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■オープニング本文 それぞれが、それぞれの思いを持って戦地に赴いた武炎の戦いと、その後の実習が終わって暫し。 二年生達は、各委員会の委員長達に呼び出しを受けていた。 「もうすぐ一年生達を迎えての委員会が始まりますの」 白雪智美用具委員会委員長が名簿を差し出す。 「どれどれ〜」 二年生達は名簿を覗き見る。 今年の一年生の数は去年より少ないが、どうやら全委員会に一人以上の希望者が入ったようである。 「基本的な活動は君達が一年生の時と同じだけど、今年は一年生の相手と指導は任せるよ。いろいろ教えてついでに歓迎してやってくれないか?」 片目を閉じたのは図書委員会委員長土井貴志。その顔には楽しげな笑みが浮かんでいる。 「基本的な活動‥‥と言いますと?」 二年生の確認するような問いに立花一平体育委員会委員長は指を折る。 「いつもの活動だよ。体育委員会は、フィールドワークを兼ねたアヤカシ調査と鍛錬。用具委員会は実習で使った用具の片付けと整理。図書委員会は、本の整理と虫干し、ついでに一年生が集めてきた資料の整理だろ」 「保健委員会は薬の整理と、薬草の採取分類。薬草園の世話。秋は春と並ぶ薬の収穫のシーズンだからね。忙しいよ」 そう言うのは藤村左近保健委員会委員長だ。 彼の声がどこか元気で明るく、表情がホッとしたように見えるのは気のせいであろうか。 「うちらは食堂で秋の新作メニューの用意をしているよ。委員会が終ったら食堂へおいで、美味しいものをごちそうしたげるから」 豪快に笑う香玉は調理委員会の委員長。朱雀寮の肝っ玉母さんだ。 委員長が自ら腕を振るう秋の新作メニューはなかなか魅力的でもある。 もっとも、そんなものが無くても二年生達は一年生を迎え、指導することに異論は無かった。 彼等は自分達の直属の後輩である。 一年生の時、先輩から教わったことを伝えて行かなくてはならない。 受け継がれていく優しさと、心。 それが朱雀寮の精神であるとちゃんと二年生達は知っているのだから‥‥。 かくして、一年生達は講義室に、太い文字で書かれ出された張り紙を見る。 『本日、委員会活動日。 各委員会の参加者はそれぞれの委員会の活動場所へ集まること! 時間厳守』 「委員会活動ですか‥‥ドキドキしますね。楽しみです」 期待と、少しの不安を胸に彼らは、 「失礼します!」 それぞれの先輩の待つ委員会の扉を開いたのだった。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) |
■リプレイ本文 ●秋のある日の陰陽寮 それは、ごく普通の晴れた秋の日の陰陽寮の一日。 まず、最初に窓を開けた。 明るい朝の光が、暗く、締め切られた部屋にまるで光の帯を通したように差し込んでくる。 「今日はいい天気ですね〜」 眩しい光を注ぐ太陽と雲一つない青空を見上げてクラリッサ・ヴェルト(ib7001)が明るい声を上げた。 「ふわぁ‥‥、朝の空気は清々しいですね」 横で目を細めるカミール リリス(ib7039)。 こんな朝早くから授業が始まることは無いので、なかなかに新鮮である。 「朝早くから呼び出してごめんね〜。でも、今日はあんまりいい天気だから。寒くなる前に図書室の掃除と整理、それから本の虫干しをしたくって‥‥」 横で同じように窓を開けた二年生の俳沢折々(ia0401)がどこかすまなそうに声をかけるがいいえ。とサラターシャ(ib0373)は首を横に振り微笑んだ。 「とても楽しみにしておりました。先輩方、どうぞよろしくお願いします」 「良い心がけですね〜。お仕事多いですし頑張っていきましょ〜♪」 今年、一番の人数が集まった図書委員会。 