【五行】求める力
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: やや難
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/16 02:00



■オープニング本文

 三月の実習は中止となった。

 その理由が、寮生に告げられることは無かったが、寮長不在が理由らしいということ。
 急な事情で、どこかに派遣されていたようだという話は、噂話のように流れてきた。
 彼が行ったのは危険地域だ。いや死地ではないかと無責任な話まで流れてきていたので、月も変わろうとするある日。
 いつもなら委員会活動を行う日に、全員集合! と呼び出された彼らはそこに見た顔に安堵の笑みを浮かべていた。
「集合が遅いですよ。私がいない間気を抜いていたのでは無いでしょうね?」
 そう言って笑ったのは、紛れもない朱雀寮寮長、各務紫郎であったからだ。
「とはいえ、三月の実習に間に合わなかったことを、まずは謝罪いたしましょう。私の見通しが甘く用件を終えるのに少し時間がかかってしまいました」
 彼はそう言って微かに目を伏せる。
 席の前の方にいた何人かがその仕草に微かに首を傾げるが、それを深く考える時間を彼は与えてはくれない。
「ですが、進級試験の予定に変更はありません。ですので、今回は皆さんに委員会活動をしながら進級試験準備を行って貰います」
「「「「「「え〜〜っ!」」」」」」
 寮生達の抗議の声を黙殺して寮長は続ける。
「とはいえ、難しいことではありません。自分自身の仕事をしながら、自分達が望む力は何かを皆で話し合って下さい」
「望む‥‥力?」
 そう、と頷いて寮長は言葉を続ける。
「現時点で構いません。今ある力の具現化を求めるのか、守る力を望むのか、それとも己の身や心を傷つけてもさらに高い力を望むのか。それを一年生の最後に符という形にします」
 そう言うと彼は黒板に、いくつかの符の名前を書いた。
 陰陽符、呪殺符、道符、護法符、黒死符など。
「これらは、基本的に知覚を高め、術の効果を高めると言う点で大きな差を持ちません。ただ、限界より高く力を得る符は命や、守りを削る必要があります。守りの力を高める符は術の効果が高く上がらず、なんの代償もない符は得る力もそれほど目立って強いわけではありません。それぞれの力にふさわしい瘴気を選び、自らの心で符に込めていくのです」
 ここまで説明されても寮生達にはまだピンと来ないことが多いようだ。
 目をぱちぱちとさせる寮生に、寮長はここで初めて具体的な指示を出した。
「陰陽寮には多くの種類の瘴気が保管されています。そのうち一種類を皆さんに与えます。
 皆さんは、それを使って符を作ってもらう事になります。
 ですが、符の属性に相応しい瘴気があるので、まずそれを決める為にどんな符を作りたいかを決めてもらう必要があるのです。
 大まかに五つに分けましょう。
 まず、第一に知覚を高める力は弱いが、物理的な護りの力が高まり、身の動きも機敏になる陰陽符
 第二に知覚を高める力はそれほど高くは無いが、霊的な防御力が上がる護法符。
 第三に特に大きく力を高めるわけでは無いが、僅かずつでも確実な力を与えてくれる術符。
 第四に生命力を削るがかなり知覚と術への抵抗を上げてくれる呪殺符。
 そして最後に生命だけでなく、集中力や、護りの力を削るがかなり飛躍的に知覚と術の力を高める死霊符。
 このうちどれを作るかを、相談し選んで下さい」
 自分達の作る符の種類を自分達で考え決めると言うことだ。
「つまり、今回に限っては相談必須ってことか。で、もし話が纏まらなかったら?」
「その時は、それぞれが一番希望する符をそれぞれに選んで、提出して下さい。一番多かったものを採用します」
「なるほど」
「夜の講義室を開放します。日中、それぞれ自分の生活を送りながら自分自身を見つめ直し、自分が求める力を再確認して下さい。それを仲間に伝え、仲間の思いを聞き、自分の意思を通すか、それとも譲るか。その過程で得たもの、経たものが皆さんの力となるのです」

 ここまで経ても彼の言う事は、どこか抽象的である。
 はっきりとは見えない道。けれど、その先にあるのは進級という自分達の進路だ。
 指示を待ってばかりはいられない。
「じゃあ、とにかくやってみようか?」
 寮生達は立ち上がる。
 自分達の道を決めるその一歩を、歩き出す為に。


