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■オープニング本文 【このシナリオは陰陽寮 朱雀2年生用シナリオです】 陰陽寮朱雀に入った二年生は、三度目になる合同授業の日。 彼らは今まで立ち入り禁止とされていた朱雀寮の奥廊下を歩いていた。 「全員ちょっと来い!」 二年生担当教官である西浦三郎に呼ばれ、言われるままに着いてきたが、ここは二年生になって立ち入りを許可された二年生用の図書室や研究室とはまた違う場所、主となる建物からはかなり離れた場所である。 「なんだか迷子になりそうなりね〜」 呟く二年生の言葉を聞いているのかそうでないのか。 三郎は止めることなく足を進めると一つの建物の前へと足を止めた。 外見はごく普通の石造りの蔵だ。 だが厳重にも厳重な鍵がいくつもかけられている。 窓もない。 「凛」 『はい』 側に控える人形が差し出した鍵ですべての扉を開けた三郎は手に持った松明に火をつけると 「気を付けて中に入ってこい。全員が入ったらすぐに扉を閉めろ」 後ろに着いてくる寮生達にそういうと重い鉄製の扉をそっと手で押して中に入っていった。 中に入れ、と言われたのだから寮生達も注意深くその身を中に滑らせる。 途端、彼らは息を呑んだ。暗闇の中、灯りはたった一つの松明。 けれどそれで十分、ここが牢だと解った。 「ここは‥‥」 思わず口元を抑えた者もいる。瘴気の濃さが尋常ではない。 そして聞こえる多くの奇声、嬌声、うめき声。 勿論、それは人間のものではなく‥‥ 「‥‥アヤカシの牢‥‥?」 吐き出すように言った少女の言葉に 「そうだ」 と三郎は答えた。 「ここは陰陽寮の実験用アヤカシを捕えておく特別な場所だ。一年時は知ることは禁止されている。 また、実際にここで実験などを行えるのは二年の後半のアヤカシ選択と三年生。教職員のみだ。 朱雀寮にこのような場所があることを他者に漏らすことも原則として禁じられている。理由は言うまでもないな」 二年生達から返事はないが、それを肯定と取ったのか三郎は話を続ける。 「ここにいるアヤカシは、寮生達が捕えてきたモノが殆どで、術の開発や瘴気の確保などに利用される。アヤカシの弱点調査や術の効果の実験にも使用されるな。捕えているが餌を与える訳ではないから長くても数週間程度で瘴気に返す。要は殺すってことだが」 中にいるアヤカシは、見ればそれほど強力なものがいる訳ではない。 狂骨であったり小鬼であったり、剣狼などもいるが、あまり強いモノはいないようだ。 実体のない幽霊のようなものも浮かんでいるが、牢の隙間から出ない所を見ると何か特殊な加工がされているのかもしれない。 そしてそのどれもが、人間であるならば怪しい声を上げ続けている。 餌を与えられる訳では無いと言っていたから、これはきっと人間で言うなら苦しいと言う呻き声。助けてという叫び声。 思わず目を逸らしそうになる少女の中の一人に 「目を逸らすなよ」 三郎は声をかけた。 大きくはないがいつも陽気な彼には珍しい厳しさをその声に孕んでいる。 「目を逸らしたり、万が一にもアヤカシがかわいそうなんて思うなら朱雀寮だけじゃない、陰陽寮を出た方がいい。我々が使う術、符、道具。その全ては先達がアヤカシとの戦いの中、命がけで作りだし、会得し、生み出していったものだ。陰陽寮の寮生はそれを正しく学び、身に着け次代に繋いでいく義務がある。 全ては‥‥大切なものを守る為に。その覚悟もない奴は陰陽寮にはいられない」 息を呑みこんだのは、その少女だけでは無いだろう。 誰もが言葉もなく、目の前に広がる陰陽師の闇を見つめていた。 彼の言葉と現実に、寮生達が何を思ったか‥‥。 三郎は確認もせず、問いもせず、やがて彼らを外へと促した。 全員が外に出たのを見ると改めてまっすぐ寮生達に向かい合う。 陽気な先輩ではなく、教師としての眼差しで彼らに課題を与える為に。 「では、陰陽寮朱雀二年生に九月実習の課題を与える。 武炎に赴き、その地においてアヤカシを捕獲し陰陽寮まで連れ帰ること。 数は自由。捕獲するアヤカシの選択も自由。 