【朱雀】陰陽寮の寮生
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 17人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/13 22:54



■オープニング本文

 陰陽寮は五行の最高学府である。
 その卒業生の多くが官僚や開拓者となって活躍しているので、基本的に一般の人達に憧れの存在として見られることも多い。
 とはいえ、そこは基本的に。
 例外もあるのは世の常であるのだが。

 さて、ここは陰陽寮朱雀。
 授業を終え、委員会活動に集まった生徒達を前に
「今回の委員会活動は結陣の街で活動することになります」
 用具委員会委員長が言った言葉に寮生達は首を傾げた。
「街で‥‥ですか?」
 五行の街での活動と言うのは、二年生も今まで体験したことが無いことだ。
 疑問ももっとも、と頷いて委員長は説明をしてくれた
「もうじき冬です。寒くなる前の冬準備と用具、道具の買い出しをしてきたいと思うのです。今までは三年生が主に行っていたのですが、今年、私達は長期の実習で一月ほど五行を離れることになりました。その為、皆さんにお任せしたいのです」
 そう言って二年生の各副委員長達に渡された金額は一万文。
 けっして少ない額では無い。
「買い出しの内容は勿論、各委員会に必要なもの。になるよ。図書委員会は新刊図書。
 君達のセンスで新しい本を入れてくれてかまわないから」
「保健委員会は包帯とか、医療器具、あと薬だな。薬草園で賄えないものもあるから。でも、薬屋の主人は海千山千の強者だから油断してると足元見られてふっかけられるぞ」
「調理委員会は、鍋が一つ壊れちまったから新しいのを頼むよ。それから食堂で使う皿と箸。趣味がいいのを頼むよ」
 各委員長達の指示を委員達は紙に書き止めていくが‥‥
『委員長? 用具委員会はいいのですか?』
「体育委員もなりね?」
 黙って微笑と腕組みをしている両委員長に委員達が問うと
「用具委員会の買い出しは多いですよ。素焼きの壷10個と、手漉きの紙を数束。後は新年用の品を色々買ってきて下さい。皆さんのセンスにお任せします」
「体育委員会は備品って程のものはないからな。基本、各委員会の荷物運びだ。ついでに下町の子供達と遊んできてやってくれ」
 そう答える。
「下町の、子供達と?」
「そうだ。五行の子供達にとって陰陽寮の寮生ってのは憧れの存在だから。武術を教えてやったり、遊んでやるだけでも喜ぶからな」
「それも委員会活動、か?」
 問う副委員長にもう一度委員長はそうだ。と頷く。
「陰陽師に、陰陽寮に憧れる五行の子供達に理想を見せるのも寮生の務めだ。それに憧れた奴が、いつか陰陽寮をまた目指して入寮して来るかもしれないからな」
「自分みたいに、だろ?」
「煩い!!」
 からかう様な同級生に少し声を荒げた体育委員長であったが、その声は怒っているわけでは無いのが解るから寮生達はそれ以上を問わなかった。

 しかし、結陣の街で、しかも陰陽寮生として人々と接するとなると責任も生まれる。
 彼らにとって国の誇りである陰陽師、その最高学府で学ぶ寮生として恥ずかしい姿は見せられない。

 寮生達は知らずに背がピンと伸びる自分を感じずにはいられなかった。



 そして、五行の下町で、一匹の猫を追いかける子供。
「辰! 待ってったら!!」
 すれ違った寮生は感じるだろう。猫が纏っていた微かな瘴気を
「今のは? まさか‥‥、アヤカシ?」
 するりと猫は五行の下町へと消えて行った。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / レキ(ib8090