■参加者一覧
/ 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / アルネイス(ia6104) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 沙雪(ib6492


■リプレイ本文

●与えられた課題。
「さて、どうする?」
 夜の講義室。
 集まった仲間達の前で、劫光(ia9510)は仲間達に問いかけた。
 その横に立った俳沢折々(ia0401)が補足するように声をかける。
「私達がこれから作る、進級試験の符は私達の求める力の象徴だって寮長は言っていたよね。できれば、相談で決定することを優先したいなって私は思う。でも意見は出し合って行こうよ」
 頷きあう仲間達。その目はそれぞれに真剣な思いを湛えている。
「望む力‥‥」
 玉櫛・静音(ia0872)はふと、思い出していた。
 今日の委員会の時間に見かけた仲間達。
 彼らの思いの欠片達を‥‥。


 体育委員会の所属の寮生達がランニングの準備をしていた時。
「よお! 私も混ぜてくれ!」
 そんな明るい声がウォーミングアップをする彼らの背中に振ってきた。
「あ、三郎先輩。お久しぶりです」
 明るくお辞儀をしたアルネイス(ia6104)に、よっ! とサインを切ったのは体育委員会委員長、朱雀寮三年生。西浦 三郎だった。
「本当に久しぶりだな。卒業試験の準備の方はいいのか?」
 問いかける劫光に
「まあな」
 三郎はいつもと変わらぬ笑顔で頷いた。既に彼の身体はストレッチに動いている。
「準備と計画は終わった。後はやってみるしかないからな。卒業試験と言えど命を扱う以上失敗は許されない。暫く詰めきりになるから最後の気分転換さ」
 手首を回し、足の腱を良く伸ばした三郎は、ふと視界の端で膝を抱える少年に目を止めたようだった。
「おい、譲治何をしてるんだ?」
「わっ! ビックリしたのだ!」
 突然かけられた声に、飛び上がるようにして平野 譲治(ia5226)は振り向いた。
 そこには譲治にしてみればいつ来たのやら西浦 三郎の姿が。
「あ〜。三郎、来てたなりか〜。久しぶりなのだ」
 明るく笑いかける様子はいつもと変わらないが、どこか違う様子に三郎はじいっと大きな目で譲治を見つめる。
「何か、悩み事でもあるのか?」
「うっ!」
 図星を指された形になる。
「うにゅ‥‥確かに、ちょっとお悩み中なり」
 一瞬返事を止めた譲治であるがワザと思いっきり力を入れて地面を踏み切ると勢いよく立ち上がった。
「なれど、うん、大丈夫なりよっ!」
 作った、でも明るい笑い声に三郎はその大きな手を譲治の頭に乗せて
「うわっ!」
 ぐしゃぐしゃとかき混ぜると
「よーし!! 皆でランニングだ!!」
 いつもの快活な笑顔で笑った。
「久しぶりで身体がなまってるんじゃないか? 終わったら組手でもするか?」
「ハハ、誰に向かって言ってる? 私に着いてこれるものなら着いてきなさい!」
「言ったな?」
 前を行く三郎と劫光。置いて行かれた形になった譲治の側にアルネイスがそっと寄った。
「大丈夫ですか?」
「ありがとなのだ。大丈夫なりよ!! ‥‥うにゅ〜〜〜! ま〜てなのだ〜〜」
 譲治はそう言って笑いかけると前を走る背中を追いかけて行った。

