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■オープニング本文 4月の実習が進級試験になることは前から伝えられていた。 朱雀寮に課せられる進級試験が実技と、小論文であることも。 「では、皆さんの心配している進級試験と、その内容について簡単に説明しましょうか?」 陰陽寮朱雀の寮長、各務 紫郎は緊張の面持ちの一年生達の前に立った。 「朱雀寮では今までの実習の成績を全て、記録しています。 成績の付け方や成績の内訳については公表はしませんが、実習に出席すること、委員会活動に参加することで或る程度の点を皆さんは既に得て言えると思って構いません。 まあ、とても解り易く説明するなら進級の合格ラインが80点で、一回授業に参加するごとに3点、委員会活動に参加することで3点。特に良い行動が認められれば5点、というところでしょうか?」 参加者の幾人かが素早く計算を開始する。 今まで、入寮試験と、入寮式を別にするなら陰陽寮の授業と委員会活動は約15回。 そのうち、一回は朱雀寮の見学会であったから除かれるかもしれないと考えて14回。 つまり、全て参加している時点でその寮生は50点以上を確保していることになるわけだ。 「かなり有利であるのは間違い無いけれど、翻って言えば授業に出ているだけでは合格はできないってことだね」 「確かにな。この進級試験を落したらよっぽどでなければ留年決定ってこともだ」 寮生達の計算と思いを知ってか知らずか、寮長はさらに言葉を続ける。 「そして最後の進級を決める試験が、今回の小論文と次回の実習です。この両方で得た点が今までの参加成績に加えられて、進級、留年と二年度の首席、次席の決定となるのです。 主席、次席の称号は寮内においてはそれほど重要なものではありませんが、二年以降は自主的な研究、提案なども授業に加わります。その時の説得力となりますし進路にも多少なりとも影響を与えるでしょう。高みを目指す寮生であるなら狙ってみるのもいいかもしれません」 ごくり、寮生達は唾を飲み込んで寮長を見つめる。 パン! 乾いた音が講義室に響き渡る。 「では、これより進級試験を開始します。 以降、試験に関する質問は基本、受け付けません。 第一義。 『朱雀寮一年生進級試験、小論文課題。 今年一年間で経験したこと、得たこと、考えたことを踏まえて貴方の思う陰陽師のあるべき姿を300字以上、500字以内で纏めなさい』」 寮長の宣言に寮生達は顔を見合わせた。 まさか、ここで試験課題が発表されるとは思わなかった。 もう、進級試験は始まってしまったのだ。 「但し、提出期限を守れば、資料の閲覧その他に制限はありません。仲間同士で相談したりすることも認めます。ただ、求められているのは『自分自身』の考えであるということは忘れない方がいいでしょう」 それだけ言うと寮長はもう用が済んだとばかりに立ち去ってしまった。 「待って!」 呼び止めた者もいるが彼は振り返りもしなかった。 残された寮生達は、残された言葉を噛みしめながら自分に問う。 「陰陽師のあるべき姿‥‥」 とても簡単なようであり、けれどもとても難しい、朱雀寮をある意味象徴するような試験課題であった。 一年生達を置いて講義室を出た各務 紫郎は空を見上げる。 満開の桜が風と共にその花びらを散らしている。 花の後に出てくるのは萌える新緑だ。 寮生達との出会いから、もう一年。 彼らは皆、紫郎の思いを想像を遥かに超えて成長してきた。 「答えは、もう貴方達の中にある筈ですよ。頑張りなさい」 寮生達には決して言わない言葉を風に乗せて、彼は空を見上げていた。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●望む未来の為に その日、朱雀寮の寮生達はそれぞれ、緊張の面持ちで試験会場への廊下を歩いていた。 手に持つのは筆記用具のみ。 小論文試験に、小細工は通用しない。 ただ、己の心とそれを表現する力のみが求められる。 