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■オープニング本文 二月の実習を終えて、ホッと一息をついた一年生達はその足で委員会活動に参加することになった。二月は日にちが少ない。慌ただしいなあと思いつつ、委員会に向かった彼らを出迎えた二年生達はこう言ったのだった。 「今回の委員会活動は自由だよ」 「えっ?」 「それは、どういうことなんでしょうか?」 まさか先月と同じ展開かと目を剥く彼らに、ああ、と二年生の図書委員副委員長、土井貴志は作業の手を止めて笑って手を否定に振る。 「心配しないでいいよ。別に何があった、ってわけじゃあない。今、三年生は卒業試験の準備で大忙しでね、委員会には出てこれないんだ。だから、それぞれの委員達は一年、二年を中心に自分達のやりたいこと、やるべきことを自分で決めてやることになってるんだ。 保健委員会は春の薬草摘みに行くって言ってたし、体育委員会は周辺のマラソンパトロールや、体術訓練を強化するらしい。修羅の騒ぎが五行に飛び火しないように、したとしてもそれをいち早く止められるようにってさ。用具委員会は卒業、進級試験に使う道具の準備と確認するって。色々忙しそうだよね」 「それで、我らが副委員長はいったい何をしているのかな?」 図書委員二人は貴志の手元を覗き込む。 彼がしているのは‥‥ 「絵草子‥‥作り? ですか?」 一枚の紙に大きく描かれた鬼の絵。その横には易しく読みやすい大きな文字で鬼の名前や特徴が書かれている。 「まあ、そうだよ。正確にはアヤカシの図録を一般向けに纏めているんだ。ほら、以前集めた資料を分類したろう?」 そういえば、と思い出す。以前、委員会で資料整理を確かに行った。 「その中から特に出現例の多いアヤカシを選んで、特徴とかを記載して絵も付けて一般向けに本にする。それを見たら普通の人や、子供にもアヤカシがどんなものか解って少しは対処しやすくなるんじゃないかって、伊織先輩の発案で随分前から計画してたんだけどなかなか進まなくてさ」 伊織先輩、何か随分この企画に思い入れがあるみたいなんだ。 と彼は続ける。 「そういえば、伊織先輩は卒業したらどうなさるんですか? 綾森先輩みたいに故郷に帰られるんでしょうか?」 「さあね。伊織先輩が家族とかのこと、口にしたことないんだよ。僕も知らない。それに卒業生の進路なんて五行に属するか先輩達が教えてくれないと解らないよ。朱雀寮は五行の組織に属する人、意外に少ないから。僕が一年の時の先輩なんてどこで、何をしてるか殆ど知らない」 だから、できるなら卒業までに本を形にしてあげたい、と筆を止めた手が俯いた顔から落ちた雫がそう言っている。だが、彼も二年生。 「土井先輩?」 再び顔を上げたとき、涙を一年生に見せるなどという弱みは見せなかった。 「あ、そうだ! 君達は開拓者でもあるから、アヤカシと色々出会ったりしてるよね。手伝ってくれないかな? 友達に手伝って貰ってもいいからさ体験談をお話みたいに添えても面白いと思うから。頼むよ」 図書委員会がそんな話をしている頃、調理委員会もまた副委員長にある相談を持ちかけられていた。 「ひな祭りの準備、ですか?」 「そうだよ」 図書委員会の副委員長、香玉は頷くと優しい笑みを見せた。 五十代半ばと聞く陰陽寮寮生の最年長にも近い彼女は、だが優しい気配りのできる女性であった。 自分の半分の歳にも満たない委員長を立てて美味しい料理を作る彼女を一年生も、二年生も、時には三年生ですら「お母さん」と慕っている。 「もうじきひな祭りだろう? まあ、陰陽寮は女の子ばっかりじゃないけど、皆、今、疲れてるだろうからね。