●春の日差しの中
「それにしても、意外でしたね」
 変わらない春の一日。図書委員の仕事はあいも変わらない図書の整理だ。
「何が?」
 抱えた本をそっと机に置きながら折々は横でしみじみと吐き出すように呟いたアッピン(ib0840)を見た。
 主語のない疑問詞は意味が解らない。
「いいんちょの卒業後の進路、ですよ。意外、というか不思議でしたね。開拓者になるって言ってたじゃないですか。今、現在進行形で私達は開拓者でしょう? 今更覚悟を決めてっていうのがよく解らなくって」
「ああ、なるほど。そういうこと」
 頷きながら折々は苦笑に近い笑みを浮かべた。
「私は、なんとなく解る気がする‥‥かな」
「どういうことです?」
「う〜ん、なんて言ったらいいのかなあ〜」
 言葉を探すように顎に手を当てる折々の後ろで
「‥‥なに?」
 ふと声が聞こえた。
「わっ! びっくりした!!」
 図書室にあるまじき声を上げた折々は慌てて振り返る。横にいたアッピンも向けた顔の方向には思った通りの声の主、図書委員長、源 伊織がいる。
「私の、こと?」
「ああ、まあ、そうなんだ。卒業したら開拓者になるって言ってたでしょ。だから、ね」
 黒水晶のように深い色をした真っ直ぐな目。自分達をまっすぐ見つめるその目に少したじろぎながら折々は彼女に向かい合う。アッピンもまた視線を伊織に向けた。
「私達は、まあ現役の開拓者、ですからね。開拓者になる前に陰陽寮に入るっていうのはたしなみとして勉強したかったから、とかですか?」
「えっ?」
 折々は思わず目を見開いていた。アッピンの言葉に伊織が浮かべた表情があまりにも‥‥寂しげで言葉にできないものだったからだ。
「‥‥あのね。私の‥‥中の『開拓者』は自分と、大事なものを守れる、力と、自身が‥‥なくちゃ、いけないの‥‥。でないと‥‥また、なくしちゃう‥‥から」
「また? ‥‥あっ!」
 ふと机の上の絵草子を見て思い出す。伊織は家族をアヤカシで失っていると、確か聞いた。
「私は‥‥本当なら‥‥陰陽寮になんて‥‥きっと入れなかった‥‥よ。はやく、ちゃんとした『開拓者』に‥‥なって、恩返ししないと‥‥」
「恩返し?」
 アッピンの問いに答えず、伊織は小さな笑みだけを残して去って行ってしまった。
「そうか‥‥そうなんだよね」
 一人何かを理解したように頷く折々と伊織の背中をアッピンは首を傾げて見つめていた。

 陰陽寮を包む空気からはもうすっかり冬の気配は抜けている。
 換気の為、大きく開け放った窓の外からは桜の薄紅色が若葉の緑と一緒に輝いているようだ。
「良い日和になってきましたね。‥‥委員長。ヨモギはここに干せばいいですか?」
「ええ。でもまだ新芽だから、そんなに乾かしすぎなくていいわ。少し新鮮さを残すくらいでね」
「はい」
 久しぶりに委員会に顔を出した保健委員長綾森 桜の優しい言葉に頷きながら、泉宮 紫乃(ia9951)は頷いた。
「こうして、また直接いろいろ教えて貰えるのは嬉しいです」
「そう言って貰えるのは嬉しいけど元々、貴方達は基本がしっかりしているから、そう教えることもないわよ」
「いいえ、そんなことはありません。日々が‥‥発見と勉強です」
 噛みしめるように言う静音に瀬崎 静乃(ia4468)もうんうん、と頷く。
「たくさん、勉強できた‥‥。少しずつ、でも確かに」
「それなら、良かった」
 頼もしくも優しい一年生達の言葉に、桜はその名前の花のように美しく笑った。
「陰陽師っていうのは、楽しいばかりじゃないわ。人の死を見つめなきゃいけないし、瘴気っていう暗いものも見続けなきゃならない。でも、自分の目指す姿があって、支えてくれる友人と輝かしい思い出があれば決して闇に迷ったりしないのよ」
「はい。解ります」
 一年生達は本当に愛しいものを抱きしめるように言う桜を眩しげに見つめる。
 自分達は二年後、こうして清々しく笑えるのだろうか。と思いながら。

