【神乱】皇女警護 無名
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/16 01:21



■オープニング本文


 天儀暦1009年12月末に蜂起したコンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍は、オリジナルアーマーの存在もあって、ジルベリア南部の広い地域を支配下に置いていた。
 しかし、首都ジェレゾの大帝の居城スィーラ城に届く報告は、味方の劣勢を伝えるものばかりではなかった。だが、それが帝国にとって有意義な報告かと言えば‥‥
 この一月、反乱軍と討伐軍は大きな戦闘を行っていない。だからその結果の不利はないが、大帝カラドルフの元にグレフスカス辺境伯が届ける報告には、南部のアヤカシ被害の前例ない増加も含まれていた。しかもこれらの被害はコンラートの支配地域に多く、合わせて入ってくる間諜からの報告には、コンラートの対処が場当たり的で被害を拡大させていることも添えられている。
 常なら大帝自ら大軍を率いて出陣するところだが、流石に荒天続きのこの厳寒の季節に軍勢を整えるのは並大抵のことではなく、未だ辺境伯が討伐軍の指揮官だ。
「対策の責任者はこの通りに。必要な人員は、それぞれの裁量で手配せよ」
 いつ自ら動くかは明らかにせず、大帝が署名入りの書類を文官達に手渡した。
 討伐軍への援軍手配、物資輸送、反乱軍の情報収集に、もちろんアヤカシ退治。それらの責任者とされた人々が、動き出すのもすぐのことだろう。


 誰かが言った、皇女を乗せた船が一隻では集中的に狙われて万が一の事も有り得ると。
 また別の誰かが言う。
 ならば囮船を用意するか? しかし囮船を用意したところで反乱軍の手の者が潜んでいないとは限らない。用意した囮船は結局無意味に終わる可能性も充分にある。
 すると、また別の誰かが言った。
 どの船に皇女が乗るかは本人に任せれば良い。本人と、彼女が信頼を置く付人以外にその所在を知る者が無ければ外部に知られる危険性は限りなく抑えられ、そうする事で警護を任される開拓者達も自分の船に本物の皇女が居るかもしれないという緊張感を持たざるを得ないだろう、と。
 そうなれば実力以上の力を出してくれるのではないか? ――それはつまり、ジルベリアから皇女の警護を依頼に来た彼らは、本当の意味で開拓者達を信用していないという事だった。


 その日、開拓者ギルドに馬車で乗りつけやってきた人物二人は、明らかに一般人ではない雰囲気を纏っていた。
 一人は年配の婦人。
 品の良い服装をしているが、それはどこかのお仕着せのようでどこかの屋敷に使える侍女などに見えた。
 そして彼女が背後に守るように立っているもう一人。
 じき三月、しかも建物内だというのにフードつきのコートを纏い、顔をヴェールで隠した女性は開拓者ギルドの中で思う様目立っていた。
「この方と共に行く者達を、ジルベリア王国まで護衛していただきたいのです」
 正式に依頼を出したのは勿論、年配の婦人の方であった。
「皆様なら察して下さると思うのですが、この方はジルベリアの高貴なお方でございます。今までこちらで療養と勉学をなさっておいでだったのですが、この度国に戻られる事になりました。
