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■オープニング本文 入寮式から数えて三か月。 初めての実習を終え、ようやく朱雀寮のペースに慣れてきた一年生達にある日、突然の招集がかかる。 月に一度の合同実習にはまだ早い9月のある日。 何事かと講義室に集まった一年生達の前に現れたのは、寮長と、五人の青年達であった。 「さて、皆さん、陰陽寮の生活には慣れましたか?」 壇上に立ってまず問いかけたのは陰陽寮 朱雀の寮長 各務 紫郎である。 彼の顔は当然のことながら知っている。 「始めての授業を終えて色々と疲れているかとは思いますが、朱雀寮の授業、特に一年生の授業は実習が多いのでこれくらいで音を上げていては、これから勤まりません。早く自分なりのペースを作って朱雀寮に慣れて欲しいと思います」 寮長の言葉に寮生達の背が改めてピンと伸びる。 そんな一年生達を見て、にっこり笑うと彼はさらに言葉を続けた。 「皆さんは二年生などから委員会、という言葉を聞いたことがありますか?」 「委員会?」 問われれば何人かは、なんとなく思い当たる節がある。 『体育委員会に入らないか?』 そんなことを言われたことが確かにある。 「陰陽寮は国営の研究機関であり、陰陽師としての知識を求める者が集う学び舎でもあります。専任の職員は大勢いますが、特に朱雀寮では寮生の自立と勉学の一端として寮生が運営の手伝い等を行う委員会活動を推奨しています。 寮生は各委員会に所属し、さまざまな作業、実務を先輩、後輩と共に行うというものです。無論、強制ではありませんが、活動の実績は成績に大きく加味されるうえ、実践的な勉強にもなるので参加する者が多いです。ぜひとも皆さんも委員会に所属し、朱雀寮の為の活動に参加して頂きたいと思います」 各務寮長がそう告げると、五人の中でも目立った美女がまず前に出た。 「私は用具委員会 委員長の白雪 智美と申します。 用具委員会と言うのは朱雀寮で、実習、実験、講義などに使う用具、道具の整備、修補、管理などを行う委員会です。物を作ったり、直したりするのが好きな寮生が集まります。 道具と言うのは一つ一つが、人の希望や、望みなどを受けて形作られます。皆さんも目の前にある「もの」の奥深さを一緒に楽しんでみませんか?」 次に前に進み出たのは二十、二、三であろうか? 少し背の高い、でも笑顔が印象的な青年であった。 「僕は土井貴志。図書委員会の委員長をしています。図書委員会は文字通り、陰陽寮の図書を管理する委員会です。陰陽寮には一般の人が見られない図書も多くありますが、図書委員はその中でもさらに貴重な図書に触れる機会があります。 また陰陽寮の知識をさらに広く、多くの人に伝える為に新しい本の編纂を行う事もあります。本が好きな人、色々な知識に触れてみたい人はぜひ、図書委員会に来て下さい」 その次に前に進み出たのは躍動感に溢れた笑顔を見せる若者だった。 まだ二十歳前だと思うが、笑顔以上に肉体も鍛え上げられているのが見て取れる。 陰陽師と言うよりサムライのような感じだ。 「俺は体育委員会を預かる委員長。立花一平だ。体育委員会は運動会や、実習の準備や講義のサポートなどを行う。また、周辺のアヤカシ調査とかその対応にあたることもある。主に身体を動かして活動することが多いから、そういうのが好きな人でないと、なかなか付いてこれないかもしれない。けど、一年間やり通すと間違いなく体力はつくと思う。陰陽師としての術を行使する為にも体力はつけておいて損はないよ。興味とやる気がある人物を待つ!」 言葉やしぐさもちょっと陰陽師らしからぬ青年が下がった後、前に出てきたのはさらに小柄で細身の少年であった。一年生達の男児達よりは年上であろうが、何人かよりは確実に下だろう。 「保健委員会 委員長 藤村 左近。よろしく」 彼はそう言って頭を下げると真っ直ぐに、一年生達を見た。 「君達、怪我をした時、どうしてる? 直ぐに術で完治させたりしていない? でも、いくら便利だからって小さな、すぐ直る傷まで術に頼っていてはいけないと思う。人間の身体にはちゃんと自分の身体を直す力があるんだ。そして、それを助けるための知恵も人間は積み重ねてきた。自然と言う大きな力を借りながらね」 左近の言葉にドキリとした者もいるかもしれない。 「保健委員会は、その名の通り陰陽寮内での怪我人や病人の手当、治療にあたる委員会。実習や実戦で怪我をした時の治療、回復も担当する。その為に薬学や応急処置の仕方なども学ぶよ。いざと言う時、大事な人を守る知識と技術と言う力を、一緒に身に着けていけたらと思う」 ぺこりと頭を下げた彼は、最後に控えていた女性を前へと促した。 彼女は他の委員長達とは少し違う符雰囲気を湛えていた。 歳も、一回り以上は違うだろう。 だからだろうか、どこかお母さんと言う風情だ。 香玉と名乗った女性はその外見に相応しく自らを調理委員会の委員長であると名乗った。 「調理委員会の説明は必要ないね。陰陽寮の食堂の手伝いをする委員会だよ。季節ごとに新作メニューを作ったり、宴会好きの寮生の為に色々と料理を作ったりね。色々と珍しい食材で料理ができるし、皆に美味しいものを食べてもらうのは楽しいからね。 料理好き大歓迎、料理苦手な人も大歓迎。基本から叩き込んであげるよ」 軽く片目を閉じて彼女は笑うと、寮長に深くお辞儀をして下がった。 そして、再び前に出た寮長は言う。 