■リプレイ本文

●陰陽寮の道具、買い出したい

 陰陽寮の中庭を歩いていると、春、桃色の花を満開に咲かせていた桜の木がすっかりと色を変え、葉を落としていることに気付く。
「秋深いですねえ〜」
 ぼんやりと外を見ながらアッピン(ib0840)が口にするとガラガラと前ブレなく図書室の扉が開いた。
「ただいま戻りました〜」
「お帰りなさい。寒かったでしょう?」
 尾花朔(ib1268)はそう言うと閲覧室の火桶の火を少し強めた。
 図書室は本を守る為に火気は最小限に抑えられている。
「はい、今日は風が少し強くて寒かったです」
「もう11月も半ばですから仕方がないと言えばその通りなのですが‥‥気候もアル=カマルとはだいぶ違いますから、カミールさんには辛いかもしれませんね」
 まだ日があると暖かいが、風が少し気まぐれに強く吹き付ければ身を縮こまらせずにはいられない。
 アル=カマル出身のカミール リリス(ib7039)を思いやるように サラターシャ(ib0373)が声をかけた。
「お疲れ様。明日は、なんかもっと寒くなるらしいから買い出しも大変だけど、自分達が使うものだから、頑張らないとね」
 少し肩を縮こまらせながら入ってきた後輩達に言うと、書庫の整理と確認をしていた俳沢折々(ia0401)が仕事の手を止めて声をかけた。
 はい、と一年生達は頷く。
「それで、どんな具合です?」
 アッピンに問われてああ、と頷いてクラリッサ・ヴェルト(ib7001)は一枚の紙を差し出した。
「これが、皆からの要望があった図書のリストです」
 今回の委員会では皆がそれぞれ買い出しに行く。
 各委員会ごとに新年に向けて準備品などを揃えるのだという。
 図書委員会が揃えるべきは勿論図書。
 だから買い出し前に寮生達に新刊図書に希望は無いかとアンケートを取ったのだ。
 とはいえ、予算は無限にあるわけでは無い。
 買える本とそうでない本を決める必要がある。
 さっそく二年生を中心に検討会議が始まった。
「希望は‥‥お料理のレシピに、ジルベリアの機械ギルドの本に、人体と運動の本に、あら、春画ですって〜」
「えっ!」
 アッピンはさらりと言うが一年生達、そして折々の頬が少し赤くなった。
「春画? 誰が書いたの? これは流石に却下だよ。もう〜。油断も隙もないなあ〜」
「まあ、春画はともかく料理のレシピ本は欲しいですね。特に天儀以外の地方のものを重点的に集めたいと思うのですが‥‥」
「私は地図。出来る限りいろんな地図を集めたいな。まだ図書室にもそう多くないから」
「私も同感ですね〜。特に古地図とかを探したいです。他の本との兼ね合いもありますが、少し集めてみましょうね〜」
 相談を続ける二年生達は、ふと一年生達に気付いて手招きをする。
「皆もちょっとおいで〜。どんな本が欲しいと思う?」
 呼ばれた一年生達は顔を見合わせるとそれぞれに意見を述べた。
「私は、他国の歴史書などを探してみたいと思います。偽書も多いですし、難しいかもしれませんが」
 とサラターシャ。クラリッサは
「各国の年々情報が更新されてる図鑑とか、情報を新しく保っておく必要がある本を入れては、と思います。古い本との比較の為にも」
 と答えカミールは
「アル=カマル関連の本を入れてはどうかと思います。あと‥‥料理の本や、個人的には詩集や童話集なども‥‥」
 躊躇いがちにそう告げた。
「悪くない判断だね。それらも候補に入れておこうか。後は、予算との兼ね合いを見て、かな?」
 希望図書のリストにさらにいくつか書き込みを入れて、折々はアッピンにその書類を渡した。
「おっけーです。じゃあ、明日は皆で街に行きましょう。なんだか、ワクワクしますね」
 そう言って片目を閉じた副委員長の言葉に、図書委員達は同じ思いで頷いたのだった。

 それと同じ頃。
「ねえ? どう思う?」
 突然先輩に声をかけられて彼方は、えっ? と首を傾げた。
 主語と述語が足りないので、先輩に何を問われているか、解らない。
 ほんの少し前まで、明日の買い出しに向けての品物を確認していた筈なのに‥‥。
 それに気付いたのだろう。
「ああ、ごめんごめん」
 と笑ってから調理委員会副委員長である真名(ib1222)は彼方に改めて告げる。
「個人用のね、食器を用意したいなあと前々から思ってたのよ。いい機会だから、見てみたいと思ってるんだけど‥‥」
「でも、管理が難しくはありませんか?」
 お言葉ですが、と彼方は問い返した。
 陰陽寮の寮生は寮にいる間ほとんどが食堂で食事をする。
 メニューの献立も様々だから、それらに合う食器を個人用にするのはかなり難しいのではないか。と。
「うん、解ってる。だからね。せめて個人持ちの箸だけでも容易できたらな〜って思ってるの」
 箸は一番唇に触れるものだから‥‥そう言う委員長の優しさや、心遣いに勿論彼方は反論する気はない。
「じゃあ、一通りの買い物が終ったら、食器屋ですね」
「そう。後、布屋も見てみたいな。それから香辛料も買いたいんだけどどう思う?」
 料理委員会も大よその方針を決めたようであった。

