【五行】アヤカシ調査隊
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/30 20:09



■オープニング本文

 毎月恒例の合同講義の日。
 講義室に集まった寮生たちは真剣に授業を聞いている。
 今回の講義はアヤカシ論が中心になっているようだった。
 何故か二年生や三年生も一緒の講義を聴いているところが不思議ではあったが、その講義内容は開拓者としての寮生達にも痛いところを突く、ある意味興味深いものであった。
「私達人間は瘴気から生まれ、人間に害をなす存在を一纏めにしてアヤカシと呼んでいます。ですが実際は多種多様な種類、種族が存在し、それらがそれぞれに独特な個性、能力を持っています。例えて言えばウサギ、牛、リス、ネズミ、それらすべての生き物を纏めて動物と呼んでいるのと同じこと。それぞれの能力、個性を理解していないと正しい対処ができないのです。無論、その生態や仕組みに謎は多く、瘴気を操る我ら陰陽師でさえ、全てを把握しているなどとはとても言えません」
 頷く寮生達。今まで開拓者として出会ってきたアヤカシも、多くがそれぞれに知らない生態や能力を持っていた。
「さらに問題なのは知られていないアヤカシはともかく、知られているアヤカシでさえそれぞれの持つ能力に個性がある、ということなのです。例えば吸血鬼と呼ばれる存在が魅了、吸血の能力を持つとは広く知られていますが、憑依能力を持つ吸血鬼の報告は今まで殆どありませんでした。その種族全体が持つ能力なのか、あくまで個体が進化として手に入れた能力なのか、我々が知る術はありませんが、それを知識として持っているか否かでできうる行動、対応が変わってくることは皆さんにも解る筈です」
 寮生たちのざわめきが止まる。幾人かは先月の悲劇を思い出しているのかもしれない。
 あの時もし、例の吸血鬼が陰陽師を魅了しているだけであったのなら、彼を助けられたのだろうか?
「陰陽寮には今まで確認されたアヤカシの外見、能力など解る限り、情報として収集しています。その量と質は天儀全体でも上位に位置すると自負していますが、それでも、すべてを網羅しているとは言えないのが現状です。まして、ジルべリアや新大陸のアヤカシに関してはまだまだ情報が不足しています」
 静かに自分達に言い聞かせるように言った朱雀寮寮長各務 紫郎は寮生達に向かい合う。
「よって、常に陰陽寮の陰陽師は目の前のアヤカシに対して退治する以上の関心を持ち、その能力、外見を次の世代に情報として伝えていく責務があるのだと理解して下さい。今回の演習はその実習です」
 講義用の書物を閉じて告げた寮長の言葉に、寮生達は緊張を浮かべながら顔を上げた。
 演習課題の発表だ。
「今回、皆さんには新しく発見された魔の島、遺跡のアヤカシ調査をしてもらいます。一年生は栢山遺跡に、二年生は伊乃波島、三年生は鬼咲島に向かいそこでアヤカシの能力、生態調査を行って下さい。新大陸と呼ばれるエリアには今後改めて調査隊を派遣します」
 ここに至りなるほどと、寮生達は納得した。
 今回は全学年合同課題なのか。だから全学年が一緒にいたのか。と。
「もちろん、遭遇したアヤカシは最終的には退治して貰って構いません。遺跡の近隣の村には遺跡から現れたと思われる吸血蝙蝠や苔鼠により被害が出ているとの報告もあります。少しでも数を減らせれば彼らも助かるでしょう。ただし、吸血蝙蝠や苔鼠など倒すのは簡単でも倒すだけでは相手の能力などは解りません。その点は工夫が必要なところですね」
 無論、寮生に出される課題だ。ただの退治で終わるわけではないと解っている。
「今回の課題は学年全体の協力、分担が重要となります。成績は個々人ではなく参加したチーム全体で取りますのでよく相談、協力を行って下さい。そして‥‥最も大事なことですが、雑な情報収集は許しません。皆さんの集めた情報は、朱雀の記録に残され、今後のアヤカシ対策の大事な資料となるのです。確実に自分の目で見た情報を集め報告しなさい。期日は一週間です。では、これより開始となります」
 寮長の言葉を合図に寮生達は立ち上がり、動き始めた。
 
