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■オープニング本文 ことの起こりは、卒業試験を間近に控えた陰陽寮朱雀の、ある三年生の元に届いた一通の手紙であった。 差出人の名前を見た時は嬉しそうにしていた筈なのに手紙を広げ中を見たとたん、顔面を蒼白にした仲間に、見ていた同輩達は首を傾げる。 「どうした? 桜?」 「‥‥顔色が悪いですよ。何か、あったのですか?」 「な、何でもないわ。ただ、ちょっとした薬の請求書。計算を間違えちゃったみたいで‥‥」 質問をはぐらかせただけでなく広げた手紙を握り締め、潰して服の隠しにしまった彼女に、ふうん、と頷いて彼らはその場での問い詰めはとりあえず止めることにした。 普段、優しく見えて、けっこう気の強い彼女は言いたいことははっきりというタイプだ。 言いたくない理由があるのだろうと、思ったからである。 彼女が話してくれるのを待とうと思ったのである。 しかし、翌日、彼女は一人姿を消した。 一通の手紙だけを残して。 「‥‥桜の、バカ」 残された手紙を見た三年生達は、その手紙を握りつぶすと同時、それぞれが、それぞれに動きだしたのだった。 今月の委員会活動開催時期。 一年の掲示板にはこんな張り紙が貼ってある。 「今月の委員会活動は自由。三年生は所用の為不参加。一年生は二年生と勝手にやってくれ。後は任せた。 委員長代表 西浦三郎」 「なんじゃこりゃ?」 「委員会活動、お休みってこと、ですか?」 「でも、自由ってことですから、何かはやらないといけないのでは?」 首を傾げる寮生達の後ろを 「おやおや、こういうことになったのですか?」 丁度通りかかった朱雀寮長 各務 紫郎の意味深な言葉に掲示板を見つめていた一年生達はくるりと振り返って寮長に向かい合った。 「どういうことなり?」 「事情をご存じなら教えて下さい」 真剣な目の彼らに寮長は、一度だけ目を閉じると、真剣な目で答えてくれた。 朱雀寮三年、保健委員長の綾森 桜が陰陽寮から姿を消したのだ、と。 「綾森桜は、五行の中でも北にある小さな集落の生まれです。その集落は山奥の本当の奥にあり、農業と林業を営んでいるのですが、彼女の故郷であるそこは今、流行病に侵されています」 「なんだって!?」 「流行病??」 驚く寮生達に寮長は続ける。 「高熱と、咳、関節痛などで動けなくなり、やがて心臓が止まってしまう恐ろしい病です。さらに村へ通じる道は大雪で歩きにくくなっている上に、周囲にアヤカシまで現れたと言う状態であるとか。 孤立した村から、必死に助けを呼びに来た人物がいて、綾森に連絡が来たそうです。そして綾森は昨日、姿を消しました。先の皆さんと同じように三年生は今、卒業試験の課題準備中なのですがそれを捨てての事です」 保健室には黙って薬を持ち出すこと、そして三年生の仲間達に試験準備から離れることを謝罪する保健委員長からの手紙が残されていたと副委員長が寮長に連絡してきたのがついさっき。 「その前にどうやら三年生達は事情を察知していたようですが、もう動きましたか。素早いことです」 「って、のんびりそんなことを言っている場合なんですか? 寮長!」 声を荒げた寮生の前で、紫郎はメガネを直すように持ち上げた。 メガネの下の顔は、寮生達が思うほどのんびりもしておらず、また笑ってもいない。 鋭い、問いかけるような目つきで、彼は一年生達を見た。 「綾森桜は彼女なりの理由と覚悟があって、一人で村に戻ったと思われます。調べさせたところによると村を襲う流行病はかなり危険なもので、既にかなりな人数が犠牲になっているとか。また、冬で餓えたケモノや、群れから逸れたとみられる鬼系アヤカシが村囲いに迫っているとの話もあるようです。