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■オープニング本文 ●陰陽寮入寮式 先日、陰陽寮が三寮にて執り行われた入寮試験とそれの合否も次いで個々に通達がされれば、次に執り開かれるのは入寮式。 その前に補欠含め合格の通知受けた者が一同に揃い結陣にある知望院に集められれば、五行が王の架茂 天禅(iz0021)を前に、陰陽寮へ入寮するに当たって一種の儀式とも言えるだろうそれに臨んでいた。 「‥‥先ずはこの場にいる皆へ、自ら望み入寮を果たした事に対し我は祝辞を贈ろう。おめでとう」 その場に介し、居並ぶ陰陽師は五行の中枢担う者に各寮の寮長もいて架茂の存在だけでも十分な重圧は刻が過ぎるごとに重みを増すが、当の王はと言えば気にする筈もなく平然と口を開いては新たな寮生達を半ば睨む様な厳しい表情こそ浮かべながらも祝辞を紡ぎ。 「形式ばった挨拶は好かん故、長々と面倒な事は言わん。入寮した以上、生まれも育ちも気にはせん。ただこれからの三年は純粋に力を、知恵を養い蓄えろ。そしてそれをどの様な形であれ寮を巣立ってから後、五行の為に、我の為に捧げろ‥‥故に励め」 だが次いで響いた言葉は先の発言より威圧的且つ一方的なものであり、場に介する新たな寮生達はそれぞれに思う事こそあったが‥‥寮生達の戸惑いなど気にする筈もなく架茂はさっさと身を翻しその場を辞すれば、その後を継いで傍らに控えていた陰陽師が皆の前へ進み出ると、これからの予定を皆へ告げるのだった。 「王の挨拶は以上となります。以降はそれぞれが属する寮の予定に従って赴き、入寮式に臨んで下さい。その仔細については実際に確認して貰うと同時、必要な手続き等は全てそちらにて行いますので必ず遅参はしない様に‥‥それでは、これからの三年間が皆さんにとって掛け替えのない時間になる事と、そしてこれからの五行を支える重要な存在になって貰える事も祈念してこの場は閉じます。それでは、解散」 ●朱雀寮入寮式という名の宴会、もとい食事会 式の緊張から解放された新入生の前に一人の青年がスッと音もなく進み出た。 「新入生の皆さん、入寮おめでとう。自己紹介の必要も無いでしょうが改めて。 私が朱雀寮を預かる寮長を拝命します各務 紫郎(iz0149)と申します。どうぞよろしく」 黒髪、黒い瞳。長身に眼鏡。 厳しい印象だけを持つ青年は眼鏡を軽く上げると、目の前の新入生を一人一人見つめている。 そして、彼は小さく微笑するとパンパン。手を大きく鳴らしたのだった。 新入生達に更なる緊張が走る。 「では、これから皆さんを寮に案内します。 皆さんが三年間を過ごす寮です。そう固くなる必要はありません。 気持ちは楽に持つといいでしょう。 入寮する者は、学費、身の回りの品、そして‥‥告知してあるから持ってきたであろう自分の好きな食材を持って付いて来て下さい。今日は付添いの方の立ち入りも許可します。通常は原則立ち入り禁止ですよ」 寮長の言葉に新入生達は顔を合わせつつ、自分が持ってきた荷物に手を当てる。 陰陽寮の入寮式という式典に似つかわしくない「これ」はやはり持ってきて良かったのか? と。 入寮式に先立ち届いた入寮案内には確かに記されていた。 【朱雀寮 入寮案内 朱雀寮合格者は以下のものを入寮式当日持参すべし。 学費 身の回りの品 (筆記用具その他 学業に必要と思われるもの)‥‥料理用品(貸し出しあり) 好きな食材 調味料など。 また可能な限り人魂のスキルを活性化させておくこと】 何故に食材が入寮式にいるのか、と。 思う気持ちが顔に出たのか。言葉に出したわけでもないのに寮長はさらりと「答える」。 