「だ〜〜っ! もう、そんな辛気臭い顔しちゃダメだよ! もっと気持ちを入れ替えて! ね?」 どこか張りつめた空気を解こうとするかのように俳沢折々(ia0401)は泉宮 紫乃(ia9951)の背中を軽く叩いた。彼女の膝には微かに土。ふんわりと纏う空気は花の香りだ。 「どうしたの? ボーっとして。昨日も夜遅くまで図書館で調べものしてたでしょ? 大丈夫?」 「だ、大丈夫です。ぼんやりしてたわけでもなくて、ちょっと考え事を。ごめんなさい」 心配かけた。というように頭を下げる紫乃にそうじゃなくって、と折々は手を横に振る。 「試験に緊張するのはみんな、一緒だから。私も長い文章は得意じゃないし」 折々は仲間達の方をクルリと回って振り返る。入寮式の時一緒に入ってきた朱雀の仲間は14名。 一人はその後の授業に出てこなくなり、一人は都合からか顔を見ることが少なくなった。 それでもこの仲間同士で一年間を共に過ごしてきたのだ。嬉しいことも、哀しいことも、楽しいことも、全て一緒だった。 「‥‥ここまで来たらここまできたらみんな揃って合格したいしね」 「うん」 即答に近い返事をしたのは瀬崎 静乃(ia4468)だった。いつもは控えめで前に出ることは少ない彼女であるが、今日の声には力がある。 「‥‥全員で進級して、二年でも一緒に寮生活したい‥‥ね」 「確かに‥‥な。小論文はちと苦手分野ではあるが‥‥弱音もいってらんねえやな」 「思い出させないで下さいよ〜。私だって苦手なんですから〜〜」 肩を竦める劫光(ia9510)にうわ〜んと、泣き出しそうな素振りでアッピン(ib0840)は頭を抱えて見せた。 「劫光さん」 「うわっ! 止めろよ。朔。別に泣かしたわけじゃあねえって」 ピン! と手の甲を弾いた尾花朔(ib1268)に劫光は抗議するように声を上げた。 くすくすくす。 玉櫛・静音(ia0872)は口元を押さえて笑い、青嵐(ia0508)は楽しげに人形を躍らせている。 もちろん、朔だって解っているのだ。 「まぁ〜、ここまで来たらまな板の上の恋、じゃなくって鯉っつーか。後はやるしかねえってことだからな。当たって砕けろって砕けちゃダメなんだが」 冗談めかして言う喪越(ia1670)の言葉がある意味、真理なのかもしれない。 寮生達は、ある者は肩を竦め、あるものは笑いながら顔を合わせた。 同じ、気持ちを持って。 「そろそろ、刻限ですね。皆さん、試験を開始しますよ」 「あ‥‥寮長。いつの間に」 気配を全く感じさせなかった陰陽寮朱雀寮長 各務 紫郎の声に、真名(ib1222)は瞬きした。 気が付けばもう自分達は試験会場の前にいたのだ。 寮生達が中に入ろうとした時。 「ちょっと待って下さい。譲治君がまだ」 きょろきょろと周囲を心配そうに見回すアルネイス(ia6104)の声に寮生達も、その場にいなかった人物に気付き、あたりを気にしだした。 「まさか、試験のこと忘れてるんじゃなかろうな?」 「琉宇(ib1119)君が呼びに行ってくれているので大丈夫、だとは思うんですけど〜」 体育委員会二人が顔を見合わせたその時。 「ま、待って、なのだ〜〜」 「ほら、譲治くん、早く早く!!」 長い廊下を全力疾走。 二人の少年達が走ってくる姿が寮生達の目に飛び込んできた。 みんなの顔にホッとした笑みが浮かぶ。 「廊下は走らない!!」 厳しい寮長の言葉に二人がブレーキをかけるて止まるのとほぼ同時 「遅くなってごめんなのだ。でも、まだ、大丈夫なりよ‥‥ね?」 なんとか試験会場に到着し、息を切らせながら伺う様な上目づかいを見せる平野 譲治(ia5226)に少し眉根を上げながらも紫郎は小さく頷いた。 「大丈夫ですよ。これで全員が揃ったのなら中に。試験を開始します」 その言葉を合図に寮生達は、部屋へと足を踏み入れる。 「紫乃さん、大丈夫ですか?」 「大丈夫です。もう、ふっきれましたから」 そんな会話と共に歩いていく寮生達と 「それじゃあ〜、るー。行ってくるなりよ〜。