「と、言うわけで皆さんには、以上五つの委員会の中から一つを選んで参加して貰うことになります。 勿論、委員会に参加しない。という選択もありますが、いわば朱雀寮は一つの家で、寮生は一つの家族の様なものですから、自分達の学び舎の為の活動にはできる限り参加して欲しいと思っています。 なお、皆さんに委員会をよく知って貰うために各委員会が数日後、活動見学会を開きます。皆さんはそこで、それぞれの委員会を見学し、自分に合ったところに参加申請を出して下さい。 見学会には友人、家族を招待しても構いません。未来の後輩や、朱雀寮に興味がある人物を誘うのもいいですね」 やがて寮生達の手にはチラシが渡される。 『陰陽寮朱雀 委員会見学会開催! 外部からの見学可。父兄、招待客の参加可 用具委員会 場所 実践準備室 符の製作過程の公開&お絵かき、工作教室 図書委員会 場所 一年図書室 押し花を使った栞つくり 体育委員会 場所 中庭 希望者との組手、演武など。 保健委員会 場所 薬草園&保健室 食べられる野草採取&匂い袋作り 調理委員会 場所 学生食堂 調理実習 テーマ 簡単にできる薬膳料理 共に陰陽寮を作っていく仲間を待っている!』 先輩達が描いたのであろうそのチラシから一年生達は、一枚一枚違う絵や、飾りから彼らの意気込みと、優しさを確かに感じていた。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 秋桜(ia2482) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 紗々良(ia5542) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 琉宇(ib1119) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / シータル・ラートリー(ib4533) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 瀬崎・小狼(ib7348) |
■リプレイ本文 ●朱雀寮委員会 勧誘祭り 秋晴れの空の下。 陰陽寮朱雀の扉は珍しく大きく開かれている。 「あら?」 足を止めた玄武寮生の前を楽しげに笑う開拓者達が門の中に入って行くのだ。 「紗々良さん!(ia5542)いらっしゃい! お待ちしていました」 「入寮式からだから2カ月ぶりですね。お元気そうで何よりです」 そう言って出迎えている少年達は陰陽師であろうが 「お誘い、ありがとう。今日は、よろしく、ね」 招待状を胸に微笑む少女は、どう見ても陰陽師ではなさそうだった。 向こうの方からやってくるのは猫の獣人。これも陰陽師には見えない。 「‥‥待ってたよ。ようこそ‥‥」 「静乃! あ、俺は雷・小狼(ib7348)。よろしくな」 でも、出迎えたのは少女とも言えそうな陰陽師達で、おそらく二年生だから彼女達の中の誰かの知り合いなのだろう。 「今日は大事なお客様です。楽しんで行って下さいね」 「皆さん、もうすぐ来られると思いますよ。そしたらあちこち回ってみて下さい」 前を歩く少女がそう言って微笑んだ。 彼女が言った通り他にも続々と「客」が集まってくる。 向こうにやってくるのは女性の三人組。 「秋桜(ia2482)。何をそんなに目を丸くしてるの?」 「いえ、陰陽寮というのも私には縁のまったく無い場所とばかり思っていたので興味深くて。 まさかお誘い頂けるとは思っておりませんでしたから。学徒って、いいですよねぇ。憧れます」 「まったく、子供のようだな」 「そういうサミラさんも目を輝かせているじゃありませんか?」 「アルーシュ!」 「ほらほら、ここが受付らしいですよ。名前を書くんですね。アルーシュ・リトナ(ib0119)っと。はい、お二人も」 「‥‥サミラ=マクトゥーム(ib6837)。ん? おや、真名(ib1222)だ」 「姉さん! サミラ、秋桜! こっちよ!」 「今日はお招きありがとう。雛祭り以来でしょうか。久しぶりですが、ここは変わりませんね」 「思ったよりも賑やかな町だな。楽しませて貰う」 「何かありましたらお手伝いさせて下さいね」 四人組となって中へと入って行く。 「こんな素敵な所へまた、お招きいただき、感謝ですわ。お兄様♪」 「よく来たな。シータル」 大きな荷物を抱えてやってきたシータル・ラートリー(ib4533)を出迎えたのは劫光(ia9510)。 軽く笑ってシータルの横に立つと荷物をひょいと取り上げるようにして自分で持った。 「今日は楽しんで行けよ。少しは手伝って貰うつもりなんだが‥‥」 「そのお手伝いとはなんなのでしょうか?」 「実はな‥‥」 「まあ、それで剣が必要でしたのね」 並んで歩いていく二人は恋人同士と言うより兄妹のようだ。 「琉宇(ib1119)〜〜。るー!! 遅いなり〜〜! 早くなのだ〜〜!」 「譲治くん。そんなに焦らなくても朱雀寮は逃げないだろう? でも陰陽寮に来るのも久しぶりだね、あはは」 大きく手を振っていた平野 譲治(ia5226)は、がしっと琉宇の手を掴むと走り出した。 「さあ、お祭りなりよねっ!? 全力で遊ぶなりよっ!」 「ちょ、ちょっと待ってよ。譲治君!!」 さて、見ていた玄武寮生は組んでいた腕を解くと首を捻る。 「普段は朱雀寮も部外者立ち入り禁止、じゃなかったかしら? お祭りって、一体なんの事?」 小さな疑問を確認する為に彼女もまた門を潜る。 