但し、数を多く捕えれば得点が上がる、という訳ではない。また、中級以上のアヤカシの捕獲に挑むことは禁止する。 また今回は壷封術の使用者は同行せず、特別なアイテムの貸し出しも行わないので捕獲の方法は自分達で考え実行すること。 通常の檻、箱、縄、袋の類であれば用具委員に届け出の上、持ち出し、使用は可だ。 勿論、捕えたアヤカシを陰陽寮に運ぶまでの間に一般人に不安や危害を与えることは許されない。 またさっきも言った通り、朱雀寮一年を含む他者に陰陽寮が実験にアヤカシを捕獲していると知らせることも禁止とする。 期間は一週間。では、これより始め!」 三郎は、それだけ言うと立ち去ってしまった。 彼らの前には凛がいつも通り、佇んでいる。 一緒に連れて行けと言う事なのだろう。 残された二年寮生達は顔を見合わせ、誰ともなく後ろを振りかえる。 知らなければただの蔵として通り過ぎた建物が、今では違って見えた。 進級して初めての本格的な「課題」 その重さが彼らにも実感できた。 二年に進級した寮生達の前に、少しずつ広がって行く陰陽師の深淵。 この課題は、それに向かい合う覚悟を問われているのかもしれないと思いながら‥‥。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●闇を見つめて 大きく深呼吸をする。 頭に、心に身体に命じる。 「気持ちを切り替えろ」と。 割り切るしかない。これは課題であり、陰陽師のある意味業であるのだ。 二年生の実技実習を前に集まった寮生達が、それぞれにそう自分に言い聞かせていた。 「犠牲があるからこその…異端とされそれでも研究されたからこそ今がある‥‥ですか」 尾花朔(ib1268)が呼吸と一緒に吐き出した思いを、耳にしたのであろう泉宮 紫乃(ia9951)は小さく手を握り締めた。 ぎゅっ、と鳴った悲しい音は彼女の心の音かもしれない。 だがそれを聞き、見ていた真名(ib1222)は作業の手を止めることはせず、また声もかけなかった。 (陰陽師の闇‥‥何も思わない訳っていうのは‥‥無理よね) 朱雀寮に入り、一年目はバタバタと授業や訓練、アヤカシ退治などに明け暮れた。 勿論、決して簡単では無かったが、陰陽師という存在に悩むような事はなかったのだ。むしろ自分の道を、覚悟を確認することができたと思っている。 (まさか、二年目になっていきなりこれとはね〜) 『どうか、なさいましたか?』 手が止まったことを案じたのだろう。もしかしたら顔に出ていたかもしれない。 心配そうに問いかける人形の娘『凛』に 「ごめんなさい。大丈夫よ。心配しないで」 真名はそう言って笑顔を作ると首を横に振った。 「そうですよ。これは、私達の問題ですからね〜。真名さん。やっぱり陰陽師風の服より、普通の服の方がいいんじゃありませんか? あんまり目立ちすぎないように〜」 アッピン(ib0840)がこれなんか、と普通の服を差し出すと、そうね〜と相槌を打ちながら真名は腕を組む。 ワザと話題や気持ちを切り替えたずるさは理解しているが、この件でいつまでも悩んでいてはいけないとも解っている。 「今回の課題は実験体としてのアヤカシを捕える事‥‥」 「静音?」 確認するように噛みしめるように言う玉櫛・静音(ia0872)の名を瀬崎 静乃(ia4468)は呼んだ。 心配しているのだろう友に静乃もまた笑顔を見せる。 「これでも代々の陰陽の家系『玉櫛』を継ぐ身。これ位の事で動じは致しません」 彼女の笑顔も真名と同じ作ったものであることは解るが、静乃はそれを追及はしなかった。 気持ちは解る。とても良く。手の中の符を持つ手にも知らず力がこもる。 (例えば、病に対抗する様に。『何か』に抗える術をもつには、それなりの代償が必要なのかもしれない。何気なく扱ってた愛用品も同じ工程で産まれたのなら、もっと大切に使わないと、かな) 思う静乃の心の中にも勿論、見せつけられた陰陽師の闇にざわつくものがある。それは、きっとみんなそうだろう。 『道具を色々持ってまいりました。確認した後、手分けして運ぶ手筈をお願いします』 「龍を連れてきた人達、ぜんいんしゅうごう! なのだ。