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■オープニング本文 ある、冬の日のこと。 一人の女性が息を引き取った。 母一人、子一人の親子。 たった一人の肉親を失って、彼は天涯孤独の身となったのだった。 「ねえ。これからどうするつもりなの? ユーリ?」 葬儀を終え、一人墓所の前に立つ青年に一人の少女が声をかけた。 「もし、よければうちに来てくれていいんだよ」 少女の背後に立つ男性も優しい目で彼を見つめている。 「今まで通りうちの店で手伝いでもしてくれるとありがたい。たいして給料も出せないが君は頭もいいし、人気もある。頼りにしているんだよ」 「ねえ、ユーリ。そうしましょう?」 「オリガ‥‥」 少女は青年の片手を握り、引く。 「ありがとう‥‥でも‥‥」 青年は寂しそうに微笑した。もう片方の手に握られた母の形見の短剣が小さく音を立てた事を、彼以外の誰も気が付かなかった。 「ジェレゾの街で捜して欲しい人がいるんです」 開拓者ギルドにやってきた依頼人はオリガという15歳の少女とその保護者。 彼らはそういうと依頼書と共に一枚の似顔絵を差し出した。 銀の髪、青い瞳のなかなか美しい青年だ。 「名前はユーリ。ユーリ・ソリューフ。今年18歳になる青年です。彼は、先日母を亡くしたのですが、ジェレゾにいる父に会いに行くと言って街を出ました。ところが約束の日を過ぎても彼は戻ってこない。 多少のお金は持って行ったようですが、心配をしていたら、ジェレゾにいる私の友人が彼を見かけたと教えてくれたのです。彼はジェレゾで男達を追いかけていた、と」 ユーリというその青年を知るという友人は、青年が追いかけていたのは明らかなゴロツキどもであり、それを追いかけながら 「待て! 母さんの形見のその剣を返せ!」 と叫んでいたのを聞いたという。 「ユーリは頭もよく、武術などにも長けた、よくできた青年ですが志体持ち、というわけではありません。しかも知る人のないジェレゾでさぞ苦労をしている事でしょう。ですから、皆さんにはユーリを見つけ出し、できるならゴロツキに盗まれたと思われる品物を取り返してやってほしいのです」 「ニーナさん、ユーリのお母さんはとっても優しい、いい人だったの。ユーリもとってもいい人よ。だから、お願い。助けてあげて」 依頼人たちは本当に、その青年の事を心配しているようだった。 家族ぐるみで、きっと仲良くでもしていたのだろう。 係員はそう感じ、微笑むと依頼書を受理したのだった。 「こいつは‥‥面白いものを手に入れたな」 下町の一角を纏める男はそう言って笑った。 黄金造りの豪奢な短剣には、この国の者であるならだれもが知るある紋章が刻まれていた。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ
ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)
13歳・女・騎
コトハ(ib6081)
16歳・女・シ
サフィラ=E=S(ib6615)
23歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●新緑の葉影に 初夏のジルベリアは最高だ、と誰かが言っていただろうか? 「うわ〜〜〜っ! すっごい濃い緑。木もこんなに沢山。ここまで深い森初めて見たかも?」 新大陸出身のサフィラ=E=S(ib6615)は街に辿り着く前からそんな声を上げていた。 炎龍Kebakaranで空を舞う度、歓声に近い声が幾度も聞こえている。 極寒と呼ばれる冬の長さがあるからこそ、輝く夏の美しさ。 新緑の美しさや、そこかしこに咲く花は確かに眩しい程である。 