「よう! 桜。桜の花の塩漬け分けてくれ。あと、生姜もな」
 ノックもせずに扉をがらりと開いた調理委員会委員長の服の裾をあわわと、慌てた真名(ib1222)は強く引っ張った。
「委員長! 少し落ち着いて下さい。ここは台所じゃないんですから」
「何言ってるんだ。お前だろう? 寮生の進級試験会議に生姜茶を出したいと言ったのは」
 相も変わらず剛毅な調理委員会委員長の黒木 三太夫の態度にも怯むことなく、桜は笑うと手早く薬戸棚を開けた。
「あら、いいのよ。気にしないで。生姜は干したのがあるからこれをどうぞ。あとこちらが桜の塩漬けね」
「あ、ありがとうございます」
 少し狼狽えるように頭を下げると、真名は差し出された小さな瓶の蓋を取る。
 するとふんわりと、優しい香りが鼻腔を擽っていく。
「わあ〜。すごいいい匂い。桜の花の香りなんてあんまり気にしたことなかったのに」
「これは八重桜だから。普通の桜よりも香りが強いのよ。今度、咲いたら見て御覧なさい。桜の塩漬けの作り方も教えてあげるから作ってみるといいわ」
「一緒に‥‥とお願いするのは無理なのでしょうか?」
 寂しげに自分を見つめる紫乃にごめんなさい。と桜はそっと首を振った。
「これから俺達は卒業試験に入るからな。八重桜が咲くころに外に出られるかどうかは微妙だな。陰陽寮の最後の春だってのに難儀な話だぜ」
「委員長‥‥」
 真名は委員長を見上げ顔を見る。彼の、三太夫の顔が滅多に見れない思いをその目に浮かべたのはだが、一瞬の事。
「よーし、真名。食堂に戻るぞ。朔が花見弁当を作ってたろう! あれを手伝って、今日は皆で少し早い花見をする。と決まればさっそく準備だ。桜、邪魔したな」
「ちょ、ちょっと待って下さい。委員長〜〜」
「は〜い。また後でね〜〜」
 保健委員長はそう言って手を振ると、クルリ、振り返る。
 そして保健委員達に片目を閉じて見せた。
「三太夫もああいっていることだし、今日は、流石にけが人もいないでしょ。委員会の仕事は早めに片付けて皆でお花見しましょうか?」
「「「はい」」」

 そうして、陰陽寮の中庭。
 朱雀寮生達のお花見が始まった。
 料理でもてなすのは勿論調理委員会の腕自慢達。
「山菜の天ぷらに胡麻よごしに生蓬麩に黄身みそを添えた田楽。ご飯は山菜おこわのお握りです」
 尾花朔(ib1268)が重箱を差し出せば
「桜湯はどうだ? 彩りいなりずしに鰆のごま風味焼きもあるぞ」
 料理委員長が大皿に盛った料理を並べていく。
「まったく、あの大きな手からこんな繊細な料理ができるのだからいつもながら委員長には驚くわね」
 真名の運ぶ皿には桜に、タンポポ、梅、桃、若葉。
見事な春のねりきりが並んでいる。それに桜餅が加われば立派な春の膳だ。
 匂いと笑顔に誘われて集まってきた寮生達で中庭はいつものようにどんちゃん騒ぎになる。
 向こうには体育委員会。こちらでは図書委員会がはしゃいでいるし、桜湯で酔っぱらった訳ではないだろうが保健委員会の笑い声はここまで聞こえてくるほどだ。
『進級や卒業が間近に迫っているとは思えない明るさですね』
 倉庫から頼まれた毛氈を運び、床机や道具を並べ終えると青嵐(ia0508)は黙って後ろに下がって花見に輝く仲間達の笑顔を見つめていた。
 彼の呟きは独り言では無い。
「だからこそ、ですよ」
 横に立ち青嵐に小さな杯を差し出したのは用具委員会委員長七松 透。
 桜湯の入ったそれを受け取りながら青嵐は透の言葉を見つめる。
「時は、留まることなく進む。だからこそ、この一時を胸に焼き付け、守る為の力を得る為に歩んでいく。それが私達ですからね」
『そう、ですね。卒業が近いから、ではなく、当たり前の時を、大切に‥‥』
 噛みしめるように頷く青嵐に透は、ふと思い出したというように問いかけた。
「一年生の課題は符の作成でしたね。上手くいきそうですか?」
『自分達が望む力を選び、纏めよと言われています。まだまだ、これからなのですが‥‥』
 青嵐は顔を前に向けて微笑する。
 彼の視線の先には楽しげに笑う喪越(ia1670)や用具委員会副委員長。
 そして、仲間達がいる。
『多分、大丈夫だと思いますよ』

