【神乱】託された願い
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/19 20:49



■オープニング本文

 天儀暦1009年12月末に蜂起したコンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍は、オリジナルアーマーの存在もあって、ジルベリア南部の広い地域を支配下に置いていた。
 しかし、首都ジェレゾの大帝の居城スィーラ城に届く報告は、味方の劣勢を伝えるものばかりではなかった。だが、それが帝国にとって有意義な報告かと言えば‥‥
 この一月、反乱軍と討伐軍は大きな戦闘を行っていない。だからその結果の不利はないが、大帝カラドルフの元にグレフスカス辺境伯が届ける報告には、南部のアヤカシ被害の前例ない増加も含まれていた。しかもこれらの被害はコンラートの支配地域に多く、合わせて入ってくる間諜からの報告には、コンラートの対処が場当たり的で被害を拡大させていることも添えられている。
 常なら大帝自ら大軍を率いて出陣するところだが、流石に荒天続きのこの厳寒の季節に軍勢を整えるのは並大抵のことではなく、未だ辺境伯が討伐軍の指揮官だ。
「対策の責任者はこの通りに。必要な人員は、それぞれの裁量で手配せよ」
 いつ自ら動くかは明らかにせず、大帝が署名入りの書類を文官達に手渡した。
 討伐軍への援軍手配、物資輸送、反乱軍の情報収集に、もちろんアヤカシ退治。それらの責任者とされた人々が、動き出すのもすぐのことだろう。

 その日、リーガ城は久々の、本当に久しぶりの歓声に沸き立っていた。
 反乱軍の討伐に失敗してからずっと孤立無援に近い形で耐え忍んでいた城に、暫くぶりの隊商が到着し、さまざまな商品と首都からの救援物資を運んできたのだ。
 衣服、寝具、医薬品、そして食料。
 広場に積み重ねられた量は、城下の住人、そして傷病者を多く含む兵士達に対して見るなら決して大量でも、十分でもない。
 だがこれがあれば一息つくことが出来る。
 春までなんとか持ちこたえることが出来るかもしれない。
 そんな喜びは、だが、現れた一人の人物によってつかの間のこととなった。
「辺境伯‥‥」
 広場に現れたグレイス辺境伯は声宝らかに宣言する。
「この物資の半分をグレイス・ミハウ・グレフスカスの名において接収し、クラフカウ城に送る事とする」
 えっ! とも うわあっと! もつかない声が民から、そして兵からも上がる。
 彼らに共通されるのは明らかな不満。
 それを理解した上で、グレイスは民に向けて告げた。
「昨夜、クラフカウ城から伝令があった。クラフカウ城はアヤカシの攻撃に晒されていると。北からアヤカシが迫り、南からは反乱軍が押し寄せ、孤立しさせられた城にはもはや食料を始めとする物資が底を着いている、と」
 彼の手にはその悲鳴にも似た訴えが握られている。
「我々にはまだ多少なりとも物資がある。これから、援軍もやってくるし、更なる救援物資も届くだろう。
 だが、クラフカウ城とそこに残された兵士達は我々よりも厳しい状況で、アヤカシと反乱軍の恐怖戦っているのだ。補給の当てもなく、頼るよすがもなく!
 彼らを見殺しにしていいのか! 不満があるというのなら名乗り出よ!」
 民は沈黙する。
 グレイスの言葉に感銘を受けたわけでは、決して無い。
 しかし、皇帝の威光を背に持つ辺境伯に、その言葉に明確な反論を口に出せた者は誰一人としていない。
 それを確かめて辺境伯は部下に輸送を指示し立ち去る。
 荷物は次から次へと運びされていった。
 人々に出来るのは、その光景と辺境伯を見送ることのである。
 恨みの篭った眼差しで‥‥。

