【四月】舵天照学園現る
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 易しい
参加人数: 44人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/16 17:57



■オープニング本文

 それは、突如現れた異空間であった。
「舵天照学園」
 門にかけられた看板は、見事な筆字で書かれた行書の達筆であったが、その門から垣間見える光景はあまりにも天儀のそれとはかけ離れていた。
「なんだ? あの白い妙に穴の開いた塊は?」
 そう言って何の気なしに門をくぐった者達は、目を瞬かせることとなる。
「な、なんだ? これは〜〜〜?」
 一人残らず、彼らは『学生』になっていた。

『え〜。入学おめでとうございます。「舵天照学園」にようこそ』

 立ち尽くす学生達の耳に、妙に明るい声が響いた。

『我が校は男女共学、幼小中高大院併設の私立学園となります。
 忍者学科、志士学科、騎士学科、魔法使い学科、巫女学科など各専門学科が皆さんをお待ちしております。また弓術部、砲術部、音楽部、剣術部、拳術部などの部活動も充実しておりますし、学食、購買部、体育館、温水プール、サッカー場、アーマー練習場、伝説の木、学園七不思議など施設、設備も整っております。
 どんな夢も、思いも、やりのこしも、学園生活であるなら叶うでしょう。
 ここはその為の場所です。
 皆さん、我が校での学生生活を、どうぞご自由に、思う存分、思いっきり、お楽しみ下さいませ』

 不思議なアナウンスはそれだけ言って、唐突に切れた。

 目の前に広がるのは不思議で自由な世界。
 そこでさて、貴方は‥‥?


■参加者一覧
/ 風雅 哲心(ia0135) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 嵩山 薫(ia1747) / 周太郎(ia2935) / フェルル=グライフ(ia4572) / 平野 譲治(ia5226) / 倉城 紬(ia5229) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 草薙 慎(ia8588) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 村雨 紫狼(ia9073) / 草薙 睦月(ia9082) / 霧咲 水奏(ia9145) / 草薙 玲(ia9629) / フラウ・ノート(ib0009) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 不破 颯(ib0495) / テオドール・フェネクス(ib0603) / 琉宇(ib1119) / 白藤(ib2527) / 八条 司(ib3124) / 常磐(ib3792) / イクス・マギワークス(ib3887) / リュミエール・S(ib4159) / 宮鷺 カヅキ(ib4230) / シルビア・ランツォーネ(ib4445) / シータル・ラートリー(ib4533) / 一 千草(ib4564) / ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918) / 隠岐 浬(ib5114) / 玉響和(ib5703) / 黒木 桜(ib6086) / 泡雪(ib6239) / 優風(ib6457) / 火叢 牙王丸(ib6522) / satera(ib6525) / canon(ib6535


■リプレイ本文


●舵天照学園現る
 そこは、不思議な空間。
 一度足を踏み入れた者は時が学び舎に集う生徒となる。
『舵天照学園』
 その空間に、今日も何度目か、それともひょっとしたら最初で最後かもしれない朝日が昇っていた。
 学園の平凡で、破天荒な一日が今、始まる。

「うわっ〜っと、遅刻、遅刻だぜ〜〜」
 口に食パンを加えたまま、携帯の時計を確認すると優風(ib6457)は足を速めた。
「授業開始まで後5分。間に合うか!」
 最後のダッシュと曲がり角を曲がろうとした瞬間。
「「うわっ!」」
 二つの声が、ドン! と言う音と共に重なって体と一緒に地面に落ちた。
「あつっ‥‥と、すまない。怪我は無い‥‥かっ、っておいい!!」
 自分の尻を撫でながらぶつかった相手に手を伸ばした優風であるが、まさかの展開に思わず悲鳴に似た声を上げた。
「引っ叩かれるくらいは覚悟してたけどなあ、まさか首元に刀突きつけられるは無いだろ〜」
「ああ、すまない。つい‥‥」
 優風の声に宮鷺 カヅキ(ib4230)は直に武器を下ろしてくれた。ふうと息を吐き出して優風は目の前の女性を見る。
「白衣のお嬢さん。その身のこなし忍者学科?」
「まあね。でもいいの? 遅刻するよ」
「うわあっ、しまったああ〜〜!」
 走りなおす優風を見送りながら、小さく肩を竦めてカヅキは落ちた書類を拾い上げるとさっき、自分が出てきたばかりのゼミに背を向けたのだった。
「こんなに早い時間に終わるなんて。学生たちはこれから授業なのに。今日は暇を持て余しそうだな」
 そんなことを呟いて。
 一方走る方の優風は
「頑張っているお嬢さん発見、ってか?」
 楽しげに笑って、彼らはそれぞれの学園生活に向かって行った。
 舵天照学園は、基本制服着用であるが、そのアレンジは生徒達の自由に任せられている。
 そんな中で小学部は比較的、制服の基本形を守っている者が多い。
「リネットさん、おはようございます。今日は潜入諜報学部は実習でしたか?」
 自分を呼び止めた声にリエット・ネーヴ(ia8814)はくるり、振り向いた。そこには礼野 真夢紀(ia1144)がにっこりとほほ笑んでいる。
 黒いスカートに白いブラウス。赤いスカーフが眩しいほどに似合う。
「そうなの〜。大変なんだよね〜。赤点とると怒られちゃうし〜」
 茶色のブレザーに茶色のスカート、濃紺のスカーフのリネットとは外見も、性格も対照的でまるで対のようだ。
「私達は、今日は座学です。頑張って下さいね」
 お辞儀して去ろうとする真夢紀を
「あ、ちょっと待って!」
 リネットは引き留めた。
「ねえ、刀剣学科と陰陽師学科、っていうか他の小学部の時間割りも真夢紀さん、解る?」
「えっ?」
 思いも書けない質問に一瞬疑問符を浮かべるが
「確か刀剣学科は今日は道場での模擬戦と、後は刀剣手入れの実習だとシータルさんはおっしゃっていました。陰陽学科は進級試験が近いから自由学習だったかと」
 シータル・ラートリー(ib4533)と平野 譲治(ia5226)同じ小学部の仲間の顔を思い浮かべながら真夢紀はちゃんと答えた。
「琉宇(ib1119)さんは音楽の指導で大学部に行っていますから留守かと」
「そっか〜。ありがとうね〜。助かった〜〜」
 真夢紀を見送りながらリエットは考え歩き出す。
「じゃあ、狙うはやっぱり、こっち、かな?」
 そんな意味不明な事を口にしながら。