入口の受付でリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)。とサインを残すと 「あ、保護者の方ですねいらっしゃい! 今日は楽しんで行って下さいね」 と笑顔の寮生にチラシを渡された。 赤と朱をふんだんに使ったそれには 「委員会勧誘祭り! 用具委員長、特別コンサートは準備室にて開催!(予定)」 とド派手な文字と絵で描かれていた。 ●用具委員会のお話 「もう! ダメですよ」 腕組みをした用具委員会委員長 白雪智美の前で 「くそ〜。こっそりと裏で進めてたはずなのに何故バレたんだ〜〜!」 喪越(ia1670)は縄で縛られた上に簀巻きにされて、転がっていた。 『あれだけド派手に用意してチラシまで配っていたらバレるバレないもないでしょうに‥‥』 くすくすと笑っているのは用具委員会副委員長 青嵐(ia0508)。 彼の手には『用具委員長特別コンサート!』と大きく書かれたチラシがある。 「はあ〜。せっかくジルベリア風ふりふり衣装、似合うとおもったんだけどなあ〜」 ワザとらしく大きくため息を吐き出した喪越の頭上に、より大きな特大のため息が落ちる。 ワザとらしく、ではなく間違いなくワザとそれを吐き出した智美は、膝を折ると喪越を縛っていた紐をほどき始めたのだった。笑顔で。 「私は、歌はともかく踊ったりとかできないんです。コンサートは諦めて下さい」 「委員長‥‥」 一瞬、ハッとした喪越に本当に優しく微笑んだ智美は彼を立ち上がらせる。 「そろそろ、寮生さんや見学の方がおいでになります。準備、お願いできますか?」 『符の製作過程を書いた板がまだ配置しきれてないんです。それから道具の準備も』 「図書委員会に用紙の補充も頼まれています。今日は、お昼寝をしている暇はありませんよ」 自分の手を引くぬくもりに喪越は誰にも見られないくらい、小さく笑うと飛び上がるように拳を上げた。 「‥‥よっしゃ、任せておいてもらおうか! ハッスルしていくぜぃ!」 やる気になれば喪越の行動力とそれに伴う能力は半端では無い。 「あ、ここ、ここ。用具委員会。おっじゃましま〜す!」 芦屋 璃凛(ia0303)の明るい声がノックと共にドアを開けるころには 「いらっしゃい!」『ようこそ。用具委員会へ』 整った準備と『歓迎!』の元気な筆文字。 そして明るい笑顔が彼らを出迎えたのだった。 用具委員会の部屋は、見かけはあばら家のように見えるが屋内用の訓練室でもあり、中は綺麗に掃除などで整えられている。 そしてその中には沢山の種類の符や道具が並べられていた。 中でも作り方が図解されている符に寮生達の目が輝く。 「うわ〜、凄い〜。あの展示されてる符って、市販されてないやつだよね。もしかして自分で作ったのかな?」 「紅符「図南ノ翼」。あれが噂に聞く寮生が作ったオリジナルの符、ってやつね。朱雀は一年生の進級試験で作るらしいわよ」 興味深そうに符に伸ばしたクラリッサ・ヴェルト(ib7001)の手は背後からかけられた声に、ピキンと音を立てたように止まる。 恐る恐る振り向くそこには 「か、母さん!?」 「「「「「「えっ?」」」」」」 集まっていた一年生達が同時に同じ方向を向いた。 そこに立っているのはどこからどう見てもクラリッサの母と呼ぶには若すぎる少女が立っている。 胸に付けているのは朱雀寮の朱花ではなく玄武寮の玄冬。玄武寮生である。 「クラリッサ、こんな面白そうなことに呼ばないなんてひどいじゃない?」 「あっちの寮のこともあると思ってあえて声かけなかったのに」 くすくすと悪戯っぽく笑っている女性とは対照的にクラリッサは困ったように頭を抱えている。 「こんにちは。クラリッサさんのお母様でいらっしゃいますか? 初めまして」 助け舟を出す様に風情でサラターシャ(ib0373)はほんわりと、だが礼儀正しく頭を下げた。 「私はクラリッサさんの同級生でサラターシャと申します。クラリッサさんはとても真面目で優しい方ですわ。いつもその優しさと見識の深さに助けられていますの」 思いがけず娘を褒められて、少し目を丸くした彼女リーゼロッテは楽しげに笑い零すと軽く手を振った。 「ああ、気にしないで。別に貴方達の邪魔をするつもりで来たんじゃないのよ。気遣わせてしまったのならごめんなさい」 そう言ってクラリッサに向けてリーゼロッテは片目を閉じて見せた。 「まぁ私はてきとーに見て回るわ。あなたはやりたいことしなさいな」 「だそうです。クラリッサさん。参りましょう?」 仲間達に手を取られ、一度だけ振り返ったクラリッサは直に前に向かって歩いていく。 それを見送ってリーゼロッテもまた満足そうに微笑んで歩き始めたのだった。 「では、簡単に用具委員会の説明をしましょうか」 話の切れ目を待っていてくれたのだろう。そう微笑む用具委員長をだがサラターシャは問いかけるように見た。 「私は図書委員会に所属すると決めています。それでもよろしいでしょうか?」 「ええ、もちろん。委員会に所属する、しないだけがこのお祭りの目的では無いですからね」 「そうそ。まぁそもそも、活動が楽しいから委員会なんて面倒な事やってるわけで。いろんなものをいじったり、作ったり、直したりはなかなか楽しいぜぇ〜。芸術は、爆発だ〜!」 『爆発してどうするんです? でも、符も道具も一つ一つ、一枚一枚思いを込めて作られるのですよ』 答えてくれる先輩達の視線は優しい。寮生達は顔を見合わせて微笑みながら、青嵐の実演した符の作り方を見たり、実際に符に入れる様な絵や文字を書いてみたりと体験を楽しんだ。 