しかし、 「ここがジェレゾ‥‥」 龍牙・流陰(ia0556)はため息交じりの息を飲み込んだ。 広大な街、石造りの建物に目を見張らずにはいられない。 「さすが王都だけあって広さも人口もかなりのものですね」 「まあ、確かにな。メーメルやリーガも十分に大きかったが比較にはならないだろう?」 ここは王都。シュヴァリエ(ia9958)は苦笑に近い笑みを見せた。 この独特の活気にはどこか懐かしいものさえ感じる。 流陰の甲龍、穿牙やウルシュテッド(ib5445)のヴァンデルン。龍達を一角に止めて、ジルベリアの誇りたる街に開拓者達は足を踏み入れ勧めたのだった。 大門を潜れば賑やかな城下町に入る。 新緑の葉影に守られるように人々の住まう下町、商店が並ぶ。奥には貴族の館もきらびやかに見える。 「そういえば、あの兄妹もこの街で生まれたのでしたね。元気でいるでしょうか」 貴族の館を見ながら呟く流陰。その手には黒い髪紐が玩ばれていた。 「ミレーヌさん?」 ヘラルディア(ia0397)は突然立ち止まったミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)に声をかける。 足を止めた少女は膝を折って跪いる。視線の先にあるものは‥‥ 「あれが王城。皇帝陛下のおわす‥‥」 優雅で、それでいて荘厳な城をこの少女の夢は帝国一の騎士になることであるという。ジェレゾや皇帝一家に関わる思いはまたひとしおなのであろうか? 「でも、人探しと失せ物探し‥‥かぁ。もっと大きな仕事の依頼だったら良かったんだけど‥‥困ってる人に手を差し伸べるのも騎士として当然の事よね」 パンパンと膝の埃を払い立ち上がったミレーヌ。背負うアーマーグランシャリオの出番は当面なさそうだと少し寂しげだ。 だがその耳に 「それは、どうかな?」 まるで独り言のような呟きが届いた。 「どういう意味だ? ウルシュテッドさん?」 ミレーヌの言葉に答えず、ウルシュテッドは依頼人から預けられた一枚の似顔絵を見つめる。 銀の髪、青い瞳。典型的なジルベリアの青年ではあるが際立って美しいこの容姿。 そして母親の形見が『剣』であるということ。 「何か、ありそうな気がするな」 「ええ、そんな予感はします」 真剣な眼差しのフェルル=グライフ(ia4572)。ウルシュテッドのそれと思いは近い所にある。 「実際に本物を見てみないと何とも言えませんが、早く見つけてさしあげないと」 「な、なに? なんかこの事件に裏があるとでも言うの?」 「はっきりとは言えませんが、多分‥‥」 フェルルは言葉を濁す。少女がうろ覚えながら話してくれた短剣の特徴が本当であるとしたら‥‥。 「いえ、今は、まずユーリさんを見つけ出す事だけ考えましょう。やれる事はただ一つ。いつだって全力でっ!」 拳をぎゅっと握りしめたフェルルにコトハ(ib6081)がはいと頷きながら頭を下げた。 「その通りであると考えます。一刻も早いユーリ様の保護が急務でございましょう。よろしく、お願いいたします」 やがて上げられたコトハの顔を迎えたのは、それぞれの、しかし同じ志を持つ者の笑みであった。 ●銀の髪の青年 まずはなにより、ユーリを見つけ出さなければならない。 それは依頼を受けた開拓者達の共通意見であった。 開拓者にとっても慣れない町で何をすべきか、それを考えた時 「とりあえずは目撃者に話を聞く事、それからユーリの行動を追う事。かな?」 「約束の日を過ぎても戻らないっていうことは、戻れない理由があるってことよね?」 ウルシュテッドの言葉にミレーヌが頷いた。 依頼人の友人の話を聞けば、かなり奥まった下町での騒動であったらしい。 「良い身なりをしていたと聞きますし、相手が一人であると言うのならゴロツキがいつまでも逃げている理由は無いと思うのです」 だから、心配である、とフェルルは言外に言う心配は開拓者皆が持っている思いであった。 