【五行】三年生を送る会
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 普通
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/15 18:02



■オープニング本文

 さて、動乱の進級試験で久しぶりに、本当に久しぶりに再会した三年生は実に晴れ晴れとした顔をしていた。
「よう! お疲れさん」
 進級試験の発表を終えた自分達に明るく笑いかける顔には何かをやり遂げた自信のようなものが垣間見える。
「皆さん、卒業試験は‥‥」
 寮生の一人が伺う様に問うと
「おう! 終わった! 全員無事合格だ!」
 西浦三郎のそんな、弾けるような笑顔と返事が返ってきた。
「わあ、おめでとうございます」
「ああ、ありがとな」
 心からの笑顔でそう言う寮生に三郎も、他の三年生達も笑みを浮かべてくれた。
 けれども、その笑顔には喜び以外のものも微かに混じっていて‥‥。
(ああ‥‥そうか)
 一年生達は思い出した。
 試験の合格は、つまり陰陽寮の卒業と言う事。
 六月の半ばには入学試験があるということだから‥‥
「卒業式は七月の始めになります。‥‥もうすぐ陰陽寮の寮生と言う立場からはお別れですね」
 彼等との別れは本当にもう目の前に迫っていると、いうことなのだ。
「そんな顔しないで。あと一カ月あるし、今度は貴方方が先輩になるのですからね」
 どこか泣き出しそうな顔をしていた一年生の一人に、三年生は優しく笑いかける。
 村に戻ると言っていた保健委員長、開拓者になると告げた図書委員長。
 他の三年の就職先は解らないが、陰陽寮の卒業生となればそれ相応の所に所属するに違いない。
「二年生達も無事進級が決まったらしいからな。次の委員会では仕事が終わったらパーッと派手にパーティでもしようか」
「‥‥三郎。もう‥‥私達が委員会で‥‥大きな顔しちゃ‥‥ダメ」
「まあ、夕飯を少し豪華にしてやるくらいはしてやるから、それを楽しみにしていろ」
 軽く、親しみに溢れた会話はいつもと変わらない。
 けれど、時の流れは止まってくれず、彼等との一年の終わりは近づいてきている。
「じゃあな! っと、補習の勝負はいつでも誰にでも挑んできていいからな。待ってるぞ!」
「あれは前の対決の時と同じで、どんな形で勝負を挑んでもいいの。私達が負けを認めればOKだから。頑張ってね!」
 そう言って去って行く三年生達を見送ると、誰が言うともなく一年生達は朱雀寮の建物へと走り戻って行った。

 一年生が二年生の教室エリアに立ち入ることは少ない。
「三年生を送る会?」
 だから各委員会の副委員長達は教室にやってきた一年生達とその提案に目を瞬かせた。
「はい。もうすぐ三年生の先輩方は卒業してしまわれます。一年間お世話になった先輩方にお礼の意味を込めて小さなお礼の会を開けないかと」
「一応、卒業式の後お祝いの会と、三年生の謝恩会はあるんだけどね」
「その場でもいいが、彼らがまだ三年生のうちに、できれば返したい借りもある」
「そう言えば、補習に引っかかった子もいるんだっけ? まあ、美味しい料理を用意するくらいはしてげられるし‥‥いいんじゃないかい?」
「内容は‥‥任せて貰えるかな?」
「皆さんに、お任せした方が楽しいものになりそうですね。私達が全面的に応援しますので、自由にやっていいですわよ」
 その言葉に笑顔を見せ、さっそく用意にと駆け出して行った一年生。
 彼等の様子に二年生達は、楽しそうに、本当に楽しそうな笑顔を浮かべていた。

「歴史は繰り返されるってことかなあ〜」
「去年も私達、やりましたね。三年生にお礼参りの会」
「お礼参りって、白雪‥‥。でも、ま、解る」
「毎年、何人かは補習食らうしね。あの進級試験」
「それだけじゃない。やっぱり先輩達とお別れの前に、何かしたくなるんだよね。あの人達に見守られ、背中を見て一年を過ごしたわけだから。僕達もできることは手伝ってあげようよ。‥‥去年、先輩達がしてくれたように‥‥ね」

