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■オープニング本文 彼女が彼を好きだと意識してもう数年が経つ。 最初の出会いは互いにまだ幼いころの事だ。 彼が5つ。自分がもう少し上だった頃だろうか。 天儀には珍しい銀の髪と空みたいに青い瞳に、呼吸するのも忘れて兄にからかわれたのを覚えている。 住んでいる国からして違うが、兄同士が友人である為、年に数回は会って遊ぶ幼馴染同士だった。 一緒に遊ぶのが楽しくて、彼の姿を見るのが嬉しくて‥‥、彼を思うたびに胸が熱くなる。 「これが多分‥‥、恋なのよね」 そう自覚しはしたものの、それから数年、互いの距離はまったく縮むことはなかった。 理由はいくつもある。 互いに志体を持たない身。簡単に国を超えられない事。 自分には家業があり、近年それがさらに忙しさを増した事。 「兄さんはほいほいどっかに行っちゃうのに。ズルいわよね」 自分が年上な事、彼の兄が弟を溺愛している事。 だが‥‥何よりもの理由は他にある。 彼から届けられた荷物を開けて、彼女はため息をついた。 「‥‥叶わないわよね〜〜」 箱から出され、広げられたのは手縫いのドレスだ。 丁寧に縫い上げられた服は、ジルベリア風でありながら素材は天儀のものを使っていて他には見られない仕上がりになっている。 これをデザインし、作ったのがまだ14になるかならないかの少年であるなどと誰が信じるだろうか? 「料理が上手で、掃除洗濯も完璧。ついでに裁縫までできちゃうって‥‥もう、女の立場無いじゃない」 泣きたくなるような思いで彼女は服をそっと箱に戻した。 これは店の品物ではなく、なじみの客に仲介を頼まれた注文品だ。 「早く届けないと‥‥あれ?」 ふと箱から落ちた紙切れを彼女は拾い上げた。 そしてそこに書かれた文章を読むと何かを決意した顔で立ち上がったのだった。 「バレンタインパーティ? また面白いことを」 ギルドの係員は時々面白いことを思いついてはイベントにする顔なじみの少女にそう笑いかけた。 「なんでも、ジルベリアでは2月の中ごろにバレンタインデーって言って、日ごろお世話になっている人や、好きな人にプレゼントを贈る習慣があるんですって」 知り合いのジルベリア関係者が教えてくれた、と少女は笑う。 「そして雪が降る中、チョコレートっていうお菓子を好きな人に贈ると、バレンタインという赤い服を着たおじさんが、互いの間に結ばれている赤い糸を結んでくれて両想いになれるという伝説があって、最近、天儀でもチョコレートのお菓子がはやり始めているんですって」 なんだか途中からいろいろと変な話も混ざっているような気もするが、と思いながら少女を見る係員に彼女ははい、とチラシを差し出した。 「それでバレンタインパーティを考えました! ジルベリアのお菓子に詳しい先生を招いて女性男性問わず、皆でお菓子を作るんです。 で、お世話になっている人、好きな人を招待して、皆でお茶とお菓子のパーティをする‥‥。どうでしょうか?」 企画としては悪くないと思えた。 場所は近くの食堂を貸し切る形になるらしい。 参加費は一人1000文、チョコレートのお土産、お菓子教室の受講料、パーティの貸衣装込。 「好きな人には美味しいお菓子を食べて貰いたいし、綺麗な自分を見せたいですよね。でも、一人じゃなかなか勇気も出ないし‥‥。だから、皆で励ましあって、応援しあえばいいんじゃないか、って思ったんです」 「応援しあう? 美波。お前さんも、誰かに応援してほしいのか?」 「あ、そんなんじゃないです。でも‥‥」 顔を背けた弧栖符礼屋の看板娘、美波であったがその顔色がもう答えている。 胸元に手を当てた彼女はぶんぶんと首を横に振った。 「もう! そんなことはどうでもいいです! とにかく、よろしくお願いします!!」 そして美波は係員にチラシを押し付けて去って行ってしまう。 「やれやれ。素直じゃない子だな。ん? なんだこりゃ 美波の忘れものか? まあ、後で取りに来るだろう」 依頼書の間からはらりと落ちた手紙。 拾い上げたその中身を係員は見ることはしなかった。 『2月14日に、遊びに行きます。僕からのバレンタインのプレゼントを楽しみにしていて下さい 蓮』 |
