【彼方】雪山試練
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/21 18:25



■オープニング本文

『お正月くらいは帰っておあげなさい。きっと心配しておられますよ』
 初めて過ごす街での年の暮れ、大晦日、そしてお正月。
 準備と賑わいに目と心を奪われて、大家さんにそう言われていたのに気が付けば正月と呼ばれる三が日は過ぎていた。
 とはいえ、彼は捨て子だったという自分を育ててくれた師匠が嫌いなわけでは無い。
 むしろ大好きだ。
 それに、考えてみればどうしても会って言わなくてはならないことがある。
 だから、彼は手土産付きで久しぶりに懐かしい山に戻ったのだった。
 ところが彼を迎えたのは‥‥深い雪と、ケモノと式達の攻撃と
「どうしてだよ。雪名!」
 冷たい目で彼を見る人妖の攻撃であったのである。

 ギルドの係員の一人はふと、仕事の手を止めた。
 玄関前でうろうろと行きつ戻りつする少年の姿に気付いたからだ。
「この寒いのに何してるんだ? 中に入れよ。用事があるんだろう?」
 声をかけられたことに気付き、ハッとした少年はしぶしぶと言った様子で中に入った。
 彼の名は覚えている。
 彼方。今は五行の街に住む陰陽師の開拓者であった筈だ。
 確か陰陽寮に入る為にお金を貯めているという‥‥。
 開拓者がギルドに依頼を出すことは別に珍しいことではない。この少年も前に何度か出したことがある。
 だが、彼は依頼を出すことそのものを迷っているようであった。
 これは珍しいことだ。
 係員の思うとおり、中に入ってもかなり長い間思案の表情を浮かべ続けていた彼方は
「本当は依頼していいのか、悪いのか、今も迷ってる。でも、‥‥やっぱり依頼する!」
 そう言うと決心したように顔を上げ手に持っていた依頼書を差し出したのだった。
「石鏡の奥に雪山があって、そこには桂名様っていう陰陽師が一人で住んでいる。その陰陽師は僕のお師匠で育ての親。彼女に会いに行きたいんだけど冬の山は厳しい上にケモノやお師匠様の式が見張っていて、許された者以外の侵入を許さないんだ」
「桂名ってのはお前の親みたいな人で、お前は山の人間だろう? 許された者、じゃないのか?」
 依頼内容を説明する彼方であるが係員は疑問に思い、それを問いかけた。
 だが彼方は俯いて、小さく、今にも泣きそうな顔で答えた。
「‥‥それが、許してもらえてないみたいなんだ‥‥」
 彼方は言う。
 久しぶりに帰ろうとお土産を持って山へ行ったら、いきなりケモノ達が襲い掛かって来た。
 なんとか躱して先に進んだら、アヤカシ達がさらなる攻撃を彼方に加えたのだと。
 そのアヤカシは陰陽師の使う式であることは解っていたので彼は必死にその攻撃から逃げながら呼びかけた。
「おい! お前達! 僕が解らないのか?」
 だがかつては自分の言うことも聞いていてくれた式は、変わらず彼方を追いかけ山から追い出した。
 倒そうと思えばなんとかならないこともないが、師匠の式に攻撃などできない。
 しかも師匠の身の回りの世話をする人妖、雪名は彼方にこう言い放ったのだ。
『桂名様は、お会いになりたくないとおっしゃっています。夢を捨て、山に逃げ帰ろうとする者の顔など見たくないと』
「違う! 僕は夢を捨てた訳じゃない。ただ、桂名様に会いたくて‥‥」
『ならば、自力でこの山を登っていらっしゃいませ。そうすれば桂名様にお気持ちも通じるやもしれません。あの方をお一人にしてまで得られた力をお見せくださいませ』
 深々と頭を下げながらも冷酷にそれだけ言って消えた雪名の言葉は彼方の心に冷水を浴びせかけた。
 そして再度の登山を心に決めさせたのだった。
 雪山登山は慣れている。いかに開拓者といえど足手まといにはならない。
 だが彼には一つ譲れないことがあった。
「本当は、僕一人の力で登るべきなのかもしれない。けど、僕が一人でケモノや式達と戦ったら負けるか、お師匠の式を傷つけることになる。それはヤなんだ!」
 だから、一緒に来てほしいと彼方は頭を下げた。
 確かこの山は冬は龍も使えない、登るのも一日がかりというかなりの難所であった筈だ。
「雪山登山で、しかも襲って来る敵をなるべく殺さず、傷つけず、か? それならこの報酬は少し少なすぎる気もするがな‥‥」
「解ってるけど、僕は今、陰陽寮への入学金を貯めているところで、そんなに多くは出せないんだ‥‥じゃなくってです。でも、できる限りのことはします。だからどうか助けて下さい」
 そう頭を下げた少年の手には、懸命に貯めた依頼料と強い想いが握られていた。


