なだれ ナウ!
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/29 03:17



■オープニング本文

 その日。
 依頼帰りの開拓者達は足を峠の村で止めました。
 春の重い雪が彼らの頭上に前触れもなく降り始めたから。
 まだあちらこちらに雪の残る山道を、この雪の中進むのは危険だろうと判断し、彼らはまず宿を探したのです。
 見つけた宿の主人に龍達の世話を頼んで部屋に入り、暖かいものを注文した彼らはやっと緊張を解いて大きな息を吐き出します。
 運ばれた暖かい料理とお茶や酒。
 それを口に運びながら、今回の依頼の話や仲間の話をしていた彼らは、ふとさっき下に見た隊商の事を思い出したのでした。
「大丈夫かな? 今頃、困っていないかな?」
 彼達は、雪だというのに懸命に山道を歩いていました。
「危ないよって言ったんだけどねえ〜」
 料理を運んできた宿の主人が彼らの話にそっと割り込んできます。
 商人達は、雪が溶けるか、せめて止むまで待つように、という村人達が止めるのも聞かずに先に進んでしまったと言うのです。
 なんでも約束の品を届ける日が迫っていてのんびりしていると間に合わないのだとか。
「まあ、あの山にはそれほど危険なアヤカシがいる訳じゃあありませんから、大丈夫だとは思うんですけどね」
 そんな会話を彼等がしていた丁度その時。
「??」
 開拓者達はそれを耳にしたのでした。
「銃声?」
 微かな、本当に微かなその音に開拓者達が耳を澄ませた次の瞬間。
 ドーーーン!!
 感じたのは微かな大地の揺れと、驚く程の大きな音。
「な、なんだ?」
「ま、まさか!!」
 顔面蒼白になった主人は宿の外へと飛び出して行きます。
 後を追う開拓者達。
 そして彼らはそこで、信じられないものを目撃したのでした。
 村から見える山肌を、恐ろしい勢いの雪が流れていくのを。
「雪崩だ!」
 木をなぎ倒し、雪は泡立つような煙を上げて周囲を押し流していきます。
 呆然とする開拓者達の前にその煙の中から
「?」
 一羽の小鳥が飛び出してきました。
「この鳥は‥‥まさか式?」
 普通の生き物にはあり得ない、真っ青な姿をした小鳥は、開拓者達を誘う様にくるくると舞うとまた、雪煙の方へと飛んでいきます。
「あんた達!」
 開拓者達に宿の主人は声をかけました。
「あれは、隊商の護衛に着いてた陰陽師の子の式だと思う。うちの子と遊んでくれてる時に出していたの、見たからな。きっとさっきの雪崩に巻き込まれたんだ。助けに行ってやってくれ。直ぐに!」
 必死の形相の宿屋の主人に開拓者は頷き、動き出し始めました。
「でも‥‥」
 準備をし、朋友を連れて今まさに、村を出ようとする開拓者の一人が躊躇いながら一つの思いを口にします。
「あの雪崩に巻き込まれて、生きてる人がいると思いますか?」
 宿の主人は一度目を閉じるとこう、答えました。
「ああ。あの辺は岩棚や洞窟もある。運が良ければ逃げ込んでいるかもしれない。それうでなくても、雪の中から助かった人も俺達は何人も見た‥‥。時間との競争ではあるが、きっとまだ生きてる。急いでくれ!!」
 主人の言葉に頷くと、導くように待つ青い鳥を追って開拓者達は走り出したのでした。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ


■リプレイ本文

●敵は‥‥
 ドドド、ゴゴゴゴゴ!
 地面全体を揺らすような地響きは、現場からかなり離れていた筈の開拓者の身体にも確かに届き、衝撃を与えました。
 今も、微かに身体に残る大地の揺れ。
「ホンマに大丈夫かいな? あないに大きな雪崩に巻き込まれて?」
 心配そうに山を見つめる天津疾也(ia0019)の横で
「ダメだよ。そんなこと言っちゃ。協力して全員救出しよう、必ず。」
 水鏡 絵梨乃(ia0191)はことさら元気な声を上げて、そう言いました。眼前に控え留まっている迅鷹の花月の足に何かを結びつけながら。
 親友に頷いて既に準備を終えた朝比奈 空(ia0086)は
「そうですわ。時間との勝負ですし、焦らず、でも迅速に‥‥ですね」
 決意を自分に言い聞かせるように口にしています。
「銃声がこだまして雪が崩れたんですね。急いで救出してきますから、暖かい部屋とお湯の用意をお願いします」
「我々はすぐに救出に向かわねばならん。隊商の皆をここまで運ぶ仕度までしておる時が無い。済まぬが町の者と協力して三台ほどの荷車なり馬車を用意し、後から来て頂けぬだろうか?」
 村人達の中にも勿論、協力を惜しむ人などいません。
 乃木亜(ia1245)と大蔵南洋(ia1246)の指示に足早に動きはじめます。
「ああ、後、温かい飲み物や毛布なんかもね。急いで動かないと」
「解りました!」
「なあ。雪華」
『なんです?』
 葛切 カズラ(ia0725)の声を後ろに聞きながら雪山を既に走り出していた八十神 蔵人(ia1422)は横で同じように走る、自分の人妖雪華にふと話しかけます。
「最初の銃声かなあ、アヤカシでも沸いたか?」
『そーですねぇー』
「あー大きな音出すと雪崩が起きるってほんとやねんなぁ‥‥」
『あれは、音っていうよりも振動なんじゃないですか?』
 まるで漫才のような会話であるが、目は真剣そのものです。
「そうかもなあ〜。んでもって、なんかやな予感がするんや。陰陽師の子、て、もしかして知り合いやったりしてー」
『ふふふ、彼方君がこんな所にですかぁ? まっさかぁ〜』
 二人は目を合わせると頷きあいます。
「ワイらは先に行ってる! 後ろは任せたで!」
 蔵人の言葉に当然、というように酒々井 統真(ia0893)は手のひらに拳を打ちつけました。
「勿論だ。戦う相手は雪と時間。相手に不足はない!
 帰り道で仕事は厄介だがたまたま居合わせたおかげで助ける機会を得たんだと思えば悪くもないわな。気合入れてくぜ!」
『やれやれ、働き者なことだ‥‥人の命が関わっているなら仕方ないことかもしれないけど』
 苦労性の主に肩を竦めながら人妖雪白は、心配そうにくるくると空を回り突ける人魂に声をかけました。
『さあ、君のご主人を助けに行くよ。案内を頼むね!』
 人魂はその声に答えるように空に上昇していきます。
 開拓者はその後を、全力の思いと力で追いかけたのでした。

●待つ者達
「龍は少し離れた所に止めとき! 下手な動きがまた雪崩をおこさんとも限らんで!」
 仲間達よりも先行して、それこそ全速力でやってきたのは三人の志士達でした。
「了解や! 待っていろよ? 疾風。力が必要になったら直ぐに呼ぶ」
 応えるように翼を上げた駿龍に頷いて疾也は、仲間達の元へと加わります。
 ほんの数日前、彼らが通ってきた山道を抜けるように作られた細い道は、既に雪と一緒に流れた木々で跡形もなくなっています。
 一面の白い雪と、所どこに散らばる荷車の破片のような木切れ。
 自分達を案内してくれた人魂は、彼らの到着と同時に姿を消していました。
「無事でいてくれよ」
 祈るような思いで彼らは目を閉じました。
 それは目の前の惨状から逃れる為では勿論ありません。
「目で見ての捜索は難しいとなると‥‥こうした方が早そうですね。捜索範囲が被らないように少し離れて探しましょう!」
「おう!」「解った!」
 志士三人がそれぞれに使ったのは心眼、でした。
 本来なら、敵の気配を探る戦いの為のもの。
 けれど、今ならその力を人を救う為に使えるかもしれない。
「! いました。この下に、誰かが埋まっています」
「雪華! とりあえず神風恩寵が届く程度まで掘って治療せい。完全に掘り起こすのは他の奴らに任せて、とにかく延命処置を優先してけ。後は印付けや。っと、こっちにも一人発見。ぼーっとしとる暇なんかありゃせんで!」
『解っています!』
 そう言いながら雪華は空が指し示した最初の場所を掘りました。
 と、思ったより浅い所から出てくる青い服。
『しっかりして下さい!!』
 指示とは少し異なるものの、雪華はその服を渾身の力で掘り出し細い手で引っぱりました。
『彼方くん!?』
 真っ青な顔の少年。その頬をペチペチと叩くと彼は、微かなうめき声をあげました。
 それは、彼が生きている証拠。命ある証拠。
『よかった』
 ホッと息を吐き出した雪華の背に主の容赦ない命令が響きます。
「雪華! はよせえ!! 他の連中も来た。坊主の事は奴らに任せてこっちや!」
 でも、その声に滲むのは安堵の思い。
『はい!』
 神風恩寵を一度だけかけると、雪華は少年を支えていた手を乃木亜に託して離れました。
「大丈夫そうですか?」
『はい。後をお願いします!』
『まだ、見ていない所はどこ? 僕も捜索を手伝うよ』
「しっかりして。もう大丈夫ですよ」
 走り出す人妖達を見送って、乃木亜は助けられた少年に毛布を掛けたのでした。