 こうして二年生達に後押され、一年生主導の三年生を送る会が開始されようとしていた。


■参加者一覧
/ 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / アルネイス(ia6104) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / アッピン(ib0840) / ノエル・A・イェーガー(ib0951) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / Wretched Egg(ib6979


■リプレイ本文

●その日の準備
 落ち込まなかった、と言えばきっと嘘になる。
 けれど、時は容赦なく流れる。立ち止まっていることはできないのだ。
 進んで行かなければならない。
 未来に向かって。

 うららかな春のある日。
 保健室の前を通りがかった人物は首を傾げた。
「あれ? 何の匂い?」
 いつも保健室から漂う薬の匂いとは違う、甘やかで、それでいて爽やかで新鮮な香り。
「こんにちは〜」
 扉を開けて見れば保健室の床には香草や薬草が所狭しと並べられている。
「うわ〜、頑張ってるねえ〜」
 作業に没頭していた保健委員達。声に顔を上げるとそこには明るく笑う俳沢折々(ia0401)がいた。
「いらっしゃい‥‥折々さん。申し訳ありません。散らかっていまして」
 周囲を片づける玉櫛・静音(ia0872)にいいから。と折々は言って荷物を下ろした。
「準備の荷物を運ぶ途中でね、いい匂いがしたから少し覗いただけ。皆ステキなの作ってるみたいだね〜。うん、新鮮でいい香り」
 保健委員の四人が作っているのは傷薬とお香、ハーブ茶など。
「さっき、譲治さんと一緒に薬草園で摘んできたんです。譲治さんは花びらとかを集めていたようですけど」
 泉宮 紫乃(ia9951)がそう言って笑う。
 皆で準備する三年生を送る会。
 委員会で学んだものを生かしてのプレゼントであるらしいが体育委員会の平野 譲治(ia5226)に薬草園の花を提供したと言う事は、プレゼントもまた委員会合同ということだろう。
「ステキなものになるといいのですが、薬の調合は間違える訳にはいかないので‥‥緊張しますよね?」
「‥‥私の方も‥‥、もう少し、色を付けて綺麗に‥‥したい、かな? どうしたらいいと思う?」
 紫乃が笑いかけ、瀬崎 静乃(ia4468)が問いかけた人物の方に何気なく顔をやった折々は三回、目を瞬かせると、
「ノエルさん!」 
 友の顔に心から破顔した。
「お久しぶりです。三年生を送る会とのこと。お手伝いさせて頂けますか?」
「もっちろん! 全委員会合同でやるんだよ。あ、場所はいつもの食堂ね。私と喪越(ia1670)君、それからアルネイス(ia6104)さんはあっちで会場の準備をしてるから。じゃあ、後でね〜」
 荷物を抱え直し、いつもと変わらない顔で去って行く折々。
「ノエルさん。こっちの方の調合のお手伝い、お願いできますか?」
 何も聞かずいつも通りに接してくれる友達。
 彼女らに心の中で頭を下げて
「はい」
 ノエル・A・イェーガー(ib0951)は頷いたのだった。