■参加者一覧 / ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 倉城 紬(ia5229) / 鶯実(ia6377) / 神咲 六花(ia8361) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / Lux(ia9998) / フラウ・ノート(ib0009) / マテーリャ・オスキュラ(ib0070) / シャルル・エヴァンス(ib0102) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ニクス・ソル(ib0444) / ワイズ・ナルター(ib0991) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 蓮 神音(ib2662) / 月影 照(ib3253) / シータル・ラートリー(ib4533) / 白仙(ib5691) / usausa(ib6102) / ほふり(ib6114) |
■リプレイ本文 ●今日の主役(?)達 ここは、神楽の街の片隅にある貸衣装の店【弧栖符礼屋】、の隣にある小さな食堂、の中の客席である。 客席と厨房の間はカウンターが隔てているが、それは腰丈程度であるので、お客も、その気になれば料理人の料理の様子を見ることができる。 通常であるならば。 けれど、今日は分厚いカーテンがカウンターと客席の間を仕切っている。 こちらの客席側にいるのは全員が男性。ある意味、今日の主役達だ。 調理場の様子を窺わせるのは絶え間なく聞こえてくる楽しそうな笑い声と不思議に刺激的な甘い、匂いのみ。それにくんくんと鼻を軽く動かしながら 「さっきから良い匂いがしていますが、一体中では何をしているんでしょうかね〜」 のんびりと煙管をもてあそぶ鶯実(ia6377)にさてな、と劫光(ia9510)は肩を竦めた。 「覗いてくれるなと言っていたから、まあ、楽しみに待つさ。‥‥どうも、こういう場は場違いのような気がして落ち着かんが」 苦笑する彼の前に、スッと紅茶が差し出される。 「ああ、どうも」 劫光はそれを受け取ると、Lux(ia9998)の顔を見て笑った。 「あんたも待ち、か?」 「まあ‥‥そういうところ、でしょうか?」 見かけのコワモテからはなかなか思い浮かばない笑みで、彼も自分の入れた茶を静かに啜った。 今日は、バレンタインとかいう祭りの日。 なんても、大切な人に贈り物をし、感謝と愛を交換する日、なのだとか。 それに合わせ、今日、向こうの厨房ではお料理教室が開催されているのだ。 大切な人へ、チョコレートという最近流行のお菓子を贈る為に。 『別に、女性から男性へと決まっているわけでは無いのですよ。劫光さんもいかがです?』 と友人にして同輩の尾花朔(ib1268)は劫光に言い、男ながら知り合いのマテーリャ・オスキュラ(ib0070)達と一緒に料理教室に参加しに行ってしまった。 「興味がない、訳でもないが流石に女性が圧倒的多数のあの台所に入る勇気は無いな」 「そうですね。大人しく待つとしましょうか? ‥‥あれ?」 