副委員長であるアッピン(ib0840)の声も、顔も綻んでいるようだ。 「虫干しで本を出せば入れるときに整理するのも楽になりますよね〜。というわけで最初のお仕事は本の虫干しです。 詳しくは折々さんや朔さん、先輩達に遠慮なく聞いて下さいね」 「「「はい!」」」 三者三様だがはっきりとした返事とアッピンの言葉を尾花朔(ib1268)はちょっと慌てたような顔で手を横に振った。 「私は今年から図書委員会に移ってきましたからね。図書委員としては皆さんと同じ一年生です。一緒に頑張りましょう」 「「「はい」」」 もう一度元気で明るい声が響く。 二年生達も、三年生達もその声と様子に笑顔を咲かせた。 「朔さんは折々さんと一緒に本の分類を。本を仕分けたら外に干しましょう〜。それでいいですか。委員長〜」 「うん。僕達は資料の整理をしちゃうから、そっちは任せたよ」 図書委員会委員長、土井貴志の指示に今度は二年生達が三者三様に頷く。 「はい」「解りました」 「了解です。と言うことなので、まずは三人でこの茣蓙を外に出して下さい」 アッピンの指示に応えて腕まくりすると一年生達は外へと荷物を運んでいく。 「日が昇り切らないうちにやっつけちゃお!」 空は快晴。 遠くからは 「1・2・3・4〜」 元気な掛け声も聞こえてきている。 結陣の街を抜けた山近く。 「どうした? もうへばったのか?」 「大丈夫なりか? 璃凛?」 一列になって走っていた体育委員達。その中で明らかに遅れ気味になっている芦屋 璃凛(ia0303)に劫光(ia9510)と平野 譲治(ia5226)はそれぞれそんな声をかけていた。 「だ、だいじょ‥‥ぶ」 と、璃凛は言うが表情と足元はそう言っていない。 「大丈夫って顔じゃないな。よし、少し早いが休憩」 委員長の立花一平の合図で委員達は足を止めると、それぞれに呼吸を整えながら腰を下ろしたり、木に身体を預けたりしていた。 「ふああ〜っ」 璃凛も崩れるように道の端に座り込む。 荒い息を懸命に整えようとしているが、なかなか思うようにはいかない。 「璃凛っ! 璃凛っ! こっちこっちっ♪ ようこそ! 体育委員会へ、なりねっ!」 と譲治に手招きされて、 「一年生の芦屋 璃凛です。これからよろしくお願いします!!」 と挨拶するまでは元気だった。 「よろしくな。体育委員会の活動はハードだけど大丈夫か?」 委員長に問われても 「体動かすの、好きだから大丈夫です!」 と答えられた。だが 「そうか。じゃあ、今日の活動行くぞ。今日は劫光。先導頼む」 「解った」 あのあたりから嫌な予感はしたのだ。 「先導‥‥って、譲治。何するの?」 1・2・3・4と準備体操をする年下の先輩に璃凛はそっと尋ねる。 「鍛錬前には柔軟柔軟っ! 身体をやわかくして走ると持続するなりよねっ! おいらの感覚なりがっ‥‥って、あり? 聞いてないなりか?」 うん、と頷く璃凛に譲治は大きく手を頭の上で組んで伸ばしながら、 「フィールドワーク。簡単に言うならランニングなりね。アヤカシがいないかどうかを確認しながら結陣の街を一回り。なのだ」 とあっさり答える。 「え? この街を一回り?」 「そう。四〜五里って三郎‥‥去年の委員長、言ってたなりかね〜」 「ええ! いきなり四里のランニング!?」 「最初だから加減してやるから。ほら、行くぞ!!」 璃凛の声が抗議になるよりも早く、劫光が、先輩達が走り出していく。 「ほら、行くなりよ。ファイト!」 譲治にポンと背中を叩かれて、準備体操もそこそこに璃凛は慌てて走り出したのだった。 休憩し、少しずつ息も戻ってきた璃凛に 「ほら。大丈夫か?」 差し出された手には水筒があった。 「あ、ありがとうございます。劫光先輩。大丈夫‥‥です。楽しみにしてた‥‥から先輩と一緒に出来る時なんて‥‥少ないのに」 水を受取りながらも、きゅっと唇を噛む璃凛はどこか悔しげな表情を浮かべている。 