■参加者一覧
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
高倉八十八彦(ia0927
13歳・男・志
紗々良(ia5542
15歳・女・弓
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
鏡華(ib5733
23歳・女・陰


■リプレイ本文

●集まってきた友
 真冬の雪山登山。
 しかも報酬は少なく、厄介極まりない条件がある。
 だが、それでも彼は心のどこかで信じていた。
 依頼を受けてくれる人物がいることを。
「お久しぶりだね、彼方君」
「元気‥‥してた?」
「雫さん‥‥、紗々良(ia5542)さん‥‥」
 そう言って笑いかけた二人。
 真亡・雫(ia0432)と紗々良に依頼人である少年彼方は、満面の笑みを返して頭を下げた。
「お久しぶりです。カズラさん、それに生さんも‥‥」
 優しく笑う紗々良。やっほーとけだるげに手を振る葛切 カズラ(ia0725)と丁寧なお辞儀をしてくれる朽葉・生(ib2229)。彼らは彼方には馴染んだ顔であった。
「来て、くれたんですね」
「依頼内容は彼方君がお師匠様の所へたどり着くまで協力することと。了解です。でも、もう少し詳しい話を聞かせて貰えるかな?」
 雫たちの後ろには勿論、知らない顔もある。
「俺は緋那岐(ib5664)。俺と同い年か。んで、同業者ってやつ?」
「始めまして。私はレティシア(ib4475)です。よろしくね」
「鏡華(ib5733)‥‥です。よろしくお願いします」
「僕は、彼方と言います。見習い陰陽師です。よろしくお願いします。寒いですから、どうぞ中へ。皆さんも‥‥」
 雫の言葉に頷くと彼は依頼前、訪ねて来た開拓者を自分の家へと招き入れた。
「甘酒でもどうぞ。暖まりますよ」
 差し出してくれたのは、初老の婦人であった。
「大家さん。ありがとうございます」
 大家と呼ばれた夫人は下がって行ったが残された甘酒と焚かれた炎は冷えた体に心地よい。
「それで、おんし。どういう状況やか、はなしてみんさい」
 一心地ついたところで本題に入った高倉八十八彦(ia0927)にはい、と彼方は頷き話し出した。
 ずっと子供の頃から山で師匠と二人で過ごしてきたこと。
 開拓者との出会いをきっかけに山から下り、陰陽寮の入寮を目指していること。
 大反対していた師匠である桂名に開拓者からの力添えもあって入学金を自分で稼ぎだす事を条件に陰陽寮の受験を許してもらったこと。などをだ。
 事情の半分に携わった開拓者もいるが、そんな彼等でも、そこから先は知らない話。
「入学金は2万文必要で、まだ半分くらいしか貯まっていませんが、何とかできると思うところまで来ることができました。でも、気が付けば山から降りて一度も僕は帰っていなかったんです。毎日の生活が楽しくて、夢中で、大家さんに言われなければ帰ろうと思ってなかったかも‥‥しれません」
 そして、山に戻ろうとした彼は式とケモノ。その総攻撃を受けて退散させられたのだ。
「お師匠様、僕を、嫌いになったのかなあ。もう‥‥いらないとか、思ってるのかなあ?」
 依頼を出した時には見せなかった少年の零れる本音、そして小さな涙。
 紗々良は黙って少年の頭に触れるとそっと、優しく撫でた。
「紗々良さん‥‥」
「なるほどね‥‥まぁそんなに悲観的になることもないと思うけど。理由を知りたいならば、会って話をすればいいだけの話だ。その人妖さんの言うとおり、山を登ってね」
 緋那岐は腕を組んでうんうんと頷いている。
「‥‥大丈夫。桂名さんは、理由なく、叩き出す人じゃ、ない‥‥でしょ?」
「同感です。桂名様も彼方君の成長ぶりが見たいのか、普通に会うのは気恥ずかしいのか。‥‥そんなところじゃないかな? とにかく行けば解る。その為に僕らはここに来ることに了解したんですからね」
「お師匠様が『会いたくない』と仰ったのは、自信がないからかもしれません。彼方さんが挨拶の後、山から再び去る姿を見送れるのか。再びやってくる寂しさに耐えられるか。あくまで部外者の推測ですが、お心は、もう決まっているのでしょう」
「雪中行軍で山を踏破、しかも生類不殺で行くとなれば、面倒だけじゃ済まないわね。で、やっぱり殺したくないわけ?」
 確認するようにカズラが問う。決して攻める口調ではないが、その質問に彼方はすまなそうに。でも、はっきりと頷く。
「僕の我が儘で、お師匠様の式を傷つけたくないし、山の動物や、ケモノ達だって決して悪いことをするばかりじゃないんです! 襲われたら、真剣勝負だけど、飢えたり危険を感じたりしなければ無理に襲ってきたりしない。僕は、それを知っている。‥‥だから」
「あ〜、もうそれ以上言わなくていいわよ」
 ワザとらしくため息をついて、だが明るい笑顔でカズラは片目を閉じた。
「なら、ま、頑張って彼方君をデリバリーするとしましょうか? ね?」
 開拓者達の返事は確かな頷き。
「勿論」
「及ばずながら、お力になりますよ」
「皆さん‥‥ありがとうございます」
 俯き、目元に再び涙を浮かべる彼方をほらほら、とレティシアは慰める。
「泣くのは早いですって。一緒にがんばりましょ」
 それでも止まらない少年の涙に、開拓者達は柔らかい笑顔を見せたのだった。