 個性が出だすのは中等部以降である。
 特に中等部と高等部は同じ敷地、同じ建物の上下にあるので垣根が低いのだ。
 学部も数が多い分、一クラスの人数は少ないこともあり魔術師学科と剣術学科が隣だったりと仲も悪くは無い。年齢縦割りの合同授業も多い。
 そして制服もそれぞれ自由に任せられているので色とりどり、自分の好きな服を着ていいことになっている。
 大学部も隣の棟にあるので交流は多く、常に廊下は年齢の違う生徒の、制服の色、髪の色が賑やかで賑やか。まるで花が咲いたようだ。
 だが高等部の廊下
「‥‥っと、これで今日の授業の纏めは終わり。さて、一緒にお昼に行かないかって、‥‥なに?」
 魔術学科の合同授業。授業のノートを纏め終わったイクス・マギワークス(ib3887)はフラウ・ノート(ib0009)を誘って廊下に出た瞬間、思わす目の前で繰り広げられる光景に瞬きをした。
「統真先輩いつもそうやって逃げるんですから‥‥授業にでないとだめですよっ」
 いかに、学年、学部の垣根が低い学園とは言え、午前中の授業が終わった直後、高等部の生徒が大学部の生徒を捕まえてぎゃんぎゃんと言っている姿はそう見られるものではないだろう。
 騒ぎを聞きつけ周囲には人垣ができ始めている。その隙間を上手にすり抜け
「‥‥何事?」
「あ、中等部会長さん? ご苦労様」
 とことことやってきた柚乃(ia0638)に玉響和(ib5703)は軽く会釈すると、苦笑交じりにくいと指差した。
「いやね。高等部の屋上で大学部の生徒がサボってたんだってさ」
 見れば確かに視線の先には大学部4年の酒々井 統真(ia0893)がどこか、困ったような顔つきで眉間をぽりぽりと掻いている。
「そう? でも風紀委員長が動かないのはどうして?」
 そう問われて和は腕組みしたまま苦笑した。そう、彼女は泣く子も黙る舵天照学園の風紀委員長なのだ。黒いセーラー服は彼女のトレードマーク。腰には刀が下げられているのに、彼に向かってそれが抜かれる様子は無い。
「大学部の先輩が相手だし、それにほら、あれ‥‥」
「先輩いつもそうやって逃げるんですから!! 授業にでないとだめですよっ!!」
 フェルル=グライフ(ia4572)が凄い勢いで説教をしているのだ。
「実技はきちっと受けてるし良いだろ、そっちこそ昼休みは舞の練習なのに俺に構ってていいのか?」
「あれ? もうそんな時間ですか。‥‥って誤魔化してもだめですっ!」
「ちっ!」
 くすくす、周囲から生暖かい笑みが零れる。まるで痴話げんかのノリだ。
「まあ、そんなに害もないみたいだからとりあえずはフェルルさんに任せておこうかな〜と思って。もっと取り締まらなきゃならない相手は他にもいるし‥‥」
 和が言いかけた時、その「もっと取り締まらなければならない相手」の一人が全速力で廊下を駆け抜けていく。
「わああっ!」「おっと!」
 その勢いによろけたフェルルを統真はとっさに抱き留めた。
「そこの二人! いい加減に止まらないか! ‥‥好い加減にしないとシバキ倒すぞ」
「倒せるものなら、倒してご覧! あたしが世界を征服するっ! あたしを止められるものなどこの世にはいな〜い! そこの男の娘は黙って見ておいで。行くよ。ネプ君! 目指すは学園七不思議〜〜!」
「は‥‥はぅ‥怖いですけど‥‥頑張るのです‥‥。そして、伝説の木に‥‥一緒に‥‥って、あ! 待って〜。鴇ちゃ〜〜ん! 置いてかないで〜〜」
「‥‥この!! 誰だ! 今『男の娘』って言ったヤツは。名を名乗れ!! いくら可愛いからって容赦はしないよ!」
「負けないもんね。アークブラストぉ!!」
「こら! 校内でぶっぱなすやつがあるかあ!!」
 逃げる二つのセーラー服。鴇ノ宮 風葉(ia0799)とネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)を追いかける隠岐 浬(ib5114)は生徒会長と風紀委員長に軽く挨拶だけして、二人をそのまま追って去って行った。
「よう、なんだか目立つ可愛い姉ちゃん。俺達と一緒にお茶しない?」
「額が綺麗だね。ちょっと見せてくれないか。できれば唇ごと」
「あ、あの‥‥、ちょっと困ります」
「そんなこと言わないで」
「こら! 相手の同意の得られないナンパは見苦しいぞ」
 突然通りすがりの少女の手を引っ張った生徒もいるが、その時、一人の生徒が少女と学生
「ぐえっ! お前は伝説の風紀委員。琥龍 蒼羅(ib0214)!」
「まったく、もう風紀委員ではないのだがな。‥‥大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
 黒木 桜(ib6086)はそっとお辞儀をすると笑顔を見せた。
 だが、ホッと一息つく暇もない。
「向こうの屋上で周太郎(ia2935)さんがサボっているらしい〜。探しに行った霧咲 水奏(ia9145)さんも、戻ってきません!」
「あの二人、ラブラブだし。今頃二人でいちゃついてるんじゃないかなあ?」
「大変です。あっちでケンカが発生しました!」
「あっちで女子学生の更衣室を盗撮しようとしている奴がいました!」
「盗撮じゃない! 村雨 紫狼(ia9073)! 新聞部! 『新聞部の活動』なんだからやましくないぜ!」
「裏庭で煙が出ています。火叢 牙王丸(ib6522)が煙草を吸っているとの情報が!!」
「解りました。今行きます! 風紀委員は私が行くまで、現状確保。当事者を逃がさないように!!」
「はい!!」
「新聞部! やましくないならデータの提出を求める!!」
「やなこった!」
「風紀委員も大変ですね」
 同情するように言った柚乃に軽く頷いて和は剣を握る。
「なんだか、最近急に騒ぎが多くなったみたい。だから、最近は引退した先輩にもご協力願ってるの‥‥だから、ね?」
「えっ?」
 和は会話の話題を変えるとフェルルに向かって片目を閉じて見せた。
「その問題児さんはフェルルさん。責任を持って更生させて下さいね。その為に風紀委員になったんだって、言ってたでしょ。では! 風紀委員だ! ‥‥お前ら全員風紀委員会室に連行だ、覚悟はいいな〜!」
 走り出して行った和を見送って
「!!!! ご、ごめんなさい! 先輩!!」
「いや」
 フェルルは慌てて統真の手からするり逃れて真っ赤になった。抱きしめられたのに今の今まで気が付かなかったようだ。統真もどことなく頬が赤い。
「青春だねえ。仲良きことは美しきかな〜ってね」
「わあ〜。慎様、待って〜〜」
 意味深で、生暖かい笑みを残し、沢山の男女生徒を引き連れて女装の美女(美男?)草薙 慎(ia8588)が二人の横をすり抜けていく。
「確かに青春ですね。皆さん、楽しんでいるようです。阿修羅学園との闘争が終わったばかりだというのにここまで明るいのは、やはり学園の生徒の特性ですね。よいことです。行きましょうか。八曜丸」
 微笑しながら柚乃はいつの間にかやってきていたもふらを従えて生徒会室に向かおうとする。
 その頭上では、きーんこーん、かーん、こーん。
 昼食時間開始を告げるチャイムの音が響いていた。
「美味しい紅茶があるから。それから、美味しいお菓子も‥‥。颯さんが来たら、一緒に食べようね」
 その時、彼女の頭上で触手を伸ばした闇目玉は
『がっ!!』
どこからともなく飛んできた矢に射抜かれて、消えて行った。