美味しいごちそうでパーティでもしようかって思ってるんだよ」 そう言うと彼女は食堂の入口に、小さな雛人形を二つ、置いた。 古ぼけたそれは、決して豪奢なものではないが温かみのある、良い顔をしている。 「あたしが嫁いできた時に、お義母さんがくれたものさ。嫁いで行った娘にやろうと思ったけど、あっちでも雛人形は用意なさっているだろうしね」 どこか寂しげに彼女は笑う。 寮生達も軽く噂では聞いていた。 香玉は早くに主人を亡くし、働きながら女手一つで三人の娘を育て上げた人物だと。 陰陽師の才能はあったが娘達と一緒に暮らす為に普通の仕事につき、懸命に働いて、娘達を育て上げ、結婚、独立を見届けて後、朱雀寮に入寮したのだと。 「だから、ね。皆も手伝っておくれ。寮長と料理長の許可は得た。この食堂を飾り付けて、春らしいメニューも出すつもりなんだ。美味しいごちそうのアイデアや飾り付けのアイデアを出してもらえると凄く助かるよ。報酬は、美味しい雛あられでどうだい?」 もちろん、断る理由は無い。 特に寮の女生徒達には笑顔が見える。 『朱雀寮の一年』の終わりは近い。 迫りくる別れの前に楽しい春の宴を。 寮生達は今、自分達のやるべきことを自分で探そうとしていた。 |
■参加者一覧 / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 紗々良(ia5542) / アルネイス(ia6104) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / アッピン(ib0840) / 琉宇(ib1119) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / シータル・ラートリー(ib4533) / 黒木 桜(ib6086) |
■リプレイ本文 ●夢の学び舎 夢の、ようだと思う。 ここで学ぶ時間、出会った友、生きる全てが本当に夢のようだ。 決して楽しいことばかりではないが、振り返って思い出せば良いこと以外思い出せない。 いつかここを離れる日が来ても、きっとこの夢は自分を照らしてくれるだろう。 ここは陰陽師の学び舎。朱雀寮。 「おはよう!」 一年生の俳沢折々(ia0401)は元気よく、図書室の扉を開いた。 「今日はいい天気だよ〜。春がもうすぐそこまで来てるって感じ。ねえ? 副委員長。窓を開けてもいいかな?」 中には数人の生徒達が既に集まって何やら作業をしている。 「ああ、いいよ。今日は風もなさそうだ。戸を開けた方が気持ちいいかもしれないね」 その奥で何やら書き物をしていた図書委員副委員長土井貴志はそう言って顔を上げると微笑んだ。 「了解! っと。うわ〜。なんだか甘い香りがするよ。桃‥‥の花?」 「多分、そうだね。薬草園の方に桃や桜も植えてあるからその匂いかな?」 「桃の花ですか〜。いいですねえ〜。で、どのくらいまで進んでいます?」 部屋の窓を全部開けるとすがすがしい空気が図書室の中を吹き渡る。 その風と踊るようにアッピン(ib0840)はくるりと回ってから、作業を続ける先輩の手元を覗き込んだ。 「皆さん、色々な絵を描かれるんですねえ〜。あ、一人アヤカシ一体が担当ですか?」 彼女が言うとおり、アヤカシの絵は一枚一枚違ったタッチで描かれている。 可愛らしい印象の絵があったかと思えば、見るからに恐怖を誘うおどろおどろしいものも‥‥。 「まあ、今のところはね。絵の統一性が無いって言われればそれまでだけど、でも、それがかえって面白がってもらえるんじゃないかなあって思ってね」 「それはそれでいいんじゃないですか? あ、でも私の絵は西洋写実風なのですが‥‥そういうのが入ってもいいんですかね?」 