「どうした?」 首を傾げる鶯実に劫光は問いかける。 「最初は、男性、もう少しいなかったでしょうかね?」 朔やマテーリャ、料理上手で興味を持っていたニクス(ib0444)は最初から教室参加を表明していた。天河 ふしぎ(ia1037)も恋人と一緒にいる筈だ。だが、確かに思いかえしてみれば、もう一人‥‥ 「そういえば‥‥、妹を見送ってたやつがいたような‥‥」 「まあ、気にしないでおいてあげるのがいいのでは?」 Luxはさっき見送った人物の『変装』を思い出しながらもう一度小さく思い出し笑いをして紅茶を飲み込んだのだった。 ●大切な人の為のお料理教室 さて、カーテンの向こう。 小さな食堂の調理場は甘い香りと 「えっと、これはどうしたらいいんでしょうか?」 「すみません。こっちにコーヒー豆を頂けますか?」 「あ、こっちにも頂戴」 そんな楽しげな少女達と、何人かの少年達の笑い声に溢れていた。 「チョコレートは、たくさんご用意させて頂いてます。自由に、楽しんで作って下さいね」 笑いかける主催者美波の言葉に、はーいと皆が明るく答える。 「難しい所は僕もお手伝いしますが、皆さん、それぞれ自分のイメージをお持ちみたいだから、大丈夫ですよね。頑張って下さい」 そう、声をかけたのは講師役だという少年であった。銀の髪に青い瞳、端正な顔立ちが目を引く。 「男性の方が講師なのですね」 そう、確かめるように言った泉宮 紫乃(ia9951)に真名(ib1222)は「そうね」と肩を竦めた。 「最近は料理が得意な男性って増えているのかも。‥‥ホント、何しろ‥‥私よりも上手いんだもの。参っちゃうわ」 「何のお話ですか?」 チョコレートを削る手を止めてこっちをみた朔に、真名は手を横に振る。 「なんでもないわ。と、私は、今日は別の知り合いと一緒に作るから。ごめんなさいね」 後ずさりするようにして去って行ってしまった友人を二人は見送りながら顔を見合わせた。 「どうしたのでしょうね?」 「さあ? せっかくお誘い下さったのに。とりあえずこちらはこちらで作るとしましょうか。紫乃さん、美味しいチョコ、作りましょうね。腕が鳴りますね」 満面に微笑む朔に、紫乃ははいと答えながらも顔を背けていた。 「青春ですねえ〜。フフフフフ」 マテーリャがその様子を見ながら、楽しげに生地をこねている。 彼の声が聞こえた訳ではあるまいが、同じ頃、同じ光景を見ながら楽しそうに弾ける声があった。 「あの二人も、まったく相変わらずねえ〜」 そう言いながらコーヒー豆とミルクの入った鍋を揺らしているのはユリア・ヴァル(ia9996)。その横で彼の恋人ニクスも笑ってる。 「ああ、見ている方がじれったくなってしまう、かな?」 「あ〜〜!! そこの方チョコレートの入った鍋を直接火にかけてはダメですよ。分離していまいます〜〜!」 マテーリャに声をかけられて、ニクスは慌てて鍋を火から下ろした。手鍋の中ではドロドロになった液体が焦げ甘い匂いを放っている。 「しまったな。貴重な材料が」 「あら、珍しいわね。料理上手のニクスが失敗なんて」 「チョコレートは、普通のお菓子と違いますからね。扱いにちょっとコツが要ります。でも、完成すればとても美味しいお菓子になりますから、ぜひ、頑張って下さい」 自分を励ましてくれる少年講師にニクスは焦げた鍋を置くと 「よろしくお願いします」 と頭を下げたのだった。 「つーかえらいドロドロしい代物ですなこれ。さっきのセンセはとても美味しいお菓子になるっていってましたけど、ホントに美味しいんですかねコレ。拙者には毒薬の類にしか見えんのですが‥‥」 自分の鍋を覗き込んだ月影 照(ib3253)の浪漫の欠片もない言葉に天河 ふしぎは少し赤い顔でぷうと頬を膨らませた。 