●学園の昼休み
 どこも比較的同じであろうが、学園の昼食時、食堂は戦場と化す。
「皆! 持ち場に着け! 戦闘配置だ!」
「解りました!!」
 料理人、給仕人、食券販売人が小走りに走っていく。
 その中には何故か、変わった制服を身にまとった物がいる。
「ヘラルディア(ia0397)さん。そろそろ皆来ますよ、持ち場に着いて下さい!!」
「解りました。お任せくださいですね」
 優雅にお辞儀をしたヘラルディアは高等部三年巫女学科の優等生、けれど今は
「こういう身の上ですし」
 と、冗談めいた笑みを浮かべるとくるりとメイド服アレンジのきいたセーラー服を踊るように翻して見せた。
 学園には『メイド部』と『執事部』という部活動があってそこに属する生徒達は実習とアルバイトを兼ねて学食でのお手伝いをしている者が多い。
「いらっしゃいませ。ご主人様、じゃなかった。お坊ちゃま、お嬢様」
 ニッコリとわたって出迎える泡雪(ib6239)もまたメイド服だ。
「メイド部はメイドの仕事をしながら、礼儀作法やお茶の淹れ方などを楽しく学ぼう、という部活で、決してコスプレではないのですよ?」
 彼女は常々、そう口にしているが妙に勘違いしたコアな男性ファンは食堂、部室を問わずに訪れているようである。
 一方、一 千草(ib4564)は執事部に所属している。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
 優雅な礼は基本女性に向けて。
 普通の席なら割と早く楽に座れるのだが、メイド部や執事部が対応してくれる席はいつも取り合いの戦場になるのだ。
 ちなみにメイドや執事を必要としない普通の席では時に変わったモノも見られる。
「はい。あーんして。玲」
「あむっ! 美味しいです! じゃあ、今度は絵梨乃さんにも。はい、あ〜ん」
 草薙 玲(ia9629)と水鏡 絵梨乃(ia0191)の一見お似合いの可愛らしいカップル。
 しかし絵梨乃が実は男装しているので本当はペアなのだ。
「いいんだよ〜。今日は思いっきりいちゃいちゃするんだもんね〜」
「は〜い。離れませんよ〜」
 ぺったりくっつく二人を見る目は生暖かい。
 草薙 睦月(ia9082)は気にせず食事をし続けているし、倉城 紬(ia5229)は見ている方が赤くなると言うように顔を朱に染めていた。
「なんだか可愛いねえ〜」
「あ〜、ダメですよ〜。よそ見しないで下さい〜」
「解ってるって。見せつけてるだ・け」
「えへへ、うれしいなあ。こうしてるのは何故か久しぶりの気がします」
 本人たちは気にしていないようだからいいのであろう。‥‥多分。
「メニュー‥‥決まったか?」
 対応はぶっきらぼうだが柔らかい笑みを浮かべる千草にどこかぽおっとした顔で席に座った客は聞く。
「今日のお勧めはなんですか?」
「今日のおススメは、日替わりランチだ」
「じゃあ、日替わりランチのBで」
「俺は日替わり定食」
「かしこまりました。日替わりランチのBと日替わり定食ですね」
 オーダーを台所に通すと程なく盆が運ばれてくる。
「お待たせしました。日替わりランチBセットと日替わり定食です‥‥って、わっ!!」
 込んだ食堂、料理を運んでくるのも簡単ではない。
 盆を持ったメイドの一人が客とぶつかりそうになってよろけ、倒れる‥‥。
「あ! ありがと、千草」
 すんでのところを支えられて白藤(ib2527)は千草にそう、礼を言った。
「大丈夫か? 姉さん。混んでるから、気をつけた方が、いい‥‥」
「ごめん、大丈夫。後は気を付けるね」
 クスッと笑った姉に千草は頷き、盆を受け取る。
「姉さん、ここは俺がやっておくから‥‥」
「解ったわ。お願いね。落ち着いたら常磐(ib3792)が来るはずだから、一緒にご飯食べましょ〜」
 元気よく去っていく姉を苦笑交じりに見送ると
「失礼を。日替わりランチBセットと日替わり定食。お待たせしました」
 千草は料理の入った盆を客の前に差し出した。