「勿論。君達は外に出る人だから、色々と珍しいモノも知ってるだろう? そういうのを頼むよ」 「じゃあ、私と組まない? 私は絵があんまり得意じゃないんだけど、字には自信があるから。二人で絵と字を担当したら面白いのができるんじゃないかなあ?」 「いいですね。では、始めましょうか?」 二人の図書委員が頷きあって道具をそろえ始めた時。廊下からパタパタと軽く元気な足音が聞こえてきた。 「手伝いに来〜たなりよ〜〜!」 元気な声が扉を開けた。 「琉宇(ib1119)! ほらほら、早く来るなり!!」 「‥‥譲治くん。君、体育委員会で無駄に鍛えられたんじゃないかい? それに、多分図書室ってところは静かにしないといけないところだと思うんだけど?」 「ゴメンなのだ。一生懸命走ってきて、つい‥‥」 少し遅れて顔を出した琉宇に息を切らせた様子で諌められて、平野 譲治(ia5226)は一瞬、シュンとしたように頭を下げた。 だが、直ぐに気を取り直して顔を上げる。くるりと見回して彼は見つけた副委員長の前に立った。 「土井さん。お手伝いをさせて欲しいなり。絵草子の他に紙芝居も作ってみたらと思うなりよ!」 ぺこんと下げられた頭と真っ直ぐな目。眩しそうに見つめた貴志は小さく笑って頷くと紙と筆を差し出した。 「面白いんじゃないか? やってごらん?」 「ありがとなり!!」 「いいんですか?」 さっきまでの落ち込みもどこに行ったやら。 すっかりはしゃいだ様子で筆を握る譲治を見やって心配そうにアッピンは貴志に問うが、いいんだよ。と彼は手を振った。 「資料作成を邪魔するわけじゃあないし、ちゃんと形にできるかどうか、は、ともかく楽しくやるのはいいんじゃないかな?」 そして彼はパンパンと手を叩く。 「さあ、あと少し。頑張って仕上げるよ! 早く仕上げて印刷に回そう」 「おう!!!」 図書室にそんな声が響く。 まるで体育委員会の十八番を奪う様なその明るい声と共に図書委員達はそれぞれの仕事に取り組み始めたのであった。 「こうしていると、なんだか戦乱とか、アヤカシ退治とか余所の大騒ぎが夢のようだねえ〜」 喪越(ia1670)はそんなこと呟くと、木陰に広げられたござの上に寝転び大きく伸びをした。 一応、今は用具委員会の仕事中。周囲にはいくつもの壷や、巻物、呪術武器や人形、道具などが並べられている。 『じゃあ、後の片付けはお願いしますね。私はひな祭りパーティの方をお手伝いしてきます』 用具倉庫の掃除と虫干しを一緒にやっていた青嵐(ia0508)は何故か倉庫の中にあった大量の折り紙や古布を抱えて行ってしまった。 きっと今頃は食堂で雛人形作りでもしているのだろう。 微かに甘い桃の花の香りが鼻腔を擽る。それから逃れるように喪越は目を閉じた。 宴会そのものは嫌いではないが、ひな祭りのパーティは場違いだと思うから参加はしないつもりであった。むしろ彼の頭にあるのはその後に控える別のこと‥‥。 「進級試験‥‥かあ〜」 「何をしておいでなのですか?」 目を閉じていた喪越は突然現れた気配に気付くのが遅れた。 ハッと身を起こしていつものように明るく道化の笑いを浮かべ、喪越は声をかけてきた女性に手を差し伸べた。 「別にサボっている訳じゃあありませんよ。敬愛する我らが副委員長。親愛なる白雪セニョリータ。大掃除が終わったので道具の虫干し中なのです。俺はその見張りを仰せつかりまして」 「あら、昼寝に見えたのですが違いまして?」 「バレたか」 舌を出す喪越の横、微かな微笑を浮かべて用具委員会副委員長白雪智美はスッとその腰を下ろした。 「本当に良いお天気ですね。