 二人の会話を静音が耳にしたのは偶然であったのだが、彼の答えを静音は、はっきりと聞き覚えていたのだった。

●会話、対話、そして‥‥
 とはいえ夜の進級試験会議が始まった頃には青嵐は自分の回答に少し後悔していたかもしれない。
「俺は死霊符でヤらせて貰おう!」
 副委員長の前では妙に神妙だった喪越は、会議が始まるとそう主張したのだった。
 死霊符は自らの力を大きく削るが飛躍的に知覚を上げる符だ。
「陰陽師の特徴はその知覚の高さにある。多くの場で求められるのは、術による非物理攻撃要員としての力だろう。
 中には物理攻撃を主体、あるいは併用しての戦法を得意とする者もいるだろうが、そういった場合は既に専用の武具を用意している確率が高い。
 また、回避や防御に関しては鎧等の防具で補った方が効率的だろう。中には回避を捨てて受防と防御に専念している者もいる為、汎用性の面でも疑問が残る。
 既に知覚特化の武具を用意している者にとっては無用の長物となろうが、今回は攻撃特化の符が示されなかった為、知覚強化に特化した死霊符を推させて頂く。
 なお、常時使用には向かないと思われるため、携帯品として携行、爆発的な知覚が必要な時に取り出すのが良いと考える。って‥‥あ〜、顎が疲れたぜ〜」
 珍しく理路整然、かつ雄弁に主張した彼にアッピンは同意する。
「陰陽師に回避や防御を求めても限界ありますし、陰陽師の本文は多彩な知覚攻撃だと思いますのでっ。それに作った後で箪笥の肥やしになるよりも確かに使うものの方がいいと思うのですよ」
 一方で
「陰陽符を作ってみたいです。基本術師は防御が低く成ることが多く、又俊敏もそれほど高くありません。不意を突かれたとき、何かあったとき、少しでも防御力が上がっていれば、怪我の程度が変わるかもしれません。俊敏が上がれば、対処が早くなる可能性がでます。応用力は高いと思うのですが」
「‥‥補佐や、支援をしたいから、呪力以外の力が上がるのはいいなあ‥‥って思って」
「おいらは常駐装備なら陰陽符がいいと思うなり! 回避が上がって巴使うもよし、当たっても防御が上がってる状態ってのがいいと思うなりよ」
 朔や静乃、譲治からはそんな意見も上がる。
 陰陽符は知覚を高める力は弱いが、物理的な護りの力が高まり、身の動きも機敏になると言われている。
 確かに、いろいろな場面での応用という意味であれば陰陽符は安定していると言えるだろう。
 だが、場の大勢を占めた意見は
「術符を希望します。私達自身の基礎修行のため、そしてこれから陰陽師を目指す子達の為にも長い目で見て力を蓄えられる符が良いと思ったからです」
 アルネイスの意見と同じ、目立った能力上昇は無いが全体的な力が上がる術符、であったのだ。
「確かに。な‥‥どんな場面でも臨機応変に立ち回れるのは強みだと思うしな。威力は腕と頭で補うってことで」
「う〜ん、でもあれもこれも、って思ったら結局きようびんぼーにならないなりかな〜」
「んだな。覚悟も必要って寮長も言ってたろ? 力を使うには覚悟も必要だぜ」
「‥‥では、皆さんが求める力というのはなんですか?」
 静音の言葉に、空気がピンと音を立てて張りつめた。
譲治や喪越も意見を止め答えを探すように目を泳がせる。
静寂の中、静音はその名の通り揺るぎない想いで音を、思いを、言葉を綴っていく。
「私の望むのは『護り』です。
 高い威力を持つ符はいずれも生命力を損ないます。
 術そのものを高める事、それを軽視する訳ではありませんが、私達がこれまで大事にしてきた事を考えれば生命力を減らしてまで力を追い求める事に違和感を覚えるのです。護る為にあるのであればまず自分がそれに応じた力を持ちたいと‥‥思います」
『私も、護る為の力を望みます。二度と失わせない為に、後悔しない為に』
 静音に続く言葉を現したのは蒼嵐であった。
『用具委員会の例えで恐縮ですが、どんな道具であれ一長一短があり、それぞれの特性というものがあります。それらを組み合わせて我々はさまざまな術を構成し、用いています。
 各自の個性を伸ばし、互いに補い合えるというのが大事だと思うのです。だから、器用貧乏かもしれませんが、私は術符を押しましょう』
「俺が、望む力は抗いの力だ。どんな状況にも立ち向かえる力が欲しいと思う。さっきも言った通り全体の力が底上げできれば、後は知恵と工夫でカバーもできるだろ?」
「そう言う貴方が一番、無茶をしそうな気がするのですが‥‥」