彼女は村への道のりを熟知しているから無事にたどり着ける可能性がありますが、山奥の村は雪に閉ざされた今、龍さえも使えない陸の孤島となっています。行くとなればかなりの危険を伴うでしょう」 ごくりと、つばを飲み込む音がする。 正体の知れない流行病、アヤカシ、ケモノ、そして雪‥‥。 手をこまねいていれば、いずれ集落が屍人の村になっていても不思議はない。 「既に三年生は、それぞれの考えで動き始めているようです。二年生は陰陽寮を空にするわけにはいかない責任から残ることになっています。一年生は‥‥西浦三郎の言う通り自由です。月半ばの全体講義まで特にやらなくてはならないこともありませんから、今回の委員会活動では好きなことをしていてかまいません」 「それは‥‥どういう意味ですか?」 震える声で問う一年生の質問に、既に寮生達に背を向けた寮長は振り返らなかった。 「皆さんは、陰陽寮の寮生ですが、誰の所有物でもないのです。命令されたから、課題だから、ばかりでは己の成長になりません。自分のしたいこと、なすべきことを自分で考え、決めて行動しなさい。それが、朱雀寮生です」 寮長の言葉を、寮生達は噛みしめる。 「自分のしたいこと、なすべきこと‥‥」 それは、それを知らない者にとってはどんな課題よりも難しい宿題。 けれど、知る者にとってはなによりも簡単な話であるというだろう。 「待ってろよ! 桜!」 その時、彼らはもう旅立とうとしていた。仲間の元へと。 |
■参加者一覧 / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / アルネイス(ia6104) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) |
■リプレイ本文 ●それぞれの選択 今月の委員会活動は自由である。 それを聞いて後 「じ・ゆ・う・だぁぁぁーーーーー!!!」 と声を上げて喜んだ人物は、実は殆どいなかった。 「今回は自由行動。まあ各々好きに動けって事だな」 仲間達にそう告げた劫光(ia9510)は 「そう言うわけで、好きにさせて貰おうかね」 と言っている手で既に旅支度を始めていた。 理由は一つ。 流行病に侵された村と、故郷の村を助けに帰った保健委員長綾森 桜。 そして彼女を追いかけていった三年生を助けに行く為である。 「オオバコ、ヨモギ、クチナシ、それに麻黄、桂皮、紫根、防風‥‥」 「百合、薄荷、前胡、地骨皮‥‥」 「やはり、綾森委員長は風疫に的確な薬を選んで行かれたようですね」 台帳を調べながら薬の確認をしてた保健委員達は顔を見合わせ、頷いた。 「風疫? それは、どういうことでしょう?」 料理用の香辛料などを借りる為やってきた尾花朔(ib1268)に泉宮 紫乃(ia9951)は説明する。 「今の薬には全て、共通点があるんです。解熱、発汗、解毒、消炎‥‥」 「つまり、綾森委員長の村を襲っている流行病は、風邪の延長線上にあるものであると想像されるということです」 「風邪、ですか‥‥」 冷静に分析する玉櫛・静音(ia0872)に続け瀬崎 静乃(ia4468)は頷いた。 「風邪って言っても、甘く見ちゃ‥‥ダメ。普通の風邪をだって拗らせて死ぬ人だっているんだから。流行病って言われるくらいの風邪だったら、きっと、感染力も強い筈」 真剣な顔の保健委員達に朔は、微笑しながらも真剣な目で答える。 「解っています。甘く見るつもりはありませんよ。風邪は万病の元とも昔から言いますしね。ただ、病人の症状によって出すべき料理などが違って来るので確認したまでです。汁気が多く、身体を暖める物が良さそうですね」 そう言って彼は丁子に陳皮、薄紅立葵やハーブなどを選んでいく。 