物書き、物書き〜っと」 「やれやれ、まったく。やきもきさせてくれるよ」 大きく手を振って部屋の中に入っていく友人を見送りながら琉宇は小さく呟いた。 本気で大丈夫だろうかと心配しきりだったことは、今は言うまい。 「譲治くん。みんな〜。頑張ってね〜〜」 彼は心からそう思いながら祈る思いを込めて手を振り返したのだった。 ●寮生達の思い そして、朱雀寮生達はそれぞれが試験に臨む。 自らの考えを、思いを白い紙に乗せて。 「思いかえしてみると私はその場その場の思いつきで行動しちゃうことが多いからなあ」 折々は軽く目を閉じ、考え事をしながら小さく、囁く様に自嘲した。 自分の行動を振り返ると顔が赤くなる場面も多い。 けれど、自分の胸に残る一番の思いと、望みは決まっている。 あの時、‥‥残った陰陽寮で待つ時間はとても長かった。 自分も一緒に行くべきだったかと幾度も思った。 けれど‥‥ 「よしっ!」 しばらく閉じていた目を開けると改めて彼女は筆を握りなおし滑らせ始める。 『私が思う陰陽師のあるべき姿を一文字で表すと、ずばり「和」になる』 まず最初に主題というか論旨を述べる。 これが小論文の定型だ。 続いてそれを裏付ける意見、体験を踏まえて論拠を示す。 『戦いに関して言えば、攻撃から防御、治癒に探索、と他の技術体系に比べても、用途の広い技能を有する陰陽師は、その業を極めてゆくことで、単独での行動が可能にする。 一方でその技法は、高度なものになるに連れて管理下に置かれ、他者へ伝えることも適わず。 基本的に道を進めば進む程、孤高とならざるを得ないのが陰陽師なのだ。 であればこそ、であるからこそ、陰陽師は、私達は、手を取り合っていく必要があるのだと考える。 「陰陽の術をもってしても解決できない事態に対面した際、如何にそれを打破できるか」 という事が陰陽師としての真価が発揮される場面であり、同時に目指すべき方向なのではないか』 『その為に必要なのが、「和」、引いては協調、仲間たちとの絆なのだということを、 病の広がった村から無事に帰ってきた、友人達の笑顔を見た時に感じる結果となった。 「君達と共にと誓い翌なき春」 俳沢折々』 そして最後に論点で結ぶ。 最後に句を入れてしまったのは譲れないこだわりであるが、彼女は自分の書いた文章に口で言うよりもはっきりとした自信を胸に秘めているようだった。 自分は素直ではないと言われているようだということを朔は知っている。 けれど、ここに至り、彼は自分の言葉や意思を隠すつもりは無かった。 採点者が本人であって、どう思われれるか解らないとしても、彼は正直に自分の考えを伝えるつもりだった。 『個人で出来る事だけでは足りない力、それを補うのが仲間であり、支えるのは裏方である。 私は友を支える存在になりたい。 それが私の目指す陰陽師だと想います。 現状で言うのなら個が私、仲間が級友、裏方が寮ですね。 開拓者にも通じることなのですが、一人で出来ること、考え得る思考、手段には限界があります。 それを補うのが仲間で、そしてそれをサポートする存在。 個人だけ、仲間だけで難しいことを表に出ずとも陰から支える存在がある。 薬草や食糧などの手配、保護した者のその後、保証、情報の取り纏め、公開、何気なく頼むことにも必ず支える人が居る。 蒼空音さんを保護したのは私達です、ですがその後の彼女の処遇を決め、それを支える人が居る。 私達を自由に動く許可を与え、それで居て何かあったときは責任を取る覚悟を決めている方。 そう言った表に見えない護り手が居るからこそ、学生として、開拓者として動けているのだと想います。 ですので私は表で動く人達を支える寮長のような存在になりたい、そう考えています』 心から尊敬する人物の一人となった寮長に向けて。 『陰陽師のあるべき姿は、揺るぎない信念と覚悟を持ち、たゆまぬ努力を重ねる事だと思います』 彼女、紫乃は陰陽寮朱雀、その一年寮生全体から見れば大人しく、控えめな生徒であった。 