【朱雀】陰陽寮入寮試験
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/02 19:06



■オープニング本文

●梅雨時、また巡る刻
 場所は五行の首都、結陣。
 久し振りに自室へ戻ってくれば小窓を開けて、五行王の架茂 天禅(iz0021)は目を細め差し込む光に目を細める。天儀も既に6月、夏を目前に鬱陶しい季節へ移行していた。
「玄武寮の建て直しは間に合ったか」
「はい、駆け込みですが何とか‥‥寮長らの人選も大よそ終わっています」
「そうか」
 五行の陰陽四寮ではこの時期、入寮試験が行われる。
 手近にいた側近へ尋ねれば帰ってきた答えを聞きながら真っ白な紙を前に、天禅は四角い墨を硯で磨って墨を生む。
 やがてじわり黒い水が出来れば、それに筆を浸し各寮長への文を認め始めて‥‥青龍寮の新たな人員配置をどうすべきかと今更に思い至る。
「‥‥嫌いではないのだがな」
「何か仰られましたか?」
「いや、引き続き我に代わる青龍寮の寮長の人選も継続して頼む」
 そしてポツリ漏らせば、尋ねる側近には首を左右に振って応じるが頷いた側近のその表情には苦笑めいた笑みが浮かんでいて‥‥架茂はそれを見ない振りして筆を走らせるのだった。

 陰陽四寮は国営の教育施設である。陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多い。天禅も陰陽四寮の出身である。一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られていた。
 寮は四つ。

 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。
 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。
 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。
 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。

 つい最近になって玄武寮の建て直しが終わり、寸でではあったがその人員も集められたからこそ、その門戸が今年になって久々に開かれる事となったが‥‥白虎寮は未だ建て直しが続いていて今年も入寮試験は見送りとなっている。

「‥‥こんなものか」
 やがて、側近が去ってから陰陽寮の各寮長宛に送る文を認め終えると、架茂は何を思ってか再び小窓の外を見やるのだった。
「今年はどうなる事か‥‥」

●朱雀寮にて
「さて、皆さん」
 朱雀寮の寮長 各務 紫郎は集まった担当官や、手伝いの生徒達に眼鏡を持ち上げながらそう呼びかけた。
「今年も陰陽寮の入寮試験が近づいてきました。
 昨年一年間を見てもアヤカシ勢力の台頭は著しいものがあり、各地で戦乱の火種となっています。また、アル=カマルとの交易の開始などもあり、今後アヤカシの調査、研究、対処を行う意味で陰陽寮の持つ意味合いはさらに重要性を増してくることと思われます」
 今年試験を行うのは四寮のうちの三寮。
 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。この朱雀寮。
 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。
 そして水行を司る四神が玄武を奉る寮。玄武寮か今年加わる。
「進級した皆さんは、今後より専門的な授業を行っていくことになりますが、同時に下級生を持つ上級生として、後輩の育成にも心を砕いて貰わねばなりません。その為、例年朱雀寮の寮生が受験生の面接試験の一部を行うのです。皆さんは新しい仲間となる寮生を案内して下さい」
 二年生となった昨年の一年生達は自分達が受験した時のことを思い出す。
「あれか‥‥」
 確か、陰陽寮の門を入って後、案内板も出されていない寮内で迷い、そこに声をかけてくれた寮生がいた‥‥。
「彼らも試験官だったのか?」
「そんな頃から朱雀寮は私達を『見る』試験をしていたのですか?」
 彼らの間からこぼれる声は嘆息に近いものがある。
「これが朱雀寮です。色々、言いたいことは後で聞きましょう。これからの朱雀寮を動かしていくのは君達ですからね。意見は尊重しますよ」
 寮生達がざわめく様に話し始める。それを寮長が止める事はしない。
 元よりこの朱雀寮は、陰陽師らしからぬ直情家で元気者が集まる寮だ。
 一年、ないしは二年をここで過ごしてここのやり方にも多少は慣れてきただろう。
 寮長は担当官にいくつかの指示を与えると寮生達に指示を出した。
「皆さんの仕事は受験生の案内になります。その際、どうして陰陽師を目指すか、何を望んで開拓者となり朱雀寮に入ることを選ぼうとしているのか。それを聞き出すことが貴方達の仕事となります」
「聞き出して、報告をすれば良いのですか?」
「そうですが、それに加えもう一つ大事な役割があります。もし、朱雀寮の適性がないと判断した場合、私の待つ講堂ではなく、別の担当官が待つ場所に案内することです」
 えっ?
 寮生達がここで初めて真剣な顔を見せた。
「えっと、寮長。もし、寮長の方じゃないところに連れて行った場合はどうなるんですか?」
「基本的に不合格ですね。相手の担当官次第で考慮もしますが」
 つまり寮生の合否。その一部を彼らが確実に握ることになるということなのだ。
 どことなく遊び半分であったが、確かな緊張が走る。
「勿論、逆もあります。基本的に一部でも口答試験を間違えた者は別の担当官の方に案内されますが、寮生の判断でそれを変更させることは認められています。だから受験生のどんなところを見て合格、不合格を判断するか、そんな会話をするか。よく考えておいて下さい」
 そう言ってさらにいくつか細かい指示を出してから寮長は最後にこう締めくくった。
「最後にくれぐれも言っておきますが羽目は外し過ぎないように‥‥。とりあえず試験の間は猫を被りなさい」
 眼鏡の下に不思議な輝きと微笑を湛えて‥‥。