「また、怨まれ、憎まれるのであろうな‥‥」
 側に立つ側近にも聞こえぬ程の小さな声で、彼は呟いた。
 皇帝陛下の命に従って戦う。その為に命をも捨てる。
 その覚悟が出来ていない者はおそらくジルベリアにはいないだろう。
 けれど、精神論で戦はできないことを彼はよく知っていた。
 戦う為には、兵士に食べさせなくてはならず、それができない戦はそれだけで負け戦であるとも。
 それができない事にどんな理由があろうとも言い訳にはならない。
 兵士達は士気を確実に低下させている筈だ。
「補給経路の確保ができぬまま、戦端を開いてしまったことはどんな理由があろうともそれは私の大きなミスだ。だが、叶うならもう一人の民、一兵卒さえ失わせたくはない‥‥」
 故に彼はクレウカウ城も見捨てぬと決めたのだ。
 彼自身はリーガ城の民や兵士達を守る為に動くわけにはいかない。
 だから輸送は開拓者に頼む事にした。
 彼らなら、きっとどんな者からも物資を必ず守り届けてくれるだろう。
 全ての責任を彼は背負うつもりでいた。
 自己満足と言われようとリーガ城の民達に怨まれようとも‥‥。

 彼は物資の輸送を開拓者達に依頼する文書をしたため部下に持たせると再度仕事に戻る。 
 残された物資の公平な分配に、城の備蓄食料庫の確認と放出。
 近々やってくる援軍の為の物資の準備、手配。
 怪我人、死者の確認に部隊の再編成。
 そして、何よりアヤカシや反乱軍の動向調査と、戦闘の準備。
 彼のなすべき事に、終わりはまだ見えそうに無い。
 


■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
八重・桜(ia0656
21歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
周十(ia8748
25歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎


■リプレイ本文

●託された思い
 その街に入って直ぐ、開拓者達は微妙としか言いようの無い視線を感じることとなった。
 案内されて街を歩く時も、倉庫、荷車に荷物を付ける作業中も続く絡みつくような視線と、あてつけるようなひそひそ話。
「なんだ!? 言いたいことがあるならはっきりと言うがいい!」
 鬼島貫徹(ia0694)が猛獣のように怒鳴り声を上げるまでそれは開拓者達からついて離れなかった。
「ふう〜。噂どおりっちゅうことか。やれやれやな」
 肩を竦める八十神 蔵人(ia1422)の言葉に貫徹以外の仲間は苦笑を浮かべる。
 これは、依頼の最初から伝えられていた事であるが、実際に体験してみると想像以上であることが解る。
 即ち、開拓者達が請け負った救援物資輸送の依頼。
 それがこのリーガ城の民からは疎まれているということを。
「彼らの気持ち、解らないでもありません。確かに何が正しいかは立場によって違うけれど、なすべき事を見失いさえしなければ、後悔は少ないと思うのです。そして今、グレイス伯が選んだ道は決して間違ってはいないと私は考えます」
 静かに告げるフェンリエッタ(ib0018)。
 彼女は同じ騎士としてこの城の城主にして南部辺境を預かる辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの選択と行動を聞き、尊敬の念さえ抱いていた。
「ふん! その人柄も信念も知ったことではない。だがあの若さで一地方を任されているのであれば、無能ではない筈。ジルベリアの内へと喰って入るには、顔を売っておいて損の無い相手。ただそれだけのことだ」
 貫徹はそう言うが、この依頼を受けたものの多くは、フェンリエッタに近い思いをグレイス辺境伯に感じていた。
 だからここにいるのだ。
「南部辺境を預かる身としてリーガ・クラフカウ両城に心配りしなければならない伯爵様はさぞかしご苦労なさっているのが目に見えて判りますね。少しでもご期待に添えるように頑張らないと‥‥」
「‥‥戦地に立つ者への輸送。どういう想いにせよ、相応の想いが込められた、願いという事か。ならば必ず届けないとな」
 ヘラルディア(ia0397)は微笑み、ニクス(ib0444)も決意を手に握り締めていた。
「最新情報では、敵の本隊の攻撃目標はリーガ城と聞きます。情勢を考えれば余裕はないと思いますけれど、それでもクラフカウを見捨てないと決めたグレイス辺境伯の想いを繋いでいければ思うのです」
「困っている人を助けるのは開拓者の役目です。しっかりと荷物を運んでみんなの為に頑張るです〜。いつも通り一生懸命頑張るです」
 優雅に微笑むフィーネ・オレアリス(ib0409)や元気に『応援』する八重・桜(ia0656)に荷物の積み込みをしていた周十(ia8748)はため息をつきながら怒鳴った。
「こら! 一生懸命頑張るというなら手伝え」
「移動に向けてしっかりと休んでるです。決してサボりじゃないです。力持ちさんよろしくです」
「おい!」
 楽しげな仲間達の様子を柔らかい笑顔で見つめながら
「でも悲しいですね‥‥」
「雪華?」
 主の横で人妖雪華は言った。
「辺境伯は悪い人じゃないのに理解されないなんて」
 人妖とは思えない真面目な性格の相棒の呟きに
「いや悪いやろ?」
 蔵人は平然とそう答える。何で、と目で問う世間知らずの朋友に蔵人の言は遠慮ない。
「善人でも領民に信用されとらん時点で領主としては無能や。逆言えば嘘吐きでも悪人でも領民の支持があるならそれはそれで正しい領主やねん」 
「確かに。忠言痛み入ります」
「へ?」
 突然後ろから聞きなれない声がかかる。
 瞬きする蔵人の眼前で仲間達の顔色が明らかに変わっていた。
「蔵人さん‥‥後ろ」
「いろいろと民の税負担を軽くする方法なども考えているのですが、まだその段階では無くて。まずはこの戦争を早く終らせることを考えなくてはなりません。全てはこれからなのですが、力が足りなくて‥‥」
 そっと、蔵人が後ろを振り向く。
「まあ、辺境伯」
 フィーネは優雅にお辞儀をし、仲間達も貫徹でさえ緊張の面持ちで依頼人を迎える。
 そこには噂の主にして依頼人、グレイス辺境伯その人がいたのである。
「うわっ! いつの間に!!」
「頼まれたものが届きましたのと、偽情報を撒く手配が整ったので見送りがてら報告に」
 そう言って彼が差し出したのは人数分の呼子笛と、紙の束一つ。
「そ、そうか。おおきに」
 平静を装って紙の束を受け取った蔵人と開拓者の前でグレイス辺境伯は深々と頭を下げた。
「この度は厄介なことをお願いして申し訳ありません。どうぞ、よろしくお願いします」
「ま、戦するにゃモノが要るって訳だ。‥‥キッチリ届けてやんねェとよ。その代わり、これで負けたら承知しねェぞ」
「我が全力を。我らが皇帝陛下の御名にかけて」
 周十の問いに強い騎士の礼と誓いで答えたグレイス伯。
 彼から託された荷物という名の思いを、開拓者達はしっかりと受け止めていた。