 そして同じ時刻の保健委員会。
「では、買い出しの品はこれで良いでしょうか?」
 必要品を纏めた副委員長、玉櫛・静音(ia0872)に委員達は
「はい」「ええ」「‥‥うん」
 とそれぞれ三者三様に頷いた。
「包帯と、さらし。薬を包む為の薬包紙、新しい薬草の苗と肥料。薬草園は本格的な冬になる前に手入れが必要ですしね」
「それから‥‥薬草園では手に入りにくい痛み止めとか‥‥、薬種、少し揃えておいた方が‥‥いいと、思うから」
 泉宮 紫乃(ia9951)と瀬崎 静乃(ia4468)の言葉を聞いて蒼詠(ia0827)は頷いた。
 陰陽寮の予算を預かっての買い物だ。
「備品の買出しですか、先輩方もいらっしゃるとはいえ責任重大ですね」
 無駄遣いはできない。
 皆で相談して決めた品々は、必要なものだけに絞ったがかなりの量に及ぶ。
「体育委員の皆さんが、手が必要なら手伝うと言って下さいましたが、用具委員会や調理委員会、基本的にはもっと大変な方達の方を手伝って頂くつもりです。その分、皆さんにご苦労をかけるかと思いますがよろしくお願いします」
 頭を下げた静音の言葉に、もう一度三人はそれぞれに頷いたのだった。

 さらに用具委員会。
「よっ! 副委員長。荷車、あったぜいぃ!」
 倉庫の奥、誇りを被っていたそれを見つけ出した喪越(ia1670)に
『ご苦労様。良く見つけてくれましたね』
 青嵐(ia0508)は素直な賛辞を送った。
『用具委員会の荷物は、かなり大きくなりそうです。手持ちは大変ですからね。清心さん、その荷車、キレイに雑巾で拭いて下さい』
「はい」
 一年生が荷車を掃除している間に二年生は、買い出しリストを確認する。
 用具委員会の荷物は壷や飾りなどかさばる物ばかりだ。
「重いの、大変の言っても仕方ない。じょーじ達も手伝いに来てくれるらしいから、頑張るとしますかね」
 軽く言う喪越を実は頼りにしているが
『ふざけたり、逃げたり、女性をナンパしたりは禁止ですからね〜。我々は朱雀寮、ひいては陰陽寮の代表なのですから』
「そんな! 殺生なあ〜〜」
 青嵐は釘をさすのを忘れなかったようである。

 そして体育委員会。
「それじゃあ、俺が調理委員会に付く。譲治は用具委員会の手伝い、よろしくな」
 今回、買い出しの助手を命じられた体育委員会は副委員長、劫光(ia9510)が各委員会からの要請を元に仲間達に仕事を割り振って行く。図書委員会は人出がいるし、とりあえずは大丈夫だろう。
「解ったなり! 全力で手伝いっ! 全力で遊ぶっ! なりよっ!」
 平野 譲治(ia5226)は拳を振り上げた。
「あれ? あたしは?」
 名前を呼ばれず首を捻る芦屋 璃凛(ia0303)に劫光は、
「璃凛は保健委員会の手伝いと子供達の相手な」
 と指示する。
「子供、たち? ああ、下町の子と遊んでやってくれって言われてたっけ」
 ポンと手を叩くと璃凛は解ったと頷いた。
「おいら達も用事が終わり次第行くなりからね」
「明日は朝は早いし、力仕事になるだろうから、今日は早く休めよ〜」
 劫光はそう言ったが、実際はそれほどの重労働になるとは勿論思っていなかった。
 翌日、体育委員会は朱雀寮生の中で疲労困憊することになる。
 本当の意味でも。別の意味でも‥‥。