●雪山登山 ぱーと2
 今年の冬は暖かく、雪が少ないと言う噂もあったが山を登る彼らは違うと思った。周囲の街道などはともかく、山に入ってからは膝まである雪が彼らの進路を遮っていた。
「ふう〜。やっぱり雪山登山は面倒ね〜。これは是が非にでも追加報酬代わりに面白恥ずかしい話を聞かせて貰わないとね」
 額に滲む汗を手で擦りながら悪戯っぽく言うカズラに、前を歩いていた彼方は顔を顰めた。
「カズラさ〜ん」
 周囲から聞こえるのはくすくすという笑い声。
「雪山、登山‥‥。初めて、会った時を、思い出す‥‥ね。あの時は、彼方さん‥‥仏頂面、だった」
「もう! 紗々良さんまで〜」
 からかう様な開拓者の軽口に彼方は頭を抱えるが、それは逆に言えば余裕があるということ。
 山を行く開拓者達は雪にその道を阻まれながらも、比較的順調にその歩を進めていた。
「彼方くん。コースは間違ってない?」
「あ、はい。大丈夫だと思います」
 横に並んで声をかけてきた雫に彼方は自分で書いた簡単な地図を広げ、頷いた。
「なるべく歩きやすくて危険の少ない道のりを選んでいるつもりです。後、ケモノが出てきにくい木々の薄いところを‥‥」
 森の中は積もった雪が落ちてくることもあって危険でもあるしケモノ達の住処でもあるのでなるべく避ける。
 開拓者達はこの雪山登山のコース取りを彼方に任せていた。
「彼方さんはこの雪山を熟知しておられると思います。今まで培った知識を使い、いかにご自分の望む方針に沿うようなルートを決める。その力を見せて下さい」
「道案内は彼方君自身に任せます。どの道のりを選ぶかはキミ次第。もう配達されるだけじゃないよね?」
「無理にベストを探さんでもよい。ベターなコース。そして、もし、何かあった時の予備のコースなども考えておくことじゃ」
 そう問われて彼が真剣に選んだ道は、開拓者達から見ても十分に納得のいくコースであった。
「いいんですか?」
 問う彼方にレティシアは勿論、と頷いた。
「戦闘を避ける方策を考えるのもまた力‥って仲間に教わりました。ファイトです!」
「戦うだけが‥‥力じゃないとおもう‥‥の」
「後は、なるべくケモノ達と関わらないように行こう。今の寒い時期、人前に出てくるケモノってのは、腹を空かせて気が立っているだけってのが大抵だろうからね」
 強い匂いをつけた布で人の匂いを消す努力をした。
「できる限り、素早く行きましょう。途中で野営もしなければならないでしょうから‥‥!」
 言葉を途中で切り、振り返った雫とほぼ同時、他の仲間達も気付いたようであった。
「あれは、ケモノか? ひ、ふみ‥‥わしらとより、すこし数がおおいかのお?」
「多分、狼達です。‥‥どうしましょう!」
「慌てる必要はないのじゃ。その為に我らがいるんじゃからのお〜」
 笑う八十八彦の視線を受けてレティシアと生が頷いた。
「なるべく、あれも傷つけない方がいいんだよね。じゃあ、とりあえずは、お休みして貰いましょう!」
 バイオリンを構えたレティシアは目を閉じると、メロディを紡ぎだした。
 緩やかで柔らかい眠りの音が狼達の脳を揺らしていく‥‥。
「あ‥‥動きが鈍くなってきているみたいだ」
「なら、急ぐわよ。頑張って逃げるの。次のコースはどっちにいくの?」
「あ、はい! こっちです」
 カズラに突かれながらも、彼方は迷わず仲間達を導いていく。
「雪に足を取られないように気を付けて!」
「解った! 付いていくよ」
 開拓者達もその後に続く。
「念の為に‥‥」
 生が鉄の壁を生やして行ったこともあり、狼達はその後、彼らを追って来ることは無かった。
 もっともケモノ達が追いかけてこなかった理由は、残された干し肉を食べるのに忙しかったからかもしれないが。

