【朱雀】朱雀寮歓迎会
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 19人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/15 21:20



■オープニング本文

 五行の都、結陣の一角に陰陽寮はある。
 一角と言っても東西南北にある4つの寮に加え合同施設もある。
 もはや一つの町とさえ言える陰陽寮は、今年もまた新たな住人を迎えた。
 朱雀、青龍に加え、改装が終わり数年ぶりに新入生を迎える玄武。
 卒業生を送り出し、僅かながら静かであった陰陽寮は新学期を迎え、また賑やかで明るい笑顔に包まれていた。

「と、言うわけで今更言うまでもありませんが、陰陽師と言う者はアヤカシの根源と言われる瘴気を操り、再構築し使役する存在です。故に、正しき精神と理念を持って術を学び、また使うことこそが求められるのです。こと朱雀寮ではその精神と理念を強く求めます」
 新入生に対する初の講義、陰陽寮朱雀の寮長、各務 紫郎は昨年の新入生に告げたのと同じことを、今年の新入生達にも告げた。
「陰陽の術を私利私欲の為に行使して、他人を苦しめるようならそれは人の形をしていてもアヤカシと変わりありません。自分が何の為に学ぶか、何の為に力を欲するか。それを常に忘れてはいけませんよ」
 まず、自分の立ち位置をしっかりと確認せよ、と寮長が言う。
「何の為に学ぶか‥‥」
 新入生達は寮長の話を聞きながら、自分自身に問いかけているようであった。

 そんな時間が流れて暫し、
「では、本日の授業はここまでとします」
 寮長は書物を閉じて、新入生達の方を見た。
「ここからは皆さんの学び舎となる、この朱雀寮を知る見学授業を行います。朱里!」
「は〜い。みんな、こんにちは。朱里です。覚えてるかな?」
 新入生達は少し考え、そして思い出す。
「あ! 入寮式の時の人妖さんですね」
「そう。みんなの直接の世話やお手伝いをしています。どうぞよろしくです!」
 明るく笑った朱里は寮生達に向かい合う。
「これから案内しますけど、朱雀寮は結構広いし、施設もいっぱいあります。
 ここは『講義室』、他に『厨房』でしょ? 『研究室』に『中庭』‥‥『食堂』『購買部』『図書室』『物置』‥‥ちゃんと覚えないと迷子になるから、しっかり歩いてね!」
 確かに、試験と入寮式の時にざっと見ただけでも寮の広さは解った。
 ここを全部覚えるのにはかなり苦労するだろう。
 楽しみ半分、不安半分。顔を見合わせざわめく彼らの前で
 パンパン!
 寮長が手を叩いた。
「静かに! 案内は朱里と上級生が行います。彼らの指示に従って下さい。そして、陰陽寮での生活における注意点をいくつか知らせますのでよく聞きくように」
 一瞬で空気が変わる。新入生達は口を閉じて彼を見た。
「まず、案内されない場所には立ち入らないこと。特に上級生の研究室や資料室などは立ち入り禁止とします」
 彼らは躊躇いなく頷いた。
「もう一つはみだりに寮内で術を使用しないこと。必要の無い時に術を使ったり、寮生同士のトラブルにおいて術を使い相手を傷つけるようなことをした場合は退寮もありえますので注意して下さい。これは今回の見学会に限らない陰陽寮での基本事項です」
「はい」
 これにも頷く。首を横に振る理由はどこにもない。
「そして最後に、先輩である寮生の指示には原則として従うこと。勿論問題のある行動の場合は別ですが、基本的にそんな寮生はいないと信じます。後日、縦割りで行動することになる委員会活動の説明などもしますがここは学び舎。人間関係もまた勉強の一つであると思って下さい」
「委員会活動?」
 耳慣れない言葉にだけ、新入生達は首を傾げた。
「そういえば、先輩がそんな話をしてたっけ?」
 とはいえ、後日説明するとされた以上、もうその話は聞けないだろう。
 思った通り寮長は、はっきりと宣言する。
「では、今日の講義はここまで」
「じゃあ準備ができ次第、中庭に集合ね〜。起立! 寮長に礼!」
 朱里の言葉に寮生達は立ち上がり、礼をとって寮長を見送った。


