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■オープニング本文 【これは朱雀寮一年生用のシナリオです】 陰陽寮 朱雀。 陰陽寮朱雀寮長。各務 紫郎が一年生達に向けて授業をしている。 一月に一度の合同授業。 10月の講義は術の基本的の再確認から始まった。 「人魂という術は探索において、基本となるとても重要な技です。 一度につき一体しか出すことが出来ず、また人型の生き物を形作ることはできません。 既存の生き物を元にして、形にアレンジを付けることもできますが、最小で虫の大きさ程度、最大でも、いいところこの辺でしょうね」 そう言うと、彼は右手をまっすぐに前に差し出す。 現れたのは朱色の美しい鳥であった。 朱雀をイメージさせるそれは彼が手を上に差し上げると同時、空を飛びくるりと回って鷹になった。 さらにゆっくりと講義室の天井を回るうちに、ハトになり、スズメになり、蝶になり、最後に爪の先ほどのてんとう虫になって寮長の手に戻り、そして彼が指をはじくのと同時に消失する。 殆ど無意識に一年生達はぱちぱちぱちと拍手をしていた。 人魂が次から次へと変化していったのはまるで夢を見ているようだった。 おそらくその瞬間に消して新しく作り出したのであろうが、動きが滑らかでどこで消えてまた現れたのか解らないほどだ。 「人の技と言うものは極めるとこれほどまでに美しいものなのですね。流石、というべきなのでしょうか‥‥」 感心、感動するする一年生達の声。 しかし、特にそれを気に留める様子もなく、寮長は話を授業に戻す。 「人魂に限らず、式の作成、活用に必要なのは観察力、そしてイメージをする力になります。瘴気を象り形を成して、縛する。それは陰陽術全ての、基本と言えるでしょう」 そこで、言葉を止め、寮長は一年生達の方を見た。 寮生達は背筋を伸ばす。緊張が周囲に広がって行く。 「では、これより10月の課題を発表します。ここより北の村近辺に狼が出て家畜や人を襲っているということです。その地の狼の調査、退治を行って下さい」 「はい! その狼はアヤカシですか? ケモノですか? 数はどのくらい?」 「どちらとも今は断じられません。数も不明です。ですので調査を行い、アヤカシであるなら確実な殲滅を。 ケモノであるなら数を減らす程度でもいいかもしれません。その辺の判断は皆さんに任せます」 「解りました」 質問者は手を下げるが、 「ただし」 と逆に寮長は言葉を続ける。 「課題ですので少々制限をかけます。人魂と瘴気回収を全員が活性化させて行くこと。残り一つの選択は任せます」 つまり、実質戦闘などで使える術は一人、一種と言うことになる。 「人魂での情報収集と、限られた状況下で以下に協力しながら目的を達成できるかが今回の課題となります。頑張って下さい」 課題を告げると寮長は部屋から去ってしまった。 要は後は自分達で考えろと言う事。 調査と退治。 前回の課題と似ているが、内容は全く違う。 自分達に何が求められているかを考えながら、一年生達は本格的にはじまった授業に真剣に取り組むこととなったのである。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827)
16歳・男・陰
サラターシャ(ib0373)
24歳・女・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001)
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039)
17歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●実習前の準備 ここは朱雀寮の一角。 講義室の一室で、三度目になる実習に向けて一年寮生達は準備に勤しんでいる。 「今回はみんな揃っていけますね。今回の実習も難しそうですが頑張らねば‥‥」 小さな箱を広げて中を確認しながら、嬉しそうに言う蒼詠(ia0827)を仲間達の明るい笑顔が包む。 「そうね。うん、良かった」 「心配かけていたようですね。ごめ‥‥」 クラリッサ・ヴェルト(ib7001)の言葉にカミール リリス(ib7039)は頭を下げかけるが‥‥その先に続こうとした言葉を白いサラターシャ(ib0373)の指が、そっと留める。 軽く閉じられた片目に、カミールも口を閉じた。 それを確かめて、サラターシャも自分の荷物を閉じると仲間達を見回す。 「準備が出来たら行きましょうか? まだの方はいらっしゃいますか?」 「彼方さんと清心さんがまだですね」 「あれ? さっきまでいたのに何しに行ったの? あと蒼詠とサラは? なんか細々用意してたみたいだけど?」 手元を覗きこむようにして見る芦屋 璃凛(ia0303)に蒼詠は、はいと箱の中身を開けて見せた。 「あ、薬箱?」 「保健委員は申請すれば自由に使ってもいいそうなんです。それで、少し貰ってきました」 「私のは薬草園から頂いてきたシキミです。実は食べると猛毒で葉などにも毒がありますが、それ故に狼や動物などが嫌がって避けるのだそうです」 サラターシャも抱えた袋の中身を見せてくれた。ありがとう、と礼を言った璃凛に荷物を纏めなおしながらサラターシャは呟く。 「この時期に狼が人を襲うなんて‥‥冬の餌の少ない時ならともかく、一体なにがあったのでしょう?」 「そう、そこだよ!」 突然声を上げた璃凛に仲間達の目視が集まる。 「何が、ですか? 璃凛さん?」 「狼だって言うけどさぁ、推測なんだよね。野犬とか‥‥、死んだ朋友の場合も無い訳じゃないだろうし、調査が終わったら倒すことに異論はないけど、良く見て、確かめた方がいいと思うんだ」 「そこまで疑ってかかる? まあ、森の中だったら普通にケモノがでてもおかしくないんだけどね」 クラリッサに頷く璃凛の返事は真剣だ。 「疑うのはどうかと思うけど、素直に信じてたら意味が無いし、目の前の事を常に疑い、考えろっていうのが朱雀寮の教えらしいよ」 「可能性だけならいくらでも言えますけど、実際に確かめてみないとなんとも言えませんからね」 仲間達の意見と考えを纏めるのは一年主席の務めでもある。サラターシャは頷くと荷物を握りなおす。 「そう、ですね。まずは現地に赴いて調査を優先的に行う。それを元に結論を出してから、どうするかも決めましょう」 「うん」「はい」「了解」「解りました」 そんな返事が揃った頃、講義室の扉が開いた。 「準備の方は大丈夫ですか? お弁当作って持ってきたのでそろそろ行きましょう」 「符とか術具も少し借りてあります。何か必要があったら言って下さいね」 入ってきたのは彼方と清心。二人の男子寮生だ。 「お弁当か〜。なかなか気がきくじゃない。彼方!」 ポンと璃凛が背を叩く。嬉しそうに彼方は笑うが‥‥ 「彼方さん。これ、彼方さんの荷物じゃないですか?」 蒼詠に机の上に置きっぱなしの荷物を指されて、あっ‥‥と彼方は手を口元にあてた。 清心はと言えば、自分の荷物は道具と一緒に持っているようだ。 「弁当に気を取られて肝心の荷物忘れてどうする。あほ」 「もう! 言うなってば!」 笑い声が微かに残っていた緊張を解き、一年生の肩からいい感じに力を抜いた。 「では、行きましょう!」 そして一年生達は実習に出発したのであった。 ●目で、見る事。 人にせよ、ケモノにせよ、アヤカシにせよ。 何かが動けば必ず、そこに残滓は残る。痕跡が見つかる。 それを見つけだし、繋ぎ合わせて真実を探すのが調査と言うものだ。 「なるべく一人では行動しないで下さいね。誰かと一緒に動いて下さい」 問題の村に着いてから、開拓者達はさっそく調査に入った。 村人達からの聞き込みをする者、周囲の森の様子を見て回る者。 襲われた家畜の傷の具合を確かめる者。 一年生達はそれぞれが手分けして調査を進めていた。 その中で‥‥ 「何をしているんですか?」 カミールは目を閉じて立ち尽くす璃凛を見て首を捻るように問うた。 だが、璃凛から帰ってきたのは、あれ? という逆の問いかけ。 「解らない? 瘴気回収だよ。瘴気の濃さとかでアヤカシの存在とか感じ取れないかな〜と思って。今回活性化させてきたでしょ?」 そう問われて、カミールは小さく唸ると目を伏せた。 「すみません。私‥‥瘴気回収が習得できていないんです」 「えっ? ‥‥ああ、そうなんだ‥‥」 う〜ん、と唸って腕を組む。なんとなく初心者用の基本技のように思っていた。 「すみません。