「走るのは得意なのに‥‥何が違うんだ」 「慣れない街、知らない道、起伏のある整えられていない道。おまけに自分のペースじゃない走りだ。最初は付いていけなくて当然だ」 「おいらも一年前は付いていくだけでへとへとだったなりよ。仕方ないなり」 「ううん。仕方ないで終わらせたくないから」 手と足に力を入れて璃凛は立ち上がる。 「それに、ここでへばってたら大事なときに動けないから‥‥それじゃ」 一生懸命な璃凛の強がりにくすりと小さく笑った一平は 「委員長」 耳元で囁いた副委員長に頷くと他の委員達に目で合図をした。 「解った。じゃあ、先に進もう。今度は譲治。先導してくれ」 「了解なり。あと半分。がんばるのだ〜〜。1・2・3・4〜」 寮生達が立ち上がり走り出し、進んでいくのを確認して残った一平と劫光は懐から符を取り出す。 劫光の側で渦を巻いた龍が、ふっと掻き消える。ずっと維持していた人魂だ。 「数も量も大したことないな。どこからか流れてきた奴らだと思う」 「そうだな。とっとと片づけて追いつくぞ」 「おおっ!」 そう言って二人はわらわらと現れた軍隊蟻の群れに向かって飛び込んで行ったのである。 『あれ?』 用具委員会の倉庫の中、棚の拭き掃除をしていた新一年生の一人清心は、外から聞こえる声に首を横に捻った。 見れば丁度フィールドワークから戻ってきたのであろう体育委員会が、息を切らせているのが見える。 「委員会の初日からマラソンか〜。体育委員会も大変だなあ〜」 同情というような、自分は体育委員会で無くて良かったというような一年生に作業の手を止めて青嵐(ia0508)はくすりと笑った。 『体育委員会の活動は体力作りがメインだそうですからね。あれに一年間着いて行けば女の子でもそうとうな体力が付くでしょう。うかうかしていると置いて行かれますよ』 「は、はい! 頑張ります!!」 慌てて掃除に戻る清心。 ちょっと自意識過剰なところもあるが、自分が上と認めた相手には素直に従うし、何より道具などの扱いが丁寧だ。 (なかなかいい子、ですね) 今まで知らなかった新一年生だけに、少しホッとした様子で青嵐は微笑むと自分の作業に戻る。 「そう言えば副委員長。何をしているんですか?」 『ちょっと新しい道具ができないかと思って研究を、ですね‥‥』 「へえ、人形、ですか?」 新しい道具の研究と聞いて興味を持ったのだろうか。手元を覗き込んだ清心の背後で 「と言うわけだからして〜用具委員会ってのは我等が麗しの白雪委員長の親衛隊を増やすべくファングッズの物販を行ったり、有志一同で応援のヲタ芸を特訓したり〜」 妙に明るい声が弾ける。と同時 『遅い! 新一年生に示しがつかないでしょう!』 シュタッと! まるで音がするように飛び起きた人形が背後に向かって飛び蹴りをかましたのだ。 「ぐ、ぐはあっ! 凛、セニョリータ迎えに行って、ちょ、ちょっと‥‥遅れただけなのに〜〜」 クリーンヒットした鳩尾を押さえながら顔を顰めるのは喪越(ia1670)。 『凛さん?』 そのさらに背後では彼の言うとおり、陰陽寮の人形『凛』が驚いたように瞬きをして立ち尽くしていた。 『ああ、凛さん。別に貴方の事を怒っている訳ではありませんから心配しなくてもいいですよ。まったく。道具の目録と、消耗品の補充には人手が欲しいんですから、女性陣にちょっかい出している余裕は無いのですよ?』 「わ、解ってるのに‥‥、ぼうりょくはんたい‥‥」 がくんと倒れるフリをする喪越の頭の上をスルーして、凛もまた青嵐の手元を覗き込む。 『それは‥‥人形‥‥ですか?』 『ええ。私も不要な暴力は反対ですから、陰陽師の瘴気に反応して網を投げかける人形ができないかと思ったのですが、網を吐き出す機構が上手く作れず、結局いつもの殴打になってしまいましたね。