「朱雀寮の入寮式は伝統的に、皆で食事会を行う事になっています。先輩たちもいろいろ用意をしていますが、皆さんにも一人、一品作っていただくのでそのつもりで」 食べる物、選ぶ料理はその人を表すと彼は言うのだった。 「また食事会の後、それぞれ自己紹介の場を設けます。人魂はその時に使うといいでしょう。まあ別に人魂でなくても構いません。同級生は勿論、先輩も共に同じ寮で一年以上を過ごす相手。自分を知って貰いまた相手を知る機会だと思って頑張って下さい」 寮長が目をやる先では、何やら賑やかな笑い声や音がしている。 楽しそうな様子がここまで伝わってくるようだ。 「先輩達も色々と歓迎の用意をしているようですね。新しい仲間を心から歓迎しますよ。さあ、行きましょう」 そう言って差し伸べられた手、招き入れられた新たなる世界。 今年、新たに選ばれた朱雀寮寮生達はその一歩を、今踏み出そうとしていた。 |
■参加者一覧 / 星鈴(ia0087) / 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 神凪瑞姫(ia5328) / 紗々良(ia5542) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) |
■リプレイ本文 ●陰陽寮入寮式 その日、知望院の門は大きく開かれ、全面的に開放された。 この門が開く日はそう多くは無い。 選ばれた者を祝福するように空も蒼く美しく輝く。 今日は年に一度の陰陽寮の入寮式が行われる日なのである。 「主席なんてうちらしくないし‥‥、けど悔しい。自分が使う値だったなんてなー。サラと彼方はすごい」 「サラ、とは私の事でしょうか?」 ぶつぶつと考え事に耽っていた芦屋 璃凛(ia0303)は 「わっ! ビックリした!」 背後からかけられた声に驚いて後ずさった。 振り向いた後ろには金の髪、紫の瞳。落ち着いた美しさを持つ女性が立っている。 「あ‥‥っと、ここにいるってことは貴女も陰陽寮の新入生ってこと、だよね。ひょっとして、サラターシャ(ib0373)さん?」 指を指し目をぱちくりとさせる璃凛にはい、とサラターシャは頷いた。 「サラターシャです。どうぞ、サラと呼んで下さい。それと‥‥どこかでお会いしておりましたでしょうか?」 サラの問いかけがさっきの自分の呟きに由来すると気付いて、璃凛は慌てて手と首を横に振る。 「‥‥あ、そうじゃないんだ。今年の主席、だよね? スゴイな〜って思って。それに言われる前に勝手にサラって呼んじゃってた。ゴメン」 謝る璃凛に今度はサラが手と首を横に振った。 「いいんです。お気になさらず。私が主席などということは信じられませんが、一生懸命頑張って行きたいと思います。仲良くして頂けると嬉しいですわ」 「もちろん! よろしくね。サラ!」 何の躊躇もなく差し出された笑顔と、手。 「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」 それをサラもまたしっかりと受け止めたのであった。 サラが皆さん、と言うとおり陰陽寮朱雀の合格者は二人きり、では勿論ない。 「今年の合格者は‥‥十人と聞きましたが‥‥女性の方が多いみたいですね」 カバンをしっかりと抱えた蒼詠(ia0827)は周囲を見やり小さくため息を吐き出した。 可愛らしい女性の群れははたから見ているといいものであるが、中に入る男としては大変なものがある。 外見から見れば可愛い女の子に見えることが多いらしいが蒼詠はれっきとした男子であるから。 「他に、男の子はいないのでしょうか‥‥!」 