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■オープニング本文 その恋は決して許されないものであった。 片やジェレゾの有力ではないけれども、名家と呼ばれる家の跡取り息子。 天儀への留学を許され、将来を期待された騎士。 片や五行の陰陽師。 小さな村の期待を一心に背負って陰陽寮での学問を修めた娘。 故郷に戻り、その村の人々を救い守ることを望む真摯な心の陰陽師。 二人は偶然に出会い、そして恋に落ちた。 互いに一目で運命を感じたと言う邂逅は、決して時の長さだけが恋をはぐくむのではないと知らせる。 けれど。 二人の恋は許されるものでは無かったのだ。 「ジルベリアに来てくれ! 僕の花嫁として迎えたい」 けれど彼女は静かに頭を横に振る。 「ごめんなさい。私は‥‥私を今まで育て、愛してくれた人達を、捨てていくことはできないわ‥‥」 零れる涙。 その涙は、哀しいまでに美しい。 青年は重い運命を背負い、それでも一途に前を向く、娘の真っ直ぐな思いを愛した。彼女と共に歩み、助けたいと思い願う。 けれど、彼もまた背負うものを持っていた。 『ジルベリアの民は全て大帝のもの』 それが、彼の骨の髄まで叩き込まれた故郷の掟である。 一般人ならともかく、貴族の、しかも跡取りである自分が国を離れたらその類は家族にまでも及ぶだろう。 子の無い貴族の家に養子として迎えられて二十年近く。 弟が生まれても隔てなく育ててくれた両親の期待に応えるべく志体を持たぬ身としてできる限りの努力してきた。 留学も、その努力を認められてのものだ。 彼女を愛することは家族、国、今までの自分、全てを捨てること。 だが、諦められない。 あの少女の瞳が、心が、涙が今も、彼を支配する。 一体どれほどの回数、彼は杯を重ねたのだろう。 「おかわり!!」 明らかに身なりに似合わぬ下町の酒場で、酒をあおり続ける青年は容易に目立って、竪琴を引いていた吟遊詩人も騎士も、周りの客も意識を向ける。 とはいえ、やっかいごとに関わるのは勘弁とワザと目視は逸らす者達の多い中、しかし、もう青年は昏倒寸前であった。 このまま意識を手放してしまえば、場末の酒場のこと。 どうなるかは解りきっている。それが解らないほどの人間でもないだろう。 けれども彼の心も身体も、もう動かないようであった。 眠りに逃げようとした彼は 「どうしたのですか?」 「えっ??」 だが、その直前。かけられた柔らかいアルトの声に顔を上げる。 「何か悩み事がおありなら誰かに話してみませんか?」 目の前に心配そうに覗き込む顔がある。若い吟遊詩人である。 その顔も、瞳も初めて見るモノであるのに何故か彼には、不思議な思いを感じずにはいられなかった。 「なるほど」 その吟遊詩人。ユーリと名乗った人物は声がなるべく他人の耳に入らないようにと竪琴を弾きながら頷いた。 「では、もしよろしければお手伝いをしましょうか?」 「えっ?」 「私も色々と考え思うところがあるのです。貴方を助けることはその答えを見つけ出すきっかけになるかもしれません。‥‥ただ、確認したいのは貴方の覚悟です。本当に全てを捨てる覚悟はおありなのですか?」 目の前の青年をまっすぐにユーリが見つめる。 その瞳は彼が今まで忠誠を誓ってきた主と同じ色で、ウソを許さないというように彼を射抜く。 青年は心に問うた。 貴族としての今までの人生、家族、故郷。今まで大事にしてきたものが流れ過っていく。 けれど、それら全てを凌駕して彼の胸を支配するのはあの娘の微笑み。 「後悔は‥‥しません。全部を捨てても、僕は彼女の笑顔があればそれでいい!」 彼の声は小さいけれどはっきりと、ユーリには聞えた。 「ならば、駆け落ちのお手伝いを致しましょう」 微笑むユーリは彼の耳に何事かを告げるが 「それじゃあだめだな」 いきなりの背後からの声に二人は身を固くした。 「あ、貴方は?」 二人の背後に気配もなく現れた男性はアルベルトと名乗って二人の計画に待ったをかける。 駆け落ちに成功したとしても、いずれ追っ手がかかる。逃亡生活では幸せにはなれない。 ではどうすれば、という青年の問いに、アルベルトはニヤリと笑ってみせた。 「俺に考えがある」 アルベルトは秘策を授けた。その策を聞いたユーリの瞳が輝く。 