 さて、保健室とは別の匂いの漂う食堂に貼られた張り紙が初夏の風に踊る。
『本日夕方まで掃除の為立ち入り禁止。お昼はお弁当を食べてね♪』
 食堂の中の中、厨房ではかちゃかちゃトントンとリズミカルな音が歌い、と良い匂いが踊っている。
 料理に励んでいるのは陰陽寮朱雀が誇る料理長と調理委員達。
「綾森委員長は山の幸、七松委員長は石鏡風がお好きだった筈〜」
 まるで歌う様に材料を刻んでいるのは尾花朔(ib1268)である。
「いや、相変わらずいい手際だね。朔、ホント、委員会を移動されるのが痛いくらいだよ」
「そうだぞ。お前ならいずれ朱雀寮の料理長だって任せられると思ったのに」
 手を止め自分の方を見る調理委員会副委員長と料理長。そのどこか残念そうな賛辞に苦笑しながら
「すみません。でも、まだいろいろやってみたいこと、学びたいことがあるのです」
 朔はそう頭を下げた。
 逆に慌てたのは二人。大きく手と首を横に振る。
「ああ、気にしないでおくれ、他意は無いんだよ」
「勿論。お前さんはいずれ朱雀のトップだって、その上だって狙える子だ。料理だけに世界を留めるのはもったいないからな」
 自分を見込んでくれる彼らの言葉に、少し心にわだかまっていたものが溶ける様な気持ちになって
「ありがとうございます」
 朔は心からの笑顔で微笑んだ。
「副委員長。お湯が零れてますよ。料理長もアッピン(ib0840)がケバブの味見、お願いしますって」
「いけない、いけないっと」「よーし、一気に仕上げるぞ」
 呼び声に招かれてほんの少し、人がはけた台所の端で、
「朔」
 真名(ib1222)は入れ替わるように朔の側によると声をかけた。
「こっちの味見、お願いしていい?」
 差し出された小皿は麻婆豆腐。辛めの味が好きな真名にしてはマイルドな優しい味で万人に好まれそうな味である。
「どう?」
「とても美味しいですよ」
「良かった。今回は普通通りの料理の方がいいかな、と思って」
 くすっ。
 顔を見合わせて笑いあった二人。どちらも言いたいことはいろいろある筈だが、上手く言葉は見つからなかった。
「朔は‥‥委員会を移るつもりだって聞いた。その、保健委員会に行くんでしょう?」
「いいえ、私が行くつもりなのは図書委員会ですよ」
「えっ??」
 真名の目が丸くなる。ある決意を決めていた彼女にとってそれは本当に以外な返事であった。
「本当?」
「はい。でも‥‥真名さんをお一人にしてしまうのには変わりありません。申し訳ないです」
 朔はまた頭を下げる。でも真名はさっきの二人より、さらに大きく頭と手を横に振った。
「いいの。心配しないで。離れる訳じゃないんだし、一人でも大丈夫」
「以前、折々さんが言っていたように次年度はもっと、各委員会同士の交流を深められたらと思ってます。また、これからも頑張りましょう」
「‥‥ええ!」
 とりあえず、今は料理の準備だ。
 スッキリした顔で仕事に戻ろうとする真名に
「あっ! 真名さん。この麻婆豆腐の中身、少し頂いていいですか?」
 朔はいつもどおりの笑顔でいつものように微笑みかけた。