 学年ごとに集まり、相談を始める寮生達。
 一年寮生も一か所に集まって作戦会議を始めた。
「あっ‥‥」
 ふと目があった三年生の委員長達が一年生に気づき笑って声をかけていく。
「気を付けて行って来いよ。遺跡の中に泊まるなら食料も忘れるな」
「保健室の医薬品は持って行っていいですからね」
「紙や筆記用具も忘れずに。絵が得意な人は絵を描いた方がいいかもしれませんよ」
「‥‥相手がどんな技を使うかとか‥‥よく覚えて記録してきて‥‥」
「それから、な」
 最後に彼らの一人が意味ありげに笑う。
「寮長の言葉、聞き逃してないよな。ま、お前さんたちなら大丈夫だろ。がんばれよ〜〜」
 既に踏破された遺跡。役割を終えた場所。
 開拓者として新大陸に足を踏み入れたものさえいる開拓者には簡単な仕事かもしれない。
 だが、三年生達が残していった言葉の意味を考えたとき、一年生達の中に、浮かれ油断する者はだれもいなかった。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
ノエル・A・イェーガー(ib0951
13歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●課題始まる
 全寮一斉、調査課題が発表された講義室。
『さて、出発前にどのような傾向で調べるか決めておきましょうか。それから準備と役割分担を』
 仲間達を前に提案する青嵐(ia0508)の言葉に全員が頷いた。
「班別に散って調べた方がいいか、それともある程度固まった方がいいか‥‥、どうする?」
 最初に問いかけたのは劫光(ia9510)。その提案に俳沢折々(ia0401)はう〜んと考えて後
「やるべきことはたくさんあるから分担するのはいいとしても、あんまり割らなくてもいいんじゃないかと思うんだよね。持っていく術もなるべく重ならないようにして、直接戦う人と、そうでない人もできれば交換していろんな視点から情報を集める方がいいような気がする」
 と、自分の意見を述べた。
 三人の会話をきっかけに
「少し長めの期間ですから、食料、救急用品、確認が必要ですかね。それに戦闘向きの方とそうでない方もいます」
「大まかにやるべきことで班分けをするなら、実際にどのような環境でアヤカシが生息しているかを調べる生態観察班、アヤカシがどの程度強いかを実際戦って調べる実戦闘班、それに治療や後方担当班、というところでしょうか?」
「‥‥傷の治療薬などの準備は、先輩にお願いしてみます。それから‥‥これは提案なんですけど、先に陰陽寮の資料を調べてみませんか? 既に解っている情報と、そうでない情報を区別するためにも」
「それなら、委員長に頼んでみます。まだ出発していないと思いますし。お弁当も用意したいですし」
 寮生達はそれぞれに意見を出し合った。積極的な会話は出発直前まで続き、
「よし! じゃあ、準備開始だ。用意を整えて一刻後、正門に集合」
 劫光の合図で動き出す。
 保健委員である玉櫛・静音(ia0872)やノエル・A・イェーガー(ib0951)、瀬崎 静乃(ia4468)は保健室へ足を向け、図書委員のアッピン(ib0840)は青嵐やアルネイス(ia6104)と共に資料調査と準備に動き出す。
「じゃあ、私と朔は食べ物の準備をしていくから。紫乃も手伝ってくれる?」
「はい‥‥。水なども用意しておかないといけませんしね」
「そうですね。食料は少し多めに用意しておきましょう。料理長がお弁当も用意してくれるそうですし‥‥」
 真名(ib1222)は尾花朔(ib1268)や泉宮 紫乃(ia9951)と共に食堂へと向かう。
「あの‥‥なのだ。喪越(ia1670)」
「ん? なんだ。ジョージ?」
 自分を呼び止めた平野 譲治(ia5226)に喪越は首を捻って視線を合わせた。
「喪越は確か用具委員に入るとか言ってなかったかなのだ?」
「もつろん用具委員会所属一択。もう申請出したぜぇ〜」
「なら、ちょっと頼みがあるのだ。貸してもらいたいものがあるなりよ。やってみたいこともあったりで」
「なんだ? できることなら協力するぜ」
 頭三つ分は違う同級生同士は笑いあい、