 学生食堂の料理は充実している。
 有名シェフや、こだわりの和食の達人が作る自慢の日替わりランチや定食は、某豚の鼻で探すきのことか、某北の海で取れる宝石のような鮪とかがふんだんに使われている。
 かと思えばりんごと蜂蜜の入ったカレールーを使ったカレーライスや、チャーシューたっぷりのチャーシューメン、かつ丼、天丼、親子丼などの定番メニューもあって、全て食べつくすには一年では足りないとさえ言われている。
 もちろん、食べ物を売る場所は学生食堂だけではない。
 売店には近くの手作りパン屋から、毎日焼き立てのパンが届く。お菓子や飲み物も売っているし、お弁当も充実しているのだ。
「今日は、売店の焼きそばパンにチャレンジしてみましょうか? 最近売り切れの事が多くて食べられないのです。今日こそ食べられるといいですよね? 司さん?」
「‥‥はい! お師匠。‥‥でも、どうして僕もセーラー服着てるんでしょうか?」
 前をスタスタ、颯爽と歩いていく嵩山 薫(ia1747)の後を追いかけながら八条 司(ib3124)は時々ぴょんぴょんとスカートの下から跳ねてしまう尻尾を、一生懸命に押さえつけていた。
「うぅ、尻尾でスカートでめくれるっ! それになんか視線感じるし‥‥。か、薫さん! 待って下さい!!」
「気にしたら負けですよ〜。思いっきり楽しまなくっちゃあ!」
 最高の笑顔でウインクする薫に、司は悩殺されたようにボーっとするが、
「ああっ! 置いて行かないで!!」
 慌てて必死で追いかけた。
 ちなみに薫は司の感じた視線の半分が薫を見るモノであり、その豊満なボディのおかげでセーラーが持ち上がって出かけるヘソやお尻に持ち上げられた際どい丈のスカートが健全な男性達を悩ませている事には気付いてはいない。
「こんにちわ〜」
 店の中に入ると薫は中で在庫チェックをしていたであろう、赤黒の上下を着た背中に声をかける。
「おや、いらっしゃい。ひさしぶりだね」
 振り返ったのは全学部共通の大施設『学園購買』を覗いた薫に、ここの経営者にして責任者。
 学生にして職員のからす(ia6525)である。
「あら、本当に久しぶりですね」
 薫はからすに笑いかける。
「最近、タイミングが合わないことが多くて‥‥残念でしたわ」
「ごめんなのだ。おいらはてんちょーほど、手際が良くなくて」
「いいんだよ。君はここだけじゃなくてたくさん、いろんなところで働いているんだから」
 しょんぼりとするアルバイト。譲治の頭を撫でながら
「授業の時はアルバイトに任せているからね。失礼した。お詫びに君の欲しがっていたもの入荷したよ」
 小さく肩を竦めたからすは、棚の裏から薫に小さくない紙袋を差し出した。
「まあ!」
 中にはたくさんの菓子と焼きそばパン。
「地方迷菓がこんなにたくさん! これは皆、喜びますわ。それに幻の焼きそばパンまで!」
「ここの所、売り切れが続いたようで迷惑をかけたらしいからね。おわびだ」
「ありがとうございます。いいお土産ができましたわ」
 紙袋をぎゅっと抱きしめると、薫は司に振り返った。
「司さん、ステキなものを頂きましたの。向こうの木陰でお食事にしましょう。お茶をお願いできますか?」
「はい!!」
 尻尾を振らんばかりの勢いで駆けて行った司は直に
「んに、買ってきましたようー」
 とペットボトルを持って駆け戻ってきた。器用に二本を片手に持つと開いた方の手で薫の手を握る。
「えへー、ちょっとくらいいーですよねー。じゃ、向こうのほう行きましょうかっ」
 木陰に二人で座ってお菓子やパンを並べる。
 緑のじゅうたんに横座る薫。豊満な胸や、お尻が刺激的に覗く。
「‥‥にしても‥‥本当に」
 司はごくりと喉を鳴らすと
「どうぞ、一緒に食べましょう?」
 薫の差し出す菓子ではなく、薫の胸元に手を伸ばし飛び込んだ。
「んん‥‥もうダメ大好きっ! 薫さああん! ! ぁぅっ!?」
 だが、目にもとまらぬ速さで薫は翼を避けると、地面に叩きつけた。
 衝撃は最小限に。だが、しっかりと釘をさすように微笑する。
「おいたはダメですよ」
「ご、ごめんなさい‥‥」
 その 光景を遠巻きに、だがしっかりファインダー越しに見ていた紫狼は
「‥‥やっぱ、女性はロリに限るかも」
 司よりも口の中に溜まった唾を飲み込んだ。
 自分を狙うからすの弓に気付くことなく。