 救出活動は文字通り時間との競争になりました。
 到着直後に一人を見つけられたのを皮切りに、彼らは次々に雪の中に埋もれていた人達を見つけ出していきます。
「ここ! かなり深いが誰かが絶対おるんや!」
 悲鳴にも似た声を上げた疾也に答えるように南洋が駆け寄ってきました。
「よし! 拙者に任せてくれ! 引き続きそちらは捜索を!」
「すまん! 向こうにも気配を感じるんや。わいはあっちに行く。ここは頼んだで」
「お任せを!」
 言葉と同時に南洋は、慎重に雪を取り除いていきます。
 雪は思ったより、重く、固く力を入れないとなかなか掘り返す事はできません。
 けれど
「スコップで埋まっている奴を傷つけちまったら意味は無いからな」
 そう言ってスコップに布を巻いていた統真の言葉は正しいと思うので、最大限に急いで、でも慎重に。そう思っているうちにカチン。
 彼のスコップが何か固いものに当たりました。
「なんだ?」
 人の肉の気配では無い。彼が注意深く、その手で雪をかき分けるとそこから出てきたのは倒れ崩れたいくつもの木箱だったのです。
 運んでいた荷物であったのでしょうか?
 そしてその隙間に
「人!? しっかりなされよ! 今お助け申す!」
 奇跡のように空いた空間に確かに人がはまり込んでいます。
 南洋がかけた声に反応もしませんが、彼はきっと生きている。そう信じて彼は祈りと共にスコップを握る手に力を込めたのでした。

 その頃、統真もまた一つの手ごたえを感じていました。
「これは、荷車の車輪か?」
 雪の上に微かに見えた木の欠片。
 その周辺に命の気配があると言われて統真はそこに走りこむと、さっそく救助を開始しました。
 反応あったところを直に掘るのではなく、少し外して周りの雪をどかして正確な位置の確認から。
 そう思って掘った所からは、荷車の車輪が出てきたのです。
 しかも空を向けて立ち上がって。
「荷車が逆立ちをしているってことか。なら、この真下か周辺に人がいるのかもしれない」
 雪を掘る手は止めず、しかし最新の注意をもって掘られた穴のあたりからふと、見慣れた赤が覗きました。
「こいつは!」
 統真はスコップを雪に刺すと手で雪をかき分けました。
 手が雪の冷たさに痺れるようですが、そんなことを気にしている余裕はありません。
「待ってろよ。今、助けてやる!」
 だんだん出てくるその色は赤と白。雪の中でも鮮やかなそのもふもふはやがて、もふもふと自分で体をゆすり‥‥
『もふううっ!!!』
 身体半分ほどが雪から解放された所で自分から外に飛び出してきたのでした。
「やっぱり、もふらか!」
『もふ、もふ、もふふふ!!』
 嬉しそうに飛び跳ねるもふらは、自分を助けてくれた統真に身をすりすりと摺り寄せます。
「良かったな。無事で‥‥。でも‥‥嬉しいのは解ったから止めてくれ〜」
 命綱を引っ張られかねない程の勢いで、じゃれつくもふらに統真は困りながらも、一つの命が助けられたこと。その喜びを噛みしめていたのでした。

