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■オープニング本文 突然、戦地の中央に地響きと共にそれは現れた。 黄金の輝きを持つ不思議な‥‥。 「な、なんだ? あれは一体??」 場所はジルベリア南部。 後にヴァイツァウの乱と呼ばれる戦いが帝国軍と開拓者の勝利によって幕を閉じ、その勝利に人々が酔う宴の最中のリーガ城広場に突然、現れた『それ』に驚かない者は当然ながらいなかった。 「わああっ!」「なんだ? あれは??」 人々は恐怖に震え、広場から逃げ出し、城を守る筈の兵士たちも逃亡寸前に震えている。 無理もあるまい。 混乱に慄く人々を抑えながら、同様に驚きながらも後方の指揮官達はまだ、いくらか冷静に事態を把握しようとしていた。 「あれは巨神機‥‥?」 領主が唇を噛む。 目の前の存在は、人型の形態をしているが、どこから見ても人ではない存在であった。 硬質なフォルムの身体に無駄なラインはなく、手には剣のような武器を持っていることから、それが中に人が乗って動かすアーマーやその原型である巨神機と似た存在である事は想像がつく。 だが、それはあまりにも大きすぎた。 身の丈は人の身長の数倍。リーガ城の城にも匹敵する大きさを持っている。 塔一つ分は在ろうかと言う巨大な一度武器を振るえば、人など簡単にすりつぶされてしまうだろう。 これに比べれば、かつてたった一騎で帝国軍を壊滅寸前にまで追い詰め、開拓者たちが命をかけて倒した巨神機でさえ子供に見える。 「巨神機、というよりも魔神機、というべきだな‥‥。兵士達よ! これが暴れだす前に、民を退避させるのだ!」 領主の命令で兵士たちが民の誘導を始めた時であった。 「キャアア! アヤカシよーーー!!」 甲高い悲鳴が上がったのは。 その場所にいた領主、兵士、そして開拓者達は顔をそちらにむけて、見た。 「ーーー様!!」 黒い石の翼を広げ、空に、いや魔神の後方。手を差し伸べる少女の姿を。 「−−−−様!!」 だが彼女の必死の呼び声は、周囲の騒ぎにかき消され、魔神には届かない。 魔神に近づこうと少女が地面を蹴り、空に浮かびえがった瞬間であった。 「おのれ! アヤカシめ!」 「待て!!」 兵士の一人が領主の制止よりも早く、弓を少女に向けて放っていた。 「キャアア!!」 悲鳴を上げて少女は落下する。同時に周囲は彼女の体から放たれた闇に包まれた。 「落ち着け! 動くな!!」 闇の球からぎりぎりで逃れた領主は振り返る。 だが驚く事にその時、既に魔神の姿を彼は見つけることができなかった。 「カレン!!!」 そう叫びながら何か、龍のような、だが龍ではない何かに跨って、誰かが走り去っていく。 それを弾いた光で感じることができたのみである。 そうして、領主は開拓者ギルドに依頼を出す。 「消えた魔神とアヤカシを調べ可能なら、見つけ出し捕らえて下さい」 不思議なことにリーガ城の門を守る門番達は誰も怪しい者が出て行くのを見ていないのだという。 ならばまだ城内にいる筈だが目立つ筈の少女の姿のアヤカシも、魔神機も、そして魔神機が消失した直後表れ、走り去って消えた不思議な誰かもその消息はようとして知れない。 人に化けてまぎれて隠れている可能性は大いにあった。 「兵を動かして虱潰しに探す事はできなくもありませんが、万が一下手に刺激して、また魔神が現れたり、その魔神が暴れたりしたら意味が無ありません」 故に開拓者には密かに、住民や彼らを刺激しないように探して欲しいと彼は言う。 アヤカシの方は黒髪、黒い瞳の長髪美女で、アヤカシを『カレン』と呼んだ風は金の光を弾いていた。 でも手がかりはこれだけ、である。 「民に危害を加えないのであれば、どんな形でも決して悪いようにはしないと伝えて下さい。お願いします」 おそらく彼らは人ではないだろうと領主は言う。 きっと、何かがあってこの世界に迷い込んでしまったのだろう。 「なんとか、無事に帰してやりたいのです。よろしく頼みます」 そして、若者は声なき声で己が半身を捜し、呼ぶ。 「カレン。カレン!!」 だがその返事はまだ聞えてはいなかった。 ※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
