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■オープニング本文 反乱軍制圧の前線基地。リーガ城とその城下街で一番嫌な人物は誰だろうか? そう問えば、城下の人々はまず答えるだろう。 「城主にして辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスだ」 と。 念のために言うならば、彼は指揮官として有能な人物である。 皇帝から辺境を任されるだけあり、武術に長け、さらに軍隊を指揮する能力も優れている。 反乱軍との初戦、思いもかけないオリジナルアーマーの登場で完膚なきまでに崩された部隊を後退させ、被害を最小限に抑えた上で再編成し、曲がりなりにも反乱軍やアヤカシと対抗できるまでにできたのは彼の力である。 軍人の多くは彼を信じ慕っている。 さらに言うなら人としても決して悪い人間ではない。 贅沢はせず、城の貯蔵庫もこの事態に人々の為に開放し、可能な限り皆に必要物資が行き渡るよう心を砕いている。 物資は軍に優先されているが少ないながら女子供、町の住民にも平等に回されているし、略奪行為などは完全に禁止されている。 一切の横領や不正行為もせず、誠実に職務に取り組んでいる彼、グレイス辺境伯。 それが何故、ここまで嫌われているのかと言えば運の悪さと、誤解とめぐり合わせというしか他ならない。 かつて、この地をヴァイツァウ家が支配していた頃は、アヤカシも少なく皇家からの締め付けも緩かった。 それを覚えている者達が、いきなりやってきて重税をかけるようになった若い辺境伯に反感を持ち、それが昔を知らなかった者達に広がっていくのにそう時間はかからなかったのだ。 加え、反乱軍の登場と、戦争の勃発による様々な負担の増加。 人々はその不満を、遠い神の如き皇帝にではなく、戦の原因であるコンラート・ヴァイツァウでもなく、身近な辺境伯にぶつけていたのだ。 もっともリーガ城は言うほど領主不満に荒廃しているわけではない。 先にも言ったとおり辺境伯の正しい統治でちゃんとした秩序は守られている。 要するに人々は不満を辺境伯への悪口として吐き出すことで、ある種のストレスを発散しているのだ。 だが、小さな一瞬で散る火種を、誰かが大きな炎へと導いたとしたら‥‥。 開拓者ギルドに、一人の女性が訪れたのはリーガ城に首都から二度目の物資が届けられるとの連絡があった日のことであった。 「‥‥あの、開拓者の皆さん」 ローナと名乗った女性は、自分がリーガ城の酒場の女給であると言った後 「お願いです! 辺境伯の暗殺計画を止めて下さい!」 信じられないことを告げた。 辺境伯暗殺計画。それが真実であれば大変な事になる。 だが一介の女給の情報。信じられるものであるかどうか。 係員は周囲の様子を確認し、彼女の話を聞く事にしたのだった。 「ことの起こりは一度目の救援物資の半分を、辺境伯が接収し、クラフカウ城に送ったことです。 その日、町の人達は、沢山、酒場にやってきていました‥‥」 物資が不足している状況で、あまりおおっぴらに騒ぐ事はできない。 だが、酒場には多少なりとも酒や食べ物があり、兵士達や町の住民の憩いの場となっていてそれを辺境伯も邪魔したりはしなかった。 だが、そういう場が犯罪の温床となる時もある。 「まったく! 辺境伯だがなんだか知らないが、勝手すぎるぜ!」 「そうだ、そうだ! クラフカウ城も確かに大変だろうが、その前に俺達が飢え死にしてもいいってのかよ!」 酒をかっくらいそう不満をぶちまける男達。 周りは、否定も肯定もしない。ただ、苦笑し遠巻きに見つめるのみ。 だが 「確かにそうですよね」 「ん?」 一人の男が彼らに同意した。男は建物内だというのにフードつきのマントを目深に被っていた。 口元は楽しげに笑っている。 酒を手に持ち、酌をしながら彼らに同意するように幾度も頷き、そして‥‥ 「だったら、辺境伯がいなくなればいいんじゃないですか〜? そしたらもっとこの町も住みやすくなりますよ〜。もうじき二回目の物資が届くらしいですけど、このままだとまた取られちゃいます。 