強く自己主張することは少なく、縁の下の力持ちのように寮生達を陰ながら支えていた。 けれど、今、彼女はしっかりと自分の言葉と意思を書き連ねていく。 ここまでの文章を纏めるのに、紫乃は図書館に通い、文献をあたり真剣に考え、取り組んでいた。それこそ図書委員が心配するほどに。 けれど、紫乃は思う。 本当に答えをくれたのは書物ではなかった。 たくさんの時間を共に積み重ねてきた友人達、仲間、そして‥‥ 『憑依能力を持つ吸血鬼に出会った時寮長が言われた様に、陰陽師はアヤカシに近い存在です。 忌まれ、排除されるかもしれないと判っていても、力を欲するだけの理由。 それが無ければ、陰陽師はアヤカシと同列の存在になってしまいかねません。 力を持てば大切なものを守る事も、傷つける事もできます。 力を持つ者には、正しく制御し、使いこなすだけの努力も必要になるでしょう。 戦いの場に身をおくのなら、なおさら。私は後方支援に回る事が多いですが、直接手を下したかどうかに関係無く、戦闘に参加する以上結果に対する責任がある事は理解しているつもりです。 どんな結果になったとしても受け止めるだけの覚悟が必要な事も。 ですから、忌まれかねないと判っていても貫きたい「信念」と、その力を使いこなすだけの「努力」、そして結果を受け止めるだけの「覚悟」を持ち合わせていることが陰陽師のあるべき姿だと、私は思います』 「あ、ここに誤字が‥‥」 『彼』と大切な人達が教えてくれたことを紫乃は忘れない。 自分が得て、学んだ事が少しでも伝わるように、解り易く言葉にできるように、紫乃は幾度となく、時間ぎりぎりまで推敲を重ねるのであった。 朱雀寮の一年間において筆頭と呼ばれた男、劫光は自分に問う。 陰陽師として、開拓者として自分がこの一年間で得た者は何だろうか。 そうして、その答えを文章に紡ぐ。 『陰陽師の業、それは天敵たるアヤカシを使役する最も危険な力だ。 では何故そんな力があるのだろう? 俺は答えを思う。 「受け継いだ知識をもって抗う為」だと。 吸血鬼に憑依された同業者がいた。 ‥‥あの時、俺達が憑依と言うアヤカシの力がある事を知らなかったら‥‥戸惑い、惑わされ、仲間を失っていたかもしれない。 アヤカシに襲われた村で瘴気を回収した。 その本意はアヤカシの再発の可能性を無くす為だ。 それを俺達が知っていたのは、先人達がそれを伝えてきた為に他ならない。 彼等とて初めからその術を知っていたわけじゃないだろう。 あの男の様に志半ばで命を落とした者もいたのだと思う。 そしてそれを無駄にしたくないから、知識を得て伝えてきたのだろう。 嘆きを堪え繰り返さぬ為に。 こうも思う。 もしかしたら助ける術もあったのではないか、と。 力を得た責任と覚悟は忘れない。 だが受け継いだ者として可能性を見つける努力もしていきたい。 看取ったものとして。 例えそれが不可能だったとしても、それを繋げていくなら無意味じゃない。 俺達はレールの上に乗っている。 無念を継ぎ知識を継ぎ、不条理に抗う為。 だから俺にとっての理想の陰陽師の姿は「抗い続ける挑戦者」だ』 読み返すたび、どこかまとまりが無いようにも感じる。直した方がいいのではないかと思うところもある。 「こういうのはあんまり得意分野じゃないんだけどな」 だが、彼は自分の思いの全てを現したことに後悔はしていなかった。 静乃は自分の思いを万人に解り易く伝えると言うことがあまり得意では無い。 だからこの論文という課題を纏める為に幾度となく、壁にぶつかることになった。 『陰陽師のあるべき姿は、補佐や援護である。 陰陽師の中には強力な術や道具を活用し、騎士やサムライと同じ様に前に立ち戦っている者もいる。 しかし、全員が同じ様に前に立ち戦えるわけではない。勿論、習得した術も必要不可欠だが、より大切なのは発想や機転で作戦や仲間を補い、穴を潰す補佐や援護の役割があるべき姿という結論に至った』 読み返すたびこれでいいのか、と不安になる。 直したいと思うところも多い。実際に直してみたりもする。 