●五行の町にて‥‥
「う〜ん、こっちとこっち‥‥詳しいのはこっちだけど、こっちはかなり正確に描かれているし〜。う〜ん」
 本屋の店の奥、二枚の地図を前に唸り声を上げ続ける折々を店主は苦笑に近い笑みを浮かべていた。
「どちらも気になるなら買ってもいいですよ。なんとか調整はできますから〜」
 他の本を見ていたアッピンが折々に言うが、イヤと彼女は首を横に振る。
「他の本の予算を削るわけにはいかないもんね。我慢するところは我慢しないと‥‥よし、こっち! おねがいします!」
「はい、解りました。ありがとうございます」
 そう言って店主は折々が差し出した天儀地図最新版を受け取った。
 既に数冊の本が重ねられている。料理の本や絵草子、アル=カマルの歴史書などが慎重に吟味され、選ばれてていく。
「う〜ん。アル=カマルの資料はまだまだ少ないようですね〜」
 何冊かの本を抱え、カミールはため息をつく。
 数件の書店を回ってもなかなか思うような資料が得られない事にカミールは少し肩を落としていたのだ。
「歴史書などのものになれば廃れてしまった文字や神官しか知り得ない文字も有りますからね。そういうものの辞書などを入れられればと思ったのですが‥‥」
「そういう専門的な図書はやっぱりアル=カマルに行かないと難しいでしょうか?」
 サラが慰めるように言って、まだあまり詳しくないと言われた本の中からいくつかを選び出す。
「この中ではどんなものが良さそうですか?」
「二人とも、こっちに来て。これはアル=カマルの最新情報だって‥‥。それとは別にこの料理の本の絵、上手だよ」
「本は、ステキです今まで知らなかったら沢山の世界を教えてくれます」
 一年生達もわいわいと楽しみながら本を選んでいるようだ。
 やがて、暫くして一年生、二年生選択の本が選ばれ、並べられた。
「おいくらですか?」
 アッピンの問いに
「毎度ありがとうございます9957文です」
 と店主が答える。それに解りました。と答えアッピンは素直にお金を取り出す。
「あれ? 値段交渉とかしないんですか?」
 クラリッサの問いにまあね、と折々は頷く。
「本に関してはね〜。値段交渉したくないんだ。あんまり。古書ならともかく新刊はね。本ってその人が書いた魂みたいなもんでしょ。それを値切るのもどうかなあ〜って」
「まあ今回は顔つなぎと言う事で。予算内に収まりましたからね」
 朔も同感と微笑している。
「陰陽寮の皆さんには、いつもお世話になっています。あ、これ、良ければサービスにどうぞ」
 書店の店主は、選ばれた本を包む傍ら、一巻の古い巻物を差し出した。
「あら、ありがとうございます。これはなんです?」
「それは‥‥」
 店主が何か言おうとした時。
「大変だ〜〜!」
 彼らの後ろ、大通りでそんな声が響いたのだった。

 鍋は鉄。皿は陶器。当然
「お、重い‥‥」
 劫光は両手に二つ、ぶら下げた荷物の感想を小さくない声で呟いた。
 調理委員会の人数は少ない。
 だから劫光は積極的に力仕事を手伝うつもりで調理委員会の手伝いに回ってきたのだ。
 そしてそれは正解であったと思う。
「けっこうキツイな。来てよかった。大丈夫か? 彼方?」
 自分の半分ほどであるが同じような荷物を抱える一年生に劫光は歩きながらそう声をか
けた。
「はい、大丈夫です。すみません。本当なら僕が持たないといけないのに‥‥」
 頭を下げる彼方。先を行く真名と凛はまだ身軽である。
『大丈夫ですか? 私も持ちましょうか?』
 と凛は心配そうに問うたが、それは男達が首を横に振ったのだ。
「心配するな。持てるうちは持ってやるよ」
 彼方も同意するように頷いた。その辺は男のプライドがある。
「劫光、彼方。私達はそこの漆器屋さんに行って来るから、少し待ってて」
 そう言って凛を伴って言った真名を見送ると劫光は道の端で荷物を置くとふうと息を吐き出した。彼方も同様に大きく深呼吸をする。
 手のひらを撫でながら冷えた手に息を吐き出す彼方にふと劫光は
「どうだ。彼方。朱雀寮は? 少しは慣れたか?」
 そんなことを問いかけた。不意に声をかけられて驚いたように彼方は目を瞬かせるが
「はい」
 答えた表情は満面の笑顔であった。
「すごく、充実してます。毎日が楽しいです」
 その言葉が本心からのものであると解るので、そうか、と頷いて劫光は彼方の頭を大きな手で撫でる。
「桂名にも偶には会いに行ってやれよ?」
「はい‥‥。本当に暫くご無沙汰なので合わせる顔もないんですが‥‥」
 嬉しそうに笑う彼方は、だがその手が急に止まったのを感じふと劫光を見上げる。
「どうしたんですか?」
「すまん! ちょっと外す。後で荷物運びは手伝うから待っててくれと真名には伝えてくれ」
「劫光さん!?」
「いい箸ね、たくさん買えたよ〜。色とりどりで名前も入れてもらって‥‥って、どうしたの?」『何かあったのですか?』
 いきなり走り出した劫光を、彼方と真名、そして凛の言葉と身体はほとんど差なく、躊躇いなく追いかけて行った。

