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■オープニング本文 ここは五行の陰陽寮朱雀。 一年講義室。 月に一度の合同授業の日。 集まった一年寮生の前に来るはずの朱雀寮長 各務 紫郎はまだ姿を現してはいなかった。 珍しい、と待つ寮生たちは思う。 彼は几帳面で、時間に厳しく、今まで刻限に遅れたことなどなかったのに。 「おーい。一年!!」 聞き覚えのない声と共に扉が開いた。 入ってきたのは一年生寮生の多くが見覚えのない、長身の青年であった。 「遅くなってすまない。寮長から伝言があるんだ」 「誰?」 一年生達の多くが目で問うた疑問に気づいたのだろう。ああ、と青年は笑って指を立てる。 「私は西浦三郎。朱雀寮の三年生だ。よろしく」 胸につけた朱華の目の色がよく見れば違う。 一年生達は入寮式の時以降、初めて見る三年生に目を大きく見開いた。 観察する者もいる。陰陽寮の入寮資格に年齢制限は基本ないので、一年生と言っても年齢は十歳から二十代まで様々だ。 目の前の青年は十代後半。明らかに年上の者も多い。 だが、目の前の人物が『先輩』であると一年生達は納得する。 彼には歴戦の開拓者達の前で臆することのない自信と、実力を感じるのだ。 「あ、っとそんなことを言いに来たんじゃないんだ」 思い出したように手を叩くと三郎は、教壇の前に立ち一年生達にこう告げた。 「五行の外れに小さな村がある。そこには朱雀寮出身の陰陽師がいるんだが、近くの山にアヤカシが出たという依頼を受けて、討伐に行って行方知れずになったらしい。寮長は陰陽師の妹の依頼を受けてその村に、調査に行っているんだ」 陰陽寮朱雀は生徒の実習を兼ねてこんな依頼を受けることがある、と続けたうえで三郎は一年生に告げる。 「寮長からはもし五日位経っても戻らない場合には、一年生を実習として村に寄越すようにと伝言されている。課題は村を襲うアヤカシ退治。アヤカシはかなりの数でかなり手ごわいものもいるらしい」 三郎からは村までの地図と寮長からの手紙が手渡される。村までは徒歩で一日前後。龍を使えばもっと早いだろう。 『私が戻らない場合、出迎えや情報提供、手助けなどはできない状況であると思って下さい。実習というにはかなり危険な事態ですが皆さん自身が決断し、行動してくれることを期待しています』 寮長からの手紙にはそう書かれてあった。 「お前達が行かない、もしくは失敗した場合は三年生が手伝いに行くことになっている。寮長も言うとおり実習というにはかなり危険だからな。寮長は待っている、と言ったが無理強いはしない。どうする?」 ざわめく一年生達に三年生はそう問いかけた。 三郎は後に思う。 あの時、自分も着いていくべきだったのではないかと。 「寮長‥‥。これは‥‥」 村からの使い、三郎も見知った先輩の妹は泣きながら、小さな襟飾りを差し出したのだ。 砂に汚れて踏み捨てられたというそれを寮長は無言で取り上げ、じっと見つめた。 「お兄ちゃん‥‥もし戻って来なかったら、もし、戻ってきてもこれをお前の‥‥所に受け取りに来なかったら‥‥寮長に‥‥伝えろ‥‥って。お兄ちゃん、お兄ちゃんが‥‥」 差し出された朱華の表す意味を、彼らはよく知っている。 「お兄ちゃんは‥‥、お兄ちゃんはもう、いないの?」 少女を無言で抱きしめると、寮長は立ち上がった。 「寮長!」 「彼が待っているのなら、私は行かなくてはなりません」 「ですが!」 あとを着いてきかねない三郎を手で制し、寮長は一度だけ振り返った。 「一年生には少し酷かもしれませんが、開拓者でもある彼らなら、きっと大丈夫でしょう。待っている、と伝えて下さい」 自分達ではなく、一年生を呼んだ寮長の行動の意味を噛みしめ、彼は祈るように天を仰いだのだった。 |