 張り出された陰陽寮試験の要綱と、朱雀門を潜ってやってくる新入生達を見て寮生達は思う。
 昨年の試験の時、先輩達もこんな思いで自分達を迎えたのだろうか? と。
 新しい仲間を出迎える為に。
 彼らは彼らなりの緊張を胸にやってきた受験生を案内しながら、声をかける。

「君は、受験生だね。試験会場に案内するよ」
 そして彼、彼女に問いかけた。
「君はどうして開拓者に、陰陽師になりたいと思うの?」
 と。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●朱雀門の内側にて
 その日、初夏と呼ぶに相応しい朝。
「いよいよ今日、か‥‥」
 陰陽寮朱雀の寮生達は、不思議な緊張を胸にその日、朱雀門を見つめていた。
 陰陽寮入寮試験。門の向こうに新しく出会う未来の仲間がいる。
「一年前‥‥私もあの中にいた‥‥」
 玉櫛・静音(ia0872)は感慨深げにつぶやく。
「にしても、あれからもう一年なんだなぁ。まさに人生は坂を転がり落ちる岩のように、って奴だ」
「確かに。なんだか自分達の時を思い出しちゃうね」
 昨年の同日、自分達は、あの門の外側にいた。
 今は、内側に。そして今日、先輩として新しい寮生を迎えるのだ。
「入学試験、なりかっ! 久しいなりねっ!」
 新しい仲間との出会い。
 そして
「いよいよ二年生としての日々がスタートするのよね。これからの一年、一体どんな日々になるのかしら」
「うん! なんか、こう、わくわくするなり! 全力で遊ぶなりよ〜」
 平野 譲治(ia5226)や真名(ib1222)の言葉に寮生達は頷きあう。
『先輩』になる自分自身に。
 何故だか自分でも驚く程に胸が高鳴るのを彼らは感じているようだった。

