【神乱】未来への杯
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 16人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/20 22:50



■オープニング本文

 長いジルベリアの冬が終わりを告げた。
 雪が解け、ぬかるんだ土の上に緑の小さな芽が見えている。
 木々の芽や蕾も膨らみかけて、もう直ぐ美しく大地を彩るだろう。
「やっと‥‥終った‥‥」
 クラウカウ城の城壁の上から、辺境伯グレイスは噛み締めるようにそう呟いた。
 彼の前には崩壊した町並み、焼け焦げた森、戦乱の爪跡残る領地が広がっている。
 特に直接の戦闘から免れたリーガ城と違いクラフカウ城はヴォルケイドラゴンの襲撃や反乱軍の攻撃をまともに受ける形となり、今もその傷は癒えたとはいえなかった。
 けれど、それを見つめる彼の目は優しく、また明るい。
 街に動く人々の表情と同じく。
 帝国軍は開拓者と共に反乱軍に勝利したのだ。
 長い冬は終わりを告げたのだ。
 瓦礫を片付け、街を復興させる。やらなくてはならいことは山積みではあるが‥‥
「労わなくてはならないですね‥‥」
 彼はそう言って微笑んだ。
 そして数刻後、一人の使者が開拓者ギルドへと走っていった。
 辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの名で出された招待状を持って。

「戦乱の終わりを祝って行われる宴に招待する、とあるな‥‥」
 開拓者ギルドの係員はそう言って一通の書状を開拓者達の前に差し出す。
 場所はクラフカウ城。
 流通も復帰したので大した量ではないが、酒や食べ物も用意すると言う。
「戦いの終わりと春の訪れを祝い、一夜皆で楽しもう、ということだ。踊り手、歌い手大歓迎。人々を楽しませてくれた者には僅かだが褒章も出すとさ」
 ピンと依頼書を弾いた係員が小さく笑う。
 リーガ城ではなくクラフカウ城で宴を開く理由がそこにあるのだろう。
 辺境伯の領地で一番の被害を被ったクラフカウ城の民達の慰労も兼ねている、というわけだ。

『招待と堅苦しく考えず、戦乱を共に戦った者同士、一時疲れを癒し、酒を酌み交わしたいと望む。
 気軽に参加してくれ欲しい』
 
 正直、まだ完全に全てが終ったわけではない。
 コンラートは逃亡中だし、メーメル城からの避難民をどうするか、アヤカシへの対応や反乱軍の領地、領民への対応はどうするか?
 問題はいくつも残っている。
 それでも、今は一時、全てを忘れ勝利を祝おう。
 友と共に杯を交わそう。

 明日へ、未来へ向かう為に‥‥。




■参加者一覧
/ 紅鶸(ia0006) / 羅喉丸(ia0347) / ヘラルディア(ia0397) / フィー(ia1048) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 八十神 蔵人(ia1422) / 秋桜(ia2482) / 設楽 万理(ia5443) / からす(ia6525) / フィリン・ノークス(ia7997) / フェンリエッタ(ib0018) / アレン・シュタイナー(ib0038) / ルデト・E・アディル(ib0174) / ナーザニン・アディル(ib0175) / ファリルローゼ(ib0401) / フィーネ・オレアリス(ib0409