 そして、同日同時刻。
「さて、二年生」
 二年担当教官。西浦三郎は進級したばかりの二年生達を集めて、こう告げた。
「今日は一年生の歓迎会だ。準備をするように」
「歓迎会? 見学会ではなくて、ですか?」
 疑問符を浮かべる寮生においおい、と三郎は肩を竦める。
「おいおい、お前達、去年の事、忘れたのか?」
 言われて彼らは『去年の事』を思い出す。
 確か、去年は汚い荷物置き場に荷物を置いて‥‥
「ああ。あの術とか使った新入生歓迎の儀式、なりね!」
 ポンと手を叩いた寮生に、そうだ。と彼は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「そうだ。毎年新入生の緊張を解す為に先輩が色々仕掛けてる。
 まあ、去年と同じことをする必要はないけど、何かはしてやってくれるといいな。
 後、夕食会の準備。余裕があれば朱里と一緒に案内をしてやるのもOKだ。しっかりやれよ!」
 入寮式からまだ一月も経っていない。
 慣れない環境で緊張しているであろう後輩達と思いっきり遊べるチャンスであるかもしれない。
「よ〜し、ここはひと肌脱いじゃおうかな?」
「脱ぎ過ぎないようにな」
 顔を合わせていろいろ相談をし始める二年生達。
 三郎は少し離れてその様子を柔らかく目を細め、見つめたのだった。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 零央(ib7337) / tocoma(ib7346) / 逢海 零(ib7364


■リプレイ本文

●一年生達
 時は八月。
 緑の木々に囲まれた陰陽寮は風も通るので比較的涼しく、過ごしやすい。
 とはいえ、やはり暑いのには変わりはなく
「暑っっついねえ〜」
 手ぬぐいで汗を拭きながら芦屋 璃凛(ia0303)は空を見上げた。
 木陰にちょっと身を隠す。
「ジルベリア出身の身としてはちょっと堪えるかな〜。でも、暑い暑い言ってもしかたないしね」
 クラリッサ・ヴェルト(ib7001)の言葉にサラターシャ(ib0373)も頷いた。
「皆もおいでよ〜。そんな真ん中にいると熱射病になっちゃうよ〜」
 手招きする璃凛に顔を見合わせて蒼詠(ia0827)と彼方。そして清心がやってくる。
 男子三人。女生徒である自分達から離れた所で集まっていたのは、やはり照れでもあるのだろうか?
「同じ寮生なんだから遠慮なんかしっこなし。仲良くやろうよ。ね?」
 なんの躊躇いもなく、まっすぐに伸ばされた手と、心。
 璃凛のそれにもう一度顔を見合わせた三人は、くすっと小さな声をあげて笑うと
「はい」「うん」「よろしく」
 それぞれの思いでその手をしっかりと取ったのであった。
「あれ? そう言えばもう一人いたよね」
 三人と三人。いち、に、さんと数を数えていたクラリッサがあれ? と首を傾げる。
「ああ、カミールさんですね」
 サラターシャが思い出したように言う。カミール リリス(ib7039)。
 アル=カマルからやって来たと言う黒い肌の少女が、確かにいない。
「迷ったのかな? それとも一人で先に行っちゃった?」
 心配そうに顔を見合わせる一年生達の後ろから
「やっほ〜。なのだ! 皆、揃ったなりか?」
 元気のいい声が聞こえる。平野 譲治(ia5226)と陰陽寮の人妖朱里がそこにいる。
「‥‥あの、まだお一人来ていなくて‥‥。もう少し待って‥‥」
 躊躇いがちに蒼詠が問いかけた時
「おーい。ジョージ。朱里セニョリータ。遅くなってすまねえな。っと」
 後半の蒼詠の声を遮らんばかり、賑やかな声が走ってきた。
「喪越(ia1670)。遅いのだ! 何をしてたなりか? ‥‥あ、あれの準備なり?」
 譲治は声を潜めて喪越を手招きする。喪越も彼の意図が解るから声を潜め答えた。
「‥‥まあな。荷物運びは終わったから向こうの後は青嵐(ia0508)にお任せだ。奴もけっこうノリノリで‥‥って、およ? 一人足りねえな? ってことは、さっき見かけた子はやっぱしあれか?」
 首を捻った喪越に一年生達は顔を見合わせると
「どこにいました!?」
 いきなり詰め寄った。
「け、研究室の方だぜ。一人でうろちょろしてるから変だと思ったんだが‥‥」
「直ぐに迎えに行きましょう!」
 一人で走り出さんばかりの彼方を
「まあ、待って」
 璃凛の手が押さえ、止めた。
「ちょっと、いいこと、考えたんだ」
 そう言って、彼女はニッコリと、楽しげな笑みを浮かべたのだった。