「既に敵に捕らわれている可能性があるな。聞き込みは慎重にしないと」 「はい、これ、ジェレゾの街の概略地図‥‥、って何をしてるの?」 サフィラがシュヴァリエに地図を私ながら声をかけると彼は、手に持った紙から目を上げた。 「あ、ユーリさんの似顔絵? 綺麗な男性だよね〜」 サフィラは何の気なしに口にしたのであろうが、シュヴァリエの目は厳しく光っている。 「確かに美しい容姿をしているな。それが‥‥気になる」 「えっ? なに?」 「いや、なんでもない。今は捜索が最優先だからな」 コトハの写したユーリの似顔絵を丸めて服の隠しに入れるとシュヴァリエは小さな、本当に小さな笑みを浮かべる。 「いつぞやは何処かの姫を探してくれと頼まれたものだけど、今回は王子か」 シュヴァリエは半ば冗談のように言ったのだろうが、開拓者達の何人かは笑わなかった。 特にヘラルディアとウルシュテッドは さっきも似た目をしていたのだが。 「とりあえずは手分けして探すとしましょう。僕は目撃証言のあったところから周囲の聞き込みをしてみます」 「では、私も。周辺のカフェなどを当たってみるつもりです」 「私は宿を取っていないか調べてみようと思う。ひょっとしたら宿屋にいるかもしれないし、いないとしても手がかりとかがあるかもしれないと思うから」 「では、私もご一緒させて下さい。私の忍犬、ロンがお役にたてるかもしれません」 「私もご同道させて頂きたく思いますね。」 「んじゃあ、あたしは酒場とか裏町とかで情報集めてみるよ。こういうのは得意だから心配しないで」 仲間達の表明にシュヴァリエとウルシュテッドは顔を見合わせ頷く。 「それじゃあ。行こう」 待ち合わせの場所と時間を合わせて、開拓者達はそれぞれに散って行った。 残された男二人もまた、それぞれに目的の場所に向かって歩き出したのである。 それから数刻後。 「どうしたんだ?」 互いの情報を交換する待ち合わせの場所で、開拓者達はまだ戻らぬ仲間達を心配の顔で待っていた。 ここに戻ってきているのはシュヴァリエとウルシュテッド、そしてサフィラの三人だけ。 どちらかというと裏通りに近い所で危険な調査をしていた者達が無事に帰ってきて、そうでないメンツが戻って来ないと言う事に三人は、多少でない不安を抱いていたのだった。 「何かあったんじゃないだろうな?」 表情にはあまり出すわけでは無いがシュヴァリエは腕を組んだままイライラと足を鳴らす。 「う〜ん、その可能性はあるかもね。なんだか別の意味で物騒な感じだったから」 サフィラは自分の調査を思い出したように語る。 『えっと、この人探してるんだけど何か知らないかなっ?』 『教えるから胸触らせろ? んー‥‥本当はお金取るんだけど‥‥今日は特別♪ って、いうのは冗談で〜アタシとヤろうだなんて100年早いっての! いーだ!』 そんな野郎はひっきりなしにいたが、昼、というのを差し引いても本当にヤバそうな相手は殆ど見かけなかったのだ。 「こちらも、だな。少し見かけた奴らは一様にイライラした顔で誰かを探しているようだった」 「誰か、と言う必要はあるまい。ユーリだろう? つまり、まだそいつは連中に捕まっていないと言う事だ」 シュヴァリエの言葉に浮かない顔でウルシュテッドは前を向いた。 (つまり、奴らは奪われたと言う短剣だけでなく、ユーリそのものにも興味を示していると言う事か‥‥) 「まずいな‥‥!」 そんな呟きを吐き出した次の瞬間、身構える。近付いてくる人の気配を感じたからだ。 「待って! 私!!」 「‥‥ミレーヌ。一人なのか?」 身構えた臨戦態勢を解除してシュヴァリエが問う。 うんと頷いた後、彼女は仲間にくいくい、と手招きし小さな声で告げた。 