【五行】陰陽師の生き筋
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/31 19:40



■オープニング本文

 月に一度、毎月恒例の合同講義の日。
 先の大掃除で少し綺麗になった講義室では寮長、各務紫郎の授業が行われていた。
「今回は屍人、不死系のアヤカシについて説明しましょう。
 便宜上不死系と呼ばれるアヤカシには大きく分けて二種類があります。
 一つは普通の‥‥といっては変かもしれませんが、アヤカシと同じように、瘴気が実体化したもの。これらは殆どの場合、美しい外見を持ち人に匹敵する頭脳を持っています。吸血鬼や川姫と呼ばれるものがそれで人などから力を吸収することによって、負傷から回復することができる上、魅了や幻惑などで人を欺きます。もともとの能力が高いこともあり、完全に滅ぼしにくく単体でみても強敵と言える存在でしょう」
 開拓者の中として吸血鬼などと相対したことがあるもの多い。
 寮長の説明する陰陽寮の調査による傾向と対策の授業は聞き落すことができない知識を与えてくれていた。
「そしてもう一つは、文字通りの屍人。遺体や物体に憑依しそれを操るというものです。こちらは先の不死族のアヤカシに比べれば知能も低く、行動も鈍く対処しやすいものが多いのですが、油断はできません。なぜなら、こちらは死体や骸骨など媒介が存在する場所においては際限なくその数を増やすからです」
 屍人、狂骨、食屍鬼、屍狼、大首など。
 こちらも開拓者にはなじみが深い敵だ。
 一体、一体であれば対処はそう難しいことではないのだが、大量に出てこられるとそれは、やっかい以外の何物でもない。
「これらが大量発生した場合、対処法は完全に駆逐したのち可能な限り瘴気を回収することであると言われています」
 アヤカシはその身を滅ぼした時点で瘴気として空中に霧散する。
 それは放っておいてもやがて消失するが、そのまま放置すると、またアヤカシが湧く可能性が高いらしい。
「有効性が完全に証明されている訳ではありませんので、現時点では気休め程度の効果かもしれませんが、屍人系のアヤカシを退治した場合、余裕があれば瘴気回収で周囲の瘴気を払っておくのは無益では無いと思われます」
 そこまで話、さて、と寮長は一年生達に向かい合う。
 これも恒例となってきた。合同実習課題の発表だろう。
「先日、委員会活動で大掃除をして頂きましたが、今回も皆さんには大掃除をして貰います。但し、今回は瘴気の大掃除です」
「大掃除?」
 首を傾げる寮生達に寮長は微かに笑って頷く。
「五行の西、二つの村の合同墓所に、アヤカシが大発生したとの報告がありました。その数は50前後。屍人に狂骨がほとんどであるようです。現時点では墓場から出てくる様子はありませんが、このままでは死者の埋葬もできないと村人からの依頼があったのです。この墓地は以前にも同じような事件が起こり、その時、陰陽師に退治してもらった経緯があるとのこと。
 その陰陽師たちが手を抜いたわけでは勿論ないのでしょうが、今後また同じことが繰り返されるのは困るので、退治の後、できる限り再発防止の対応をして来てください」
 方法は開拓者達に任せるとのこと。
 つまり今回は、数が多いアヤカシを退治することと、その後のアフターケアを考える実習というわけだ。
 雑巾や箒ではできない本当の陰陽師の『大掃除』
 開拓者達は微かに身震いしながら、寮長が話す説明に聞き入っていた。

 さて、この仕事は実習帰りの二年生を通しての依頼であった。
 彼らが帰り道、アヤカシに困る村から、退治を依頼されたのである。
 事情を聞いた寮長は一年生で十分対応可能であると思い、一年生に任せることにした。
 まあ、あり得ないが失敗したら二年生が手伝いに行くことになっている。
 朱雀寮生達も与り知らぬ話がいくつかあった。
 もし、これを寮長が知っていたらおそらく三年生を向かわせただろう。
 いや、下手したら自分が向かっていたかもしれない。