■リプレイ本文

●クラフカウ城の朝
 その日、朝早く。
 彼は他の仲間より一足早くクラフカウ城に到着していた。
 戦乱の後の街を歩く。
 その街に住む人々から見ればまだ復興の途中の忙しい最中のこと。
 あまり褒められたことではないのかもしれないがそれでも、紅鶸(ia0006)は一度ゆっくりとクラフカウの城を歩いてみたかった。
 城壁には抉られたように大きな穴が開いている。
 外からの敵から守る為の壁は、今はその役目を果たすことはできないだろう。
「ま、今まで頑張ってくれたんですしね。お疲れ様」
 ひょいひょいと、壁の穴を抜け城壁の中に入る。
 そこは‥‥
「ほら、みんな! テーブルを運んで! こっちは布を引くんだよ!」
「料理の準備は? 酒は? もうあんまり時間が無いぞ!」
 思ったより賑やかで活気がある人々の笑顔があった。
「おや?」
「あ、かいたくしゃのおにーちゃん?」
 大きな瓶を抱えてよたよたと歩く子供が近づいてくる。
 バランスが悪く今にも転びそう‥‥!
「あ、危ない!!」
 とっさに紅鶸が手を伸ばし、子供と瓶を支えた。
 なんとか両方無事、である。
「すみません。ありがとうございます」
 子供を地面に立たせると母親らしき女性が駆け寄りお礼を言った。
「お前もお礼を申しあげなさい」
「ありがと。お兄ちゃん」
 ふわり。柔らかい香りが鼻腔をくすぐる。
 料理でも作っていたのだろうか。甘く、優しい匂い‥‥。
「貴方は‥‥ヴォルケイドラゴンとの戦いの時にお見かけした小隊長様?」
「覚えていて下さったのですか?」
 はいと頷いた女性は微笑むと、子供に頭を下げさせ、自分もまた、そうする。
「その節はありがとうございました。辺境伯様からお話は伺っております。夜までには準備を整えますのでもう少しお待ち下さい」
「ありがとう‥‥」
 紅鶸は小さく手を挙げ、その場を離れる。
 彼が姿を消すとほぼ同時。
「おはようございます。ヘラルディア(ia0397) と申します。お手伝いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
 そんな優しい声と共に、開拓者の第二陣、三陣。
 帝国軍の兵士達もやってくる。
 人々もまた、忙しく、動き、働き始めていた‥‥。

●戦いの残滓
 今回の宴席はグレイスの肝いりである為その準備をする者達には給金も出る。
 だから多くの者達がパーティの準備に向かっているが勿論、全てが、ではない。
 特に戦乱の最中家を失った者、家族を失った者、怪我をした者達などには準備どころではない者もいた。
「何か、お手伝いできる事はありませんか?」
 城内を見て回りながら秋桜(ia2482)は人々に声をかけた。そんな彼女に
「丁度良いところに。もし手が開いているのならこの瓦礫を退けるのを手伝っては貰えまいか? 私達だけではどうにもならないので困っていた」
 先に来て手伝っていたらしいからす(ia6525)が声をかける。
 周囲にいるのは困り顔の女性と、からすよりも小さな子供達。 
「勿論ですわ」
 秋桜とて大きい方ではないが、彼女らよりは体力がある。みんなで力を合わせ
「せーの!」
 と持ち上げた。
 一抱えもあった瓦礫がなんとか脇に避けられ、その下になっていたタンスが顔を出す。
「ああ、良かった。あのタンスの中にはいろいろと大事なものが入っていたのです。なんとか取りたかったのですが男手が足りなくてどうしようも無かったんです。本当に、ありがとうございます」
 女性は嬉しそうに二人に頭を下げた。
「何もお礼も出来ず申し訳ないのですが‥‥」
「いえいえ‥‥お礼など」
「そうそう。これは仕事じゃないよ。私の好意さ。他にも何かあるのかな? できることは手伝おう」
 からすはそう言って女性の手伝いに戻る。
 それを後ろから眺めながら秋桜は目の前の光景を噛み締めていた。
 焼け崩れた家。その前で
「おなかすいたよ〜。ご飯まだ?」
「ねえ、お父さんはもう帰ってこないの?」
 問いかける子供達。無邪気な問いに
「‥‥お父さんはね。‥‥遠くへお出かけしたの。戻っては‥‥来れないのよ」
 女性は静かな涙を流していた。
「これが‥‥戦争の結果、ですね」
 ここに来るまでにも彼女は家を失った者達の仮住居や、孤児達の家を見てきた。
 彼女は特別な一例、ではない。
 家を失い、家族を失う、戦争という状況下でありふれた結果の一例である。
 反乱軍にはいろいろと言い分もあるだろう。
 自分達が属した帝国軍が完全正義であると言い切るつもりもない。
 だが、反乱軍が蜂起しなければ起こらなかった戦争であることは確かであり、紛れも無く責任がある。
 辺境伯はこのような被害者を見捨てはしないだろうが、元の幸せな生活には、もう決して戻れない。
「戦で犠牲になるのは、力を持たぬ女子供‥‥忘れません。忘れてはいけないのです」
「おうい!! すまぬがこちらも手を貸しては貰えぬか?」
「はい! ただいま! ねえ、みんな。今日はパーティがあるから一緒にご飯食べようね! だからそれまで一緒に頑張ろう!」
 秋桜は子供達と一緒に走り出す。
 心にこの光景と、自らの思いを刻みながら‥‥。