●身中の虫
 預けられた荷物はちょっとした荷車一台分。
 一つの城へ送られる物資としては決して多くは無いが運ぶ方としてはかなりかさばり重いものとなった。
「大変でしょうけど、よろしくお願いしますね。ズィーベント」
 励ますようにヘラルディアは荷車引きを勤める自分の甲龍アルマ・ズィーベントに声をかけた。
 頑丈な引き紐を身体に結ばれた形となる甲龍は、素直に主の言葉を聞いていた。
 だが体躯の割に龍に引ける荷物は少なく、荷車一台分が本当にやっとであるようだった。そもそも龍は地上を長く歩いたり、荷物を引いたりする事は向いていないということなのだろう。
 出発して以降、へラルディアは己が朋友の側についている。
 励まし、声をかけながら地上移動・緩急の合図、後はその都度教え歩かせている。
「俺は龍を置いてきた。あんまりいっぱい龍がいても森の中じゃ邪魔くせェし目立つからな。よろしく頼むぜ」
「染井吉野も留守番です」
 朋友を置いてきた桜と周十は顔を見合わせる。
 後の龍はニクスのシックザールとフィーネのヴァーユが護衛に付くだけだ。
 荷物にも白い布をかけ、簡単な落ち葉などをかける。
 開拓者達の服装も武装よりも目立たないことと防寒を優先にしていた。
 雪道、山道、迷彩の装備、動きにくいことこの上ないが、目的地が森の中にある以上仕方が無い。
「それにしても冷えるな。防寒の用意はしっかりとしていかないと」
 身体を震わせる蔵人の横で雪華はそうですね。と微笑んでいた。
「? あんたは寒そうなのに朋友には毛布貸してんのか?」
 周十の質問に蔵人は
「まあな」
 と笑い雪華は
「人徳‥‥ですかねー♪」
 と答えていた。
 人妖の雪華に人徳があるのかどうかのツッコミはこの際置いておくとして周十が本当に確認したかったのは別の事だ。
「さっき、辺境伯が言ってたのと渡されたのはなんだ?」
 あ、これ? と蔵人は懐を叩く。
「こいつはただの紙や。あとは、噂を撒いてもらったんや。偽情報をな」
「偽情報?」
「そ。‥‥開拓者は反乱軍の目を逸らす囮で、本物の荷物は後日密かに配下が運ぶっちゅうてな」
「そんなことを?」
「兵士も領民も不満持っとるし逆に密告利用せん手は無い。まー獅子身中の虫を探る機会にもなるかもな」
 蔵人の言わんとしていることは周十にも解った。
「ふむ、どうやら辺境伯の身中には虫がいるようだな」
 突然貫徹が歩みを止め、手で仲間達を制した。
 忍犬が走ってくる。
 後ろに偵察に行っていたフェンリエッタのフェランではない。先行させていた貫徹の奥羽である。
 ピー!
 呼子笛の合図に少し先を歩いていた荷車部隊も足を止める。
 龍二匹を荷車の側面につけて八人が集まり戦闘態勢を取った直後であった。
 ゴウッ!
 激しい音共に彼らの雪が抉れたのは。
「銃?」
「動くな!」
 声を上げたフィーネの視線の先には男達がいる。
 武装した彼らはジルベリア帝国が「反乱軍」と呼ぶ者達であると直ぐに解った。
「動くな! お前達がリーガ城からクラフカウ城に物資を運ぶ開拓者であると解っている。その荷物を置いて去れ。さもなくば命を落とす事になるぞ!」
「解っている‥‥ですか」
 苦笑しながら開拓者達は状況を確かめる。
 敵の数は伏兵がいなければ約20人。
 フリントロック銃を構える砲術士が二人。指揮官らしい騎士が一人。
 後は普通の兵士に見えた。
「ま、なんとかなるやろ。せっかくの品物をくれてやるのももったいないしの〜」
「なに!」
 怯えた様子をまったく見せない開拓者達に目を丸くする反乱軍。
 そこを狙ったように貫徹が咆哮を上げた。
「ふはははは! 有象無象何するものぞ! 死にたい者からかかって参れッ!」
 身体を震わせる兵士達。
 勿論開拓者達は彼らがかかってくるのを待ってなどいなかった。
「なるべくなら戦闘は避けたかったが、襲ってくるというのなら仕方ない。行くぞ」
 自ら戦端を切り開いたのである。