桐(ia1102)
14歳・男・巫
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●遠い呼び声 長い戦乱が終わり、やっと落ち着きを取り戻しつつあるリーガ城。 その城下街は今、突然現れた謎の存在の噂で持ちきりであった。 「あの巨人の事を、ご領主は魔神機とよんでるそうだ。巨神機よりもありゃあでっかかったもんなあ〜」 「巨神機が消えた後ね、びゅわあーんってね、凄いのが飛んで行ったんだよ〜」 「あの黒い女は一体何者だったんだ? 変な羽生やしてたからアヤカシなんじゃないか、って気がするけど、そんな怖くは無かったわよね」 「うん、石みたいな羽、綺麗だったよね?」 「女性としても美人だったしな‥‥」 「こら!」 そんな絶える事の無い噂を聞きながら歩く女性二人。 「やれやれ‥‥せっかく戦いが終ったばかりだというのに、リーガ城は災難に見舞われやすいのでしょうか。困ったものです。でも、とにかく城に行き辺境伯様にご挨拶をせねば。ねえ、ヘラルディア(ia0397)さん?」 フェンリエッタ(ib0018)は肩を軽く竦めながら横を歩く女性に声をかける。 だが、へラルディアと呼ばれた女性はいつものおだやかな笑みと返事を直ぐには返してはくれなかった。 「‥‥季‥‥様」 ぼんやりと空を見上げる彼女の目元には微かな雫が浮かんでいて‥‥ 「どうしたんです? へラルディアさん? 何か具合でも悪いのですか?」 フェンリエッタはへラルディアの顔を見つめ、肩を揺する。 ハッと我に返ったへラルディアは、三度瞬きをして後、 「すみません。ご心配をおかけしました」 いつもの表情に戻って笑い返した。 「本当に大丈夫ですか? 無理をしてはダメですよ」 心配そうなフェンリエッタにへヘラルディアは首を横に振った 「大丈夫です。具合が悪いわけでは無いのです。ただ‥‥」 「ただ‥‥?」 「いえ、何でもありません。とにかく早く行きましょう」 歩き出したへラルディアは顔をフェンリエッタに見られないように先に行く。 話を聞いた時から心に聞えてくる不思議な呼び声に、思いに、頭を振りながら‥‥。 「行方不明、神隠し、以前にも似たことはあったが、今回の様な例も珍しいな。探すべき存在は人、なのか。それとも‥‥」 まだ調査開始前である。何を考えても想像の域を出ない。 全てが謎の存在。謎への対峙においては、経験と先入観を持たずに対応する。そこから突破口を見出すしかないのだ。 「例え相手が謎だろうと解消する!それが解消屋の志士、天ヶ瀬だ」 天ヶ瀬 焔騎(ia8250)の言葉に頷きながらも 「依頼にも出しましたとおり、これ以上危害を街や人々に加えないのであれば、その存在を問題視するつもりはありません。 なるべく穏便に事を済ませて頂ける様お願いいたします」 依頼人である辺境伯は集った開拓者たちにそう、望みを告げた。 「それは勿論望むところなんですけど‥‥」 桐(ia1102)は言葉をそこで止めて腕を組んだ。 「女性形のアヤカシ? を追って消えた龍ですよね。お話を聞くだけだと女性を追って行った男性のような様子が浮かびますね。カレン! そう叫んだ声もまた男性のものであったようだとの証言もありますしね」 「見た目はどうにせよ。女を捜して回る龍か。ロマンの匂いやねぇ」 「茶化さないで下さい!」 斉藤晃(ia3071)をメッと睨みながら桐は話を続ける。 「龍の方が切羽詰っていると感じますが、その後龍の目撃例は無いんですよね。だったらその龍も既に変化しているのでは‥‥、例えば男の人に」 「その可能性はあると思います。