新入生の一人清心は符の作成実演を見てからというもの青嵐に張り付いて色々質問攻めにしている。 「あいつの実家は呉服屋なんです。実家を継ぐ気はないけど糸や布みたいな普通のモノが、着物になって行く様子は面白いって言ってたから、用具委員向きかな」 「彼方君は、どこに入る予定なんですか?」 横で一緒に絵を描いていた蒼詠(ia0827)がふと手を止めて隣でそう呟いた彼方に呼びかける。 うんうん、と頷く保護者代わりの紗々良と友人の間、視線を交差させた彼方はうーんと唸って後、 「まだ考え中です」 と答えた。 「体育委員会にも誘われていますけど、ちょっと興味がある委員会があるので‥‥」 「じゃあ、ここが終ったら体育委員会に回ってみましょう」 頷きあう男子達の向こうで女子も賑やかだ。 深刻に悩むカミール リリス(ib7039)は背後に回った影に気付かない。 「用具委員‥‥、だけど図書委員会も捨てがたい新しい本の編纂は、面白そうだし‥‥う〜ん、悩むなあ〜〜って、あひゃ!!!」 「な〜に深刻な顔してるの。 こちょこちょこちょ!!」 「ひゃっ、璃凜何するんですか、その気が有るからってボクの純血は‥‥ってあは、ははは」 「リリス‥‥、声が大きいってば」 「り、璃凜が‥‥って、ご・ごめんなさい。大きな声出して、どこにしたら良いかちょっと迷ってしまって」 「ここはいいですけど、図書室や保健室では静かにした方がいいですよ」 「はい。気を付けます」 委員長に注意され、しゅんとしたリリスの頭をぽん、と喪越の大きな手が撫ぜるように触れた。 「ま、気にしない気にしない。楽しむのが一番。スキルも大事だが、何よりも大切なのはラヴだぜ、ラヴ!」 フフフ、ハハハ。 明るい笑い声が喪越のウインクと共に部屋中に広がって行った。 委員会勧誘会は明るい笑顔と共に始まったようである。 ●体育委員会の相手 今年の一年寮生は全体的に人数が少ない。 その為、仲も良い。 勧誘会はその性質上あんまり人数が少なくても面白くないから、 「もし良ければ、彼方さん清心さんと一緒に見て回れれば‥‥嬉しいのですが」 と誘い合った仲良し男子ばかりではなく、女子もまた 「どの委員会に入るか、悩むなあ〜」 「とりあえず回れるだけ回ってみようかな」 「そうだね。全部回ってみよう」 と一緒に行動している。 最初の用具委員会の見学の時点でそれが解って、おそらく仲間達に青嵐が伝えたのだろう。 「よう! 待っていたぞ」「おっ! ようこそっ! いらっしゃいましっ! なのだ!!」 用具委員会の見学を終えて中庭に出てきた寮生達を、今度は体育委員会が全員で出迎えたのだった。 「ようこそ。ここは体育委員会。俺は体育委員長立花 一平。身体を動かし鍛えるのと、最前線で動くのが主な活動内容だ。陰陽師だからって体を鍛えなくていいわけじゃない、むしろ同じ力量の陰陽師同士の戦いがあれば、そこで結果を左右するのは体力だ」 手を広げた体育委員長を筆頭に身体を鍛えるのが活動内容だと言うだけあって、控える体育委員達もそれぞれに鍛えられているのが見て取れた。 「劫光。流れは任せるよ」 「了解、委員長。じゃあ、まずは演武でも見て貰おうか。それから、希望者がいれば組手の相手をする」 すっと前に進み出た一人を一年生にも知る者は多い。二年生の劫光。体育委員会副委員長だと聞いた。彼は剣を握ると舞う様に構えた。 「るー!」 「おっけー!」 譲治の合図で琉宇が奏でるバイオリンの音色。それに剣舞は合わないかもと思われたが、 「へえ〜。なかなかやるじゃないの」 見る者が見れば解る。それは、美しい動きであった。 やがて、一瞬、劫光が瞬きした合図に音もなく、場が動いた。 「わあっ!」 声を上げたのは寮生だけでは無い。他の見学者達も目を見開く。 劫光とシータル。譲治とさっきの体育委員長がまるで戦う様に剣を交わし、攻撃と防御を打ち合う。 鋼の音と、砂を踏む音。互いの呼吸が音楽と不思議に調和している。 「なんか、すごいキレイ」 互いのタイミングを知り尽くしたような動きはまるで会話しているようだ。 「はっ!!」 いよいよクライマックス。劫光の剣をシータルが空へと受け流す。 その勢いを殺さず一回転して彼はシータルに斬撃を下ろした。 譲治は思いっきりその身体を回転させて、渾身の蹴りを一平に向けて打ち込んだ。 キーン! 澄んだ音が空に響くと同時。シータルと劫光は剣を外して飛び退き互いに向かい合った。 譲治の蹴りを手で防御した一平もまた構えを解いてお辞儀をしあう。 「‥‥腕を上げたな、シータル」 「ありがとうございます。お兄様」 「ご苦労。頑張ったね」 「ありがとうなのだ。いっぺー」 「すごい! すごいや!!」 パチパチパチと最初に手ばたきしたのは璃凛であった。他の寮生達も見学者達も惜しみない拍手を送る。 人の努力と鍛錬が生み出すものの力を垣間見たようだったのだ。 空気を切り裂くような音がぶんぶんと聞こえる。 2メートルを超える大きな剣を振り回して仕掛ける小狼の攻撃を、譲治は敵から目を逸らさずじっと見ながら軽く躱していた。 「譲治!」 「解ったなり!!」 気合をかける様な体育委員長の声に譲治は片手を空に掲げると、フッとその身を沈めた。 「えっ?」 相手を見失って一瞬我を失った小狼の胸元に、スッと小さな影が滑り込む。 「てやあっ!」 「うわあっ!」 地面に音を立てて剣が落ちる。腹を押さえながら膝を付いた小狼は 「参りました」 そう頭を下げたのだった。 「前委員長直伝の正拳突きなのだ。