前の良い領主様、ヴァイツァウ家のご子息ももうそこまで来ているらしいし。今がチャンスですよ〜」 「そう‥‥だな? でも、いなくなるって言っても、殺したりしたらこっちが‥‥」 「大丈夫ですって。人ごみにまぎれて、その中にまぎれてしまえば解らないし、それに、このナイフでちょっと怪我をさせるくらいでいいんですよ。 怪我でもすれば、あの臆病勝手な領主はきっと逃げて帰りますって! 幸せな未来の為に頑張りましょうよ!」 その男はそう言って男たちに酒とナイフを置いて席を立つ。 幾グループ、幾人かに彼をかけると去って行った男の後には、ナイフと 「領主に怪我を‥‥か」 そう呟く者達の姿が残っていた。 「それで、私、気になって後を追いかけていったんですけど、そしたらおんなじようなカッコの男が何人も集まっていて‥‥『うまく行ったな』『奴らに乗じて‥‥辺境伯を亡き者に』『罪はあいつらに‥‥』って話していて‥‥」 戻ってきてみれば町の者達はすっかりその気になっていた。 ちょっと脅かしてやるだけ、と言っていたが彼は気付いていまい。 自分達がやろうとしていることの意味を。 「一応城には知らせましたが、危険ですし、それに町の人達も利用されているだけだから‥‥」 なんとか未然に防いで欲しいと彼女は言う。 「辺境伯は決して悪い人じゃないですよ。だから、助けてあげて下さい」 こうして命がけでここまで来た彼女の思いは、依頼となって貼りだされたのであった。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
貉(ia0585)
15歳・男・陰
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ガーランド(ib0317)
28歳・男・騎
ブリジット(ib0407)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●託された命 ジルベリア南方、反乱軍との最前線、リーガ城。 一時、この地は絶望的なまでの物資の不足に苛まれたが待ちに待った友軍の到着と、二度目の物資の補給を間近に控え、城下町は僅かながら活気を取り戻していた。 その街中を通り過ぎて、城の前に立った開拓者達は門番に告げる。 「私はフェンリエッタ(ib0018)と申します。私達は開拓者ギルドよりある依頼を受けて参りました。どうかグレイス辺境伯にお取次ぎ下さいませ」 そして思ったより早く開いた門の中。 出迎えの執事に案内された開拓者達は城の執務室で 「開拓者の皆、重ね重ねのご協力心より感謝申し上げます」 リーガ城城主、グレイス・ミハウ・グレフスカスと対面する事になった。 山盛りの書類に、副官のような助手と共に埋もれている彼は、だが開拓者達の来訪に手を止め、立ち上がると丁寧な感謝の礼を取った。 「ん? 重ね重ねっちゅーことは、わしらのことを覚えておいてくれたんか?」 メイドが運んできた茶を飲みながら問いかける八十神 蔵人(ia1422)の言葉に勿論、とグレイス辺境伯は頷く。 「貴公らにはクラウカウ城を救って頂き感謝の言葉もありません。またあの後、思ったより民からの抵抗が少なかったのも貴公らの心遣いのおかげでしょう。他の依頼で見た顔もある。開拓者には感謝の念に絶えません」 歪みのない謝辞に蔵人は苦笑しながら頭を掻いた。部屋の隅には小さな野草の鉢植えがある。 辺境伯の言うとおり、ここにいる者の何人かはほんの数日前彼からの依頼を受けてクラフカウ城への物資輸送に参加した。 反乱軍やアヤカシとの戦いの続いた決して楽な依頼では無かったのだが、戻って直ぐギルドでこの依頼を知り、気がつけばここにいる。 どうして、と問われない限りその理由をあえて言葉に出す必要は無いだろうと蔵人は思っていた。 口に出してしまえば陳腐になってしまうことだ。 「まあ、あんたに借りを作るいい機会だと思ってね。よろしく頼むよ」 衣着せない言葉は貉(ia0585)に任せておくとして 「騎士のアイリス・マクファーレンと申します。イリス(ib0247)とお呼び下さい」 「秋桜(ia2482)です。