「お借りしていってもよろしいでしょうか?」 朔が問いかけるように首を向けた先には、腕組みをして立つ、二年生の保健委員会副委員長、藤村左近がいた。 「気にしなくていい。必要なら保健室の薬を一時、空にしたって構わない。後で、僕らが責任を持って補充しておく」 彼の目が、指が、足が所在無げに動いている。彼の全てが告げているのだ。 自分も保健委員長を助けに行きたいのに、と。 「用意はできてる〜?」 廊下の方から明るい声がして扉が開いた。 「真名(ib1222)さん」 紫乃の呼び声にハ〜イと返事をして真名は保健室内の仲間に声をかけた。 「少し準備を急ぎましょう、って青嵐(ia0508)が。天候が荒れる可能性があるんだって」 「解りました」 急ぎ足で準備を整える一年生達に 「待て」 左近は声をかけた。振り返る一年生達。 かけられたのはたった一言であった。 「頼んだぞ」 主語も目的語もない言葉だが、聞く一年生達はその意味を理解していた。だから彼、彼女らは全員が躊躇うことなく 「はい」 と答える。 それ以外の返事を選ぶ理由は何一つ無かったのだから。 積み重ねられた荷物は清潔な布、薬、新鮮な食材、そしてお酒。 ひ、ふみと数えながらアッピン(ib0840)は用具委員達に声をかけた。 「荷物はこれだけですか? ソリはもっといりますか?」 『出来うる限りは持っていきたいですが、荷物を持ちすぎて間に合わなくなっては意味がありません。先行した先輩方もある程度は持っていかれたようですし、これくらいが適当ですかね?』 荷物の確認と運搬の分担を整えた青嵐の言葉にそうですね、とアッピンは頷き酒樽をソリに括り付けにかかる。 「私も手伝うよ」「おいらもやるのだ!」 何も言わなくても素早く、手伝ってくれる二年生や仲間達にこの朱雀寮の精神を見るようで思わずアッピンの笑みが零れた。 「ごめんね。委員長達のことは任せるよ。私はここでやりたいことがあるんだ。皆で助けに行こうって流れを邪魔しちゃうようで悪いんだけど」 荷物を押しながらすまなそうな顔を見せる俳沢折々(ia0401)にアッピンはその笑顔のまま顔を横に振る。 「いいんですよ。筆頭もどっかで言ってませんでしたっけ? それぞれがやるべきことを自分で決めてやると言うのが今回の委員会なんですから」 「おいらも桜委員長の所に駆け付けたいなりが‥‥きっと器でもなければ安心とは異なるなり。だから、自分のやるべきことをするなり!!」 苦笑するように頭を掻く平野 譲治(ia5226)の頭上に 「それでいいと、思いますよ。留守をお願いしますね」 そんな優しい言葉が降る。 「アルネイス(ia6104)!!」 笑いかける同輩に譲治は駆け寄った。 「私も、直接村に行くのとは違う方法でお手伝いをするつもりです。皆でそれぞれできることをやりましょう。それが、この半年、朱雀寮で学んだ事ですからね」 「そうなり。離れていても志は同じなのだ。‥‥はい! アルネイス!」 譲治が差し出したものは小さな守り袋。 「静乃にも預けた。無事にみんなで帰ってきてくれることを待ってるのだ!」 「解りました。ありがとうございます」 「皆、そろそろいいか?」 それぞれが旅立ちの準備を終えたのを見計らって、劫光が声をかけた。 手に一本の巻物を握り締めて。 「これはアレだな。麗しの桜ちゅわんにいいところ見せるチャ〜ンス。嫉妬しないでおくれよ白雪ちゃん、俺は全世界の美女に愛を届けなくちゃいけないんだ」 見送りと荷運びに来た用具委員白雪智美にそうポーズをつけて迫る喪越(ia1670)であるが、白雪はいつもの怯えとは違って柔らかく微笑んでいる。側の二年生も攻撃を仕掛けたりはしない。 