「どうして‥‥どうして力を貸してくれるのですか」 「さあな。ただの世話焼きってとこか。あんたと同じように、な」 アルベルトはユーリに片目を瞑って見せた。 それから暫くして長身の吟遊詩人がギルドにやってきた。 ユーリと名乗るその青年はかつて開拓者に助けられたことがあるという。 その事に礼を言った上で、 「また、私の友人を助けては貰えないでしょうか?」 とジルベリアの貴族が一人、密かに天儀に渡りたいと願っていると告げたのだった。 「彼はある事情から表だって天儀に行くことはできません。なので、辺境の村で密かに身を隠しているのです。彼を待つ人がいる五行まで連れて行ってあげて欲しいのです」 「表だって天儀に行けない、ってまさか犯罪者とかってことじゃないだろうな?」 「違います!」 青年は首を横に振った。 「ただ‥‥これから犯罪者となる、という意味で言うならそうかもしれません。 『ジルベリアの民は全て大帝のもの』 ジルベリアはどんな事情があっても無許可の貴族の国外脱出を許しませんから。追っ手がかかる可能性もありますし」 「ギルドは犯罪の手助けはできないぞ」 青年もそれは解っているというように頷いて一通の手紙をテーブルに置いた。 「でも、私は時に思うのです。人は誰でも自分の運命を自分で選ぶ権利があるのではないか、と。自分の人生は自分のものであると」 「お、おい!!」 「だから、もし私と同じく思う方はこの手紙を見て下さい。よろしくお願いします」 そう言ってユーリは去って行った。 きっと友人が待つという辺境の村に向かったのであろう。 手紙にはおそらく、今回の件の詳細と待ち合わせの村の場所が書かれているに違いない。 係員は伸ばしかけた手を握り返して残された手紙を見る。 今回の依頼そのものを受けることに別に問題はない。 けれど‥‥この依頼を受けることで何かが起きるような、そんな気がしてならなかったのだった。 そしてジェレゾのある家で当主は息子の残した手紙を握りしめ、悲鳴にも似た声を上げた。 「レオナルドを追え!!」 落ちた手紙の最後はこう結ばれていた。 『親不孝な私をどうぞお許し下さい。 私は、私の信じる道を行きたいと思います。‥‥命を懸けても』 ユーリとアルベルト。 今は名前さえ知る者は多くはない二人。 ここに、二人は邂逅を遂げた。 この邂逅がやがて巻き起こす嵐を、まだ知る者はいない。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
トゥルエノ・ラシーロ(ib0425)
20歳・女・サ
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●依頼の裏表 昔、あるところに一人の青年がおりました。 ‥‥彼は本来の生まれは末端貴族。没落寸前だった家の援助と引き換えに跡取りの無い貴族の夫婦に引き取られたのです。 名門貴族の跡取りとして厳しくも愛されて育った日々。しかし、それは数年後、家に諦められていた弟が生まれてから一変しました。 表向き彼は跡取りとして、隔てなく育てられました。 けれど、感じます。 言葉にならない思い。自分に向けられるものとは違う弟への願いを。 だから彼は本当に努力を重ねました。 貴族の跡取りとして恥ずかしくない人間になろう。 やがて彼は志体を持たぬ身ながらその才能を認められ天儀への留学を認められ‥‥そこで一人の女性と出会いました。 「貴方が本当にしたいことは何? 貴族の跡取りとして生きることが本当に貴方の望みなの?」 天儀で出会った陰陽寮で学ぶ娘、綾森 桜は彼にこう言ったのです。 彼は桜に問いかけました。 「君こそ、陰陽師として以外選べない人生を呪ったりはしないのかい?」 彼女は答えました。 「私は、私の意思で陰陽師になりたいと願うの。大好きな人を守る力が欲しいから、大好きな人の笑顔を守りたいから」 その言葉に彼は思いました。自分は貴族の跡取りとして本当に生きたいのだろうか。と。 心の応えはいいえ。 彼には本当は別にやりたいことがあったのです。貴族の跡取りとして生きるよりもっと好きな事も。 それに気付いたと同時に彼は自分がそれを思い出させてくれた娘に恋をしているとも気付いたのでした。 ‥‥表向き開拓者達が受けた依頼はあるジルベリア人の五行渡航を助けると言うものである。 