 その護衛を皆様にお願いしたいのです‥‥」
 彼女の説明に開拓者やギルドの係員の頭には、一人の人物が浮かぶ。
 顔は良く見えないが、フードから微かに覗く銀の髪や、ヴェールの向こうの青い瞳は、多くの者が噂でしか知らないある人物を思い出させる。
「帰路は飛空船でとる予定です。皆様には外から襲ってくるアヤカシの護衛を中心にお願いしたく‥‥」
「国にとっての重要人物であるというのなら、国から護衛船団でも呼んだ方がいいんじゃないか?」
 係員の言葉に年配の婦人は確かにその通りだがと前置いた上で首を横に振る。
「療養と留学で訪れた先で多数の護衛を侍らすような無粋なことも、国のことで天儀王朝を煩わせることもしたくないというのが皇‥‥いえお嬢様のご意向なのです」
 ちらりと後ろを見る婦人の視線の先で女性は微かに頭を動かした。
「護衛の主なる対象は勿論、アヤカシですが、お嬢様の帰国を良く思わない者もおりますのでジェレゾで迎えの者達に送り届けるまですべての者からお嬢様を守って下さい」
 差し出された報酬はかなりなもので、出す側の本気を伺わせる。
 出された書類によると、飛空船に乗るのは女性と依頼人、身の回りの世話をする女が数名。それから護衛の騎士が二名。五〜六名前後というところだろう。
 約束の日、神楽の都の郊外にそう大きくは無い十数人乗りの飛空船がやってくるという。
 その場所と時間を伝えた上で
「では‥‥よろしくお願いします。では行きましょう。レナ様‥‥」
 頭を下げる依頼人の後ろでレナと呼ばれた女性は、軽く会釈をして戻っていった。
 外を見れば派手な外見の護衛の騎士が待っていて、豪奢な馬車に乗って彼女が帰って行く姿が見て取れる。
 通りを行く人々はもうなにやら噂話を始めたようだ。
「解らないな。正体を隠して国に戻ろうっていうのに、なんであんなに目立つことをするのか‥‥」
 悩む係員にぽんぽんと仲間が肩を叩き、別に受理され出された依頼を差し示す。
「は? 皇女護衛の依頼が他にも? じゃあ、あれは偽物?」
 もしあれが偽物であるならその目的は確実に囮だろう。
 本物から目を離させ、ひきつける為。それならわざわざ開拓者ギルドに来て、依頼をする等、派手に目立つことも確かに有効だ。
 だが‥‥そうだとするなら偽物の可能性が高い依頼をあえて受ける開拓者がいるであろうか?
 いや、逆に別の方が囮でこちらに本当に皇女が乗り込む可能性もある。
「まあ、選ぶのも決めるのも彼ら次第だな‥‥」
 そうして四つの『護衛』の依頼がギルドに並ぶ。
 このどれかに本物はいるのか。それとも全てが偽物なのか。

 動乱のジルベリア。
 その鍵を握る皇女の帰還は開拓者にとっても大きな運命の変わり目となりそうである。


■参加者一覧
中原 鯉乃助(ia0420
24歳・男・泰
相馬 玄蕃助(ia0925
20歳・男・志
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
井伊 沙貴恵(ia8425
24歳・女・サ
劫光(ia9510
22歳・男・陰
八神 静馬(ia9904
18歳・男・サ
ウィンストン・エリニー(ib0024
45歳・男・騎
ブリジット(ib0407
20歳・女・騎


■リプレイ本文

●皇女警護?