「毒とはなんだい! ちゃ、ちゃんと食べれる物作るんだからなっ! 楽しみにしてるんだぞっ」 ふしぎだって、料理の経験は余り多くない。と、いうかきっぱり苦手の部類に入る。 それが、照を取材口実に呼び、こうして一緒に料理をしているのは (一緒に色んなことを体験しながら、照の色んな事を知りたいし、約束した誰かを想う気持ち、ちゃんと照に教えてあげたい‥‥。そうさ。これはその一歩なんだ!) 譲れない思いがあるから。 そんな彼の思いを知ってか知らずか、見れば照も本格的に包丁を握っている。 「まー、せっかくだから取材方々とにかく拙者も作り方倣ってやってみますか。まずくても食うのはふしぎさんだ、問題無い」 「照‥‥」 そんなラブラブクッキングの向こう側では、一人粉を捏ねている人物がいる。 「あの〜、台所では帽子は脱がれた方がいいのではありませんか?」 手早くチョコ菓子を完成させたシャルル・エヴァンス(ib0102)はどこか手元では無いところを見ている『彼』にそう、声をかけた。 「しーっ!!」 慌てた様子で彼、神咲 六花(ia8361)はシャルルに向かって指を立てる。 「妹には内緒で来ているんです。黙ってて、貰えませんか?」 「妹‥‥さん?」 見れば六花が見つめる先には一生懸命に生クリームを暖めている少女がいる。 「あ、トリュフを作っておられるんですね?」 「そーです。お酒をちょこっと入れて、形を整えたらあとはなっつ、粉砂糖、抹茶をからめて出来上がり! センセーとにーさま、喜んでくれるかなー?」 「きっと、喜んでくれますよ。頑張って下さい!」 「ありがとー」 冬蓮、‥‥講師の少年が励ますと石動 神音(ib2662)は、ぐっと手に力を入れて料理に励みなおす。 「妹さんが心配でいらっしゃるのですね?」 「まあ‥‥そんなところです」 「解りました。どうぞごゆっくり。でも、慣れないメガネで材料を間違わないように、はなさってくださいね」 照れた様子の六花にシャルルはそう言うとお辞儀をして場を離れる。 「たぶん、妹さんは気付いておられますわね」 くすり、と小さな笑みを浮かべながら彼女は自分が作ったチョコをラッピングすると忙しく働く主催者美波の手伝いに入った。赤いリボンと青いリボンの包みを、そっと横に置いて。 台所はまだまだ賑やかだ。いつの間にかもふらまで入ってきている。 「いいこにしててね。八曜丸‥‥。あの、初めてなので、教えて‥‥下さい」 横にもふらを待たせ勇気を出して声をかけた柚乃(ia0638)に冬蓮は笑顔で、説明を始めている。 「やっぱり、最初は普通の型抜きや、トリュフが簡単かもしれないですね」 「できれば、お酒を使ったのが‥‥いいな」 「じゃあ、やっぱりトリュフですね。あとは、少し大変ですけど、チョコで小さな器を作って中にお酒を入れるとか、いいと思いますよ」 「とりあえず、姉様達に送るチョコマフィン、自分用に生チョコ、お世話になってる人に贈るコーティングチョコなどを作るつもりなのですが、あと、何か変わった作り方とかご存じありませんか?」 「じゃあ、こんなのはどうでしょう? ご用意している材料をちょっとアレンジして‥‥」 「なるほど、色々な味を一つのチョコレートに纏めてしまうのですね」 「棒チョコ状にしてもいいですが、一口サイズに纏めるのも可愛いですよ」 料理上手で美味しいもの好きと評判の礼野 真夢紀(ia1144)もその手を休めてアイデアを聞いている。 「本当に、お料理上手でいらっしゃるようですね。先生は」 ワイズ・ナルター(ib0991)も感心した様子だ。 さっきまで、話しかけるなオーラを纏い必死にチョコレートに文字を書いていたが、予定数二つが完成したからだろう。