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■オープニング本文 その光景を見た人は思わず目を疑うように瞬きしたという。 「おかあさ〜ん。竹が歩いてる〜〜」 バサバサ、ドサッ。 「ふう〜。重かった〜」 緑の大きな竹からそんな声がした。 声は勿論、竹が発したわけではない。 こんもりと茂る竹の葉影から、ひょっこりと少女が顔をのぞかせる。 「ちょっと欲張りすぎたかしら。ま、いいわよね。大きい方が。綺麗だし願い事も星に届くと思うし」 そう言いながら一人で竹を店の軒端に立てた。 彼女は美波。 店は貸衣装の店。【孤栖符礼屋】である。 近頃、店の利用者は減少傾向にある。 普通の式服などの貸し出しはそれなりにあるのだが、他は今一つなのだ。 まあ、もとより普通ではない衣装を借りる機会や必要など作らなければ滅多にあるものでもない。 「本当ならパーティでもぱーっとやりたいところだけど、最近色々騒がしいしねえ〜」 だから、ささやかな営業と店内ディスプレイを兼ねて知り合いから笹竹を貰ってきたのだ。 用意したのは色とりどりの短冊と折り紙など。 そして、こんな張り紙を店の前に貼る。 「星に願いを〜。 貴方も誰かの為に願い事をしてみませんか? 年に一度、七夕の日に短冊に願い事を書いて竹に吊るし、祈ると願いが叶うと言われています。 ご来店の方にただ今、短冊サービス中。 衣装を借りなくても構いません。どうぞお気軽にお立ち寄り下さい」 ふと、美波は思い出した。 その昔、七夕の短冊に願い事を書き兄に笑われたことを。 『お嫁さんになりたい? 馬鹿か? お前。星にいくら願おうと自分が努力しなきゃ叶わねえんだよ』 『お兄ちゃんだって短冊吊るしてるじゃない!』 『これは、父さんと母さんの分だ。いいか? 星に願うのは人の事にしろ。自分の願いは自分で叶えるモノなんだからな』 兄の言ったことは一理あると今は思う。 けれど、自分の夢や願い事をするのも悪くないとも思うのだ。 星に願うことで、それはきっと自分自身への誓いとなるだろうから。 「皆さんは、どんな願い事をするのかなあ〜?」 呟きながら美波は桃色の短冊をそっと吊るす。 それには 『皆が、いつでも好きな時に好きな服を着ることを楽しめる世界でありますように』 そんな優しい願いが記されていた。 |
■参加者一覧
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
奈々月琉央(ia1012)
18歳・男・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
シャルル・エヴァンス(ib0102)
15歳・女・魔
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●弧栖符礼屋での再会 それを彼女が見つけたのは偶然だった。 「あら、ステキ」 何の気なしになじみの店の前を通りかかったシャルル・エヴァンス(ib0102)はルン、と音がしそうな明るい声を上げ飾られた大きな竹を見つめた。 その横には見覚えのある優しい手で張り紙された文章があった。 『星に願いを〜。 貴方も誰かの為に願い事をしてみませんか? 年に一度、七夕の日に短冊に願い事を書いて竹に吊るし、祈ると願いが叶うと言われています。 ご来店の方にただ今、短冊サービス中。 衣装を借りなくても構いません。どうぞお気軽にお立ち寄り下さい』 心が浮き立つのを感じながらシャルルは店の門を潜る。 「み〜なみちゃん♪ おじゃましますわ〜♪」 「いらっしゃいませ〜。あ、シャルルさん。こんにちは。お久しぶりです」 小走りに店の奥から出てきた美波はペコンと頭を下げる。 美波にとってシャルルはイベントの度に力を貸してくれる顔見知りである。 「そう改まらなくていいわ。でも、また楽しいことを思いついたわね」 シャルルはそう言って美波に笑いかけた。 褒められて、美波も嬉しそうに、でもどこか照れたように笑み返す。 「そう言って貰えると嬉しいです。本当はもっとたくさんの人に来てもらう形にできれば良かったんですけど‥‥」 「まあまあ、それで、西門さんは? またおでかけ?」 「はい。だからまあ、こういうイベントをやってみようと言う余裕もあるのですが‥‥」 「なら、丁度いいわね」 「えっ?」 