「龍達は‥‥連れて行っても遺跡で待ってもらうしかないんだよね。ならうがちにはお留守番してもらうしかないか‥‥」
「不動も置いていくことになりそうです」
 龍を朋友とする者達は肩を並べて歩き、頷きあった。
「寒いし、遺跡に連れて行って外で待たせるのも可哀そうだしね。文幾重にも‥‥待っていて貰おう」
「ミストラルにもよく言って来ないと‥‥。でも、なんだかちょっと楽しみ」
 ノエルはそう言って微笑んだ。
 朱雀寮の一年生全員が知恵と力を合わせる初めての本格的全体実習が今、始まろうとしていた。

●情報収集という名の戦い
 暗闇の中に動かない岩の塊があった。
 何も知らなければ無防備に通り過ぎてしまうだろう。
 だが小鳥がその岩に足を止めた瞬間。
「あっ!」
 石は小鳥を巨大な手のひらで握りつぶすとまた、石へと戻った。
「あれは‥‥岩の手、とか岩手首とか言うべきかもしれない。岩の形をした手が周囲に擬態して獲物を狙う」
 それを影から見ていた静乃は一瞬の動いた様子を記憶の限り、紙に写し取っていく。
「こんなにじっくりアヤカシを見たの初めてですね‥‥」
 目的の敵から少し離れたところで、開拓者達は敵の様子を注意深く観察していた。
「目が見えないのに何で察知してるのかな? 夜光虫も潰されたけど、匂いだけだと反応しない。あれは動くものを察している? それとも式の気かな?」
「生き物の気配とかと比較してみたいが‥‥」
「いいのよ。瑠璃。あなたは私の側にいて。無理はしては駄目よ」
 まるで自分が行くように顔をもたげた忍犬の頭をそっと撫でて紫乃は宥めた。
「それより先に、動く無機物とかの反応も調べてみたいもので‥‥」
 紫乃の気持ちに微笑む朔。その気持ちを知ってか知らずか。
『ほーほほほ。ならば、ここは私の出番ですわね! ジュリエット参上ですわ。お任せあれ〜』
「ムロンちゃんも、お願いしますね」
 土偶ゴーレムとジライヤは、意気揚々と近づいていく。
 前から後ろから、静かに近づいて行った筈の二匹、だがその気配を感じたのか岩の手はまるで平手を打つように攻撃を仕掛けてくる。
「目じゃないものであのアヤカシは確かに何かを感じているようです。恐ろしいものですね」
 筆を走らせる静音に頷きながらも劫光はにやりと笑った。
「だが、あいつの動きの速さはそれ程じゃ無いようだ。アルネイス、後は直接攻撃してダメージを与えてみよう。体育委員会の本領発揮だぜ」
「私もお手伝いしますわ。いいんちょの動きに感銘しましたの。私も前に立たせて頂きますわ」
「よろしくお願いします。筆頭。でも、ご無理はなさらずに」
 前に進み出るアッピンたちに静音は気遣う様に微笑む。
「でも、直ぐに倒してはダメですよ。劫光さんは必ず攻撃を受けて下さいね。でないと敵の攻撃方法や特殊能力が解りませんから。勿論、援護はしてあげますから」
「解ってる! 行くぞ!!」
 飛び込んだ開拓者達の前で岩の手との戦いが始まる。
 少し離れた後方では
「ジョージ! その目に気をつけろ。睨まれるとなんかやられるぞ!」
「それならば‥‥え〜い!! アヤカシ拓用墨攻撃なり〜〜!」
 巨大な目玉が黒い墨で真っ黒になっていた。そこを透かさず紙で押さえる。
 紙はところどころ破けたがなんとか天井付近で見つけた不思議な目玉の拓が取れた。
 しかも目つぶし効果もあったようだ。さらに攻撃を仕掛ける。
 岩手首や目玉だけではない。たくさんのアヤカシがまだこの遺跡には残っていた。
 倒すだけなら難しくない敵と、いつもとは違う戦いを、開拓者達は調査という形で、協力という力で向かいあうこととなったのである。

●集められた資料と
「痛い! 痛いなりよ! ねえ、術は使って貰えないなりか?」
 擦りむいた傷にかけられた清水が沁みると涙ぐむ譲治に
「我慢してください。というかこれぐらいの怪我ならこれで治りますからっ。今回は練力貴重なんですからね」
 ノエルは冷たいようで優しい口調で言い放つ。
「術に頼りすぎていてはいざというとき力尽きてしまいますし、身体の力も弱くなってしまいますよ」
「え〜、あと少しなのに〜〜」