■参加者一覧![]() 18歳・女・陰 ![]() 20歳・男・陰 ![]() 20歳・女・陰 ![]() 33歳・男・陰 ![]() 15歳・女・陰 ![]() 15歳・男・陰 ![]() 15歳・女・陰 ![]() 22歳・男・陰 ![]() 17歳・女・巫 ![]() 20歳・女・陰 ![]() 13歳・女・陰 ![]() 17歳・女・陰 ![]() 19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●一年生の出立 早朝。朱雀寮の正門前。 出立の準備を整えた寮生達が、今、まさに出発しようとしていた。 目的地は五行の外れの村。 そこは今、アヤカシに襲われている。それを助けに行くのだ。 「ほら、これを持ってお行きなさい。基本的な薬草や包帯をそろえて置いたわ」 三年生の一人が俳沢折々(ia0401)に小さな箱を差し出した。 中に入っていたのは彼女の言うとおり止血剤に薬草、包帯、基本的な治療用品一式。 「あ、ありがとう」 「自分の分を持っていこうと思っていたから助かります」 頭を下げた折々と泉宮 紫乃(ia9951)にその三年生は小さく笑って手を振った。 この場にいる三年は彼女だけではない。 『アヤカシの情報を集めたいのです。力を貸して頂けますか?』 そう言った青嵐(ia0508)の言葉に三年生用の図書室まで開け、資料を用意してくれた先輩もいる。 差し入れだと弁当を差し入れてくれた先輩もいる。 三年‥‥いやひょっとしたら上級生全員がそこにいたのではないかと思う程のそれは見送りだった。 「三郎殿」 その中で見知った一人にアルネイス(ia6104)は声をかけた。 なんだ? そう行って振り返った西浦三郎の目をまっすぐに見て問いかける。 「三年の方も行動できる状態にあるのなら一緒に問題を解決した方が良いと思うのですが、それは出来ないのでしょうか?」 「あんた達が動かず俺達ってのは、プライド、じゃないよな? 政治的な意味か、開拓者でなきゃ危険って意味か?」 「それは‥‥多分行けば解る。俺達が行くことで状況が変わっていたなら寮長はきっとそう判断したろう」 ピン! 指で何かをはじいて三郎は劫光(ia9510)に何かを投げ渡した。劫光の手の中に落ちたそれは土まみれの朱華。 「こいつは‥‥」 「やれやれ。のんびり学舎生活を送れると思ったら、いきなりハードな展開だなぁ。入学金取った上に安くこき使うつもりじゃあんめぇな」 後ろからかかった喪越(ia1670)の声に劫光は手の中のものを握り締めた。いつも行動全てが冗談のような喪越であるが彼もまた開拓者である 「ともあれ、アヤカシ退治ならプロのつもりよ。とっとと行って片付けるとしますか」 「そうそう。一択なりよねっ。行く準備準備っ♪ 賽子振るなりよっ! ‥‥あっ」 明るく笑った平野 譲治(ia5226)の笑顔が凍りつく。出た賽子の目は二。お世辞にもいい結果であるとは言えない。 「こら! 行く前から考えすぎるな。悩むのは後だ! 寮長はお前達を呼んだ。お前達ならできる、とな」 くしゃくしゃと譲治の頭を撫でた三郎が豪快に笑う。それにつられ譲治の顔にも笑顔が戻った。 「そうなりね!」 「応えましょう。寮長は待っているって言ってくれたんだものね」 真名(ib1222)の言葉にアッピン(ib0840)も頷く。 「確かに‥‥気になることはありますが、それは行ってみないと解りませんね」 尾花朔(ib1268)は預かっていた資料をパタンと閉じて瀬崎 静乃(ia4468)に渡した。静乃は玉櫛・静音(ia0872)と顔を見合わせ、頷きあう。 ここで出来ることはここまでだ。後は、行くしかない。 「全速力で行きます。お願いしますね。シエル」「クリムゾン、急ぐわよ」「ミストラル。急行するから」 ノエル・A・イェーガー(ib0951)を始めとする駿龍に跨った者達は先行する。 「おおっ! 強の背は久方ぶりなりねっ!」 甲龍の部隊は少し遅れて。だが出立は一緒であった。 「では、行ってきます」 旅立っていく開拓者達を、寮に残る生徒達はその姿が消えるまで見送っていた。 ●敵の姿 『おかしいですね』 甲龍嵐帝から降り立った青嵐が最初に告げた言葉がそれだった。 駿龍で先行したアッピンらから遅れること少し、村の外れに降り立った寮生達は己の龍達を労わりながら明らかに通常とは違う何かを感じ息をのんだ。 確かに、人の気配がしませんね。昼だというのにどうしたのでしょうか? ん!」 羽音に身構えた朔が自分の甲龍十六夜に待機を命じる。 降りてきたのは同時に到着した仲間達だ。 「どうやら空にはアヤカシはいねえなあ? 先に行った連中が片づけてちまったのならともかく」 「文幾重、お疲れ様」 偵察に回ってきた喪越は甲龍鎧阿から飛び降りそう言って、静乃も頷いた。 「ってえことは空から襲われたとかじゃねえってことか? 寮長はどこだ? 空からの呼子、聞こえなかった訳じゃないだろうに?」 寮長の龍も見えないな。 周囲の様子を伺おうと朔が人魂を放ったその時、寮生達の前に真紅の輝きが飛んできて円を描いた。 「これは! 朱雀?」 寮長の人魂? 寮生達がそう思ったのと同時。 「あ! 皆来たね。こっち!」 人魂と同じ方から人影が見える。先行した折々達だった。 「寮長や村人は? 説明は後よ。とりあえず集まって!」 珍しくアッピンが剣を持っている。その様子に瞬きした瞬間寮生達は周囲の森から近づく気配に身構えた。 正確に言うなら気配などない。近づいてくるのは音と身体のみ。 ただ朽ちた体で近づく食屍鬼達があったのだ。 「こいつら! 真っ昼間から!? 朔下がれ!!」 劫光は目の前の敵ではない何かを見つめるような朔を仲間の方に押しやり、敵の前に躍り出た。 まだ人の血肉の残る身体を纏うアヤカシ。だが、食屍鬼となった人間を救う術はない。 躊躇は刹那。 「火太名!」 斬撃符を放った劫光の声に応じる様に炎龍は敵に向かって炎を吐き出した。 「いったん下がるぜ。鎧阿、援護だ!」 『頼みます。嵐帝』「強!!」 男達は女達を庇うように敵に龍達と反撃を加える。 幸いというか現れた食屍鬼は数体。加えられた攻撃にそれらは簡単に膝をついた。 「朔さん、行きましょう」 紫乃に手を引かれ朔もまた走り出す。だがその瞳は既に握りつぶされた人魂の見たあるものを今も見つめていた。 開拓者達が案内されたのは村の外れ、周囲の家々に比べると明らかに広い家であった。 調度などからもおそらくはこの村の長クラスの家であると解る。 その中には不安に顔を揺らす村人達が集まっていた。 「待っていましたよ」 村人達の顔を見回した寮生達に、懐かしい声がかかる。 そう長い時間見なかった訳ではないのに、不思議な懐かしさを感じるのは心配していたからであると思うことにする。 「寮長‥‥」 微かに疲労の色を感じさせるが、寮長の様子はいつもと変わりない。 いろいろと言いたいことはあるが、その横にいる少女と後ろで頭を下げる男性に寮生は寮長の言葉を待った。 「もう一戦交えたのならお判りでしょうが、この村を食屍鬼の群れが襲っています。私が到着した時点で人々はここに集めたので村人の被害は最小限に済んでいますがまだ二十を超える食屍鬼が村を取り巻いているようです。私と龍だけでは人々を守るので精一杯でした。皆さんが来て下さって助かりましたよ」 「寮長が苦戦ですか。数の暴力は確かに脅威ですけど‥‥本当にそれだけ?」 「この村を守っていたという陰陽師殿は?」 ノエルと紫乃の返答には答えず、彼は続ける。 「敵は言った通り食屍鬼。知能の少ない、大した敵ではありませんが、今回は思いの他統率が取れた動きで襲ってきます。彼らを率いていると思われるアヤカシがいるようです」 「‥‥寮長」 寮長の話に朔は一度だけ目を閉じると仲間達を見つめ、こう告げた。 「私はここに来る途中人魂で、アヤカシの中に立つ青年の姿を見ました。彼がそうであるなら、アヤカシはこの村の陰陽師であった方に憑りついておられるのですね。既に死して身体を奪われているとそうお考えですか?」 