龍と呼ばれたものはおそらく乗り物で、魔神機の主が呼び出したり消したり出来る、そんな感じではないでしょうか?」 「私も、そう思います。何故か‥‥不思議に懐かしささえ感じるのですわ」 へラルディアの言葉にジークリンデ(ib0258)も頷く。 この世界の常識では考えられないこと、ではあろうがそれが、目の前にあるのなら信じるしかないと心が言っている。 「では、その女アヤカシ‥‥、いやカレンというのが少女の名であるならアヤカシと断じるのも時期尚早の話かもしれない。名前を持ち呼ばれる。それは会話や意思の疎通が可能であり、思う相手がいるということだろうからな」 思い違い、願望の可能性もあるがと言いおいてハイネル(ia9965)は目を閉じた。 それが心をもつ存在であるなら、彼ら彼女らも救いたい‥‥。 言葉にしない、できない思いを胸の奥に仕舞い彼は依頼人を見る。 「御領主。一つお伺いしたいことがある。お答え頂けるだろうか?」 ハイネルの問いに勿論、と依頼人は頷いたのを確かめて、ハイネルは問いかけた。 「少女から放たれたと言う闇についてだ。どんな魔術であったのか。巻き込まれた者はいたのか。その者はどんな風であったのか‥‥」 「それは不思議な力を帯びた闇であったようでした。我々範囲外にいたものにはそれ程の深い闇とは思えなかったのですが、取り込まれた者達にとっては禍々しい闇であったようです。皆、後に倒れたり、どこか正気を失ったようにぼんやりしていました」 「人の行動を奪う魔力を帯びた闇。‥‥夢か幻か‥‥何れにせよ放置する訳にもいかいな」 ルヴェル・ノール(ib0363)が噛み締めたようにいう。 その力が暴走したり、人を傷つけたりするようなら本当に退治しなくてはいけなくなる‥‥。 「それでその後、被害者達は?」 「すぐに正気を取り戻しました。健康に一切の害は見られなかったので皆、家に戻っています」 「なるほど‥‥」 黙って話を聞いていた宿奈 芳純(ia9695)が静かに目を閉じ、そして開いた。 「少なくともその少女が本気を出していたら、人々を傷つけたり、皆殺しにすることも可能であるということですね。お話を伺う限りではその女性に対し攻撃を加えてしまった事が少々問題であると思います。おそらく相手はこちらを警戒しているでしょうから」 「かなりな美貌を持ち、同様に翼という異形も持っている。目立つ存在でありますし、本人もそれを解っているでしょうから、今頃はどこかに隠れているかもしれませんわね」 「では、二手にわかれましょう。『龍』を追うものと、怪我をした女性を探す方とに」 仲間の話を聞いてフェンリエッタが纏める。勿論開拓者たちに異論があるものはいなかった。 「基本は保護と対話。戦闘は絶対に避けるようにしましょう。一番最悪なのは二人が我々への敵意を持って再会し、あの魔神機を再び呼び戻すことですから」 「ですよ。解りましたか?」 「何でわしの方を見て言うんや!」 桐と晃のまるで漫才のような会話に微笑みながら、開拓者達はそれぞれが、それぞれの決意を固めたのであった。 ●紅の魔皇 まず第一に『謎の存在』を探すというのが開拓者たちの基本方針であった。 「龍のように見えたならそちらの方が攻撃的な力があるかもしれませんし暴れられる可能性を考えたら優先したほうが良さそうです」 そういう桐の想像に同意したのだ。 さらに桐は続けた。 「予想としては男性に変わってるのではないかと。カレンさんを呼んだ名前も男声であったといいますし」 ハイネルもおそらくそうであろうと、共に捜索にあたるへラルディアに告げた。 「謎の存在が人間の思考力を持っているのなら、目立つ龍は隠し、人型になって探しているという可能性もあるだろう」 「とりあえずは保護を目指して、速やかに対処しましょうね。どこかに隠れているか‥‥いえ、魔皇様ならきっとカレン様を探し回っていますわね。