あ、そうでない人も」 用具倉庫から荷物を運んできた青嵐(ia0508)と平野 譲治(ia5226)の元に寮生達は集まって行く。 「もう、うちの強には結構荷物、積んだなりから、ここにあるのは皆で分担して龍に乗せてもらえるとありがたいのだ」 「解りました。これはやわらぎさんに運んでもらいましょう」「十六夜にも積んでかまいませんよ」「文幾重にも‥‥」 並べられた道具を見て、それぞれが自分と龍の運べる重さを検討しながら持っていくものを選んでいる。 『水袋、箱、壺、金属筒、檻、それから棺桶。ガラスの壷はありませんでしたが、特に作りがしっかりしているモノを選んでありますよ』 用具委員会副委員長の青嵐が出庫伝票を確認しながら指し示すと 「ほお、自分で言っておいてなんだが、本当に倉庫に棺桶があったのか?」 感心したように劫光(ia9510)が荷物を覗き込んだ。武州の地図を確認していた俳沢折々(ia0401)もその手を止めている。 『ええ、図書室と同じように、倉庫にも三年生の許可を得ないと開けられない場所があって、そこに檻と一緒に。おそらく同じ意図と用途で使われたものなのでしょうね』 黙って棺桶を撫でる青嵐に劫光は一度だけ目を伏せた。先輩達も通ってきた道。 「この行為は非道とも言えるだろう。だがそういう業を俺達全員が背負っていることを、忘れる訳にはいかないな」 劫光はそう、言葉には出さなかった。それはこの授業に挑む皆が肝に刻んでいる事の筈だからだ。 「アヤカシとは人にとって理不尽な災厄だ。その災厄に晒された者達の悲しみと怒りの中から、俺達の力は生まれたのだと、そう思う」 代わりに口にしたのは、仲間、自分自身に言い聞かせる決意と肯定の言葉。 『剣術にしろ魔術にしろ、あらゆる技術の裏には「積み重ね」(罪重ね)があります。その一端を「見た」だけの事、我々はこれらをいづれ「使う」のです。自分が使う分程度は確保しませんとね。他人の手ではなく、自分の手を使わないと』 青嵐の言葉に頷いて劫光は声を上げた。 「行くぞ。今は、俺達の課題、やるべきことをやる。それだけを考えて」 それを見つめ、寮生達は同じ思い、同じ決意で頷いたのだった。 ●やるべきこと 「一つ、皆に相談したい事があるんだ。皆も多分わかってると思うけど」 ここは武州の外れ、小さな森の中。 かつての合戦の主戦場からそう遠くもなく、また近くもない場所。 そこで愛龍うがちから降りた折々が、これから実習を開始しようとする仲間達に向けてそう言った。 「なんだ?」 同じように火太名から降りて背中を叩く劫光。 嵐帝から荷物を下ろす青嵐も、他の仲間達も彼女の方を向いた。 「陰陽寮朱雀の実習が一筋縄ではいかないのはいつものこと。私はね、この実習にも裏があると思ってる。裏っていうと聞こえが悪いけど今回の課題の肝は、捕獲そのものよりも機密保持の方かなって思うんだ」 「機密保持‥‥なりか?」 近くの村にアッピンと支援物資を届け終えた譲治が首を傾げる。そう、と折々は頷いた。 「三郎くんは割とすんなり見せてくれた牢だけど、これは陰陽寮にとっての爆弾だよね。陰陽師自体がそんなに好意的に見られる存在じゃないから、尚の事。今まで知られることが無かったのも上級生の努力の賜物だろうし、五行はともかく他国に知られたら多分色々命取りになりかねないと思うんだ‥‥」 『まあ、そうですね。国家レベルの事は解りませんが、人々の反感を買って問題になることは大いにあり得ます』 「だから、今回は絶対に他の人達に私達の作業を『陰陽寮が実験の為アヤカシ捕獲を試みている』ということは知られないようにしたい。最悪、もし発覚しそうになったりしたら仮に捕まえていたアヤカシを全て逃がすことになっても情報の漏洩を防ぐ方を選ぶつもり」 どうかな? と折々は仲間達に問いかけた。 皆の表情は様々だ。 目を伏せる者、考え込むもの。色々である。しかし 「異議な〜〜し!」 その時、背後から妙に明るい声が場に降る。声の主を寮生達は知っているから 「喪越(ia1670)!」 名前を呼びながら振り返った。 「よう! 