「な〜んか、気が抜けるな〜。ま、行って来っから!」 「どうか、気を付けて」 「よし、出発だ!」 龍のいるものは龍で、他の者は徒歩で馬ソリに従って、それぞれが朱雀門を潜りぬけていく。 「いってらっしゃい!」「行ってきます!」 そうして彼らは旅立って行った。 先輩達、仲間、いや‥‥家族を助けに行く為に。 ●背中合わせの信頼 先行させた人魂の視界を借りて暫し、探していた者達を劫光は見つけた。 「ま、想像通りって言ったら想像通りってところか。やっぱりここにいたな」 潜められた気配に明るく彼らは声をかける。 「もっさん、参上!! ってやっぱこっちはやろーばっかりか〜。村の方に行けばよかったかな〜」 「お前ら‥‥どうしてここに?」 駆け寄るようにして近づく一年生に目を瞬かせる三年生。 「ここが解った理由なら戦いの跡、だ。村の側から引き離そうと戦場を変えた形跡があったからな」 「そんなことを聞いてるんじゃない!」 勿論、劫光は何を聞かれたか解っている。だから手に巻物を玩んだままニヤッと笑って見せた。 「今回の委員会活動は自由、ってことだったからな。まあ、自由にさせて貰ったってことで。皆で体力づくりのピクニック&アヤカシ退治だ。なあ、体育委員長?」 「皆で、ということは他の一年生達も来ている、ということですか?」 そう問いかけたのは声をかけられた体育委員長西浦三郎、ではない。 一緒に気配を隠していた用具委員長七松透であった。 「全員、ではないが来てるぜ。用具委員会は二人とも来てるな。ほら、そこに喪越。村に青嵐も行ってる」 「うちのも来てるのか?」 「勿論、今頃村で、持ってきた食料品で料理作ってるだろうさ。っていうか、あんた、こっちに来てていいのか?」 そう告げた劫光の視線の先にいるのは勿論、調理委員長黒木三太夫だ。 寮から離れた三年生達の数は多くは無い。 男性がアヤカシ対策に当たるのは、ある意味当然と言えたが三太夫には、この場で何よりも必要とされている特技がある筈だ。 「そーそ、料理委員長がこんなところにいていいんかい?」 冗談のような喪越の言葉を冗談として受け止めている余裕が彼等には無い。三太夫は唇を噛んでいた。 「料理や看護の手が足りないのはその通りなんだが、アヤカシの数が多いんだ。しかも、倒しても倒してもやってくる」 「病で亡くなった者達まで屍人となって人を襲ったりしていてな。手が離せなかったんだ。‥‥正直、来てくれて助かった」 くすっ。劫光と喪越は顔を見合わせ肩を竦めあう。 三郎の目を見て、思っていた事を今、確信した。 手に持った巻物を思いっきりの力を込めて劫光は三郎に投げつけた。 「よくゆーぜ。あの張り紙出した時から、俺らが来るって思ってたんじゃないか?」 「思っていた、というより確信していた。かな? まあ、いい。来た以上は思いっきりこき使うぞ!」 巻物を開いて、また素早く閉じた三郎の目には楽しげな笑みが宿っている。 そこに書かれていたのは寮に残った者達からの心からの励まし。 「望む所だ。勝負でもするか?」 「おう! 負けないぞ。桜の村に一匹たりともアヤカシは近づけさせられない!」 背中合わせに立つ武闘派陰陽師二人、それを見て苦笑しながら透は三太夫に声をかける。 「人手が増えたから大丈夫です。三太夫は村に戻って看護の指示と、死者の方を頼みます」 「解った。任せたぞ」 「う〜ん、麗しい友情だねえ。はいはい。任されてちょーだい。でも、ま。俺としてはできればアヤカシもケモノもコロしたくはないんだけどねえ〜」 おどけた口調の喪越に透は何も言わない。代わりに放った式が草むらを揺らす。 同時に聞こえる木々の間からの唸り声は戦いの再開を意味している。 