【南部辺境】誘いの祭
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/10 03:42



■オープニング本文

 ハロウィンという祭りがある。
 元は神教会由来で、死者が現世に戻ってくるとかいう意味の行事であるらしかったが、今はもっぱら秋の収穫祭の一部と化している。
 子供たちがアヤカシの仮装をしてお菓子をねだるとか、大人もいろいろな仮装をし、他人になりきって楽しむとか、かぼちゃや食べ物をアヤカシ風にして飾るとか、いろいろふざけた祭りであると眉根を潜める者もいるにはいるが‥‥ジルべリアの冬は長く、厳しい。
 もうすぐ早いところでは雪の便りも聞かれるだろう。
 長く雪と暗い空に閉じ込められる前に、みんなで楽しく騒ごうという祭りを止める者は無く、皇家も別に禁止してはいなかった。
 故に、リーガ城でハロウィンの祭りが開かれると聞いても、別に開拓者は不審に思う者はいなかったろう。
 その日、招待状を持ってきた人物が辺境伯自身でなければ‥‥。

「先のメーメルの件では開拓者の皆さんには世話になりました。一度崩壊したメーメルの街が、なんとか冬までに再建への道を歩みだせたのは皆さんのおかげです」
 そう言って笑う、辺境伯の目が口で言うほど笑ってはいないことをギルドの係員は気付いていた。
「それで、これは慰労をかねた祭りへの招待状ですか?」
 だからはっきりと問い、
「いいえ、違います。皆さんへの仕事の依頼です」
 その言質を得たのである。
「メーメルの姫はヴァイツァウの末裔でありながら、神教会を大衆の面前で否定し、皇家への忠誠を誓いました。それは彼女の立場を考えれば当然の選択でありますが、それをよく思わない人物もいるようなのです」
 反乱軍の残党、神教会の隠れ教徒。
 指を折るグレイスは潰しても潰しても現れるそれらにうんざりだというようにため息を吐き、続けた。
「特に神教会の教徒、その一派が私や、姫の暗殺を企てているという情報が入りました。話に聞くところによると神教会の中でも穏健派と思われていた彼らを煽る者がいて、その中の何人かが姿を消し動き出したらしいということなのです」
「失礼ですが、そのような情報はどこから?」
「この間、リーガを離れた旅芸人の一座がいまして、彼らは冬になる前にと山奥の村々などの興行しているそうなのですよ。大した収益にはならないでしょうに奇特な事ですね」
 ああ、と、係員は納得する。
 メーメルの姫を匿っていた旅芸人一座は実はかの一族の為に情報を収集する役目を持っていたらしいと聞いたことがある。
 彼女の為に怪しい所を探り、その過程でその情報に行き当たった、というところだろうか。
「煽る者、という存在に気になることもあります。先の件でもロンバルールの弟子という人物が子爵を煽り争いを引き起こそうとしていました。それはどうやら人に憑くアヤカシであったようです。今回の件がそれと同じかどうか解りませんが、この地で再び争いを起こそうとする者がいるなら止めなくてはなりません。ですが、このままではいつ彼らが動き出すか解らず、下手をすれば冬までその件を引きずってしまうこともあり得るでしょう。なので‥‥私は彼らをおびき出そうと考えています」
 そして話がハロウィンの収穫祭。その招待状に繋がるのだと辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは言う。
「リーガ城でハロウィンの祭りを開くと広く知らせます。そして仮装した者は城への出入りも許すとするつもりです。無論、入れると言っても中庭までですが、そこに私が出向くとあれば、彼らは暗殺のチャンスだと動き出すでしょう」
 そこで暗殺者を一網打尽にする。
 その為に開拓者の力を借りたいのだと。
「リーガの兵士達も勿論動員しますが、彼らには何も知らない民に危険が及ばないように警護に当たって貰う必要があります。なので、私の護衛と暗殺者の捕縛はできれば開拓者の皆さんにお願いしたいのです。それも叶うならなるべく派手に。一時、少なくとも冬だけでも、私や姫を狙う暗殺者が動くのを躊躇うほどに。方法はお任せします。ただ、一般市民を巻き込むことは避けて頂きたいですが」
 ジルべリアの冬は厳しい。
 生きる力の全てを雪と寒さを超えることに費やさなければならないのに、潰しても潰しても現れる悪しき者達に奪われるべきではない。
「仕事を忘れないでくれれば、祭りを楽しんでもらっても構いません。ジルべリアの収穫祭は賑やかで楽しいですよ」
 そう言った彼の目には、開拓者への信頼と、見えざる敵への怒りが静かに、だが間違いなく浮かんでいた。