遅くなってわるかったねえ〜」 「本当にどこに行ってたなりか? 倉庫からの品出しが終わったら直ぐにいなくなっちゃって〜」 「悪い悪い。ちょっと野暮用があったのと滑空艇の様子がいまいちでねえ〜」 頬を膨らませる譲治の頭をポンポンと叩いて喪越は場に立った。 「それでええんでないの? 余計な殺生はしないに越したことはないぜぃ」 「私もそれでいいと思います」「異議なし‥‥」「賛成します」 上げられた手は10本。寮生の総意であれば決定で問題は無い。 「でも、そうならないのが一番だがな。じゃあ、予定通りに始めよう」 劫光の合図で皆動き出す。 「行きましょう。凛。手を繋いであげる」 『はい‥‥』 「賽子、ころころっと‥‥4。中吉ってとこなりね」 そんなの中 『今は、課題に専念して下さいね。よもや‥‥とは思いますが』 「わあってる。寮長と先輩にも釘刺されたし、今日の所は余計な事はしないでお役にたちますよって」 二人の用具委員の会話を聞いた者はいなかった。 まず、開拓者達が狙ったのは 「いた! 軍隊蟻。見つけたなり!」 小さく合図の声を上げた譲治に、周囲にいた仲間が集まってくる。 「数は‥‥、ああ、けっこう多いね。これを全部捕まえるのはちょっと難しいかな」 『アヤカシ蟻は集団で行動することが多いですからね。一度全体攻撃で大よそを倒して、逸れたもの。生き残ったものなどを捕えていくこととしましょう』 「了解。じゃあ、私は捕まえる方をやるからとりあえずやっちゃって」 「村の人達にもアヤカシの残党退治するから。危ないので近づかないように、って言ってあるのだ」 譲治の言葉に頷いた青嵐は符を構え、式召喚の体勢に入った。 呼び出すは‥‥火炎獣。 『行きなさい!』 式は一直線の炎を吐き出した。先制攻撃。 突然の敵と炎に蟻達は右往左往している、完全に混乱している様子だ。 こいつらは集団で襲ってきてこそ恐怖であるが、個体であれば開拓者にとって怯える相手でもない。 二度、三度。何度目かの召喚とサポートに回った譲治の攻撃の後、蟻達のいた場所はほぼ焼け焦げ、集団はもはや完全な個体となった。 「う〜ん、焼けちゃったほうが幸せだったかもしれないけどね」 逃げ出す数匹の中から大きめの個体を選んで折々は拾い上げた。 手足を縛り、念の為折って、さらに口も押さえ、金属筒の入れ物の中に入れる。 中でがさがさがさと音がする。出せと言わんばかりの音を、耳に触る金属をひっかく音は、折々は聞こえないふりをした。 「凛さん、あんまり先に行っては危ないですよ」 森の中、先を行こうとする人形の少女凛を紫乃は引き留めた。 『しかし、皆さんに守られるばかりでは‥‥。私も、お役に立ちたいです』 「凛さん‥‥」 考えてみれば凛が自分から何かをしたいと言い出したのは初めてのような気がする。 「さっき、凛ちゃんと一緒に村に支援物資を届けに行ったのですがその時にアヤカシ退治をしに来た。と言ったらありがとうとお礼を言われたのです」 それがきっかけではなかろうかとアッピンは言っていたが‥‥。 『私も‥‥誰かの、役に立ちたいのです』 「凛さんは優しいですね」 彼女が自ら、口に出して望んだことが 『誰かの役に立ちたい』 であることを少し嬉しく思いながらも紫乃は静かに頭を振った。 「これは、私達の課題です。凛さんはまず身を守る事を考えて下さい」 『ですが‥‥』 「だったら、凛セニョリータ。野営地で夕食でも作ってくれねえかな? 皆、腹空かせてるだろうが、忙しいもんでな」 紫乃に助け舟を出す様に言ったのは喪越である。 彼の目を見つめ 『解りました。‥‥今の私ではお役にはたてませんし。下がります』 深々とお辞儀をすると凜は下がって行った。 「瑠璃‥‥凜さんの手伝いを」 自分の忍犬に追わせた紫乃であるが、その表情はどこか複雑だ。 「もしかして、私は彼女を傷つけてしまったでしょうか‥‥」 「さてね。悪いけど何とも言えねえな」 「喪越! 紫乃! こっちに似餓蜂が集まっているの。手伝って!」 顔を見合わせた二人であったが、のんびりとしている時間はない。 「行くわよ。紅印!」 管狐を出して構える真名。朔や劫光も配置についている。 