 学食のメニューを全て食べつくすには一年では足りないと先ほど言った。
 しかし逆に言えば一年以上あれば食べつくせると言うことで
「お姉さま達。今日は中庭で食べましょう。桜も満開ですし、お弁当も作ってきましたので」
 既にほぼ食べつくした一人である真夢紀は、姉たちとのんびり外での昼食を楽しんでいた。
 巫女学科の帰宅部とサムライ学科の剣術部所属の二人は妹の手製の弁当に目を見張った。
「部活の先輩にも協力してもらってメニュー考えましたの♪ よかったらたくさん食べて下さいね」
 大食漢の次姉は元より、普段は小食な長姉の箸も進んでいるのを見て真夢紀は嬉しそうに微笑んだ。
「もうじき、藤も咲きます。そしたら、またお花見しましょうね」
 穏やかに笑う姉達と過ごす、楽しいひと時。
 真夢紀もそんな喜びにさらに花を添えるように
「あら、ステキな音楽♪」
 柔らかいハープの調べと
「女子生徒の諸君アーンドおまけの下僕共、しっかり飯食ってるかーい? 窓際の席の柴田さん! 後で玉子焼き頂戴ねー‥‥と言うことでお昼の放送始まるゾ☆」
 軽快なおしゃべりが、学園の空に響き渡った。

「柴田さんって、誰? まったく、部長はほっとくとすぐ調子に乗るんだから!」
 機材の調整に当たる放送部員は大きくため息を吐き出した。
 放送部長である朱麓(ia8390)のトークの才能は確かに尊敬に値する。
 罵詈雑言がちょっと多いのだが、自分達の気持ちを解ってくれていると人気が高いのだ。
「これで、もうちょこーっとセーブってことを学んでくれると、もっと人気出ると思うんだけどなあ〜」
 本人にはなかなか言えない思いを、はああっ! と大きく吐き出して放送部員は気持ちを切り替える。そろそろお昼の放送も終わりの時間だ。
「んじゃあ、また明日ってことで。皆、元気にがんばれよ〜〜!」
 最後を締めくくる軽快なテンポのポップスが流れ終れば、今日の放送部の仕事は終わり。
「お疲れ様でした〜〜!」
 一仕事を追えて出てきた部長を出迎えた部員達は首を傾げる事になる。
 いつも底抜けに元気な彼女がふしぎに怪訝そうな顔をしているのだ。
「どうしたんです? 部長?」
「今日かけたCDにハープの曲、なんてないよな?」
「えっ? と、多分‥‥はい」
「じゃあ、一体なんなんだ?」
 朱麓の手元の携帯には風雅 哲心(ia0135)からのこんなメールが表示されていたのだった。
『今日の音楽、なかなか面白かったぞ。ハープ演奏なんて珍しいな。後で、茶でも飲もう』