■参加者一覧
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
龍威 光(ia9081
14歳・男・志
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
龍馬・ロスチャイルド(ib0039
28歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎


■リプレイ本文

●祭りとその影
 辛いことがあった年ほど収穫の祭りは賑やかなものになる。
 リーガに一歩足を踏み入れた時から彼らは賑やかな人々の笑い声と、華やかな色に包まれることになった。
「みんな楽しそうだな」
 周囲をきょろきょろと見回しながらルオウ(ia2445)が嬉しそうに口にする。
「冬の戦乱が夢のようです。素晴らしく復興している。これはご領主の努力の賜物でしょうか?」
 感心したように告げる龍馬・ロスチャイルド(ib0039)の言葉に我が事を褒められたようにフェンリエッタ(ib0018)は目と頬を緩ませた。
「そのとおりです。このグレイス様は、いつも民の事を心にとめておられますし、リーガのみならず他の地も気遣って‥‥」
「ああ、それは解ってる。皆、それは認めとるわ」
 熱が入りかけたフェンリエッタに手を振って八十神 蔵人(ia1422)は言葉を止めさせた。
「ただ時々冷静なのか、熱血なのか解らん行動に出る。それがどっかあぶなっかしゅうてなあ〜」
「確かに。今回の件には正直驚かされました。グレイス伯自らが囮になるとは。そして、その護衛を開拓者に任せるとは‥」
「歴戦の騎士とはいえ随分無茶をなさる方なのですね」
 龍牙・流陰(ia0556)とアレーナ・オレアリス(ib0405)が同意するように頷く。
 無茶という言葉は事実であるので、そこでフェンリエッタは黙った。
 彼らの口調が別に、責めたり軽蔑したりしているわけでは無いことも、解っている。
 むしろ逆。でなければ、ここに集まってはいない。
「人々の笑顔、幸せ‥‥」
 人々を見つめ鈴木 透子(ia5664)は噛みしめる様に呟く。
 雑踏に紛れ開拓者にしか聞こえない呟きは、聞こえた者達の心にはしっかりと響く。
「ああ、失わせるわけにはいかないか‥‥」
 シュヴァリエ(ia9958)に真亡・雫(ia0432)は頷いて仲間達を促す。
「さ‥‥、行こうか。彼らの思い通りにはさせないよ」
 緊張の面持ちで彼らはリーガ城のさらに奥、辺境伯の居城に一歩を踏み入れた。