少し余裕のある笑みを見せていた。 「僕は、料理とか、家事が好きなだけですよ。自分が作ったものを、美味しい、って食べて貰えるのが嬉しくて‥‥。あと、父がジルベリアの人なのでそっちの料理なんかにも興味があって、いろいろ調べたんです」 「先生は、真名さんの恋する方と同じようなタイプでいらっしゃるようですね」 「ア、アルーシューナさん‥‥」 真名の顔が赤く染まる。その色はシータル・ラートリー(ib4533)が作ったチョコレートよりも赤い。 「チョコレートとスパイスって合いそうだと思って。劫光お兄様、食べて下さいますよね」 唐辛子をベースにした辛み成分が混ぜ込んであるとのことだが 「シータルさんのは‥‥目が覚めそうな赤ですね試験前に効きそうです。真名さん、手がお留守になっていますよ」 アルーシュ・リトナ(ib0119)は頷いた。そして優しく笑いながら真名にチョコレートの仕上げを指示する。 さっき、真名に聞いた人物は優しくて料理好きと聞く。 「大切な人に、食べて頂きたいんでしょう? 最後まで心をこめましょう」 「は、はい‥‥」 頷きながら真名はやっと完成した自分のショコラに思いを込めて並べていた。 そう、次々完成していくチョコレート達には調理者達の思いが込められている。 「この思い‥‥全部‥‥つぎ込む‥‥鶯実‥‥ふふ‥‥♪」 一人丁寧にチョコレートを作っていた白仙(ib5691)は完成したチョコを嬉しそうに見つめた。 甘いものが得意ではない鶯実の為に作られたチョコレートは、甘さ控えめに仕上げられている。 「やっと、できました。ありがとうございます。簡単なようで、チョコレートつくり、は難しいですね」 大きく息を吐き出した倉城 紬(ia5229)は丁寧に作り方を教えてくれたフラウ・ノート(ib0009)に頭を下げる。 「確かにコツを覚えるまでは大変かも。でも、上手でしたよ。こんなに丁寧に作られたチョコを贈られる恋人さんは幸せですね」 「こ、恋人って!」 紬は頬を手で押さえた。熱い手のひらが、耳と顔が真っ赤になっていることを自覚させる。 「ほらほら、せっかく作ったチョコが落ちますよ」 フラウにからかわれた、と解ったのだろう。慌てて、ぶんぶんと首、そして顔を振ると落ちそうになった箱を手で押さえ、 「何かとお忙しい様なので、なるべく疲労解消にと、思っただけですよ!?」 リボンを結んだ。 「ふ、フラウさんだって、素敵な旦那様に拵えて差し上げるんですよね?」 紬にとってこれは、逆襲のつもり、ではなく自分から話題を逸らしたかった故の言葉であるのだが 「まだ、旦那違う!」 帰ってきた返事には目を瞬かせる。思いもよらない形だったが、どうやら反撃に成功したようだ。 「まぁ♪ まだ、なんですね」 「あ、あのねえ〜〜」 まるで金魚のように顔を赤くして口をパクパクさせるフラウ。 彼女が言いたかったのが抗議であるか、照れ隠し、であるかは解らないが、とりあえず続きの話を紬は聞かなかった。 「そろそろ、区切りはつきましたか〜。片付けが終ったら店の方へどうぞ。色々、ご衣裳用意してありますから〜」 主催者の少女の、そんな声が聞こえたからだ。 「フラウさん。参りましょうか?」 「そう‥‥ね」 完成したチョコレートの箱を宝物のように大切に持って、少女達は厨房を後にした。 「とても、綺麗なチョコレートですね。旦那様、きっと喜んで下さいますよ」 「もう! だから‥‥」 楽しげに笑いさざめきながら。 ●恋人達の日 それから暫くの後、 テーブルいっぱいに並べられた料理とお菓子、お茶。 そして、美しく着飾った花のような少女達。 「バレンタインというのは日ごろお世話になっている人や、好きな人にプレゼントを贈る習慣です。