【朱雀】お化け?屋敷改
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/28 08:49



■オープニング本文

「今年の夏は暑いなあ」
「今年もだろう? でも、夏は毎年暑いが今年は例年以上だな」
 五行の街で挨拶のようにそんな会話が聞かれるようになる八月。
「そういえば、そろそろじゃないか? いつものあれ」
 町の人々が毎年楽しみにしていることがあった。
「今年もやるかな?」
「どんな風になるんだろうね?」
「楽しみだな。最近、変な輩が多くて芸人達があんまりいついてくれないからな」
 本当に楽しげに笑いあう彼らは、だから気付かない。
 背後に迫り寄る怪しい影に‥‥。
「おい! お前ら! 変な輩って俺らの事か!?」
 びくっ!!
 恐る恐る後ろを振り向いた彼らの顔が恐怖でひきつる。
 強面の男が数名、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。
「あれってなんだ? 俺達のシマで誰かが勝手に商売しようってのか?」
「い、いえ。なんでもありません!!!」
 まるで蟻の子を散らすように逃げていく人々の背を見ながら、リーダー格らしい男は鼻を鳴らした。
「ったく、まだ俺達の恐ろしさを解ってねえな? お前ら! 新しいシマで舐められんじゃねえぞ! しっかり締め付けとけ!!」
「へい!!」
 男達は去って行く。見るからに無頼の輩達。
 彼らの様子を影から見ていた一人の人物はある場所へと向かって走り出す。

 それは事が起きる一日前の事。
 未だ「彼等」の知らぬ話である。

 月に一度にして、陰陽寮朱雀の一年生にとって初めてとなる合同演習授業。
 講義室では陰陽寮寮長、各務紫郎の講義が続いていた。
いていた。
「陰陽師が使うアヤカシは周囲に漂う瘴気を集め極めて短命なアヤカシを生み出してるのです。瘴気は目に見えませんが、人の生きている場所には大抵存在します。故に術者は‥‥」
 陰陽寮に入寮して初めてに近い本格的な授業。
 寮生達の目には緊張と期待が溢れていた。

「えっと、術者は瘴気と向かい合う間は、集中を途切れさせることなく真剣に挑まなくてはならない‥‥っと」
 寮生の一人が寮長の言葉を書き止め終った時だ。
「さて、ではこの辺で演習と行きましょう」
 ピン! 音を立てるように空気が張り詰める。
 演習、つまりは術を使う授業ということだから。
「では、講義はここまで。外出の準備をして半刻後、門の前に集合」
「起立、礼、ありがとうございました!」
 寮生達はそれぞれ立ち上がると、大急ぎで準備を始めたのだった。

 そして、ここは結陣の一角。
 下町の小さな河原。
 寮生達はきょろきょろと周囲を窺っていた。
 古い平屋の掘っ立て小屋が立っている。
 その前には一人の男性が‥‥
「寮長。お待ちしてました」
「今年もお世話になります。全法寺殿」
 今まで一度も聞いたことのない名前に首を傾ける寮生に、寮長はくすりとわらって
「こちらは放下師の全法寺殿。今回の演習の場所を貸して下さいます」
 男性をそう紹介してくれた。
「演習の場所?」
 さらに首を捻る寮生達。
 その疑問を読み取って寮長は、演習の課題を発表した。
「これから皆さんにここでお化け屋敷をやって頂きます」
 と。
「えええっ!!!」
 寮生達の驚きに耳も手も止めることなく、寮長は説明を続ける。
「これから一年生は皆で力を合わせ、ここで一週間のお化け屋敷興行を行って下さい。建物は自由に使って構いません。基本的な衣服や道具は全法寺殿がご用意して下さいます」
「ああ、そう言えばそんな話を聞いたことがあります」
「私も‥‥なんとなく。確か、術を使って、ということでしたね?」
「そうです。例年一年生が最初にやる課題であり、下町の夏の風物詩になっています。勿論、術を使っての演出を許可します。但し、絶対にお客を傷つけてはなりません。また建物を壊してもなりません。これは絶対の約束です。後の事は全法寺殿に伺って下さい」
 寮長はそこまで説明して口を閉じた。
 ここからは自分達で考えて行動しなければならないということだ。