 リーガ城と一口に行っても基本は城下町であり、外城壁の内側に街があり奥に辺境伯の居城がある。
 辺境伯の城は門をくぐるとすぐに庭があり、庭の両脇を建物が抱える手のように伸ばしている形になる。
「かなり広いし、上も開けてる」
「これなら予定通りにできるな! よし!」
 ルオウとシュヴァリエは頷きあうとさらなる会場の確認に向かう。
 開拓者の連れてきた朋友のうち、龍は城の裏手にある龍の館に預けられている。
 辺境伯や騎士達の騎龍と共に流陰の穿牙、龍馬のロートシルト、アレーナのウェントスらもそこに待機しているが彼ら二人の朋友達だけは中庭の奥まったところに控えていた。
「あの龍達はなんです?」
 準備をする者や早い客達の質問に舞台の準備をしていた旅芸人一座の座長は彼らに代わり説明をしてくれた。
「彼らは一座の者です。後ほど龍の空中アクロバットを披露してくれることになっています」
 通りすがり座長と目があった龍威 光(ia9081)は小さく笑みを向けた。
 隠れ里での情報収集を助けてくれた人は彼らを心配していたから、無事を伝えられたら喜ぶだろう。
 でも、今は時間がない。
「待ってて下さいですねぃ。須臾」
 龍を預け、奥への扉を守る衛士に軽く会釈をして近めの一室の扉を開ける。
 そこは、密かに与えられた控室。開拓者の仲間と
「お帰りなさい。今回はお世話をおかけします」
 優しげに笑う依頼人、辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの姿があった。
「遅くなってごめんなさいですねぃ。サーシアさんが姫やアンナさん、そして辺境伯によろしくと言ってましたですねぃ」
 光はそう言って頭を下げると、聞いてきた情報を仲間に伝える。
「襲って来る人間の数はそう多くは無さそうですねぃ。それに戦いが得意な人でもないかも。戦乱にも加わらず、ずっと静かに生きていた人達らしいですからあまり手荒な真似はできれば‥‥、と伝言ですねぃ」
『彼らにとっては神の存在と、それに準じたヴァイツァウ家は心のよりどころであったのでしょう。それを否定され‥‥想いの行き場を無くしたのかもしれません。愚かにもけしかけられた感はありますが‥‥』
 寂しそうに告げたサーシア。
「信仰は儚き人間のために。でも、悪用するのも人間ですねぃ」
 辺境伯は答えない。彼の立場ではどんな形であれ、神教会教徒を肯定はできないから。
「しかし今回は悪用するのは人間じゃあないやろ?」
 顔に被った狐の面をあげながら蔵人は呟く。
 先のメーメルとその姫を取り巻く騒乱。
 その最後に現れたロンバルールの弟子を名乗っていた『彼』が時期的に今回の件に関わっている可能性は高いと開拓者達は思っていた。
「なら、なおのこと‥‥できるだけ犠牲者は少なくと思っているのですが、よろしいでしょうか?」
 伺うような雫の言葉にかまいません、と彼は答えた。
 広がる緊迫した空気。
 だがそこに
 トントン、明るいノックが響く。
「皆さん、準備の方は如何ですか?」
「オーシくん! 久しぶり」
 入ってきた従卒にフェンリエッタは明るく笑いかけた。
 彼女に手を取られ頬を赤らめる少年に、ふと場の空気が和む。
 軽く笑って被り物を抱えると、流陰は菓子の入った籠を手に取った。
「では、僕は先に行っています。周囲の様子を確認しておきますね」
「私も。打ち合わせなどをしてきますわ」
 流陰と丁寧にお辞儀をしたアレーナが去ると開拓者達は顔を見合わせた。
「せっかくのお祭りです。少しでも私達も楽しみましょうか? 伯爵、仮装はいかがなさいますか?」
「ほい、はよう雪華も飾り付けときや。わいは司会の打ち合わせで忙しいんや」
『おおお、お化粧するの何気に初めてかもしれません‥‥!』
「あ、すんませーん、こいつ用の南瓜お願いしまーす!」
『なんでカボチャ?』
『マスター僕は?』
「刻無は人形役。僕の肩に乗ってて‥‥」
「いっそ、オーシ君も何か仮装します?」
「えっ? ぼ、僕は‥‥」
 そんな仲間達を見て仮装をしない龍馬も楽しげに笑う。
 祭り開会直前、控室はやっと本来あるべき祭りの明るさを少しだが取り戻しつつあった。

●宴を乱すもの
「と、いうわけで辺境伯のご挨拶も終わった所でハロウィンパーティをはじめます。皆さん、ごゆっくりお楽しみ下さ〜い」
 司会役を務める蔵人の合図で人々はそれぞれに料理へ、酒へと向かっていく。
 辺境伯主催のハロウィンパーティの開幕である。
 もちろん辺境伯へのあいさつにやってくる者達もいる。
 案内役の雪華を中央に置いて、彼らとすれ違う様に蔵人は客に紛れる仲間の方へ近寄った。
「どないや?」
「ちょっと気になる子はいますよ」
「私も怪しい人物を見かけました。向こうです」
 二人は人形遣いと魔女に仮装している。雫の肩には周囲を見つめる刻無がおり、透子の持つ箒の中には人魂が隠されているのだ。
「今のところ火薬とか危険な匂いは無さそうです‥‥油断はできません」
 足元の忍犬遮那王を撫でる透子に頷いて彼らは互いに敵の配置、情報交換をした。
「アレーナと流陰の見つけたのも含めて七人ってとこか。まだ他に隠れてるのもいるかもしれんが‥‥」
 入場者は軽い身体検査をされているが、祭りで仮装をしていることを考えれば武器はいろいろなところに隠せる。
「光君の話からしてもおそらく人数は十人弱というところでしょう?」
「でも詳しい数は分からないんですよね。なら、予定通り?」
「ああ。そろそろやろ? いくで」
 開拓者達は目くばせした。ざわざわと動き始める気配が作戦の開始を知らせる。
「私は完全に護衛騎士として常にお側に付かせて頂きます」
「貴方をお守り致します。この身にかえても、必ずや」
 辺境伯の護衛はそう誓った龍馬とフェンリエッタに任せて、開拓者達は暗殺者の捕縛に動き出したのだった。
  