「とゆーわけで〜」 村に背を向けた喪越は言葉はやるきなさげに、でも聞く者が聞けば真剣と解る声で唸り声に向けて声をかけた。 「ケモノやアヤカシの紳士淑女諸君。村に近づこうってんなら、まずは俺らが相手になろうか。大人しくしててくれるんなら、こっちも助かるんだけどなぁ。やっぱそうもいかねぇか?」 返事の代わりに武器を構えるアヤカシに男達は躊躇うことなく飛び込んで行った。 ●行動の理由 「何をしているの! 今すぐ帰りなさい!」 村に到着した一年生達を出迎えたのは、綾森桜の怒声にも似た声であった。 だが、一年生達は彼女の声に耳を傾けようとは誰一人しなかった。 「まずはお湯を沸かしましょう。水場はどこでしょうか?」 「あっちに井戸があったみたい。今、汲んでくるわ」 『火種はあります。念の為、料理でも清拭でも、使う水は一度沸かしてから使用した方がいいですね』 「酒精には病を押さえる作用があるといいます。アルコールを布に浸して普段使うものや人も体を拭いて消毒に使って下さい」 「ちょっと! 貴方達。聞いているの!」 「勿論、聞いています。綾森先輩」 そう答えたのは保健委員会の紫乃。静乃と静音。残り二人の保健委員も桜の前に立った。 「でも‥‥帰れって命令は、聞かない。今回の委員会活動は自由行動だって、三郎先輩、言ってた。自由行動なら、寮を離れて出張で委員活動をしても問題ないと思う。出張った村に偶然、先輩達や綾森委員長が居ただけ」 まったく揺るぎない瞳で自分を見つめる静乃の目線。 桜は明らかに揺らいでいた。 「何を言ってるの! この村に広がっているのは流行病なのよ! いつ、誰に伝染るかも解らないの! そんな中にいたら、貴方達だって‥‥」 「それは、綾森委員長も同じ筈です。なのに、どうして委員長はこちらにいるのですか」 「ここは、‥‥私の村だもの。私は、私の大切な人を助けたいのよ」 「私達も同じです。委員長。大切な人を助けたい。大事な先輩の大切な人は、私達にとっても大切な人なんです。困っている人がいて、助けを求める人がいる。今こそ教えて貰った事を生かすときなのだと思いませんか?」 「そういうこと。困ってる人を助けるのに理由なんか要らないわ。私にとって皆、家族も同じだもの」 食材を運んでいた真名が桜に笑いかけた。 絶妙の援護射撃。だがそれでもなお 「でも‥‥」 と、彼女は下を向く。 「私の我が儘で、これ以上、皆に迷惑は‥‥」 震える彼女の背中に 「‥‥迷惑なんかじゃない、って何度も言ってるのに‥‥馬鹿‥‥桜」 静かな声が降りた。 「源先輩!」「いいんちょ!」 「伊織‥‥でも‥‥あっ!」 それでも何かを言いかけた桜の首筋に、伊織の手刀が入る。 「綾森先輩!」 保健委員三人が、崩れ落ちる桜を慌てて支え抱きしめた。 「‥‥桜、三日三晩寝ないで‥‥一人、頑張ってた‥‥の。多分、発病、してる。お願いして‥‥いい?」 「勿論です」 自分で意識を刈り取っておきながらも伊織の目は心配そうに、大事な友を見つめている。 その気持ちが解るから、紫乃は手の中の委員長を強く、抱きしめた。 「皆も、お願い‥‥。人手は、たくさんいるの」 「了解!」 応えを返して重なった声に、伊織は嬉しそうに満面の笑みで微笑んだのだった。 それからの寮生達の活動は、誰もが目を見張るほどであった。 「は〜い。炊き出しよ〜。病気を治すには美味しいものを食べるのが一番! 病気にならない為にも元気に食べるのが一番だからね〜」 いっぱい食べて〜と。広場に備え付けた大なべの前で真名が声を上げた。 「おいしい!」「あったまる〜」「こんな豪華な料理久しぶりに食べた〜」 人々は笑顔で料理を平らげていく。 「ごく普通の鍋ものなんですけどね」 苦笑しながらも朔も真名も嬉しそうだ。 冬、雪で隔離された山奥の村。