 朱雀寮新一年生にとって始めての課題、初めての実習が今、始まろうとしていた。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827
16歳・男・陰
サラターシャ(ib0373
24歳・女・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039
17歳・女・陰
羽紫 アラタ(ib7297
17歳・男・陰


■リプレイ本文

●陰陽寮朱雀の夏季実習、再び
 陰陽寮朱雀と言えば、五行が認める誇る最高学府の一つ。
 エリートが集まる陰陽集団、という印象がある。
 それはもちろん正しいのだが、その中で『朱雀』は若干趣が違うらしい。
「へえ〜。朱雀寮生がやるお化け屋敷?」
 話を聞き、青年はその目を輝かせていた。

「彼方。看板の文字、こんなのはどうかな?」
「いいんじゃないかな? で、この辺にワザと墨を垂らして‥‥」
 五行の片隅に一軒の古小屋がある。いつもは閑散とした小屋に毎年この時期、賑やかで若々しい声が響く。
「朱雀寮に入って初の実習です、頑張らないと」
 そう。毎年恒例、朱雀寮の一年生実習は、術を使ってのお化け屋敷興業なのだという。
 恒例と言っても内容はその年の一年生に任せられ毎年違う。
 今年の寮生達も数日前から準備に余念がない。
 図面を引き、看板を書き‥‥。
「冥夜も手伝ってよ‥‥。え? タダ働きはしたくないって? ダメだよ。当てにしてるんだから」
 看板書きをしていた寮生の一人が朋友の顔を掴み悲鳴のような声を上げる。
「ちょっと。笑わないでよ。彼方〜」
 側にいる仲間は仕事の手を止めくすくすと笑っている。
「しっかりした猫又さんだね」
「しっかりし過ぎて困るんだ。後で、スルメか、おまんじゅう買うからさ‥‥けちって、酒のツケ誰が払ってると思ってるの!」
 まるでどつき漫才のようだと自覚しているので、芦屋 璃凛(ia0303)は大きく息を吐き出した。
 でも、楽しい。
「この辺は大丈夫。雨漏りの反応はありません」
 友人の声に頷いて蒼詠(ia0827)は頷くと奥に向かって声を上げた。
「こっちの方、大丈夫です。お願いしまーす!」
「解りましたわ。では、布を貼り始めておきましょう。行きましょう。カミールさん。蒼詠さん。清心さん。残りもお願いします」
 奥で作業をしていたサラターシャ(ib0373)が布を抱えてやってくる。
 カミール リリス(ib7039)は沢山の板を。
「手早く進めないと時間もありませんから‥‥。何です? 外が騒がしいですね」
 サラターシャの言葉と同時、他の寮生達も気配を感じ、動きを止めた。
 外で話し声がする。一人は女声。おそらく‥‥
「クラリッサさん!」
 先頭を切って蒼詠と彼方、清心。男子三人が外に出ていく。
「みんな!」
 そこにいたのはやはり同じ朱雀寮一年生のクラリッサ・ヴェルト(ib7001)。
 両手に本を抱える彼女の前には絵にかいたようなゴロツキの男が立ちはだかっている。
「お嬢さん。逃げなさんなって。俺はちょーっと一緒にお茶しましょって言ってるだけなんだよ。ついでに軽い財布を助けて貰えると‥‥」
「お断りします。とっととお帰り下さい」
 クラリッサはきっぱりと言うなり男に背を向けた。
「何を! 大人しくしてりゃいい気になりやがって! 俺達のシマで勝手ぬかすと!」
 男が拳を上げて襲い掛かかる。そこに
「女の子に手を上げるのは頂けないねぇ〜」
「なに?」
 割って入った青年が男の手を掴むと捻じり上げたのだった。
 片手に符を持ったまま男を突き飛ばすと青年は男を睨みつける。
「やるかい?」
 男は不利だと察したのだろう。
「覚えてやがれ!!」
 個性のない文言を残して走り去って行った。
「ありがとうございました」
 青年に頭を下げたクラリッサにいやいやと青年は手を振る。
「余計な事かなとは思ったんだが‥‥ね」
 彼は苦笑交じりに頭を掻く。
「本を持っていましたし、相手をするのも面倒で。助かりました」
「俺は羽紫 アラタ(ib7297)。‥‥なあ、あんた達。朱雀寮の寮生って奴だろう? これから、ここで実習なんだって?」
「そうですが、何か?」
 クラリッサとその後ろの寮生達にも向けられた問い。答えたのはサラターシャだ。アラタと名乗った青年は少し逡巡したのち
「俺も手伝わせてくれないか?」
 そう一年生に向けて言ったのだった。
「朱雀寮にずっと興味があった。入寮も考えていたんだが試験は受けられず‥‥。だから、寮生の実習って奴を見学したいんだ。手伝えることは何でも手伝うから。ダメだろうか?」
 アラタの言葉に嘘や冗談は無いと直ぐに解った。振り返りサラターシャは多分、解りきっている返事を仲間達から待つ。
「基本は私達の実習なので。実験台とか、客寄せとかで良ければ手伝って頂いてもいいかと思いますが‥‥いかがです? 皆さん」
「別にかまわないよ」「異議なし」
「ありがとう!」
 笑顔を咲かせるアラタを仲間に加え、彼らは動き始める。
「じゃあ、準備続けよう。これ、先輩達の時の資料。外でのチラシ配りや誘導は手伝ってくれるって」
「がんばりましょう!」「おう!」
「あれ? 気のせい、かな?」
 意気を上げる彼らは気付かなかった。
 彼らを見守る眼差しを。