「お手伝いさせて。お給料は衣装代タダでいいから。ね?」 「わわ!? 琉央琉央、立派な笹やね♪」 「こら、纏。そんなに引っ張るな。買い物はいいのか?」 「ほら、美波ちゃん。お客さんみたいよ」 状況の急展開に首を傾げる美波の手を引っ張りながらシャルルは心から楽しそうに片目を閉じて見せたのだった。 ●お祭りの準備 「たっだいま〜! チラシ配って来たぜぃ!!」 「外は暑いですね〜」 戻ってきた開拓者二人を 「お帰りなさい。今、冷たい麦茶を入れますね」 出迎えた美波は小走りで奥に戻って行く。 店の入り口で腰を掛ける二人をシャルルは作業の手を止めて 「お疲れ様。大変でしたね」 笑顔で労った。 「まあなあ〜。炎天下のチラシ配りは確かに辛かったかも。でも、手ごたえはあったぜぃ」 と笑うのは羽喰 琥珀(ib3263)である。 「貸衣装屋? 面白そうっ!!」 と手伝いに来た少年だ。店の手伝いをすれば衣装代タダと聞き、元気に、精力的に手伝ってくれている。 「ああ、それからこれ、頼まれてた花火と西瓜ね。ふう〜。重かったあ」 土間に置いた木箱を指で指し示すと琥珀は美波が差し出した麦茶を一気に呷った。 店から借りて身に着けて歩いた傾奇羽織はもうかなり着崩れているが、それがワイルドな雰囲気で彼に良く似合っている。 「七夕に興味を持ってくれた人は結構いたようです。子供達もたくさんチラシや短冊を貰ってくれました。今日は空も晴れそうですし、夕方には人も多く来ると思うので、いい夕涼みができると思いますよ」 頭に被った白猫の面を外しながら大きく息をついたのはフェンリエッタ(ib0018)。 涼を求めて浴衣を借りに来た彼女もまたシャルルの勧めもあって店の手伝いをしてくれている。 七夕の販促もかねて夕涼み会をやってはどうかと言ったのは彼女であった。 幸い、この店はそこそこ大きい。小さな庭もある。 周囲の店の了解も取れて予定通り夕涼みと花火大会を行う事はできそうだった。 「お二人ともち着いたら衣装の準備をどうぞ。そちらに、浴衣を用意しておきました。お好きなのをご自由に見て着て頂いて構いませんから」 「夜の方もタダでいいの?」 「はい。纏さんや琉央さんにも本当にお世話になって、こんな事じゃお礼にはなりませんけれど」 「やりい!」 拳を上げる琥珀はもう色とりどりの浴衣を物色している。フェンリエッタも微笑し頭も下げたが、その表情はどこか寂しげだ。 「どうしました?」 心配そうに顔を覗き込む美波にフェンリエッタは慌てて手と顔を横に振る。 「なんでもありません。ご心配をおかけしたのならごめんなさい」 「なら、いいですけど‥‥」 「そういえば琉央さん達は? 先に戻ってきた筈ですけど‥‥」 小さく笑みこぼしてから、はいと美波は質問に答えた。 琉央さん達、というのは奈々月纏(ia0456)と奈々月琉央(ia1012)の夫婦の事。 買い物帰りにここに寄ったのをきっかけに手伝いを申し出てくれた二人だ。 「そう言えばチラシ作りの時、纏、なんか様子が変じゃなかったか〜。妙に赤くなったりして‥‥」 「お子様には解らないかしら」 「?」 くすくすと笑うシャルル。美波も首を傾げるが質問には答える。 「纏さんと琉央さんは、着替えされています。夜の夕涼みの衣装合わせに」 「二人で織姫と牽牛をやってくれる、っていうから頑張っちゃった♪」 そんな会話の中 「失礼する」「皆〜。見てみて〜」 明るい声が聞こえてきて、がたんと音を立てて襖が開いた。 「おお〜〜!」 思わず歓声にも似た声を上げたのは琥珀である。 「ど、どうやろか? 似合うかな〜」 「うわ〜。お綺麗です。とってもよくお似合いです。纏さん、琉央さん」 美波の素直な賛辞に纏は顔を赤らめながらも嬉しそうだ。エスコートする琉央の手をしっかりと握りしめている。 二人は織姫と牽牛の衣装を身に纏っている。纏は赤をベースにした短い上着にスカート。上着には桃色の上衣を羽織って、さらに羽衣のような裳を肩にかけている。 所々にシャルルの縫い付けた星飾りが煌めき本当の星の姫君のようだ。 一方で琉央の服は牽牛、牛飼いなので緑を基調とした上着に膨らんだズボンとシンプルなものだが、それが帰って纏の美しさを引き立てる形になっている。 「相変わらずシャルルさんの腕はお見事ですね。ベースが普通のワンピースや着物だとは思えません。