「じゃあ、役割分担を決めようか?」
 朱雀寮の入寮試験。
 その試験手伝いを命じられた寮生達はそう声をかけた二年筆頭俳沢折々(ia0401)に頷いた。
「基本の仕事は受験生の受付と案内役だって。じゃあ、案内役に入る人〜」
 寮生達の約半分が手を上げる。
「少しでも緊張が和らぐようにお話をしてあげたいですね」
『私も、仕事抜きで新しい寮生に興味がありますから』
「思いかえせば、私達も去年案内してもらったものね。‥‥あら?」
 泉宮 紫乃(ia9951)、青嵐(ia0508)と手を上げているのを確かめてから真名はほんの少し首を傾げた。
「静音も面接担当? ちょっと意外ね?」
「正直言って‥‥他者に話しかけるのはあまり得手ではありませんが、それではこれからはダメだと思いますから」
 自分自身も解っていると笑いながら静音はそれでもはっきりと意思を示す。
「静乃も、人と話すの苦手じゃなかったか? 大丈夫か? ‥‥ちゃんと、話しかけられるか?」
 少し心配そうに劫光(ia9510)は最近とみに仲良くなった年下の同級生瀬崎 静乃(ia4468)に声をかける。
 まあ、からかわれているのか懐いてるのか、その両方なのかは判らないが慕われれば可愛いと思うのは事実だ。
「‥‥ありがとう、にぃや。落ち着いてるから、多分、大丈夫」
 そうはっきりと自分の目を見て答えたから大丈夫だろうと、彼は大きな手と笑顔を優しく落とす。
「にぃやこそ、新入生の年下の女の子に‥‥」
「ば、ばかっ! これは授業の一環なんだ。俺達だって見られてるんだ。遊びじゃないんだぞっ!」
 顔を赤くして反論する劫光を生暖かい目で見つめながら折々は役割分担を紙に書き記した。
「えっと、じゃあ試験担当が私と朔君、補助にアッピン(ib0840)君と喪越(ia1670)君。後は受験生担当でいいね。基本は合格方向に行った子もそうだけど、不合格方向に行かされた子の救済、だよね?」
「今回の試験は以前よりちょっと難しいですね。特に第二問。割合の数値に目が行ってしまうと間違うかも‥‥」
「朔。お前、一体何やってんだ?」
 この場にあまり似合わない甘い匂いを漂わせながらやってきた尾花朔(ib1268)に劫光はどこか呆れたような声をかける。
「焼き菓子ですよ。考えてたら作りすぎました。緊張を解してもらうにはいいかと思いまして」
 食べます?
 山のように乗ったそれを皿ごと差し出された劫光はいい、と、手を横に振った。
 緊張して、というわけでは勿論であるが食べ物を食べる気分では今は、無い。
 それに、そろそろ時間でもある。アッピンが用意した腕章をそれぞれに身に着けた。
「それじゃあ、がんばろー!」
「「「「おお!」」」」
 大小さまざまな声と手が上げられ寮生達がそれぞれ準備と配置に着く。
 その中、
「朔さん」
 紫乃は朔を呼び止め
「あの、今更ですが‥‥入寮試験の時にはご一緒して頂いて、ありがとうございました。私が入寮できたのも朔さんのおかげです」
 今までずっと言いたかった言葉を送り
「喪越、ちょっといいなりか? 頼みたいことがあるのだ」
「ん? なんだ。ジョージ?」
 サボる気満々であった喪越は、小さな同級生の優しい願いに彼にしては珍しいかもしれない満面の笑みで頷いたのだった。

●口頭試験会場
「わたし個人としては、受験生は全員合格で良いと思っているんだよね〜」
 受付と口頭試験を担当した俳沢折々の、それは本心であり思いであった。
「では、門の左を進んで下さい。中に案内板がありますから」
 焼き菓子を渡して微笑んだ朔は指示通り、間違えた回答をした(少女と見まごう)少年を左方向へと誘導した。
「良く知られている割合に囚われて考えるとわかり辛いですよね」
 くすと、朔が浮かべたのは微笑に似た苦笑、である。
「そんなに意地の悪い問題じゃないけど‥‥焦って読み違えちゃったかな?」
 左方向はもし、そのままであるなら不合格コースとなってしまう。
 今回は問題が意図して一文を抜いてあるので引っかかる受験生続出である。
「とはいえ、陰陽寮の性質から言ってもそうはいかないでしょう?」
 歌う様に言ってアッピンが新しい受験生を案内してくる。
「は〜い、次はこの子です。よろしくお願いしますね。君なら大丈夫でしょ。頑張って下さい、彼方君」
 誘導してきた彼方と言う少年は、どうやら旧知らしい。
「あれ? 喪越君は?」
「さっきまでお掃除してましたけど〜。可愛い女の子を探しに行くとかなんとか〜。ああ、気にしなくていいですよ」
 心配そうに自分を見上げる紫の目の少年。その頭をぽふぽふと柔らかく叩き、緊張を解くおまじないを何かを耳に囁くとアッピンは彼を前へと押し出す。
 ちなみに彼方は、ちゃんと正答して先に進んでいった。
「うん、解ってるよ。先輩達もこんな気持ちだったのかな?」
 折々は一度だけ目を閉じて頷く。本当は色々とアドバイスもしてあげたいし励ましてもあげたい。
 けれど、それは本当の意味で彼らの為にならない。
「でも、まだ挽回のチャンスはある筈だからね。未熟であっても、それは逆に伸び代が大きいってことじゃないかって思うから、頑張って欲しいなあ〜」
「そう‥‥ですね」
「さて、頑張ろうか? ほら、そこの君。緊張してるならちゃんと深呼吸して!」
 頷きあって二人は試験を続けた。
 今年は玄武寮の募集があったこともあり、全体的な人数は少ないがそれでもかなりな人数がやってきた。
 からかい半分の生徒を追い返し、真剣な生徒を励まして、彼らは
「朱雀の一寮生として、ひとりでも多くの人が合格することを願うよ」
「絆を手に入れられますように。共に歩み、共に学び、共にいきる仲間‥‥」
 心からの応援を送ったのである。