こうして朱雀寮の中にいると外界の騒動など夢のよう」 「白雪セニョリータ?」 喪越は瞬きして目の前の女性を見つめる。 歳で言うなら彼の方がはるかに上。 なのに確かに先輩の笑みを浮かべる彼女は喪越に向かってこう問いかけた。 「何かお悩みがおありなら、相談に乗りますわよ」 と。 ●春の日差しの中で さて、その頃の体育委員会は、と言えば 「よし。お疲れ」 丁度いつものランニング巡回から戻ってきた朱雀門の下で、息を整えていた。 「ったく、譲治の奴。三郎にだいぶ影響されてるんじゃないか? ランニングの後、休みもしないであんなフルスピードで走っていくなんて。一体、どこに行ったんやら‥‥」 ゆっくりと腰を下ろして息を吐き出す劫光(ia9510)は 「でも、私達も確かに体力は付いてきた感じですね。前ほどはバテなくなりましたから」 そう言ったアルネイス(ia6104)の差し出した水を受け取ると小さく笑って見せた。 肯定の笑顔である。 「劫光。アルネイスもちょっといいかい?」 名前を呼ばれて二人が振り返るとそこには地図を広げた体育委員会副委員長 立花一平がいる。 「ちょっと意見を聞きたいんだけど‥‥」 体育委員会のランニングはただの走るだけのものではない。 周囲の見回りを兼ねているのだ。アヤカシの様子や周辺の地形を見ながら走ることが必要とされている。 今は欠席中の委員長も必ず走り終わった後の検討をしていた。 二人は頷き立ち上がろうとするが 「‥‥あの、劫光‥‥さん、います‥‥か?」 別の方向からかけられた声に、慌てて意識をそちらへと向けなおした。 「紗々良(ia5542)‥‥! すまん。もうそんな時間だったか?」 跳ねるように飛び上がり立った劫光に紗々良はううん、と首を振る。 「そういう‥‥わけじゃ‥‥ない‥‥の。たのしみで‥‥ちょっと早く、‥‥きちゃった。双樹ちゃんも‥‥案内、してくれた‥‥から」 「おや、彼女さんですか?」 悪戯っぽく笑うアルネイスに 「そういうんじゃない!」 劫光は慌てて首を横に振った。だが、自分達を見る目は妙に生暖かい。 「約束があったのかい? だったら、今日はもう上がっていいよ」 「でも‥‥」 一平が地図をたたんで腕を組んだ。 その笑みはあまりにも微妙で‥‥劫光は何かを言いかけようとするのだが、上手く言葉にはできない。 「女の子を一人にしちゃいけないな。ちゃんとエスコートすること。これは副委員長命令ってことで」 片目を閉じてそういう仕草は、今ここにいない委員長に良く似ていて劫光は大きく息を吐き出すと抵抗を諦めた。 「それじゃあ、そうさせて貰う。行こう。紗々良。行くぞ。双樹」 「あ‥‥うん。お邪魔‥‥しました」 「いいなあ〜。私も旦那様と一緒に過ごしたいんですけどねえ〜」 なんか、絶対に噂になってる。 そんな確信を感じながらも劫光は振り返る事は出来ず、前に向かって歩いて行った。 「まずは白虎の清心を連れてくるんだろう? それから着替えか?」 紗々良の手をしっかりと握って。 朱雀寮から少し離れた山の中。 保健委員達は手に手に籠を持って、雪の消えた森をゆっくりと歩いていた。 「足元に気を付けて。滑るからね‥‥」 「はい‥‥っ! わあっ!」 振り返って声をかける保健委員会副委員長、藤村左近の言葉の直後、そんな叫びにも似た声が山に響いた。 玉櫛・静音(ia0872)が足を滑らせたのだ。側に立っていた瀬崎 静乃(ia4468)と泉宮 紫乃(ia9951)が慌てて手を引いて助け起こしたので、被害は膝の小さな泥汚れ、だけで済んだ。 「どうなさいました。何か、考え事でも?」 気遣う様に問いかける黒木 桜(ib6086)に大丈夫です。と静音は笑って手を横に振った。 だが大きく吐き出されたため息は、そうは言っていない。 