まだまだ研究が必要です』 「へえ、そういうのも作れるんですか。凄いなあ〜」 純粋に関心と尊敬の眼差しを向ける清心。 どこか親近感を持つのだろうか。人形に近付きつんつんと指で突く凛。 そして 「楽しそうでしょう。用具委員会は皆、とっても仲良しですよ」 いつの間に側に来ていたのか、どこから見ていたのか解らないが、本当に嬉しそうに楽しそうに委員長の白雪智美が微笑む。 『仲がいい、のですかねえ〜』 「俺がいつも一方的に虐げられてる様な気がするんだが〜」 それぞれにちょっとした不満や軽口を口にしながらも、頬に笑みを浮かべる二年生はやはり仲がいいのだろうと清心は思った。心を許し合っているからケンカもできる。 「僕達も‥‥いつかこうなれるかなあ〜」 『? どうしました?』 小さな呟きに耳を止めた青嵐に清心は慌てて手を横に振る。 「なんでもありません。倉庫の整理と確認、続けます!」 「おうよ。せっかくのいい天気だ。図書委員や保健委員も外で干し物してるし。倉庫の中のモノもちょいと陰干しなんぞしてはどーかね?」 『それはいいですが、昼寝とかはしないで下さいね。あぁ、逃げたりもですよ。逃げたら逃げた分だけ時間がかかりますから‥‥。うっかり、倉庫の中の怪しい壺を投げてしまうかもしれません』 「え〜。そんな殺生な〜。せっかく凜セニョリータとデートとか、白雪いいんちょとしっぽりお昼寝とか考えてたのに〜〜」 ハハハハハハハハハ‥‥。 二人の掛け合いは暗い用具倉庫に、笑顔と言う灯りを灯していた。 昨年、保健委員会は参加人数が各委員会の中で一番多かった。 今年も三名の二年生が残っている。 静かな保健室。目の前に彼女らと委員長を前にして 「蒼詠(ia0827)と申します。 戦う事以外でも困っている人、傷付いている人を助けられる技能を身に付けたい。その為に僕は保健委員を選びました。これからよろしくお願いします」 板の間に正座すると蒼詠はそう言って頭を下げた。 その礼に迎え、答えるのは上座の三年生。藤村左近だ。 この中で言うなら実は最年少であるのだが、精一杯の威厳を作って委員長らしく一年生に声をかける。 「ようこそ。保健委員会へ。君のその言葉には保健委員会の正しい理念があると思う。一緒に頑張って行こう!」 委員長に続いて二年生達が挨拶をする。 「保険委員副委員長、玉櫛・静音(ia0872)です。よろしくお願いします」 「僕は瀬崎 静乃(ia4468)よろしく」 「泉宮 紫乃(ia9951)です。仲良くして下さいね」 優しい雰囲気の先輩達に囲まれて、蒼詠は少しホッとした気分になった。 五行の学び舎での初めての委員会活動。 成績にも加味されると言うから緊張していたのだが、先輩達の笑みにそれがぼぐれていくようだったからだ。 しかしぼんやり、まったりとしている暇は無かった。 「では、まず最初に薬の名前を覚える事から始めましょう。薬を間違えると言う事は決してやってはいけないことですから。それから、既に採取してきた薬草の名前も憶えて貰い、その後簡単な調合までやってもらいます。以上です。何か質問はありますか? あるのでしたら遠慮なく。なければ実習に移りますので、疑問点は今の内に全て質問して下さいね」 やることはしっかりやるからと、静音の穏やかな、それでいて意思を感じる声が告げていた。 無論、蒼詠にも異論はない。図書館から本を借りてその為の予習もしてきたつもりだった。 しかし‥‥ 「うわあっ。薬ってこんなにあるんですか?」 保健室の奥、薬棚に案内された蒼詠は思わず声を上げた。 大きな箪笥には小さい引き出しが数多く並んでおり、その一つ一つに難しい漢字の札が付けられている。 「ここは生薬の棚です。これは葛根、葛の根ですね。効果は発汗、解熱。桂枝は解熱、鎮痛。