●式達の出迎え
 開拓者達は、目の前に現れた敵達に舌を打った。
「あの時と‥‥同じ?」
「ええ、そうですね。紗々良さん。あの狼のようなのは確か‥‥」
「それは、火炎獣です! 気を付けて!!」
 彼方の声に鏡華はとっさに飛びのき、呪縛符をかけた。
「火炎獣って‥‥陰陽師の術の?」
「それに、こんなはっきりとした形を持たせることができるのか?」
 緋那岐も同様に、攻撃を仕掛けてくる鬼を呪縛符で縛りながら声を上げた。
 式というから、普通の陰陽師が使う術や人妖を想像していたが、これはだけはっきりとした実体を持たせた式を見張りとして放てるとは、この山に住む陰陽師はかなりの実力者なのかもしれないと改めて実感する。
 ここまで来るのに何度か狼をはじめとするケモノ達に出会ったが、彼らは最初のように眠らせたり、香辛料で目つぶしをしたり、あるいは矢や大龍符での脅しで逃亡させたり、あるいは逃亡に持って行くことができた。
 だが、目の前にいる相手は式だ。しかも、役割を果たすまでダメージを受けても気にせず襲ってくるだろう。
 火炎獣と彼方が言った式が四匹と、鬼の形をした式が四匹。
 今の彼らにできることは、必死で逃げることと、呪縛符で動きを止める程度の事しかできない。
「どうする?」
 背中を合わせたレティシアに問われ、彼方が荒い息を整える。
「! 向こう! あの上の、木の所にアヤカシの気配じゃ。新たな式か? それとも‥‥」
 瘴気結界を貼っていた八十八彦が指差した先を見て、紗々良は首を横に振った。
「違う‥‥彼方君!?」
 紗々良の言葉にならない問いに、彼方は真っ直ぐに頷いた。
「はい! 皆さん!! あの木の所まで走って下さい!!」
 彼方があの木、と指した所は八十八彦がアヤカシの気配と言った所。
 だが、彼方の言葉を誰も疑いはしなかった。
 陰陽師三人が、渾身の呪縛符で式の動きを止めると、互いに庇いあいながら彼らは坂を駆け上がった。
 そして
「雪名さん‥‥新年の、ご挨拶に、来ました。桂名さんに‥‥合わせて」
「雪名‥‥」
 二人が名前を呼んだ存在、木の陰にいた『アヤカシ』を見つめ、息を呑んだ。
「お帰りなさいませ。彼方様」
 そこには、美しい雪のような人妖が立っていた。