●お化け屋敷開店
『納涼お化け屋敷』
 血の滴るような筆文字の看板の下で
「いらっしゃいませ‥‥朱雀寮夏の風物詩‥‥なのかな? お化け屋敷実習の始まりですよ」
 ほんわりと声をかける蒼詠の背中をポン、誰かが叩いた。
「蒼詠。客引きはもっと元気よくやらなきゃ! さあ! いらっしゃい〜。誰も知らない夏の不思議の始まり始まり〜〜」
 思わず、蒼詠は瞬きする。
 そこにいるのは赤い髪、朱の瞳。紅の膚。長い角の修羅の少女。
「うわ〜。鬼だ。すご〜い。本物みたい〜」
「顔の傷もカッコいい〜」
 まずはそう言って子供達がやってきた。
 やがて大人達も集まってくる。
「璃凛さん。いいんですか?」
「何が? おお、最初のお客様だね。いらっしゃいませ〜」
 促されたのは若い男性である。
「おっし、今年は一番だ。毎年楽しみにしてるんだ。ちょっとやそっとじゃ脅かされねえぜ!」
「どうぞごゆっくり〜。実際には二番だけどね〜」
 肩で風切り入って行く男性に肩を竦めて璃凛は木戸番役のアラタを見た。
「まあ、俺はああいうの平気だから怖がらなかったけど、良くできてるから大丈夫だと思うぜ」
 ほら、と彼は手に持った棒で中を指す。
 お化け屋敷の中からは
「うわあっ!」
 客を期待させてくれる大きな悲鳴が上がっていた。

「なになに。『ここから出たければ汝の勇気を示せ』? 勇気?」
 首を傾げる男の前には見慣れない形の棺がある。天儀のそれとは違うそれは小さな部屋の殆どを占めていた。
 すぐ側に出口と思しき扉はあるが、カギがかかっていて開かない。
 周囲にカギは見つからないので
「この中にあるから勇気を示して開けろってか?」
 男性はそういうと決意したように棺の蓋を開けた。小さな虫がブウンと飛び出す。
「わあっ。びっくりさせるなよ」
 周囲をまだ飛ぶ虫を払って棺の中を見ると中には白い包帯を全身に巻いたミイラがいて手に何かを持っている。
「これがカギか? ‥‥うわっ! は、離せ〜〜!」
 鍵らしきものに手を伸ばした男性は悲鳴を上げた。いきなりミイラに手を掴まれたのだ。その手は凄い力で彼を棺の中に引きずり込もうとする‥‥。
「た、助けてくれえ!」
 男は渾身の力で手を振りほどき突然音を立てて開いた出口へと飛び込んでいく。
「‥‥掴みは上々というところでしょうか?」
 くぐもったミイラ役カミールの呟きは、けれど見えない表情が確かに笑みであると伝えていた。