 微笑する静乃は譲治をサポートしてた喪越の傷の手当てをする。大人は苦笑いするだけ。流石に泣き言を吐かないようだ。
『それにある意味自業自得ですよ。自分が敵にかけた墨に滑って転ぶなんて‥‥』
「だって、あの鼠性格悪いなり! 普通の鼠や苔鼠とおんなじ姿のくせにいきなり電撃を放ってくるなりよ!」
「確かにあれは、注意が必要な敵ですね。今回は少数でしたがもっと大人数に紛れ込まれたら大変な事になります。暗殺鼠、いや下種鼠とでも言うべきですか‥‥」
 言いながらアルネイスは自分の調査書類に譲治のアヤカシ拓を見ながらサイズや外見を書き加えた。
「笛の音には反応してたわけじゃないけど、同族の鳴き声には、鼠たち一気に反応していたから。集団で襲われたらすごく危ないと思う」
 アルネイスの調査を静乃が覚えていたことをさらに補足する。
 これで、苔鼠と人食い鼠、そして暗殺鼠の資料はかなり充実してきた。
 こんな調子で寮生達は手分けしながらこの遺跡に住むアヤカシをかなりの種類調べることができた。
 もうすぐ、調査帰還は終了するが、集めた情報はかなりな数と枚数になっているので、ここ数日開拓者達は小さな拠点場所を作り、そこを中心にして敵に向かっていた。
「今回見た中で、あとやっかいなのはやはりあの蜘蛛でしょうか? 後ろにも大きな口があるなんて知らないと、後ろから近寄ってガブリ、ですよ〜」
「あと、あの変なスライムも。毒も効かないし、変な液で武器を溶かそうとするし‥‥」
「毒攻撃してくるから普通に攻撃もしづらかったしな。まあお前がいてくれて助かったよ」
 劫光に褒められて小さな人妖双樹は、劫光にしがみ付くと嬉しそうにかわいらしい笑顔を見せた。それを生暖かく見つめ笑いながら朔は汁椀を二人に差し出した。
「はい、暖かいものができましたから、どうぞ。食事は全ての基本ですから‥‥。しかし趣味だったんですか? そういう方‥‥」
「違うわ!!」
 仲間達もそんな光景に思わず頬が緩む。
 陰陽寮でふとしたことから出会ったこの人妖は、初めて出会った時から劫光を慕っていたし、劫光も彼女を得ることになって以降大事に思っているようだった。表には余り出しはしなかったけれど。
「しかし、こうしてみると一度踏破した遺跡の、倒したことのある敵でも見るべき点は多いのですね。興味深いです」
 集めた資料を確認しながら静音は感心したような声を上げる。
 ただ、倒すだけでは解らない、気にしない敵の生態がそこには記されていた。
「まあ、陰陽寮の課題だ。無駄な実習はさせないさ」
『そうです。今後、開拓史において重要な位置を占めるアヤカシの情報です。我々の持ち帰る情報によっては、文字通り未来の誰かの生死が左右され得るのですから。努々疎かにはできませんよ』
 確認するような青嵐の言葉に寮生達は新たに心構えを確認したように頷く。
 残り日数あと僅かであるからこそ、気を引き締めて行かねば‥‥。
「あら、大変。向こう側の奥の方に、かなり大きな甲虫が‥‥カメムシにも似ていますけれども‥‥カブトムシのようでも。‥‥ゆっくりですがこちらに近づいてきますわ」
 アッピンが告げた人魂からの反応に寮生達は立ち上がる。
 休憩は終わりだ。
「よし、行くぞ。甲虫なら防御とかも高い可能性がある。俺達が攻撃してその強度とかを計るから皆は後ろから援護を頼む」
「勢い余って簡単に倒さないで下さいよ。資料が作れません」
「今度は毒が効くかな‥‥ちょっとやってみていい?」
「譲治さん、アヤカシ拓は今度は最後の最後にして下さいね」
「わーかっているのだ!! 喪越よろしく頼むのだ」
「任せろ。ジョージ。今度はしくじらねえぜ!」
 ノエルはそんな仲間達を見つめ、また闇を見つめた。
「‥‥考え方によっては可哀想な気もするかもしれませんね。嬲られ続けるわけですし‥‥」
 小さく、ほんの少しだけアヤカシに同情しながら‥‥。

 そんな賑やかかつ充実した一週間を終え、たくさんの資料と共に寮生達は全員が無事、山からの下山を果たした。
「ただいまなのだ〜。強」
「待たせましたね。嵐帝」「クリムゾンもただいま〜。寂しかった〜〜?」
 留守番役の龍朋友たちとの再会を喜ぶ、寮生達の背後。
「行きましょうか? 十六夜」