 真夢紀や哲心の聞いたハープの音と、放送のトークは実は意図して合わせられたものでは無かった。
「テオドールさん。こんなところにいたの? 教授が探してたよ」
 だぶだぶのガウンと角帽を被った少年に呼びかけられ屋上で寝転がっていたテオドール・フェネクス(ib0603)はよっ! と勢いよく体を起こした。
「青空の下で演奏すると気持ちがいいんですよね。部屋の中で演奏したり音楽の研究をするのも嫌いじゃないけど、音楽はやっぱり空の下が似合うような気がして」
「‥‥確かに解らなくもないけど、僕は音楽の新しい姿にも興味があるなあ。新しい儀が見付かって、今までとは違う音楽様式も入ってくると思われることから、これからもっと色々な形態が生み出されるんじゃないかって思うから」
「真面目ですねえ。ま、音楽の形は一つじゃないから、いいと思いますよ。‥‥でも、先生怒ってましたか?」
「ああ、それはもう。覚悟はしてった方がいいと思うなあ」
「仕方がありませんね。戻ります。ありがとう。気持ちよかったのに残念だな」
 ハープを抱きかかえ屋上階段に足をかけたテオドールは振り返った。
 どこまでも広がる青空と、それから眼下に広がる世界。そしてそこで笑う学生達を。
「皆が楽しそうにしているのを見るのも、ね」
 そう言って彼は静かに屋上の扉を閉めたのだった。

 屋上のさらに上、給水塔の上。
「俺達に、どうやら気付かなかったようだな」
「そのようでございますな。お弁当は如何しますか?」
「ん〜。もう腹いっぱいだからまたちょっと寝るから、膝かしとくれよ」
 そんな会話に気付くことなく。

 そして生徒達が消えた学生食堂のテーブルに
「わっ! あ、千草に常磐‥‥。ごめんねっ、午後から休講だから今日は部活の掛け持ち日なの! 忘れてた。あと夕食はオムライスが良いなっ」
 ドップラー効果と共に声が走り去る。
「はっ!? こら〜! 俺は一言も作るなんて言ってないぞ!?」
 常盤の声は声の主には届かなかったであろう。
 千草は肩を落とす常盤の背中をポンと叩いたのだった。

●学園の放課後。そして‥‥
 昼休みが終わり、午後の授業も先ほど終わりのチャイムが鳴った。
「やったー! 授業終わり!! ねぇー、シルビアシルビアー構って構ってー。遊ぼうよう、ねぇねぇ」
 リュミエール・S(ib4159)は授業終了、教師の退場と同時に飛びあがるとシルビア・ランツォーネ(ib4445)に飛び付いた。
「え〜い、べたべたくっつくなっ」
 クラスの人気を二分するこの美少女同士のじゃれ合いは一種の名物だからクラスメイト達も余計な口出しをしないで笑いながら見ている。
 金髪ツインテールに青と白の半袖セーラー服。黒のニーソックスのシルビアとこちらも流れる様な金髪にニーソ。赤と白のセーラー服のリュミエールはまるで対のようで見ている分には目の保養なのだ。
「ね〜、遊んでくれないの〜」
 とはいえ、彼女ら特にリュミエールは素直に保養などさせてくれない。
 リュミエールの目的は、シルビアだけ。彼女しか目に入っていないのだ。
「ダメだとは言ってないだろう。ベタベタしないでもう少し待ってろ!」
 シルビアはリュミエールを軽く手で押すとカバンを広げ帰り支度を始める。つまりは一緒に帰ろうと言う事?
「お、やったぁ! シルビア、だ〜〜いすき♪」
 リュミエールはシルビアの首もとに飛び付き、そのまま彼女を押し倒した。
「うわああっ!!」
 勢いに押されたシルビアはカバンと机を巻き込んで床に倒れこんだ。
「ブッ!」
 背後にいた男子生徒が慌てて口と鼻を押さえた。女生徒の何人かが男子生徒の見たものに気付き、男子生徒に後ろを向かせる。
「リュミエールさん! 下着! パンツ!!」
 小さな囁きの注意は残念ながら魅惑的すぎるパンツを履く彼女には聞こえなかったようだ。
 代わりに聞こえたのは
 プツン。
 音を立てて切れたシルビアの何かと
「いいかげんにしろ〜〜〜!」
 窓から放り投げられた自分が空を舞う音。
 そして
「おー! シャッターチャーンス!」
 誰かのカメラがシャッターを切る音であったという。
「もう! シルビアのいけずぅ〜〜」
 草むらの中に落ちながらもそう言ったリュミエールはとても楽しそうであった。
「こら! 早くそのパンツ隠せ!!!!」