 さて、カミールは別に迷っていたわけでは無かった。
 ただ、集合場所に行く過程でたまたま見つけてしまったので寄っただけ。
 そして、皆で見学すると言うのを忘れてしまっただけだ。
「ここが一年生研究室。どんなところだろう? 失礼しま〜す」
 そっと扉を開けて中に入る。
 一年生は全員中庭に集まっているので、中には当然誰もいない。
「うわぁ、見たことの無いものが多いな〜」
 いくつかの書物、筆記用具、不思議な壷。白紙の符、宝珠。カミールには全てが珍しく感じていた。
「これは宝珠? 何に使うんだろう? 先輩方に声かけておけば良かった」
 自分が知っているものとは違い過ぎる品々。興味はあるが使い方が解らない。
 その時、カミールは始めて自分が一人であることを実感した。
「試験の時の先輩誰だったんだろ? 名前聞くべきだったな。あの三人と他のみんなもどうしてるかな〜」
 ぼんやりそんなことを思った時だった。
 ガタン! ガタタタン!
 大きな音がして扉が閉まった。外に人の気配は確かにするのに、誰だかは解らない。
 そして扉が開かなくなる。押しても、引いても‥‥。
「あれっ、開かない?」
 カミールの顔が血の気を失う。このまま自分は一人になってしまうのか。
 思うだけでも悲しい思いが胸に広がる。もう一度扉に張り付いた。
「開けて! 皆の所に行くん‥‥だ・から!!」
 渾身の力で扉に手をかけた瞬間。
「わああっ!」
 いきなり扉が開いた。行き場のない力と身体が地面に転がる。
「やっほ! 大丈夫?」
 床を見上げるように見つめたカミールの顔を璃凛が見つめる。
 周囲には同級生と、腕組みをした人妖。その時彼女は思い出した。
 見学会の事と、自分の今の姿。
「酷いじゃ無いですか、ボクは、ボクは許せない」
 パッと飛び起きると顔を朱くしながらカミールは激昂し、璃凛らに食って掛かる。けれど
「寂しかったんですから」
「だったら、一人で行かないで」
 璃凛はカミールに笑いかける。
「みんなと、一緒に。ね? 皆、待ってたんだよ。君のこと」
「縁あって、同じ一年生となったのですわ。仲良くさせて頂けると嬉しいです」
「抜け駆けは、ダメ、だ・よ」
 自分を包み込む少女達の優しさ、自分を見つめる少年達や先輩達の暖かさにカミールは自分の頬が朱くなるのを実感していた。さっきとは違う不思議な温かさで。
「もっと、気軽に話しかけて下さい。これから一緒に勉強していくのですから」
 知らない国、知らない人々。
 そこから自分を守る為に、一歩を踏み込めないでいた彼女の中に逆に踏み込んで、手を差し伸べてくれる人達がいる。
「は、恥ずかしいですあんなに取り乱してしまって」
 カミールは頭を下げると今度は自分から仲間達をまっすぐに見つめた。
「改めてボクからお願いします。どうぞよろしくお願いします」
 返されたのは勿論、一片の曇りのない笑顔達であった。

●陰陽寮案内
「んっ! 仲良きことはいいことなり。自らの足で歩む道、初心はここなりよっ!」
 寮生達の行動にここまで口を挟まず見守っていた譲治は腕組みを解いて、満足そうに笑う。そして大きく手を空に上げた。
「さっ! 全力で準備っ! 案内っ! いくなりよーっ! 準備はいいなりか〜っ!」
「おおっ〜!!」
 先頭に立って声を上げた璃凛のノリに合わせて他の寮生達も手を上げる。
 いい感じに盛り上がってきたところでこれも今まで沈黙を守っていた喪越が声を上げる。
「おっ、いよいよ案内開始だね。それならこの職歴豊富なフーテンのもっさんがガイドのイロハを教えねばなるまい。何事もつかみが大事。さあご一緒に――右手に見えますのは〜右手でございま〜〜す」
 パキッ!
 音がしそうなくらい凍りついた一年生。
 上がった手も降りてこない。
 それを満足そうに見つめて
「よっし、一気に冷房も聞いたところでジョージに朱里セニョリータ。後は任せた。俺は準備の手伝いに行くからよ。またな」
 喪越は手を振り去って行ってしまった。
「しょうがないなりねえ〜。っとじゃあ冗談はこの辺にしてホントに案内はじめるなり。あ、ちなみにここは研究室。おいらたちはあんまり使わなかったけど術道具でいろいろ勉強する所なり。術道具の解説はまた今度だれかがしてくれるなりよ」
 そう言うと譲治は廊下に出て、中の一年生達を手招きして出て行ってしまった。
 一年生達は顔を見合わせると慌てて小さな先輩の後を追う。
「えっと、譲治‥‥せんぱいに朱里‥‥さん?」
「んゆ? 慣れぬならどう呼称しても構わぬのだっ! さぶろーもそう言ってた!」
『私も朱里と呼んでいいですよ。寮生みんなのお世話役なのです』
 少し緊張していた寮生達も明るい二人の笑顔に、ふとホッとした気分になる。
「んじゃ、譲治。次はどこにいくの?」
 璃凛の問いに、ん? 答えた譲治は勿論、と言葉を続けある場所で立ち止まった。