 朔は仲間達に何も告げず、そっと朋友に声をかけた。
 一人きりだと思っていた行動にふと静かな声がかかる。
「私達も‥‥連れて行ってくれませんか? 朔さん」
「紫乃さん。真名さんは?」
 その問いに紫乃は俯いて答えることをしなかった。
 朔は純粋に二人が、仲が良いと思って聞いたのであろうけれど、彼女の心の中には遺跡の中で真名が言ったことが今も響いている
『ねえ、紫乃‥‥私ね、朔のこと‥‥』
 彼女が困っていることに気付いたのだろう。朔は何も言わず彼女に手を差し伸べる。
 密かに五行から龍が飛んだことを寮生達が知るのは少し後の事。
 課題の失敗を知った時であった。

●課題。その後。
「なんで、合格って言われなかったか? そりゃあ、合格じゃないからだ。やっぱり引っかかっちまったてたか〜」
 戻ってきた三年生は、講義室に集まっていた一年生達にそう言って苦笑いとしか言えない表情を浮かべていた。

 試験期日最終日、一年生達は無事に遺跡から戻ってきていた。
 資料は試行錯誤しながら様々な面から調査し、かなりなものができた。
 個体の感覚器官や毒の耐性調査を取り入れた上、絵の上手な者達が注意深く挿絵を描いた。さらにアヤカシ拓という今までにない発想で等身大のアヤカシの資料も作った。
 事前に見せて貰ったアヤカシの資料を基に、さらに詳しくできたと意気揚揚の帰還であったのだった。
「んっ‥‥。いつもとは違って純粋に疲れました。これが役に立つときが来るのかな」
 集まった書類を持って、彼らが一年の講義室に集まって暫し。既に仕事を終えた気満々の寮生達の元に
「戻ったようですね。成果はどうでしたか?」
 寮長各務紫郎がやってきたのだ。
 彼らは書き上げた資料を寮長に慌てて差し出し寮長はそれを受け取った。
「なかなかよくできているようですね。確かによく調べてあります」
 言葉だけ聞くなら褒めてくれていると思えるだろう。ふざけすぎかと思われたアヤカシ拓も何事もなく認められている。
 だが‥‥なぜか空気は冷たい。
「良いでしょう。後で確認もしますが、今回の調査については申し分ありません。課題は達成したとしましょう。では、私は少し出かけます。では後でまた」
 書類を持って部屋を出て行った寮長の言葉を聞いて、課題が終わったと手放しで喜ぶものはいない。
 当然と言える。
 彼の声に、仕草にはいつもと違う何かがあった。でも、その何かが何か解らない。
「何か、しくじったのか? 俺達は‥‥」
 悩む劫光がそう呟いた時、入口の扉が再び開いた。
 入ってきたのは答えをくれる寮長、ではなく三年達であった。
「あ! さぶろ〜」
「たっだいま〜っと。譲治。お守り返しに来たぞ。ありがとな‥‥って、どうした? お前ら、元気がないな」
「報告に行ったら寮長が、なんだか怒った顔で出かけて行きましたが‥‥何かあったのですか?」
『やっぱり怒っていましたか?』
 浮かない顔の後輩達を心配するように問いかけてきた三年生に、青嵐は事情を説明した。
「今までの課題では合格、と必ず口にしてくれてたんだ。なのにそれが今回は無かった。どうしてなのかな?」
 折々の問いに帰ってきたのが、最初の言葉であったのだ。
「合格じゃないって、なんでなのだ。さぶろ〜〜」
 苦虫を噛みしめたような折々や泣き出しそうな譲治に、不合格ってわけじゃないから、と手を振って、だがため息に似た息を三年生は吐き出した。
「私達も一年の時やってしまった、というか毎年大体の一年生がこの実習で失敗することが二つ、あるんだ。お前達もそれを踏んでしまったってことだな」
「二つ? なんなのだ?」
 譲治の丸い目に逃げられないと思ったのだろう、後でホントは寮長が教える事なんだけど、と前おいて三郎は答えてくれたのだ。
 今回の課題の真意を。
「実はな、今回の資料作りそのものは、特に一年生は採点課題じゃないんだ」
「ええ!」「どういうことです?」
 詰め寄る一年生に落ち着けと言いながら、三年生は説明してくれた。
「朱雀寮生なら工夫して正しい調査をするのは当たり前だからそれを採点はしない。ああ、資料作成が無駄って訳じゃあないぞ。その逆。寮長は厳しいこと言ってたけど、寮生の調査は絶対に信用されているから提出された資料はどんなものも、ほぼそのまま全て、採用されるんだ。