●技と拳に乗せた言葉
 もぐもぐもぐ。
「やっぱり、朔の作った饅頭は美味しいなりね。さぶろーも食べるなり?」
 差し出された肉饅頭をとりあえず断ったが、彼を見つめる三年生達の表情は緩んでいる。
 ここは実技練習場。そこには譲治と劫光(ia9510)に呼び出されて一人を除く三年生達が揃っていた
「相変わらず正攻法で挑んでくるんだな」
 嬉しそうで、楽しそうな三年生にごくりと肉まんを飲み込んでから、譲治はう〜ん、と唸り声を上げた。
「正攻法っていうのとも、ちょっと違うなりかな〜。だって、せっかくの機会なりよ。補習とか再試験とか言ってもこんな機会はそうそうないと思うのだ。だから! 全力で遊ぶなり!!」
 真っ直ぐな瞳に乗せられた真っ直ぐな思い。
「譲治君の‥‥そういうところ好き♪」
「あわわっ!」
 突然、目元とそう変わらないところで笑いかけられて譲治は慌てて飛びのいた。
「びっくりするのだ〜! でも、いざ! 尋常に勝負なり!!」
「うん」
 笑顔を咲かせたまま、伊織がまず場に立った。
「勝負は一人一本勝負!」
「了解」
 二人は位置に着いた。最初の審判は劫光が務める。
「では! はじめ!!」
 開始の合図とともにまず、先行ダッシュで踏み込んだのは伊織であった。
 小柄な彼女はそれを生かした先制攻撃が得意らしいとは以前三郎に聞いている。
 譲治はとっさに彼女の直動線から身を逸らすと、術を紡いで彼女に向けて放った。
「何の術?」
 伊織は身構え、備える。
 爆発するような音と光、襲い来る龍。けれど予測された衝撃はいつまでも来なかった。
「大龍符? 勝負なのに?」
「鬼さん、こちら〜」
 譲治がモノリスの向こうからそんなおどけた声を出している。
「あいつ‥‥本当に遊んでるんじゃないか?」
「そうかもね。ホント。大物。あ、これ美味しい」
 譲治が用意した珈琲と花びらの砂糖漬けを摘みながら観戦を続ける三年の思いを知ってから知らずか、譲治は楽しそうに結界術符「黒」の影から影へひょいひょいと逃げては伊織の攻撃をかわし続けている。
「もう! ちょこまかと!!」
 なかなか掴まらない譲治に伊織が珍しい苛立ちを浮かべたその時だった。
「あっ!」
 彼女は自分の足元がぬかるんでいることにその時気づいた。
「ひっかかったなりね〜!」
 モノリスからひょいと顔を出した譲治が雷閃を至近距離から撃ち放つ。防御が対応できず間に合わない!
「うわああっ!」
 声を上げた伊織の隙を見て譲治が彼女の懐に飛び込んで当身を入れる。
 一年間体育委員会で鍛えられて、スピードと体力には彼もかなり自信がついた。
「あっ‥‥」
 意識を刈り取られるように崩れ落ちて、伊織は崩れ倒れた。
「勝負あり! 譲治の勝ち!」
「やったのだ! っと大丈夫なりか?」
 勝負に勝ち誇るより先に、倒れた伊織の方に駆け寄る譲治。
 それに小さく微笑んで、近づいた保健委員長は持っていた救急箱を差し出したのだった。

 譲治が補習において対戦を挑んだのは委員長五人であった。
 けれどもやってきたのは四人。うち一人は大事な用があるからと断ったという。
 断った人物は七松透。彼は譲治とほぼ同じ頃、
「くっ! スピードが前より上がっていますね」
「先輩こそ、力が段違いです。前は手加減していたんですか!!」
 別の場所でそれ以上と言える死闘を繰り広げていた。
『用具委員長。どうか勝負をお願いできないでしょうか?』
 丁寧に頭を下げた青嵐(ia0508)の言葉を拒む理由はなく彼らは今、用具室でそれぞれの人形を使った傀儡操術の勝負を繰り広げていた。
 他に観客のいない勝負。戦いの趨勢は本人だけにしかわからない。
 けれど、彼らはある意味誰よりも正確に相手の実力を把握していた。
(力と行動の洗練さには、まだ叶いませんね)
 青嵐は口の端を上げる。けれどその表情は楽しそうにさえ、見える。
 以前、試験課題で彼と勝負を挑んだ後、青嵐は自分達の委員長が朱雀寮の歴代指折りと言われる人形遣いであることを知った。それに納得もしたが同時に悔しいとも思った。
 自分と大差ない年の相手が得ている力を自分が得られないとは思いたくなかったのだ。
 けれど、こうして戦っているとそんな負の思いなどどこかに飛んでいく。
 目の前に自らより優れた手本が居る。
 なればその動きを盗み、覚え、自らの血肉とし、自らの形に作り変えて返す。
 攻撃を一手受けるごとに変わっていく自分が楽しい。
 そんな表情が見えたのだろうか。
「良い目をするようになりましたね。と、いうか君の目をじっくり見るのは初めてのような気がするけど」
 透が呼吸を整えながらそう笑いかける。
 青嵐はその言葉に、手元に招きよせた人形で答えた。
『少し、思い出したんだ。心のままに術を繰り、妹達を楽しませていた時の事を。純粋に、それを楽しむ事を』
「そう‥‥ですか!!」
 人形が動く。更なる攻撃が畳み掛けるように続く。
 衝撃が人形を超えて手に響いてくる程のそれに彼の本気が伝わる。
「負けられない。例え負けても何度でも挑み続けてみせる!」
 青嵐は真っ直ぐに相手を見据え、渾身の攻撃を仕掛けた。
「甘い!」
 一直線の攻撃は正面から受け止められる。けれど
「えっ?」
 透は瞬きした。真っ直ぐに繰り出されると思った攻撃は、とっさに方向を変えて彼と人形の死角に入りこんだのだ。
「そこです!!」
 バキン!
 何かが砕ける音。
 操り糸が切れるように人形が崩れ落ちた。
「‥‥私の、負け、ですね」
 膝をつき、人形を拾い上げる透に青嵐は手を差し伸べた。
「本気で戦って下さって、ありがとうございます。貴方の継ぎへと続く者として‥‥貴方の「後輩」として、俺はこの戦いを忘れません」
 差し出された大きな手。その手を透は
「ありがとう」
 先輩としてではなく、一人の人間としてしっかりと握りしめたのだった。