でも、あんまり身の丈に合わない武器振り回すと隙も多いなりよ」 小狼の手を取り立たせながら譲治がそうアドバイスをする。 「敵は黙って待っていてはくれないのだ。懐に入られない工夫をしないと」 今回譲治は術を使っていない。 技量が正直違い過ぎた。悔しさに顔を背けてしまう小狼はぎゅっと手を握り締める。 「解ってる。‥‥まだまだだって。でも俺は俺自身で強くならないといけないんだ。護りたいものを護る為に!」 その手に譲治は自分の手をそっと重ねた。 「うん。それでいいと思うなり。一緒に頑張るのだ!」 頷きあう二人を見て、観客達の顔が笑みを形作る。 頷きあう二人を見て、観客達の顔が笑みを形作り、また拍手を贈った。 「でも、これで体育委員会二連勝ですわね。やはり流石、でしょうか?」 「アルーシュさん」 秋桜が声を潜めて言うが当のサミラの方はあまり気にしている様子もない。 「実力のある武闘派陰陽師の実力を見せて貰ったからね。文句はないよ」 サミラの相手をしたのは体育委員会委員長立花一平だった。 一平は開始と同時に一気に踏み込むと、サミラの背後に回り込んでいた。 回避行動を必死で取るのが精いっぱい。常に先手先手を取られて気が付けば投げ飛ばされていた。彼も術を使用することなくサミラを倒していたのだ。 ピストルを構える暇さえなかった。 「もう少し、鍛えないとダメかなあ」 大きく息を吐き出しながら言うサミラの向こうで、 「あと、組手の希望者は?」 まだ戦っていない劫光が声を上げた。次の相手は彼。そう思ったと同時 「はい! 希望します!!」 飛び出るように手を上げた寮生がいた。 「璃凛さん、頑張って下さい」「がんばれ!」 仲間達の声援を受けて立ち上がる璃凛に頷く様に劫光は立ち上がった。 共に剣と符を装備して。真剣勝負になると解った。 「はじめ!」 先手は劫光が取ったようだ。一気に踏み込むと璃凛に向けて斬撃符を放つ。 「うわあっ!」 身体を深く切り裂く思い斬撃符に璃凛は思わず顔を顰めた。 まさか開始一閃で斬撃符を放たれるとは思わなかったのだ。 けれど璃凛はまだ戦意を失っていない。 「でも! 簡単には負けない!」 (頭と体を使って勝たなくっちゃ。ここは、雷閃を繰り出すか霊魂砲で狙い撃つか‥‥。ううん。きっと間を開けさせては貰えない。なら、こっちも斬撃符で攻撃を仕掛けて‥‥) 瞬間に判断して、璃凛は剣を構えなおすと一気に踏み込んだ。 「良い判断だ!」 楽しそうな笑みを見せた劫光に斬撃符を放つ。 ここで怯んでくれれば、その隙を見て、と思ったのだが驚くことに劫光は少し顔を顰めただけで術をそのまま受けると、自身の剣を霊青打を込めて璃凛に打ち込んできた。 (しまった。狙いは武器?) 璃凛が気付いた時にはくるくると回りながら落ちてきた剣が地面に突き刺さっていた。 「そこまで!」 「流石先輩。参りました」 素直に頭を下げた璃凛に劫光は頷くと剣を収めた。 「術を相手にする場合必要なのは覚悟だ。避けられはしないのだからな」 「それは、術を受けてそれからどう動くか。ということ?」 「そうだ。どんな事にも共通するけどな」 「そっか。‥‥よし、決めた!」 頷いた璃凛は決心したように自分に向けてもう一度頷くと一平や劫光の前に立った。 「とっても楽しかったです。やっぱ、うちは体動かす方が性に合ってるみたいだな、というわけで体育委員会に所属します。よろしくお願いしますっ!」 「やったなのだ。ようこそなのだ〜〜っ!」 嬉しそうな声を上げた譲治に先を越されたが、体育委員達は頷くと璃凛に手を差し伸べた。 「体育委員会にようこそ」 と。 ●図書委員会と花の香り 図書委員の活動場所は図書室。 さっきまでの喧騒が嘘のような静寂の部屋であった。 「図書委員会にようこそ。お待ちしていましたよ」 耳を澄ませないと聞こえない程小さな声で言って微笑んだアッピン(ib0840)は彼等を中へと促す。 「ここは基本私語厳禁でお願いします。でないと‥‥フフフフ」 「もう! アッピンちゃん。あんまりからかっちゃダメだよ」 その様子を見ていたのだろう。手前の机の前に座っていた一人が笑いながら彼らの方を向く。 声のトーンは普通と同じだ。 「そう固くならないで。私語厳禁は本当だけど、それは他の人が本を読む邪魔にならないようにってことだから。私は俳沢折々(ia0401)。そっちは図書委員会副委員長のアッピンちゃん。で、こっちはうちの委員長の土井 貴志先輩ね」 「よろしく。図書委員会の仕事はもう解るよね。本の貸し出し業務全般と、本の修理。あとは資料作成とかが主だよ」 「貴重な本も多いので、取り扱いには十分注意です。でも、本は読まれてこそですから、どんどん興味がある本は借りて下さいね〜」 明るい二人の先輩の説明に少し緊張を思い出していた寮生達も、笑顔を取り戻す。 「あと、もう一人いるんだけど‥‥」 「す、すみません。遅くなりました」 がらんと外への扉が開いて、一人の青年が中に入ってきた。 「本がなかなか、見つからなくて‥‥。ああ、皆さん、こんにちわ。図書委員の尾花朔(ib1268)です。どうぞよろしく」 「ご苦労様〜。それで結局見つかったの?」 「はい。なんとか」 苦笑しながら朔は委員長に本を差し出した。 「ご苦労様、後の指導は任せたよ」 微笑む委員長。彼を慕い、手伝いに動く委員達。 「は〜い。お任せです」 「今日はね、ちょっと押し花とか用意してみたんだ。皆で色々おしゃべりしながらやってみよ?」 促された席に着けば一人一人にちゃんと道具が用意されてある。 