彼等の援護をする為に、二人は走り出していた。 ●思う事、願う事 そして、その日の夜。 「ふう〜。美味いなあ。腕を上げたんじゃないか。凛セニョリータ」 「ホント。お世辞なしに美味しかったわ」 喪越に頼まれた通り、寮生達に料理を作った凜は 『ありがとうございます。ご主人様にも習いました』 素直な賛辞に頭を下げた。 暖かい汁物と焼きおにぎり。それだけであるが冷えてきた森の中でそれ以上のものはない。 料理に舌鼓をうちながらも 「一応、予定通りに行ってるかな‥‥」 「‥‥うん、でも、一度だけ村に人が来たときは、びっくりした」 「差し入れ持ってきたって‥‥、本当に焦りましたよ」 「真名ちゃんと静乃ちゃん、ナイスフォローだったよ」 「でも、卵はなかなか見つからないのだ。もう全部孵ってしまったなりかねえ〜」 「合戦から随分経っていますからねえ。瘴気を吸い取って孵化するとの話ですから、この瘴気ムンムンの森ではそう長くは卵のままではいないのかもしれませんよ〜。実験にはいいかと思ったんですけどね〜〜」 「その代りと言うか、甲虫や蜂アヤカシなどは沢山いました。似餓蜂と大百足を捕まえられたのは良かったと思います」 『後はなんとか白羽根玉を捕まえられればいいのですが‥‥』 「粘泥もね。火で水分を減らせたら、動きを鈍らせられないかしら」 寮生達は今日の活動の反省と、明日への検討に余念はない。 話題に入れず、少し寂しげに様子を見つめる凛。 彼女を見て折々は 「ほら、凛ちゃんもこっちに来て。今日捕まえた敵と、その時のこと教えてあげるから」 と仲間の方に手を引いた。 今は危険と言うわけではないので、それを止める者はいない。真剣に話を聞いていた凜はふと顔を上げて寮生達を見た。 「どうしたの? 思った事があれば言ってね。凛」 『明日は、私もお手伝いさせて頂けないでしょうか‥‥』 彼女の願いにそれはいいんだけど‥‥と言いつつ折々は言葉を濁す。 『皆さんの、お役にたちたいのです』 凜の想い。その後を受けて真名が問いかける。 「ねえ。凛はどう思う? 私達はアヤカシを捕まえている。そして、それを実験台に使おうとしているの‥‥非道だと思う? それとも何も‥‥思わない?」 問われた凛は小首を傾げる。 『アヤカシは人に害を為す悪いモノ、ではないのですか? それを倒す事、捕える事は良いことでは?』 陰陽寮で育った故、疑問を持たない無垢な少女に逆に質問され寮生達は返答に窮した。 「う〜ん、何と言うか、それはちょっと違うんだぜ。凛セニョリータ」 ぽりぽりと頭を掻いて喪越。 『何が、違う、のですか?』 「どんな理由や建前や、覚悟があろうと他者の命を良いように弄ぼうなんざ外道の所業なんだよ」 「喪越!」 『アヤカシは人に害を為す敵。それを倒すのとどう違いがあるのですか? むしろ同じ倒すなら人の役に立つ方がいいのではないのですか?』 「‥‥それも、違うんだが」 真っ直ぐな瞳が喪越を、二年生達を見る。 沈黙が広がる場で、フッと凜の頭に柔らかい手が触れた。 「‥‥ごめんね。今はちゃんと答えられない。私達の行いは‥‥正しいとは言えないのかも知れないの。でも、でも、私達の使う力はこうやって編み出されていった。誰かを救う為に。それも間違いでは無いし、否定もできないの」 「凜さん、今はそういう会話があったこと。それを覚えておいて下さい、まだ、今の凜さんには早いお話しですから、後で、考えましょう? ただ、いつか必ず私達自身も答えを出して、今の質問にちゃんとお答えしますから」 『真名さん、朔さん‥‥』 「そうだね。明日は、凛ちゃんにも手伝って貰おう。凛ちゃんは術の勉強してるの?」 『少しだけ。あと、ご主人様に体術を習っています。こちらの方が‥‥得意かもしれません』 空気を切り替えるように明るい声を出した折々。凛の返事をきっかけに 「へえ〜。凄いなりね。さぶろーに教わってるなりか」 「あまり危ないことはして欲しくないのですが、身を守る力は必要ですか」 「じゃあ、凛セニョリータは俺と一緒に捕獲の補助な。華麗な亀甲縛りを見せて‥‥」 「喪越、力仕事は得意分野だろうけど、凛に変な事を教えないでよ!」 