「アヤカシが再度大発生? と。解りました。直ぐに術者を向かわせます」
 ある小さな村。そこにやってきた村人に彼は即座にそう答えた。
「御安心下さい。必ず、責任を持って対応いたします」
 そう笑いかける長の笑顔は優しくて、最初は緊張していたであろう村人も笑顔を向ける。
「陰陽集団 西家の名にかけて必ずや」
 二つの陰陽師集団が一つの墓地でのアヤカシ退治に挑もうとしていたことを知る者はまだいない。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
ノエル・A・イェーガー(ib0951
13歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●出立
 十二月、寒さは一層厳しくなり、時折舞い散る雪は人々を家へと閉じ込める。
 だが寒さに身を震わせながらも陰陽寮朱雀の寮生達は、今日も元気。
「おーい。用具委員長〜。掃除用具貸して欲しいのだ〜〜」
「調理委員長。お酒とかとお塩分けて貰えないかな?」
 実習への準備に動き回っていた。
「屍人退治、どっちかっていうと開拓者よりの任務。となれば俺達の得意分野だ」
「意気が上がるのは結構ですが、今回はただ倒すだけではいけないということを忘れないで下さいね」
 自信ありげな劫光(ia9510)の横で作業をしながら諌めるように尾花朔(ib1268)は言う。
 もちろん劫光がその辺をちゃんと理解しているのは承知の上で、だ。
「解ってる。で、その荷物はなんだ?」
 友人が自分の甲龍である十六夜にいくつもの木を括り付けているのが目についたのだろう。そんなことを問うてきたので朔は素直に答える。
「ああ、これは苗木、ですよ。静乃さんの提案でしてね。‥‥まあ、気休めかもしれませんが‥‥まだ封印術を使えない我々です。思いつく限りの事はしておこうと思いまして」
 今回の実習では敵を倒すだけでなく、可能な限り瘴気を払い再度アヤカシが湧くことのないように手段を講じろと言われている。
 とはいえ具体的な方法は何一つ指示されてはいない。
「講義でやった瘴気回収の他に何ができるかね〜」
「お清めをしよっか? お酒とかお塩とか撒いたり」
『壊れた墓石などの修理はしたいですね。後は掃除とかも』
「掃除ならお任せなり!」
「まあ、なるべく墓石は壊さないように気を付けましょう。後は‥‥」
 喪越(ia1670)に俳沢折々(ia0401)。青嵐(ia0508)や平野 譲治(ia5226)アルネイス(ia6104)達と寮生達は検討を重ねた。
 そんな中、瀬崎 静乃(ia4468)がある提案をしたのだった。
「それがこの苗木か?」
「そうです」
 朔は頷いた。
 桃や桑など邪気を払うと呼ばれている木々だ。
「流石にこの時期の入手が難しくて、薬草園の木から枝わけして貰ったり、知り合いの農家から譲って貰ったりしたのですが」
 最終的に先輩や寮長の力を借りてしまったが玉櫛・静音(ia0872)の望むサンザシも含め希望の木は全て揃った。
「サンザシの木は静音さんが不動に乗せて下さっています。後は静乃さんの文幾重と半分ずつ落ちないように気を付けて‥‥」
 傷つけないようにと注意しながら運ぶ朔の手から劫光はひょいと木を取り上げた。
「何をやってるんだ。大変なら他の連中にも手伝って貰えばいいだろう? おーい。誰か龍で背が空いてるやつはいないか〜」
「ごめんなのだ。掃除用具がおいらの強にはもう乗ってるのだ」
『例の木ですね。では嵐帝にどうぞ』
「私のやわらぎさんも大丈夫ですよ〜」
 ニコニコと笑うアッピン(ib0840)や仲間達。
「クリムゾンにも乗せるから貸して」
 見れば静乃の方も真名(ib1222)やノエル・A・イェーガー(ib0951)が手伝いを始めている。
「‥‥一人で支払被ろうなんて水臭いんですから。綾森委員長も困っていらっしゃいましたよ」
「ごめんなさい」
 少し頬を膨らませて言う泉宮 紫乃(ia9951)は静乃に言いながら目は朔も見ている。
「そうですね。すみません」
 苦笑しながらも彼は周囲を見た。
 なんだかんだで半年間、授業と行動を共にしてきた仲間である。
 彼等の笑顔に強い力を感じるのはきっと自分だけではないだろう。
「よし、準備ができたら出発するぞ」
「うんっ、うむっ、うぬっ。準備かんりょー! 迅速に行動なりよっ!」
 体育委員の二人の号令に寮生達は頷き、動き出した。
 十二月の実習という名の人助けに向かって。