 がらりと扉を開けると中を一年生達に譲治は指し示す。
「陰陽寮と言えば、まずここなり。‥‥図書委員の皆さ〜ん。失礼しますなのだ〜」
「わあっ」
 思わずそんな声が漏れ出る。
 その部屋は古い、墨と紙の匂いが広がる静寂の部屋、であった。
「ここは図書室! アヤカシっ! 皆の絵っ! 術っ! 料理っ! なんでもあるなりよっ!」
「譲治くん!」
 入り口近くに座っていた人物の一人が静かに、だが厳しく声を上げる。
 しまった、と言う表情で肩を竦める譲治に向かって別の一人が譲治の方に寄ってきた。人差し指を口許にあてて、笑んでいる。
「いらっしゃい。ここは図書室その1です。一年生用の書庫なので皆さんは自由に使ってもいいですよ。
 図書は原則持ち出し厳禁、図書室内での私語も厳禁。貸し出しの時は司書か図書委員まで。ちなみに私は図書委員のアッピン(ib0840)です。向こうにいるのは俳沢折々(ia0401)ちゃん。どうぞよろしくです」
「自由に中を見てもいいよ。でも、他の人もいるから静かにね」
 折々の言葉に一年生達は三々五々、本棚の海に散って行く。
「やっぱり勉強するって言ったらここだし、本の中には私の知らない知識がいっぱいあるからね」
「色々な種類の本があるのですね。貸し出し手続きはどうしたら?」
 クラリッサやサラターシャも興味津々の様子である。
「凄いです。専門書がこんなに‥‥」
 蒼詠は一冊一冊を手に取る。瘴気やアヤカシの事に関する本だけでも本棚一つ分以上がある。
「この中なら、あるでしょうか?」
 彼には思う事があった。先日兄の友人が瘴気感染によって身体を侵される事態があったのだ。
 幸い手当てが早く事なきを得たが、今は専門家でなければ対処できないこれを陰陽師がなんとかすることはできないだろうか?
 これだけ本があれば、何か手がかりになるようなものがあるかもしれない。
「あ、あれは『瘴気の原理とその応用?』もしかしたら‥‥」
 手を伸ばそうとするがその本は本棚の最上段にあった。
「と、届かない」
 がっくり、肩を落とす蒼詠の前に
「はい」
 本が差し出された。
「これ?」
「あ、ありがとう。彼方君」
「どういたしまして」
 本を受け取りながら、彼はああ、と息を大きく吐き出す。
「どうしたんです?」
「前途多難だなあと思って」
 目の前の彼方は12歳、もうじき13だと言っていた。なのに身長が蒼詠と頭一つ違う。
 理想の体型が目の前にあると思うと仕方ないと解っていても、少し落ち込んでしまう。
 彼方は蒼詠が何にそこまで落ち込んでいるかは、多分理解していないだろう。けれど
「大丈夫ですよ」
 そういう言葉には何故か説得力がある。悩み、苦しんだ者しか得られない何かが、ある。
「僕だっていつも開拓者の方に迷惑かけてばっかりなんです。たくさん勉強して早く一人前になって皆の役に立てる陰陽師にならないと」
 一緒に頑張りましょう。
 彼方の目はそう言う様に微笑んでいる。
「そう、ですね‥‥僕、頑張る。‥‥です」
「おい、彼方。そろそろ行くみたいだぞ」
 本棚の奥で迷っていた二人を迎えに来たのだろう。
 声をかけた清心の呼び声に頷いて、そっと手を握り合って彼らは歩き出した。