 約束の日の朝、早く。
 目立たぬうちにと言う依頼人の意向を受けて、開拓者達は指定された場所へとやってきた。
 郊外のその草地には飛空船が既に待機して、出発を待っている。
「お、あれがそうかな?」
 周囲には彼ら開拓者以外人影はないが、中原 鯉乃助(ia0420)が指差した方向から、馬車が一台こちらの方に向かって走ってくるのが見て取れた。
「おそらく‥‥な」
 劫光(ia9510)はそれだけ言って口を閉じる。
 上等な作りの馬車。周囲を護衛する兵もいる。
 それを使うものは『特別な存在』であると一目で解った。
「むむむ、怪しい。わざとらし過ぎる‥‥」
 腕を組む相馬 玄蕃助(ia0925)の言うとおり、到着と同時膝を折り、馬車の人物を迎える護衛の戦士、騎士達といい
「姫‥‥、いえお嬢様、どうか足元にお気をつけて」
 馬車から降りようとする女性の手を取る婦人といい、女性が目深に被り、今もその顔を見せぬ上質なコートといい、その態度の全て彼らが守る女性が高貴な女性だと言っていた。
「セイブ・ザ・プリンセス――か、騎士には名誉な依頼だね」
 眩しげに目を細めるブリジット(ib0407)や
「皇女様が乗るかも知れないって面白そうじゃない?」
 楽しげに井伊 沙貴恵(ia8425)は笑っているが、本当に皇女レナが乗るとすれば危険度は何倍にも跳ね上がる。
「皇女様と決まった訳じゃあないけどな。あくまで高貴な女性っていうだけだ」
 厳しい空気が流れる前に八神 静馬(ia9904)は軽くそんなツッコミを入れた。
「『高貴な女性』ってのは市井の女と色々違ったりすんのかねぇ」
 肩を竦める鯉乃助の言葉にふむ、と同意するように玄蕃助は頷く。ただ
「気になる事と言えば、コートの下は如何なる事になっているのやら。存外に着やせするたちなのやもしれず、はたまた柳腰の御寮人なのやら‥‥」
 唾を飲み込む玄蕃助とは思う事は大分違うのだが。
「この際お付きの侍女でも良いので異文化コミュニケーションを‥‥」
 いそいそと近づいていきかねない玄蕃助の首元を表情を変えずに掴んでウィンストン・エリニー(ib0024)は冷静に場を分析する。
「この時期のジルベリア。重要人物帰還は一人しか心当たりはあらねど秘してる割には話が大きくなっておるな」
 ちなみに玄蕃助のじたばたは完全黙殺である。
「聞けば他にも皇女護衛の依頼が出ているとの事。つまり情報が漏れる事を予め想定しており故に複数の状況が平行する事になったと考えるであるな。つまりは各々に宛がわれた一行の安全に尽くせば自ずと裏が明らかになるのであろう」
「この船が本命か囮か、皇女が本物かそうじゃないか、なんて関係ない、少なくとも依頼人は命を懸けてるんだからな」
「確かに。依頼主の素性がどうあれ‥‥天儀での滞在を良き思い出として頂くためにも、国元には無事お帰りになって貰わねばな」
 静馬と大蔵南洋(ia1246)が開拓者達の思いを纏め、
「まずはオレ達自身が連れ添う一行を護り送り届ける事に奮戦せねばなるまいてな。なので宜しく頼むであるな」
 開拓者達が決意を固めたところにさっきの女性と婦人を先頭におつきの者達がゆっくりと進み出てきた。
「この度は依頼を受けて下さったこと、感謝いたします。どうか皇‥‥いえ、お嬢様をお守り下さい」
「‥‥よろしく、頼みます‥‥」
 優雅に頭を垂れて小さな声で、だがはっきりと告げた女性。その前にブリジットは膝を折った。
「わたくし、いえ、わたくし達のこの身に代えましても、貴女方をお守りします。どうかご安心を‥‥」
「ありがとう‥‥」
 そう告げた女性の顔はフードで見えなかったが、確かに微笑んでいたように開拓者には見えたのだった。