そして、好きな人にチョコレートを贈ると恋が実ると言われています。このパーティをきっかけに皆さんの恋が実り、大切な人と心が通わせあえることを願っています」 主催者美波の挨拶と共に開かれたパーティは、一人の例外もなく笑顔に溢れていた。 「うわ〜。お兄様カッコいい」 「お前も、綺麗だな。明るいドレスとそのブレスレット。似合ってる」 「ありがとう。何時もお世話になっているので、これを。これからも宜しくですわ♪」 チョコレートを差し出すシータルとそれを受け取る劫光。 赤い、通常、話に聞くチョコレートというものとは縁遠いできのそれに目を向きながらも、その服に似合う紳士の態度で彼は妹分からの贈り物を受け取った。 「これは、なあに?」 「見て解りませんか?」 「ごめん、わかんない。ショッキングピンクだったり、まるで煙のように爆発していたり」 「フフフフフ、クッキーですよ。召し上がります?」 「あ、結構よ。朔のチョコレート頂くから」 「味はまともですよ〜。多分」 真名はマテーリャとそんな会話をしてから、奥で仲間達と談笑する朔の側へと近寄った。 ちなみにマテーリャのクッキーは柚乃やもふらの口に入っていく。 「おや、真名さん。紅いドレスにペンダントがお似合いですね」 やってきた真名に仲間や友人と談笑していた朔はその手を止めて振り向いた。 「は〜い。朔、紫乃。あら? これ、紫乃が作ったの?」 「は、はい。ベリージャム入りのチョコレートケーキです。どうぞ」 細い首元にはブルーハートが揺れる。 美しい薔薇の乗った、丁寧に作られたケーキの皿を受け取りながら真名は胸がチクリと痛むのを感じていた。 紫乃の配るケーキの一つに小さなハートが乗っている事にも、気付いてしまったから。 「渡したい方へ少しでも綺麗に映ります様に」 そう言って背を押してくれたアルーシュの声が耳に響くのに。 「真名さん。紫乃さん。このケーキをよかったら召し上がってください」 差し出されたケーキはチョコとケーキの生地が美しく段になっている。 「美味しそうね。ありがとう。じゃあ、私からも」 「とても美味しいです」 さりげなく真名も自分のチョコレートを渡すが、それ以上の言葉を、願を口にすることはできなかった。 テーブルの一角で談笑しあう女性達がいる。 「ご一緒させて貰っても、いいですか?」 慣れないドレスに躓きそうになった紬を、慌ててアルーシュが抱き留めた。 そこは恋人同士のパーティと呼ばれるこの場所で、唯一ぽっかりと男性がいない場。 「勿論ですが、私達でよろしいのですか? 恋人がいらっしゃるのでは?」 紬はアルーシュに頷いて見せる。 「女性の方と一緒だとホッとします。私がチョコレートを渡したい人は、帰郷中なので」 「そうですか」「なら、よろしければ私のチョコレートも味見をして下さい」 真夢紀を含めた女性陣が互いのチョコレートを交換し合う頃。 つつ、とやってきた柚乃がふと呟いた。 「ねぇ恋って何?」 無垢な瞳に見つめられ、彼女らは思いがけない難問に顔を見合わせる。 「気になる方が、いらっしゃるんですか?」 真夢紀がそう問いかけると柚乃は考えるように首を揺らす。 「気になる人‥‥は、いる。でも、親しい異性は多いよ? ‥‥好きか嫌いかといえば皆好き。それとは違うの? もふら様が好きとは違うの‥‥?」 「今は‥‥違うとしか言えないませんね。ごめんなさい。恋は色々な形がありますから。答えも一つではないんですよ」 紬はそういうと柚乃と目を合わせた。 「でも、その時が来たらきっと解ると思います。恋とそうでない好きの違いは、きっと‥‥」 「そう?」 首を捻った柚乃は視線を巡らせる。 「白仙くん、‥‥どうも、おいしそうですね‥‥。