●西家との出会い
 徒歩と龍。
 移動手段の違いがあり、朱雀寮生達が実習地に到着するまでには多少のタイムラグが存在した。
 だから、村から墓地への道を進む中、まだ遠いながらも後から来た寮生達は気付き、首を捻る。
 墓地の前に入るでもなく集まっている仲間達を。
「どうしたんですう?」
 問いかけたアルネイスに真っ先に駆け寄った譲治はあれ、と指差したのだ。
「あれ?」
 譲治が指した先には仲間達と見慣れない一団がいる。
 明らかに陰陽師の服装をした彼らは四〜五人というところだろうか?
 彼らは墓地の眼前で腕組みをしながら寮生達を睨んでいる。
「彼等は?」
 劫光の問いに譲治は説明をする。
「‥‥つまり、もう一つの村から依頼を出されてやってきた陰陽師集団ということなのですね? 寮長が一つの村からの依頼だとおっしゃっていましたが」
「そうなのだ! 自分達が依頼を受けたから陰陽寮の者は帰れと彼らは言うのだ! 中に入れないので、折々と青嵐が交渉をすると言ってたのだ」
 譲治は二人の名を出したが、ここに残っているのは案内役の譲治だけ。つまりは全員が行っている。
「解った。俺達も行こう」
 劫光は仲間達を促して道を行く。
 そして、駆け寄ると一歩前に進み出たのだ。
「俺たちは五行陰陽朱雀寮の寮生。付近の村人より屍人退治を依頼され来た者だ。失礼だが貴方達は?」
「我々は陰陽集団 西家の者。村人より屍人の退治の依頼を受け参った。お前達は全員朱雀寮の者か?」
「ああ。この朱華で証明できるだろうか?」
 集団を率いるらしい人物がそう劫光達に告げるのと、劫光達が厳しい顔をしているのを見て折々は大丈夫だよ〜と手を振った。
「もう、話はだいたいついたんだ。彼らは協力してくれるって」
「えっ?」
「思ったより話の解る人たちだったのよ。寮長の事も知ってるんだって」
「ええっ?」
 驚きの表情に真名が笑うと朔が明るく頷く。
「こっちの非礼も笑って許して下さいましてね。屍人退治に協力して下さると言って下さいました」
「非礼とまで言うかあ? ただ 取り敢えず、美女はいるかな? って聞いただけじゃんかあ」
 頭を押さえながら喪越が涙目で言う。どうやら青嵐の人形が遠慮ない蹴りを見舞ったらしい。
 それを見て、彼等はけらけら笑っている。
「頭領が言うとおり、朱雀の連中は面白いな。五行の犬である陰陽寮は好かないが、礼儀正しく挨拶されたこともあるし朱雀というのであるのなら、我ら陰陽集団 西家。力を貸すことにやぶさかではない」
 見れば、陰陽師たちはいずれも若く、明るい顔をしている。
 その表情に彼らは覚えがあった。陰陽寮の上級生達。
 修行や勉強で積み重ねてきた自分の力に誇りと、自信を持っている顔。
「では、改めて。共通の目的もあり、依頼の報酬の出どころも別。協力し合うのが上策であると思うのですがいかがお考えですか?」
「我々に問題は無い。陰陽術は力を持たない弱い人々を守る為にある。君達がそう思わないのであれば話は別だが」
 ノエルの問いに躊躇わずそう答えた陰陽師達に、寮生達は力強く首を振った。
「我々の目的は屍人を退治し死者の魂を安らぎ、村人の脅威を取り除く事。実習という名目ではあるが開拓者としての仕事であり、陰陽師としての役割であると思っている」
『「困っている人を助ける」。それが行われるなら、私はどのような手であれ取りますよ』
 真っ直ぐな目で怯まず彼等は相手を見つめた。
「ならば共闘で問題は無いだろう。一年生と聞くが足手まといになるなよ」
「そっちこそ、しっかりフォローよろしくね。楽しくやろうよ」
「折々さん?」
 余りにも気安い折々の態度に手を伸ばしかけた者もいるが、西家の者は意外に気安く笑う。
「それで? どういう作戦なんだ?」
 手招きする地図を広げ手招きする彼らにある者は肩を竦め、ある者は笑いながら、駆け寄り作戦を練り始めたのである。