人の多いところで女性を探している男性を探してみましょう」 頷いて歩き始めたハイネルは、ふと首を傾げる。 「魔皇? なんでそんな言葉が?」 「あら? 私、そんな事を言いましたか? ‥‥すみません。なんだかこの依頼を受けてから不思議な言葉が聞えるのですね。無視しようとは思うのですが‥‥」 へラルディアは、だが自らの言葉を抱きしめるように微笑んでいた。 リーガ城、というより城下街であるがそれは結構に広い。 人が隠れよう思えば簡単に紛れられるほどには。 開拓者達は地道に足を使って調査を行っていたが、なかなか有効な手がかりは掴めていなかった。 「うがあー。どうして出てきやがらねえんや? 龍なんて目立つだろーに初日以降誰も見たって奴がいやがらんのはなんでや?」 「だから、人に変身している可能性が高いと何度もいってるじゃありませんか! 顔も外見も解らない方を探すのです。根気強く探すしかないのは解っていた筈のことですよ」 咆哮(?)を上げる晃を諌めるように桐は言うが、当の晃は地道な調査に飽きてきはじめているようだった。 う〜ん、と唸り声を上げて腕を組む。 「こういうちまちました調査ってのはわいの性に会わんのや。おお、そうや!! ええこと思いついた!」 「はあ?」 ポンと手を叩くと晃は呆然とする桐を置いて走り出す。 置き去りにされた桐が晃の行動の理由を知ったのは、数刻の後。 空に舞う龍を見た時だった。 「まさか??」 リーガ城の上空、本当にギリギリのところを炎龍が飛んでいる。 その背にいるのは、どうみても晃であったのだ。 「な〜にをかんがえているんですかあ〜〜〜っ!」 突然現れた龍に、人々はざわめいている。恐怖に怯えたような顔を見せる子供もいる。 無理もあるまい。 戦乱の時、クラフカウ城を襲ったドラゴン襲撃の噂はまだ記憶に新しい筈だ。 「おーい。安心せいや〜」 手を振る晃を見て人々は安心したようだが、桐は大きく息を吐き出す。 「やれやれ、何を考えているのでしょうね」 「龍に乗って逃げたっちゅうなら、同じ龍か別ものかはわからんが探すならこれが一番やろ」 という彼の思いが桐に通じたかどうかは解らない。 だが、その時、小鳥が桐の肩にそっと舞い降りた。 「これは‥‥宿奈さんの式神? 何か見つかったのですね?」 飛び立った小鳥を追って桐は走り出す。 どうやら晃のとんでも行動があるきっかけを生み出すこととなったのは間違いないようであった。 飛んでいく小鳥を走りながら追いかけた桐は 「しっ! だが来てくれて感謝する」 指を口元に立てたまま注意深く周囲を見たハイネルに走る足を止め、桐は静かに頷いた。 見れば既にへラルディアだけではなく、既に宿奈と焔騎も待っている。 「晃は?」 「もうちょっとかかると思う。で? 見つかったのはどっち?」 「男性だ。おっさんが空を飛んでるのを見て、人ごみから抜け出したんだ。おっさんの行動もたまには役に立つんだな?」 焔騎の指差す先を桐は覗きこんだ。 小さな人気の無い路地裏の広場。 不思議な‥‥あえて言うならジルベリア風の‥‥服を纏った青年が奥まったところに立っている。 手には剣を一本だけ握っている。 身構えた様子は、彼もこちらに気づいているということだろう‥‥。 「また増えたのか!」 シュッ! 「わあっ!」 桐は尻餅をついた。 「大丈夫ですか?」 駆け寄る仲間をヘンリエッタが支える。 「なんでしょう? 今のは。スキルでも銃撃でもない技ですね。紅い風のような」 「彼も、特別な技を使うのは考えられたことだ。でも‥‥どうする?」 開拓者たちの相談は、ほんの数瞬で終った。 「出て来い! お前たちは誰だ? ここは一体どこなんだ!」 己が放った技のように張り詰めた空気を放つ青年の前に、五人はゆっくりと進み出た。 再び赤い風が彼らの周りに踊る。 「カレンを返せ!」 けれど、それが不安を隠す威嚇であると彼らは、もう知っていた。 逃げず、武器を構えず彼の側に近づいていく。 