加え、アヤカシの襲来で交通も遮断されていた。 ここ暫く、彼らはろくなものを食べていなかったのかもしれないと思いながら朔は人々の笑顔を眩しそうに見つめた。 症状のある者と無い者に分け、無い者はなるべく症状の出た者に近寄らないようにする、というのは紫乃の提案だった。 症状の出た者には薬草での治療と同時に体力回復の為の処置をする。 湯を沸かし、濡れタオルをかけて加湿し食べやすいおかゆや蜂蜜を運ぶ。 一方症状の出ていない者にも寮生達が持ってきた食材で、栄養のある料理を作って食べるように促した。 「病気の元、となったのは村を訪れた商人の方、だった可能性があります。彼らは体力があったから普通の風邪程度で済んだようですが、体力の落ちた人々にとってはそうはいかなかった、と聞きました」 周囲の村々を回り、注意を促して回っていたアルネイスが仲間達にそう報告したからだ。 ここほど大きな被害を出した村は無かったが、同じような症状を見せている病人が出始まった村もあったようなので彼女の行動は近隣に注意を促す意味で十分な成果を上げていた。 「流行病‥‥って言っても、基本は、普通の風邪と、同じみたい。だから、ちゃんとうがいして、手を洗って、元気に食べれば大丈夫だよ」 いつ自分達が病にかかるかと、怯えていた村人達は静乃の言葉に安堵の笑みを浮かべた。 料理は朔に真名、そして三太夫と朱雀寮が誇る料理委員会が担当する。そして 「雪の酷いところはありますか? 火炎獣でお手伝いしますよ〜」 明るく笑うアッピンはアルネイスと共に感染経路の確認も行った。 今までは人手が足りなかったので病人と健康な人物の隔離などはできもせず、結果、感染の拡大を押し進めてしまったのだが、この事によって感染者の数は急速に減っていき落ち着きを見せはじめた。 『大丈夫ですか』 病気の子供を青嵐は朔の作った柔らかめのお菓子と人形を持って頻繁に見舞い、看病する。 「あ〜〜?」 まだ熱に顔を赤らめる子供は、側にいるのが誰かも解らないようだ。 『どれどれ、熱は‥‥っと、だいぶ下がったようですね。あと少しで治りますよ』 青嵐は大きな手で躊躇わずに子供の額に触れた。 暖かい手が、もうろうとする子供の汗を拭き、身体を拭い、薬を口に運ぶ。 『また、来ますね』 そう言って去ろうとした青嵐はふと、立ち止まる。 気付けば子供が自分の服を掴んでいた。 『どうしました?』 「あ‥‥り、が‥‥と」 すーっと目を閉じる子供。だがその呼吸は穏やかで心安らかなものである。青嵐はそっとその手を布団に戻すと微笑んだのだった。 「姉さんは、桜の後輩かい?」 問いかけてきた老人に、はい、と静音は答える。 「そうかい。あの子も陰陽寮で頑張っているんだねえ〜」 まだ身体もろくに動かせない程弱っているのに、その人は嬉しそうに笑っている。 「綾森委員‥‥いえ桜先輩のご家族でいらっしゃるのですか?」 「いいや。あの子の親は腕のいい狩人だったが早くにアヤカシにやられての。あの子は村全体で育てたようなものなのさ」 「村、全体で‥‥」 静音はそう言われて思い出す。 村人の為に懸命な桜と、それを愛しげに見つめる村人達を。 「この村には兵士もいなければ医者もいない。だから、桜は村を守る力を身に着ける為に陰陽師になると言った。あの子この村の希望なのさ」 「ならば、桜先輩の為にも早く、お元気にならなくては。大丈夫です。すぐ治りますよ」 静音はそう言って、細い手を握り締め、頷く。やがて老人は嬉しそうに笑って目を閉じた。 それを確認して、振り返る。 「もう、よろしいのですか? 委員長」 そこには綾森静香が、紫乃と静乃に支えられて立っていた。 「どうぞ」 紫乃が差し出しのは譲治が託し、朔が入れたナズナのお茶。