二度お会いしたことがあるのですが覚えておいででしょうか?」 そんな簡単な自己紹介のあと、彼らは早速本題に入ったのだった。 「‥‥それでグレイス様、暗殺者の目星はついておられるのでしょうか?」 ヘラルディア(ia0397)の問いに辺境伯は微笑し、首を横に振った。 「まったく。正直な話、報告は聞いていますが調査はしておりません。我々が直接動くことで事を大きくしたくないものですから」 「しかしながら辺境伯。それでは貴方の御身が‥‥」 焦りを浮かべるガーランド(ib0317)を辺境伯は手一本で制する。微笑みは崩さない。 「仕事は待ってくれませんし、命を奪われるのを恐れていては騎士も領主も務まりません」 「辺境伯‥‥」 柔らかな表情と物腰の影に隠れた胆力にブリジット(ib0407)は膝を折る気持ちであった。 「ですので、今回の件は皆さんに全権をお預け致しましょう。私の命と共に。出来る協力は全て致しますのでよろしくお願いします」 預けられた全面的な信頼に開拓者達は、それぞれに頷いて、自らの心に事態解決を心に誓ったのだった。 ●領主の姿 その日、リーガ城下街の酒場は久々の賑わいを見せていた。 理由は新しくやってきた歌姫である。 話を止め、食事を止め 娯楽の少ない戦時下、彼女の心穏やかに平和の大切さを訴える歌は人々の心に一時の幸せを送っていた。 だが、そうでない者もいる。 歌姫歌い終わるのを待ってステージから降りてきたのを見計らうように、人々は会話を再開する。 「いよいよ明日だな」 「あいつがいなくなれば反乱軍がこの街にやってきて、また昔みたいに住み易い街になるだろう」 楽しげに話す彼らは自分がしようとしていることの重さを知らない。 (「甘い奴らだ」) そう思いながらもある一団を指し示す歌姫に瞬きした貉は 「いや〜、皆さんも大変ですねえ。お気持ち解ります。あ、どうです。酒、おごりますよ」 その一団の中にさりげなく混ざって話を聞き始めた。 実はこの酒場には開拓者が五人いる。 いくつものグループで行われている明日の領主『暗殺』計画。 貉の混ざったグループの他にガーランドもまた 「民の苦労もそうだが、辺境伯は傭兵を物としか見てない! 命がけで戦っているというのに褒賞もろくにもらえないのだ。これでは戦うかいもない!」 そう言いながら不平不満を漏らす人々の中に入り込んでいたのだ。 「あんた、けっこう腕が立ちそうだな。そういう力を貸してくれると心強いぜ。俺達皆、素人のようなもんだしな」 「最近は使用人のメイドにまで手を出しているらしいぜ。まったく酷ぇ奴だよな。ん? なんだ? そんなにあいつの事が嫌いか?」 「うん、うん、解るぜ。その気持ち。明日はその鬱憤、思いっきり晴らそうぜ!」 拳を握り締めるガーランドに人々はぽんぽんと励ますように肩を叩いていく。 彼らは解るまい。 (「何を我侭勝手な! 国の為に、民の為に粉骨砕身する辺境伯を誹謗中傷し、挙句の果てに傷つけようなどと! こやつらは何を見ているのだ!」) ガーランドの真の怒りが誰に向いていたかも。 だが、彼の忍耐は無駄ではなかった。 「後で貰った武器をやるよ」 「最近慌ただしいけど私みたいに逗留してる人、結構いるのかしら? いえね。連れと逸れてしまったのよ。武器を預かっているのに」 「いろいろ難しそうで大変ね〜。まあ、頑張って!」 別のチームに潜り込み話を聞いているフェンリエッタと貉、酒を運ぶブリジット。 そして舞台で全体を把握しながら歌うイリス。 開拓者達は目線と仕草、そして貉の式で合図をしあっていた。 彼らの『決行』は荷物到着の明日。 だが、彼らの決戦は今日の夜になりそうだった。 深夜。 「ん? なにしとるんや? もう夜もおそいっちゅうのにねえへんのか?」 蔵人は庭に立つ依頼人を見つけ声をかける。 「いえ、少し、まあ気分転換です。 間もなく、また反乱軍の襲撃も始まるでしょう。軍の到着までにしておかなくてはならないことも多いですので、なかなか寝る気にはなれなくて‥‥。 それに‥‥貴方以外の方がいないという事は今頃、皆さんに戦いに出向いておられるということでしょうから」 くっ、蔵人は笑いながら肩を竦めた。 