明るい笑い声が戻ってくる。 秋風の中、燃える焚火より何よりもその笑い声と仲間の存在こそが自分達を暖めるのだと、彼らは知っていた‥‥。 ●目指す道を 集めたアヤカシは総数5種8体。 「白羽根玉、粘泥、大百足、似餓蜂、軍隊蟻」 『白羽根玉は、抵抗されて凍らせることはできませんでしたが、袋に入れて、さらに壺に入れてなんとか運んでこれました』 「粘泥は炎を使うと少し、動きが鈍ったの。水分蒸発させるのは効果が多少はあるようです」 「‥‥大百足は目を潰してもらった後、呪縛符などで動きを封じて、‥‥二重底の棺桶で運‥‥びました」 「似餓蜂は足と羽根を奪ったうえで手足を縛って捕獲しました」 「一番狙いは卵だったなりが、何か所か卵があったという報告があったところに行っても見つからなかったのだ」 「でも、まあ逆に言えばもう武州にアヤカシの卵は殆どないと言う事ともいえると思う」 「運搬も不動や龍に手伝ってもらい、滞りなく進んだと思われます」 「種類もいろいろありますし、質も悪くないと思われます。どうでしょうか?」 アヤカシ牢の前、寮生の報告を聞き、彼等が捕えてきたアヤカシの確認をしながら二年担当教官 西浦三郎がそう告げた。 敬語の相手は勿論、最終的な判断を下す朱雀寮寮長 各務 紫郎である。 寮生達は指示通り、アヤカシを捕獲。寮まで連れてくることに成功した。 精霊門や、帰路、また作業中も何度か、見回りの兵士などに何をしているのかと問われることもあったが、戦乱の残党処理や死者の遺品回収であると話せば殆ど疑われることも無かったのだ。 一度だけ棺に興味を示されたことがあったが‥‥中に入っていたのは実際に集めた遺品。 不審に思われることなくやり過ごす事が出来た。 暫くの沈黙の後、寮長は静かに、だがはっきりとした声で告げた。 「初めてとしては上出来でしょう。今回の課題は合格とします」 寮生達の間にホッと安堵の空気が広がる。 「では、貴方達は退室しなさい。後の処置は我々がしておきます」 「処置?」 「逃げられないように檻に入れることだ。見たいのか?」 低い三郎の言葉に、慌てて紫乃は首を振った。 他の寮生達も小さく一礼して外に出る。 「ふう〜。とりあえずなんとか終わったわねえ〜」 暗い牢から出た外は秋晴れの青空であることを差し引いても眩しいほどに明るい。 「行くか」 「うん、集めた遺品はなんとかして遺族に届けたいね」 「寮長に頼んで武州の役人さんとかに連絡を取ってもらう?」 それぞれ歩き出していく寮生達。 その列の末で、紫乃は空を見上げていた。 「私も、役目を果たすべきだったのでしょうか?」 ぼんやりと考える前でパン、と音が鳴った。 「紫乃さん」 「朔さん‥‥」 目の前で手を叩いた友人の笑顔に紫乃は瞬きする。 自分を見つめる紫の瞳。それに朔はニッコリと微笑みかけた。 「今幸せですか? 辛いこと、悲しいことの上に其れはある、今は、皆と共に幸せに生きること、私と一緒に生きていくこと‥‥じゃダメですか?」 彼女の悩みが過去にあること、それに悩んでいることも知っている。 無理に聞き出そうとは思わない。 ただ、大事なのは今、そしてこれから。 一人では無いのだと伝えたい。 朔の言葉と思い。それに答えた紫乃の返事もまた笑顔であった。 「‥‥大丈夫です。今は、私は幸せですから。目指す道を、進みます‥‥皆さんと」 「紫乃さん」 「朔〜、紫乃〜。早く行きましょう〜〜」 「行きましょうか」 「はい」 仲間の元に向かう彼等。だがそれをさらに見送る者もいる。 「‥‥御命、感謝、なりね」 譲治は祈るようにそう呟き‥‥ 『変えたいと思うなら、それができる力を手に入れなさい。もしくは代わる何かを示す事。全てを救う困難に挑もうとするのなら、それなりの覚悟と努力が必要ですよ』 喪越もまた寮長の言葉を噛みしめていた。 陰陽師の闇を見つめ歩く彼等の道と、理想は遠く、険しく、簡単に先は見えそうには無い。 「でも、ま、なんとかなっかな。おーい、譲治〜。飯食いに行こうぜぃ〜」 けれど小さく笑って彼等もまた、仲間達の後に続く。 自分達の進み目指す道を。 ‥‥一人ではないのだから。 |