●共同作戦開始
 墓地の上空で龍と共に旋回を続ける喪越は騎龍の背中をぽん、ぽんと叩いた。
「枯れ木も山の賑わいとは言うけれども、冬の鎧阿の背中はどうにも寂しいなぁ。梅の季節までの我慢かね。っと春になったら進級の話も始まるって寮長が言ってたっけかな?」
 二年になったら何か変わるのかねえ〜。そんな事を呟きながら彼は眼下の仲間達を見る。
 どこか人手の足りないところがあれば、そこに急行するつもりであるが、そうやらその心配は杞憂で済みそうだ。
「お〜、やってるねえ〜。ま、舐められるわけにゃあいかねえよな〜。鎧阿」
「まあ、皆さんなら大丈夫でしょう。殆どが墓地の中央に溜まっているようですから、皆さんの作戦は正しいと思いますよ」
 同じように上空から様子を見守るアッピンが笑っている。
「それに皆、本気出してるしな」
 陰陽寮では一年生という立場であるが、彼等は全員が開拓者である。図らずも他者との合同作戦となった今回の実習。
 どうやら寮生達はいつになくやる気を見せているようであった。
「私は入口付近で龍達と零れた敵が来ないか見ています。喪越さんは裏手側をよろしくです」
 了解と手を上げる喪越の様子を確かめてアッピンも持ち場に着く。
「今回は様子見でおっけーかな? みんな、頑張れよ〜」
 空から喪越はそんな声を落し笑っていた。

 開拓者達の作戦は解り易いもので東西南北に分かれ外側から敵を内側に向けて潰していくという形だ。
 折々はアルネイスと外周を回り、朔と劫光は地上の遊撃隊として援護に入る。
 東側に青嵐と静音。南に譲治と真名。北に紫乃とノエルが回った。
「大丈夫でしょうか?」
 心配そうに呟く紫乃に何が、とノエルは首をかしげた。
「静乃さんです。お一人で西の方に回られたから」
「仕方がないわ。人数の関係もあるもの。流石に折々さんやアルネイスさんみたいに龍は墓地の中には入れられないし、だからこそ、ミストラルにも留守番してもらっているわけですから」
 彼女らの朋友は龍だ。墓地の中に入れて暴れられれば大惨事だろう。
「はい、解っています。でも瑠璃に着いて行って貰えばよかったかなあとも」
 足元で忍び犬がくう〜んと声を上げる。
「今更言っても仕方ありません。それに厳密には一人じゃないですから。まあ、癖で少し疑ってしまいますが、彼ら、悪い人では無いと思いますよ」
 龍の手助けを借りられなくなった真名と静音も心配であるが、彼らには男子も付いているし大丈夫であろう。
「紫乃さんも無理はなさらないで下さいね。真名さんと約束したのでしょう?」
「はい。あ、いました。この前です」
 紫乃が指差したのを見てノエルは合口を構えた。心配も今はとりあえず一休みだ。
「向こうも始まったようです。行きます。背中、お願いします!」
「はい! 瑠璃。援護を!」
 命を感じ襲い掛かってくる屍人達。それに向かってノエルは地面を強く蹴ったのだった。

『くっ!! 思ったより頑丈ですね。静音さん、大丈夫ですか?』
「鈴音! 浴びせなさい! ‥‥こちらは大丈夫です。青嵐さんこそ大丈夫ですか?」
 弾き飛ばされた傀儡人形と一緒に与えられた衝撃によろめいた青嵐を静音は駆け寄った。支えるように手を差し出すが彼は直に立ち上がる。
「氷の狼に、人形遣いか? 随分地味だな? それが朱雀寮の戦い方なのか? 相手は屍だ。強い技で一気に片づけてしまう方が早いんじゃないか?」
 青嵐達の戦い方を見ていたのだろう、南班に着いてきた西家の陰陽師がからかう様に言いながら近づいてきた。彼はと言えば遠慮なく斬撃符などで屍人達を打ち砕いている。
『確かに、そうですね。ですが考え方の違い、でしょうか?』
 そのどこか攻撃的な言葉を真名の治療を受けて立ち上がった青嵐は微かな笑みで受け止めた。
『私達はできるなら、屍を最小限のダメージで倒したいと思っています。彼らはアヤカシであっても村人にとっては大事な遺族のご遺体ですから』
「話に聞くとおり、朱雀の連中はお人よしが多いようだな」
「話? 誰が話してるというのですか? 私達の事をご存じなのですか」
 肩を竦めた陰陽師は静音の質問はあえて黙殺し、符を構えた。
「ほら! また来たぞ!」
 屍人達を指差すと彼は術を放つ。だが、今度は屍を砕く音は聞こえず彼らは動きを止めた。
「呪縛符? ‥‥貴方?」
「だが、そういう考え方は嫌いじゃない。ほら、とっとと片づけろ」
「は、はい」『ありがとうございます』
 そうして彼らは自らの信念と共に屍人達に向かって行った。