「さあさ、よってらっしゃいみてらっしゃい。世にも珍しい龍の曲芸だよ!」
 旅芸人の一座が声を上げると、同時。中庭の端に控えていた二匹の龍が、空へと舞い上がった。
「いくぜ! ロート!!」
「大丈夫だ、俺がついている。今日も宜しく頼むぜ、相棒」
 龍を駆るのはルオウとシュヴァリエ。彼らの信頼する相棒達は、その命に従って完璧な動きを見せた。
 宙返り、タイミングを合わせた左右からの交差。そして空に広がる炎と、その中で踊るように飛ぶ駿龍の舞。
「どうぞ暗殺して下さいと言わんばかりの状況を作るのは確かに危険なのですが、一般客に紛れた方々がおりますのでご安心下さい、辺境伯」
 龍馬の言葉にあえて、別席からではなく一般客に近い席で空を見上げる辺境伯は頷いた。
「これは‥‥見事ですね。なるほど、これが皆さんの作戦ですか」
 兵士達はおろか、辺境伯でさえ魅入るその動き。だが魅入らない者達、見ようとしない者達が来た。
『マスター! 来たよ!』
『リエッタ! 後ろ!!』
 二人の人妖達が声を上げる。
「辺境伯! 覚悟!!!」
 瞬間、護衛の龍馬とフェンリエッタは、暗殺者達決死の初撃に向かって身を翻した。
 盾を使ったシールドノックで打ち砕いたのだ。
 同時天上で上がる龍の咆哮。そして朗々とした声が響いた。
「皆が楽しむ祭りの中、悪意を持ちてこの場にある不届き者。我等開拓者が正義の名の下に、裁きの鉄槌を下そう!」
 動きが鈍り跳ね飛ばされた暗殺者たちの身体でテーブルが崩れ倒れる。
「キャアア!!」
 目の前で繰り広げられる戦いに悲鳴が上がりかけたが
「ご安心下さいませ。皆々様」
 優雅にアレーナは彼、彼女達の前でお辞儀をしたのだった。
「これも余興の一つでございます。ただ、どうやら彼らも真剣な様子。少し、場を移して頂けましょうか? あちらに辺境伯からの贈り物もご用意しておりますから」
 メイドの服装をしていても説得力のあるアレーナの微笑みと、贈り物の言葉に置きかけたパニックは静かに静まり彼らは緩やかに後ろに下がって行った。
 それを確かめる様に手に持っていた籠をアレーナに渡すと流陰は木刀を握り締めて戦いに踏み込んでいく。
「怖いよ。お兄ちゃん」
 裾を握り締めて訴える子供がいる。その子供に視線を合わせると雫はにっこりとほほ笑んだ。
「大丈夫。あれは余興。君たちを傷つけることは絶対にさせないから」
『そうそ。安心して待ってて。終わったら遊ぼうね〜』
 雫が子供の頭に手を触れると、子供はこっくりと頷く。それを確かめて雫と刻無は子供達を背で庇うようにしながら、戦いの状況を見つめていた。
 先に情報があった通り、相手は元々戦い向きの能力を持っている者達ではなかった。
 若かったり、力が無かったり、迷いがあったり。
 でも、命がけで必死に向かってくるその行動がそれを補っている。
「煽った人は返り討ちにあう事を期待してるのではないでしょうか?」
「かもしれません。武器を狙って相手を無効化しましょう」
 透子が呪縛符で封じた相手から、フェンリエッタは巧みに武器を奪う。
 もはやマントを脱ぎ捨て身軽になった流陰は背後からやってきた暗殺者に一刀を食らわせ、龍馬の援護をする。
 背中に大事な者を守りながらも後方を気にしなくて良くなった龍馬には相手を見、手加減する余裕が生まれた。
「お止めなさい。命を無駄に散らすことはありませんよ」
「くそっ!」
 まだその瞬間までは抵抗の意志を見せていた相手ではあるが、
「へっ! そこまでだ!!」
 いつの間に龍から飛び降りたのか、背後から声をかけたルオウがその峰で腹を打つと、あっさりと地面に崩れ落ちた。
「師匠に気をつけろって言われてるからな‥‥」
 素早く敵を縛るルオウの後ろでは、同じくシュヴァリエも既に地面に下り、その槍を存分に振るっていた。
 踊るような、それでいて手加減された動きに暗殺者たちが気付いていたとは思えないが、彼らは瞬く間に追い詰められていった。
「こうなったら!」
 開き直った一人が観客の方に走り出す。観客を人質にとでも考えたのかもしれない。だが
「そんなことはさせませんわ」
 アレーナがスッと割って入ると、その腕を捕え捻った。がくんと膝が崩れた。
「ぐあっ! は、離せ‥‥」
 暴れる相手はまだ若さが見える。雫は近づくとさっき子供にしたように目を合わせた。
「もう止めましょう。こんな場所でそのようなことをしないでください。皆、お祭りを楽しみに来ているのだから。貴方だって、子供の頃にそんな気持ちを抱いたことがあるはずです。人の楽しみと命を奪って得られたものが、本当に人を幸福にすると思いますか?」
 静かな口調、だが伝わる真っ直ぐな思いに、彼は唇を噛んで顔を伏せた。
 ほぼ全ての敵が伏したのを確かめて辺境伯は、観客達に向けて声を上げた。
「驚かせてしまって、申し訳ありません。しかし、これでもう皆さんやリーガを脅かすものは無くなったのです。さあ、祭りを楽しみましょう!」
 それと呼応するように笛の音が鳴り響く。
 わああ、と歓声が上がった。
 人々が笑顔になる。音楽が再び奏でられ、兵士達に暗殺者は捕えられパーティは再び賑やかな時間を取り戻す。
 だから彼らは気付かなかった。
「グレイス様‥‥」「辺境伯」
「解っています。彼らに任せて貴方方は笑って下さい」
 その笛の音の意味も。いつの間にか姿を減らしていた開拓者の意味も。