だが、その依頼には裏がある。 彼らが依頼人であるユーリ・ソリューフから託された書類にはその裏の事情が全て書かれてあった。 「なるほど‥‥。そういうことなのですね」 依頼を受けた仲間皆にそれが伝わったことを確認すると、アレーナ・オレアリス(ib0405)は読み上げた手紙をそっと手近な蝋燭に近付け燃やした。 「確かこの桜さんというのは陰陽寮に属する三年生と聞いたことがあります。今年卒業はした筈ですが陰陽寮の生徒さんに手を出すとはなかなかやりますね」 黒い灰と煙がたなびく中、微笑するアレーナにフンと八十神 蔵人(ia1422)は鼻を鳴らした。 「まったくボンボンの考え方は甘いというか単純やな。おしかけてヒモにでもなるつもりかいな?」 「そんなことはないと思います。逆に相当の覚悟がないと国を捨ててまで、とは考えられません」 青年を庇うようにフェンリエッタ(ib0018)は蔵人に反論するが、多分、その辺は蔵人も解っているのであろう。 「でも、愛する人と簡単に添い遂げられないなんて、ジルベリアも生き辛い国ね‥‥」 トゥルエノ・ラシーロ(ib0425)が吐き出すように言った言葉にこくりとリディエール(ib0241)も頷いた。 「ジルベリアの全ては大帝のもの‥‥。でも、全ての人の心は、各々自身のものだと‥‥私も思うのです」 念の為に言うのなら「ジルベリア人の外部流出」が禁じられているので、他所からジルベリアに来る分にはそれほど問題は大きくならないらしいのだがそうもいかない事情もある。 「家、家族の為よりも、自分の心の為に‥‥ということですか。‥‥凄いな」 「何がや?」 小さな御調 昴(ib5479)の囁きが耳に入ったのだろう。問いかける蔵人に昴は目を閉じた。 「僕は、家の為に尽くす事も、はっきりと自分の意思で道をいく事も出来なかったので‥‥、全てを捨てても、というその選択が正直、凄いなと思って‥‥」 「今回哀しませる方が多い事は事実です。ですが、大切と想う人と添い遂げられない事も不幸だと思っています。皆さんも、そうでしょう? だからここにいる」 フェルル=グライフ(ia4572)の呼びかけに開拓者達は明確に頷いたわけでは無い。だが、沈黙はある意味何より雄弁な肯定である。 「‥‥命をかけて、なら私達も命を懸けてそれを果たす。行こう? お手伝いに」 促して歩き始めた柚乃(ia0638)の後に開拓者も続く。 これから行う事はある意味ジルベリアでの犯罪加担である。 けれど、開拓者達は依頼を受けた事を後悔する気はなかったのだった。 ●覚悟の旅立ち 「用意はできたか?」 部屋の中に入ってきた蔵人は、フェルルに促されて現れた娘を見てひゅう、と口笛を鳴らす。 「少々ごついが、まあまあのできやな」 天儀装を身に着けた「娘」はフェルルとアレーナのメイクで黙っていれば十分に女に見える。 「よもや女装が嫌とかは言わんよなあ?」 「勿論です。桜の元に行く為なら、僕はなんでもします」 変装前と同じ目と決意で答える女装の青年レオナルドに、開拓者達は満足そうに頷く。 「今頃、偽装を担当して下さってる方々が、レオナルドさんが気鬱に陥り、アヤカシ退治に向かっていると偽装して下さっている筈です」 「それで、かなり目は誤魔化せる筈ですが、念の為、その服装は五行に着くまでは解かないで下さい」 「いや、恋人に会う直前まではそのままでいた方がええかもな」 「はい‥‥」 「レオナルドさん」 開拓者の言葉に真剣に頷く青年の手をお守りと共にフェルルは、両手でぎゅっと握りしめた。 「人は一人じゃありません。運命を拓く力はその方自身はもちろん、仲間や大切な方との間にも生まれる、私そう信じています。だから、安易に命を捨てたり、望みを叶える為にアヤカシの手を借りるようなことは決してしないで下さいね」 「絶対に‥‥死んじゃだめなの」 開拓者達の言葉に彼は再びはい、と頷く。 「僕は、今まで生きていなかった。彼女と生きる為に、僕は生まれ変わるんです」 彼の決意は、ここに至るまでに確かめた。自分の知識で恋人の村を助けたいと言う。 騎士としての技術や知識の他、植物の育成にも造詣が深い彼は確かに役に立てるだろう。 なら後はもう、開拓者に言う言葉は無い。 