 続いて彼が誘い込まれるように入った部屋は一面に石が並べられたまるで河原の様な場所。
 薄暗い部屋に風がすうっと流れていく。
 と、彼は自分の体の動きが鈍くなるのを感じた。
「か、身体が重い‥‥って、ひいっ!」
 良く見れば足元の河原には大量の手が生えており自分の足には何かがしがみ付いている?
『待って‥‥』『まってよ〜〜』
「うわあっ!」
 慌ててそれを蹴り払った男性は出口に向かってひた走る。
 だが玄関近くで座っていた骸骨の人形が突然立ち上がり、彼の方に向かってジャンプする!
『待ってって‥‥言ってるのに〜〜』
「うぎゃああ!」
 大きな悲鳴を上げて逃げ出した男性。
 彼を影からひょっこり顔を出したクラリッサはかしゃりと地面に落ちた人形を拾うと満足げに笑んで見送り
「サラターシャさん。最後はよろしく」
 奥に向けて指を立てたのだった。

 落ちてくる生首人形、こんにゃく、果ては化け猫に追いかけられた彼が最後に辿り着いたのがこの部屋であった。
 何もない部屋。けれど油断は禁物と経験が知っている。
 ゆっくり歩くと
 リン。
 時々、涼やかな音が鳴った。
 鈴の音にホッとしてすぐ。
「何?」
 白い布が目の前を通って行く。
「ひっ!」
 驚いた彼の身体は、また金縛りのように動かなくなる。
 そして肩に伸びる白い手‥‥振り返るとそこには真っ白な顔。
「うぎゃああ〜〜」
 彼は死にものぐるいという風情でお化け屋敷を脱出する。
「まったく。ホントは怖がりなくせによくやるよね」
 連れらしい女性のからかう様な声に
「うるさい!」
 声を荒げながらも
「どうでしたか?」
 蒼詠の問いかけに彼は
「こ、怖かった。でも、面白かった」
 そう答えたのだった。

●招かれざる客
 かくして陰陽寮のお化け屋敷は今年もなかなかの興行成績を上げていた。
 昨年もそうであったが、何度入っても同じでは無い何度でも楽しめる工夫がリピーターを呼ぶ。
 子供は半額のサービスもあり、受付の人形や明るい性格の璃凛に子供達のファンも多い。
「外の客引きは手伝ったげる。皆はお客さんを楽しませることに集中するといいよ」
 そう言って手伝いに来てくれた先輩達のおかげで出し物のローテーションも幅を広げられるようになっているし、木戸番にはアラタがいる。
 本当はもう受付に立つ必要もないのだが
「とりあえずは黒字決算確保。後は去年の先輩達の成績にどれだけ迫れるか、かな?」
 手帳に几帳面に収支を記録するクラリッサの足元には
「おねえちゃん。またあめちょ〜だい」
 服の裾を掴んでひっぱる小さな子が。
「だ〜め。あれはお化け屋敷で勇気と元気を出す飴なんだから」
「じゃあべあちゃんと遊んで!」
 お客の人気も高いので交代で一人ずつ出ているのである。
 と、その時。客の間から悲鳴が上がる。
「こらあっ! お前ら、良くもコケにしてくれたな!!」
 立て看板を蹴り飛ばし、入口に迫ってくる男は4人。とっさにクラリッサは子供を背後に庇い男達の前に立った。
「何か、ご用ですか?」
「さっきの女達。お前らの仲間だろ!?」
「知りません」
 きっぱりとクラリッサは言うが男達は聞く耳を持たない。
「とぼけんな! そうでなくてもこの間恥をかかせてくれた礼はまだしてねえんだよ!」
「そうだ。俺達の縄張りでこんなちゃっちいお化け屋敷なんかで稼いでもらっやこまるしな。貰うもんは頂くぜ!」
 話のできる相手では無い。
 クラリッサは本気で怒り始めていた。術で相手を‥‥と本気で詠唱をはじめかけたその時だ。
 バシャン。蕎麦の汁が零れた音がした。
 どちらもハッとした一瞬の間
「あれっ、お客さん抜け駆けは良くないな。ちゃんと、順番守ってくんなきゃ」
「ではご自分でお確かめになってはいかがでしょうか?」
 一年生達が外に出てきてクラリッサを背に庇う。
「外での騒ぎは皆様のご迷惑になりますので。もし、お楽しみ頂けなかったら料金は頂きませんし御代もお支払いしますので」
 ニッコリとサラターシャが言うと男達はたじろいだように顔を見合わせていたが
「俺達にお化け屋敷に入れと? 馬鹿にするな? なんでそんなこと‥‥」
「あれ〜。もしかして恐がりだったりして」
「お子さんも楽しめますから大丈夫ですよ。無理にとは申しませんが」
「ここ、ホントに出るから、いざって時のために私達がいるの‥‥助けるつもりはないからね?」
「お、お化け屋敷なんぞ恐いものか。よーし。つまらなかったらただじゃおかねえからな!」
 結局は中に入って行く。
「皆さん、思いっきり楽しんで頂きましょう」
 微笑するサラにそれぞれがそれぞれの思いで頷いたのだった。