けれども骨子は揺るがせない。それは最初から決めた事であった。 『今までの実習を例に挙げると。瘴気封印術の未修得を補う為に「四方に塩を置き、酒を撒く」事をしたり「桃や桑など邪気を払う木々の苗を利用」し、また西家という同職の者達と協力して、純粋な呪術の力だけではなく各々の発想や機転で依頼の目的を成功に導いている。 被災者達の救助と課題を両立させた遠征など数え上げればきりが無い。これらの依頼をやり遂げられたのは、作戦や仲間を補い、穴を潰す役割があってできたのである。 以上の参考例から自分の経験で導き出された結論は、陰陽師は強力な術の力が全てではなく、陰陽術の他に仲間達の協力と連携を合わせもって物事を成すのが、あるべき姿ではないかと考える』 筆をおいて彼女は大きなため息を吐き出した。 「‥‥論文の形にはなった、と思うけど。どうだろう」 その質問に答えてくれる人物は今はいないと、知っていたけれど。 青嵐はこの朱雀寮での一年『自分の言葉』を滅多な事では口にしなかった。 しゃべるのも、動くのも常に人形。 けれど、彼が心無いわけでは無いと、みんな知っている。 ある意味誰よりも強い思いを持って事に当たる青嵐。 彼は今、陰陽師である自分を、その基礎を問い直そうとしていた。 『我々は陰陽師と呼ばれます。 瘴気を操って形を与え、使役するものとして。 では何故「陰陽」師なのか。 「陰」は瘴気を示すであろうことは判ります。 では「陽」はどこから来るのか。 その問いに対し、私自身の今現在の答えを書き記そうと思います。 基本的に陰陽術と言うのは瘴気を再構成し、何かしらの現象を引き起こす技術です。 その使い道は主として戦闘技術であり、血や滅びを招く「陰」の担い手としての術式が多いです。 その「陰」の力を持って、アヤカシに抗するものも居るでしょう。 それは果たして「陰」でしょうか? 確かに「陰」の力は振るうでしょう。 しかしそれでもたらすものは人々の笑顔や救い、喜びという「陽」なのです。 また、術を組み合わせる事で人々を楽しませる「陽」の技術にしていく事もできるのです。 「陰」を使いながら、「陽」を作り出す そのような事を、私は何度も見ています 元は確かに陰かもしれません。 しかし、それは利用次第で心の陽を作り出せる。 陰から陽を作り出すもの。 だからこそ「陰陽師」であると、私は思うからです。 それを踏まえ、私が思う陰陽師のあるべき姿は 「陰を持ちて人々の心に陽をもたらすもの」です』 陰陽師。 その名を先人達が何を思って付けたのかは解らない。 けれどそういう側面もあるのではないかと、彼は思っていた。 「‥‥思う事、書きたいことが多すぎます‥‥」 静音は与えられた一枚の紙を見つめ、呟いた。 彼女にとって『家』を出て過ごした一年は、あまりにも多くの事があった。 たくさんの人と出会い、いろんなことを学び、その全てを思えばこんな紙になど収まりきれないことは解っている。 それでも、彼女は筆を取った。 『私の思う陰陽師とは、覚悟ある者です。 私達の扱う術は、アヤカシを生み出し使役すると言う、扱いを誤れば極めて危険なもの‥‥。 私はずっとその制御を完璧にこなす事を目標にして、門戸を叩きました。 そしてこれまで幾つかの事件があり、そこにはじめてできた仲間達と共に切り抜けながら感じたのは、みんな強い意思を持っていたことです』 目を閉じれば、いいや、少し考えを巡らせるだけで途切れることなく浮かんでくるたくさんの思い出達。 「本当に私はこの場で多くの事を学ばせて頂いたのだと思います。先輩に、そして誰より仲間達に‥‥」 その気持ちのほんの一部を彼女は言葉にする。 『疫病に襲われた自分の村を救いに飛び出した先輩。 それを躊躇も無く追い、手を貸した先輩達。 みんな、確固たる自分の意思を持っていました。 そして周りを見回せば、普段和気藹々と日常を過ごし、誰かが危機に陥っていると知るや何の躊躇いもなくどんな困難でも助けようと、誰一人疑問すら挟まずに立ち上がる級友達。 