「ユーリは、見つけた。結構な怪我をしてるから、今、コトハとヘラルディアが側に付いて治療してる。で、フェルルと流陰がちょっとヤバそうなんだ。直ぐに来てくれる?」 どうやら事態は思ったよりも急激に回り始めているようだ。 敵の追跡を避ける為に狼煙弾を使わずにやってきたのであろうミレーヌの言葉に頷いて、三人は周囲を警戒しながら素早く背を向け走り出す後を追いかけたのだった。 彼らが辿り着いた先は裏町に近い住宅街の中であった。 「こっち!」 ミレーヌはその外れ、みすぼらしい一軒にひらり近寄ると、トントン。扉を叩いた。 「どなたでございますか?」 「私! 皆を連れてきたから開けて!」 返事は開錠音と開かれた扉。 「皆様、ご無事で何よりでございます。急いで中に」 出迎えたヘラルディアの声に促されてその身を部屋の中に開拓者は滑らせ、息を吐き出した。 「こっちこそ心配していた。で、どういう状況なのか説明をして貰えるかな? ユーリ‥‥君?」 ウルシュテッドの声は部屋の片隅にあるベッドに腰かけていた青年に向けられていた。 「ひゅう!」 思わず口笛を吹いてシュヴァリエは口角を上げた。 目の前に立つ青年は多少汚れてはいるものの美少女と見まごうばかりだ。 「男にしておくのがもったいないね。いや、俺はそれでも構わないのだけど」 冗談めいた声が聞こえたのか、聞こえていないのか。 側に立つコトハの差し出された手を断って、青年は立ち上がると開拓者達に深々と頭を下げた。 「話は、伺いました。オリガと叔父さんが依頼を出して、僕を助けに来て下さった、と。初めまして。ユーリ・ソリューフと申します」 丁寧な言葉と物腰は開拓者達を驚かせる。 凛とした青空のような美しい瞳。汚れてはいるが流れる髪は銀糸のように美しい。 もし彼がボロボロの服装をしていなければ。もう少し身綺麗な格好をしていれば貴族の青年と言っても通じるかもしれない。 「僕は、ジェレゾにいる‥‥父に会う為にやってきました。ですが、母のたった一つの形見をゴロツキに奪われてしまい、所持金も無くしてしまったのです。その為、帰るに帰れず‥‥オリガと叔父さんには心配をかけてしまいました」 「まったくだな。大切なものならしっかりと守らないとダメだ」 「お兄ちゃんを悪く言わないで!」 「ん?」 シュヴァリエは腹元に感じた小さな衝撃に目を瞬かせて下を向く。 そこにはぽかぽかとシュヴァリエを叩く女の子の姿があったのだ。 「お兄ちゃんは、私とお母さんを助けてくれたの!」 「この方は私の借金を肩代わりして下さったのです。でも、その結果大事な宝物を奪われたばかりか怪我を負わされる羽目になって‥‥」 涙ぐむ母子の様子を見てミレーユが簡単に仲間達にさっき聞いた状況を説明する。 父親に会いに来て門前払いを食らわされたユーリが、街で偶然にこの母子がゴロツキに襲われそうになっているのを見た。 ゴロツキを倒し、借金を肩代わりしたまでは良かったが、その時に使った彼の武器。 母の形見の短剣に目をつけられ、多勢に無勢で奪い取られてしまった。というのだ。 「取り返そうと動いたのですが、逆に返り討ちに会い‥‥所持金も無くなってしまったのを彼女達に助けられたのです」 俯く青年の足元をコトハのロンがツンと鼻で突く。 慰めているわけでは無かろうが、宿に残されていた僅かの遺留品からここまで辿り着いた半分の成果はロンにある。 ちなみに残りの半分は開拓者達の聞き込みの様子を見て、彼を助けてと頼んだ足元の少女にあるようだが。 「お金は別に構いません。働いてなんとかするつもりでした。でも僕は、どうしてもあの短剣だけは、何があっても取り戻さなければならないのです。オリガと叔父さんの依頼を受けて下さった開拓者の皆様、どうか、僕にも少しだけ力をお貸し頂けませんか?」 