●空の敵現る
 今回飛空船が選んだコースはごくスタンダードなコースであった。
 大きくは無いこそ、立派に作られた飛空船はなかなかに目立つ。
 故にアヤカシの登場は簡単に予測できた。
 開拓者達も二人を残し、外を龍で飛んで護衛をする。
 布陣を整え空を飛ぶこと暫し、
「ゴオオ!!」
 唸るような声が頭上から響いた。
「! 静馬殿の駿龍?」
 玄蕃助が空を仰いだ時、既に上空から様子を把握していた静馬とその駿龍紫苑が前方向へ翼を大きく開き加速していくのが見えた。
「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッーー」
 前方八匹の敵。
 そう読める合図に船の左側面を守っていたウィンストンは己が甲龍の背を叩いて声をかけた。
「いいか、突出するな。船に近づけてはならん。‥‥そして蹴散らせ!」
「オオ!!」
 彼の言葉に答えるように甲龍は声を上げると己が身体を硬質化させて、静馬の真横をすり抜けてくるように飛んできた怪鳥に突撃していった。
 その頃船の反対、右側面では
「スカイア! 船に近づけちゃダメ!」
「大孔噴! 船の進行が最優先ぞ!」
 ブリジットと玄蕃助が甲高い泣き声をあげながらこちらに向かってこようとする怪鳥を龍達と共にやはり、食い止めにかかっていた。
 左側面に来た敵、怪鳥は左と同じ四匹、だがその中の一匹は大怪鳥であったが故、そのスピードに翻弄され彼ら二人は、後手に回ることとなっていたのだった。
「ブラインド・アタック!」
 なんとか一匹の怪鳥を落としたものの、残りの怪鳥と大怪鳥は船とその翼を狙おうと嘴で狙っている。
「大孔噴! 右側に炎! 左からの攻撃はかわすのである!」
 炎龍は二つの命令をなんとかこなしたものの、大怪鳥に向けられた炎は避けられ空を焼くのみ。
「くっ‥‥」
 玄蕃助は唇を噛んだ。あの大怪鳥さえ倒せればなんとかなるのだが‥‥。と。
 側面の仲間の苦戦を勿論、後方の開拓者達も解ってはいた。
 それを直ぐには助けにはいくことはできなかった。
 彼らの前にもアヤカシが現れていたからだ。
「なんだよ‥‥あれは‥‥!」
 後方を守る鯉乃助は思わず声を上げきれず息を呑む。
 彼らの前に現れたのは口一つ、それも龍をも飲み込めそうなほどの巨大な口だったのだ。
 周りを見ても他のものは何も無い。
 ただ、牙の生えた口が空に浮かぶのみ。
「あれは‥‥大口か。あれに食いつかれたら命は無いぞ!」
 南洋の言葉に鯉の助も身構える。二人とその龍を獲物と見たのだろうか。
 大口はその口をさらに大きく開いて二人めがけて突進してきた。
 盾や構えを駆使し守りを固めるつもりだった南洋。
 だがその前を
「うわっ!」
 鯉乃助の駿龍が横切った。
 シュン! シュンシュン!
 真っ直ぐ、上下左右に大口の進路の前を横切りながら、駿龍は徐々に飛空船の後方から大口を離していく。
「なるほど。良い手だ‥‥」
 置いていかれた南洋はニカッと笑うと甲龍の背をぽんぽんと叩いて何事かを囁いたのだった‥‥。
 ‥‥南洋は良い手と褒めたが実はこれは鯉乃助の作戦ではなく、彼の駿龍、酔龍の勝手な行動であったと後に鯉乃助は語る。
「おい、この酔っ払い! なに勝手にやってんだ、こら!? 大事な仕事だって言っただろう! 酒飲ませてやんねえぞ!!」
 全力移動を繰り返す駿龍の背中にしがみつきながら鯉乃助は声を張り上げる。
 彼としてはあの口ともガチンコ勝負をしたかったのだが、これでは勝負どころではない。
「ん?」
 ふと、ピタリ、駿龍の動きが止まった。
「やっという事を聞く気になったか‥‥」