「あいたた。さぶろーも大人げないのだ〜」
 訓練場の端で涙ぐむ譲治は三郎に捻られた手に慣れない手つきで包帯を巻いていた。
「大丈夫?」
 心配顔で覗き込む伊織に大丈夫と譲治は笑って逆に
「やりすぎてごめんなりねっ!」
 と頭を下げたのだった。譲治の戦いは伊織に完勝、桜に辛勝、三郎に惨敗というところだ。
「俺との料理勝負にも勝ってるから三勝だ。いいだろう?」
「でも、あのレベルの戦いにはまだまだなのだ」
 黒木三太夫が珈琲を差し出すが、手を付けない譲治が目で見るその先には劫光と三郎の戦いが繰り広げられている。
 体術と陰陽術のせめぎあい。
「飛べ、風の龍!」
 劫光が斬撃符を繰り出すと同時に三郎も斬撃符を放つ。
 互いの攻撃をその身で受けた後はガチンコの格闘戦。
 呪縛符の静止を打ち破って戦う三郎や、それさえも見切って次の攻撃を考える劫光は遥かに遠く見える。けれど、大きな手が譲治の頭を撫でた
「あれに届く必要はないさ。お前さんはお前さんの目標に向かえばいい。それに届けばお前の勝ちだ」
「さんだゆー。ありがとうなのだ」
「あら、終わったわね」
 勝負は、三郎が図南の翼からの斬撃符に怯んだと見せかけて作ったスキに踏み込んだ劫光の蹴りをかわして逆に地面に落としての勝利となった。
「惜しかったな。負けるかと思った」
 息を切らせる三郎が差し出した手を劫光は悔しげに握った。
「くそっ! 次こそは勝ってやるぞ」
 そう言った劫光はふと自分を呼ぶ声に振り返る。
「おーい、皆。ご苦労様〜。用意できたよ〜〜」
「用意?」
 首を傾げる三郎に劫光はにやりと笑った。
 彼を驚かせることはこれからできるだろう。と。