 かくして中に入った男達は朱雀寮一年生渾身のお化け屋敷フルコースに、絶叫することとなった。
 ミイラに追いかけ回され、岩首が眼前に落ち、術で凍える羽目にあい。
 幻影を見せられ、金縛りにあった所を大龍符とこんにゃくのダブル攻撃を受けてというように。

 命からがら辿り着いた部屋もまた怪しくて、彼らは悲鳴を上げることなる。
 部屋中に符が張り付けられた部屋でカリカリと爪を掻く音と、怪しい猫の鳴き声が延々耳から離れない。
 やがて障子に映るのは
「お前らの命‥‥貰いうける〜〜!!」
 血まみれの化け猫の巨大な影が彼らに襲い掛かってくる。
「うわあっ!」
 その後も寮生達の遠慮と実害のない攻撃は続いて、気力と体力を奪っていく。
「くそっ! 出口はまだか?」
 やがて暗闇の向こうに明かりが見えてくる。
「出口だ!」
 走り出した男達。その眼前がまた暗くなった。そして‥‥
『自らの責は自らで購うべし!!!』
 低い唸り声と共に骸骨が天井から落下。男達の眼前で舞ったのである。
「ぎゃあああ!!」
 男達の精神はそこでプッツリ、途切れた。
 だから男達には聞こえなかったろう。
「牢屋の中で頭冷やしてみる?」
 という言葉も、沸き起こった拍手の音も。

●試験合格、そして‥‥
 興業最終日。
 終了時間直後にやってきた朱雀寮長、各務 紫郎は緊張する一年生を前にこう告げた。
「今回の実習に関しては合格とします」
「やったあ!」「良かったね」
 喜び合う仲間達の中、サラターシャは
「本当によろしいのですか?」
 寮長を見てそう問いかけた。心配そうな彼女に寮長は優しく笑って頷く。
「収支は黒字扱い。色々と工夫をして、人数が少ないのに頑張っていると報告もありました。それに何よりお客である人々の顔が何よりも今回の成果を物語っているでしょう」
 訪れたお客は殆ど笑顔で帰ってくれた。喜んでくれた。
「実は初め、術を使う事を思いつきませんでした。多くの仕掛けは工夫すれば術でなくともできると思ってしまって。術でなくてもできる事、術でしかできない事。使い方でこれ程に変わるのですね」
 サラターシャの言葉に寮長はもう一度そうですね。と頷く。
「陰陽師の術の元は瘴気です。でも使い方次第では人を楽しませることができるのだと。術は使う者の心が大事なのだと解ればこの実習は成功ですよ」

 寮生達の何人かは気付いていた。
 報告、と寮長は言った。つまり合格と報告した者がいるのだ。
 サラターシャは外に出ると深々とお辞儀をした。
 視線の先には『先輩』がいる
 ゴロツキの背後を押さえ、客寄せを手伝い、周囲で店を開き、時にデートのふりをして客として入り、時に変装して自分達を見守ってくれた者達。
「来年はどうなるのでしょうね。またここに来れるといいのですが」
 そして掃除を終え何も無くなった小屋の戸をそっと閉めたのだった。

 夏の終わりを告げるように小屋は静けさを取り戻す。
 また来年の夏、その扉が開かれるのを待って‥‥。