「ありがとうございます」 材料を手に取った彼らは、人を追気遣う思い、さりげない優しさに感謝していた。 図書委員会の勧誘会活動は栞つくりだった。 「色々あるから好きな花で作ってみて。こっちは女郎花、こっちは男郎花かな? こっちはホタルブクロ。マツヨイグサやハギ、キキョウも可愛いよ。一種類とは決まってないから色々工夫してみて」 一人一人に丁寧に作り方を教えている。 「本当なら押し花つくりから一緒にできるとよかったんだけど、流石にちょっと時間がないよね〜」 「はい。でもとても素敵ですわ。目移りしてしまいそうです」 嬉しそうに言うサラターシャの言葉に、良かったと。折々も目を細める。 「でも‥‥お伺いしてもよろしいですか?」 「なあに?」 首を傾げてこちらを見た折々、その様子に気付いたのだろう一年も、二年も仲間達もサラターシャの方を見ていた。 「どうして栞つくりを? 図書の説明ではなく?」 「う〜ん、なんて言ったらいいのかな?図書委員になろうって人はきっと本を読むのが好きなはず。 だけど委員のお仕事は読書じゃなくて、本の編纂とかモノ作りの方も、けっこう楽しいだよね。 だからまずは何かを作ることは楽しいって気持ちをもってもらえたらって思ったんだ」 「そうですか」 「知らない世界を知ることができる。そしてそれをより多くの人に届けることができる。本の役目ってそういうもんでしょ。僕らも、そうでありたいと思うんだ」 満足のできる返事にサラターシャは頷き微笑む。 選んだハギとキキョウの花言葉は「想い」と「優しい愛情」だとさっきの先輩から聞いた。 最初から心は決めていたが、その選択の確かさを再確認した気分だ。 迷っている仲間達も彼らの言葉は、きっときっかけの一つになっただろう。 クラリッサはアッピンの指導を受けながら既に二つ目の栞を作り始めているし、カミールも本の山に目を輝かせている。 そして、暫くの後、それぞれが、それぞれに工夫した栞が完成する。 サラターシャのそれは金色の蝶を下地に、周りに小さな花を散りばめ、蔓で簡単な縁飾りを作り彩りを添えた美しいものだ。 「う〜ん、上手ですねえ〜」 「先輩達のおかげです。ありがとうございます。‥‥そしてこれからもよろしくお願いします」 紙にしみ込んだ優しい花のにおいを感じ、胸に抱きしめたサラターシャは自分の選択の正しさを感じていた。 ●保健委員会の優しさ 「‥‥もう。傷を隠しておくなんて。やっぱり一緒にいればよかった」 「こんなのかすり傷。‥‥いて! 痛い、痛いよ。静乃‥‥」 「わめかないで‥‥。終わり」 包帯を巻く静乃の手に微妙に強い力が籠っていた。 小狼は最後に叩かれた手に小さく肩を竦め、ありがとう、と答える。 組手の時に転んだ時、擦りむいた膝小僧が時間の経過と共に血をにじませていたことに気付いたのは図書委員会の見学を終え、保健委員会の保健室にやってきた時の事だ。 顔色を変えた静乃に手当てをして貰う小狼を皆、黙って見つめている。 自分達を見る優しい目に少し照れたように小狼は顔を赤らめて、自分の場に戻っていく。 静乃が救急箱を閉じるのを確認して 「委員長。よろしいですか?」 年上の先輩に目で了承を取り、真ん中に立つ女性一歩前に進み出た。 柔らかい声と態度、そして笑顔で一年生とその付添達にお辞儀をする。 「では、改めまして。副保健委員長、玉櫛・静音(ia0872)です。この度はよろしくお願い致します」 「同じく保健委員 泉宮 紫乃(ia9951)です。瀬崎 静乃さんと一緒に皆様のお手伝いをさせて頂きます。まずは薬草園にご案内しますね。すぐそこですから」 促されて歩き出した寮生達。 「保健委員会はその名の通り、寮内や広くは五行の保健衛生のお手伝いをする委員会です。なので、寮内に小さいですが薬草園があるんですよ。そこで薬膳料理などに使う植物を採取して、それから保健室に戻って香り袋を作りたいと思います。香り袋の材料はもう用意済んでいますから」 歩きながら説明する静乃に、あの‥‥と蒼詠が伺う様に声をかけた。 「迷ったり、もう決めたりしていてもいいですか?」 「勿論です委員会の決まっている方でもかまいませんよ、どうぞ聞いていって下さい。 この一本の草が、僅かな知識が、助けになる事があるかもしれませんから」 紫乃の言葉は優しさに満ち溢れていて、蒼詠の頬が少し赤みを帯びた。 やがて薬草園に着くと、そこには既に別の先輩と一人の少女が待って手を振っていた。 「待ってたよ〜。調理委員副委員長の真名よ。よろしくね。この子は凛ちゃん。一緒に野草取りと料理しましょ」 『どうぞ、よろしくお願いします』 「秋は春と比べて食べられる野草って少ないんだけど、それでもいろいろあるの。椎茸とか生姜とかもあるから良いのを選んで見てね。採ってくれたものは皆が匂い袋作っている間に食堂で料理するから」 ぺこりと頭を下げる控えめな『人形』と違い調理委員会の委員長はどこまでも明るい。 「じゃあ、始めて下さい」 静音の合図で皆、薬草園に散らばって行く。 「‥‥あ、雑草? 手入れが悪いのかな?」 木々の間に咲くアカツメクサに手を伸ばしたクラリッサを 「待って!」 静乃が呼び止めた。 「これも、雑草じゃない。っていうか、雑草って草は無いの。植物のほぼ全ては薬草か、毒草か食べられるっていうくらいだから」 「じゃあ、これも食べられるんですか?」 「うん。葉っぱは湯がいてお浸しとかかき揚げが美味しい。そして花は‥‥」 プツッと静乃はアカツメクサの小さな花袋をいくつか引き抜いた。