ヨモギやミゾソバはすりつぶして用いると止血に効果的です。薬は間違えると毒になるものもありますからしっかり覚えて下さいね」 解らないことがあれば質問するようにと言われているが、正直、何が解らないのかが解らない。 とにかくはまず薬を覚えることから、だろうが 「‥‥覚えられるでしょうか」 蒼詠は唾を飲み込んだ。 「覚えられるか、じゃなくて‥‥覚えるの。できないと思ったら何もできない。できると思えば‥‥絶対できるから」 「はい! 頑張ります!!」 「私達が‥‥まず分類するから、それを手伝いながら、少しずつ覚えて‥‥。薬の確認は三回。絶対間違わないように‥‥」 その後、蒼詠は先輩達に教えて貰いながら委員会活動に参加していく。一時不安そうな顔を見せていたが、借りてきた本と実物を照らし合わせながら、自分の草紙に書き込んだりして懸命に覚えようとしているようだ。 「良かったですね、委員長。新入生が入ってきてくれて」 「ああ、いい新入生が入ってきてくれて嬉しいよ。これで、先輩にも顔向けができる」 ホッとしたように頷く少年に静音はくす、と小さく微笑んだ。 「桜先輩はそんなことを気にしないと思いますが?」 「それでも、さ。伝統と受け継がれた思いを止めたくなかったから‥‥」 「解ります」 委員長を預かる小さな先輩の本音に頷いて、静音はまた、指導に戻った。 「僕は紫乃と薬草園に行ってる。手が空いたら後で来てくれ」 「解りました。後ほど実技実習に外にも出るつもりですからその時」 お辞儀で先輩を見送った副委員長に蒼詠は振り返り、首を捻る。 「実技実習?」 「ええ。傷の手当と応急処置法」 そう言って微笑んだ静音の視線の先には、中庭に崩れるように座り込んだ体育委員達の姿があった。 「よーし。今日はここまで。ご苦労だったな」 「ありがとうございました」 なんとかお辞儀をするまで持ちこたえた璃凛は 「これで‥‥終わり」 今度こそばったりと倒れこむように地面に倒れこんだ。 「良く頑張ったなりね〜」 なでなでと髪に触れる譲治の手を払う気力もない。 ただ、ぼんやりとした頭で見つめる先では委員長と劫光、それに譲治ら二年生が今日のランニングで出会ったアヤカシや、周囲の人から聞いた情報などについて纏めている。 「体育委員会のランニング」がただの鍛錬ではない事は聞いていたが 「やっぱり先輩達は凄いですよね‥‥」 ふとひんやりとした布がおでこに乗った。同時に顔の前に現れたのは 「蒼詠‥‥」 「足、痛めていらっしゃいますね? 応急処置の練習だと思って手当てさせて貰えませんか?」 優しい同輩の声によく解ったね。と言いながら頷いて璃凛は足を差し出した。 「教えて下さったんです。劫光先輩と静音先輩が」 薬草と冷たい布の湿布を包帯で巻き応急処置を終わる頃には少し、身体が楽になっているのを感じていた。 「先輩達は僕達の事を気遣ってくれているの、感じます」 「ああ、それはうちもわかる‥‥。いつかうちらもああなれるかな」 体を起こした璃凛に蒼詠はええ、と頷く。 「なれるかではなく、なる。だそうですよ。そう思えば必ず叶う‥‥と」 その言葉を噛みしめるように璃凛は軽く目を伏せると、元気よく飛び立った。 「そうだね。よしっ! 元気回復! 劫光先輩。組手お願いします!!」 駆け出していく璃凛。 「無茶しちゃダメですよ〜。それから後で、皆でご飯食べましょうって先輩が〜」 「解った〜」 それを見送った蒼詠は小さく肩を竦めると先輩達の待つ薬草園へと向かったのだった。 秋の太陽は昼を過ぎても夏に比べれば穏やかで優しい色をしている。 とはいえやはり直射日光は本に良くない。 「日の方向が変わってきました。そろそろ陰干ししていた本を中に入れて下さいね〜」 アッピンの声に資料整理をしていたクラリッサとカミールは 「は〜い。