 彼は手を握り気を練る。大口も動きを止め、顔や目があればきっと、こちらをにらみつけているであろうと感じられる。
「一撃必殺、ってな」
 目指すは唇の根元。
「行くぜ! 空気撃!!!」
 放たれた攻撃。だが、それが当たる直前口は
「へっ?」
「がああああっ!」
 大きなうめき声を上げたのだった。鯉乃助の攻撃はその苦しみの最中に当たり、おそらく止めを刺した。
 大口はその外見と攻撃力に合わないあっけなさで消えうせ、甲龍八ツ目に跨った南洋が小さく笑った。
「なんとか間に合ったな。ひきつけてくれて礼を言う」
 彼らの攻撃が大口に本命のダメージを与えていたのだろう。
 それは自分は図らずも囮役を果たしたのだということ。
 微かに何かを感じながらも鯉乃助は微笑む。
 だが、それは一瞬だ。まだ戦いは終ってはいない。
「そうだ鯉乃助殿! 中で何かあったような声が聞えた。あちらの援護には私が向かうゆえ、あなたは中にいってはもらえぬか!」
「了解! こっちは任せたぜ!」
 鯉乃助は酔龍の背を蹴り甲板に向かう。南洋は頷いて大怪鳥と向かう左翼の援護へと飛んだ。
「上には逃がさない!!」
「手に届くものは叩き斬る!」
「大孔噴! 援護は皆がしてくれる。大怪鳥をぎりぎりまでひきつけて炎を放つのだ」
「遅くなり申した。助太刀いたす」
 戦いの中に飛び込んでいく南洋の横では劫光の炎龍が心配そうに、だが主の命に従って飛んでいた。

●隠された敵
 外でアヤカシの襲撃が始まる少し前。
「あのさ、ちょっと人間観察も含めてお話させてくれないかしら。あ、勿論護衛さんも一緒でいいわよ♪」
 沙貴恵は軽く笑いながら、護衛対象である女性と依頼人の婦人、そして五人の侍女達にそう話しかけていた。
 彼らが集まっているのはロビーのような場所。食事や睡眠など特別な場合を除いては警護がしやすいように彼女らはここに集まっているのだ。
「‥‥どうぞ。面白い話はできないかもしれませんが‥‥」
 女性の頷きにどうも、と笑って答えて沙貴恵は本当に人間観察を始めた。
 正直な話、彼女は護衛の騎士や侍女達を完全に信用はしていなかったのだ。
「まあ、あちらさんも同じだとは思うけど〜」
 特に護衛騎士二人は常に武装し、剣を帯びているし顔も兜のようなもので隠れている。
 一人は女性のようであるが、それさえもようだ、としか解らない。
 沙貴恵を完全に黙殺していた。
 侍女は侍女で、怯えたような顔でこちらを見ている。
 彼女達でさえドレスやショールに隠そうと思えば武器を隠せるだろう。
 だから、こうして側に接近する。
 不穏分子が僅かでも動きにくいように。と。
 そして考えながら沙貴恵はもう一度、女性を良く見た。
 手は手袋で隠されていて顔にはヴェールのようなものを着けている。
 こうして真横に近い場所に立ってもその瞳の奥は、見て取れない。
 けれど
「お嬢様、疲れていない?」
「大丈夫です。お心遣いありがとうございます」
「そっか、‥‥なるほど、ね‥‥」
 小さく呟き沙貴恵は微笑する。
 こうして、側に立ち少しでも言葉を交わすと解る気がするのだ。
 この女性がどんな人物か、ということが‥‥。
「ゴオオ!!」
「な、何?」
 突然頭上から声が響いた。
 さらには急に動きを止めた飛空船。
「キャアア!」
 その両方に驚いたように女性達は悲鳴をあげた。
 構える二人の護衛騎士。沙貴恵は
「大丈夫?」
 と女性の側に駆け寄ると
「劫光くん!」
 扉の側にいた仲間に声をかけた。
「解っている。少し、様子を見てくる!」
 彼は部屋の中に敵が現状いないことを確かめると、部屋の外に出て窓の外に向けて人魂を放った。
「アヤカシの襲撃。敵は怪鳥が八匹か。ん? 後方にも何か‥‥」