 朔は大きくため息をつくと不意に横を見た。
「皆さんの、お気持ちは理解できるのですが‥‥紫乃さん。貴女のご意見は如何ですか?」
「えっ? 私、ですか?」
 今まで、殆ど自分の意見を口にせずに、お茶の準備などに動き回っていた紫乃を朔は、そう、呼び止めたのだ。
 一瞬、助けを求めるような眼差しの紫乃であるが、朔と目線が合うと何かを胸に決めたように顔をあげ、しっかりとした声で自分の考えを述べた。
「生命を削る呪殺符や死霊符は大切な仲間に使って欲しくありません。折角皆で作るのですから、全員が使える物にしたいです。全員というのはこの場合、開拓者では無い寮生や、いずれ、この符を手にするかもしれない方も、含みます。生命力の低い方や志体もちで無い方もいるでしょうし」
「そうだね〜。私も何かを犠牲に、代償にして、一足飛びに成長するんじゃなくて、一歩ずつ着実に、心も身体も鍛えていけたら良いなって思うんだ。符は幾つも持ってるけど、どれも作った人の思いがすごく詰まっているんだよね。その思いの性質が善い悪いを問わず、強い信念が秘められてこその符だと思ったんだ。だったら、『私達らしい』符を作った方がいいと思うんだ」
 折々は紫乃の肩をぽぽん、と叩きながら仲間を見る。
 思い出すのは「開拓者になりたい」と言った図書委員長の言葉。
「開拓者、って名前だけならまあ、志体持ちなら割と簡単になれるよね。
 でも、本当の意味で道を切り開き、人を助け、前を歩いていくなら、それ相応の意思と力が必要で、それは一朝一夕じゃあ、できない。
 私、さ。朱雀寮に入ったばかりの時は、きっとすごい術とか習って、ばーんと強くなるものだとばかり思っていたよ。‥‥だけどそうじゃなかった。
 みんなと一緒にいろんな体験をして、知識も、体力も少しずつ養ってきたんだよね。だからその気持ちを全部込められたら、って思ったんだ。
 一気に強くなることに拘らなくてもいいと思う。‥‥どうかな?」
 彼女の問いに答えたのは誰の言葉でもなく、いつの間にかふんわりと部屋に漂ってきた甘い香り。
 優しい桜の香りであった。
「はい、どうぞ」
 手作りの桜餅とお茶を差し出しながら真名は笑いかけた。
 匂いは記憶と直結すると言われる。桜の香りに彼らが思い出したのは、ほんの数刻前の花見の宴。
 一年生、二年生、三年生の陰陽師達。
「ここに集まるだけでも多種多様な陰陽師がいるんだもの。それなら誰でも使える可能性のあるものにしたいわ。それに私達らしいじゃない? 諦めずにあれもこれもと望むんだもの。今までもきっとこれからも。
 だから護る事も勝ち得る事も捨てない『可能性』を選ぶわ」
 彼らの顔が、思い浮かんでしまったら、もう彼らには真名の言葉を否定することはできなかった。
 差し出された甘いハニージンジャーティを一気にぐいっと飲み干して
「仕方ないなりね!」
 譲治は全開の笑顔を見せた。
「それでいいなり! 皆で決めた、ってのが重要だから。それに、その符がきっと一番暖かいなりよ!」
「ジョージ。いいのか? 器用貧乏になるかもしんないぜぃ?」
 からかう様に言う喪越にいいのだ、と譲治は首を振る。
「器用貧乏がなんのそのっ! ってぐらいまで成長すればいいなりよっ!」
「‥‥だったら、私も術符を推す。毛色の変わった符でも面白いかなって思ったけど‥‥こっちもこっちで面白そうだし」
 真名の茶配りを手伝っていた静乃もそっと、自分の意見を後ろに下げる。
 そうなると残っているのは朔と、アッピン。そして喪越だ。
「死霊符のピーキーさが好きですけれど、皆さんの意見も解りますし‥‥一年生で基礎を固める意味ということで、安定した術符を入れさせて貰いますね」
「私も皆さんの総意であれば、一人自分の意見を押し通すつもりはありませんよ。喪越さんは、どうです?」
 朔に問われ、仲間達全員の視線を浴びる喪越。
『?』
「あ〜! もう多数決だったらもう勝ち目はねえっての。りょーかいりょーかい。俺の票も術符ってことでおけ?」
 彼がそう言って手を上げた事で、朱雀寮一年の決定は総意となった。
「じゃあ、一年生の進級試験課題で作成する符は術符ってことで決まりだな? ただ、威力はなるべく上げられるように努力するってことで明日の朝、寮長に提出する。あ‥‥っと、符の名前はどうする?」
 会議の過程を纏めていた劫光の問いに
「はい!」
 真名が手を上げた。
「こういうの、どうかと思うんだけど‥‥」
 彼女が囁いた符の名前は‥‥。