ついつい話し込んじゃったね」 「ええ、サラとクラリッサに、普通に話し掛けられた気がします」 「え? 当たり前でしょ?」 そんな会話をしながら外に出た。 並べた本一冊一冊を丁寧に取り込んでいく。 「陰陽寮の図書室の本は市販のものも多いですけど、陰陽寮編纂の本や資料も多いですね。あの資料もいつか一冊の本に纏められるのでしょうか?」 あの資料と言うのがさっきまで皆で纏めていた武州でのものであるというのが解るから、そうだね。とクラリッサは頷いた。 「去年の先輩達の資料も本にまとまってたし、今日だいぶ整理もできたからきっとできると思う。そうやってここの本って増えて来たんだと思うから」 「私も、これを機に纏めてみたい本があるんですけど‥‥許して貰えるでしょうか?」 「頼んでみれば?」 「そうですね‥‥」 そんな会話をしながら二人が本を図書室に運ぶとサラが丁度掃除を終えた所だと振り返った。 「本棚も乾きましたし、薬も入れ終ったところです。どうぞ」 綺麗に掃除された本棚からは微かな香りがした。 「ウコンを元にした虫除けの薬を頂きました。ハーブのモノなどは匂いが強すぎるのでこれがいいだろうと‥‥」 「虫除けの薬? そんなものまであるのですか?」 「保健委員会にはね〜。自前の薬草園があるしいろんな珍しい薬も集めてるからこういう時頼りになるよ〜」 よいしょと、折々が本を運びながら笑う。 外で干していたのとは違う、彼女が取り寄せを頼み、半日をかけて分類していた本達だ。 「ここの本棚にはこの本を入れて。入口近くに置こうと思うから」 はい、と本を受け取った一年生達は題名を見ながら本を本棚に入れていく。 「『美味しい漬物の本』『料理の基礎知識』『季節の和菓子』『人形の作り方』『漢方事始め』『応急手当の基本』『武術大全』『誰にでもできる健康体操』陰陽寮にしては楽しい品ぞろえですわね‥‥」 「その本棚は委員会用にですよ。各委員会のリクエストなどを揃えていく予定だとか」 どこかに出かけていたらしい朔はおかえり〜と明るい声をかけた折々にはい、と紙と袋を手渡した。袋は室内用のハーブの虫除け。紙の方は各委員会の希望図書のリクエストだとか。 「毎年そんなことをしていらっしゃるんですか?」 驚いた様子の一年生に折々はううんと首を横に振る。 「今年から。委員会同士って仲が悪いわけじゃないけど、あんまり交流無かったから今年はもっと各委員会間の結束を強められたらと思ったんで、まずはその第一歩。アッピンちゃんと委員長に無理頼んじゃったよ」 「まあ、予算が下りたからね」 片目を閉じて悪戯ぽく笑う委員長に軽く会釈して、折々はそっと優しく本を撫でる。 「本は遠い誰かと、私達を繋いでくれる。普通だったら知り合えない人と出会わせてくれる。だから、私達も本を通じてもっと連携して助け合っていけたらと思うんだ。その方が、‥‥きっと楽しいよ」 「先輩‥‥。そうですね。私達ももっと仲良くしていきたいです」 カミールがぐっと手を握り締めた。サラターシャとクラリッサがその様子を笑顔で見つめている。 「じゃあ、あと少し、頑張って区切りをつけて食堂に行こう! 秋の新作メニューが待ってる筈だから!」 「サラターシャさんは、掃除用具を用具委員会に返して、ついでに食事に誘ってきて下さい〜。委員会初日は皆でご飯を食べることになってるらしいので〜」 「解りました。行ってまいります」 お辞儀をして外に向かうサラターシャ。 扉を開けた向こうから、野菜の煮える甘い匂いが漂ってきていた。 陰陽寮の食堂では 「さあて、そろそろ皆来るぞ。仕上げにかかってくれ!」 「はい!!」 食堂の調理長が台所に集まる調理委員会達に気合を入れた。 「委員長。味を見て貰えるかしら」 調理委員会副委員長真名(ib1222)が差し出した小皿を受けった委員長、香玉はぺろりとスープをなめると。 「OK。