うん、いい味です」 「‥‥良かった」 戸惑い気味の白仙の手をしっかり握りながら一粒一粒のチョコレートを大事そうに食べる鶯実。 彼は甘い物が嫌いだなとおくびにも出さない。 「ど、独特の味、だな?」 「少し、辛かった? お兄様」 少しどころじゃない、とは口に出さずシータルの頭を撫でる劫光。 「照‥‥その、初めて作るから、照の口に合うといいんだけど」 「あの、ドロドロ真っ黒が、こんなに楽しい形と面白い味になるとは。侮れませんね。ネズミに、グライダー。こっちは、小隊のマークですか?」 「えっ? それじゃあ!」 「美味しいですよ。ふしぎさん。まあ私のはどうかは解りませんが」 「美味しいよ! すっごく!」 お互い一緒にいることが楽しいと言う顔で笑いあう、ふしぎと照もいるし、 青いドレスを美しく身に纏い 「‥‥あ、上げるわよこれ。別にこの為じゃないのよ!?」 と顔を真っ赤にして告げるフラウとLuxもいる。 「神音が食べさせてあげるよ。はい、あーんしてね!」 と互いにチョコを食べさせあう二人は兄妹だから別としても 「HAPPY Valentine♪ ニクスがビター好きでも、やっぱりバレンタインは甘くなくちゃ♪」 互いに口移しチョコを食べさせあう者達までいた。 本当にたくさんの恋人達。 作ったチョコと同じ。一つとして、同じ形は無い。 「いつか‥‥解るのかな?」 「ええ、きっと‥‥」 迷う様に自分を見た柚乃に紬は笑顔でそう答えたのだった。 自分が作ったチョコレートの箱を胸に強く、抱きしめながら。 パーティは続く。 互いに作ったチョコを交換して食べあうチョコレートパーティ。 チョコファッジに、チョコレートムース。チョコレートマフィンにトリュフチョコ。 甘いチョコレートの匂いに皆が飽き始まった中盤、パーティを動かしたのはシャルルのサンドイッチと流しの音楽家であった。 彼らが奏でたのは甘く優しい恋歌。 「森の女神とダンスはいかが?」 緑のドレスを纏ったユリアは、ニクスの前で優雅にお辞儀をして見せた。 「森の女神、か‥‥ではボクは魅入られて迷い込んだ王子って所かな。喜んで」 そっと手を取った恋人二人は楽しそうにくるくると踊り始めた。 「そういえば、どうして裸足なんだい?」 「それは、貴方に100個目のハイヒールを贈って貰いたいからよ」 一つの輪がやがて、二つ、三つとなって会場全体に広がっていく。 いつの間にか奏でられた音楽と共に、笑い声は会場から絶えることなく響いていた。 ●少年と少女とチョコレート 参加者達の多くが知らない裏話。 パーティが佳境を迎えていた頃、会場の外でこんな会話があった。 「‥‥今日は、手伝ってくれて‥‥ありがとう。凄く‥‥助かった」 「あれは‥‥美波さんと先生?」 偶然それを目にしたワイズはそっと身を隠し物陰から話に耳を欹てる。 ワイズの思った通り、今日の主催者美波が、今日の講師であった冬蓮と何やら話をしているのだ。 「いいんだよ。美波さんの為になら、僕はなんだってしたかったんだから。あ、そうだ‥‥これ」 ふわり、美波の肩に何かが乗せられた。 「これは‥‥ショール?」 「そう、バレンタインのプレゼント。貰って‥‥くれるかな?」 美波は冬蓮の手とショールを見つめる。ショールは本当に細かい毛糸で編まれたもので、羽のように軽いのにとても暖かい。そして、虹のように美しい。 自分には、とてもこんなものは作れないと、そう思うと美波は顔を背けてしまった。 「美波ちゃん?」 逃げ出したくなったその時、服の隠しにしまっていた二つの包みがかさりと音を立てた。 「あ‥‥」 どちらが、音を立てたかなど解らない。 けれど美波には、それが赤いリボンで結ばれた包みの音だと解った。 美波の心にさっき伝えられた言葉を思い出させてくれたから‥‥。 