減点にさせてしまって‥‥」 しょんぼりとするカミールに大丈夫、と璃凛は笑って手を横に振った。 「ま、何とかなるよ。気にしないで」 「ありがとうございます」 「じゃあ、一度みんなの所に行って情報のすり合わせをしよっか」 「はい」 頷きあって二人は村へと戻っていった。 そしてお弁当を開きながら、それぞれの情報を集めた結論。 「敵は単体ではなく、複数。群れを為していると考えられますわ」 「襲った家畜を食べているので‥‥生き物が‥‥ケモノか動物かは解りませんが‥‥いるのは間違いないようです」 「でもさ、アヤカシがいるのも間違いないみたいなんだよ。この辺の瘴気、かなり濃いもの。それに、村の門の所に切り裂いたような跡もある‥‥」 「と、いうことは、アヤカシとケモノ、両方がいるということですか?」 彼方の呟きに、皆が首を縦に振る。 それが、寮生達が出した結論であった。後は、確かめるだけ。 その時 「あっ‥‥!」 クラリッサが小さな声を上げた。 「どうしたんですか?」 心配そうに問うサラターシャ。しかしクラリッサは瞼を閉じた上で目を押さえた。 「それらしいのを‥‥見つけた。でも、先頭にいるの‥‥あれは‥‥」 「どうしたんです?」 「自分で見た方が早いかもしれません。向こうです!」 クラリッサが指差した先を目指し、食事もそこそこに、彼らは走り出した。 ●判断と行動の結果 トントン、カンカン。 軽い音が響いて暫くの後 「これでいいでしょうか? 後はお任せします」 そう言い残して村の男達は去って行った。 「ありがとう。できる限り家畜は守るから、待っていて」 クラリッサはそう言って手を振るが、 「何むくれてんの、三人とも‥‥」 璃凛が宥めても朱雀寮の男一年三人はどこか不機嫌そうな顔をのぞかせたままだ。 「用具委員なのに‥‥」「そりゃあ、力仕事には向いていないとは思いますが‥‥」 クラリッサが狼の足止め用の罠や柵作りを村人に頼んだのが気に入らないようだ。 ぷうと頬を膨らませている。 「だって、その、さ。力仕事で頼りになる男手が少ないというか、なんというか‥‥」 彼らなりに男のプライドが傷ついたのかもしれない、乾いた笑いのクラリッサ。 しかし 「トラブルはそこまでにしましょう。どうやら、来るようですわ」 サラターシャの言葉で、皆、真剣な目に戻った。 それぞれが人魂で狼達の様子を『見て』いるのだ。 「確実にアヤカシと思われるのは背に剣を生やした狼ですわね。後はそれに指揮されていると思われる狼が数匹‥‥」 小鳥に偽装しているから、相手は気にしていている様子も気付いている様子もない。 「なるほど、こうして人魂は使うものなのですね。でも、どうして普通の狼がアヤカシに?」 「力関係でアヤカシに負けてるのかもしれないね。とにかく、剣狼は確実に倒して‥‥あとは飢えて人を襲ったりしないようなら逃がしても‥‥ううん、とりあえず自分達の目で確かめて、戦ってからだね‥‥」 自分に言い聞かせるようにクラリッサは言った。 「みなさん、怪我しないように気をつけて下さい。戦闘中は治癒符を使いますが、戦闘後に残ったのが軽い怪我なら応急手当のみしますからね」 蒼詠の怪我をしないようにという注意に、仲間達は笑顔で頷いた。 ばさばさと音を立てて、森の中からカワセミとスズメが飛んでくる。 開拓者達は身構えた。 向こうからヤギの悲鳴にも似た声が聞こえた。狼達の誘導コースに近い所におびき出す様に囮の家畜を置いておいた。敵はこちらの思い通りに近付いてきているのが、解る。 「来たみたいだね」 「じゃあ、予定通りに」 「大事な家畜を預けてくれたんだから、失敗は許されないからね」 「大丈夫。この『目』で見ました。」 それぞれの人魂を肩に乗せ、一度消してから、それぞれの分担の場所に付いたのだった。 そして、暫くの後。 「リリス良く、そういう状況で冷静で居られるね」 狼たちの死骸を片づけながら璃凛が横のカミールにそんな声をかけた。互いにいくつかの包帯は巻かれているが大きな怪我はしなくてすんだ 「いえ、家畜が襲われてしまうのは有りますし、処理とかしてましたからね。処理は、得意なんですよ‥‥怖いくらい、璃凛さんもお疲れ様です」 「ま、毒を食らわば皿まで‥‥ってね」 苦笑しながら彼女は頭を掻いた。 