良くできてるよ」 と親指をぐっと立てた。 「委員長の方はどう? 彼方は?」 「あと少しで‥‥できます」 「こっちもあとちょっと。腹を空かせた皆が集まってくるからね。頑張らないと」 「委員長の料理は美味しいもの。きっとみんな喜ぶわ」 手を動かしながら微笑する真名に 「真名さん‥‥」 調理委員会の新一年生は心配そうに問うた。 「皆、喜んでくれるでしょうか?」 ポン! パン! 二つの手が彼方の背中を叩く。 「大丈夫。自信を持ちな!」「誰かの為。そう頑張る料理を嫌う人間なんてそういないんだから!」 明るい二つの声に励まされ、 「はい!!」 少年は明るく笑って料理の仕上げに入ったのだった。 そして、夕方。 朱雀寮の食堂はには一年、二年、三年。 朱雀寮の委員会全員がそろっていた。 「委員会初日の夕食は、委員長が皆さんにごちそうするのが通例です。どうぞ召し上がって下さい」 並べられた料理と白雪智美の声に、わあと歓声が上がる。 昨年は遠慮した二年生達も今年は素直に甘えることにする。 来年はきっと自分達が後輩に奢ることになるのだから。 「本日のメニューは調理委員会特製秋のフルコース。 メインはポトフと鴨の照り焼き。 前菜に秋鮭の味噌炒めと鳥の南蛮揚げ。 スープは落花生のポタージュとカボチャのスープ。栗ごはんとキノコごはんのおにぎり。 デザートはリンゴのスイートポテトに栗の渋皮煮。 生姜紅茶で体を温めておくれ」 湯気が立つ料理の数々は一日仕事に励み続けた寮生達の胃袋を正しく刺激する。 「お腹すいた〜。頂きます!!」 まずはある意味今日の主役である一年生が一口。 「うわ〜。美味しい」 思わず上がった声を合図にあとに二年生達が食べ始まると食堂はもう大騒ぎのパーティになる。 酒もないのにこれだけ盛り上がれるのは朱雀寮の特技であろうか。 「どう? はじめての委員会は?」 「仕事は少し大変でしたが、楽しいですわ。自分の仕事が、確かに役に立っていると言う実感を覚えます」 「なら、ホッとした。うん、楽しくなくっちゃ嘘だよね!」 「借りてみたい本の目星もつけられたしね。‥‥あ、このポトフおいしい」 「それは良かった。去年、教わったのを思い出しながら作ってみたんだけど、美味しくできたかしら? 朔?」 「ええ、とても良くできていると思います」 「僕も、覚えて今度お師匠様や、大家さんに作ってあげたいです。しっかり教えて下さい」 「ああ、いくらでも教えてあげるよ」 「先輩‥‥今度纏めてみたい資料があるのですが‥‥」 「やってみていいと思いますよ。私達もなんならお手伝いしましょ〜」 「あ、薬草の本、ありがとうございました。とても勉強になりました」 「今日は大変でしたか? 頭を使って、身体も使って、ずいぶんこき使ってしまいましたか?」 「でもとてもまじめに手伝って頂けたのが嬉しいです。薬草園の草花たちもきっと喜んでいると思いますわ」 「‥‥頑張れば、頑張っただけ、帰ってくると‥‥思う」 「はい、これからもよろしくお願いします」 「いいか? 凛セニョリータ。清心のぼうず。白雪委員長を応援する時は、こうやって大きく手を振ってだなあ〜。いててて‥‥」 『二人が真に受けたらどうするんですか? 止めて下さい』 「璃凛〜。しっかり食べてるなりか〜?」 「体力着けて、頑張れよ」 「大丈夫です! 次は絶対にちゃんと着いていって見せますから‥‥」 「その意気だ!」 「紫乃‥‥私達は仲間、友達よ。どんな時でも1人じゃない、1人になんかしないから」 「‥‥ありがとうございます」 屈託のない笑い声、先輩後輩の垣根もない楽しいおしゃべり。 そして、優しさ‥‥。 宴はその日も夜遅くまで続くことだろう。 これは、ごくありふれた陰陽寮朱雀の一日。 でも遠くない将来、思い返した時、心に輝く宝石のような一日であった。 |