 今回の実習目的はただ戦って倒すだけじゃない視点でアヤカシを見る事で、採点課題は二つだけ。
 一つは、実習の結果をちゃんと纏めて寮長に報告しに行くこと。大抵一年生ってのは、資料集めに精いっぱいで、それを纏めることができないで、それ以上に報告まで頭が回らない」
「‥‥何より先に‥‥戻ってきた報告、するの。寮長‥‥ああ見えて、すごく、心配して‥‥待ってるから」
「あ゛」
 開拓者達は手を叩き、また口を押える。確かに、そこまで頭が回っていなかった。
『少しは‥‥纏め初めていましたし、後から纏め提出しようとは思っていましたが‥‥』
 青嵐の反論を三年生は手で制する。
「資料は後で良いの。大事なのは行動報告。自分達がどんな行動をして、どんな結果になったかを報告すること。的確にね。‥‥普通ギルドで依頼を受けている時は依頼を達成すれば終わりだからいいのかもしれないけど、これは授業で課題だから。集団に属し、命令を受けて動く以上、終了後の報告は絶対に忘れてはいけないと、いうことなの。将来陰陽師として五行に仕える可能性があるならなおのこと、よね」
 今、ここにいるのは全ての責任を自分で背負う開拓者ではない。五行に属する一人の陰陽寮生。と考えれば命令を下して待つ寮長への連絡、報告は確かに必須と言えた。
「そしてもう一つ。多分今回はこっちの方が寮長の失望を買ったな。お前さん達。うちの朔はどこに行った? あいつのパートナーもいないっぽいが?」
「パートナーって紫乃? あれ? そう言えばいないわね‥‥」
「なんか、用事があるからと、おっしゃっていたような気がしますが‥‥」
 きょろきょろと首を回す真名に静音が答える。
 三年の言葉で初めて二人が戻ってきていないことを一年生達は思い出したのだ。
「‥‥裏課題に気付いた‥‥んじゃないね。きっと、本能‥‥かな?」
「そうね。優しい子達だから」
「裏課題? ってまさか!」
 顔を合わせた三年生の言葉に気付いたのであろうアッピンに三郎は、そう、と頷く。
「寮長、言ってただろ。遺跡から逃げたアヤカシに苦しめられている村があると。それを課題の行きでも帰りでもいい。気が付いて助ける事。それが今回の依頼の裏課題で、本当の採点課題なんだ」
「!!!!」
 一年生達は今度こそ本当に言葉を失った。確かに寮長はそう言っていた。
 聞き逃すなと言われていたのに完璧に失念していたことそのものに今、気付いたのだ。
「言われたことをただ果たすだけなら、子供の使いと同じ。でも、陰陽寮で学ぶ以上、目指すのはより高みにある自分の筈。ならば言われたことを果たすだけではなくそれ以上を常に目指しなさい、と。私達も一年の時に言われた。まあ、それ以上に朱雀寮生なら困っている人を知ったら見過ごすなって怒られたんだけどな」
 苦笑いする三年生に一年生達は顔を見合わせる。確かに幾度となく言われたことだった。
 陰陽師の力は人を助け、守る為にあるのだと。
 一年生達の口の中に苦いものが広がる。
 今回の実習は大成功だと思っていた自分達が、恥ずかしくさえある。
「ぐはあっ! 意地が悪いにも程があるぜ」
 頭を押さえる喪越にまあ、仕方ないし、いいんだよ、と三年は笑う。
「今、私達は失敗しないと解らないことを学ぶチャンスを与えられているんだから。さて、行くか?」
 三年生達は頷きあって扉に向かう。
「どこへいかれるのです?」
 アッピンは呼び止めた。
「どこって、決まっています。寮長を手伝いに。いろいろ道具や薬、それに人手も必要でしょうから」
「寮長をって、あ、ひょっとして‥‥」
 寮長の言葉を思い出した静音にそう、と委員長達は頷く。
「今頃あの子達も、寮長に怒られてる筈ですね。学年別行動と言ったのになぜ、皆に相談しなかったんですかって。ちゃんと相談すれば皆さんは一緒に行ったでしょうにね?」
「‥‥貴方達も行く? 村に‥‥」
 振り返って手を差し伸べる三年生。
 おそらく、今頃村でアヤカシ退治をしている仲間達と寮長。
 寮長は言った。後でまた、と。

 一年生達の答えは、もちろん一つであった。