【弧栖符礼屋】消えた鎧
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/11 11:12



■オープニング本文

 まだ夏の暑さは厳しいが、朝夜の風が夏の終わりを告げ始めるある日。
「ふう〜。この夏は忙しかったけど充実してたなあ‥‥」
 客の切れたある日、店の掃除をしていた少女美波はそう満足げにつぶやいた。
 ここは貸衣装の店、弧栖符礼屋『西門』。
 本来は花嫁衣装や礼装を貸し出すのが仕事の主であったが、近年この店主代理の少女美波のアイデアと、開拓者の協力によりお気軽に変身、変装を楽しめる店として、徐々に客層を広げつつあった。
 この夏も夏祭りの仮装大会とタイアップして浴衣の貸し出しや、貸衣装でかなりの収入を得た。
 お客もだいぶ増えた。
 今までは地味に目立たないように商売であったが‥‥
「これを機に、目指せ売上アップ! 蓮君にも連絡とって、新作増やして、神楽の新観光名所にしてやるわ!」
 美波は張り切っていた。
 だが、そのやる気と勢いに水を差す或る事件が発生する。
「あれ? 衣装が戻ってきていない‥‥?」
 在庫整理とメンテナンスをしていた美波は、ある衣装が戻ってきていないことに気付いたのだ。
「ジルべリア風の騎士の鎧一式。マント‥‥、それに剣と盾が、ない!!」
 あわてて貸出票をチェックする。
 貸出票には
『神楽の都 藤九郎 貸出理由 恋人へのプロポーズの為』
 返却期日はとうに過ぎている。
「急いで返して貰わなくっちゃ」
 美波は慌てて、貸出票に記載された藤九郎の家へと出かけて行った。
 だが、そこで聞いたのは思いもよらない話であった。

「栢山遺跡に一般の人が迷い込んだらしいんです」
 美波はそう開拓者ギルドに依頼を出した。
 依頼書によるとその人物藤九郎は志体を持たない一般人。
 だが鎧を身に纏い剣を携え、堂々とその遺跡に入り込んだようだという。
「彼は、好きな相手にプロポーズをしたらしんです。ただ、その相手はプロポーズにこう答えた。‥‥栢山遺跡にあるという宝物を手に入れてくれたらあなたと結婚するわ」
 かつて栢山遺跡発見の噂が流れたころ、遺跡に関われぬ人々の間は様々な憶測が流れたらしかった。
 いわく、遺跡には世界を揺り動かす大きな宝が眠っているらしいと。
 実際、遺跡には新しい世界へのカギとなる宝珠が隠されていたので、実際問題として嘘ではないのだが既に幾人、幾チームの開拓者に調査しつくされている上に、宝珠も発見され、世の目視は既に目に見えるところまで届いた新しい世界へと移っている。
 その中で、栢山遺跡に挑めというのはていのいい断りだと、美波には解るが藤九郎はそうは思わなかったらしい。
「解った。必ず宝物を見つけ出して来るから!」
 そういって見張りも少なくなった栢山遺跡に単身忍び込んで一週間。まだ戻って来ないという。
「装備や準備はある程度していったらしいですけれど、どこの入口から入ったかとか、どこを目指しているとかは全く分からないんです。だから、手掛かりとかは殆どないんですけど、なんとか探し出して頂けませんか?」
 宝珠を守る遺跡としての意味はもう失って打ち捨てられつつある栢山遺跡。
 だがそれ故にアヤカシが集まりつつあるという噂もある。
 危険だし、お忙しいと思うのでできたら、と言い置いて美波は去って行った。
 係員が遺跡に行った人物は知り合いかと聞いたら首を横に振っていたが‥‥。
「何故、貸衣装屋の娘が、見知らぬ人物の捜索依頼を?」
 係員はその疑問の答えを見つけられないまま、依頼書を張り出したのであった。

 美波はしょんぼりと道を歩く。
 事が解れば兄はきっと怒るだろう。
「だから、余計な事をするなと言ったんだ!」
 そんな声が頭の奥でもう木霊していた。
 でも、事情を知って後、心配する家族の前で貸出した衣装を返してくださいとは言えなかったし、開拓者達に鎧を取りかえして欲しい等とはもっと言えなかった。
 何より彼女が気にしていたのは鎧そのものよりも、それを使っている人間の安否だった。
 美波は思う。
「ひょっとしたら、あの人は鎧を借りれなければ遺跡に行こうなんて思わなかったんじゃないかしら」
 衣服は人に、時として元気や勇気を与えてくれる。
 美波にはそれが店を預かる者としての誇りでもあったが、今、その自信は失われようとしていた。
「また、こんなことが起きたらどうしよう‥‥」
 誰にも言えない呟きと涙は、そっと去って行った影と共に闇の中に消えて行った。