きょろきょろと周囲を見ました蒼詠はふと、その一角に目と耳を止める。 男子二人が、何やら言い争っているのだ。 「だから! お前の為なんかじゃないって言ってるだろ!!」 「相変わらず素直じゃないんだから。とにかく僕はけっこう嬉しいんだよ。清心と一緒に勉強できるの」 「そうじゃない! 僕はただ‥‥、っておい。彼方!」 ケンカをしているのかと思ったがどうやらそうではないらしい。蒼詠が近づいてくるのに気付いたのか二人は会話を止めると体の向きを変えて蒼詠を迎えるようにこちらを見た。 思っていたより急展開だが、彼は大きく深呼吸を一度すると深々と頭を下げた。 「はじめまして。僕、蒼詠と言います。今年、陰陽寮朱雀に入寮を許可されました。男子は少ないですが一緒に頑張りましょう」 顔を上げると二人の少年達。その顔は満開の笑顔を浮かべている。 「よろしく! 僕は清心と言います。陰陽寮白虎にいたのですが、訳あって朱雀に編入したんです。こいつは彼方。山奥暮らしの世間知らずでお人よしの馬鹿ですが、根は悪い奴じゃないんで仲良くしてやって下さい。一緒に頑張りましょう」 「清心! 初対面の同級生にその紹介はないだろう? ‥‥僕は彼方です。まあ、清心の言う事は間違ってはいないんだけど‥‥お師匠様や皆の役に立てる人間になりたいと思って陰陽寮に入りました。よろしくお願いします」 二人の少年達は礼儀正しく蒼詠に挨拶した。気持ちのいい少年達。多分自分の方がきっと年上だけど (彼らとならうまくやって行けるかもしれない) 「よろしく!」 蒼詠は笑顔で彼らの前に一歩を踏み出したのだった。 「‥‥えっと、式会場はこっちの筈‥‥?」 式典開始少し前、会場に辿り着いたクラリッサ・ヴェルト(ib7001)は不思議な雰囲気の女性を見つけ、目を瞬かせた。金の髪、青い瞳。黒い肌の女性がニコニコと妙に明るい笑顔で何かを見ている? 「しょっぱなからなかなかいいものを見せて貰ったかなあ〜」 「何をしておいでなのですか?」 「わっ! 何もしてませんよ。別に美少年が並んでいていい光景だなんて全然‥‥、あの、貴方は?」 「はじめまして。私はクラリッサ・ヴェルトと言います。陰陽寮朱雀に入ることになった一年生です。貴女もそうでしょうか?」 丁寧な挨拶を受けて、緊張したのだろうか、急に口ごもるような様子を見せた女性は、だが意を決したように手を握り締め頭を下げた。 「ボクはカミール リリス(ib7039)です。どうぞ、よろしく」 「カミールさん。どうぞよろしく。それで、一体何をしていたんですか?」 あまりにも真っ直ぐない問いに、どう返そうかと思案していた丁度その時。 式典の開始を知らせる声が響いた。 周囲が静まり返りやがて場は一人の人物を迎える。 式典の開始、それは新しい生活の始まりでもあった。 ●自分を作り表すということ 知望院での式典が終わり、新入生達はそれぞれの寮長に促されそれぞれの寮へと向かって歩き出した。朱雀寮の入寮生を案内するのは寮長の各務 紫郎(iz0149)である。 無言で歩く彼の後を着いて行くこと暫し。 入寮試験の時に通った朱色の門は彼らの前にそびえ立つように現れた。 「ここは朱雀門と呼ばれています。文字通り朱雀寮の入口です。まずは入寮手続きを取って下さい。全員の手続きが終り次第中に案内します」 寮長が指し示す門の下では 「は〜い、新入生さんはこちらにどうぞ〜」 紅い髪の少女が元気に笑って手を振っている。手伝い役は二年生であろうか? 「あっちの赤い髪の子は‥‥もしかして?」 「ふ〜ん、人妖さんが受付か〜。陰陽寮らしいね」 新入生達はそれぞれに調達してきた学費を取り出し、入寮の手続きをしていく。 全員が終わったと思われるところで 「朱里」 寮長が目くばせする。