「大丈夫の‥‥顔じゃ、ない。どうしたの?」 静乃は静音の顔を覗き込むように見て、そう問いかけた。 「出かける前から、様子がおかしかったので気にかかっていたのです。何か、ご心配でも?」 紫乃までが心配そうに自分を見るので、静音は苦笑しながら心配をかけた友達二人に、ごめんなさいと謝った。 ちらりと見た先には桜がいる。彼女は静乃が招いた招待客。 『‥‥よく、来てくれたね。ありがとう』 桜に見せた静乃の笑顔を見た時から、自分がもやもやとしていることを静音はちゃんと理解していた。 「都合もあるのですから‥‥仕方ないですよね」 「ああ‥‥」「そういうこと、ですか」 その一言で二人は理解する。招待した、来て欲しい人が来なかった。 それが静音の不調の原因であると。 桜などは、静乃の招待を受けた上で、薬草摘みまで一緒にしているのに。 彼女の大切な人物への思いが感じられるからこそ、二人は思わず口を閉じてしまった。 であれば、二人に静音の為にできることは無さそうである。少なくとも根本的な解決には役に立てない。 「‥‥、おーい。みんな。そんなところで何やってるんだい?」 ふと彼女達は自分達を呼ぶ声に知らず、下を向きかけていた顔を上にあげた。 左近がいつまでもついてこない彼らを迎えにきたようなのだ。 「なんでもありません。ご心配をおかけしました。大丈夫です」 立ち上がって埃を払う静音をじっと見るとそう? とだけ言って左近は少女達に振り返った。 「早く薬草を積んで戻ろう? 今日は調理委員会がごちそうを作ってくれる筈だからね」 そう言って彼が見せた手籠の中には、たくさんのふきのとうに、ヨモギなどが入っている。 他にも早咲きの菜の花にタンポポなど。 「そうです。静音さん。帰ったら一緒にお料理しませんか?」 ポン、と手を叩いた紫乃の言葉に静音は首を傾げる。 「お料理、ですか?」 「はい。今、副委員長が籠に入れられているのは春の薬草というより野草です。皆、食べられるんですよ。美味しいんです」 「料理というものは作ったことがありません。それに‥‥」 (作っても食べてくれる人が‥‥) 逃げるように顔を背ける静音の手を紫乃はしっかりと握って逃がさない。 「今、でなくてもいいです。いつか、誰かの為に。誰かの喜んでくれる顔の為にやってみましょう。ね?」 優しい思いが手のひらから伝わってくる。 静音は知らず、頷いていた。 「ええ。いつか‥‥お願いします」 「はい。今日の所は食べる分と使う分だけ摘んでいきましょう。さあ、早く早く」 ことさら明るく笑って静音の手を引く紫乃を左近や静乃、そして桜は笑顔で見つめて静かに後を追いかけたのだった。 ●ひな祭りパーティと 「ごめ〜ん。遅くなった〜〜〜。まだごちそうある〜?」 図書委員達が食堂に飛び込んだのを見て、丁度料理を運んでいた尾花朔(ib1268)は大丈夫、と笑いかけた。 「今、始まったばかりですよ。ごちそうもまだたくさんあります。どうぞ」 折々やアッピンは設えられた席に座ると大きく目を見開いた。 「うわ〜。すっご〜〜い」 テーブルの上にはいくつもの料理が並べられていて、窓際には花瓶に活けられた桃の花が優しい香りを放つ。 食堂の入口に雛人形が飾られていたが、他にも入口には手縫いのつるし雛がかけられていて各テーブルには折り紙で折った雛人形が飾られている。 そしてテーブルの上にはたくさんのごちそうが並べられていたのだ。 ハマグリの吸い物に、小さい一口サイズのてまり寿司。赤い色が切れ目から除く料理は春巻きだろうか? ふきのとうの天ぷら、菜の花のお浸し、ヨモギもち。綺麗なジャムの乗ったクッキーに菱餅。雛あられ。そして‥‥ 「これ! 