■参加者一覧
静雪 蒼(ia0219
13歳・女・巫
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
シャルル・エヴァンス(ib0102
15歳・女・魔
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
キオルティス(ib0457
26歳・男・吟
モハメド・アルハムディ(ib1210
18歳・男・吟
プレシア・ベルティーニ(ib3541
18歳・女・陰


■リプレイ本文

●借りものの開拓者
「皆さん‥‥、またご迷惑をおかけして‥‥すみません」
 開拓者達にそう言って神楽の貸衣装店「弧栖符礼屋 西門」の娘、美波は頭を下げた。
「これが‥‥藤九郎さんが借りて行った鎧一式です。絵も簡単ですが添えておきました」
 うつむいたまま顔を上げない少女から
「ん、ありがと。気にしすぎちゃダメだよ」
 キオルティス(ib0457)は差し出された書類を受け取るとポンポンと美波の頭を撫でる。
 そして書類に簡単に目を通すと仲間達に回した。
「鋼の鎧に兜、剣。房飾りも豪華で‥‥確かにこれなら一目は引くことでしょうね。ただ、内面が伴わなくては意味がないということには気付いていない。藤九郎さんという人も困ったものです」
 肩を竦める真亡・雫(ia0432)にそうですね。と頷きながら鈴木 透子(ia5664)はでも、と続ける。
「本当に宝物を持って帰るつもりのほうが自棄になっているより、まだ良いと思います」
「でも‥‥本当に‥‥、私のせいで‥‥」
 涙ぐむ少女の手を取りシャルル・エヴァンス(ib0102)は優しく微笑む。
「そんなことは絶対にありませんわ。美波さんのせいでは絶対にありません。絶対に無事とは約束できないけど、最善を尽くしてくるわ。だから、待っていて。ね?」
 暖かいぬくもりと言葉に、少女の頬から涙の滴が一滴落ちた。
「はい。よろしく‥‥お願いします」
 それを見ないふりをして開拓者達は、それぞれにそれぞれの思いで頷いたのだった。

 正直な話、素人がある程度準備をしていったとはいえ、遺跡の中に一週間。
 無事である可能性はかなり少ない。生存と死亡、両方がありうるかなり微妙なラインであると言えた。
「アーヒ。よく似た話は氏族間の説話として幾つか伝わっています。ラーキン、大抵、そうした主人公は富や成功を手に入れるものですが、ヤッラー、何という事でしょうか、本当にそのような依頼が出てしまうとは‥‥」
「これは都合のいい童話や物語じゃあない。成功は自分自身の手と努力でしか掴めないし、己の実力以上を求めるならそれなりの代償や覚悟をするべきだ。どうもその藤九郎という男に、それがあったとは思えないな」
 遺跡と地図を確認しながらモハメド・アルハムディ(ib1210)に琥龍 蒼羅(ib0214)は冷静に告げる。
 命がけで戦場に立つ者であるが故、基本的に開拓者の藤九郎に対する認識は冷めたものになる。
「まったく、人の迷惑を考えんお人やな。戻ったら説教したらんと」
 静雪 蒼(ia0219)が大人びた笑みでいう。それに苦笑しながらも一応弁護するようにプレシア・ベルティーニ(ib3541)は言った。
「でもでも、きっと、今頃は後悔しているよ。絶対迷って『どーしよ。あわわ』って思ってるんだよ。一人だと〜、寂しくてもどうしようも無いもんね〜」
 だから、早く見つけてあげよう。と続けられた言葉に開拓者も異論はない。
「まったく、でかい図体をして困ったもんやわ」
 藤九郎の似顔絵の、その額をピンと弾いて蒼は笑う。
「行くぞ!」
 そして遺跡の扉を今まさに開こうとする仲間達の所に彼女は走って行ったのだった。

●開拓者ごっこ
 藤九郎の後追い調査を行うことによって、開拓者達はなんとか彼の足取りのようなものを掴むことに成功した。
 鎧を着て、剣を持ち、自信満々に山に登って行った男は、人々の噂になっていたのだ。
 また彼は自分の痕跡を消す技術を持ってはいなかった。
 森に残されたたき火跡なども解り易く残されていたのだ。
 追跡は思ったより容易で、開拓者達は仕事開始からほぼ1日で、藤九郎が入ったと思われる遺跡の入口付近までたどり着くことができた。
「ここが、一番遺跡の中に簡単に入れる扉のようですね。先に調査した開拓者によるとここと、向こうの扉が同じフロアに通じているらしいです。そこから宝玉の間まではかなり遠いけど‥‥」
「そこまで頭は働かなかったのではないでしょうか? 一番手近な入口から入ったと思われます」
 雫の広げた地図を透子がこう、と指を動かす。
「ただ、普通なら遺跡の中で寝泊まりはしないと思うのですが、それさえも解らない人物であるのなら、遺跡の中から出てこずに探索を続け、出られなくなった可能性も考えられます」
 冷徹に状況を分析する透子を補足するように遺跡の向こうから、先に来て注意深く周囲をうかがっていた蒼が調査結果を伝える。
「念の為、遺跡の周辺を見てきたんやけど、それらしい人はおりませなんだ。やっぱり、中で迷うてはるんやろろうな? ただ、あっち側になんや新しそうなたき火のあとがありましたん。ほれ、向こうの入口の側」
 指差した蒼の言葉に頷いて
「では、二手に分かれて調べよう。俺達は向こうの入口から入る。そっちは、この入口から頼めるか?」
 蒼羅は仲間達に指示した。
 蒼とモハメド、そしてプレシアが蒼羅と共に行き、残りのメンバーがこの近い入口から入ることになる。
「行方不明から一週間か‥‥。一般人であることも考えるとあまり時間の猶予は無さそうだな。急ごう」
 開拓者達は頷きあって遺跡の中へと入って行った。