●本当の指揮者
 開拓者達が暗殺者の捕縛に成功していた頃、光と蔵人。
 二人は彼らに背を向け、中庭から逃亡する一人の影を追っていた。
「待ちやがれ!」
 他の仲間に声がかけられなかったのが辛いが、戦いの中、入り口に近い場所にいた奴を逃がさない為にはこれしかなかったのだ。
 静止の声に答えたわけでは無いだろうが、城を出てすぐの門の前、彼は立ち止った。
 知らない顔の騎士の外見をした男性。だが、見かけ通りの人物でないことはすぐに解る。
「下がっとれ。雪華」
「貴方は‥‥いったい誰です?」
「ただのか弱い人間ですよ。今はね。今回も楽しませて貰いましたよ」
 返事が返ることなど期待していなかった二人はそれぞれが発せられた言葉に眉を上げた。
「か弱い人間が、人を操るなどしないですねぃ!」
「愉快犯にしては、戦後とは随分と作為的な時期に暴れてくれおったな。てめえの背後、大アヤカシ・ボフォラス‥‥か?」
 武器を構える。こちらは二人と一人。あっちは一人。
 だが、向こうは楽しげな表情を崩してはいない。
 周囲には何事かと人が集まってくる。
 祭りの賑わいが開拓者の敵となった。
 苦く唇を噛みしめる開拓者の想いを知るように男はくすりと楽しそうに笑っている。
「偉大なあの方々のお名を拝聴できるのは恐縮ですが、私などは足元にも及びませんよ。いずれあの方々はご自分で指揮をとられるでしょう。私は、それまでの時、餌場の前でおこぼれを預かる小物に過ぎません」
「なんやと!」
 蔵人は激昂した。武器に白梅香を纏わせ攻撃にかかる。同時に高く笛の音が響いた。
「ふざけたことを言うなら文字通り失せい、こいつは痛いやろ」
「くっ!」
 男は剣を抜き受け止めようとしたが、それより早く刃が肩へと食い込む。
 その後を光が追う様に炎を纏った武器で攻撃してくる。
「逃がしません!」
 さらには頭上に羽ばたく龍の羽音が二つ。
「遮那王!!」
 主の命に飛び跳ねた忍犬の爪が、騎士の頬に傷を作った。血の流れのない傷を。
 笛の音に気付いた開拓者達が集まってくる。男の顔に笑みが浮かんだ。
「貴様!!」
「戦地で拾ったこの身体ではここが限界か。では‥‥また‥‥だ」
 言葉が終わる同時、がくんと身体が形崩れた。身体から黒い煙のようなものが抜け、薄闇の中に消えていく。
「待て!!」
 蔵人の言葉は当然のようにその影には届いてはくれなかった。
 