真剣に頭を下げるユーリの頼みに、言われるまでもないと開拓者達は微笑する。 「餅は餅屋と申します。どうか、お任せを」 「元々、アタシたちはその為に来てるんだしね〜。こっちから言わせてよ。探し物のお手伝いさせてくれないかなっ? ってね」 「ありがとうございます」 ようやく明るい笑みを見せた青年の返事に満足そうに笑って、サフィラは頷く。 「あれ? そう言えばフェルルと流陰は? 一緒じゃないの?」 「お二人は、短剣を取り戻す為に動いておられますね。ポザネオを着けておりますので行かれますか?」 問われた彼らの返事など、もちろん決まっていた。 ●格の違い 「おら! とっとと歩け!」 後ろからナイフを突きつけ、脅すように声を荒げる男にあらあら、とフェルルは微笑した。 絵にかいたような悪役と、絵にかいたような展開に思わず笑ってしまう。 「ニャー」 ふと、前の方から猫の声が聞こえる。自分を心配しているかのようなその猫と頭上に 「大丈夫ですわ。よろしくお願いしますね」 さらに笑顔で声をかけたから、男達の怒りが爆発した。 「何を笑ってやがるんだ。自分の立場解ってんのか!」 「きゃあ!」 ナイフに力を入れようとする男を、別の男が馬鹿! と諌めた。 「こんなところで騒ぎを起こすんじゃねえ! 行くぞ!」 そして急ぎ足になった男達は、裏路地のさらに奥の小さな広場で急がせたフェルルと自分達の足をやっと止めたのだった。 「あのガキはどこにいる?」 広場の中央に押し出された彼女に、目の前にいる男がそう威圧的に尋ねた。 「そんなこと、存じませんわ。私の方こそ彼を探していたのです。ご存じありませんの?」 フェルルは答える。そう自分は行動してきた。おのぼりさんっぽいいいところの人間に見せて。 「そうか。なら、あいつの素性を言え。どこに身代金を要求すればいいか、偽りなく答えれたらお前は帰してやる」 「身代金? 彼はそんな家の人間じゃないですよ。母一人子一人の母子家庭で‥‥」 「うるさい! そんなはず有るか! この短剣の持ち主がそんなものである筈がないだろう!」 懐から取り出された黄金づくりの短剣に、フェルルは目を輝かせた。 と、同時自分と、自分達を取り巻く男達の格を見破る。 小物だ。これ以上時間をかける必要はない。自分の短剣を抜き放った。 「その剣は大切な品、返して下さい!」 「何を!!」 男達が息をまいて襲いかかる。だがその最初の攻撃は彼女には届かなかった。 「ぎゃああ!」「だ、誰だ!!」 「サン! 流陰さん!」 「大丈夫ですか? じきに皆も来るでしょう」 「ありがとうございます!」 影から様子を見守っていた流陰が場に飛び込んできて、フェルルの背中を守るように横についた。 彼の足元に転がっている男から血は流れていない。同じようにフェルルも相手を傷つけないように力の歪みで相手の武器を奪って宣言した。 「剣を返せばこれ以上事を荒立てさせません。投降しなさい!」 目の前の二人の腕に怯むように男たちは後ずさる。 「な、何をやってやがる! こっちの方が数は多いんだ。早く‥‥!」 それでも男達の長らしい者が声を荒げようとした瞬間、彼は凍りついた。 路地の向こうから聞こえてくる犬の声。 そして次々とやってくる者達に彼らは完全に意気を失っていた。 「皆さんとは格が違いますね」 屈強な男二人は悠々と部下を倒していくし、女達ですら明らかに手加減をしている様子で相手を地に沈めている。彼らの背後には自分達が探していた青年がいると言うのに手を出すこともできない。 「大人しく返せば良し、さもなくば一悶着あった後に返して貰う!」 既に十分悶着をしているが、そう思う長には自分達の敗北が完全に理解できていた。 「くそっ! 覚えていろ!!」 彼は倒れた部下達を置いて走り去り逃げようとする。 「待て! 