 敵の数が味方より少し多い。
 負けはしないかもしれないが、大怪鳥もいることだし苦戦はするだろう。
 劫光は少し考えると、ある行動をとって後、護衛のいる部屋に一度、戻ることにした。
「迎撃に出る。こちらは任せて大丈夫か?」
 大きく開けた扉から中には入らず、劫光はそう声をかけた。
「解ったわ。気をつけて」
 沙貴恵の返事に頷いて、劫光が甲板に向かって姿を消したその正に直後。
「大丈夫ですか?」
 飛空船の乗組員の一人が、開け放たれた扉から声をかけた。
 言葉からだけ見れば心配しているように見える。
 だが沙貴恵にはそうは勿論見えなかった。護衛の女性、そして侍女たちを背に隠して刀を抜く。
 何故なら、彼らは全員が剣を帯びていたのだから。
 そしてそれをこちらに向けていたのだから。
「お前が見回りなんかしてくれたから、もっと沢山乗り組む筈だった仲間を隠しきれなかったじゃないか。でも、陰陽師もいなくなったし、これくらいの人数なら十分殺れるだろう。中に残ったことを後悔しな!」
 乗組員の服装のまま、一人が沙貴恵にそう言い放った。
 沙貴恵は振り返る。背後で怯えた顔の女性や婦人、侍女達は数にはいれられない。
 動けるのは護衛騎士二人と、自分だけだろう。
 敵の数は八人。確かにこちらが三人では少し分が悪いように思える。
 だが、沙貴恵の返事は彼らが望んだ泣き顔でも、怯えた命乞いでもなかった。
「あら、随分見くびってくれるのね。八人ごときで私達を殺せるとでも?」
「お前、この人数が見えないのか?」
「外にも仲間がいるし〜、それに二対一ならなんとかなるかも、ってところ?」
「二対一って‥‥どういう」
「こういうことだ! 斬撃符!」
「ぎゃあああ!!」
 背後から上がった悲鳴に、男達は振り向いた。
 そこにはさっき外に向かった筈の陰陽師がいる。
「遅いじゃないの。劫光くん」
「何故! 貴様外に向かった筈では!」
「こんなこともあろうかと、式神を残しておいた。‥‥まったく、期待を裏切らない単純な奴らだ」
「く、くそっ! か、かかれ!!」
 そうして、大乱戦が始まった。
 護衛騎士を含め二対一の戦いは沙貴恵が言うほど開拓者有利ではなかったが、志体持ちがリーダー格の男一人であったこと。
 そして室内戦闘を意識してか砲術士などがいなかった事と、劫光の符が的確に敵の動きを止めて言った事が幸いした。直ぐに殆どの者が開拓者達の前に沈む事になる。
「く、くそっ!!」
 一人が逃げようと廊下に向かって駆け出す。
 逃がせば運転手を殺めて自分達を道ずれにしかねない。
「逃がすか!」
 劫光が符を構えかけた時。
「うわああっ!」
「おい! 大丈夫か? これ、なんだ?」
 言うより早く戻ってきた鯉乃助が空気撃で転ばせた男を羽交い絞める。
「ありがとう。‥‥良かったわね」
 肩で息をしながら沙貴恵は部屋の中を振り返った。
 そこではあの女性が立ち上がり、優雅な礼を捧げていた。

●本当の敵
 アヤカシと襲撃者達の攻勢を乗り切って後は特に大きな問題が発生するでもなく、開拓者達はジェレゾ郊外の空き地に無事舞い降りていた。
「この度はありがとうございました。心より、御礼を申し上げます」
 船から下りてきた女性は、開拓者達に静かに微笑むと頭を下げた。
 迎えの馬車もやってきている。
 ここで、開拓者達の仕事は終わりといえば終わりだ。
 だが、まだ開拓者達は油断をしてはいなかった。
「あの迎えは本当に、あんた達の待っている迎えか?」
 鯉乃助が依頼人の婦人に声をかける。
 二人は確認の為に場を離れ、そこには女性と騎士と侍女達と、開拓者達が残された。
「無事に着けて良かったな」