 路肩に置かれた荷車には既にかなりの荷物が乗せられ、括られていた。
 露店や店が並ぶ下町の商店街で用具委員会の備品となる荷物の見張りをしているのは一年生の清心である。
「やっぱり、凄いなあ。先輩達は〜」
 そんなため息交じりの声は人ごみの中に簡単に消えてしまうが、その人ごみの中で
『これは、いい品ですね。箱でおいくらでしょうか?』
「おばちゃん。これいくらにまかる〜?」
「えっと、ここを、こうなりか? 難しいのだ。おじいちゃん上手なりね〜」
 三人の先輩はまったく色褪せないのだ。
 副委員長の青嵐は、さっき妙な因縁をつけてきた酔っぱらいの男から、露店の少女を守ったことがきっかけで周囲の店の人間達に気に入られたようだった。
 色々と話をしながら的確に品物を買い集めている。しかもそればかりではなく、この近辺の治安やアヤカシの情報なども集めているようなのが凄い所だと思う。
 逆に喪越と譲治はあっという間に場そのものに溶け込んでしまった。露店のおばちゃんに茶を奢られたり、品物の値段交渉に応じて貰ったり、あげくしめ縄づくりを教えてもらったりなど結陣育ちの自分でさえできない。
 以前自分は、優れた才能を持つ選ばれた人物だと思っていた。その鼻っ柱は開拓者と彼方にへし折られてしまったのだが、彼は今ではそれでいいと思っていた。
「先輩達みたいになれるように頑張ろう」
 清心が手を握り締めた時
『清心さん』
 青嵐が彼を呼んだ。
「はい!」
『もう少し、ここで荷物番をお願いできますか? 一緒に行ってもいいのですが‥‥』
「一緒にって‥‥あれ? 喪越先輩と譲治先輩は?」
 きょろきょろと慌てる清心に青嵐は、スッと指で向こうを指す。
 その先には駆け足でどこかに向かおうとする譲治と喪越がいる。
『行きますか?』
「はい!」