 そして数刻後。
「さあて、お前に情報を流したのはリーガ城のどなたさん? はよう言うたら、うちに帰れるで」
 捕らえた砲術士の一人の頬を大斧でぺちぺちと蔵人は叩きながらニッコリ笑ってそう言った。
 戦闘は乱戦、と呼ばれるものになる前に速やかに終った。
 蔵人と周十がまず敵陣に飛び込み、砲術士を狙った。
 その際、蔵人の足と周十の手が狙い打たれたが桜の放った弓が、牽制の役割を果たしどちらも直撃は免れた。
「くっ!」
 腕を押さえながらも周十は自らの役割を果たし、砲術士を討ち取った。
 貫徹は大斧を振り回し、敵の兵士をなぎ倒していく。
 彼らに比べれば与し易いと思ったのだろう、フェンリエッタとフィーネを狙う兵士もいたが
「私達を甘く見ちゃダメよ」
「負けません!」
 スマッシュと盾受けを駆使しながら戦う彼女らに近づくことさえできなかった。
 ニクスもまた確実に、一人ひとり倒していく。
「くそっ! 予想外だ。こんなに強いなんて!」
 次々と倒されていく部下に、隊長と思われる男はやがて決断を示した。
「退却だ! ここで深追いする必要は無い。怪我人を連れて退却!」
 その言葉を待っていたかのように兵士達は潮が引くがごとく退却し、後には数個の死体と逃げ損ねた数人の怪我人。
 そして捕らえられた砲術士が残されたのだった。
「そんな事‥‥俺は知らない。ただ、リーガ城から開拓者が荷を運ぶ。囮かもしれないが本物の可能性も高いから襲撃し荷物を奪えと命じられただけだ!」
 蔵人の問いに砲術士はぷいと横を向きながら答えた。
 嘘は言ってはいないようである。
「それならええわ。あとは自分の運をねがっとき」
 ボカッ! 
 砲術士の頭を彼の銃で殴打して、開拓者達は他の怪我人と共にそこに放置した。
 運がよければ仲間が迎えに来たり目覚めて逃げることも出来るだろう。
「用は済んだか? 行くぞ!」
 貫徹に促されて蔵人は頷き、先に進む。
 さっきの銃は荷物の中に投げ入れる。
 興味はあるが、今はそれ以上の事が蔵人や開拓者達の心を占めていたのだった。