 ここに来る前、譲治は二つの村の長の元に向かい頭を下げた。
「っと、多分ご遺体を傷つける事になるのだ。どうか、許して欲しいなり」
 村長達は思いもかけぬ真摯なその少年の態度に微笑して頷いてくれたのだった。
「なるべく傷つけないように。でも、やる以上はしっかりとなり!」
 躊躇いなく火輪の術を放ちながら敵の中を駆け抜けていく譲治は生傷が絶えないがその傷は真名と
「もう! 無茶のし過ぎはいけないわよ」
 西家の陰陽師が担当してくれた。
「貴方、本当に若にそっくりね」
「和歌? 歌なら折々が得意なりよ」
 くすと笑いながら陰陽師は譲治の肩越に術を放ち、真名の後ろを狙っていた屍人の足を砕く。
「あ、ありがとう! 行け。火輪!」
 真名が朱雀をかたどった術で止めを刺すと彼女は軽く手を振った。
「別にいいのよ。解らないなら解らないで。でも、貴方達は好きになれそう。一緒にがんばりましょう」
「りょーかい! なのだ」
 明るく手を上げると譲治はまた敵に踏み込んで行く。
 そんな彼らを陰陽師は本当に優しい眼差しで見つめていた。

 ギャアア!!
 そんな音のない悲鳴を残し骸骨はカタカタ。
 乾いた音と共に崩れ落ちた。
「ふう。これで、外周部分の敵はほぼ片付いたかな? そっちはどう?」
 夜光虫の光の方向に折々が声をかけると
「こっちも大丈夫です〜!」
 アルネイスが手を振るのが見えた。
「だいぶ暗くなってきたけど、ようやっと終わりが見えてきたかな? あと少し、頑張ってね。かるみ」
 横に仕える鬼火玉に笑いかけると折々は墓地の中央を見た。
「みんな、大丈夫かな?」
 そう思った瞬間であった。
「キャアアア!」
 西側から悲鳴が上がった。
「あれは? 静乃さんの声?」
「何かあったのでしょうか?」
 普段静かな静乃が悲鳴を上げるのはあまりあることではない。
 顔を見合わせた二人は
「行くよ! かるみ」「ムロンちゃん。ゴーです!」
 全速力で駆け抜けて行った。

「大丈夫ですか? しっかりして下さい」
 朔と劫光が悲鳴を聞きつけ駆けつけた頃、静乃は自分の足元に崩れ膝を付く西家の陰陽師を揺さぶっていた。
「だ、大丈夫だ。それより敵は?」
 返事をして顔を上げた彼にホッと安堵しながら静乃は大丈夫、と答え指差した。
 二人が戦う中、突然静乃の背後に現れ切りつけた骸骨は普通のそれより大きく強いものであったが、陰陽師が彼女を庇った瞬間静乃が放った斬撃符ですでに武器は落としていた。
 そこに遊撃隊の二人が助けに来てくれたのだから、もう何も心配はいらないと。
「お怪我をなさったのですか? 今、治療を!」
 劫光の人妖、双樹が陰陽師の治癒をする間に
「ウン・バク・タラク・キリク・アク! 行くぞ。朔! 援護を!」
「解っています!」
 朔の飛苦無で眉間を射抜かれた骸骨は、動きを止め劫光の霊青打を込めた槍の一閃でその根幹を砕かれた。
「お見事」「世辞は言わなくていい。屍を壊してしまったしな」「まあ、許してくれますよ」
「大丈夫〜〜!」「皆さん、ご無事ですか?」
 悲鳴を聞きつけたのか、周りから上空から寮生達が集まってくる。
「大丈夫か?」
 西家の陰陽師の一人が、怪我をした陰陽師に手を差し伸べた。
 その手を取り、軽く立ち上がった陰陽師は鮮やかに笑う寮生達を見ると
「頭領の言うとおり、いい子達だな」「ああ」「若もきっと楽しんでいらっしゃるのね」
 そんな柔らかく、暖かい笑みを浮かべて見せたのだった。