●三年生を送る会
 会場に入ると同時パンパンとなる爆竹の音。
『三年生 お疲れ様でした!』
 色とりどりの千代紙で飾られた薬玉からは大きな文字で書かれた垂れ幕が落ちてくる。
 食堂に集まっているのは、一年生、二年生、そして職員たち。
 唖然とする三年生を前に
「ではこれから、三年生への感謝の会を始めます!」
 折々が高らかに告げた開会の言葉に会場全体から拍手が上がった。
「何か、ごたごたやってると思ったらこういうことだったのか?」
 見合わせる三年生達の顔に浮かぶのは気恥ずかしさの混じった、でも間違いのない喜びだ。
「今回の料理は、一年生と二年生が力を合わせて作った。思う存分食べておくれ!」
 並べられた料理は今までのパーティとは少し違っている。
「‥‥私の村の料理と同じ?」
「おはぎ、私の大好物」
「石鏡の料理? まさか、私の出身地まで調べて?」
「この朱雀の祝い膳もすごい」
 気をてらった宴会用の豪華な料理は僅か。
 後は主賓に喜んで貰う為の料理である。
「貴方達‥‥」
「とにかく、乾杯しよう」
 そう言って劫光は目で合図をした。一年生が先頭になって給仕を行って全員に杯が配られる。
 司会を兼ねていた折々が皆の前に促される。
「三年生の皆さん、お疲れ様でした。朱雀寮の皆の健康と良い未来を願って‥‥乾杯!!」
「「「「乾杯!」」」」
 掲げられた杯と合わさる音が会場に高く、優しく響いたのだった。

 三年生を送る会と言っても特に一年生はこちらでも気をてらったことを用意したりはしていなかった。
 それぞれが、それぞれに大事な時を過ごす。
「綾森先輩‥‥」
「どうしたの? 貴方達?」
 桜の前に集まった保健委員四人は、
「合格おめでとうございます」
「これまで暖かいご指導、本当にありがとうございました」
 それぞれに感謝の言葉と共に色とりどり、綺麗に包まれたプレゼントを差し出している。
「私に?」
「俺達にもあるのか?」
 差し出された包みから出てきたのは血止めの傷薬や丁寧に箱に入れられたお香、蝋燭、香草茶。
「どれも、まだ売り物にできるようなものではないのですが‥‥私達が作りました。心からの感謝をこめて‥‥」
「卒業後は村に帰られるんでしょうか。何かあったら連絡して下さいね、飛んでいきますから」 
「あの‥‥お世話になりました。先輩達も、元気で」
「もう! 貴方達ったら!!」
「「「「うわっ!!」」」」
 桜はその細腕からは信じられないような力で、四人を強く抱きしめる。
「私も、朱雀寮で貴方達と出会えて幸せだったわ。ありがとう‥‥」
 出会った時と変わらない優しさそのものの言葉に少女達の目元には小さく何かが輝いていたようだった。

「いいんちょ。本当にお世話になりました〜」
 アッピンが杯のお代わりを運ぶとそれ受取ながら伊織は
「ありがとう」
 といつもと違う、はっきりとした言葉で受け取った。
「絵本、ありがとう。皆、喜んでた」
「まあ、おもちゃの域ですけど喜んで貰えたなら〜。あれ? その箱は筆頭からの?」
 寮生達から贈られた品物を愛しげに見つめる源。その中で一つ。大事そうに手に持っているものがある。
「そう、眼鏡。ちょっと、嬉しい」
 くすっ。小さくだが確かな笑みにアッピンも笑み崩れる。
「やっぱりいいんちょ、笑った方が可愛いですよ。いつもより三割増しです。開拓者になったらそういうのも武器ですからね〜」
「何々? 何の話?」
 女性が集まっての話になかなか男は入れないが、見守るような優しい笑顔と時に包まれて彼女らは尽きることない話をし続けていた。

 あちらでは調理委員長が委員達と談笑し、向こうでは体育委員長が今日の対戦について何か話している。
 そんな中、
「よう! 青嵐、委員長。こっちへ来ねえか?」
 特に会話するともなく並んでその様子を見ていた二人に喪越がそんな声をかけた。
 声の奥では白雪智美が小さく会釈する。
「ま、何があったかは聞かねえけど、こう見えても俺はけっこー、じんせーけいけんって奴があってだね。皆で酒を酌み交わすってのもよいと思うんだよ」
 乾杯用の飲み物ではない甘い香りは酒、であろうか?
「これは、甘酒だから寮内で飲酒はとか固いことは言いっこなし。とにかく、皆で飲み明かそうぜ」
 年上の後輩の優しさに七松は小さく肩を竦めながらも楽しそうな顔を見せた。
「そうですね」『それもいいかもしれません』
 二人はそう言って差し出された杯を手に持つ。
「私から言うことはもうありません。皆さんでどうぞ」
 委員長からの促しに喪越は苦笑しながら頷く。
「んじゃ! 用具委員長の未来と委員会のさらなる発展を願って、乾杯!!」
 高く掲げられた杯は彼らの未来を祝しているようだった。