彼の周囲には炎にも似た黄金の輝きが見える。 その怒りに、思いに負けないように踏み出すと 「異界から来られた方は貴方ですか?」 「魔皇様、ご迷惑かけて申し訳ございませんでした」 桐とへラルディアが丁寧にお辞儀をしたのだった。 「君は‥‥」 微かに目を見開いた彼が剣先を下げたのを確認して 「失礼ですが保護しに参りましたね。お互いの立場も有りますし場所をお移りになりませんか?」 彼女は彼にそう声をかけた。 「保護? 場所を? 君たちは一体なんなんだ?」 彼は話を聞ける。アヤカシのように人々に、少なくとも危害を加えるような存在ではないと確信し、ハイネルは正直に 「この地を統べる領主の代理人と思って頂きたい。敵意はない。だが、今、この地は大きな戦乱を終えたばかりで人々はあの大きな人型兵器を恐れているのだ。君は、あの魔神機、‥‥人型兵器の操縦者だね?」 そう答え、問うた。 宿奈もまたは 「貴方の大切な人を傷つけてしまったことをお詫びいたします。貴方にお怪我はありませんか?」 丁寧に頭を下げ 「俺達の仲間が、君の探している彼女、カレンだっけ? も探している。‥‥俺達を信じて、着いてきて欲しい。できる限り力になる。信じて‥‥欲しい」 焔騎も刀から手を放し、両手を頭上に上げた。万国共通戦意なしの意味を理解してくれるだろうか。 万が一の時には戦闘も。その覚悟は確かにあった。 だが目の前の人物はどこから見ても人にしか見えない。 大事な者を心配し探そうとする当たり前の人間にしか。 「人の皮を被った鬼がそこにもおるからねぇ。見た目よりも中身やし大切ってことやろ?」 だから龍から降りてやっと合流した晃は桐を見ながら肩を竦める。 「きついのは認めますが私は鬼ではありません!」 反論しながら桐も優しく笑いかけた。 「大丈夫。信じてください」 ‥‥気付けば彼の手から剣は消えている。 「解った‥‥。‥‥お願いする」 頭を下げる彼に、開拓者達は全員が頷いて、手を差し伸べていた。 ●黒き翼の乙女 その頃。 「ルヴェルさん! ジークリンデさん! 大丈夫ですか!」 フェンリエッタは膝を折ったまま悲鳴にも似た声を上げた。 「だ、大丈夫だ」 「大丈夫です‥‥。怯えておいでなのですね」 ジークリンデは自分達に攻撃を仕掛けた黒い乙女に微笑みかける。 彼らに攻撃を仕掛けた少女は、泣き出しそうな顔で、震えながら彼らを今も見つめていた。 開拓者達は手分けをして謎の存在と、それが探す少女カレンの捜索に当たっていた。 特に厳密にどちらがどちらと決めていた訳ではないが、その中でフェンリエッタとルヴェル。ジークリンデとそのパートナーはカレンと呼ばれていた少女の足取りを中心に追っていた。 傷を負っている可能性、そして人に変化している可能性もある。 「かなりの美貌をもっておいでのようでしたし、それに異形もそなえておられたようですので、目立つ存在であるのは確かなようです。そして兵士の攻撃で傷を受けておられるならそれを癒す為にどこかに隠れておいでなのではないでしょうか?」 リーガ城は城下街である。 人の目はかなり多い方だが、それでも、届きにくい場所はいろいろある。 「酒場街、裏町、城の影‥‥多分違いますね。後はどんな所があるでしょうか?」 フェンリエッタは聞き込みと平行して、今まで何度かこの街で受けてきた依頼を思い出しながらそれらしい場所に当たりをつけて探していた。 使われていない家、城の備蓄倉庫、そして‥‥街の倉庫。 「そうです。街の倉庫は今、使われていないのではないでしょうか? 備蓄をほぼ使いきり空になっていたのを覚えています。まだ完全に補充は為されていない筈です」 「なるほど。ありえるな」 そうして走っていった二人は、そこで一人悲しげに己を抱きしめるように泣く少女を発見したのだった。 「魔皇様‥‥」 預かった式神を伝令に飛ばして後、彼らは少女に近寄ろうとした。 「カレン‥‥さん?」 