●動き出す何か
 上空から注意深く何度も旋回していた二頭の龍が空中に舞い降りる。
「空からも見てきましたがやっぱりもういないようですよ」
 アッピンの言葉に寮生達は笑顔で頷きあった。
「なら、行動開始。だね!」
「おう!!」
 真名の作ったおにぎりを食べながら何をしているんだ? と首をかしげる西家や村人達をよそに寮生達はなんと墓場の大掃除を始めたのだった。
「そういえば再発防止も実習課題の一つだとか言ってたか?」
 瘴気回収で瘴気を除去し、戦いで壊れた墓石や乱れた墓地を丁寧に掃除して直す。
 遺体が残り、判る者は墓地に収め、そうでないものは荼毘にふす。
「よくやるな」
 とどこか呆れた様子の西家の者達に
「其れが私達ですから」
 と朔は明るく笑ったのだった。
「四方に塩を置いて、お酒を撒いて‥‥後は祝詞ですか?」
「それは巫女さんがいないからいいんじゃない?」
「まあ、効果の程は瘴気回収より眉唾ですけどね」
 そういうノエルたちの背後では、龍から降ろした苗木を静乃と静音、そして青嵐が中心になって植えていた。
「墓地の東西南北と、村に一本ずつ。そして墓地の入り口にサンザシの木を」
『これらは魔除けになり、邪気を払うと言われています』
「お掃除してきたなりよっ! 瘴気はどうなったか分からないなりが、出来得る限りはしたのだっ!」
「‥‥だから、安心して」
 最後に墓地に線香を手向け、寮生達は祈りを捧げた。
 静かに響き渡る笛の音に見守っていた村人達も手を合わせていた。
 涙している者もいる。
「‥‥こりゃあ、負けたかな?」
「ああ。頭領の気持ちも解るぜ」
 目を閉じていた寮生達には彼らの表情は見えなかったが、西家の者達はそんなことを言いながら黙って、寮生達の横に立った。
 そして、同じように静かに手を合わせたのだった。

 やるべきことをすべて終えた寮生達は村と陰陽師達に別れを告げ陰陽寮へと帰って行った。
 帰還した寮生達は今度は何よりも先に寮長の元へと向かう。
「今度は報告を忘れませんでしたね」
 優しく笑った寮長各務紫郎は、寮生達の行動と対応を聞くと満足そうに頷いた。
「対応に問題はないでしょう。屍人を殲滅し、やるべきことをやった。現時点でアヤカシ対策に万全はありませんが、皆さんのやったことは十二分の事だと言えます。合格としましょう」
 明るく笑う仲間達を見て後、劫光は実は、と言葉をつづけた。
「実習中に西家と呼ばれる陰陽師集団と出会いました。お心当たりはありますか?」
 寮長の表情が明らかに変わったのを勿論寮生達は見逃さなかった。
「! 西家 彼らと会ったのですか?」
「寮長をご存じで、仲間がここにいるような口ぶりでしたのですが」
「彼らは何か言っていましたか?」
 寮長の言葉に寮生達は別れ際の彼らを思い出す。
「えー。確か、いずれ、また、と。若と寮長によろしくと」
 確かにそう言っていた。
 紫乃の言葉に少し考えたように俯くと寮長は、解りました。と寮生達に退出を促す。
 寮生達は、僅かに釈然としない思いを残して、廊下に出た。
 ふと、向こうを三年生達が歩いてくる。楽しげに笑いながらやってくる彼らは一年生達を見ると明るく手を振った。
「薬草、ありがとうございました」
「道具もありがとうなり!」
 頭を下げる一年生達に彼らの笑みは優しい。 
「よう! ご苦労さん。無事実習終わったんだってな。もうすぐ新年で新年会だ。パーッとやろうな!」
 明るく言った体育委員長。にふと、譲治は思い出す。
 そういえば彼の名前は‥‥
「あのなのだ。さぶろー。西家って知ってるなりか?」
「えっ?」
 瞬間、開拓者達は周囲の温度が下がるのを感じた。三年生達の笑顔が凍りつき、西浦三郎に至っては顔から完全に笑顔が消えうせた。
「なんでその名前を?」
「実習で会ったのだ。若によろしくって。若ってさぶろーなりか?」
「どうしたんだ?」
 滅多に見られぬ三郎の動揺。
「な、なんでもないさ。その話はまた今度な?」
 慌てた顔でそういうと駆け足で寮長の部屋へと向かう三郎とその後を追う三年生達。
「何だ?」
 それを見送りながら寮生達は、今までと違う何かが動き出すことを感じずにはいられなかった。