 そしてこちらにも戦争の傷跡を胸に刻む者がいる。
「さあ‥‥、どんな歌を歌おうか?」
 周囲に集まった子供達を前にナーザニン・アディル(ib0175)はリュートの音を合わせながらそう問いかけた。
「元気の出る歌がいいな!」
「いいよ!」
 その言葉に答え、彼は明るく、楽しい曲を爪弾いた。
 牧歌的で楽しい彼の故郷の歌は子供達の心を躍らせる。
「あらあら」
 心のみならず、身体も踊りだしている者がいるようだ。
「若いと言うのはいいものじゃねえ〜」
 遠い目でそんな様子を見つめる老婦人にルデト・E・アディル(ib0174)はかける言葉が無い。
「‥‥こんなおいぼれが生き残って、あの子が死ぬなんて‥‥神様はなんて意地悪なんだろう‥‥」
 涙を落とす老婦人。彼女の息子が戦乱で命を落としたのだとルデトは聞いていた。
 ここは、戦乱で帰る場所を亡くした者達の避難所。
 もとよりクラウカウ城は出城でここに住むものも兵士の家族が多かった。
「どうして‥‥。反乱軍など、皆、死んでしまえばいいのに!!」
 その慟哭を慰められる言葉など無いと解っていても、ルデトは彼女の手を取り、その肩を抱きしめた。
 強く‥‥。
「ご自分を追い詰めないで下さい。貴女のお気持ち、私には‥‥解りますとは言えないけれど‥‥でも、それでも」
 ルデトは思い返す。
 自身も嘗て一族を滅ぼされた。その時は敵だけではない、この世の全てを怨み、憎みたい気持ちにさえなった。
 でも‥‥
「憎しみだけでは生きていけないのです、生きてさえ居れば希望は見出せるのです。どうか、貴女の残りの人生を恨みと言う悲しい思いで縛らないで下さい。
 息子さんも、きっと、それを望んでいる筈です」
 彼女に言葉の全てが届いたとはルデトは思わない。
 ただ、彼女はルデトの手を握り返してくれた。涙を止めてくれた。
 それで‥‥十分だった。

「ほーれ。材料とってきたで〜!」
 ドン、ドドン!
 そんな効果音が相応しいくらい八十神 蔵人(ia1422) が獲って来た獲物は大きな猪であった。
 後は、野うさぎが数羽。
「すまんの。鳥まではあかんかったわ」
「いえいえ。じゅうぶんですのね。後は、お手伝いを頂けますか? 厨房の手はもう少しあったほうがありがたいので‥‥」
 ヘラルディアの要請に蔵人は頷き、よいせ、と腕をまくる。
「菓子とか甘いもんは、任せてええんやろ?」
 蔵人の問いに礼野 真夢紀(ia1144)は、はいと頷く。
「お団子は、後は蒸し上げるだけですし、ケーキや、クッキーなども教えて頂いて大分揃ってきましたから‥‥」
「ホント。大変やったろ?」
 戦場のような調理場で、積み重ねられた料理達。
「他国の料理も知りたいですし、調理や配膳でしたら多少は御手伝いできると思います。瓦礫の撤去等の力仕事では御役に立てませんし」
「真夢紀さん、こちらの味見をお願いできますか?」
「はい! 今行きます。‥‥これでいいと思います。もう少し、お塩を加えると甘味が出るかもしれません。こちらの甘酒は沸かし過ぎないように‥‥」
 こまごまと働く女性達を見ながら
「さーて、わいらの出し物は料理や。いっちょ、頑張るとしようかね!」
 蔵人は包丁を握り締めた。