可愛い!!」 折々はメインの皿を持ち上げてアッピンに見せた。皿には小さく丸く作られた茶巾寿司が二つ乗っている。薄焼き卵の茶巾に、鶉のゆで卵の顔、目は胡麻、紅は山梔子。冠は海苔と沢庵。雛人形を象った変わり寿司だ。 「この料理は皆で?」 「ええ、そうですよ」 「その茶巾寿司は朔の作品だけどね。春巻きは私とシータルの合作、ふきのとうの天ぷらと山菜は紫乃で、菱餅は香玉母さん、クッキーはアルーシュ姉さんのお土産」 声を聞きつけたのだろうか、何人かと楽しそうに談笑していた真名(ib1222)は立ち上がって二人の方に近寄ると、 「私の大切な人なの。親友と姉と慕う人」 話をしていた二人を仲間達に紹介した。 「今回はありがとうございます。シータル・ラートリー(ib4533)です。宜しくお願いしますわ♪」 「改めまして。アルーシュ・リトナ(ib0119)です。ジルベリアの春はまだ先ですが、この地にはもう春の足音が聞こえますのね。ひな祭り。楽しませて頂きますわ」 優雅にお辞儀をした二人の他に、静乃が招待した桜、微かに頬を赤らめた劫光がエスコートする紗々良と彼女の友人の陰陽師、譲治と琉宇と寮生、招待客を含めてたくさんの者が食堂に集まり、わくわくと開宴の時を待っている。 「副委員長」 その様子を見計らって朔が声をかけた。照れたように今回の主催者である香玉が割烹着を着たまま前に進み出る。 「まあ、別に今日は何が特別ってえ、訳じゃない。皆で、パーッと楽しもうじゃないか!」 快活で元気な声にわあと歓声が上がる。 「お疲れ様です」 紫乃はスッと香玉に桃の花枝を差し出した。 それを受け取った香玉は嬉しそうに微笑んで後ろを見る。 既に甘酒が注がれた杯は合わされて楽しそうな音を立てている。 「先輩も一緒に食べましょう? さあ」 「茶巾寿司の味見をお願いしますよ」 娘よりも若い少年と少女に手を引かれ、困ったように笑いながらも香玉は宴の輪の中に入って行った。 〜〜♪〜〜〜♪、♪ 「ありがとうございました」 ぺこりと頭を下げて友の待つ席に戻った桜をやんややんやの喝采が出迎える。 「とってもお綺麗でしたわ」 「うん。‥‥ステキ、だった」 心からの賛辞。桜は頬を染めながら本当に桃、いや桜の花のような笑みを見せた。 「是非、私もおひな祭りのお祝いをさせて下さい」 そう言って桜は扇を広げると、緩やかな風の音に合わせるように、歌いながら舞い始めたのだった。その澄んだ歌声と舞には余計な音楽はいらず、アルーシュが僅かに音を寄せただけで見る人を十分に魅了したようだった。 「不思議ですね」 桜を出迎えた静音は、小さく囁く様に言った。 「何が、です?」 別に会話を期待したわけでは無かったのだが、帰ってきた声に答えるように静音は微笑んだ。 「お二人と、一緒だと見知らぬ人が気にならなくなったのです。慣れてきたのでしょうか」 「そうだと、嬉しいですね」 紫乃は楽しそうに、嬉しそうに心からの笑顔を見せていた。 「ねえねえ、それは折り紙で作る飾り雛人形?」 『いいえ、流し雛です。後で川に流すんですよ』 少し離れた場所では、青嵐が折り紙で男雛と女雛を作っている。 『雛の祭りの人形は、元は穢れを払う為の流し雛が始まりであったとか。災いや悲しみを形代に寄せて流したそうなので、それにあやかってみようかと』 「いいねえ〜。でも、さ? 元に戻っちゃったの?」 料理を頬張りながら手元を覗き込む折々に、 『私は朱雀寮の青嵐、ですよ』 青嵐は何も言わずに微笑むだけであったがその笑顔はいつもと変わらない朱雀寮の『彼』であったのでそれ以上彼女は何も言わず、何も問わなかった。 折々と少し離れた所では、まさか甘酒に寄ったわけではあるまいがアッピンが劫光に絡んでいる。 