●天に響く咆哮
「くっ! みんな無事か?」
 周十は噛み付こうと近寄っていく白い蛇を叩き落しながら、仲間達に声をかけた。
「な、なんとか。ズィーベント。貴方は荷物を守って下さい。相手にするのは襲い掛かってくる敵だけでいいですから」
「荷物には近づけないから大丈夫です。え〜い、力の歪みを喰らうです!」
 荷物を守る二人。
 そして彼らを守るように開拓者達も円刑のフォーメーションを組んで、諦めることを知らないアヤカシを必死で追い払っていた。
 クラフカウ城まであとわずかという所で、開拓者達はアヤカシの攻撃を受けたのだ。
 雪狼ホルワウの群れと、頭上や足元から音も無く現れた蛇ツモク。
 一匹一匹の力は大した事はないが連携して攻撃してくるホルワウと、逆に数は少ないものの電撃や牙の攻撃が油断ならないツモク。
 それらを相手に開拓者達は反乱軍との戦い以上の苦戦を強いられていた。
「うっ!」
 木々の間から降るようにツモクがニクスの前に落ちた。盾でとっさに受け止め払うがバチン! 火花のような電撃が彼の腕に小さくない衝撃を与えた。
「大丈夫ですか?」
 へラルディアの回復の術のおかげで痛みは消えるが、喜んでいる暇は勿論無い。
「なんとか、早く退治しないと。夜になったらますます不利に‥‥」
 心配そうに言うフェンリエッタの腕にも血が滲んでいる。
「解ってる! 解ってるから、もう少し待ってぇな! っとお!」
「待ってる暇は無いぞ。見よ!」
 なんとか最後の一匹のホルワウを切り捨てた蔵人に貫徹は奥を指差して自身も身構える。
 その先の空にいくつかの飛行アヤカシの影、そして森の奥には刃のきらめきが見える。
「おいおい‥‥」
 ゴブリンスノウだろうか。武装しているものもいる。
 十、二十、いやもっとか‥‥。
「あと、少し、本当に、あと少しなのに‥‥」
 けれど彼らはまだ気力を失ってはいなかった。
「フハハハハ! いい度胸だ。いくらでも相手になってやろうぞ。平伏せい、アヤカシ風情ッ!」
「お前達に渡せるものなど何も無い。これは、人々の願いなのだから!」
 気力を振り絞り、新手のアヤカシに対峙しようとしたその時、それは響いた。
「ーーーーーーーー!」
「な、なんだ?」
 地響きにも似たそれは高き頭上から降り注ぐように、森に大地に木霊する。
 そして‥‥
「えっ?」
 アヤカシ達は開拓者に背を向け、まるで蜘蛛の子を散らすかのように逃げていったのだ。
 その『声』に驚いたのか、慄いたのか‥‥。 
「逃げた? 何故‥‥?」
 疑問に答えられる者はその場には残らなかったが、あえて開拓者達はその回答を求めようとはしなかった。
「深追いは止めましょう。とにかく急いで荷物を城まで」
「解りました。あと、少しですからね」
 龍達を促し開拓者達は薄紫の空気の中を走る。
 その時
「なんです?」
 桜は空を仰いだ。何かが頭上を横切ったような気がしたのだ。
「だれもいないですね〜」
「桜さん、早く!」
「はいです!」
 走り出した桜の頭上で大きな影が再び過ぎる。
 だが開拓者達がそれや、その正体を知るのはもう少し先の話であった。  
 