 静馬は挨拶をしながらさりげなく、周囲に気を配る。
 彼女を狙う気配は、今のところは無い。
「どうやら、間違いないようだ。行こう‥‥」
 鯉乃助が皆に合図をし、開拓者達も動き始めたその瞬間であった。
「姫君! 覚悟!!」
 侍女の一人が、服の中に隠していたナイフを持って、一直線に走り出した。
 開拓者達はとっさに女性を背に庇う。だがその侍女は女性を狙ってはいなかった。
 彼女の刃の向かう先は‥‥
「えっ?」
 女性、ではなくその護衛騎士。その顔に向かって侍女はナイフを振り立てたのだ。
 微かな油断。まさか、敵が女達の中にいようとは。
 だが、侍女の側に玄蕃助とブリジットがいたのが幸いした。
 ナイフは騎士の服と腕を微かに裂いたのみでブリジットの身体に遮られ、暗殺者は開拓者達に捕らえられる。
「ナイフに毒などは塗られてないか?」
 心配そうに駆け寄る開拓者達に女騎士は大丈夫と手を振る。
 彼女も志体持ち。毒には耐性がある、と。
「姫君? やはり‥‥貴方が?」
 ブリジットが自分の助けた女騎士を見上げる。
 だが、無言で兜を外した女性から流れたのは金髪。
 背丈その他は確かに似ているが、レナ皇女とは別人であった。
 侍女、いや暗殺者は呆然自失と言った状況で、目を丸くしている。
「な、何故? 囮の姫君で気を逸らせて、実は姫君が騎士に扮して帰国する筈では‥‥」
「それも、私達が流した嘘の情報です。貴方のようなものから、皇女様をお守りする為に‥‥」
 後ろから静かな声がかかる。
 振り向いた先に立っていたのは開拓者達が守ってきた女性である。
 そして彼女も開拓者達の前でまたさっきの騎士のように、無言でフードと顔を隠していたヴェールを脱ぎ落とした。
「やっぱり、ね」
「はい。騙すような形となってしまい、申し訳ありませんでした」
 沙貴恵の言葉に彼女は微笑み頭を下げる。
 銀の髪、蒼い瞳。さっきの女騎士よりはかなり似ているが、やはりレナ皇女ではない娘がそこに立っていた。
「私はミエナ。レナ皇女の侍女の一人でございます。また皇女の影武者のような役割も与えられており、この度レナ皇女のご帰国を助ける為に囮の役を命じられました」
 そしてミエナは全てを語る。
 彼女の役割はレナ皇女が無事帰還できるように可能な限り反対派の目をひきつけることであること。
 その為に二重の作戦が引かれていた。
 一つは、開拓者に依頼をするにあたりなるべく本物のように振舞うこと。
 と同時に偽物であるという情報と本物であるという情報を両方流し、その矛盾ゆえに実は本物ではないかと思わせること。
 そして身内には皇女役は偽物であるが、護衛騎士として本物の皇女が紛れて行くと伝えたのだ。
 つまりこの依頼こそが本物の皇女護衛であると思わせるように。
「それが、この依頼の真実か‥‥」
 吐き出すようなウィンストンに心底、申し訳ないという表情で女性、いやミエナは頷く。
「今頃は、本物のレナ皇女は無事、城に戻られていると思われます。皆様が、真剣に護衛をして下さったからこそ作戦が成功したのです。心から御礼申し上げます」
 そしてミエナは再び頭を下げる。
 それはさっきまでの皇女を真似たお辞儀ではなく、心からの彼女の感謝が篭っていた。
「まあ、最初から皇女を守る、なんて言われちゃいなかったしな」
「十分、面白かったし〜」
「天儀での滞在を良き思い出として頂ける。それこそが我らの願い。その助けと我らはなったであろうか」
 南洋の言葉にミエナは花のような笑みで
「はい」
 そう答えたのだった。

 その後、開拓者達は傷と疲れを癒し、帰路に着いた。
 そして帰国後ジルベリアの戦乱と、レナ皇女無事帰国の噂を耳にしたのである。