●見知らぬ相手。知り合った友
 紫乃が出会った少年は彼女とよく似た色合いの紫の瞳をしていた。
「彼方と言います。どうぞ、よろしく」
 明るく笑った彼はそう言うと真っ直ぐに頭を下げた。
(物怖じしない明るい子‥‥なのでしょうか?)
 けれど紫乃はすぐ気づく。
 微かに震える手は確かな緊張を表している。
「とても、落ち着いてしっかりした受け答えですね。私も試験を受けた時はすごく緊張したんですよ」
 だったらそれを解いて実力を発揮させてあげるのが自分の務めだ。
 認めてもらえて、褒められて。
「ありがとうございます」
 ここで少年は年相応の笑顔を紫乃に見せる。
 自分も嬉しくなるような気持ちを胸に紫乃は右の、合格コースにやってきた少年を案内することにしたのである。
「陰陽寮に入る為に一人暮らしを‥‥大変ですね」
「入学金を集めるのは確かに大変でした。でも、自分がやりたいと思ったことですから仕方ないです」
 肩を竦めながら自分の事を話す少年に
「彼方くん? お聞きしたいことがあるのですがいいでしょうか?」
 紫乃はさりげなく、声をかけて問うた。
「なんですか?」
「貴方は何故朱雀寮を受験したのですか? お師匠様の所属は玄武であったのでしょう?」
 彼は立ち止まると紫乃の方を見つめた。
「僕は誰かの為の力が欲しいんです。それは、お師匠様だったり、みんなであったり、大事な宝物だったりするんですが、手助けをしたり、助けたりできるようになりたい。その為には朱雀寮が一番だと思いました」
 自分に向けられる真っ直ぐな情熱が、優しい心が紫水晶の瞳に確かに映っている。
 紫乃の判断は決まった。
「こちらです。寮長が待っています。頑張って下さいね。またお会いしましょう」
「ありがとうございます」
 階段を上って行く少年を見送った紫乃はきっとたくさんの受験生と話をしている寮長はきっと喉が渇いている筈。
「後で、水でも持っていって差し上げましょう」
 そんなことを考えながら自分が見送った少年の合格といつかの再会を確信していた。

「僕は、白虎を退寮して来たんです」
 静音が出会った清心という若者は、自嘲するように笑ってそう答えた。
「貴方はどんな思いをもってここにきたのですか?」
 静音が聞いた問いの答えである。
「僕は、才能があると煽てられて育ちました。親は裕福であったし期待もかけられて、自分の未来は明るいと信じきっていました」
 でも、周囲では天才であり神童と言われた子も天才や秀才の間に入ればただの人、だ。
 改装で授業が進まない事も相まって、いらいらとして罪を犯した自分を開拓者達は許してくれた。
 生まれて初めての友人もできた。
「だから、もう一度やり直したいんです。勉強も、あいつとの人間関係も。‥‥だから」
 二度目の受験ということは、自分達の役割ももう理解しているのかもしれない。
 若者が自分を見つめる一途な眼差しを受け止め、抱きしめて、彼女は決断する。
 彼を寮長の元へと案内したのだった。

 そうして、それぞれの寮生がそれぞれの出会いを体験する中。
「おっ! きたきた」
 朱雀寮の屋根の上にいた喪越は遠くに目的の人物の顔を見つけると、
「可愛い新入生との出会いは後に置いておくとして‥‥っと」
 仲間達に空を横切る合図を打ち上げたのだった。



●去り行く者、来たる者
 入寮試験開始の少し前、アルネイス(ia6104)は寮長の部屋を訪れ、朱花をそっと静かに、テーブルの上に置く。
「やはり、決意は変わりませんか?」
 試験準備の手を止めて問う朱雀寮寮長に
「はい」
 とだけ、彼女は答えた。
 進級試験後、彼女は退寮の意思を胸に固めていた。
 主な理由は寮長との意見の相違である。
 幾度か試験と言う形で試されて、この先ここで学ぶ事は自分の望みとは違うと感じざるを得なかったからであるが、それを詳しく言うつもりはなかった。
「解りました。受理しましょう。ただ、もし再び朱雀寮で学びたいと思う時があれば、貴方の前に扉は開かれています」
「ありがとうございました。いろいろお世話になりました」
 頭を下げ退室するアルネイスを、寮長はそれ以上引き留めはしなかった。
 ただ、背後に集まっていた者達に、小さく頷いて見せたのだった。