要するに、仕事が山積みで今日も徹夜状態。加えて開拓者が心配で眠れない。と言っているのだ。 「あんたも不器用なやっちゃなあ〜。その若さでここまで上がってきたんやろ? なんかこうもっと自分を良く見せるとか要領よくやるとかできへんの?」 「まあ‥‥そういうこともできなくはないのですが‥‥」 「いや、そういう性格やないのは解ってるけどな。〜もうちょい人の前、特に民衆の前で格好つける事を考えた方がええわ。このままやとまた似たようなこと起きるで?」 苦笑する若き辺境伯に蔵人は忠告する。 茶化しているように見え、聞えるかもしれないが、これは彼の本心だった。 「人っちゅうのは現金やから、結局のところ、自分の上におる奴がこいつはイザと言う時守ってくれるか、確証が欲しいねん。長い時間かけてそれを作ってきた先代と、伯爵じゃあまあ、差が出るのはしゃあないけどな」 「解ってるつもりではあるのですが、まだそこまで頭も行動も回らない、と言うのが現実でしょうか‥‥」 「なんかこう、美談とかぱふぉーまんすでバーン! と良い城主を演出するとか、城の財産を金に換えてクラフカウ城に送った分に当てるとか、いろいろあるやろ!」 「既に手配済みのこともありますが‥‥なるほど、勉強になります」 はあ。思わず蔵人の口から大きなため息が漏れた。 結局のところ、この人はお人よしなのだ。‥‥放って置けない程に。 「まあ、ええわ。今日のところは適当にやすみ〜。アジト潰しに言った連中がうまくやっとれば明日は何事もないやろうし、そうでなかったらなんとかしたるさかい。念の為、これもやるわ」 薬を投げ渡すと手をひらひらとさせて蔵人は帰れと促す。 ある意味失礼と言える態度も気にせずに、はいと笑って辺境伯は館に戻っていった。 「‥‥ホント、しゃあないな」 シザーフィンを握り締めたまま、館に戻った辺境伯の代わりに蔵人は空を仰いだ。その頬に浮かべた笑みの意味を知る者はいない。 そして同じ頃、街外れ。 「あそこが‥‥アジトと呼ばれる場所である筈だ。あそこにある武器などは自由に使って良いと首謀者達は言っていたらしい」 小さく古びた小屋を指差しガーランドは言った。 「俺が聞いたのもそんな感じだ。しかも貰ったナイフには毒が仕込んであったぜ。物騒だよな」 「そんなものを間違っても使わせるわけにはいきません。突入し殲滅しましょう!」 「同感だ。行こう!」 「リシェンヌはここで待機。へラルディアさん達と一緒に退路を押さえて。逃がしちゃダメよ」 「お任せ下さい。お気をつけて」 ブリジットの忍犬の代わりに答えたへラルディアの返事に頷いて開拓者達は『アジト』に突入する。 「でも、民を先導して、暗殺を狙うアジトにしてはなんだか静かすぎませんか? 行動も大人しすぎます。私にも誰も食いついてきませんでしたし‥‥」 へラルディアと後方確保の為に外に残った秋桜がそう呟いた時、開拓者達は扉を蹴破り、中に突入していた。 「えっ?」 だが、そこで彼らが見たものは‥‥。 ●心の有様 翌日は快晴。 待ちに待った物資の到着に人々は再び広場に集まっていた。 いくつもの馬車に山のように詰まれた物資の数々。 だがそれらに触れる事はまだ彼らには許されていない。 故に遠巻きに見つめることしかできなかった。 今回も物資の一部がクラフカウ城に回されることが既に告知されている。 しかし前回のようなあからさまな不満を顔に浮かべるものはそう多くは無かった。 何人かは諦め、何人かは開拓者が運んだ手紙に、隣人を思う心を取り戻していた為。 そして何人かは‥‥ 「いいか? 奴が品物の検分を始めてすぐに『彼ら』が矢を放って攻撃を仕掛けてくれる手はずになっている。そうすれば奴は逃げ戻ろうとするから、その混乱に乗じて討つんだ」 辺境伯暗殺計画を実行に移そうとしている為である。 「来たぞ!」「道を開けろ!」 ざわめく人々の開けた道を護衛の者達と共に真っ直ぐに歩き辺境伯は広場の中央、物資の詰まれた場所までやってきた。 輸送の商人達と話をし、品物を確認、検分する辺境伯。 スムーズに予定が進む中 「どういうことだ?」「話が違うぞ!」 一部の者達の間にざわめきが生まれた。 