお手並み拝見ってな」
 軽く手を振って去って行く彼を見送りながら、威はさてと肩を竦める。
「ああ、見ていて貰おうか。行くぞ。翔雲」
 そして飛び立つ。辺境伯に託された仕事を為す為に。

 数日後、開拓者の手によって民衆レベルで起きようとしていた小さな乱は未然に鎮圧された。
 秋から冬を迎えようというジルベリア。
 南部辺境の秋は春から未来への希望と微かな不安を生んで静かに終ろうとしている。