 ここは保健室。ツンとした薬草の香りが部屋の中に溢れている。
 本当であれば見学予定には入っていないか後に回すところであったのだが
『もう、ダメだよ。図書室は私語厳禁だって言われてたでしょ。他の使用者もビックリしてたでしょう?』
「すみません」
「ごめんなのだ」
 朱里に注意されながら璃凛と譲治は治療を受けている人物に頭を下げた。
「大丈夫ですか? 紫乃先輩」
 気遣う璃凛に大丈夫、と泉宮 紫乃(ia9951)は微笑む。
「軽い手首の打ち身だけですから。明日には痛みも引きますよ。心配はいりません」
 治療をしている保健委員の副委員長、玉櫛・静音(ia0872)がそう言ってくれたので二人も胸を撫で下ろしたようだった。
「何かあったの?」
「図書室で鬼ごっこしちゃったらしいですよ。ぶつかって本棚の本を少しくずしちゃったとかで」
 アッピンにも怒られたので、もうこれ以上怒る必要はないだろう。軽く息を吐き出してから朱里は静音の方を見た。
 はい、と頷いて静音は説明をする。
「ここは保健室です。陰陽寮内で怪我をした時などはここで治療を行います。大きな病の時などは治療のお手伝いをすることもあります」
「怪我って‥‥治癒符とかがあるんじゃないですか?」
 一年生達の素朴な質問に静音は一度だけ深呼吸をして答える。
「術に頼ってばかりでは身体の持つ力は弱まってしまうでしょう? 原則、寮内で訓練、授業以外の術使用禁止の規則もありますが治療の術を学ぶのは陰陽師として無駄にはならないのですよ。怪我人の治療をするのは保健委員会の務めです」
 かつて譲治と紫乃は顔を見合わせ、くすりと笑った。
 去年、先輩から教わった言葉を今度は自分達が後輩に伝える。こうして思いは伝えられていくのかもしれない。
「では、私はこれで。静音さん。治療ありがとうございました」
「あ、先輩。本忘れてますよ。『夏の星座』?」
「すみません。では、私は急ぐので」
 クラリッサに差し出された本を、アッ、と言う顔で受け取った紫乃は慌てて部屋を出ていってしまう。
「なんでしょうね?」
 首を傾げる後輩に今度微笑するのは静音の方だった。
「後で解りますよ。と、早く他所を回った方がいいのではありませんか?」
「いけないのだ! 夕方までに案内を終えるように言われてたのだ!」
 思い出したように譲治は立ち上がり一年生達を促す。
 彼らが退室して静かになった部屋の中で静音は
「今年も賑やかになりそうですね」
 手早く救急箱への薬の補充を始めたのだった。

 購買室、倉庫などを一通り周った寮生達が辿り着いたのは広い、どこまでも広い部屋だった。
 一面に畳が敷かれ、いくつかの間仕切りと壁際の机。そして隅に積まれた布団以外の者の無い部屋。
「ここは、仮眠室! ここの布団あったかいなりよっ!」
 ニコニコ笑顔の譲治の言葉に首を捻る一年生達に朱里が補足する。
『陰陽寮は通学が基本だけど、研究とか、イベントとかそういうので帰るのが遅くなったりしたらここに泊まっていいの』
「よく、みんなとここで団子になって寝たりしたのだ。楽しいなりよ〜」
 これだけ広くて見通しの良い所であれば男女の枠など必要ないのかもしれない。
 テーブルの一つには自由に飲めるお茶のやかんとカップ。
 そしてメッセージノートも置かれている。
 オープンで明るい朱雀の気質が見えてくるようだと一年生達もなんだか嬉しくなってくる。
『これで、一通りの案内は終わりね。厨房は以前使ったし、食堂はこれからって、あれ?』
 言いかけて朱里は首を傾げる。指を動かす仕草は何かを数えて‥‥
『一人足りない。サラターシャさんは?』
「えっ?」
 言われて彼らは慌てて周囲を見た。
 確かに一人足りない。
「もしかして、逸れた? いつの間に?」
「もう暗くなってきます。早く探さないと!」
「じゃあ、一回りしたら日が暮れる前に見つかっても、見つからなくても食堂の前に集合で」
「はい! 行くぞ。清心」
「俺に指図するな!」
 朱里達が止める間もない。一年生達はカミールも含めて全員が分担を決めてあっという間に動き出してしまった。
『いいチームワークだね』
「うん。きっといい仲間になれるのだ。おいらたちみたいに」
 余計な口出しはいらないだろう。
 案内役の二人は少し早く終わった仕事と一年生達の優しさ、その両方を称えるように片目を閉じて微笑んでいた。