最初の一矢が放たれなくては動けないというのに、何故‥‥。 そのざわめきに気付いたのだろうか。 おおよその確認を終えた辺境伯は民の方を向き、小さく指を鳴らした。 「えっ?」 人々のざわめきがなお大きくなる。 ロープで縛られた男達が、開拓者に引きづられ人々の前に連れてこられる。 「あれは!」 一部の者達の顔が蒼白になる。彼らは自分達に計画を授けた人物達。 連れてきたのは昨日入った仲間である。 彼らが捕まっている、ということは‥‥。 「民衆よ!」 辺境伯の声がざわめきをつきぬけ広場に響いた。 「彼らは反乱軍の手先、私の暗殺計画を企てていた者達だ。開拓者によって捕らえられた。いずれ極刑に処せられるだろう。彼らに唆され計画に参加しようとした者達がこの中にいることも知っている」 真っ直ぐな揺ぎ無い瞳に見つめられ、心にやましさを持つ者達の多くは動揺を隠せないでいる。 「知るがいい。皇帝陛下の命を受けた私の命を狙う事は即ち、皇帝陛下の命に逆らうことである、と」 辺境伯の言葉に一人の男が、パニックを起こしたように声を上げた。 「う‥‥うわああっ!!」 短剣を構え、辺境伯に向かって走る。 だが、護衛のメイド、騎士、志士、歌姫までが彼を庇うようにして立ち、あっさりとナイフは地面に転がり落ちる。 短剣を拾った女騎士はそれを辺境伯へと差出し、それを受け取った辺境伯はナイフを遠くに投げ捨てると、開拓者たちの顔を見て‥‥静かに微笑んだ 「だが、よく聞け、民よ。今回はそれを私は許そう。二度とは無い許しだ。明日にも反乱軍が襲ってくるかもしれない。今は、一人の命も惜しい時だ。だから命じる。誰も誰の命も無益に失わせるな! いいな?」 そう言うと辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは開拓者を引き連れ去っていった。 まるで舞台を見ているようであったこの日を境に、グレイス辺境伯の地を這っていた人気は少しずつではあるが確かに上昇していったのである。 ●終わっていない計画 ぱちぱちぱち。 「上等。やればできるってな」 戻ってきた辺境伯に蔵人は笑いながら拍手をし、辺境伯も開拓者も答えるように笑った。 扇動者を捕らえたことで辺境伯暗殺計画は阻止することができた。巻き込まれかけた人々もやがて冷静さを取り戻すだろう。蔵人のアイデアを元に演じた辺境伯のパフォーマンスが効果を発揮すれば、このような事は前よりは起こりづらくなる。と考えれば依頼は成功といえる。 だが 「終ってはいませんね」 へラルディアは静かに仲間と、辺境伯に告げ彼らはそれぞれに頷いた。 開拓者達がアジトと呼ばれるところに突入した時、中にいたのは荷物の監視役を含めた数名のみ。 簡単な戦闘の後、捕まえた彼らによると、ここにいたのは今回の計画の為に雇われたというゴロツキで 数名いた彼らの雇い主は一通の手紙を受け取って後、パッタリと姿を見せなくなったという。 「ひょっとしたら内通者がいるのかもしれません。ギルドの依頼はそう普通の人が知れることはないですから辺境伯のお側にいる誰かが‥‥」 「確か、前回捕まえた反乱軍の輩もそんなこというとったな」 「側近の方に大きな動揺はなかったのですが‥‥だとしたらよっぽど‥‥」 首謀者が逃げてしまった。ひょっとしたら、また何かを企むかもしれない。 「申し訳ない。ご無礼をした上に、首謀者を捕らえられなかった。」 悔やむ彼らに辺境伯は笑顔を浮かべながら首を横に振る。 「大丈夫です。お気になさらず。次があるならまたお願いいたしますから‥‥。その時までに、私ももう少し演技の腕を磨いておきましょう」 話し合う彼らの後ろで扉が開き小姓が膝を折って報告する。 「ハインリヒ様の率いる帝国軍が入場を求めておられます!」 「来たか」 誰ともなく吐き出した。本格的な戦闘が始まる。 「民が危険に晒されたら城主は剣を持って立ち向かいや。ははは、まー逆に格好付けるチャンスやで」 辺境伯は何も言わず、小さな礼と報酬を残し、去っていく。 開拓者達はその後を、黙って追う事にした。 戦いはこれから。 勝負はまだ終ってはいない。 |