「あっと〜。忘れるところでした。筆頭? その可愛らしい彼女さんを紹介してはくれないんですか?」 どうやら、一緒にいる紗々良が気になっているようである。 「彼女、というわけじゃあ‥‥何と言ったら、いいのか?」 「‥‥とりあえず、紹介して‥‥。まだ、ちゃんと、挨拶したこと、ない‥‥から」 『ほらほら、しっかりして下さいよ〜〜』 「うるさい! 双樹!!」 『わ〜。暴力反対。せっかく可愛く着せて頂いた服が汚れます〜』 「あの‥‥紗々良さん、恋人が?」 「‥‥清心さん?」 楽しげな修羅場の向こうでは譲治がシータルたちを相手に紙芝居を見せている。 「その時! 助けて〜〜! 高い塔の上、悲鳴を上げる姫の元に風のように真っ直ぐと式が舞い上がり、その膝に声を届けた。『もう少しだ。今、助けに行く』‥‥と。るー、ここなりよ」 「おっけー! 譲治くん」 ジャカジャン! 適度に入る琉宇の効果音といくつもの仕掛けで動く紙芝居は大好評のようである。 「なかなかいいできじゃないか? 随分頑張ったみたいだな」 劫光に褒められて嬉しそうに笑って譲治は片目を閉じる。 「いろんなアヤカシが出てくるように工夫したのだ! ここんところはほら、ひっぱると飛び出すなりよ!」 大喝采で譲治の公演が終わった後、さて。と折々は立ち上がると皆の前に出た。 「ここでこの場を借りて、発表させてもらうね。副委員長の許可は得てるから」 シン、と静かになった場で小さく咳払いした折々はアッピンを目で促して、数冊の本を差し出した。 「この度、陰陽寮朱雀で作成監修した本が出来たんだ。委員長にも最終確認をして貰ってできたこれは、初刷りだよ。ひょっとしたら近いうちに売り出されるかもしれない。だから、その前にいろいろ協力もして貰った皆にご披露したいと思ってね」 「わああっ!」 食堂に歓声が響き渡る。 一緒に読む者。回し読みをする者。それぞれが興味深そうに丁寧に描かれ、書かれた草紙を見つめた。 「あ、このアヤカシの情報、私達が集めたものでしょうか?」 「こっちも見覚えありますね。でも、それぞれのページの絵が一つ一つ、タッチが違って面白いです」 アヤカシの知識深い陰陽師たちにもなかなか好評のようだ。 図書委員二人は満足そうに顔を見合わせ、笑顔を交差させた。 ‥‥この本を届けに行った時の伊織の顔を思い浮かべながら。 「やっと‥‥できたんだ」 彼女はそう言って、本を胸に強く抱きしめていた。 「これがあれば、皆が、読んでくれれば、真織みたいなことは‥‥もう無くなるよね」 「真織?」 伊織の前で首を傾げる二人を、そっと横に引いたのは三年生達であった。 彼等は二人に礼を述べると一言だけ教えてくれた。 『伊織は、妹と家族をアヤカシに殺されて亡くしてるんだ。小さな獣の赤子だと思って抱き上げたのがアヤカシで‥‥』 一人生き残った彼女を後見してくれたものがいて、アヤカシから人々を守る力を得る為に朱雀寮に入ったという彼女が、どんな思いを経て今に至ったのか。 彼女達はおろか、共に学び続けた三年生達でさえ、その思いを推し量ることはできない。 けれど、あの本と伊織がこの学び舎で過ごした日々は、間違いなくここを出てからも彼女を支えてくれることだろう。 「私達も、あんな友達と、思い出と大切なもの。いっぱい作りたいね」 「そうですわね」 笑いさざめく食堂には、劫光の竜笛の音色が時折静かに、そして優しく響いていた。 ●生きてみる夢、祈りと願い 空が夕闇に染まり始め、食堂に灯りがともるころ。 「ねえ、アルーシュ姉さん。吟遊詩人だし何か、聞かせて」 そうせがむ妹分に、アルーシュは微笑んで頷くと窓辺に咲く桃の花つぼみを見つめながら、ゆっくりと竪琴を爪弾いた。 