そして口にくわえる。 「こうしてみて」 「あ、甘い」 「ねっ?」 「面白いですね」 向こうの方では真名が 「このオオバコは天ぷらにすると美味しいの。やっぱり春の方が柔らかくて美味しいんだけどね。あ、ムカゴと山栗発見。混ぜ込んでご飯にしましょう」 「私は、野菜は好かないのだがな」 「文句言わない。五行の薬膳料理、味あわせてあげるから」 招待した客達と楽しげに笑いあっている。 「う〜ん、宝の山だなあ〜。お師匠様の薬草園とは質が違って面白い」 意外にも彼方の採取の手際は良い。 「お前、妙に生き生きしてるな?」 「‥‥彼方君、山育ちだもんね」 息を切らせている清心とは対照的だ。紗々良はくすっと笑いながら見守っている。 「あれ? 蒼詠君。どうしたの?」 さっきから妙に沈んだ風の蒼詠を気遣う様に彼方が声をかけた。 返事は大きなため息だ。 「本当に悩んでいるんです。図書委員か、保健委員‥‥ああ、両方入れたらいいのに‥‥」 「ああ、そうか‥‥」 それだけ言って彼方は口を閉じた。 こればっかりは自分が口を出せることでは無い。 自分で選ばなくてはならない事だ。 何か言えるとしたら、それは‥‥ 「迷ったら、自分の一番やりたいことを胸に問いかけるといいって、前の保健委員長が言っていたよ」 先輩だけであろう。 「えっと、藤村‥‥先輩、でしたか?」 ふと背後に現れた小柄な先輩に、三人の一年生達は慌ててお辞儀をした。 それを手で制して彼、保健員会委員長藤村 左近は蒼詠の目をまっすぐ見据えた。 「自分は何の為に陰陽師になりたいと望むか、どんな力を持ちたいと思うのか。その為にはどうしたりいか。迷ったら自分自身に問いかけるんだ。誰よりも、自分の願いは自分が知っているだろ? 自分の道は誰に言われたのでもなく、自分で決める。それが後で後悔しない唯一の方法だよ」 「‥‥はい。ありがとうございました」 下を向いていた顔を上げた蒼詠はどこかすっきりとした顔をしている。 それを満足そうに見て、左近は去って行った。 「大丈夫か?」 気遣う清心に 「ありがとう。大丈夫です」 蒼詠は笑顔を返す。 向こうの方から 「そろそろ保健室に帰りますよ〜。匂い袋を作りましょう〜」 静音の呼び声だ。 「行きましょうか!」「うん」「よしっ!」 少年達は駆け出して行った。 ●調理委員会のごちそうと朱雀の志 お昼の時間を少し、いやだいぶ過ぎた朱雀寮。 「よし、料理の準備完了。後は皆を待つだけだ。ご苦労!」 学生食堂を管理する料理長はそう言うと、作業にあたっていた調理委員達にそんな労いの言葉をかけた。汗を拭う委員達。その中で委員長と副委員長は 「ふう〜。疲れたねえ〜。あんたも大変だったろう? ご苦労さん」 「まさか、保健委員会の活動から抜けてこっちに来るとは思わなかったわ。‥‥え〜っと、彼方くん?」 途中から作業に加わった一年生に、そう声をかけた。 「はい。調理委員会に参加希望です。よろしくお願いします」 頷いた彼は既に仕上げていたらしい申請書を委員長に差し出した。 「本当にいいのかい?」 確認するように問う委員長にはい、と彼は頷く。 「色々、考えたんですけど、僕は師匠の役に立てる人間になりたいんです。陰陽術だけじゃなくていろんなことを学びたい。料理も‥‥本当にできなかったし、師匠もあんまりできない人だから色々な料理を覚えたら喜んでもらえるかなあって。それに‥‥」 「それに?」 問いかけた真名に彼方は真っ直ぐな笑顔で答える。 「美味しいものを食べるって幸せじゃないですか。皆の笑顔を料理で見られるなんてすごいなあって思って‥‥」 調理委員会としてこれ以上の答えは無い。真名は彼方をぎゅうと抱きしめると頬を摺り寄せるように笑った。 「うん! いい返事! こちらこそよろしくね」 「いっぱい料理を教えてあげるよ。がんばっておやり」 「はい!」 明るく笑いあう調理委員達の後ろで、パンパンと手を叩く音がする。 「ほらほら、腹を空かせた連中がそろそろ来るぞ。配膳の準備! 出ないと一番いい所を見逃すぞ」 「さあささ、どうぞ。調理委員会のごちそうが待っていますよ〜」 耳を澄ませれば、外で呼びこみをしてくれている秋桜の声が聞こえて来る。 「はいっ!」 厨房から食堂へ。 広がって行く香りは美味しい料理と共に、人々に笑顔を運んでいく。 「は〜い。今回のテーマは秋の薬膳料理。いっぱい食べて行ってね」 「メニューはアカツメクサの葉のおひたしに、オオバコの天ぷら。ムカゴと秋の山栗入りご飯に山菜とキノコの炊き込みご飯。山菜蕎麦。冬瓜の煮物。デザートは梨のタルトと生姜の梅酢漬け。どれも殆ど五行の恵みだよ」 「面白いね、食事や料理が学問になるなんて聞いた事なかったよ。‥‥でも、なんていうか‥‥素材の味? それに野菜ばっかりだね」 「サミラさんには少し刺激が足りなかったかもしれませんね?」 「でも、どれもとっても美味しいですよ」 「ええ、ジルベリアで作れそうなものはあるでしょうか?」 「ムカゴご飯は僕が作ったんだ。僕は調理委員会に入ろうと思う!」 「そう‥‥。とっても、美味しい。今度桂名さんに、作ってあげるといい。きっと、喜ぶ‥‥」 「はい‥‥、あ。朔さん。これからどうされるのですか?」 「少し、料理にでしゃばりすぎてしまいましたが、私は図書委員会ですので。保健室に本を届けてから図書室に戻ります」 「保健室に行かれるのですか?」 「ええ、朱雀寮の委員会は皆、仲がいいんですよ」 「じゃあ、お願いが‥‥」 「腹減ったのだ〜。