剣を返せ!」 「サン!」「エクスシア!」 走り出そうとした青年を二筋の影が押し留める。 「鷹?」 二羽の迅鷹は主の命のまま逃亡をしようとした男の顔と腕を力強く掻き止めた。 「うぎゃああ!」 悲鳴を上げた男の足元に、からん。音を立てて何かが落ちる。 それをシュヴァリエは拾い上げると一瞥して無造作にフェルルに渡した。 思っていたより重い短剣には美しい装飾と共に、銀で作られたジルベリア皇帝の紋章が刻まれていたのである。 ●取り戻したものと失ったもの 全てが終り、賊は逃げ出し、開拓者達しか残っていない広場で 「お母様の形見、確かにお返しします」 フェルルはそう言って迅鷹達から受け取った短剣をユーリの前に差し出した。 「お母さんの形見なんですよね? 取り戻せてよかった‥‥もう絶対に取られないように、ですよっ」 彼は微かに震える手で短剣に触れ、強く握り締めた。 「ありがとう、ございます。‥‥皆さんは、お判りになったのですか?」 「これはどういう価値ですか?」 問いかけるヘラルディア、剣を胸元に抱き持ったホッとした顔でユーリは答える。 「‥‥僕にとって、母さんの形見であり、たった一つの支えなんです」 「支え? って‥‥どゆこと?」 だがその問いには彼は答えることはしなかった。 「ユーリ様の素性など野暮な事は聞くつもりはございません。もう無くさぬよう気を付けて下さいませ」 「だから、素性って何?」 開拓者達は口を噤む。 まだアル=カマルからこちらに来て間もないサフィラは知るまい。 短剣を取り返しその紋章を見た時。 いや、この依頼を受け短剣の話を聞いた時から一部の開拓者達は心に浮かぶある推測が消せずにいたのだ。彼らの幾人かはこの紋章を知っている。 似たものを見たことがある。 それはあの神乱の戦乱の最中、帝国軍が掲げていた旗の中に。 (ジルベリア人の特長的な色といっても、この銀の髪と青い瞳。そしてこの紋章を掲げられる一族はただ一つ‥‥。まさか、彼は‥‥) 「ユーリさん」 一時、流れた沈黙を静かに破り流陰は彼の名を呼んだ。 「ユーリさん‥‥貴方のことを本当に心配している方々がいます。 一度門前払いを受けた、と聞きました。まだ父親に会うという目的は果たせてないかもしれませんが‥‥その人達を安心させる為にも、一度戻るわけにはいきませんか?」 「剣よりも何よりも、君自身が形見だろう? 今更父親に会って何になる?」 挑むような目でウルシュテッドは問いかける。その鋭い目をユーリは解っています、と見つめ答えたのだった。 「でも、どうしても、僕には父に会う事が必要なのです。母の言葉と、思いを伝える為。‥‥そして、何より僕自身を確かめる為に」 彼の目、思い、そのどちらも揺るぎない。 人への優しさ、責任感。 ゴロツキ達を前にしても変わらなかった態度。 人を魅了する外見も合わせ上に立つ器を彼は、確かに持っているようであった。 ウルシュテッドは小さく嘆息し、一瞬連れ戻すことを諦めもしたのだが 「でも、一度帰ります。無一文で迷惑はかけられないし、急ぎ過ぎた感があるので今度はちゃんと準備を整えてくるつもりです」 「えっ? ホント? 良かった。帰りのボディガードは任せて。」 表情を輝かせるミレーユ。 自分を助けてくれた家族に礼を言って、荷物を纏めてくる、と言ったユーリに何人かが慌て走り着いていく。 「一度、戻る‥‥ですか」 「まだ、これからかもしれないな」 周囲を見回せば、眩しいまでの青。そして、新緑の緑。 花々咲き揃い一番美しいと言われるジルベリアの夏は、もうすぐそこまで来ている事だろう。 「取り越し苦労だといいんだがな」 彼らはそれぞれの思いを胸に空を見上げたのだった。 彼らに迫る影と、 「面白いもの、見〜つけた。また、楽しくなりそうね」 そのささやきを知ることなく。 |