あ、と静乃、静音は声を上げる。寮で先輩達から預かった書物に書かれてあったのは人を魅了して操る技や、人に憑りつきその身体を操る術を持つアヤカシのことが多かった。仲間達にも知らせてあるから彼らも朔の言葉を聞いた時点で理解している筈だ。 「アヤカシの憑依は恐るべき術である。‥‥アヤカシに魅了され操られているだけであるのなら、敵を倒せば助けられる。でも‥‥憑依であるなら憑かれた時点で殺されており、助かる術、助ける術は‥‥ない」 静乃の言葉に寮長は今度ははっきりと頷く。 「その通りです。ここ数日の様子を見て彼は、既にアヤカシに憑依されてその身体を奪われていると判断しました。故にあなた方に実習を命じます」 「本当にいいのか? 寮長」 劫光はピンと指の中のものを寮長に弾く。 彼はそれを受け取った上で背後の村長と横の少女に一度だけ視線を送り、そして躊躇いのない声で寮生達に告げる。 「村を襲うアヤカシを掃討しなさい。例外のない完全な抹消を。それが合格の条件です」 部屋の中に集った人物達からの返事は沈黙、それだけであった。 ●その最期 草木も眠るという深夜の刻。 時折聞こえるいくつかの羽ばたきの音以外虫の音さえない漆黒の闇の中、寮生達は屋敷の周囲を取り巻くように立ち森を見つめていた。 「‥‥例外のない、抹消‥‥」 そう呟いたのは誰であるか、耳にした者と呟いた者以外知る由もない言葉は、やがて高らかに響いた笛の音に遮られる。 満月に近い月夜。頭上を飛ぶ仲間達の旗と動きが森からの敵の接近を知らせる。 「森から敵が来ます。その数、二十以上、おそらく総攻撃とかけてくると思われます」 寮長は言っていた。彼らは夜に襲撃を行ってくると。 こちらに人が増えたことを知るなら、今日にも全滅させる気で襲って来るであろうと。 「‥‥その最奥に人影があります。陰陽師の服を纏った若い男性。おそらく‥‥」 唇を噛んで言いよどんだ紫乃の頭をぽんと撫でて折々は救急箱をその手に渡した。 「後ろ、お願いするね。わたしたちは陰陽寮の一員だから、これくらいで怯んでいられないよ」 「紫乃さん、危なくなったら呼んでくださいね、大切な幼馴染みですから‥‥十六夜、後ろは任せましたよ」 そう声をかける仲間達の笑顔が切なくて、紫乃は目元に滲むものを拭って前を向いた。 「出でよ。ムロンちゃん。みんなを守るのです!」 「ぐっふっふ、アヤカシどもにムロンの恐ろしさを教えてやるのだ〜!」 「不動、お願いね。私は、玉櫛の陰陽師。 陰陽を生業とする家を背負う私に無様は許されません。 それにこの力で護れる者を護れずにいる等、陰陽師として開拓者として、自らが許容できるものではありません」 召喚したジライヤに跨り構えるアルネイス。甲龍と己に言い聞かせる静音。 家と、仲間を背後に守るように寮生達は持ち場についた。 周囲の地形や様子は把握してある。加え多少村の建物に被害が出てもいいというお墨付きだ。 「来た! 行くぞ!」 上空を舞う譲治と静乃の龍達が初撃を与えるのが見えた。 それを合図とするように寮生達は符と武器を抜く。 陰陽寮朱雀一年生の、実習という名の初めての実戦がここに始まったのだった。 本来の陰陽寮の一年生であるならばかなり苦戦した戦いであったろう。 陰陽師の得意は術であるが故に体力や近接戦闘においては一歩も二歩も譲る。 だが、今年度の一年生に関しては事情が違った。 既に殆どの者が開拓者としての実戦を体験し経験を積んでいる。 「アヤカシ退治ならプロのつもりよ」 そう言った喪越の言ったことははったりでもなんでもなく、彼らは敵を倒していった。 上空からは譲治と静乃が龍を駆りつつ雷閃や火輪の術を放つ。 「お行き!」「『影音』、突き刺しなさい」 アッピンと静音の眼突鴉が敵の目を狙う様に攻撃を仕掛け、 『奔れ! 蛇姫!』 「ウン・バク・タラク・キリク・アク! 我に力を!」 その綻びに青嵐が蛇神を劫光が霊青打を打ち込んでいく。 