みんな、誰かを助けたいと言う強い意志があり、それがあるからこそ沢山の人達を助けてこれたのだと思います。 彼等と共にある事が、今では私の誇りです。 寮長が以前仰られていた様に私達はアヤカシに近い存在なのでしょう。 だからこそ、誰よりも強い覚悟が必要なのですね。 自分の意思を貫き通す強固な意志が。 それを共有する仲間の存在が。 強い意思を持ち、互いを思いやる仲間と共に人を護る…そんな彼等こそが私にとって理想の陰陽師です』 周囲を見回す。 仲間達はそれぞれに顔を顰め、悩ませながら自分自身に向き合っている。 「理想は身近にこそあるのですね」 そんな姿を見ながら静音はニッコリと微笑んだのだった。 ●目指す姿 喪越は、真剣に試験に取り組んでいた。 彼の日常の姿を見る者が見れば、目を疑うかもしれない。 しかし、彼を本当に知る者達はその本質が決して見かけどおりでは無いことを知っているだろう。 「う〜ん、やっぱりこういう試験での人称は、『私』かねえ〜。ガラじゃねえのは承知だが‥‥」 そう言って彼は本当に真剣に文章に向かい合っていた。 『陰陽師のあるべき姿とは、何があろうと最後の最後まで諦めず、人々の笑顔の為に尽力する事である。 何故ならば、瘴気という忌み嫌われし力まで用い新たな技術を研究してきた我々は、全ての局面において今までにない結末をもたらす可能性を多く秘めているからだ。 この結論に至るに当たっては、個人的な葛藤があった。陰陽寮に入った当時、私は大きな諦観の中にあったのだから。 この歳で陰陽寮の門を叩いた事からお察しの通り、私は陰陽師として――いや、人間としても落伍者の部類である。「世の為人の為」なんて考えは始めから頭に無い。自分の事で精一杯だからだ。 陰陽術の用途に関しても、自身の興味、利益を追求するものに過ぎなかった。陰陽寮に入った目的、それは技術を磨く近道として利用する事に他ならない。 しかし、中に入ってみればどうだろうか。それが役目だと言ってしまえばそれまでだが、みんな日々研鑽し、困っている人と見れば手を伸ばさずにはいられない。その結果は私の知る世界とはかけ離れたものだった』 ふと、彼は筆を止めた。 目を開けていても思い浮かぶ年下の先輩の言葉と、笑顔。 実力や場数で言えば多分、間違いなく自分の方が上。 けれど、あの一言に自分は叶わないと思った。 先輩という存在を心から敬愛した。 『「いくら失敗しても、やり直せばいい」と言ってくれた人がいる。ならば私も未来の可能性を再び信じる決意と共に、この文を結ぼうと思う』 「あ〜、っとにガラじゃあねえよなあ」 コロンと筆を投げて彼は大きく伸びをした。 これを他人に読まれると思うとかなり恥ずかしい。 けれど‥‥ 「だがまぁ、悪くねぇ気分だ。決意も新たに、世界中の美女の笑顔を守る為に頑張るぜ!」 そう拳を握りしめた喪越の心に今、葛藤は無かった。 「陰陽寮って、想像してたよりもずっとほのぼのなんですよねえ〜」 アッピンは一年間の経験を思いかえしながら筆を回す。 「恋バナとかほのぼのしていた印象が大きいですよね〜。伊織いいんちょ可愛いですし。まあ、これは朱雀寮が特別なのかもしれないですけど」 『陰陽師らしからぬ者達』が集まる、と入寮の時に聞いていたことを思い出す。 そして一年間を振り返ると思い浮かぶ、賑やかで一人では決して経験できなかった日常。そして、思い出。そこから得た結論を彼女は文章に纏めたのだった。 『陰陽師は瘴気を扱う高度な技術者であると同時に高き精神性を備えた人間であるべきと考えます。 大掃除やアヤカシ図鑑の作成など一年生を通しての委員会の活動などで経験したのは、どれも独りでは困難なものであり、陰陽術の技術的なものよりも、共同作業やコミュニケーションであり、人との絆であったと思います』 「うぐぅ、お医者さんと論文は苦手ですねぇ〜」 彼女は頭を抱える。上手く言葉が纏まらない。 けれど、ここからが本論だ。逃げ出すことはできない。 それに、彼女には一つの目標もあった。 