『美波ちゃんはその子のどこが好き? 料理や裁縫が出来なかったら嫌いになる? それと一緒よ。美波ちゃんの良い所は沢山あるんだから。それでも不安なら直接その子に気持ちをぶつけていらっしゃい』 自分の背を押してくれたシャルルの笑顔を胸に、美波は顔を上げた。 そして、その包みとは別の包みを、そっと差し出す。 「冬蓮‥‥くん。これを、受け取って‥‥くれる?」 「これは? チョコレート?」 「私、貴方が‥‥好き」 ワイズが聞いたのはそこまでであった。 何故なら、そこから先は冬蓮が美波の口を口で塞いだから。 空からは、ちらちらと雪が夢のように舞う。 食堂の入口から空を見上げたシャルルはふとパーティの招待を受けた時の話を思い出した。 『雪の降る中チョコレートを渡すと、バレンタインという赤い服を着たおじさんが、互いの間に結ばれている赤い糸を結んでくれて両想いになれるという』 「さしずめバレンタインでしょうか? 私達が赤い服でも、おじさんでもありませんが。ねえ? 西門さん。秋成さんも邪魔してはダメですよ」 「まあ、どこの誰とも知らん馬の骨よりはマシか」 「うちのは馬の骨じゃない」 「まあ、弟妹思いですこと」 くすくすと笑ったシャルルはパーティに戻って行った。 ワイズと、影から見守っていた主催者代理達を引っ張って。 「あ、雪‥‥」 パーティを楽しんでいた参加者達はそう言って空を見上げる。 二月も半ばを過ぎた雪は、前のそれより軽く、直ぐに消えてしまうだろうと思えた。 今日作ったチョコレートもこの楽しいパーティも、春の雪のようなもの。 一夜限りで、直ぐに消えてしまう。 けれど、小さな恋の祭りは互いに甘い時を過ごすきっかけを与えてくれた。 「大事な神音、また来年も、こうやって過ごせたらいいね」 「はわ!」 おでこにキスをした兄と妹の思い。 頭を撫でる大きな手の感覚に神音は嬉しそうに笑顔を咲かせる。 「恋って何かな? もふら様が好きなのと違うのかな?」 もふらを抱きしめて呟いた少女の思い。 「鶯実、手‥‥握って。‥‥一緒に、ずっと」 「ええ」 手を握りあった少女と少年の思い。 「お茶会が終ったら、たくさん、いちゃいちゃしましょう。覚悟してくださいね」 「覚悟ってなによ!」 甘い恋人達。 「森の女王様、今日の僕は貴方の僕です」 「なら、私の言う事を聞いて。‥‥これからも、ずっと‥‥」 甘い、甘い恋人達。 「早く、チョコレート渡せるといいな」 チョコを胸に抱きしめる娘。 「お姉様達や皆さん、喜んでくれるでしょうか?」 微笑んで菓子を見つめる少女。 「シタール。やっぱりチョコにスパイスよりいい組み合わせがあるんじゃねえか?」 「そう?」 「じゃあ、寮の皆さんに作ったこれはどうしましょうか?」 「朔! お前も変なもん作ったのか?」 「いえ、普通の珈琲と紅茶味です。劫光さんのだけは胡椒粒入りですけど」 「‥‥止めろ。頼むから」 「余ったチョコを溶かしてみました〜。割と普通の味と外見にできたと思いますよ〜」 友を思う気持ち。 「なかなかいい記事が書けそうだ。楽しかったよ」 「これからも、一緒にいろんなことを楽しもう」 想い合う心。 「朔も大事、紫乃も大切‥‥私はどうすればいいのかしら」 切ない思い。 それを見守る優しい瞳。 「西門。お前、甘いの致命的に嫌いじゃなかったのか?」 「捨てるなと、言われたからな。それに、まあ、悪くない」 優しい想い。熱い心。 他にもたくさんの思いが、この夜、生まれ溶けて消えて行った。 小さな恋の祭りは、そんな人々の心がチョコレートの形をとって集まる日なのかもしれない。 お土産にと渡されたチョコレート達。 甘い思い出と共に彼らはチョコレートを口に入れたのだった。 |