 発見された人々は、少し離れた場所に開拓者達が用意した救護所のような場所に集められていきます。
「乃木亜。また、一人見つけたからお願い。そっちの方はどう?」
 一人で必死の手当てをする乃木亜の背後に声がかけられました。
「絵梨乃さん。解りました。お疲れ様です」
 自身の身体が雪まみれになりながら、自分より身体の大きな男性を運び込んできた絵梨乃に頷きながら乃木亜頷いて、男性を受け取ると毛布で幾重にも包みました。
「もう、大丈夫です。安心して下さいね」
 身体は冷え切っているが呼吸はしっかりしている。それを確かめて乃木亜は暖かいお湯で青白くなった手をゆっくりと暖めていきます。
 まだ意識がない人がほとんどでしたが、それほどの重傷者は無くいまのところ状態は安定しているように思えます。
「早く、村に運んであげたいのですが‥‥柘榴には任せられませんし‥‥」
 心配そうに言う乃木亜に絵梨乃もそうね。と頷きます。
「まだ、この地を離れられない。今、八人と一匹? 後、二人と一匹はいったいどこにいるのよ!」
 苛立ちを隠せないように絵梨乃は手を握り締めます。
 順調に行っているように見えた捜索活動は、後二人というところで行き詰まっていました。
 歩ける範囲の周辺は全て探したのに、見つけられない。
 時間は無いと言うのに、自分にできることは余りにも少ない。
 このまま諦めるしかないのか‥‥。
 いいや、そんな筈はない。
 微かに生まれた思いを、絵梨乃は振り払うように首を振ると振り返ります。
「こうしている場合じゃないわね。私はもう一回捜索の手伝いに戻るからこっちをお願い‥‥」
「‥‥って、下さい!」
「えっ?」「なに?」
 突然背後から聞こえてきた細い声に、二人は振り返りました。
 そこには最初に発見された少年が、目を開け、必死に立ち上がろうとしていたのです。
「急に動いてはいけませんわ!」
 ふらつく身体を抑えるように支えた乃木亜に少年は首を振り、顔をあげます。
「下の、沢の方に‥‥流された人が‥‥います。雪と‥‥一緒に‥‥。早く、助けて‥‥あげて」
 必死な顔の少年に絵梨乃は頷き、乃木亜も彼を支える手に力を籠めます。
「落ち着いて。商隊の方がどこで巻き込まれたか教えてもらえますか? 一緒に、助けましょう」
「はい!」
「よし、その意気! ‥‥花月!」
 少年が立ち上がるのを見届けて、絵梨乃は空を見上げると、待っていたかのように舞い降りてきた迅鷹の左足の紙を外しました。
「力を借りるよ。これを、村に届けて!!」
 鷹が空に飛び、目的地に向かうのを確かめて、彼女達は仲間の所に走り向かいます。
 そうして、開拓者達は今まで見落としていた場所で、最後の救出活動を開始したのでした。