歌声と共に歌が、窓から外に風に乗って流れていく。 「〜♪〜〜♪ 縁集う宴の席にさざめ広がる笑い声窓辺に覗く一枝にも綻び誘う、風となれ〜〜♪」 柔らかく、緩やかに澄んだ声にまるで寄り添うように光る夜光虫と真名が踊る。 そんな楽しげな雰囲気の中、いつの間にか、一人、外に出ていた香玉に 「何をなさっておいでなのですか?」 朔は静かに声をかけた。 「いや、なに。大したことじゃないよ。ただ、夢のようだ、と思ってね」 「何が、ですか?」 「ここに、こうしていること。学べること、笑えること。生きている事の全てが、ね」 「そう、ですか?」 「そ、時々、怖くなるね。あんまり幸せすぎて、いつか終わる日が来てしまうのかって思うと。三年生達は今、そんな思いをしてるのかな?」 寂しそうに笑って香玉は空を見上げる。 朔には星しか見えないが、彼女にはアヤカシに殺されたと言う夫や必死で育て上げた娘が、見えているのかもしれない。 「終わる事ばかり考えていてはいけませんよ。今が夢のようだというのなら、明日はもっと幸せな夢にしなくては」 香玉の感傷を吹き飛ばすように笑って、朔はもう一度彼女の手を強く引いた。 「そろそろ料理も尽きます。新しい料理を一緒に作りましょう。娘さんと一緒に作ったお菓子とかはありませんか? 教えて下さい」 「ちょっと! 待っておくれってば」 楽しげな二人が食堂に戻っていくのを見送った影が、そっと姿を現す。 食堂の様子、香玉の様子を見ていた喪越は小さく肩を竦め笑った。 「夢のよう‥‥か」 自嘲するような呟きと共に閉じた瞼の裏には白雪智美の笑顔が浮かぶ。 『他の連中みてぇな情熱は昔に置いて来ちまった。今の俺は、天儀を流離う只のフーテン。惰性で生きているだけのポンコツ‥‥それでもいろんな奴に逢う内に何かを変えたくなって、ここの門を叩いたはずなんだけどな』 『置いてきたのなら、取り戻せばいい。ポンコツなら直せばいい。いくら失敗しても生きて、一人では無いのですから、きっと何でもできますよ。望む自分に、きっとなれます。ここは、その為の学び舎なんですから』 くす、と自嘲するように笑って喪越は目を開けた。 本当に、夢のようだ。この学び舎は。 自分も夢が見れるかもしれない。望む自分になる、という。 「よっし! お邪魔するぜぃ! セニョリータ達! ここで一発かくし芸でも!」 『何を、急に飛び込んできて! 人に迷惑をかけない事と言われていませんか?』 「そんな無茶な!」 「ほらほら。まだ祭りの日は終わってないんだから、いっぱいお食べ。お土産は約束のひなあられだよ」 「皆さん。来年、お友達が、入寮するかも、しれない、から‥‥。彼が合格、できた時は‥‥仲良く、してあげて、ね」 楽しい笑い声はその日もまた、夜遅くまで消えることはなかったのだった。 数日後、川に集まった寮生達の中に伊織がいた。 宴会で貰ったひなあられを齧りながら 「‥‥卒業試験の、準備、終わった。あとは、試験、頑張るだけ‥‥」 時折香る桃の花の香りと、鮮やかな空気の中、微笑んだ彼女は、寮生達にはっきりとした顔で、ある決意を告げたのだった。 「卒業したら、私‥‥開拓者になるの。たくさんの‥‥人、アヤカシから守れるように。だから、その時は‥‥よろしく、ね。先輩」 「先輩にそう言われると、なんか照れるね。でも、その時はよろしく」 笑い合う仲間達を見て、微笑みながら 「さあ、流しましょう」 青嵐は促した。流し雛に祈りを込めて皆で川に流す。 「災いから、一般の方が守られますように。今はまだ、祈る事しかできませんから」 手を合わせた寮生達の頭上には、彼らの行く末を照らすように眩しい太陽が今日も、輝いていた。 |