 そして城壁の上。
 暮れゆく夕日を見ながら紅鶸は夕日と同じ色のドラゴンを思い出していた。
 炎そのもののようだったヴォルケイドラゴン。
 彼との死をも覚悟した戦いと、皆で掴んだ勝利の時を‥‥。
「厳しかったが‥‥勝てた、んだな」
 もはや焼け焦げた森と大地が、僅かな残滓として残るのみのあの戦い。
 だが彼の心から、それが消える事は永遠に無いだろうと彼は確信していた。 
  

●宴の始まり
 野外パーティということで何より心配されたのは天気であったが、幸いな事に快晴。
 夕焼けも美しく。星も見え始めている。
「わーい。ごちそう、ごちそう♪ お腹減ったよ〜」
「‥‥美味しい物は‥‥逃げないから‥‥ゆっくり行こ‥‥?」
「え〜? 逃げるよ。無くなっちゃうよ。‥‥でも、ま、いっか。もう少し、ガマン、ガマン!」
 桜のクッキーの一つをぽんと口に入れてフィリン・ノークス(ia7997)はテーブルから少し離れた。
 姉であるフィー(ia1048)も一緒に、だ。
「うん、お酒の用意もできたっと、やっぱり戦地となった国の人達にご馳走になるだけってんじゃあ、武家の女の、いやさ天儀の女の名が廃るってものよね」
 ヘラルディアや蔵人、真夢紀の作った料理の数々の横に設楽 万理(ia5443)が並べた酒が並んだ。その香りは鼻腔をくすぐり、刺激する。
 飾りつけもあまり多くはないが、村人達の心づくしの花や、布で綺麗に飾られていた。
 中央には真夢紀が天儀から持ってきた桜の枝が一本。
 正に準備は万端、整ったのである。
 だが、まだパーティは始まらない。
 開会を告げる辺境伯が、まだ来ないのだ。
 微かにざわめく人々。彼らは皆、舞台を見つめ開会を待っていた。

 さて、その頃辺境伯は‥‥まだ執務室で仕事に埋もれていた。
「辺境伯、皆さんが待っていますよ。お早く準備を‥‥」
 小姓が衣装を準備して待っているが‥‥
「すみません、あと少し‥‥」
 彼の仕事が終る気配は無い。
 やれやれとため息をつきながらおすそ分けのクッキーを頬張る小姓の後ろで
 バン!
 勢いよく扉が開いた。
「やっぱこんなこったろうと思ったぜ」
 入ってきたのは開拓者。ここはリーガ城ほど警戒が厳重ではないし、そもそも恩人である彼らを止めるものもいなかったのだろう。
「こら、グレイス辺境伯‥‥こんな時まで仕事かい!」
「蔵人殿?」
 もはや顔なじみとなった開拓者の名前を書類の山から呼んだ辺境伯。
 だがそれに答えるより早く
「はよ会場に出てこんかい。戦後やねんからこういう時こそ、内外に余裕を見せたらんとあかんやろ!」
 つかつかつかと執務室に入ってきた蔵人は遠慮なしにその手を引いた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。まだ着替えも‥‥」
「ああ? だったら早よせんかい。舞台衣装って言うのも大事なんやからな。ほれ、そこの坊主、さっさと着替えさせぇな」
「は、はい!!」
 それから間もなく、
「住民に好かれる努力せいと前にも言うたわな? 開会の挨拶も立派な仕事やぞー」
 会場に向かう、基、引きづられていく辺境伯と開拓者。
「は〜、なるほど。ああいう勢いが大事なのか?」
 小姓が妙に感心していたのはまた別の話である。