●思いを一つに
「本当に、こっちの方に流されたのだな?」
 南洋の言葉に少年、彼方ははい、と頷きました。
「僕は最後尾の方にいたんです。最初に起きた小さな雪崩で足を取られて先頭にいた人たちが下に向かって流れていくのを確かに見ました。その後、助けようと下を向いた時頭上から覆いかぶさるように雪が襲い掛かってきて‥‥」
 揺れる肩と震える言葉はあの時の恐怖を思い出しているのかもしれません。
 乃木亜はそっとその肩を抱きしめて、
「だからおそらく、流されたとしたら向こう側、沢の近くかもしれません」
「解った。おい、そこのもふら! お前の相方がこの辺に埋まっとるかもしれんのや。気合入れて探せ!」
『もふ!』
 雪崩からの生還者の中で、唯一元気を保っていた荷運びもふらの背中に軽く蹴りを入れました。
 勿論、決して乱暴の意味ではなく、励ましを込めた意味であることは明らかなので誰も勿論、本人、いえ、本もふらも文句など言いません。
 しかし、周囲は既に雪で真っ白。微かな川の流れの跡はどこにも見えません。
 心眼で必死に気配を探す彼らにも焦りの色が見え始めてきます。
「どこにいる! 返事をしてくれ!!」
 統真は呼びかけるよう声を上げます。
 不必要な振動は雪崩を引き起こす可能性がある。
 下手をすれば二次遭難も。その覚悟を決めても彼らはここに集まってきたのは誰一人死なせたくはないから。
 しかし、周囲からの返事はありません。刻一刻と過ぎる時間。
 もう、ダメかと誰もが思ったその時でした。
『統真! 壊れた荷車があるよ!』
 鳥に変化して周囲を見回っていた統真の人妖雪白がそう言って飛び降りてきたのです。
「白凰」
 頭上でも空の迅鷹が手招きするようにある方向で円を描いています。
「いる!! こっちや!!」
 響いてきた疾也の声に彼らは雪に足が取られるのも気にせず前に進みました。
 小さな滝が流れる水場、そこには確かに壊れた荷車があります。
 そしてその横の大きな雪の固まりを指して疾也は大きな声を上げたのです。
「この雪だまりの奥に気配がある! そうやろ?」
 同意を促すように右と左を見た彼に、二人の志士は確かに、そして力強く頷きました。
「ああ、この奥におる!」
「三つ、一塊になっています。空洞があるのかもしれません。そこに隠れている!!」
 ただ、その前に積み重なる雪は今までに無いほど強大で、おそらく数度の雪崩で固く締まっていました。押し流された木も何本か、雪の中に埋もれています。
 下手に手を出せば雪崩が再び起きるかも。
 けれどその場で躊躇おうとする者はだれ一人いませんでした。
「よし! 皆で慎重に掘るぞ!」
「おう!!!」
 その場にいた全員が、一つの気持ちで湿って重たい雪に向かい合って行きます。
 もふらも、人妖も人間も、全身雪まみれになりながらも、ただ一つの思いで大きな敵に向かっていこうとしているのです。
「私達も、手伝わせて下さい!」
 開拓者達の後ろから声がします。
 やってきたのは手に手に道具を持った村人達。そしてまだ青い唇ながらも、ふらつく身体で必死に歩く助けられた商人の何人か。
「本当に危険な人は村に運びました。カズラさん達が着いてくれています。私達も、助けたいのです!」
 真剣な目に込められた願い。開拓者達は目を合わせて微笑みました。
「よし、頼む!」
「寒くなったらこれで身体暖めい。一度来たんや。最後まで気合れてやるんやぞ!」
 手持ちのヴォトカを商人に投げつけて、開拓者達は雪山に再び向かいました。
 そして、どれほどの時間が経ったか。
「穴が開いた!!」
 雪壁の一か所からぽっかりと小さな穴が崩れ開きました。
「浦里、頼む!!」
 南洋は猫又の身体に古酒を結びつけると、そう言って猫の目を見ました。
 猫又は無言でスッと今にも崩れそうな穴から、その闇の中に潜り込んでいきます。
「猫? あ、酒を持ってる?」
「助けが来たのか?!」
 中から微かにそんな声が聞こえてきます。
「いた!」
 全員の顔に歓喜が湧き上がります。
「皆さん、ご無事ですか? もう少し待っていて下さい。今、お助けしますから!!」
 乃木亜の身体がそう声をかけると同時、閃癒の光を放ちました。
 その光は洞窟の中の者達のみならず、周囲にいる者全ての生命を回復しただけでなく勇気を与えるかのように淡く優しく輝いていました
「よーし! 皆、もうひと踏ん張り。頑張ろう!!」
 絵梨乃の声に皆は頷き、また雪を掘っていきます。
 そして広がった穴から、二人の人間が這い出てきます。
「中にまだもふらがいる! でも、ここからじゃ出られないんだ!」
 泣き出しそうな顔で洞窟から出てきた二人は言います。確かに洞窟の入り口を巨木と言える木が二本、まるで掛け金のように塞いでいて、荷引きもふらの巨体が出るのは難しそうです。
「よし、一か八かや。皆、離れとき、この木。一気に天辰でぶっ飛ばす。ええか? 中のもふら。隙間が空いたら全速力で飛び出てくるんや!」
『もふ!!』
 疾也が剣を構えます。けれども、仲間達は側から離れる様子はありません。
「いいか? 雪華、もふらが出て来たら全速ダッシュで、向こうまで走るんや。さっきの雪崩でもあの辺までは雪がきいへんかったみたいやからな」
「攻撃は皆でやった方が、確実に木を壊せると思うな」
「一気に決める!」
『やれやれ、本当に働き者だね。命綱は持っててあげるからしっかりやりなよ』
「さあ!」
 くすり、小さく笑ったのは誰であったのか。
 戦う力を持ったもの全てが、その力と祈りの全てを込めて入口を塞ぐ雪と巨木に向かって一斉に攻撃を放ちました。
 ドウン!
 鈍い音と共に木端と雪が周囲に散り、と同時、広がった闇から灰色の塊が飛び出してきたのです。
『もふうう!!!』
「こら! 降りろ!! 早くここから離れるんだ!」
 もふらの突進を受けたのは統真でしたが、今回は彼もなされるままにはなっていません。
 そして同時に感じた再度の地鳴り。
「振り向くな! 逃げろ!!」
 開拓者達は疲れた体の力、その場を逃れたのでした。