その湯飲みを手に持ったまま、桜はそっと、だがはっきりとした声で言った。 「ごめんなさい。そして、ありがとう‥‥」 桜の気持ちを受け止めつつ、そう言って静乃は微笑む。 「それは、私達よりも三年生の皆様におっしゃった方がいいと思いますわ」 「そうね。そうします。口が裂けても自分からは言えなかったけれど、本当は皆に、助けて欲しかったの」 静かに笑って桜は窓の外を見つめた。 雪が屋根の上で煌めき、光を放っている。人口よりも牛や羊や鶏の方が多い本当に小さな村。 「でも、私はこの村が好き。私を育ててくれた大切な人達。この故郷を守りたい。その為に勉強し、力を身に着けてきたの。卒業を前にそれに少しは自信があったのだけど、まだまだ、だったわ。私一人の力じゃ、村を守れなかった」 「いいえ。村を救ったのは先輩の力です」 静乃ははっきりとそう言った。紫乃も、静音も頷く。 「私達は委員長から学んだ事を生かしただけです。そして、何より委員長を助けたいと言う三年生の皆さんの思いが、私達を促したのですわ」 「だから‥‥、胸を張って朱雀寮に戻ってきて」 「皆、待っていますから」 ぽつんと、お茶の中に一つの雫が落ちる。肩を震わせる桜を三人はそっと、静かに抱きしめたのだった。 ●寮生達の帰還 寮生達の到着から間もなく、病は沈静化の方向を見せ始めた。 死者は桜が到着するのに間に合わなかった八人と、その後の二人のみ。 他の村は情報伝達が早かったこともあり、死者も出ず流行病と意識する必要もない程であったという。感染の拡大は食い止められたのだった。 体力さえあれば身体は病を治そうとする。 それを人が手助けすることができれば、どんな病も恐れることは無いのだと寮生達は知った。 寮生の感染者は桜一人で済んだ。 一年生の中からは誰も感染者が出なかったのは、口を押えたり、手を洗ったり、病の原因をなるべく遠ざける努力をしたからだろう。 そして、桜が回復したのを見計らって、寮生達は犠牲者を荼毘に付した。 「苦しみが、終わった人を‥‥屍人にして、また、苦しめないように‥‥お願い、します」 そう頭を下げた静乃や青嵐の提案に村人達は了承したのだった。 「この炎が、皆を安らかに天に導いてくれますように‥‥」 目を閉じた桜は祈りを捧げているようだった。 寮生達もそれに応じるように目を閉じる。 〜〜♪ 〜〜♪ ふと、柔らかい音色が響いた。 朔の笛の音だった。それに合わせるように伊織が遠い異国の歌を歌う。 歌詞は解らなくてもそれが、鎮魂の調べであると寮生達には解った。 黒い煙がやがて白く空に伸びていく。 それを寮生達はいつまでも見つめていた。 死者の埋葬を終えたその日の昼過ぎ。 「さて、陰陽寮に帰るぞ。桜」 「えっ?」 ぼんやり空を見上げていた桜の手を、三郎がぐいと、引き寄せた。 「荷物の‥‥準備はして‥‥あるから」 ほら、と差し出す伊織。それでも状況が解らず目を瞬かせている桜を、三太夫は強引に抱き上げ一年生達が連れてきた荷ぞりに乗せる。 「では、借りていきますよ。後はよろしくお願いします」 「はいはい。あとは任せてちょーだいってな」 「ちょ、ちょっと待ってよ。まだやることが‥‥」 桜の反論など、三年生は聞いていない。 「一年に任せておけば大丈夫。んじゃな!」 あれよあれよという間に桜を連れ去って村を離れてしまった三年生を見て、 「流石、かな?」 その手腕とチームワークに思わず一年生は手を叩いていた。 「後は俺達に任せて、先に戻っていてくれ」 劫光を始めとする一年生達が三年生に向かって、そう言ったのは今日の事であるというのに。 「馬鹿を言うな。一年生を置いて帰れるか! お前達こそ先に帰れ」 当然、彼らは反論したが 「卒業試験の準備は、よろしいのですか?」 