朱里と呼ばれた少女は頷いて 「はい、これどうぞ」 そして朱里と名乗った人妖は新入生一人ひとりに小さな飾りを手渡す。 炎の鳥、朱雀を象ったそれはブローチと呼ばれるものであった。 「胸に付けて下さい。それは朱花。朱雀寮生の証のようなものです。無くしちゃ駄目ですよ!」 それとほぼ時を同じくして 「付添いの方やご父兄の皆さんはこちらにどうぞ〜」 外で待っていたらしい新入生の付添いや来賓客も門の中へと招き入れられた。 「あ、星鈴(ia0087)。姉さんも。来てくれたの」 手続きを終えた璃凛は門の内側で待っていた星鈴と神凪瑞姫(ia5328)を見つけると真っ直ぐに駆け寄った。 「相棒の入寮式言うことやし、このめでたい日や。こなあかんやろ」 「これは土産。皆で食べてくれ」 「わっ!」 瑞姫が無造作に差し渡した包の重さに璃凛は思わず荷物を取り落としかける。 風呂敷包みの中には大きな西瓜が六個。 「もうっ。‥‥姉さん、ありがとう」 「「ん?」」 二人は異口同音に声を上げ、首を傾げた。いつもと微妙に違う璃凛の様子に気付いたからであるが、それは一瞬の事。 「さあ、あっちいこうか? なんだか、これから皆で料理をするんだって。サラも行こう!」 友人に声をかけ笑顔で二人を手招きする璃凛の姿に、それ以上問い詰めることをするのは止めることにして小走りに璃凛の姿を追って行ったのだった。 蒼詠と雑談していた二人の少年達は、そう声をかけてきた優しい声に振り返る。 「彼方さん、清心さん、元気?」 「「紗々良(ia5542)さん!」」 そこに在ったのは幾度も自分達を助けてくれた尊敬し、憧れる開拓者の姿だった。 「お祝いに‥‥駆け付けたの。彼方さんは、念願の入寮、おめでとう。‥‥試験、間に合って、良かったね」 くすり、と小さく笑う紗々良に彼方は顔を赤らめて俯く。最後の最後まで騒ぎを起こして助けられたことが恥ずかしくなったのだろう。 「清心さんは‥‥寮、移ったって聞いて、びっくり、した。でも、あの清心さんが、「友達の為に」って言えるように、なったのね‥‥すごく、嬉しい」 「べ、別に僕は、そういう意味じゃなく、ただ‥‥、その‥‥」 もう一人の少年の顔も真っ赤だ。まるで姉のように優しく見守る紗々良の視線と、二人の少年達を見て蒼詠はちょっと羨ましいと感じていた。二人は以前からの友人であると言う。自分は二人の仲に入って行けるだろうか? そう思った時、彼方は急に何かを思い出したように手を叩くと 「蒼詠君!」 強く蒼詠の手を引いた。 「紗々良さん、紹介します。僕らの新しい友達。蒼詠君です」 「あ、よろしく、お願いします」 一欠けらの躊躇いもない眩しい笑顔と言葉に包まれた蒼詠は胸が暖かくなるのを感じていた。 「よう! クラリッサ!」 「あ、劫光(ia9510)さん!」 クラリッサは顔見知りの友人がかけてくれた声に可愛らしく笑み返す。側にいたカミールは彼に会釈をする。 彼の胸にあるのは貰ったばかりの自分達と同じ朱花。しかし朱雀の目の色が違うから、彼は先輩なのだろう。 「合格おめでとう。リーゼロッテは玄武に行ったんだってな。いいのか?」 気遣う様な劫光の眼差しにクラリッサは小さく頷く。そうか、と笑って劫光はその手で彼女達の頭を撫でた。 「朱雀の指導は暖かみがある、だから信じられる。俺だけの意見じゃないと思うぜ? 今度は俺達が伝えていくさ」 「ありがとう。よろしく、先輩」 照れたように笑うと劫光はサインを切って少年達の方へ行く。その背中を見送りながら 「あ」 クラリッサは声を上げた。 「どうしたの?」 「手加減ってなんのことだったのか、聞くの忘れた‥‥」 「?」 