瑠宇も一緒に食べようなのだ」 「いいね。それじゃあ僕はタルトを‥‥」 「シータル。放っておいたようですまないな。ありがとう」 「いいえ、楽しませて頂きました。お兄様もおにぎりいかがですか?」 賑やかな笑い声と人々を幸せにする美味しい顔。 それが料理の醍醐味であり、調理委員の作る最高の作品であると調理委員長香玉は後に一年生達にそう話した。 彼らはそれに心から頷いたのだった。 お客と寮生の垣根を越えた食事会はやがて各委員会の生徒達も加え、遅い昼を超えて夜まで続いた。 「あれ? 母さんは?」 ふと気が付いたクラリッサは首を回す。 少し前までは確かにいた筈の母親は、気が付けば姿が見えない。 「お母様なら先ほどお帰りになるとおっしゃっていましたよ」 サラターシャの言葉にクラリッサは小さくため息をつく。 「せっかく来たんだからもう少し、いてくれればいいのに‥‥」 秋になってだいぶ日が落ちるのが早くなった。 周囲はもう朱色から薄紫へと空気の色が変わり始めている。 「楽しんでもらえたかな‥‥」 手に残った栞の片割れを見ながら窓の外へと呟いた声は静かに空へ溶けて行った。 「朱雀寮、ね」 朱雀の大門の前、リーゼロッテは娘から手渡された栞を見ながら小さな笑みを吐き出した。 どこかそれには自嘲も混ざっていることも知っている。 体育委員会の組手。 軽い気持ちと余裕で挑んだ旧知の開拓者は、思わぬ俊敏とそして立ち止まらない覚悟で、自分に真っ直ぐ立ち向かい、そして自分を打倒した。 アークブラストにも逃げず、怯まず立ち向かって目的を成し遂げる。 「それが陰陽師、いや朱雀寮の陰陽師の覚悟だ」 と彼は言っていた。 自分の目指す道とはどこか違う様に思うが、娘が目指す道としてはきっと悪くない。 「さて、寮長にも挨拶をしたし、帰りましょうか」 彼女は伸びをして朱雀門を出ていく。彼女が帰るべき玄武寮へ。 やがて、寮生達に見送られ来客者達も帰って行く。 「今日はいい経験させて貰った。ありがとう!」 「‥‥また、来てね」 小狼は学びえたものを胸に自分の道を歩き出し、 「招いてくれて礼を言う。面白かった」 「ステキなお土産も頂きました。この香り袋はお土産にさせて頂きましょう」 「学園生活を少し垣間見れて楽しかったです。ありがとうございます」 手作りの香り袋や栞の土産を大事に持ったアルーシュ。サミラ。秋桜も良い顔をしている。 「また来い。シータル」 「ぜひ」 「るー。また遊ぼうなのだ!」 「次は新年会かな? 頑張って勉強するんだよ」 そんな中 「今日はありがとうございました」「来てくれて嬉しかったです」 二人の男子は一人の女性に異口同音、一緒に頭を下げた。 ううん、と首を振った紗々良は陰陽寮を、そ門を眩しそうに見上げる。 「私は、こういう‥‥発表の時しか、見られない、けど‥‥先輩達は、みんな、すごく生き生き、してる。 得意な事を、伸ばしたり、苦手な事を、克服したり。同じ委員会で、切磋琢磨するのも、いいし‥‥違う、委員会に入って、弱い部分を助け合う、のも、素敵。彼方さんは、調理委員会? 清心さんどう、するの?」 二人は顔を見合わせるとそれぞれが、それぞれに答えを紗々良に贈った。 「ステキ。頑張って」 「はい」「頂いたお守りにかけて」 紗々良はもう一度花のような笑みを二人に向けると、二人に背を向けばいばいと去って行った。 彼女の胸には二人の笑顔、手の中には作った栞と二人がくれた香り袋がある。 入寮式の時、二人に贈ったお守りのお返しにと貰った物だ。 春の香り袋は季節外れの、でも甘い香りを漂わせて、少し肌寒い秋の夜風から彼女を守ってくれたのだった。 ●朱雀寮委員会 委員会勧誘祭りの後、各委員会の委員長は寮長に結果報告に訪れる。 これは、まだ二年生も一年生も知ることのないことだ。 別に知られて困ることではないが。 「女子三人が図書委員会へ‥‥。今年は、図書委員会に随分と集まりましたか」 申請書を確認した寮長にはいと頷いて、頭を掻く。 「勧誘会の出し物も良かったですし、何より知識に意欲を持つ子が多いようですね」 嬉しい反面、仲間に申し訳ない気もする。そんな表情を読み取ったのだろう。 「馬鹿だね。そんなことは気にしなくていいんだよ。うちは男の子一人。結構即戦力になりそうな感じだよ」 香玉は彼の背中をポンと叩くと申請書を差し出した。 「私の所も男子生徒さんが一人です。とはいえ、意欲は買いますがまだまだこれから、と言う感じですね」 「体育委員会は女子が一人。元気な子だから鍛えがいがあるかな」 用具委員長と体育委員長も受理した申請書を提出する。 今年の一年生の中で、まだ申請書が出ていない寮生は一人。 まだ申請の無い委員会も一つ。 「あの子が来てくれるといいね。気に入ってたろ」 少し膨れたように場から離れていた左近に近付き香玉はわしゃわしゃとその頭を撫でた。 その手を払って、ぷいと顔を背けるのは保健委員長だ。 「みんな、変に気を回す必要はないからな。二年生には恵まれてるし問題は無い。この委員会はやる気が無きゃ意味ないし‥‥。でも‥‥まあ、ちょっとは待ってる」 彼の頬には微かな期待と照れが見える。 その様子を見ながら寮長は申請書に受理の印を入れた。 「委員会活動は授業だけ、実践だけでも得られない技術や知識を学ぶところ。上級生と下級生が共に朱雀寮を楽しむ所です。皆さん、後輩達の指導をよろしくお願いします。そして朱雀寮の志を次に伝えていくように」 「はい!」 朱雀寮の新しい一年。 その本当の『生活』が、ここから始まって行く。 |