●それぞれの願い、それぞれの思い。
「紅符「図南ノ翼」(コウフ トナンノツバサ)、ですか。随分綺麗な名前になりましたね」
 翌日の朝、寮長の所に会議結果を提出に来た劫光は素直な寮長の賛辞に、少し照れたように笑った。
 符の名前にも意見はいろいろ出たが、これが一番皆に、支持された案なのだ。
「大志を抱いて南海へ羽ばたく鵬の意味、なんだとさ。一年生の符にしちゃあ、大袈裟でだいそれてるかもしれんが」
 だが、委員長はそれを否定したりはしなかった。提出された報告書を見つめ
「朱雀寮一年生の総意は能力をバランスよく上げる術符の作成で間違いありませんね?」
 確認するように問うた寮長の視線に代表の三人は確かに頷いた。
「よろしい。今回の課題は合格とします」
 そう言って寮長は三人の前に立つ。
「皆さんの希望になるべく添える瘴気を用意しましょう。進級試験実習は一月後、とします。その前に小論文試験がありますので、それに向けた勉強をしておくこと、進級を望むならこの二つの試験は絶対に落とさない事、と皆に伝えて下さい」
「解った、いや、解りました。」
 劫光、折々、そして青嵐は、一礼をすると寮長の部屋から出た。
 とりあえず、この報告で進級試験会議は成功、終了だ。
「後は、試験を待つばかり、‥‥か」
 大きく伸びをして劫光は息を吐き出した。
 三年生達は花見の後、本格的な進級試験に入ってしまった。
 一〜二週間では終わらないと言うから、次に会えるのは早くて小論文試験の終わった後であろう。
 情けない結果は見せられない。
「皆で頑張って試験、突破しようね」
 手をぐっと握り締めた折の決意に劫光は頷いたが、
「あれ? どしたの? なんかあった?」
 青嵐は別の何かを見つめていたようだった。珍しくもぼんやりとしていた彼は折々に顔を覗き込まれ首を横にふる。
『ああ、別に大したことではありませんよ。そうですね。頑張りましょう』
 視線の先にいた『友』から視線を離して。
(やっぱり、ワザと議論を戦わせるために反対意見を出していたのですか。やれやれ、そんな性分ですね)
 彼には聞こえていた、というか見えていた小さな呟きは聞こえなかったフリをして。
 視線の先で喪越は空を見上げ、伸びをしていた。
「先輩に なだめすかされ やる気出し 気張ってみれば 空回り? これぞ道化の 生きる道かなってか!」
 それなりに満足そうな笑みを浮かべて‥‥。

 陰陽寮朱雀を取り巻く桜の木。
 それらは日々、少しずつ枝を桃色に染めていく。
 爛漫とも言える輝きの中で、まだ八重桜は眠っているように蕾を固くしていた。
 この花が開くのは進級試験が終わるころだろうか?
 約束はできなかったが保健委員長と桜の花を積み、来年用の塩漬けを作ることはできるだろうか。
 沙雪(ib6492)と遊んでいた譲治はお腹を空かせて食堂へと向かう。
 台所では時折、真名と朔の笑いあう顔が春の日差しに開け放たれた窓から見えた。
 紫乃は思う。
 この進級試験の課題の中、自分ができたことは大きくはない。
 けれど、僅かではあるが先に進めたように思うのだ。
 いつまでも立ち止まってはいられない。
 彼女はまっすぐ前を見つめて、己に言い聞かせるように口にした。
「進級試験が無事に終わったら、一歩前に‥‥」

 そう呟いた人物の声を、思いを、知る者はまだいない。


 それは進級と卒業の試験が終わり、新しい寮生を迎えるその時まで、後三カ月を切ろうとするある日の出来事であった。