 陰陽寮の中には緑が多くて木陰も多い。
「あの辺が居心地良さそうですね〜。今度、図書室で本を借りたらあの辺で読んでみたいです」
 サラターシャはそんなことを考えながらうっとりと、美しく整えられた陰陽寮の庭を見つめていた。
 集合場所であった中庭は実習訓練場も兼ねているとのことだったので、少し殺風景であったがあちらこちらに芝生や木陰があって、所々にベンチも用意されていてうっとりしてしまう。
 だから、だろうか?
「あら?」
 サラターシャは自分の現状に気付いた時、目を瞬かせた。
「皆さんは? いえ、ここは―――何処でしょう?」
 気が付けば、周囲には見知った顔どころか、誰もいない。
 ぼんやりしているうちに逸れてしまったようなのだ。
「困りました‥‥」
 周囲はゆっくりと薄紫に染まっていく。今日の案内で陰陽寮がとんでもなく広いのは解った。
 闇雲に歩いて目的地に着ける自信は無い。
「どうしましょう‥‥」
 不安のあまり知らず胸の前で手を合わせたその時だった。
「‥‥あれ? キミは」
 聞き覚えのある声に サラターシャは顔を声の方に向けた。そこには本を抱えた寮生が立っている。見覚えのある顔‥‥。
「貴方は、試験の時の‥‥」
 彼女はサラの声に小さくこくんと頷き手を顔の横に上げる。
「二年生の瀬崎 静乃(ia4468)‥‥よろしく。で、どうしたの? 一年生は‥‥見学中じゃなかった?」
「それが‥‥皆さんと逸れてしまったようなのです。ここがどこなのか、どちらに行ったらいいのか、皆目見当もつかず‥‥」
「どこに行く予定だったの?」
「仮眠室だと。それから食堂にとのことでした」
「解った‥‥こっち」
 何の迷いもなく静乃が指で弧を描いた先に歩いていくので、サラターシャは小走りで後を追う。
「案内、して下さるのですか? どこかに行くご予定だったのでは?」
「別に。急ぎの用事でもないし。気にしないで」
「ありがとうございます。あ、あと試験の時は案内をして下さってありがとうございました」
「それも気にしないでいい。合格、おめでとう」
「ありがとうございます」
 もう一度丁寧にお辞儀をしてからサラターシャは改めて、自分の前を歩く『先輩』を見た。
 自分の方が確実に彼女より年上。
 でも、確かに彼女は『先輩』だと感じずにはいられない何かを持っているようだった。
 その背中を追いながらサラターシャはふと、先輩の事を知りたくなった。
「あの、ちょっと伺ってもいいですか?」
「答えられないこと以外なら。なに?」
「先輩も瘴気についての研究をなさっているのですか? よかったらお聞かせ下さい」
「一年生は実習が主だったから、本格的な研究は多分、これから。二年生のオリエンテーションで術応用とアヤカシ研究に選択授業を分けた所‥‥」
 彼女は本当に知っている限りのことを答えてくれた。多弁な方ではないであろう彼女はけれど、解り易く自分達の体験を話してくれる。
「委員会活動と言うのはそういう意味もあるのですが‥‥もっと詳しくお話を‥‥」
 興味は尽きず、もっと話を聞きたいと思ったが静乃の足が止まって、サラターシャの方を見た。
「な、なんでしょう?」
「話は、また後で。ほら、お迎え‥‥」
「えっ?」
 静乃がまた弧を描く。その先には
「サラターシャさーーん!」
 自分に向かって走ってくる人影がいくつも。
「皆さん!」
「もう、心配したんだよ」
「でも、暗くなる前に見つかって良かった」
 自分の手を取る仲間達。その輪の中でサラターシャは静乃に礼を言おうと振り返った。
「先輩‥‥」
 けれど、もうそこには誰の姿もない。
「皆も探してるから、早く行こう」
 強く引かれた手に逆らわず、小さく会釈だけ残してサラターシャは去って行く。
 その様子を影から見守っていた静乃の肩に後ろからぽん、大きな手が乗る。
「お疲れさん」
「にぃや」
 声をかけてきた劫光(ia9510)を静乃は振り返ってみた。
「本を返しに行ったんじゃなかったのか?」
 劫光の顔は笑顔。彼女の返事は多分、聞かなくても解っている。
「本を返すのはいつでもできる。ちょっと図書委員に怒られればいいだけ」
「いい子だな」
 劫光の手が静乃頭に移動し、くしゃくしゃと髪をかき乱す。
「さて、あの様子だとそろそろ連中が来る。戻れるか? 静乃」
「うん」
 先を歩く劫光の後を、本を抱えたまま静乃は追いかけていく。
 その顔に満面の花のような笑みを咲かせて。