「それじゃあ、一年生、ちょっと集合!!」
 宴もたけなわ。そんな頃、折々が声を上げた。
 声に従うように一年生達が集まっていく。
「退場時にとでも思ったんだけど、この宴会もなんかいつもみたいに終わりなく夜明かしになっちゃいそうだし、それでいいと思うけど‥‥でも、伝えたい気持ちがあるので‥‥見て下さい」
 口調は少し冗談めいているが乗せられている思いは真剣なのが解るから三年生達の背筋がピンと伸びる。
「じゃあ、先輩達の門出を祝福して、一、二のサン!!!」
「うわああ〜〜〜!」
 上がった声は誰のものであったか。一年か、演出を手伝った二年生か、もちろん三年生のものであったかもしれない。
 そこに繰り広げられた光景は夢のようなものであった。
 十数人が一度に使う紅符「図南の翼」
 朱い羽の幻影の中、朱の鳥たちが部屋の中を舞い飛んでいく。
 それぞれが生み出す「朱雀」は顔も形も様々。
 けれど、そこには紛れもない寮生達の「思い」と「願い」があった。
「‥‥ありがとう」「忘れないから、絶対に」
 泣き出してくれた女性達を抱きしめながら男子達も朱雀の乱舞を見上げるように顔を高く上げ続けた。
 その光景を胸に焼き付けるように。
 目から何かが零れ落ちるのを防ぐかのように。

●流れる未来に向かって
 宴はまだまだ終わらない。
 食堂での喧騒がまだ続く最中、アルネイスは一人、薄暗闇の中、静かに佇んでいた。
 静寂の実技場にやがて
「待たせたな」
 音もなく現れた気配、かけられた声。しかし驚くこともなくアルネイスは振り返ると頭を下げた。
「いえ、お待ちしておりました。体育委員長。いえ、西浦三郎殿。どうぞよろしくお願いたします」
 そこに腕を組んで真っ直ぐに立つ西浦三郎の姿があった。
「これは、生徒としてではなく一人の陰陽師としての戦いであると御知り置き下さい」
「ああ。私も手加減はしない」
「‥‥手加減、できるものかどうかは解りませんが‥‥。ルールは戦闘不能か負けを認めさせれば勝ち、ということでお願いします」
 アルネイスはそう言うと小さく笑って術を発動させた。
 微かな音共に目の前に壁がそそり立つ。
「ヌリカベ?」
 瞬きする三郎の眼前で、さらに二つ、三つの四つ目の壁が立ち上がる。
「『白』と『黒』の結界です。私の全身全霊で戦います。それは、進級の為ではなく、ここに残るべきか否か、それを私自身が決める為!」
 アルネイスは囲まれた結界の中から、そう声をかけた。
「戦う、と言いながら壁の中に籠るのか?」
 どこかからかう様な挑発するような声に、だが冷静に彼女は答える。
「これが私に戦いです。貴方は朱雀寮を卒業される三年生はどう対処されますか?」
「解りきっているだろう? 私、いや俺の答えは‥‥これだ!」
 パ、リン、
 音を立てるように目の前の白い壁が崩れて消えた。
 三郎が爆式拳で眼前のヌリカベが打ち砕かれたのだ。
「堅い、壁だな‥‥。腕をだいぶ上げたと見える」
「それを拳で割り砕いておいて、何を言ってるんですか!」
「二発、入れなきゃ壊れなかった‥‥ぞ!」
 アルネイスはさらに次の障壁を前方に出していく。二枚目、三枚目、四枚目。
 打ち砕かれるごとに瘴気回収で可能な限り瘴気を回復して新たに作っていく。
 そして三郎はそれが現れる度に同じように、打ち砕いてくのだった。
「それが、貴方の‥‥朱雀寮の答え、ですか?」
「さあ‥‥な。寮長の、考えなんて‥‥俺にも解らない。けど、三年間朱雀寮にいて、学んだ一番、大事な事は一つだ‥‥!」
 バキン!!
 どのくらい、時間が経ったのだろうか。
 五枚か、十枚か、もっとかもしれない。壁を打ち破り続けてきた三郎が今、アルネイスの前に立っている。荒い呼吸、血のにじむ手。だが、彼はアルネイスの前に立っている
「これで、終わりか?」
「はい‥‥。終わりですね。ありがとうございました」
 頭を下げた彼女の首に、トンと軽い衝撃が落ちる。
 どこか不思議な思いで目を閉じた彼女の耳に最後に聞こえたのは
「俺の、負けだ‥‥」
 静かで優しい声だった。