だが、少女は開拓者の気配を察知するや否や大きく飛びずさると、石の羽根を羽ばたかせたのだった。 「来ないで!!」 翼から放たれた闇色の風は開拓者達を問答無用で包み込むと、その腕を、足を、行動を縛った。 噂に聞いていたものとは違う、彼女の特殊能力なのだろう。 抵抗も、逃れることも出来ず、開拓者達は為す統べなく縛られていた。 (「でも、敵意は感じません‥‥ね。感じるのは怯え、そして‥‥」) 「カレン‥‥さん」 「えっ?」 フェンリエッタは動かない身体を必死で動かしながら、目の前の少女に呼びかけ、そして微笑みかけた。 「驚かせて‥‥ごめんなさい。でも‥‥話がしたいのです。貴方と。聞いては‥‥くれないでしょうか?」 「ここは、戦があったばかりで、皆が過敏になっている。何もしていないのに傷つけてしまったこと、心から詫びよう。そしてできる限りの協力をすると約束する‥‥。今なら、まだ荒事にしないで済む‥‥から」 「ここは、貴方達の居場所でないのなら、帰れるようにお手伝いをしますわ」 ルヴェルもジークリンデも、攻撃された恨みごとを一言たりとも口にはしない。 ただ、相手を思う心だけを表し、伝えていた。 少女カレンの表情が微かな惑いに揺れる。 だがそれは、さっきまでの全てに怯えた目ではない。 彼らを信用したいと迷う心だ。 「本当に‥‥助けて頂けますか?」 か細い声でカレンは問いかけた。 「勿論」 開拓者達は答える。一切の負の感情を見せない、優しい眼差しで彼女を見て。 フッと、闇の鎖が消える。 それを待っていたかのように舞い降りた小鳥をルヴェルが手に止まらせ、足の手紙を取った。 「君の主も見つかったようだ。逢わせてあげられるだろう」 「本当ですか!」 「カレンさん‥‥」 自由になった足で立ち上がり、腕で、フェンリエッタはカレンをそっと抱きしめる。 「ありがとうございます。共に帰り道を探しましょうね」 どのくらいぶりに感じたかわからない、暖かいぬくもりにカレンは子供のような笑顔で身を預けていた。 ●異郷の友 依頼人の辺境伯の館。その中庭は4月であるとはいえ北国。まだ少し肌寒い。 だが良く晴れた青い空の下、開拓者達は驚くほど緩やかで優しい時を迎えていた。 一人を除いて‥‥。 「まったく。巨神機どころか、アーマーにだって一人じゃ簡単には叶わないのに魔神機に一人で挑んで敵うわけないじゃないですか? 命があるだけでも運がよかったんですよ。というか手加減してもらったんです。解ってますか?」 木陰で呻き声を上げ続ける晃の傷の手当をしていた桐はワザと大きく開いた傷口を叩いた。 「うげ〜。わいかてそのへんは解ってるんや。今は言わんでくれ〜〜」 ハハハと、仲間達は笑う。 「でも、あの強さは反則や〜。敵わんとそんな話や無いわ〜」 「お怪我は、大丈夫ですか? 魔皇様も本気になると加減をしらないんですから」 はい、カレンが差し出した濡れたハンカチを受け取りながら桐は礼と一緒に大丈夫、と明るく笑って見せた。 「あ〜、平気平気。これが悪いんだから気にしないで大丈夫ですよ〜」 「それはそうや。頼んだのはわいやからな。これの責任は気にせんでええよ」 顔を起こす晃は苦痛に顔を歪めているが、彼も表情は明るい。 「カレンさんこそ、お怪我は大丈夫ですか?」 「はい。包帯も巻いていただいたし、魔法もかけて頂きましたから。この世界は凄いですね。普通の人間の皆さんも魔法が使えるなんて」 心配そうに顔を覗き込んでいたカレンや、居心地の悪そうに頭を掻いていた魔皇と呼ばれた青年もその言葉にホッとした顔を見せた。 「まったく、オッサンも無謀をしますね。まあ、見物って言えば見物でしたけど」 「本当に‥‥。魔皇様へは通常、どんな攻撃も効きませんのよ。あ‥‥でも、この世界の気を纏った攻撃は通じるのかもしれませんわね」 焔騎とへラルディアが顔を見合わせて笑う。 開拓者によって、無事再会を果たした『魔皇』と『カレン』。 