●届けられた荷物
「わあっ!!」
 開拓者達と荷物の到着の連絡が届いていたのだろう。
 彼らが城門をくぐり、物資共に広場に現れると大勢の、クラフカウ城の、ひょっとしたら全員ではないかと思われる人々が彼らを出迎えた。
「ようこそ、勇者よ!」「来てくれてありがとう!」
 もみくちゃに近い出迎えを受けて後、彼らは城の兵士達と共に物資を人々に配給した。
「グレイス辺境伯とその領民達から、差し入れやでー」
「辺境伯は皆さんを見捨てたりはしません。どうかもう少しの辛抱です。頑張って下さい」
 開拓者達の言葉にクラフカウ城、約2000の人々の顔が輝く。
 ‥‥歓迎の時点から解っていたことであるが、人々と直接触れ合うことで解る事があった。
 パンを受け取る女性の痩せこけた手、肉を頬張る子供の青白い頬。
「美味しいですか?」
「はい‥‥。本当に‥‥旨いです」
 酒を本当に身体に染み込ませるように味わいながら飲む兵士。
 彼らは本当にいろいろな面でギリギリだったのであろう。
「やはり、辺境伯の判断は正しかったのです」
 フェンリエッタはそう確信する。
 もし、この日、この時物資が届かなければ彼らのうち誰かが、飢えて命を落としていたかもしれない。誰かの笑顔が永遠に消えていたかもしれないのだから‥‥。
「喜んで頂けてよかったですわ」
 開拓者達は心からそう思う。
 どんな危険も、この笑顔と感謝を守れたと思うならさしたる苦でもない。
「でも、まあ、見えへんし解らんちゅうもいるってえことで。‥‥なあ、腹いっぱいになったらちょっと頼まれてくれへんか?」
「なんでしょう?」「なあに?」
「なに、簡単なことや」
 人々は蔵人の誘いに首を傾げるが、話を聞き、紙を渡されると彼らは、頼まれた『簡単なこと』に直ぐにとりかかった。
 殆どの人間が喜んで。
 参加したい人物が多すぎて紙が足りないほどであったともいう。
「なにをしているんです?」
 桜の問いに蔵人は手紙を書いて貰っていると答えた。
「感謝ってのは目に見えへんからなま、ありがとう言われて悪い気するやつもおらへんやろ」
 やがて書き終わった紙を回収し、揃える蔵人のところに
「お兄ちゃん」
 何人かの子供達がやってきた。兵士達の家族であるのだろうか。
「ん? なんや?」
 膝を折って目線を合わせた蔵人に彼らは
「あと‥‥これあげる。だから、伝えて。ぼくたちのぶんもへんきょうはくさまとリーガじょうのひとたちにありがとう、って」
 そう言って小さな木の人形と、いくつかの花を差し出したのである。
「ええんか? 貰っても?」
「うん。とってもうれしかったよ」
 まだ字が書けず手紙書きに参加できなかった子供達。
 だがその思いは細い腕から差し出されたそれに抱えきれないほど詰まっていた。
「解った。必ず届けるからな」
 ‥‥雪華と蔵人が受け取った人形は本当に汚れてみすぼらしいもので、花も売り物などではない雑草に過ぎない。
 でも、彼らにはそれがどんな宝石よりも眩しく、輝いて見えたのだった。

 帰路。
 開拓者達は時折、空を見上げた。
 空は青く、澄み切っている。
「あれは、一体なんだったんだ?」
 彼らの心から、あの日、あの時の咆哮が消える事は無かった。
「夢、とかじゃないですよね?」
「ああ。間違いなく‥‥」
 八人全員が聞いたのだ。夢などではないだろう。
「何かがクラフカウ城に近づいているのかもしれないですわ。物資の事もあります。一刻も早く反乱軍の脅威からクラフカウ城を開放できればいいのですが‥‥」
 フィーネはそう告げ、開拓者達も等しくそう思うが、開拓者に今できることはここまでである。
「早く戻るぞ。辺境伯が待っておろう」
 促す貫徹の言葉に開拓者達は足を速める。
 ほぼ空になった荷車の荷台には、小さな箱が一つだけ残っていた。
「丁寧に歩いてね。ズィーベント」
 へラルディアの言葉に甲龍は頷くように吼えたのであった。
 ピーッ。
 前方を行く周十の呼子笛の音が聞こえる。
「またアヤカシか?」
「今度は荷物もない。思いっきり行くぞ」
 開拓者達は走り出した。

 それからリーガ城の広場には今までより人が多く訪れるようになった。
 彼らの多くは何かに悩んだとき、その掲示板の前に立ち、そして迷いを振り切るのだという。
「同胞よ。ありがとう‥‥」「貴方達に幸せがあるように」
 掲示板に張り出された手紙には、忘れかけていた同胞の心からの言葉が輝いていたからである。
 その後、ほんの少しだけグレイス伯への風当たりは弱くなったという。
 ほんの少しではあるが‥‥。

 さらにその後、辺境伯の執務室に入ったものはその部屋に似つかわしくない品が飾られてる事に驚いたという。
 古ぼけた人形と雑草の鉢植えが、部屋の目立つところに長く飾られていた。