「今日は皆さん、ゆっくりと楽しんで下さい! 乾杯!!」
 予定より少し遅れて始まったパーティは、クラフカウの城下街。
 その人々の多くが集まる賑やかなものとなった。
「よい宴ですわね」
 フィーネ・オレアリス(ib0409)は共に戦った仲間と静かに杯を合わせ、食事に舌鼓をうっていた。
 また一方では
「ふむ、君は確か私と同じ攻城戦での戦功者の中に名を連ねていたね。声をかけてもらえて光栄だ」
「こちらこそ。俺は特に小隊に属さず一人で戦っていましたので、連携して戦っていた皆さんの動きに助けられたところも多かったです」
「城攻めとかよりも、やっぱり弓術師は空戦よね。ヴォルケイドラゴンへの翼を狙った攻撃とかは本懐だと思ったわ」
「あの時の小隊【白獅子】の皆さんですか? 地上からの弓の援護がなければ、かなり苦戦を強いられたでしょう」
 羅喉丸(ia0347)を中心に合戦での話が盛り上がっていた。からすと万理のような同じ小隊同士の者だけではなく、同じ戦場で知らず戦った者同士もいる。
 気付かず助け合った者達もいるのかもしれない。
「結構、皆、華々しいねえ。俺は合戦じゃあアーマーに火炎瓶ぶつけてただけだしな‥‥他の奴等に比べれば地味な戦果かね?」
 アレン・シュタイナー(ib0038)が酒を片手に苦笑する。
 そんなどこか自嘲交じりの言葉を
「いえ、そんな事はありませんよ」
 背後からの優しい声が打ち消した。
「えっ?」
「皆さんのお力があってこその勝利です。勝利と言う戦果は等しく、皆さんのものですよ」
「「「「「辺境伯!」」」」」
 慌てて礼を取る開拓者達を手で制して、彼は逆に開拓者達に頭を下げた。
「この戦い、皆さんのご協力なくば被害はさらに広がっていたでしょう。本当にありがとうございました」
「いいんですよ。できることをしただけですから」
「それにまだ戦後処理などが山積みで戦いが完全に終ったと言えるのはまだ先のことでしょう? 頑張って下さいね」
「ありがとうございます。皆さんの努力に報いることができるように、全力を尽くしましょう」
 誠実に答え、去っていく辺境伯。
「あれなら‥‥時間さえあれば辺境伯が何とかしてくれるかな。今後に期待ということか」
 その背中を見送って、彼らは誰からともなく杯を掲げた。
 乾杯は誰の為か。それをあえて口に出す者はいなかった。

 辺境伯は宴が始まって後、兵士や開拓者、時には住民達の間を回り声をかけていた。
 そんな彼に
「グレイス伯」
 ルデトは異母弟を伴い、声をかけた。
「ご無礼をお許しの程を。今宵の為に弟と、一曲を献じさせて頂けまいか‥‥」
「お受けいたしましょう。お願いします」
 彼の返事に二人は頭を下げ、場につく。
 周囲もそれを察し、静かに音の始まりを待った。
「権力とは上の者が下の者を守る為にある力だと‥‥‥どうか貴方が正道を貫かれん事を‥‥‥」
 彼らが歌う曲は、今は無き彼らの故郷の歌。
 勝利を祝う歌でも、勇壮な戦歌でもない。ただ、生きる喜びと、命の大切さを歌っていた。
 涙ぐんでいる者もいる。
 ナーザニンのリュートが最後の音を奏で終わった時、高らかな拍手喝采は鳴らなかった。
 ただ人々はその音楽を心に染み込ませるように静かに手を叩く。
「ありがとう‥‥。何よりの手向けです」
 辺境伯の言葉に、彼らはもう一度、深く深くお辞儀をしたのだった。

 いつまでも消えない笑顔と音楽、笑い声。その雑踏から一歩離れた暗闇で一人空を見上げる男性に
「にゃんこと星見酒は如何かにゃ?」
 黒猫の面をつけた娘が声をかけた。手には酒瓶。にゃんと手招きする彼女に微笑を浮かべながら
「お面をつけていては顔が見えませんよ。フェンリエッタ(ib0018)さん」
 彼はそう声をかけ返す。
「これは失礼しました」
 フェンリエッタは仮面を外し、静かに頭を下げる。
 彼女にとって辺境伯は憧れの男性。言いたい事や思いはいろいろあるが、うまく言葉に表せずあたりさわりのない言葉しか出てこない。
 ふと横を見る。彼の眼差しは自分を見ているが、それと同時に宴で笑う人々を見ている。彼と同じものを見つめて後、フェンリエッタは静かに、呟いた。
「守れて良かった‥‥。グレイス様、私は守りたいです。皆の笑顔を‥‥未来を」
 辺境伯の顔を覗き込む。目線が合う。頬が上気する。手の中に渡そうと握り締めていた香り袋が熱を帯びる。
「ゆっくりと楽しんで下さい。皆さんが守って下さった笑顔です」
 彼はそれだけ言うと、去って行こうとする。
「ま、待って下さい!」
 フェンリエッタは必死の思いで彼を呼びとめ、小さな香り袋を渡すと
「グレイス様、お疲れ様でした!」
 真っ直ぐに頭を下げた。
「ありがとう」
 彼は去っていく。まだ熱い頬を、上気する思いを彼女は止める事ができなかった。