カミールが首を傾げた時、パンパン。手を叩く音が聞こえた。空気が引き締まる。 「さあ、用意は良いですか? そろそろ行きますよ。朱里、アッピン(ib0840)。彼らの案内を」 「は〜い」 「解りました。じゃあ、皆さん。こちらへど〜ぞ。ちなみに私は図書委員会です。図書室でまったr‥‥書物に興味のある人は遊びにきて下さいね〜」 「あ、アッピン。抜け駆けはずるいぞ。クラリッサ。彼方や清心も体育委員会に来ないか?」 「委員会?」 なんだか真剣な目の委員達を 「委員会の勧誘はまた後日にして下さい。では、会場に向かいますよ」 寮長が軽く諌めた。頷く劫光は一歩下がり、彼らは「会場」に向かって歩き出したのだった。 始めて入る陰陽寮、朱雀の『中』 資料室、研究室、講義室、実習室、ホールさえも素通りして、彼らがまず案内されたのは 「いらっしゃーい!」 多くの人がひしめく台所であった。 あまりの人数にちょっと驚いているであろう後輩達を美しい朱雀の人魂が出迎え、手を止めて一人の少女が笑いかける。 「今年の新入生の皆さんね。私は調理委員会の真名よ。よろしくね。賑やかでしょ。朱雀寮は食べる事と宴会が皆好きなのよ。今日も、たくさんごちそう用意してるから楽しみにしててね」 見れば確かに沢山の料理が作られ、運び出されている。 カレーに冷麺、チャーハン。ちらし寿司に巻き寿司。前菜もメインの肉料理も、水餃子に梅ご飯。涼やかなゼリーに薔薇の砂糖漬け。 「こら! つまみ食いはダメなりよ〜」 高い元気な声と共に少年が、誰かを追いかけていく姿も見える。 「あ! 新入生なりね。おいらは平野 譲治(ia5226)。詳しい挨拶はまた後で。まて〜〜!」 賑やかすぎる様子に目を瞬かせる新入生達に寮長は向かい合って説明する。 「朱雀寮の入寮式の伝統です。寮生は可能な限り、何かを作り皆に振る舞う事になっています。その人間の食べるものはその人物を現している。という理念からです。食べることは生きる事。それを示してもらいます。 これから暫く、皆さんにこの台所を開放します。刻限まで自由に料理を作って下さい。食材などは持ってきていますね。解らない事は朱里や先輩に聞いて下さい。では、始め!」 確かに食材を持ってくるようにとの指示は受けていたが、まさかいきなり調理を命じられるとは思っていなかった。 明らかに戸惑い顔の新入生たちに 「尾花朔(ib1268)です。こうして新入生の皆さんが入寮されるとは、感慨深いものがありますね。何か解らないことがあれば、何でも聞いて下さいね」 「私は二年の泉宮 紫乃(ia9951)です。ようこそ朱雀寮へ。心から歓迎いたします。お手伝いもさせて頂きますから。遠慮なく」 先輩達が柔らかい声をかける。 「さあさあ、時間はあまりありませんよ」 寮長の声に、新入生達も我に返り、動き始める。 「お料理、皆さんは何を作られますか?」 「うちは、お団子にしようと思う。サラは?」 「私は食べ物では無いのですが、紅茶を‥‥」 「へえ〜。お茶?」 「はい。お茶はお料理の主役ではありません。けれど、お料理の一つ一つを引き立ててくれる飲物だと思いますので」 「カミールさんの料理は香ばしい匂いですね」 「羊肉と野菜のケバブです。それなりの腕前なんですよ。もっぱら作らされる方でしたから。クラリッサさんのはスープですか?」 「そう。エルプセンズーペ。グリーンピースのスープ。これは、昔よく食べたし、作り方も知っているので。でも久しぶりだから味見はしっかりしないと。‥‥一口いかが?」 「頂きます。あ、美味しい。優しい味がしますね」 「僕は肉じゃがを作ろうと思うんですが‥‥お二人は何を作るつもりなんですか?」 