『陰陽師は技術に傾倒する余り独善的で狭視野に陥る傾向にあるといえます。 それ故に、人との繋がりを得ることは大きく、私自身先輩や友達を得て体験を共にすることで、柔軟な思考や自身の新たな側面を発見し、成長をすることができたと確信します。 瘴気は陰陽術だけでなく人妖の作成など多岐に及ぶ応用性と可能性を秘めている反面アヤカシや外法のように極めて危険な面も持っています。 それ故に瘴気を扱う技術者である陰陽師は自らを律する秩序と誇りを備えるべきであり、その点に於いて孤立を回避し互いに影響することで高めあうことのできる仲間を得て絆を育み、また人間としての道の完成を目指すことは陰陽師にとって重要であると考察されます』 小論文を書き上げた時、アッピンの脳裏にふと、笑顔が浮かんだ。 依頼で出会った一人の少年。 彼は朱雀寮の入寮を目指していると言っただろうか。 「彼の先輩になるのも面白そうですねえ〜」 そう言うと彼女は指先に、寮で意外な人気を誇った小さな人魂を指先に作ったのだった。 『まず、陰陽術とは何かという事から考えてみたいと思います。 私は、過去の先人達の経験と実験の積み重ねそこから得た知恵や自分の経験を式として具体化させる物、つまり知識と力を合わせた物が陰陽術であると考えます。 力には様々な形があります、破壊や暴力にもなりますし、大切な方を守る事もできます。団結力や判断力もある種の力でしょう』 そこまで書いてアルネイスは手を止めた。 「力‥‥、ただ強くなるだけじゃ意味がないんですよねえ〜」 陰陽寮に入った動機は『強くなりたい』だった。 それは勿論、夫や友、大事なものを守りたい、という意思からであったのだが。 知らず、手が震えているのを感じる。 それでも彼女は筆を進めた。 『過去に依頼で出あった村人を守ろうとしてアヤカシに憑かれてしまった朱雀寮出身の陰陽師の方の事件では、その方の強い思いとそうした思いが報われない事もある事を実感しました。 あの事件からは目には見えずそして書き記す事も出来ない大切な物を学んだ気がします。 これをふまえた上で陰陽師にあるべき姿とは何か、それは過去と現在と未来を紡ぐ事だと思います。 アヤカシの知識や戦い方などは何世代も離れた方にも十分に伝える事ができるでしょうし、思いや志はやはり直接伝える事が大切でしょう。 慢心せず、常に学ぶ立場と教える立場の両方に立ち。そして、その流れを小さな集団の中で止めず世界に発信していく事であると考えます』 「私もここに来て大分変わったんですかねぇ」 アルネイスは後に仲間達にそう言って笑いかけた。 外見はあまり変わっていないだろう。自分の本質も多分変わってはいない。胸に抱く大事なものも。 夫や、カエル達‥‥。 けれど 「強くなる事ばかり考え、技の威力や応用にばかりこだわっていましたけど「何の為」それが大事なのですよねぇ。進級したら、その答え、少しは見えてくるのでしょうか?」 文章になんとか纏めてみたもののそれが完璧な答えだとアルネイスも思ってはいない。 その答えを手に入れる為にも彼女は進級したいと心から思っていた。 試験開始までやきもきしていた親友の思いを知ってか知らずか、譲治はこれ以上ないくらいの真剣な表情で紙に向かい合っていた。 「小論‥‥? んっと、自分の考え、述べれば良いなりよね? んっんー。んんんっんんっー」 腕組みしつつ彼は考える。 筆を滑らせた。 『自分の朱雀寮での一年と陰陽師があるべき姿。 自分が朱雀寮生である事、体育委員所属である事。全てみんなより一歩遅れていた。 いつも足を引っ張らないまでも、鈍重にしていたかな、と反省。 ただ、みんなを始めとする朱雀寮生や寮長、委員長達に探偵団がいなければここに在る事は叶わなかったと思う。 故、みんなに感謝の意を』 陰陽寮の最年少者。 小さい身体で、けれど仲間達に一歩の引けも取らずに真っ直ぐに向かって行く彼の姿がどれほど寮生達の励ましになっていたか、彼は知らないだろう。 けれど、年齢も何もここでは関係ない。 