とってもお似合いですよ」 「ローブをベースに透き通った絹をたっぷり使ってみました。星飾りとかも着けてみたけどいい感じにみたいね。綺麗よ」 「すげーきれーになったなー。旦那も惚れ直すんじゃねーの?」 琥珀はからかうように言って琉央を見る。 「こういう店ははじめてでよく解らん‥‥。からかうなら好きにしろ」 琉央は纏を見てぷいと顔を逸らすがその耳まで赤くなった様子に、纏は嬉しそうな笑みを隠さない。 「織姫様と牽牛さんのご用意もできたことだし、あと少し頑張って準備をしましょう。この人形を飾って、室内を布やアクセサリーで飾って。それから、私達も着替えてお客様をお出迎えよ」 「はい」 「貴方も着替えるんですよ。美波ちゃん♪」 「はい‥‥って、私はいいです!」 「ダメよ〜〜」 楽しげな二人を見ながら準備をする開拓者達。 「あれ? どうしたん?」 纏がぼんやりとした様子のフェンリエッタに声をかける。 「な、なんでもありません。あ、向こうの装飾のお手伝いでしたね」 逃げるように去って行ったフェンリエッタの座っていた場所には、男物の浴衣が広げられ残っていた。 ●七夕の夜 その日の夜は快晴。 満天の星の下。 弧栖符礼屋の庭は賑やかだった。 「貸衣装やは珍しくないが、この店はまた変わった毛色のような。‥‥あ、あんな服まであるのか!? なんと大胆な」 「はい、団扇をどうぞ、今日のお客様にサービスです。どうぞ中へ」 店の入り口で客達の服装を見ていた皇 りょう(ia1673)に声をかけたのは紺のワンピースを着たシャルルだった。 声をかけられて意を決したのだろう。りょうは団扇を強く握りしめていた 「こ、これも見聞を広める為。臆している場合ではないな‥‥えいや!」 「そんなに固くならないで。好きな衣装を着ればいいのよ。さあ、どうぞ」 りょうの手を引き招き入れたシャルル。その横を 「ただ今戻ったぞ」 胸を張って歩く少女がいた。薄桃色に色とりどりの花で飾られた鞠の柄が付いている振袖が可愛らしい。かんざしは目の色に合わせた赤と濃い緑。懐に入れられたバッグと帯は深い赤だ。 「お帰りなさい。いかがでした? リンスガルトちゃん」 問われてリンスガルト・ギーベリ(ib5184)はうむと嬉しそう頷いた。 「少し暑くて、歩きにくかったがなかなか良い気分であった。街行く者達の妾を見る表情がいつもとまるで違う何と言うか‥‥微笑ましいものを見ているかのようじゃ。何やらくすぐったい感じじゃのう」 「よかったわ。後は夕涼みをゆっくり楽しんで。向こうで花火とかもする予定だから」 「ありがとう。そうさせて貰うとしよう」 悠々と歩くリンスガルトを向こうで着たフェンリエッタが、西瓜や冷茶と共に迎えている。 花火は琥珀が担当してお客達にやって見せているし、美波もいる。手作り人形も子供達に好評だ。 「あちらは任せてっと。さて、どんな服にします?」 シャルルはりょうを奥まで案内し、衣装倉庫の中を見せた。 「ほお、これはなかなか見事なものだ。殿方が好まれる服を調べるのも、婿探しの役に立とう。皇家の再興は私の方に懸かっているわけだしな」 自分に言い聞かせるようではあるがりょうが素直に服に感心しているのが解るからシャルルはその様子を生暖かく見つめる 「‥‥あ、これ可愛い」 手に取ったのは薄紅色の地に牡丹などの花が華麗に描かれた振袖。だが当ててみるとなんだかしっくりこない。 「な、何でもありませんぞ!? ハ、ハハハ‥‥はぁ」 がっかりしたように頭を下げるりょうにう〜んとシャルルは腕を組み 「ちょっと待って!」 奥に入ると一枚の着物を持ってきた。模様は絢爛豪華。だが地色はちょっと暗い。 「髪が明るい色だとね、極彩色の振袖は少し印象がぼやけちゃうのよ。そういう時は濃い色合いの着物を選ぶと引き締まるの。子供だともう少しやりようもあるんだけど‥‥ほら、似合うわ」 差し出された着物は確かにりょうの銀の髪に似合いそうだ。 「殿方に好かれる服、じゃなくて自分に似合う服を選ぶといいわ。それが結果として貴女の魅力を引き出してくれると思うもの」 着付けを手伝い、髪を整えてくれたシャルルの言葉と手の力。変わって行く自分の姿にりょうは不思議な気恥ずかしさと嬉しさを感じていた。 そして星合の夜。星の下で人はそれぞれの時と夜を過ごす。 「うわ〜。綺麗やねえ」 纏は夫の手にもたれながら空に美しく輝く星々を見つめている。 