「僕は大家さん直伝の茶わん蒸しと紫蘇のジュースを‥‥。って清心! 何をやってるの!」 「何をって、料理だけど‥‥。まあ適当に作ってれば何かできるだろ?」 「そんな火力でいきなり味付けも、皮つきのまま下煮もしないで鍋に野菜ぶち込んだら何の料理にもならないよ! 料理ってのは計算だよ!」 「だって、料理なんかしたことないし‥‥」 「ああっ! もう!! 世間知らずはどっちだよ! とりあえず、野菜の皮をむく!」 賑やかで、騒がしくて、でも仲良く料理をする一年生達。 「なんだか、頼もしいわね」 「そうですね‥‥、ああ、皮引きはこっちですよ」 それを先輩達はさりげなく手助けしながら、優しく、暖かく、見守っていた。 やがて 「そろそろ、出揃ったみたいね。料理を運んでもいい?」 真名達の言葉に新入生達は 「はい!」 と頷いて新入生達はそれぞれの料理を運び始めた。 緊張しながら彼らは皿を運ぶ彼らに、二年生達は自分の去年の姿を思い出すようで笑みを隠せないようだ。 案内された先は白洲の広場で、中央に篝火が赤々と燃えていた。 周囲は布や紙の花で飾られ、一年生達の席の正面には 『歓迎! 新入生諸君!』 と太くて黒い文字で書かれた幕が掲げられている。 そして篝火の前には木彫りの朱雀。その精緻さに思わず、ため息が漏れる。 「気に入った? あっちの用具委員会の設えだよ。私は俳沢折々(ia0401)さあ、皆、どうぞ」 並んで腕組みする青嵐(ia0508)と喪越(ia1670)。 促された新入生も料理を置き車座に加わった。 「一年生の皆さん、入寮おめでとうございます」 「‥‥飲み物、どうぞ」 玉櫛・静音(ia0872)と瀬崎 静乃(ia4468)が杯を配り終えると一人の人物が前に進み出た。 中央に立つ寮長各務 紫郎。彼は高く、己の杯を掲げた。 「では、朱雀寮の入寮式をはじめましょう。新たなる友を迎えた朱雀寮に、ここに集まった家族の一年に幸いがあるように。乾杯!」 唱和する声と合わされる杯の音。 元気なそれは朱雀寮の庭に高く、高く、響いたのだった。 ●自分を表すということ 「では、恒例の新入生の自己紹介を始めてもらいましょう。皆さん、人魂の活性化は済んでいるようですね。では、端から順番に‥‥」 最初にと指差されたのは璃凜であった。 「うちから? はい、解りました!」 ちょっと驚いたようではあるが、スッと荷物の中から筆記用具を取り出すと、立ち上がり璃凜は精神を集中させた。 現れて足元を駆け回るのは小さな鼠。 キュウキュウと鳴きながら走る鼠に皆が気を取られているほんのわずかな間に璃凜は筆で精緻なアヤカシの絵を書きあげた。 「よし、できた。って事で芦屋 璃凜です。よろしく」 丁寧な絵と、一緒にぺこりと頭を下げた鼠に会場中から拍手が沸き起こった。 「う〜ん、おいらに負けないツカミなりね。流石なり!」 譲治は出番を終えて戻ってきた璃凜に向けて高く手を上げた。深呼吸した彼女はその手に自分の手を重合わせた。 口には璃凜の団子が‥‥。 「うまうま。これからもよろしくなりよ」 パン! 高く祝福の音が響いて行った。 次に促されたのはカミール。 「カミール リリスです。よろしくお願いします。先輩方や寮の職員の皆さんこれからお世話になります」 挨拶と同時に現れたのは小さなアル=カマルのトカゲ。 そして砂を形作る。 「まだまだ、世の中には知らない世界が広がっているのですね」 黒い肌の少女に珍しい生き物。静音は朱雀寮にやってきた新しい風に心からの拍手を送ったのだった。 「新しく入学することになったクラリッサ・ヴェルトです。目標は、誰かの役に立てるような陰陽師に、そして、ヴェルトの名に恥じない術師になることです。