 入寮試験でざわめく寮内に背を向け、荷物を纏め建物を出る。
 仲間達の何人かには退寮の意思を知らせたが、今は試験で皆、忙しいだろう。
 黙って彼女は去るつもりであった。
「ん?」
 パン! パンパンパン!!
「わわっ! な、なんです?」
 急に足元に何かが弾け火花が飛ぶ。
 直撃はしなかったものの、思わず後ずさったアルネイスは目の前に現れた光景に思わず何度か解らない程瞬きをした。
 上級生、同級生、人妖、朱雀寮の人間達がずらりと集まっている。
「み、皆さん‥‥」
 試験の区切りがついたのか、それとも抜けて来たのか解らないが‥‥。
「辞めるんだってな。うむうむ、それもまた人生。命短し、恋せよ乙女。というわけで、盛大にお見送りだぜえぇ!!」
 先頭で腰に手を当てるのは喪越。そして仲間達を代表するように一歩前に進み出たのは譲治であった。
「世話になったのだっ! 御身が幸せであらんことをっ!」
 ダッシュで駆け寄ってアルネイスの手に小さな包みを握らせると、ダッシュでまた戻って行く。
 アルネイスはそっと包みを開けた。中には‥‥小さなカエルが‥‥
「譲治‥‥さん」
 目元を拭いながら譲治は、ことさら元気な笑顔で笑いかける。
「しんめりは嫌いなりよっ! 壮大に門出を祝おうっ! なのだっ!」
「というわけで、いくぜぃ!!」
 パン、パパンと小さな花火が上がり、寮生達が同時に放った術からは朱色の羽が舞う。
 二人の人妖が朱い鳥となって空に舞い踊る様子は新しい道を行こうとするアルネイスを祝福しているようであった。
「みなさん。今までありがとうございました。進む道は違っても皆さまと一緒に学んだことは忘れません。
 皆さまに良き未来が訪れる事を心より願っております」
 頭を下げたアルネイスはそのままくるりと背を向け、歩き行く。見送る仲間達を振り返らず朱雀門を潜りぬけていく。
 門を潜りぬけてもまだ時折、花火の音が聞こえる。
 さっきこの門を潜って行った新しい寮生とは正反対の道を。
 けれども目指す未来は同じと信じて、彼女は寮を去って行った。

 そして寮生達は新しい仲間を迎える。
「知識も、考えもしっかりしている。落とす要因は、どこにもない‥‥と思います」
 静乃がそう認めた主席合格者。
「ちょっと無鉄砲かもしれないなりけど、でも、元気で資質もあると思うのだ! ちゃんと誰かの為に戦える子なり!」
 譲治は出会った少女に自分と同じものを感じ
「彼女にはきっと朱雀寮が玄武より向いてると思う。そう思ってもらいたいから‥‥」
 真名は玄武に行きたかったという少女に朱雀寮の良さを知って欲しいと願う。
『彼の求める力は、きっと朱雀でこそ、見出せると思うのです。自分の選んだ道を後悔してほしくは無いですしね』
 蒼嵐はサムライになれなかった少年に思いを寄せ
「誰かの役に立ちたいと願う思いを、育て、導いてやりたいと、思う」
 劫光は友人の娘を、まるで自分の身内のように愛しく見守っている。
「彼には素質もあって、意思もあります。あの真っ直ぐな情熱を、私は尊敬します」
「一度、入った白虎を退寮してまで、共に歩みたいと言う友人がいると彼は言いました。学びたいと言う意思と、支え合い、共に歩み己を高めようと思う心。それこそ朱雀に求められるものであり、私が担当した彼にはそれがあると思います」
 二人の少年達を担当した紫乃と静音の言葉まで聞き終えて
「解りました」
 黙って話を聞いていた寮長はそう言うと筆を走らせた。
「陰陽寮 朱雀 合格者」
 と、白い紙に向けて。

 合格者を迎えて朱雀寮の、新しい一年がまた始まろうとしている。