●再会、得た力。望む力
「よう来たの。開拓者達よ」
 山頂の山の庵。
『桂名様、彼方様達がお見えです』
 声をかけた人妖の声に答えるように、現れた女性はそう言って開拓者に声をかけた。
 そう。開拓者に‥‥。
「違うでしょう? 先にお帰りじゃないんですか!」
 瞬間、上がった声に桂名だけではなく開拓者達も目を瞬かせる。
 そう言ったのはレティシアであったのだ。彼女の目には寂しげな顔で俯く彼方がいる。
「家庭事情に口を出すのは気が引けるけれどここは、断固抗議させて頂きます! 彼方君がどんな気持ちで‥‥」
「まって、‥‥レティシアさん」
 今にも噛みつかんばかりのレティシアを後ろから紗々良が止める。
「なんですか? 一体‥‥」
「桂名さん‥‥良く見て、あげて」
 言われてレティシアはもう一度良く女性を見つめなおす。
 腕組みをしながら、見つめている先にいるのは‥‥彼方。
「彼方君を開拓者として認めたってことですか? 桂名様?」
「たぶん、人魂か式かなんかで見てたんじゃないかな? ‥‥弟子の成長ぶりってやつを。違いますか?」
 雫と緋那岐の問いに言葉で答えることはせず、桂名と呼ばれた女性は後ろに隠れるように立っていた彼方に向かって進み寄った。
「お‥‥師匠様」
 震える彼方の頭に桂名は手を当てると微笑む。心から、嬉しそうに。
「成長したの。いろいろな力も身に着けてきたようじゃ」
「お師匠様!!」
 彼方は桂名の胸に飛び込み、泣き出した。堰を切ったように泣き続ける。
 悲しさではなく、嬉しさでもなく、本人でさえも理由が解らないであろう涙を、桂名
はそっと受け止めている。
「僕は、僕は、必ず帰りますから‥‥だから、だから‥‥待っていて下さい。お師匠様ぁあ〜〜!」
『皆様』
 小さな呼び声に気付いた開拓者達はそっと頷いた。
「積もる話もあるだろうし‥‥彼方君にはゆっくりさせてあげたいね。桂名様にとっても久しぶりだろうし」
『どうぞ、こちらへ。お食事の用意も整えてありますわ』
「ああ、そうだ。手土産におせちもあるの。一緒に食べましょう」
「なんぞ、甘いもんでもたびょーや」
「甘酒ならありますよ。皆で飲みましょう」「あ、あたしも〜」
 人妖の促しにしたがって静かに場を離れる開拓者達。
 その中で紗々良は一度だけ、足を止めて振り向いた。
「良かった、ね。彼方君‥‥」
 小さな祝福を、そっと落して‥‥。

 そして五行の街。
「雫さん。紗々良さん!」
 彼方を山に連れて戻るという依頼を無事終えて開拓者達は帰路に着こうとした。
 その中の二人を彼方は呼び止める。
「あの、これを‥‥」
「何?」「‥‥これは?」
 差し出された小さな包みを受け取ると二人はそっと開いた。
 ふんわりと爽やかな香りが二人の鼻をくすぐる。
「僕が干した薬です。せめて、お礼に‥‥」
『友達の夢を応援する身として、これくらいはしてあげたいからね』
『ずっと、頑張ってるの、知ってる、から‥‥出世払いで、いい、よ?』
 笑って依頼の報酬を断った二人へ渡された、それは彼方からの感謝の気持ち。
「ありがとう」「じゃあ、貰う、ね」
「今回は本当にありがとうございました。僕、絶対に陰陽寮に合格して見せますから」
「頑張って」「応援‥‥してる」
 笑いあい、励ましあう仲間達を少し離れた所から鏡華は眩しげに見つめる。
「しかし陰陽寮か‥‥見ようみまねで私は陰陽師になりましたが‥‥ちゃんと学び直した方がいいのかしら」
「俺も少し興味湧いたかも。あの山の陰陽師、そして彼方のことも」
 一つの小さな旅と経験。
 そして山で見た人妖と式達は年若い開拓者達にとっても確かな刺激となったようだった。

『彼方様、成長しておられましたね』
「ああ。山では得られぬ力をあれには多く、身に着けて欲しいものだ。それが‥‥いずれ力となる」
 二人の会話は他の誰にも聞かれることなく、雪山に溶けて消えていった。