よろしくお願いします」 彼女がお辞儀をするとその足元でくるくると小さなクマが踊る。人形のように可愛く、けれどもどこか怖さを湛えるそのクマをクラリッサは『きりんぐ★べあー』と称した。 『なかなか、楽しそうな子ですね』 くまから、スッと鳥へと姿を変える人魂を見ながら青嵐は小さな笑みを浮かべていた。 清心と名乗った少年は、一度陰陽寮に受かった人間であった為、技の基本は一応覚えているらしい。小さな毛虫から、さなぎ、そして蝶へと変化していく流れはなかなか見事なもので、生徒達の拍手を受けた。 続いて彼方が目の前で手を合わせ、ゆっくりと生み出したものは、青い小鳥であった。 「僕は、誰かを助けられる人間になりたい。助けることができる力を身に着けたい。一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします」 彼方の紫の瞳を紫乃は、ずっと見つめている。 自分と同じ禁式の瞳を持つ少年。けれど彼の目は真っ直ぐに前を向いている。 (彼方さんが辛い想いをする事がありませんように) そっと心の中で彼女は祈りを捧げるのだった。 彼が選んだ人魂は小さな黒猫だった。その猫はするするっと蒼詠の腕を渡り肩に上っていく、そして。 「武天出身の蒼詠と言います。困っている人に手を差し伸べられる力をこの朱雀寮で頑張って勉強して身に付けたいです。皆さん、どうぞよろしくお願いします」 蒼詠がお辞儀をすると同時、猫も嬉しそうに尻尾を振った。 「可愛い子ですねえ〜。式も器量よしさんで」 それぞれが、自分に合った人魂を選んでいる。 アッピンはそれを、楽しそうに嬉しそうに見つめていた。 「サラターシャです。よろしくお願いします」 緊張したのだろうか? 頭に帽子を被ったままお辞儀をした彼女は、当然帽子を地面に取り落とす。 「あっ!」 「落ち着いて。深呼吸してがんばりな。セニョリ〜タ」 帽子を拾って渡してくれた先輩がそう言って片目を閉じる。 言われた通り帽子を手に持ち直すと、彼女は深呼吸してそっと呪文を詠唱した。 やがて現れたのは 「金色の‥‥蝶‥‥」 「どうしたの?」 折々が肩を震わせるサラに声をかける。 「私‥‥驚いて‥‥ごめんなさい。人魂を使うの、初めてで‥‥」 「そっか」 彼女は元、魔術師と聞く。 自分のイメージが形になる。そのことに感動したのかもしれない。と思った。 「これからもっとたくさんの感動があるよ。一緒に頑張って行こう」 「はい。‥‥ありがとうございます。何匹まで出せるか試して見ますね」 「あ、無理だよ。人魂は一人一匹まで。次の出したら前のは消えるの」 「えっ? そうなんですか?」 瞬きするサラ。金色の蝶が、まるでリボンのように髪に止まると、寮生からは拍手喝さいが溢れたのだった。 ●朱雀寮というところ 例年の事であるが、一年生の自己紹介が終わると、後は学年入り混じっての大宴会となる。 「この時の為に、朝ごはんを抜いてきた甲斐があったよ。どれも美味しい! でもみんな料理得意だと、調理委員会に人を取られちゃうかなあ‥‥むむむ」 「うわ〜。見て下さい。人形と先輩の掛け合い漫才です。すご〜い!」 「こっちは子犬の箱芸ですわ‥‥あの犬って人魂だと思うのですけど‥‥一度に一体でしたよね。どうしてあんなに滑らかに動いたり出現したりできるのかしら」 「褒めて貰えて嬉しい‥‥。こら、お前の出番はまだよ」 「これは、救急箱?」 「私は保健委員なので。もう癖のようなものですね」 「‥‥二人とも、お料理もおいしい。仲良く頑張ってね」 「はい、紗々良さん。でも? 清心の料理、こんなに美味かったっけ?」 「どうだ、まいったか?」 