 舵天照学園は部活動も盛んである。
 特に弓道部、バスケ部などは全国に名を馳せている。
「‥‥えいっ!!」
 大会直後、人の少ない弓道場。いるのは白藤と水奏だけだ
「恋にうつつを抜かしているからなどと、父上に余計な言質は取られたくありませぬからな」
 迷いなく、じぶんをしっかりと持っている水奏は確実に矢を的中させていく。
 シュン。白藤の手からも矢が放たれるがそれは、どうやら的の中心から外れたようだった。
「ふぅ‥‥っ。あと少しで中心なんだけどな…集中力が足りないかな」
「何をそんなに固くなってるのかな?」
 突然背後に現れ、声をかけたまるごともふらに驚くこともなく。
「颯さん」
 白藤は笑いかけた。
「生徒会の仕事は終わったんですか?」
 弓道場は神聖な場所、とか頭の固い連中が見たら起こりそうな姿ではあるのにまったく動じない白藤に不破 颯(ib0495)は楽しそうに笑って頷いた。
「まあな」
 彼はそれ以上は言わないが、もふもふした物を愛でながら会計書類の整理や教師・生徒相手に予算の交渉に乗り込む手練、手管は正直悪魔も感服するだろうという手腕であった。
その上、でこっそり闇目玉退治をしていた事を、彼は誰にも言わなかった。
 代わりに柚乃にこう言い放つ。
「闇目玉警戒退治の分も、捕ってきた。予算については任せなぁ。どんな金額だろうがあの手この手で確保してやるからよぉ。その代わり必ず成功させるんだぜぇ? しくじったら承知しない」
「はい! 大丈夫です!」
 そうしっかりと告げた生徒会長の顔を思いだし、彼は、自分の役目は終わったとばかりに大あくびした。
「さ〜て、少し射てから帰るとするか〜。お前さんもあんまり肩を貼らずにやるといいかもしれないぜぇ〜」
 颯は言葉通り、まるごともふらのまま射礼を取っていく。
 スパーン!! 放たれた矢は見事に的の中心を射抜いた。
 水奏も白藤の背に一度だけ触れて自分の場に戻る。
 白藤は颯の言葉を思いだし、矢をもう一度放つ。
 ‥‥迷いの消えた矢の行方は、もちろん言うまでもない。

「ねえねえ、聞いてよ。聞いてよ。今日は、本当に酷い目に合っちゃった〜」
 テーブルに突っ伏する天河 ふしぎ(ia1037)に泡雪は暖かい飲み物を差し出すと横に座った。
「どうしたんですか? 新聞部部長に、特集記事を任された。伝説の木の取材をするぞ。伝説の樹で告白したカップルに、突撃インタビュー、その効能と原理を解明するんだっ! って張り切っていたのではないですか?」
 泡雪の問いに、うんと彼は頷く。ちなみにロングスカートな濃紺セーラー服を着ていても鋼鉄ヨーヨー‥‥もとい、ペンとメモ帳を持っていても男性であるふしぎの人称は彼である。
「色んな人に話を聞いてね、最後に伝説の木の所に行ったんだよ。そしたら‥‥、ああ! 思い出したくない!!」
 ふしぎは頭を掻き毟った。
 伝説木の下で、彼が見たものは
「あによ、特に不思議なんてないじゃない‥‥?」
 げしげしと伝説の木を蹴り飛ばす色気のない先客風葉と
「‥‥はぅ。鴇ちゃん、大好きなのですよ‥‥」
 彼女に抱きつくネプの姿であったのだ。
「もう! 何を言ってんのよ!」
 風葉も口ではそう言ってはいたが、まんざらではない様子でなんだかムードができている。さらに見ていれば
「ボク達は既に恋人同士だから、ここで告白する必要はないと思うが。でも、あえてもう一度告白してみるのも悪くないかな?」
「愛の告白なら、何度でも聞きたいです。絵梨乃さん、大好き。ずっとこうしていたいなあ〜」
 とやってくる女同士の恋人達。他、ひっきりなしに伝説の木の下には恋人達が現れ続けたという。
「なんで、僕は一人で伝説の木の取材なんかしてるんだろう?」
 思わず置いてけぼりにされた気分で寂しくなったというふしぎの肩を泡雪はそっと抱きしめる。
 少し離れた執事部では、優風から正体を受けたカヅキが紅茶を静かに飲みながら、小さな青春を優しく見守っていた。

「おーい、パスパス回して!!」
 かけられた声に牙王丸は慌ててパスを後方にやってきた常盤に回す。
 練習試合もそろそろ終了。これがラストチャンスだ。
「行くぞ! シュート!!」
「させるか!」
 常盤は渾身の力でシュートを放つが、目の前にジャンプした相手に阻まれてコースの変わったボールはリングにぶつかって大きく跳ねた。
「っ! やっぱり競り負けるな…。もう少し身長もでかくなりたいんだよな‥‥。中1だから仕方ないのか」
 悔しげな常盤であるが、彼はハッと思い出したように顔を上げると牙王丸にありがとう、と声をかけた。
「いきなりだったのにチームに入ってくれてありがとう。メンバーが怪我して練習試合できない所だったんだ」
「いや、気にしなくていい‥‥。楽しかった」
 苦笑するように笑った牙王丸に常盤は真っ直ぐに手を伸ばした。
「また、良かったら遊ぼう」
「ああ」
 二人は強く、しっかりと手を握りあった。

 人気のない暗がりの校庭で、剣を振る音が続いている。
「そろそろ休まない?」
 かけられた声にシータルは素振りの手を止めて振り返った。
「リエットさん」
「はい! あげる。さっきのお詫び」
 投げられたジュースを手に取りシータルはいいのに。と笑いかけた。
「さっきはごめんね。授業道具かっぱらっちゃって」
「いいんですよ。取られたのは私の未熟だし、授業だったんでしょう?」
 潜入諜報科の今日の課題は他の科に忍び込み戦利品を持ち帰る事だったらしく、さっきシータルはリエットから木刀を一本奪われてしまったのだった。
「でも、次は負けませんから」
「あ、言ったな〜。次も絶対に頂いちゃうよ!」
 明るく笑いあった少女達は夕刻の風に踊る自分の髪を押さえながら楽しげに笑いあっていた。