●生きている奇跡
「で? 誰やねん? 銃か何かぶっ放した奴は?」
 数刻後、村の宿屋で毛布にくるまる商人達に向かって、蔵人はそう言いました。
 仁王立ちで腕組み、意図的に威圧をかけているのは明白です。
 その睨みに耐え切れず、護衛の一人が手を上げました。
「‥‥私、です。森にケモノを見たので、威嚇のつもりで‥‥。雪崩が起きるなんて予想もしていませんでした。すみません」
「軽はずみな行動や判断はいけませんわ。護衛の貴方が隊商を危険にさらしてどうするのです」
「まあまあ、うっちゃん」
 普段冷静な空の辛辣な言葉を絵梨乃は宥めますが、思いそのものは同じです。
「でも、ま、確かにね。予想できなかったなんて言葉、プロが吐くセリフじゃないよ。まして守るべき相手を守れなかったんだからね。責任はしっかりと取る事!」
 男は顔を顰める。護衛の失敗。積み荷の紛失。彼の取るべき責任は余りにも大きいもの。
 けれど
「逃げてはいけませんわ。貴方は生きている。どんな償いも逃げさえしなければきっとやり遂げられますから」
「そうだ。自分のしたことから逃げる卑怯者にだけはなってはならぬ」
「もし、そうなったら俺達がどこまでも追いかけていくかもしれないからな」
 開拓者の一言一言を真剣に受け止めて彼は
「はい」
 そう頷いたのでした。
「それから。そこの坊主の式に感謝せえよ、荷物は間に合わんでも命には代えられンやろ。報酬はきちんと色つけて払ったれ」
「それはもう!」
 という商人と
「そんな!」
 と首を振る少年。
『彼方くん』
 くい、と自分の方に顔を向けさせた人妖雪華は、顔見知りの少年の頭にこつんと拳骨を落したのでした。
『お金に目が眩むから‥‥仕事はちゃんと選びなさいっ』
「はい。心配かけてごめんなさい」
 少年は頭を下げますが、笑顔。どこか幸せそうにさえ見えます。
「何を笑っているの?」
 開拓者の問いに彼は真っ直ぐに、自分を助けてくれた人々を見つめ答えました。
「嬉しくて。生きていることが。こうして皆さんと笑いあえることが‥‥生きているって、本当に幸せな事なんですね」
 彼の言葉に誰もが頷き、そして笑いあったのでした。

 思いもかけない災害。
 けれど、このことに一つの光明があったとすればそれは、居合わせた者全てが奇跡を目の当たりにしたことかもしれません。
「生きている」という奇跡。
 そして諦めない努力が人を助け、救うことができるのだという奇跡を。