「ふん!」
 ファリルローゼ(ib0401)の周囲に皿が積み上げられていく。
 彼女の視線の先には愛する妹フェンリエッタと、グレイス辺境伯がいる。
「解っているわよ。文句の付けようが無いことくらい!!」
 ドレスと一緒に身に付けた狐の尻尾を周囲に集まった子供達が興味深げに弄っても、気付かないくらい彼女の目は、妹しか見ていなかった。
 妹が思いを寄せる辺境伯。その見物が今回の招待を受けた第一であることを彼女は告げるつもりは無い。
 実際に会って、話をして、聞いて‥‥その穏やかな笑顔と物腰に認めざるを得ないと思うのが悔しかった。
 と同時、彼がまだ妹を恋愛の対象と見ていないことも解って、余計に腹立たしかった。
 彼を慕う者は多いのだろう。
 正装した泰拳士の少女も彼に、優雅に挨拶をしていった。
 彼を取り巻く途切れぬ人々。彼に向けられる沢山の笑顔。
「フェンリエッタを盗られるのはイヤ!でも袖にされるのはもっとイヤ!」
 心の叫びを押し殺して、彼女は飲み、彼女は食べた。
 辺境伯は言う。
「今宵一時、全てを忘れ、楽しみましょう」
 と。
 いずれ、本当にどちらかが愛する妹に訪れるだろう。
 その時、どうせまた悩む事になる。だから、今、一時だけ、忘れよう。と。

 そして、宴は更なる賑やかさを増す。
「戦話を聞きたい? それもいいが私君達の話を聞きたい。武勇伝に仕事の愚痴、他人の惚け話や戦友の思い出。何でもいい。聞かせてくれないか?」
 大人びた少女の酌を受けながら、ストレスを発散させるように話す兵士達。
 彼らも今日は一時、仕事を忘れる。
「あ〜! なんだか暑くなっちゃった。少し、脱いでもい〜い?」
 酒に酔ったのだろうか。万理が頭巾に外套、手袋にシャツまで脱いでいくありさまに鼻血を出す兵士もいたという。
 辺境伯の前で、流石に不埒な事はできなかったが。
「これをどうぞ‥‥」
 演奏を終えたナーザニンに兵士の一人が薬湯を差し出す。
「君は‥‥」
 その兵士にナーザニンは見覚えがあった。かつて慰問に来たときに調合を教えた小隊長。
「覚えていて‥‥くれたんだね。ありがとう‥‥」
「いえ、こちらこそ‥‥ありがとうございました」
 弟の心からの笑顔を、ルデトは嬉しげに見守っていた。
「‥‥美味しいご飯、鍋物も‥‥沢山食べる‥‥美味しいお菓子‥‥沢山食べる‥‥」
「お姉ちゃ〜ん、こっちこっち、美味しそうなお団子あるよ〜」
 パウンドケーキ、クッキー、三色団子、甘酒。
「あらあら、口元に白いものがついていますわね」
 デザートを運んできたヘラルディアが、フィリンの口元を優しく拭ってあげている。
「夜だし、お団子蒸し直した方が良いかしら‥‥?」
「‥‥このままでも‥‥美味しいけど‥‥できたら‥‥お願い」
「わかりましたわ」
 フィーから団子の皿を受け取った真夢紀が立ち上がる。
「よろしいのですか? 真夢紀様?」
 そろそろパーティを楽しんだら、と促されて厨房から出てきたのに、また戻ろうとする真夢紀にヘラルディアは心配そうに声をかけた。
「皆さんこそ楽しんで欲しいですから」
 そう言った真夢紀に頷いてヘラルディアもまた立ち上がり、手伝いに行っていた。
「お兄ちゃん? 何してるの?」
 一生懸命に何事かしているアレンの手元を子供達が覗き込む。
「うん? リンゴ、食べるかい? ‥‥剥き過ぎた」
 見れば本当に皿に山盛り、うさぎリンゴの山。
 それを嬉しそうに頬張る子供達を見ながら、アレンは戦いの後の今にも、小さな喜びを感じていた。