「ふう、なかなか大胆な料理をする生徒がいますね」 「ご苦労様、朔。もし、彼が調理委員会に来たら丁寧に料理を教えてあげることにするわ」 「姉さんも食べて」 「そうだな、馳走になろう。‥‥よい団子だな」 「先輩の得意な式は何なんですか?」 「私は、これですよ〜。小さくて色々便利です」 「わっ! カメムシ??」 「おいらはこれなりね〜」 「わあっ! 可愛い兎」 「姓を平野っ! 名を譲治っ! 齢十一が陰陽師なりっ! 皆々様よしなに」 「カレーに紅茶と言うのも良いですね。あ、皆さんは激辛に気を付けて」 「か、辛い!!!」 「やだ、私の分の激辛食べちゃったの? 誰かお水〜〜」 料理と飲み物と酒に酔いしれる中、璃凛は星鈴を招いて、会場の端に来ていた。 「星鈴、うち一人前になったら、お嫁さんになってくれる」 真剣な態度で告白する。 「っ、きゅ、急に何言うて、っ‥‥」 「だから、卒業してみせるから。男に盗られるなんて、嫌なんだ」 少し狼狽した様子の星鈴であったが、真剣な璃凛の様子に微笑み、頷くとそっと彼女の頬を撫でた。 「わーった。待っとるさかいしっかりやってきぃ‥‥」 「うん!」 少し離れた所で寮生達を見守る寮長。その前にそっと気配無く忍び寄る影があった。 「寮長殿、璃凜の姉の神凪瑞姫と申す者。気にすることでも無いと思いますが他の寮生と変わらぬ対応をお願い致す」 彼は動揺することなくその影に向かってはっきりと告げる。 「この学び舎にあって、差別などは存在しません。どんな名家の子も孤児も一生徒。それだけはお約束できます」 「ありがとうございます。では‥‥、私はこれにて‥‥」 気配無く去って行く影を見送る寮長に 「大変だな」 言葉と杯を差し出す影があった。劫光から杯を受け取ると 「これが私の仕事ですからね。‥‥今年もよろしく頼みますよ」 寮長は彼に微笑み、杯を向けた。 「こちらこそ。また一年、よろしくな」 劫光は座ったまま、杯をこつんと合わせる。 繰り返される夢への激励。それは互いに去年とは違う思いを持って受け止められた筈である。 「うわ〜。綺麗!!」 式の終わり。先輩寮生の数名が合同で展開した術に、人々は歓声の声を上げた。 落とされた明かりの中、夜光虫が踊るように舞う。 それは先輩から後輩への言葉では贈られないメッセージであった。 暗闇の中でもけっして光を見失わないように‥‥。と。 そして、夜が開け朝が来る。 「朱雀寮というものが少しは解りましたか?」 寝不足や二日酔いに頭を抱えた寮生達を前に、完璧な身なりと態度で立った寮長は出席簿を広げた。 「毎年同じことですが、寮生の授業について説明します。 基本的な講義の参加、選択は自由です。‥‥但し、月に一回、十日目安に実技を含めた合同授業を行うのでそれには可能な限り参加すること。進級試験の成績に大きく関わります。また、委員会活動も後日、勧誘が来るでしょう。これも参加すると進級に有利になります。それから数年に一度、寮対抗戦の競技が開催されることもあり、今年か来年、開催の見込みです。これは事前に告知をしましょう‥‥それから‥‥」 いくつかの説明をして後、寮長は寮生達を見る。眼鏡を直し、真っ直ぐに‥‥。 「以上、これより、皆さんは陰陽寮朱雀の寮生です。寮の生徒は仲間にして、一つの家族。お互いに高め合い、助け合って共に甘えへと進んでいきましょう」 寮生達は背筋を伸ばし、朱花に手を触れた。そして‥‥ 「はい!」 大きな声で、そう答えたのだった。 陰陽寮朱雀の新しい一年が、また、始まろうとしている。 「暑気纏う紅鳥の雛の頼もしさ、ってね。私達も頑張らないと」 新しい寮生達とそれを見守り、共に歩む者達と一緒に。 |