彼もまた進級を目指す朱雀寮生なのだ。 『自分は、陰陽師であり、開拓者である。 新するを常とし、アヤカシの撃退方法は模索を続ける他無い。 今年一年の中でそれを発見できたと思ったのは瘴気を封じる「壺封術」。 瘴気の発生源は不明確であるが、壺封術を使用する事により各地の瘴気を操作できないか、と考える。 瘴気の多い場所にわざと瘴気を与え、アヤカシの発生を待ち、その場で倒す。 瘴気の総量が減っていけば、自ずとその地域の発生は抑えられる。 アヤカシの発生を操作する事で、新たな開拓者のよい相手にもなる。 どのような瘴気からどのような傾向のアヤカシが発生しやすい、などの情報も収集しやすくなる‥‥など、 他に操れぬ瘴気を操れる以上、一般人に被害を出さぬように、天儀に関わらず、儀全体、世界全体での瘴気運用の方法をこれからも模索していく事と思う』 論文、というより作文に近い形になってしまったか、と真名は思う。 ただ、自分の言葉や思いを形にするにあたり、どうしても気持ちが先に行ってしまい、論理的に纏める。という形に至らなかったのだ。 陰陽師のあり方‥‥シンプルでとても難しい課題。 だからこそ、彼女は自分の中にある答えを、気持ちを置いて行きたくなかったのかもしれない。 『いつか寮長が言っていた言葉、容易に思い出せる。 「陰陽師はアヤカシに近しいもの」 その言葉の意味と重みは今でも心に残ってる。 「私のせいで」と主を失い泣いていた子がいた。 その姿がかつての自分に重なり、思わず抱きしめた。 調査に気を取られて、村人を救う事に頭が回らなかった苦い記憶。 自分が情けなくて眠れない日が続いた。 新年会、ひな祭り、委員会。仲間と触れ合い過ごした日々。 どれもこれも私にとって掛け替えの無い大切な宝物。 それを抱えてるから解る。 抱きしめた温もりは生きている事の大切さを。 至らなかった後悔は力に溺れない心を。 私達は術よりも何より陰陽師だって人間なんだって教えてもらってきたわ。 でも考えればそれは当然のこと。 どんな凄い力だってその良し悪しはそれを使う人の意思で決まるのだから。 力無き想いは無力。 想い無き力は無意味。 無力ではいたくないから術を学び、無意味にしたくないから力に溺れる事の無い様に心を育てる。 私達は、陰陽師とは人間です。 強い力を持つからこそ、私達はだれよりも人である事を忘れない様にしないといけない。 力を持ちながら誰よりも人間である事を選び、歩む者。 それが私の思う陰陽師の在り方です』 寮生達のそれぞれの思いが綴られ終った頃。 パンパン! 寮長の手が鳴らした乾いた音が、試験の終了を寮生達に知らせたのだった。 ●小論文試験終了。‥‥そして 全ての論文に目を通した各務 紫郎は解答用紙を順番に並べた。 これで決して成績全てが決まったわけでは無いが一つの目安にはなっている。 今までの実習、委員会での成績は寮生達には大雑把にしか告げていないが説明以上に細かくつけられているが、今回は論文を欠席した者以外、大きな減点を受けている者はいない。 便宜上順位を付けているが、点数にしてみればトップと下位の差など10点以下の差でしかない。 「思いを言葉にし、相手に伝える。その経験の差、ですかね」 小論文と作文を明確に分けるのは主題である。 その文章の主題が初めに明確になっているか否か。 感情以外の意見や見識を入れているか。 それらを『採点』して、今回の評価を付けた。 それぞれがこの一年、陰陽寮で得てきたコトは確かに彼等の中にあると寮長には伝えられている。 結果として言うなら、この時点で論文を提出した寮生達は進級合格ラインを全員がクリアしているのだ。 次年度からはより、専門的な分野を学んでいくことになる。 陰陽師の暗部さえ垣間見ることになるかもしれない。 残る試験はあと一つ。 「彼等なら、大丈夫でしょう。きっとなんなく合格する。‥‥この論文が口だけのもので無ければ、ね」 そう寮長が呟いた先の窓には、新たな上級生の来報を待つ新緑が今、正に芽生えようとしていた。 |