 その店は委員長に紹介された店である。
 しかし、
「この値段だと‥‥うぅん‥‥」
 保健委員達はそこでの買い物を正直躊躇っていた。
 品物の質はいい。どれも丁寧に作られ、揃えられたものであるというのが解る。
 だが、値段が余所より数割以上、高いのだ。
「でも、どうしてこれほど高いのでしょうか? 理由をお聞かせいただけませんか?」
 紫乃の問いかけに店主はこう答えた。
「高いと思うのであれば、それは貴方にとって必要ではないということなのでしょう。物の値段というのは相対的なものであり、それを必要とする人は高いと思っても買うでしょう。安すぎる品というのは時としてそれを必要としない人の元に行く時もある。故にこの店の品物は、必要な人に確実に渡す為の値がついているのです」
「どうします? 先輩方。買わないというのも一つの手かと思うのですが‥‥」
「待って」
 心配そうに言う蒼詠を止め、静乃はくいくい、と仲間達を手招きすると、そっと耳元に何かを囁いた。
 そして、店主の前にふらりと進み出る。
「解った」
 いきなりかけられた主語のない言葉に目を瞬かせる店主に静乃はにっこりと笑いかけた。
「店主さん、とっても優しい人」
「な、どういう意味です?」
 突然褒められて、驚き顔の店主に少女達はさらに続ける。
「言ってること。とっても正しい。物の値段、確かに相対的。だから、欲しい人はそれにふさわしい金額を払う。それも正しい。でも、店長さん、きっと本当に必要な人にはきっと、お金が無くても渡す人‥‥だと思う」
「こちらの品は、とても良い品です。ぜひ購入したいと思います。ですが予算の関係もあるので、まとめ買いなどで少し勉強して頂くことはできないでしょうか?」
「お願いします」
 二年生達が選んだ道は、誠実に頼み、良い人間関係を築くということだったのだ。
 油断していると足元を見られてふっかけられる。でも、逆に考えれば油断しなければ足元を見られないということなのだろう。
「ふ‥‥っ」
 小さく店主が笑った。今度目を瞬かせたのは寮生達の方である。
「朱雀寮の保健委員会、今年は安泰のようですね」
「えっ?」
 それが褒め言葉であると気づくまでほんの少し時間がかかった。
「必要なものを見せて下さい、多少は交渉に応じましょう」
「「「「ありがとうございます」」」」
 そうして彼らは必要なものの入手に成功した。
 予算より少し高くなったものもあるが、これは今後の勉強代と思っておこう。
「あとは、苗とか肥料袋ですね。璃凛さんにも手伝って頂きましょうか?」
「そこの広場にいるから用事の時は呼んで下さいって言ってましたっけ? 呼びに行きましょうか?」
 そう言って保健委員達が広場を覗き込んだ時、彼らは見ることになった。
 猫アヤカシの姿と、逃げる子供達。
 そして子供を必死に守ろうとする璃凛の姿を‥‥。

●アヤカシ猫と体育委員達
 璃凛が担当することになったのは保健委員会の荷物持ちだった。
 しかし
「最初に買う予定の薬とかは軽いから大丈夫です。帰りに買う予定の苗とか肥料の時手伝って貰えますか?」
 保健委員会副委員長にそう言われて璃凛は、下町の子供達の所にやってきたのだ。
「こんにちわ〜。あ・そ・ぼ」
 そう声をかけた璃凛に子供達は驚く程素直に集まってきた。
「いっぺーにいちゃんのこうはい?」「すざくりょうのおねえちゃん、あそぼ」
 外見など気にしない子供達によじ登られたり引っ張られたり。
(なんだか、ここの子達見てると、子供の頃思い出すな)
 物怖じしない子供達に向けて笑いかける璃凛のこめかみがひきつられる。
「うん、あそぼ。でも、お願い。痛いから髪の毛はひっぱんないで〜〜」
 そして暫くの後、やっと落ち着いた子供達と璃凛は遊び始めたのだ。
「へっへーん、どう? お姉さんのお手玉の腕前」
 持ってきたお手玉をひょいひょいと回して見せるが、すご〜い、と褒めてくれる子がいる反面。
「そんなの普通だい! おいらだってできるよ〜」
 とお手玉を取り上げて片手回しをする子もいる。
「うわ、すごいね〜」
 素直に璃凛は子供を褒めるが、内心はちょっと凹んでいた。
「よーし、それなら‥‥!」
 人魂を出して‥‥と考えていた璃凛は、ふと目を止め、動きを止める。
 視線の先で少年が猫を追いかけているのが見えた。
 しかしその猫は‥‥
「みんな! 朱雀寮の先輩か誰か呼んできて!」
 言うと同時に璃凛は駆け出して
「辰〜。待ってよ〜」
 猫を捕まえようとする少年を
「駄目、近寄らないで!」
 背後から抱き留めた。
「危ない! それはアヤカシだから!」
「えっ?」
 驚く少年が振り向くと当時
『ぐぎゃああ!』
 猫に見えたそのアヤカシは猫又の本性を現すと口から衝撃刃を放った。
「危ない!」
 とっさに少年を庇った璃凛の肩を刃が切り裂く。
「うっ!」
「おねえちゃん! 大丈夫?」
 振り返りざま呪縛符を放ち、動きを一時鈍らせたがそれで精一杯。
 とっさにその場を離れて物陰に身を隠した。
「あの猫。辰‥‥僕の飼ってた猫にそっくりだったんだ。いなくなっちゃってたから戻ってきたと思ったのに‥‥」
 震える声の少年に笑顔を作って璃凛は言い聞かせる。
「お姉さんは大丈夫、今のうちに逃げて」
「嫌だよ! 怖いよう!!」
 泣き出す少年を背中に庇いながら璃凛は唇を噛みしめた。
(どうしよう! せめて仲間がいたら‥‥)
 一瞬目を伏せたその時だった。
『ぎゃあ!!』
 凄いスピードで猫又の顔面に何かがめり込む。と同時二人の前に黒い壁がそそり立ったのだ。あれは‥‥陰陽結界?
「大丈夫なりか?」
「良く頑張ったな。璃凛」
「先輩達!!」
 転がり落ちて戻ってきた球を足で止めた譲治と、劫光が二人の前に守るように立っていたのだった。
「瘴気を感じて来てみればアヤカシか」「猫に化けてたなりかね。とっとやっつけて遊ぶなりよ!」
 二人の背中に璃凛は
「はい!」
 と元気に返事を返す。
「他の子達と援護は、皆に任せておけばいい。体育委員会、出動だ!」
 劫光の掛け声と同時に三人はアヤカシに向かって飛びかかって行った。