敵は無痛の食屍鬼であるが為、どんな攻撃にも動きを止めず腕がもぎれても頭が欠けても襲ってくるが 「うがち! 援護を」 「ムロンちゃん! 螺旋砲を!」 『ふぁいあー』 護衛の龍達やジライヤも踏み潰していく。折々の呪声が効いているのか、一番心配された各方向からの挟み撃ちもなかった為、体力、練力の消耗と引き換えに、彼らの足元に一体、また一体と食屍鬼は死体となって積み重なって行った。 「紫乃! 私はそっちを見るわ! 彼をお願い!」 「はい。無理は‥‥しないで下さいね」 傷を治療し包帯を巻く紫乃に劫光は微笑だけで答えてまた飛び出していく。 「貴方達がいるから、安心して戦えます」 そう朔は言ったが、背後に守られることに心配げな紫乃を励ますように真名は笑った。 「力尽きたら回復もできないんだから。注意して行きましょ。それにそろそろ‥‥来るわ」 彼女らは息を切らせる仲間達の背中越しに、前を見た。 『君達は陰陽寮の生徒ですか? なかなか優秀そうだ』 そこには手下という盾を失ってもなお、しなやかに立つ一人の青年が立っていたのだった。 正直な話、寮生達は彼の登場に背筋を震わせた。 かろうじて何名かの開拓者達はその眼を睨み返せたが、何人かは震える手に攻撃の符を下していたのだ。 「おめえ、何者だ!」 『私は名もなければ姿もない吸血鬼。何者だと問われれば今はこの陰陽師であると答えておこうか』 『彼』は楽しげにその口の端を持ち上げる。寒気がするその笑みは確かに人間が持つものではなかった。 『ふむ、こんな陰陽師よりもここにいる者達は皆、優秀なようだ。どれにしようか迷ってしまうねえ〜』 吸血鬼と名乗った者の言葉に誰かがギリリと歯噛みするのが聞こえた。 「もし、仮にここにいる誰かが貴方に身体を差し上げたとしたら、貴方はその身体から出てその方を助けて下さるのですか?」 「紫乃!」 問いかけた紫乃の言葉に真名が声を上げるが、それを聞いた吸血鬼はさあ、と肩を竦めるのみ。 『代わりをくれるなら返してあげても構わないよ。身体も魂も食われつくした身体をそれでも欲しいというなら、だけどね』 「寮長の言う通りか。なら、安心した。躊躇わずにすむ」 『ん? 何を言っている?』 吸血鬼はこれだけの開拓者に囲まれながら、有利と思っていた愚かなそれは、瞬きした。集まった者達からまるで、燃え上がるような怒りの炎が見えたのは決して錯覚ではあるまい。気づけば自分の身体も縛られている。蛇のような鎖に。 「元人間だろうが現アヤカシである以上‥‥敵性とみなし排除します。 元に戻る可能性が無い以上、放っておいても害しかありません」 ノエルは冷酷に言い放ち敵を見る。 『我々に敗北は許されません。陰陽寮に属するものとしても、開拓者としても。 人々を理不尽より護る為に我々は存在するのですから。 それが、我々の義務であり責任なのですから』 青嵐は合口を握り、アッピンも剣を抜いた。怯むことも躊躇うこともなく吸血鬼を睨みつける。 『き、貴様らいいのか? 俺が死ねばこいつは‥‥』 「お前が言ったのだ。もう死んでるって。幻想の具現は‥‥もうさせないなり!!」 微かに目元に浮かんだものを振り払う譲治。 「それに、例えそうだとしても、私達は躊躇いませんよ。躊躇いは、己を仲間を危機に貶めます。覚悟は常に。己の行動は己に帰る‥‥背負い胸に刻みましょう」 『ま、待て!!』 初めて恐怖のような声を浮かべたそれは、だがもう逃げられなかった。 『ぐ、ぐああっ!!!』 この世のものとは思えない悲鳴を上げて地面にのた打ち回る。目に見えない何かが、吸血鬼と陰陽師の身体を犯し、蝕んでいく。それは喪越の放ったヨモツヒラサカの呪い。その瞬間を見逃す開拓者はいない。 剣が、合口が術が彼の身体に吸い込まれていく。 「うわああああ!!!」 人の声帯から最後に放たれた声と共に揺らめく黒い影が、青年の身体から抜け出していく。 「逃がさないよ!!」 揺れる影の眉間を矢が射抜き、幾筋の斬撃がまるで鎖のようにそれを縛めた。 