そう静かに、だがきっぱりという紫乃に三年生達は言葉を失った。 「あ゛」 「もう少し経過を見てというご心配は解ります。でも、もしこの件で先輩方が卒業試験に失敗されてしまわれたら、村の皆様や綾森委員長も安心することはできないと思います」 顔を見合わせる三年生達にも一年の言うことは理解できた。 そもそも桜が何も言わずに寮を離れたのは、ひとえに卒業試験という大事を控えた仲間を巻き込みたくなかったからに他ならない。 「気遣うなら留年なんてしてくれるなよ」 どこか楽しそうな顔でそういう劫光を、三郎は心どこか嬉しそうな顔で見つめ返す。 「そんな心配無用だ! 全員揃えば、俺達に達成できない課題なんかないからな」 そして、他の先輩達も嬉しそうに笑うと、驚くほどのスピードで綾森委員長を連れて帰ってしまったのだ。 「大丈夫、ですかね?」 「向こうで折々も動いてるし、あの寮長があいつらを見捨てるはずない。ま、大丈夫だろ」 大きく伸びをして劫光は仲間達を見た。指示を出す必要はない。 彼らは自分の為すべきことを知っている。 「さて、喪越。外の瘴気回収に行くか」 『私もお手伝いしましょう。私にとっての課題は達成できましたが、これからの事を考えるともう少しできることをしておきたいところですから』 「俺は〜、ちょ〜っと残念なんだけどな〜。アヤカシ何匹かやっちまったし」 「私達は村に戻ります。病状が落ち着いたとはいえ治りかけが肝心ですから。栄養を付けて頂かないと」 一年生達は笑顔を互いに交わし合いながら村に戻っていった。 そしてこちらは陰陽寮朱雀。 「おーい、みんな〜〜。委員長達が帰ってきたのだ〜」 朱雀寮の教室の一番上、その窓際から外を見ていた譲治は、小さい身体の全力で声を上げると一目散に門へと駆けていった。 その声を聞きつけた寮生達が集まってくる頃、門が開いて三年生達が中にゆっくりと入ってきた。いろいろ言いたいことはある。伝えたいこともある。 だが実際に言葉にできたのは 「‥‥お帰りなさい。委員長」 保健委員会の副委員長藤村左近が綾森桜に告げた、その一言だけであった。 「ただいま。みんな」 桜はソリから降りて、自分の足で立ってそう言った。その笑顔に 「「「「「わあっ!」」」」」 寮が震えるほどの歓声が沸きあがった。 駆け寄って抱きすくめたいところではあるが 「はいはい! まずはお風呂に入って着替えるなりよ。朱雀寮に病気は持ち込ませないなり! 朱里に蒼空音! 委員長達を頼むなり!!」 『『は〜い』』 人妖二人がまずは女性陣を風呂へと押していく。その後に大きなたらいと清潔な着替えを持った譲治が続く。 「お帰りなさい」 彼らを見送った残りの三年男子は、かけられた声に振り返った。 「寮長‥‥勝手な真似をしてすみませんでした」 頭を下げる彼らに寮長各務紫郎は一枚の書類を黙って差し出す。 「‥‥これは! 寮長?」 そこには試験準備期間の延長が記されていた。 「寮に残った一年生が中心になって三年生の卒業試験の日程変更をと署名活動をしてきました。寮生ほぼ全員の願いがあったので考慮したのです、かなり余裕なく詰め込んでしまいましたが、貴方達ならなんとかできるでしょう!」 「「「ありがとうございます!」」」 頭を下げる彼らに寮長は本当に楽しげな笑みを見せながら背を向ける。 「礼は一年生達に言いなさい。よい後輩に恵まれましたね」 「「「はい!!」」」 暫く後、風呂から出た女性達に笑顔で報告し、手を取り合う三年生を見て折々は嬉しそうに微笑んだのだった。 数日後、村人達の笑顔と感謝に見送られて村を出た一年生寮生を朱雀寮生達みんなで出迎えた。 その中には勿論、元気な三年生もいる。 彼らは帰ってきた。 活動の成否をそれぞれの胸に‥‥。 |