「相変わらず、志士らしくない恰好してんなあ?」
 ぶらぶらと過ごす帰り道。哲心はそうかけられた声に振り返った。
いつもの闇討ちかと思えば同じ学年の統真が楽しげに笑っているのだ。
まあ、皮ジャンにジーパンという恰好が志士らしくないというのは本人も認識している。
「こまけぇことはいいんだよ。ほっとけ。で、なんかようか?」
「ああ、ちょっと手合わせでも頼めねえかと思ってな」
「ちょうどいい、退屈してたところだ。道場にでも行くか」
 互いに力を認め合う者同士。授業はサボっても、己の力を高めることに努力を惜しんだことは無い。
 帰宅部するより、楽しい時間を過ごせそうだ。
「あ〜、面白そうなことしてるじゃん。混ぜて混ぜて!」
 やってきた朱麓も巻き込んで、彼らの時間が始まろうとしていた。

 夕刻、一人廊下を歩くヘラルディアは目を閉じて、考え事をしていた。
 高校三年生。進路のことを考えなくてはならない時期だ。
「この学園は文句なく楽しいのですが、やはり外でどなたかのお役にたちたいですね」
 彼女は進学ではなく、就職の道に進むつもりだったのだ。
「南方へ就職する路線に致しましょうか一応誰にお使えするは目処をつけると致しまして」
 考えているうちに進路相談室に到着する。彼女は大きく深呼吸をしてノックをした。

 学園の図書室はとてつもなく、深く、広い。
 執事部と図書委員を兼任する千草はその上部で、返却図書の整理に当たっているが、中にはその奥の奥にまで入り込み、本という一種の異次元の世界に捕らわれてしまう者も多くいる。
「むぅ。流石に属性の違う魔術を一つに束ねて、は難しいか」
 水と火という異属性を合成して魔術を生み出す事を目指すフラウは授業が終わると大抵図書館の地下に潜り、本に埋もれて調べものに熱中する。
 光など殆ど差し込まないこの闇の中には時間を指し示すものなど何もない。
 だから、フラウ自身も今が何時であるか知らず、気にしようとはしなかった。
 けれど、そんな者たちの為にこの書庫にはある放送だけは響くのであった。
「歌?」
 澄み切ったソプラノが甘い弦楽器の調べと共に今日の終わりを告げる。
 本日の帰りの放送は放送部の桜と音楽部助っ人蒼羅の生演奏であるようだ。
「いけない。もう戻らなくっちゃ‥‥。またね」
 そう言うとフラウはそっと、書庫の明かりを落として自分の戻るべき場所へと戻って行ったのだった。

「あら?! もう、こんな時間でしたか。すいません。帰ります」
 帰りの放送と教師に指摘され、紬は赤くなって和室から駆け出すと更衣室に向かった。
 踊りに夢中になってしまうと、時間を忘れてしまうのは悪い癖だと解っているがなかなか治らないものだと笑ってしまう。
 着替えが終わるころには空はもう薄紫に染まっていた。
「わあっ!」
 横をグライダー部イクスの改造グライダーが飛んでいく。
「すまない! まあ、マニュアル通りなら、改造はこんなものか」
「こら〜! 待ちなさい! 危ないでしょ!!」
 その後を、風紀委員長が追いかける。
 まだ残る学園生活の残り香に背を向けて紬はそっと学園を離れようとした。
「あら、貴方は?」
 学園のすぐ側のファーストフード店。それを何の気なしに覗いた彼女はそこに見知った顔を見つける。
「睦月‥‥さん?」
「うわっ! なんでこんなところに? デザートおごるから、ここでのアルバイト内緒にして」
「そんなことをしなくても、言ったりしませんよ」
「あはは、ありがと。でも、口封じとは別にうちのお勧め食べて行ってよ」
「そういうことなら、喜んで」
 紬は買い食いは良くないかなあと一瞬思いながら、友達の招きに従って店の中に入っていったのだった。
学園からは一人、また一人と下校していく。

「帰りの放送、お疲れさん。購買でお茶でも買っていくか?」
「あ、それなら私が出します」
「いいから。気にするな」
 そんな会話をしながら下校する生徒。

「るー、るー。明日のバイトは学食のウエイトレスさんと、お掃除のおばさんなのだ」
「譲治君、いつから君は女の子になったんだい?」
 親友同士の話は楽しげで
「部長! ふしぎだからって七不思議の取材なんて単純すぎますよ」
「わはははは! じゃあ、俺の部活女生徒青春ポートレイトと交換するか?」
「嫌です!」
 部活の先輩後輩同士の相談も笑顔に溢れている。

 誰一人、暗い顔で門を出る者はいない。

 やがて、夜遅く。二人乗りの自転車が、リンリンと軽いベルの音を鳴らしながら出ていくと学園の門は、そっと静かに閉じ、そして消えて行った。

●夢の終わり

 ‥‥そうして、舵天照学園の一日は終わる。
 賑やかで、楽しくて、騒々しくて、明るくて、そして幸せな事だけが集まった学園の一日に幕が下りるのだ。
 明日もまた、この学園の門が開くのかどうかは解らない。
 明日、この学園がここにあるのか、さえも。
 けれど、きっとまたこの学園に学生達の笑い声が響く日が来るだろう。

 それは、明日かもしれないし、遠い未来かもしれないけれど。