●地上の星
 最後の目的地、食堂に到着した一年生達は食堂に入ることができなかった。
「は〜い、真名(ib1222)よ、よろしくね。一年生の皆さん。ちょーっとこっちへおいでませ」
 食堂やその奥の厨房からいい匂いが漂って来るのに、そこに入ることを禁止され、彼らは少し離れた場所へと誘導された。
「ここで、少し待っててね。私がいいって言うまで、移動しちゃダメ。中に入ってもダメ」
 そう言い残して、真名はどこかに行ってしまった。
 厳重に戸じまりがされ、暗幕までかかって中の様子が伺いしれない部屋の前で立ち尽くす事暫し。
「ここって、講堂の筈、だよね。何があるのかな?」
 クラリッサがどこか不満げな声を上げたその時だった。
「は〜い、用意ができたって。中に入って」
 真名が手招きする。寮生達は促されるままに中に入った。
「ちょっと暑いかもしれないけど少しだけ、我慢してね」
 窓という窓が閉じられ、黒い布で覆われた部屋は真っ暗で、確かに少し、ムッとする。
 しかし中に入った途端、優しい音楽と
「わあっ!」
 それを超えて余りある美しさが、彼らの頭上に広がっていた。
「これは、星、ですか?」
 暗がりの中、小さな穴が開いた布から、僅かな明かりが漏れ出ている。
 それが星のように見えていた。
「そう、皆で作った小さな星空。いかが?」
 声をかけてきたのは声から折々だと解る。
「うん、キレイだね」
「とても、美しいです‥‥」
 徐々に暗闇に慣れてきた目で見れば、頭上に広がる満天の星はただ、布に開けられた穴だけではないことが解る。
 夏の空を可能な限り再現してあるのは、きっと資料を参考にしたのだろう。
 さっき、先輩が持っていた本はこれだったのかと、クラリッサは思った。
 天井近くからいくつもの竿灯の様なものが吊るされている。いくつもの穴が開いており灯りが漏れ、それが布に移って星を演出しているのだ。
『苦労したんですよ。床からだと光源が弱すぎて天井に光が届かないのでいろいろ考えて‥‥』
「あ〜、朔と苦労してたもんね〜」
 労う様な声は真名で、苦笑するような声は青嵐だろう。
 苦労していたと称された尾花朔(ib1268)は劫光と笛を奏でている。
 しかも、時間の経過によって光が移動する。布の向こうで何かが動くのを感じるから、人魂か何かで穴を塞いで演出しているのかもしれない。
「すごい‥‥術で再現してるんだ。綺麗‥‥」
「本当に、夢みたいです」
 寮生達は言葉無く空に見入っている。
 二年生を中心とした上級生たちの手作りの人工夜空。
 それは本物の空には及ばないかもしれないが、人の手から生み出されたからこそ感動をもたらすこともある。
 陰陽術の根源は瘴気、アヤカシの元となる力だ。
 けれど、竿灯の中の光もおそらく夜光虫。故に炎などよりも美しい光を放つ。
 そして多すぎもせず、少なすぎもせず緩やかに動き、踊る夜光虫は実際の星では見られまい。
「術って応用次第でこんなこともできるんだね」
「陰陽術は、相手を傷つけるばかりじゃない。人を守り、楽しませることもできる。感動しました」
「僕も‥‥人の為になる術を使えるように、なりたい」
 少しでも見逃す事の無いように、心に焼き付けるように、朱雀寮の一年生達は身動き一つせず、その星空を見つめていた。