カレンの怪我が回復して後、特に行くあて、帰る当ての無い二人を彼らは領主の館へと連れてきた。 そこで、事情を聞く事にしたのだ。 「なるほど。敵との戦闘中。不思議な光に包まれて気が付けばここにいた、と。そういうことか」 「状況も解らぬ中、いきなり攻撃されては不安であったでしょう。本当に申し訳ないことをしました」 謝罪する辺境伯を許した彼らは、辺境伯やジークリンデ、芳純らが元に戻る手段を調べてくれている間、この館に滞在する事にしたのだ。 魔皇というのは特殊な力を目覚めさせた者であること。彼らには逢魔と呼ばれるパートナー種族がいて、魔皇一人につき、一人のパートナーがいること。 そしてカレンはその逢魔であることを開拓者達は知った。 「魔皇というのは志体持ちの開拓者で、逢魔というのは朋友のようなもの、なのでしょうか‥‥。そしてあの龍のようなものは、乗り物。飛空挺のようなものなのですね」 「簡単に言えばそんなところかもしれませんね。厳密に言えばいろいろとちがうのでしょうが‥‥」 そんな話をして暫し‥‥ 「なあ、魔皇のあんちゃん。どうせ退屈してはるんやったら、あの魔神機といっちょ手合わせさせてくれんか? あ、勿論あんたともな」 「お止めになった方が‥‥」 カレンなどは心配して止めたがどうしても、と望む晃の希望に答えて、彼は魔神機を呼び出して戦ってくれた。 開拓者以外のギャラリーも多かったこの戦い。 結果は正直戦いと呼べるものではなかった。 その前の素の状態での戦闘は、まだ斬り合えたが魔皇の青年の勝利に終わり、魔神機との戦闘にいたってはハエ叩きである。 手に持った剣で一叩き。プチッ。 正直な話、桐の言うとおり手加減されていなければ命は無かったろう。 「まあ、ええんや。‥‥巨神機もつよかったがあれを越えるもんがおるんや手合わせしておかな損やろ? なんかこうワクワクしたで」 本当に子供のように目を輝かせる晃。だから開拓者達も魔皇達も優しい瞳を見せていたのだ。 「異世界でも、人の心、情熱は変わらないんだな。俺達の世界では敵に、心を吸い取られてみんな、熱い思いとか、花を美しいと思う心とかを失ってる。それを守り取り戻す為に俺達は戦っているんだ」 「敵は世界の全てを支配しています。私達は言わば悪と呼ばれる存在。でも、この世界のように人々が暖かい心を持って、生きられる世界を取り戻せるなら、戦う意味はあるのだと思えました」 天使、テンプルム。ダークフォース、殲機、魔皇、逢魔。 彼らの話は正直理解できない言葉も多かったが、それでも、同じ人、同じ人間。 今は友情のようなものさえ感じていた。 姿、形は違ってもその心は変わらないと、彼らは知っていたからだ。 いつの世も、世界も、世の中を動かすのは人の熱い心である、と‥‥。 「皆様、よろしいですか?」 ジークリンデが静かにお辞儀をして輪の中に入る。 「帰り道らしきものを見つけました。どうかおいで下さいとの辺境伯からのご伝言ですわ」 彼らの間にざわめきが走る。 友との別れの時が近づいてきたのだ、と。 「ここは‥‥」 開拓者達の何人かが声を上げる。 そこはかつて起きた戦乱で、巨神機と呼ばれた巨大なアーマーが大爆発を起こした場所であった。 開拓者達が戦いの爪あと残る大地を、ゆっくりと歩いていくと、その先にハイネルとルヴェル。芳純、そして辺境伯が立っていた。 「よく来たな。皆、見てみるといい‥‥」 ハイネルが己の身体を避け、指差した先は爆発の中央点。 そこに不思議な空間が広がっていた。 大きさは人がようやく入れるくらい。 「なんだか‥‥虹をミルクに溶かしたようですね」 フェンリエッタの表現に微笑みながら、ルヴェルは魔皇とカレン。二人に声をかけた。 「この中を見てくれないか?」 促されて二人が、その後ろから開拓者が言われたとおり中を見つめる。 空間の彼方に時折、何か別の風景や人が見えるような気がする。 ジルベリア風の、だが、どこか違う建物や、人の装束。 