狼集団との戦いは、寮生達の勝利に終わった。 前衛に璃凛とカミールが立ち、呪縛符と鉄爪で敵を押さえてくれた。彼方はその援護だった。 さらに背後を守る仲間達の行動も的確で一刻程で剣狼一匹と狼達が全て地に伏せていた。 先に敵を把握して、リーダーであると思われたアヤカシに攻撃を集中させたことが功を発したようだ。 アヤカシ以外は逃がそうと言う声もあったが、今後の為に殲滅させることにしたのだ。 「この顔の傷はさ」 ぽつりと呟いたように言う璃凛。言葉を発しずカミールは聞いている。 「判断を誤った所為で付いたんだだから、判断を間違えるのはしたくないんだ」 彼女の言葉はまるで自分に言い聞かせるようだ。ならば、言えることは一つ 「いいんじゃないですか?」 暫く考えてカミールは頷いて、軽く言った。うん、と彼方も頷く 「何が間違っていて、何が正しいかなんてそう簡単には解りません。その為の勉強だしその為の仲間なんですから」 「そっか」 璃凛はそう一言だけ言うと、後は作業に戻った。 さっきの話からすればカミールも平和な育ち方をしてきたわけでは無いだろう。 でも、それを問う事は今はすまい。彼女達がそれをしないように。 「片付けが終わったら、皆の所に行って報告しよう」 「「はい」」 躊躇いの無い笑顔を向けてくれる仲間に、心の中で (ありがと) そう、呟いて。 朱雀寮生達は、調査の結果、元々は少し遠くに生息していた狼達が剣狼によって統率を得てこの近辺までやってきてしまったようだ。と結論付けた。周囲をさらに自分の目と人魂で調査したが他に狼の群れらしきものは見つからなかった。 警戒は怠れないが、あまり心配し過ぎる必要はないだろう。 気休め程度ではあろうがシキミの葉や実を与え、柵などの設置、強化を指示してくれた寮生達に村人達は感謝してくれたようだった。 「ありがとう」 父親の怪我を治療した少女から贈られた小菊の花とお礼の言葉を胸に、朱雀寮生達は全員で帰路に着いた。 そして‥‥ ●課題の後で 「よい心がけですね」 課題終了後、全員で報告に来た一年生達を紫郎は小さく笑いながらも笑顔で迎えた。 「ただ今帰りましたー」 前回の実習で彼らは、報告をしに来なかった事を注意された。 それを忘れず、今回は全員で報告に来たのだ。 「一度注意されたことは、繰り返さない。とても良いことです」 寮長の賛辞に彼らの顔も綻ぶ。 「課題内容についても特に注意すべき点はありません。欲を言うのなら陰陽寮の実習ですから、人魂や術をもっと積極的に使っても良かったかもしれませんね。でも、それも一年生としては十分と言える範囲です」 どうして術の使用程度まで知っているのかと聞くのは愚問だろう。 黙って話を聞いていた一年生達の中から‥‥ 「あの‥‥」 躊躇いがちにカミールが手を上げる。 「瘴気回収を活性化させていかなかった事に対してのペナルティはどのくらいのものなのでしょうか? できれば、減点は私一人にして貰えないかと‥‥?」 しかし、そう彼女が言った途端、一年生達ほぼ全員が寮長に詰め寄ってくる。 「そんなことはしないで下さいね」「もしペナルティをというのなら全員でお願いします」「一生懸命頑張ってたよ。リリス。いろいろ教えて貰ったんだから」 くすっ。 小さな笑い声に瞬きした一年生は瞬きして寮長と目を顔を見合わせた。 寮長の顔は最初からずっと崩れることなく笑みのままで‥‥とても優しい。 「事情があったのは解っていますから、そんな減点などしませんよ。私の方も少し配慮が足りなかったかと反省しています」 「それじゃあ!」 璃凛の目が輝いた。 「村の方からもお礼の連絡が来ています。傷病者の手当てもし、今後狼が来ないような処置などもしたとか。仲間同士の連携も悪くなかったようですから、今回は合格です」 「やったああ!!」 飛び上がって喜ぶ者、安堵の表情で胸を撫で下ろす者、様々であるが、仲間同士顔を見合わせあい、そして頷きあう。 「どんな場であろうとも、時の流れ、状況は留まってはくれません。常にあらゆることに注意を払い、良く『見て』判断すること。それを忘れてはなりませんよ」 「「「「「「「はい!」」」」」」 揃った声と心を頼もしく思ったのだろうか。 寮長は再びその眼鏡の下に柔らかく、暖かい眼差しを灯し、一年生達を見つめていた。 |