『こんな‥‥こんな‥‥バカ‥‥な』 黒い煙は最後まで敗北を認めずに闇に消える。 開拓者のほぼ全員、立つこともできない疲労と怪我の中、紫乃と真名が倒れた青年の元へ走って行くのを誰も止めなかった。 「‥‥」 どうだ? と目で問う仲間に二人は同時に首を横に振る。 「そう‥‥か」 ある者は木に背中を預け、ある者は崩れ落ちる様に地面にへたり込み、ある者は龍の首にしがみ付く。 紫色に染まりつつある空気の中、村を襲う瘴気の気配は完全に消失し寮生達は課題を全うしたことを実感したのだった。 ●陰陽師の覚悟 村はずれの墓地の片隅に小さな石碑は建てられた。 村長の息子で村を守ってきた陰陽師の墓にしては粗末なものであるが、今の彼は村を危機に陥れた存在と言われている。 命がけで村を守ろうとしたであろう彼に勝手なものだと寮生達は思ったが 「そんなものですよ」 小さく言って墓に手を合わせる寮長に従う様に彼らも手を合わせた。 「彼は、志体を持たぬ陰陽師でした。村長の息子として生まれ、村を守る力が欲しいと苦学に苦学を重ねて陰陽寮に入寮し、勉強の末陰陽師の技を得ました。志体を持つ仲間に比べ圧倒的不利な状況にありながらも、必死になって勉学を重ねたのはアヤカシから村や妹を守りたかったから」 「さぞ、無念であったでしょうね‥‥」 静かに花を手向け、祈りを捧げる紫乃の目からはこぼれそうなほどの涙が溢れる。 「紫乃さん‥‥」 その涙をぬぐおうと朔が立ち上がるが、紫乃は自分でその涙を拭った。 「大丈夫です。後悔したりなんかしません。立ち止まったりしません。守られるだけでなく守りたい。共に歩む存在になりたいと‥‥決めたのですから」 二人の様子に小さく笑って寮長は立ち上がった。振り向き寮生達を見つめる。 「この村に貴方方を呼ぶと決めた時点で、彼の死亡は確信していたとはいえ、それを伝えず酷な依頼をさせた事を詫びましょう。ですが、覚えておいて下さい。陰陽師はアヤカシに近しいもの。時に人に忌まれ、時にアヤカシに狙われる。開拓者であるなら当たり前の事でもありますが、ほんの僅かな油断が死に直結することは多いのです。だから‥‥」 『覚悟せよ、と。力あるものの、いえ、陰陽師の責任と覚悟を。人を守るこの手で、人や仲間を殺めなければならない時もある、と』 「そんな覚悟はとっくにできているさ」 噛みしめるように言った青嵐の言葉を振り切るように劫光は言う。 「陰の道も陽の道も受け入れ、希望を見出すのが俺達の選んだ道だ。二度と俺達の目の前でそんなことをさせはしない」 フッと、寮長が微笑んだ。真っ直ぐな劫光の眼の光。そしてそれに頷きあう譲治や真名、アッピン。 静音や静乃達。喪越さえも真剣に彼を見つめている。 「それでは今回の実習は合格としましょう。預かっている依頼料も皆さんに報酬としてお渡しします。村の事は報告と手配をしてありますので、後の事は任せておかえりなさい」 小さな包みを一人に握らせて、微笑む寮長の言葉に寮生達は頷いた。 アルネイスはムロンを、折々はうがちを労う様に撫でて仲間達と朋友にこう告げたのだ。 「そうですね。帰りましょうか?」 「うん。帰ろう。陰陽寮へ」 事後処理の中、寮長は自らの寮を選んできた者達を頼もしく思っていた。 課題、実習を逃げ道にせず彼らは自分の意志でここに来て、己の責任を背負い戦ってくれたのだ。 朱雀寮は仲間であり、友であり一つの家族。 「見ていますか? 貴方の思いはきっと彼らが受け継いでくれるでしょう」 今はまだ告げないが、いつか彼らと本当の意味で共に背中を預け戦う日が来るであろうことを彼は感じ静かに微笑んでいた。 陰陽寮に帰って後、ノエルは寮長から頼まれた通り預かった小さな包みを寮の片隅に埋めた。 『彼女からここに帰してくれと言われました。いつか、あの子もここに来ると‥‥』 中に何が入っているかは見ていないし見るつもりもない。 だから捧げられた花も知らないふりをする。上級生が祈り捧げた 「おかえりなさい」 その言葉も。 |