「あっ!」「あれは!」 「あなた方の故郷の風景、でありましょうか?」 芳純の問いに二人は小さく頷いた。 「ならば、ここが帰り道である可能性はあります。実際に確かめる事はあなた方以外にはできませんので完全な帰り道とお約束はできませんが‥‥どうなさいますか?」 「ここに残ると言うのなら歓迎しよう。だが‥‥」 辺境伯の続きの言葉を彼らは待ちはしなかった。 返事は互いに握り締められた、お互いの手。 「帰るの‥‥ですね?」 「‥‥ああ。俺達の戦いは、まだ終ってはいない」 「私は、いつも魔皇様と共にあります」 彼らの決意を阻む者はいない。この空間もいつまで開いているかも解らない。 その場で二人は旅立つ事になった。 開拓者達は全員で、見送る。 「春に桜は咲きますか? 香りは同じでしょうか。あなた方にせめてもの名残を」 突然の別れにフェンリエッタがポケットに入っていた香り袋を差し出した。 まだジルベリアに桜は咲かない。 だが、柔らかい香りは彼らにこの国の春を、暖かい思いを確かに届けたようだった。 「‥‥すまなかった。そして‥‥ありがとう‥‥」 魔皇の心からの感謝に、開拓者達はそれ以上言葉では何も返さなかった。 ただ、笑顔で頷く。 異郷の友の笑顔。それこそが最大の報酬であると瞳で告げながら。 「へラルディアさん‥‥」 カレンは一人の開拓者の前に足を止めた。彼女の前で深く頭を下げる。 そして、真っ直ぐにその瞳を見つめた。 「失礼であるならゴメンなさい。私は、貴女とよく似た人を知っている気がします。‥‥いえ、もしかしたら‥‥貴女は‥‥」 何かを言いかけたカレンを、へラルディアはそっと指で制する。 「貴女がそう思うならきっとそうなのでしょう。でも、私の生きる世界はここ。それ以外にありません」 揺ぎ無い瞳のへラルディア。カレンは頷くと、自分の髪を縛っていた髪紐を解いて、そっとヘラルディアの手に握らせた。 「‥‥解りました。彼女に会ったら、よろしく言っておきますね」 「蒼い月の導きがありますように‥‥」 「カレン!」 カレンはヘラルディアにもう一度お辞儀をすると、自らの居場所へと走っていった。 即ち自らの魔皇の隣へ。 「はい。魔皇様!」 「もう、手ぇ、離したらあかんで」 「さようなら、を言うのは止めましょう。言うのならまた会いましょう‥‥と」 「はい。皆さん、本当にありがとうございました」 二人は小さく会釈をすると、手をしっかりと握り、開拓者達に背を向け、穴へと向かった。 〜〜♪〜〜♪ 静かな笛の音が二人を送るように流れる。 彼らは一瞬、動きを止め、だが振り返らず、次の瞬間穴へ飛び込んでいった。 不思議な空間に二人の姿は溶ける様に消え‥‥それを待っていたかのように穴はゆっくりと閉じていった。 開拓者達の目の前で、すべては夢のように消えうせ‥‥その痕跡の全てが消えていったのである。 「まるで、嘘みたいやったな。‥‥つっ。でも、夢じゃあらへん。魔神機も魔皇も‥‥確かにおったんや」 晃は自分の身体に残った傷と、カレンが渡してくれたバンダナを見て、小さく笑った。 「彼らの戦いは、まだ続くのでしょう。遠い、もう一人の私も、あの世界でパートナーと共に戦っているのかもしれません」 ヘラルディアも手の中に残った髪紐を握り締め、空を仰ぐ。 ジークリンデはまた会おうと言ったが、おそらくそれは叶うまい。 やがて人の噂も薄れ、異世界からの旅人のことなど皆、忘れていくだろう。 「でも、私は忘れません。遠い世界の友を‥‥」 空を仰ぐ。この空の下に彼らはいない。 けれど、彼らの世界も空が青く輝く事を、そして美しい花を美しいと思える世界が続くことを開拓者達は祈っていた。 「行くぞ! カレン!」 「はい! 魔皇様」 二人が戦いに挑む殲機。 そのコックピットには長く、優しい桜の香りが残っていた。 遠い、異国での思い出と、二度と会えぬ、だが大事な友の記憶と共に‥‥。 |