●秋の終わり、冬の始まり
 祭りは続く。開拓者を取り巻いて。
 大活躍の龍を間近で見ようと寄ってきた子供達をルオウは抱き上げ、朋友に触れさせたりしている。
「ごめんね。マスター。あいつ逃がしちゃった」「いいよ。もう祭りを楽しもう」
 雫もまた、彼の人妖と共に子供や人々の笑顔に包まれていた。
 シュヴァリエと龍の姿は見えない。今頃二人で休んでいるのかもしれない。
「お疲れでしょう? どうぞ?」
 振舞われた酒を煽る蔵人。
 だがその目には喜びはない。
「くそっ。あのアヤカシめ」
「取り逃がすことになったのはくやしいですねぃ」
 光ももてなしのお菓子に手を付けていない。
 二人を支配していたのは一度は追いつめたと思ったアヤカシを逃がしてしまったことへの後悔であった。
「やはり今度も関わっていたのですね。何者かの命を受けていたのでしょうか?」
 やがてそこに襲撃者を捕縛し牢に入れ終えた流陰も加わる。
「どうやろな? 奴は知らんというとったが‥‥」
 未だ正体の知れぬあのアヤカシ。
 人に憑依し都合が悪くなると身体を捨てて逃げていったあの敵に、攻撃時、確かにダメージを与えた手応えはあった。
 だが人の身体にいる時与えられる力は致命的にはならないようで、姿を失ってからのアレを捕え倒すには一人二人では足りない。
 できるなら術者を含む複数の仲間の協力がいる。
「まだ、彼らの狙いは終わっていないということですね。むしろこれからかもしれません。冬のジルべリアを狙って‥‥」
 依頼としては十分成功だ。
「感謝します。これで暫くは彼等も戦う意思を持たないでしょう。さらにこの話を広めれば同様の事を考えている相手の牽制になる筈です。‥‥その手配はもう既に済んでいます」
「こうして安心して騒げる機会を少しずつでも増やしたいですね」
 念の為、今も龍馬は辺境伯の側に付いており、アレーナもメイド役をしながら警戒しているが人々に被害はなく、暗殺者はすべて捕え辺境伯を守りきれた。
「人、アヤカシ、ハロウィン、百鬼夜行‥‥」
 古老に話を聞きながら祭りを楽しむ透子。けれど、皆、その胸に残る何かはある。
「次に会ったときはただじゃおかん!」
「そうですねぃ。次こそは倒さないといけないですねぃ」
 開拓者達は知らず手を握りしめていた。

 ハロウィンの祭りは終わりに近づき、始まった踊りの輪は笑顔と共に広がっている。
 だがそれを見守り、笑う辺境伯の横にいつもなら側にいるフェンリエッタの姿はなかった。
 一人輪から外れ、中庭の端の端から中央を照らす篝火を、そして奥にいるであろう人を見つめている。
 肩がずっと震えているのは太陽が消えてから急に冷えた空気のせいだけではない。
『‥‥リエッタ』
 彼女の人妖さえも声をかけられない。フェンリエッタは心の中に吹く北風を止められずにいた。
「あの方の心はこんなにも暖かいのに‥‥どうして私の心はこんなに寒いのでしょう」
 肩に羽織ったコートの端を握り締めながらフェンリエッタは呟いた。
 戦いの後、側にいた彼女。
 敵の話を聞いて顔を一瞬曇らせたグレイスだったが、開拓者を労い依頼の終了を微笑んで告げてくれた。
「ともかくグレイス様が、ご無事でよかった」
 彼の無事と笑顔に膝崩れしそうになる彼女に
「フェンリエッタさん」
 グレイスは向かい合い優しく、だがはっきりと言う。
「今の私にとって行動と生活の全ては皇家と家と、民のものです。それは恋愛や結婚さえも同じ。貴女が私に例外を望んでも、今の私はそれに応える力を持ちません」
 薄い衣装の彼女にコートを羽織らせて彼は、その背を彼女に向けた。
「今の私に言える事、できる事はそれだけです‥‥。許して下さい」
「グレイス様」
 遠ざかって彼を待つ人々の所に戻っていくグレイスを今度は絶望に足元が崩れそうになるのを必死で彼女は見送る。
 声をかける事さえもできなかった。どうしたらいいか解らなかったから。

 星空に笑い声が響いて消えていく。
 そして冴えた空気に乗るように今年初めての風花が咲いて踊る。
 静かに‥‥穏やかな秋の終わりと冬の訪れを告げる様に。