「‥‥あっ」
「気が付いた?」
 意識を取り戻したアルネイスは、頭に触れる柔らかい感触に身体を飛び起こした。
 それは綾森桜の膝枕だったと理解した彼女に桜はそっと微笑む。
「三郎が、勝負は貴方の勝ちだって‥‥」
「え? ‥‥でも?」
「後は、決めるのは貴方だから‥‥」
「ひょっとして‥‥知っていて?」
「あれ、馬鹿だから‥‥。直接対決を結局逃げた自分には貴女が眩しいんですって。貴女が求める答えとは違うかもしれないけど、自分にはこれしか答えは出せないって言ってたわ」
 アルネイスの質問に桜は答えなかったが、その笑みが示す意味にアルネイスは顔を背けていた。
 進級試験の後、アルネイスは胸の中にあるモノを感じていたのだ。
 寮長の方針と自分の考えの間にある温度差、というか隔たり。
 それは滓のように彼女を苛んでいて‥‥。
 彼女の胸にある決意や思いを知ってか知らずか桜はふいと立ち上がると足についた砂を払った。
「朱雀寮の一年生はね、心を試し、育てる意味が大きいんですって。だから試すような騙すような試験や授業が多いの。困ったものよね」
 アルネイスに背中を向けた桜の顔や思いは知れない。けれどいつの間にか満天に広がる星空を見つめ告げる桜の声はどこまでも優しかった。
「でも、アルネイスさん。入寮試験の時、貴方は言ったわ。
 私、覚えてる。『修行をして実力を上げたい。旦那様や皆を‥‥守る為に』
 だったら、本当に力をつける為に学ぶのはこれからよ」
「桜さん‥‥」
「さて、私は三郎の方の手当てに行くわ。あの馬鹿、今頃、どっかで行き倒れてると思うから。じゃあね!」
 明るく笑って去って行った彼女はアルネイスの答えを待たずに走って行く。
 その背中を見送ってアルネイスは立ち上がった。
 今、自分自身の行く道に一つの決断を下そうとしていたのだった。

 三年生を送る会はこうして静かに終わりを告げる。
 そして三年生より、他の誰より早く、朱雀寮を去っていく者がいた。
「各務寮長、今までありがとうございました。短い間でしたが朱雀寮で学んだことは忘れません」
 ノエルは、自分を見送り朱雀門に立つ寮長にもう一度、そう言ってお辞儀をした。彼の手に自分の朱華は返却してある。
 この未来を望んでいた訳では多分、無いけれど‥‥。
「縁があるのならまた。いつでもあなたの前に朱雀寮の門は開かれていますよ」
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
 彼女は歩き出していった。
 見送る友に一度だけ頭を下げ、後は振り向かず、前を向いて。

 夢のような宴もいつかは終わり、朝が来る。

 時は流れる。決して留まることなく。
 それぞれの、未来に向かって。
 今日という一日は、その未来に向かう為の灯となって彼らの心にいつまでも輝き続けるだろう。