「そいじゃま、せいぜい後悔せん程度にガンバレや、苦労はこれからやで」 「行きましょう。私の事はアリアンとお呼び下さい」 「乗り込む飛空艇では、多少働いて貰うかもしれないけど‥‥いいよね?」 「では急いで。っと天儀とは勝手が違いますからね。足元に気をつけて下さい」 促され気が急く様に小走りになるレオナルドを軽く諌めながら、しかし、彼らもまた急ぎ足で行動を開始したのだった。 ●消えた青年 一つ、開拓者達が勘違いしていたことがあった。 「この辺で、思いつめた顔をした貴族の青年を見なかったか?」 心配そうな顔で周囲を探す彼らにリディエールは、少し躊躇いがちに頷いた。 「はい、お手伝いを頼まれまして、合流する予定だったのですが、目的の場所に現れて下さらず私もどうしようかと‥‥」 「僕もそうです。少々遅れてしまったのですが、どうやら待ちきれずに先に行かれたらしく‥‥」 昴の答えに 「そうか」 隊を指揮する男性は大きく息を吐き出した。 「やはり吟遊詩人の言ったとおりレオナルド様は一人でアヤカシ退治に出向いたのか」 「まったく無茶をなさる。志体も持たないのにアヤカシ退治など自殺行為だ‥‥。解った。感謝する。行くぞ。森を調べるんだ」 慌て去って行くその人物達がレオナルドを探す貴族の追手であることは確かなようだった。ただ、 「彼らは駆け落ちをしようとする彼を探しているのではありませんね」 「どうやら、あの方々は『一人でアヤカシ退治に向かった』レオナルドさんを探しているようですね。何故?」 「それは、そう彼が書き残してきたかららしいわ。考えてみれば馬鹿正直に駆け落ちする、なんて残してくる必要はないわよね」 首を傾げて問うたリディエールにトゥルエノは後で、そう知らせた。彼女は依頼の前に今回の件について徹底的に調査をしたのだ。 「レオナルドって本当は政治よりも自然科学の分野などで、人を助ける生き方を望んでいた。親は『開拓者のような生き方をしようとしている』と心配したらしいの。案外恋人のことなんか、彼らは知らなかった、のかもね。後は向こうの開拓者達がちゃんと動いてくれれば‥‥本当、大した『策士』達ね」 「向こう? よく解りませんがならば‥‥こちらで目を逸らせておけば、ジェレゾに向かった方達の方はノーマークで逃げられる可能性が高い、ということですね」 くすっと笑ったトゥルエノはリディエールに頷く。 「ええ、彼らが目撃されなければ、だけどね。早くフェンリエッタと合流して、作業の続きにかかりましょう。昴。遺品の方は?」 「もう、ユーリさんから受け取っていくつか森に配置してあります」 ユーリは依頼開始後は裏方に徹している。おそらく『向こう』の依頼の人物と連絡を取っているのであろう。ならば‥‥ 「彼女もいるし、きっと大丈夫」 後は情報で、レオナルドの『自殺行為』に説得力を付けるのみだ。 「覚悟があるのならなんでも出来るわよ。頑張ってね‥‥」 トゥルエノは空を見上げる。遠い世界に旅立とうとしている青年。決して聞こえはしないだろうけれど、届くと信じた言葉を放って。 後日、レオナルドの捜索にあたった者達は、 「申し訳ありません。レオナルド様を発見することはできませんでした」 主人の前でそう頭を下げたという。 「あ奴は、本当にアヤカシに喰われたと言うのか?」 悔しげな主人におそらく、と頷いて彼らはいくつかの品を差し出した。 「これは、宿に残されていた日記でございます。酒で多少汚れてはおりますが心を決めたものの本当にこれでいいのか、と迷う様子が綴られておりまして‥‥」 「確かに、これはレオナルドの手だな。あ奴、そこまで悩んでおったか」 日記をめくる父親の目に涙のようなものが浮かんでいる。 「レオナルド様を最後に目撃したらしい吟遊詩人も、山にお一人で入って行くのを見たと申しておりました。元々は開拓者も頼んでいたようですが‥‥」 『酷くお悩みの様子で、同行者が遅れていると知り、一人で先に行かれてしまったのです。もっと、強くお止めすれば良かった‥‥』 悔恨と悲恋のエレジーを紡ぐ彼女の言うとおり山に入って行くと合流できなかったと悔やむ開拓者に出くわした。 そしてさらに奥ではアヤカシ退治をしていたという開拓者達が、見つけた品を渡してくれたのだ。 血の付いた剣、破れた服、マント、請われた装飾具、そして‥‥酒の入った水筒。 「馬鹿な奴め‥‥。