●憧れの背中
「ほ〜ら、行くなりよ〜」
 ポーンと蹴り上げられた球が空に向かって飛ぶ。
「みんな! 追いかけて! 譲治君に取られちゃだめだよ!」
 子供達と球蹴をする璃凛と譲治。劫光も興味を持って近寄ってきた子供に剣術の真似事などを教えている。
「いいか、よーく相手を見て、だな」
「あだだだ! ガキンチョ、卍固めはやめて!?」
 体育委員会以外でも一緒になって遊んでいる者もいるが、殆どの寮生達は、休憩もかねて楽しげな体育委員会と子供達を見つめていた。
「体育委員会の現委員長の立花一平先輩は、元はこの下町の出身なんだそうです。子供達が教えてくれました。子供の頃、アヤカシに襲われていたのを助けて貰ったことがあって、それがきっかけで陰陽師を目指したのだとか。だから、彼らにとって朱雀寮生は憧れの存在なのでしょうね」
「でも、そればかりじゃないとおもうなあ〜」
 朔の言葉を聞きながら、クラリッサは璃凛と彼女から離れようとしない少年を見て楽しげに笑う。彼女の言葉の意味が解るから、寮生達もくすくすと笑みを零した。
 やがて、早い秋の日が釣瓶を落す様に山向こうに沈んでいく。
「そろそろ帰りましょう?」
 呼びかけたのは静音。はーいと明るく返事をして璃凛は戻ってきた。
 他の体育委員達も、だ。
「じゃあね。今日は楽しかったよ」
 子供達の頭を撫でて笑う璃凛に子供達の一人が、顔を上げ意を決したように寮生達を見る。
「あの、聞きたいことがあるんだけど‥‥いい?」
「どうぞ」
「あのね‥‥僕、大きくなったら陰陽師になりたい。お兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに。でも、運動できないと無理? 勉強できないと、ダメ?」
 真剣な問いかけに顔を見合わせた体育委員達は声を揃えて
「「「そんなことないよ」なり」だ」
 と答える。
「人にはそれぞれ得手不得手があるのだ。でも補える仲間がいればなんとでもなるなり。だから楽しみにしてるのだ!」
「いつか、必ず陰陽寮に来いよ」
「うん」
「僕も!」「私も!」
 子供達は大きく頷き、戻って行く朱雀寮生達を、手を振って見送っていた。
「なんだか、買い物の品物より、もっと重いもの、貰った気がする」
 肥料袋を抱えながら呟く璃凛の言葉に仲間達も笑む。
 同感である、というように。
 今日の買い物でもそうだったが、陰陽寮生は五行の民にとって特別な存在。
 朱雀寮や陰陽寮生が五行を守り支えると同じように、彼らもまた人々に支えられているのだと皆と触れ合う事で、彼らは実感したのだ。
「力や立場。そういったものを持つ者こそ、制御する必要があるからな。あの子達の前に立って恥ずかしくない寮生でいたいものだな‥‥」
 それは寮生全員の持つ思いであり、誓いだった。
 
 そうして、彼らは朱雀寮に戻って行く。
 たくさんの荷物と決意を持って。