●輝く日々の始まり
「それじゃあ、改めて朱雀寮の新一年生を歓迎して、かんぱ〜い!!」
『「「「「「「「「「乾杯」」」」」」」」」』
「「「「「「「乾杯〜!」」」」」」」
 夜更けの食堂で、寮生達は全員で高く掲げた杯をぶつけ合う。
 冷やされた飲み物が、喉を潤してくれる。
 飾り付けられた部屋と並べられた料理は上級生たちのもてなしであると聞きながら、自分達には知らされず、突如始まった歓迎会を一年生達は驚きながらも楽しんでいた。
「あれはね〜、毎年恒例の新入生歓迎の儀式なんだ」
 乾杯の音頭を取った折々が寮生達に明るく笑いかける。
「毎年恒例で、新入生の緊張を解す為に上級生が趣向を凝らすのだと言われてる」
「去年の私達はね、アヤカシが出るぞ、ってお化け屋敷みたいなので脅かされたのよ。今年は劫光の発案。‥‥無骨と見せかけてたまにこういう提案を出してくるから侮れないのよ。流石筆頭」
「元、だ。今年の主席は折々」
「ま、主席も次席もあんまり関係ないと思うけどね。でも二人とも給仕姿。似合ってるよ」
「ありがと。紫乃ともお揃いなのよ。劫光。まだメインディッシュがあるの。運ぶの手伝って」
「はいはい。ったく、こき使ってくれるぜ」
「文句言わない。あ、紫乃。凛、こっちに飲み物を‥‥って、何してるの? 朔? メイド服なんて着て」
「‥‥紫乃さん、真名さん。その‥‥これは‥‥」
『朔‥‥さん。みんなに、楽しんで貰えるかも‥‥って。凛と、お揃いだよって‥‥』
「凛さん! ‥‥可笑しいですか?」
「いや、似合ってるけどさ」
「せめてあれくらいにしておいた方が良かったんじゃないかって思うよ」
「ここは一つ、俺の麗しい艶姿をお目にかけようか。イッツ・ショータイム! 麗しの花魁道中だ〜〜」
『いや、あれを見習うのはどうかと思いますが‥‥』
「あれはあれで、良いと思いますが? 似合っていますし」
「‥‥似合い過ぎなのが‥‥問題」
 明るく笑いかけながら漫才のように会話を躍らせる二年生や三年生達。
 その奥に深い信頼が見えるようで、璃凛は微笑みながらも大きな息を吐き出している。
「良いよな、譲治‥‥先輩は」
「なんなのだ? 一体?」
 はぐはぐと、料理を口に運んでいた譲治がふと、その手を止めた。
「うち見たことないんだ親の顔。先輩、達は家族がいるんでしょ。その上、毎日こんなに賑やかで‥‥」
いつも明るい璃凛の顔が心と共に下を向いている。
「璃凛‥‥」
「姉さんに合わなければ、割り切れたのに‥‥」
 ぽつんとテーブルに雫が落ちた。
「こんな話し辛気くさいよね。ごめん」
目元を手で拭う璃凛。
それを見ないふりをして譲治は、
「何を言ってるのだ? 璃凛はもう朱雀寮の家族なりよ。家族の前で何を言おうと問題なしなのだ」
「家族?」
 そう、と頷いて譲治は璃凛をまっすぐに見る。
「寮長も言ってたなりよ。寮の生徒は仲間にして、一つの家族。って。取り戻せないものは確かにあるなりが、新しく作ることは絶対にできるのだ!」
「新しい、家族‥‥はは、ハハハハハ。そうだね」
 璃凛の口から勝手に笑い声が零れてくる。璃凛はそれを止めようとせず零れるに任せた。
「そう言えば、うちにも家族がもういたっけ。風絶は、ともかく冥夜なんて言うだろここ」
「風絶? 冥夜?」
「あ、甲龍と猫又。猫又が相棒なんて変かな?」
「無問題なりよ。猫又どころか、鬼火玉や土偶ゴーレムだっているなり」
 賑やかな宴は、やがて寮長や講師も巻き込んで夜遅く、ずっと遅くまで続いていた。

 やがて宴がお開きを迎え、深夜を超えた夜を寮で過ごそうと仮眠室に向かおうとした時、
「青嵐先輩」
 静かな声が一人の人物を呼び止めた。
『なんです? クラリッサさん?』
 呼び止められた相手は新入生の名前を呼ぶ。
「さっきの宴で喪越さんが、先輩は人形繰りも上手って言ってました。影絵とかも綺麗に操ってましたよね」
『まだまだ修行中、ではありますが‥‥それが何か?』
 真剣な相談だと解っているから、青嵐は茶化さずに受け止める。
「聞きたいことがあるんです」
 クラリッサは青嵐をまっすぐ見て
「傀儡操術には少し自信があるんですけど、もっと上手くこの子を操りたいんです何か‥‥コツってありますか」
 そう問いかけた。
『人形遣いのコツですか‥‥?』
 難しい質問だ、と青嵐は思う。
 彼女が抱きしめている人形が、クラリッサのパートナーなのだろう。
 おそらく、大事な人形だと解る。それをもっと上手く操りたいと言う気持ちは青嵐にもよく解った。
 けれど、一言で言えるわけもなく、彼は思考を巡らせた。
 ふと思い出すのは昨年の先輩の顔‥‥そして。
『「何を望んでいるか」を考えてみた事はありますか? 人形の意思、心を感じられますか?』
 彼は自分なりの答えの欠片を口にした。
「人形の、心、ですか? この子の?」
 ええ、と頷いて人形を優しい眼差しで見る。
『その心を汲み上げ、繰るのです』
 意味がよく解らないと言う顔で首を傾げるクラリッサを
『今日はもう遅いから休みましょう。大丈夫。時間はたくさんあります』
 指と行動で促して、青嵐は前を歩いた。
 大丈夫、だと青嵐は思う。
 彼女は理解し、自分のモノとするだろう。
 今は理解できなくても、きっと。
 彼は優しい後輩を、その意思を心の底から信じていた。
 頭上に星が輝く。
 自分達が作った星空のように、彼らを見守っていた。

 皆で同じ屋根の下で眠り、夢の中でさえ楽しい一夜が終わる。
 そうして夜が明けると、また朱雀寮の一日が始まる。
 仲間達と共に過ごし、学ぶ輝く日々が‥‥。