それほどまでに強く思う事があるのなら家から自由にしてやってもよかったのに」 寂しげに顔を伏せた彼は、一瞬だが、確かに我が子を思う父の顔をしていた。 けれど、直ぐにその顔を上げて貴族の当主の顔で部下に指示を出す。 「レオナルドの葬儀の準備を。私は王宮に出向き、後継者の変更をお知らせしてくる」 「はっ!」 こうして一人の青年がジルベリアから姿を消した。 将来を期待されていた青年ではあったが、彼がいなくなっても国は何一つ変わることなく動いていくのであった。 ●二人の未来 「やっと‥‥着いた」 船は無事天儀に到着した。 「油断は禁物です‥‥それにしてもなんだかドキドキしますね‥‥」 ジェレゾで無事、船に乗ってからはスムーズな運航で柚乃とレオナルドは五行の都に降りる事が出来た。馬を手配し目的の山奥の村まで 「でも、念の為、恋人さんの所に着くまではその恰好のままでいて下さいね。蔵人さんも‥‥言っていたでしょう?」 「はい、解っています‥‥。でも、私は‥‥」 念を押す柚乃に頷いたレオナルドは裾を翻すと馬に跨り、早々に鞭を入れた。 「待って下さい!」 柚乃は急いで後を追う。 彼の心にあるのは、きっともう彼女だけなのだろう。と思いながら。 そして、ジルベリアの酒場。 開拓者達。 「無事、恋人の所に辿り着けたのかしら?」 「そりゃあ、大丈夫やろ、っつーか、あれだけやってやったんや。だめやったらそれは、あいつの運がそっちに向いておらんかった、ちゅーことやろ」 「あとは成功を祈るだけですね」 声を潜め、顔を見合わせる開拓者達。そのテーブルに、 トン、トントンと食事や飲み物、酒が乗せられる。 「これは、頼んでいませんよ」 アレーナは眉を上げるが困り顔の店員に変わって 「私からです、守護天使の皆さん」 アルトの声が優しく笑って席に着いた。 「皆さんのおかげで彼の追手は彼が死んだと思ってくれているようだと報告がありました。ありがとうございます」 「ユーリさん‥‥」 開拓者は依頼人の言葉に安堵の息を吐き出す。 だが、と同時気になることを確認するように問いかけた。 「あちら側の開拓者は真相を知らなかったのか?」 「アルベルトさんが、お話しているかもしれませんが。あの方がいなければ私の甘い考えでは彼を本当に助けることはできなかったかもしれません。まだまだ、未熟です」 軽く頷いてユーリは開拓者の杯に酒を注ごうとする。 「ユーリさん」 フェンリエッタはそれを断ってユーリの目を見つめた。 「貴方の事は叔父様から伺っています。心を生かし自ら道を選んでこそ、人は他の誰でもない己を名乗れると私は思います。罪を犯してもレオナルドさんを助けようと思った貴方。貴方はどんな運命を選びたいと思っておられるのですか?」 けれどユーリはただ微笑して立ち上がる。 「いまは、まだ何とも言えません。自分自身でもよく解っていないのです。ただ、ある思いが胸に渦巻いているのも事実。それの行き場を見つけたい、とは思っています。今回の出会いで、その行き場への道が少し、見えた気がするのですが」 「レオナルドさんにも言いましたが、アヤカシの誘いに乗り苦難を解決する事だけは、絶対にしないで下さいね。人は、一人では無いんです」 背を向けたユーリはフェルルに、開拓者に小さくお辞儀をして去って行った。 彼女らの思いが届いたかどうかは解らない。 開拓者はここに。けれど、心は遠く仲間と二人を思う。 「どうか、お二人の行く先に、水の精霊の加護があらんことを‥‥」 リディエールの思いは小さく、だが確かな言葉として紡がれ、夜の星空へと消えて行った。 そして柚乃は帰路、幾度目か、胸に輝くあの光景を思い出す。 『レオ! 本当に貴方なの?』 『僕は、生まれて初めて自分の為に願うよ。君と君の村を守り、共に生きたいと‥‥』 ジルベリアで待つ仲間達にそれを伝える為に。忘れないように心にしっかりと刻み付けて。 「アルベルトさん」 全てが終わって後、 「あの二人、幸せになるといいなあ」 ユーリは優しい目で空を見上げる彼の名を呼んだ。 「一つ聞いて頂きたい話があるのです。戯言と笑って頂いても構わないのですが‥‥」 短剣を握り締めたユーリと、その目を見つめるアルベルト。 二人の間に風が巻き起こる。 静かに、確実に、流れて行く。 ある未来に向かって。 |