「そうだな‥‥そう言えば纏」 「なんやろか?」 「さっき、チラシ作りの時に、一体何を考えてたんだ? 朱くなったり笑ったり」 「‥‥あのな‥‥実は」 夫の耳にだけ囁いた新妻のかわいらしさに琉央はその小さな体を抱きしめていた。 「これは千歳あめというのか? 変わっているが美味いのお」 「ほら、そこのお嬢。こっちで一緒に花火やろうぜ!」 「おお! 今いくのだ」 「私もご相伴に預かれますか?」 「おお、そなたの振袖もよいではないか〜」 「スイカも麦茶もありますよ〜。ゆっくりしていって下さいね〜」 溢れる人々の笑顔。 それを見つめながらフェンリエッタは白地に朝顔の団扇を手に持ち浴衣に身を包み優しい音楽を奏でていた。 「花言葉は固い絆、愛情、儚い恋。でも浴衣の朝顔は夜も咲き枯れる事もない」 星合の夜。 愛する人の面影を、空に、星に、心に映しながら‥‥。 ●星に願いを そして夜の夜。 店を閉めた美波は片付けの手を止め竹に残された願いの短冊をそっとめくる。町の住人やお客が書いた短冊の中、開拓者のものも揺れている。 そこには人の優しさが込められているようだった。 『母上がいつまでも無病息災であられますように』 薄紫の短冊はリンスガルトが書いたものだ。珍しい着物に、年相応の少女らしくはしゃいだ彼女であったが、短冊を書く時は真剣に 「うむ、開拓者になってから中々故郷に帰る暇がなく暫く会っておらぬからのう‥‥。 せめてこの様に、祈りだけは届けたいのじゃ。母上‥‥どうかお元気でとな」 祈るように書いていたのを覚えている。 こちらの元気な手は琥珀のものであった筈。 『沢山楽しいことがありますよーに』 黄色の短冊に太くしっかりとした文字で書かれたそれは、一見してみれば自分の為の願い事のように見える。けれど琥珀と一日接した美波には、自分以外の人の幸せを願う彼の優しい心の現れのように思えたのだ。 桃色と緑、二つ並んだ短冊がある。桃色の方には 『自分を慕ってくれる人の隣で、平穏無事で過ごせるように』 緑の方には 『纏と共に過ごす時間が何時までも続く様に』 新婚だと言う奈々月夫妻のものだろう。短冊を飾る時、纏は台を持ち出し自分の手で夫の横に自分の短冊を飾っていた。 「琉央の隣はウチのやもん♪」 自信を持ってそう答えていた纏に恋する人の顔を思い出したのは内緒の話だ。 『世の全ての人々の心に平穏を』 これは皇りょうの短冊。深く考えて、人々の幸せを願って書いていたのを知っている。 その裏に小さくもう一つの願い事が書かれていることを知ってはいるが彼女はそれをめくりはしなかった。代わりに彼女が離した短冊を風がそっと裏返す。 『素敵な殿方を婿に迎えられますように』 フェンリエッタは若葉色の短冊に折り紙で作った鳥を添えて飾っていた。 願い事は 『心が凍えて痛む時、私達の大切な人を温め癒す風が吹きますように』 彼女の大切な人を思っての事だろう。 七夕の短冊には願いが込められている。 自分の事、他人の事。でも願う為に空を見上げる時、人の心は間違いなく星に抱かれ優しさを帯びるのだ。 「美〜波ちゃん♪」 「あ、シャルルさん」 最後まで片付けと衣装の戻しを担当していたシャルルが戻ってきた。 「ご苦労様。今日も忙しかったわね」 「今日も、いえ、いつも本当にありがとうございます」 ぺこりと頭を下げる美波にいいのよ、と彼女は手に持った団扇を仰ぎながら答える。 「楽しかったしね。西門さんが来てくれたらもっと楽できたのに」 「俺がどうした?」 「わっ! 兄さん」 気配なく背後に現れた兄に南は後ずさるが、シャルルの方はと言えば平気な顔だ。 「ちょうどよかったわ。この短冊を吊るしてちょうだい。上の方、美波ちゃんの短冊の隣にね」 遠慮なく自分の薄水色の短冊を彼、西門に差し出した。 「まったく、なんで俺が」 文句を言いながらも身軽に吊るす西門に 「ありがと」 と片目を閉じると 「最後に縁側で星を見ながらお素麺でも食べましょ。準備もうできてるの」 シャルルは二人の兄妹を中にと促した。 笑い声が店の奥から響いてくるのはその少し後のことである。 満天の星空。星合の夜。 『皆が、いつでも好きな時に好きな服を着ることを楽しめる世界でありますように』 『私の大切な人達が幸せでありますように。勿論美波ちゃんも、ね』 二つの短冊が笹の上で踊るように、二つの星の逢瀬を見守るように風に揺れていた。 |