 宴はまだまだ続く。
 その雑踏から、そっと離れて紅鶸は昼間上った城壁の上に腰を下ろした。
 杯に酒を注ぐのと丁度同じ頃、からすも反対側の壊れていない城壁に登って、杯を掲げる。
「良い経験になった。サシで倒して・・英雄ってのになってみたかったな」
 今は亡きドラゴンに紅鶸は杯を捧げ、
「己の信念に基き果敢に散って行った、両軍の兵士達に乾杯」
 からすはこの戦いで命を落とした人々に、祈りと共に杯を贈った。
 ただ一度きりのそれは過去への杯。
 噛み締めて飲んだ後、彼と彼女はまた杯を掲げる。
 今度は彼らが見る先は、未来。
 未来への杯を‥‥。

●ジルベリアの春
 翌朝は、眩しいくらいの快晴。
「またやった‥‥‥‥死にたい」
「大丈夫ですか? お土産にヴォトカを頂いたのですが‥‥」
「お酒の話しないで〜〜〜」
 二日酔いや、寝不足に頭を抱える万理や幾人かの者達以外は、それぞれの仕事、それぞれの持ち場に戻っていった。
「一時の夢。一つの区切りがつき、次の一歩を踏み出すための休息になったのならいいんだがな‥‥」
「お忙しいグレイス様も、これで一息つけると宜しいでしょうか」
 ヘラルディアは言うが、それは多分無理なのだろうと開拓者達は感じていた。 
 それは昨夜。宴が終ろうとする時の事。
「辺境伯。お耳に入れたいことが‥‥」
 秘書官の一人が宴を楽しむグレイス辺境伯の側により、耳元に何事か囁いていた。
「‥‥そうか。解った」
「どうかしたのですか?」
 フェンリエッタが問うていたが
「いえ、大した事ではありません」
 彼はそう言って笑顔で隠していた。
 本当に大した事ではないのならそういうだろう。
 つまり‥‥戦争はまだ終っていないのだ。
「ま、まだまだ、この国やあいつとの縁は切れそうにないと思えばええやろ」
 蔵人の言葉に
「そうですわ。直ぐに駆け付けて参ります。とお約束しましたから。お困りであるのなら押しかければよいのですわ」
 秋桜も明るく笑っていた。
「あの‥‥、お兄ちゃん、お姉ちゃん達‥‥」
 開拓者達の後ろから声がする。振り返ったそこにいたのは、クラフカウ城の子供達であった。
「あら、なんですか?」
 膝を折ったフェンリエッタに子供達は、顔を見合わせながら
「はいっ!」
 と小さな贈り物を差し出した。勿論、フェンリエッタだけではない、開拓者全てにそれは手渡しされた。
「栞‥‥ですか?」
「‥‥キレイ‥‥」
 それは桜の栞であった。手作りの‥‥優しい桃色の‥‥。
「お城を、私達を助けてくれて、ありがとう‥‥。私達の宝物あげる」
「また来てね‥‥。待ってるから」
「ああ、ありがとう‥‥」
 子供達から贈られたそれは、ジルベリアのまだ遠い春の欠片。
 でもそう遠くない未来、必ずやってくる幸せの約束。

「冬も終わり、春がやってくる‥‥か」
 ジルベリアの本当の春。
 戦乱の本当の終わり。
 その日が、時が少しでも早く来ることを、開拓者達は願い、もしその手助けができるなら、またやって来ようと彼らは、小さな栞と心に誓っていた。