「ん? これは?」
 蒼羅達が遺跡の中に入り込んで暫し、彼らは足元に何かが転がっているのを見て足をふと止めた。
 一瞬生首か、アヤカシかと思ったそれを注意深く拾い上げたモハメドはヤッラーと声を上げた。
「これは兜ではありませんか?」
 彼が言うとおり夜光虫が照らすそれは紛れもなく西洋風の兜であったのだ。
 汚れも痛みもそれほど目立ってはいない。
「きっと弧栖符礼屋のだね。でも、なんでこんなところにあるんだろう?」
 首をかしげるプレシアに、そんなもんですやろと蒼は笑う。
「ありうることやと思うとりましたよ」
「何故」
 言葉に出さずに目で問いかけるモハメドに蒼はくすと笑って答えた。
「いかに体力のある男はんと言えど、慣れない人がいきなり鉄の塊着て自由に動けるとおもいやすか? しかも、他にも荷物を持っていたとするなら、なおのことや。ひょっとしたら遺跡にもたどり着けんとそのへんでバテてるんやないかとも思ったんやけど‥‥」
「なるほど、鎧や道具が段々邪魔になって脱ぎ捨てて行った、か。あり得ることだな。その男が鎧を纏っていたのは他人に自分を見せたい為、であろうから‥‥」
「まるで、開拓者ごっこだね。あ、見てみて。あそこに手甲が落ちてる」
 プレシアが指差す先には西洋鎧の手甲が落ちていた。
「向こうに脱ぎ捨ててあるのは足鎧‥‥ですかね?」
 点々と脱ぎ捨てられたそれは、つまり男の足取りを表している。
「まったく、迷惑な話だ。とりあえず追うぞ」
 蒼羅は鎧のピースを壁沿いに置いて歩き出した。
 もって歩くにはやや重い。後で取りに来ればいい。
 人を吸い込むような闇に向かって、開拓者達はため息を吐きながら歩き続けていた。

●役立った(?)装備
 すでに探索されつくした遺跡にはめぼしい宝は何も残ってはいなかった。
 だが開拓者の目的は宝ではない。
「藤九郎さーん。いらっしゃいますか〜。聞こえたら返事をして下さ〜い」
 シャルルは普通の遺跡探索であれば、まずはしない声を上げて松明を掲げ進んでいった。
 声がアヤカシを呼び寄せる可能性もあるが、幸い遺跡に残っているのは苔鼠や蝙蝠がいいところであるようだ。思い出したように襲ってくるそれらを蹴散らしながら開拓者達はゆっくりと先へ進んでいった。
「そっちの道は行き止まり。この先にはいくつか罠があって、そのあとは別のフロアへの通路があるようですね」
 雫が地図を見ながら仲間達にそう声をかけた瞬間、
「しっ!」
 何かを感知したのだろうか。透子が指を立てて声を上げた。
「どうしたんだい?」
 声をひそめてかけるキオルティスに透子はもう一度指を立てる。
「今、呼んだ名前に返事が聞こえたような気がしたんです」
 開拓者達は耳を欹てた。注意深く耳を傾けると、確かに声がする。
「‥‥て、助け‥‥」
「藤九郎さんですか!」
 シャルルが声を上げるが、それにはっきりとした返事をしたのは彼ではなく、キキキ、キュキュキュ。甲高い動物の声。
「前です!!」
 開拓者達は走り出した。
 ピーッと呼子笛も吹く。
 彼らが走り出してすぐ。通路の真ん中付近に何かが集まっているのを開拓者達は見つけた。
 空中を漂う蝙蝠。何かを見下ろしているような鼠たち。
「あそこに落とし穴の罠があるようです。まさか、そこに!!」
 雫の声を聞くが早いか、開拓者達は戦闘の準備に入った。
 放たれるホーリーアローと斬撃符。雫も剣を抜きアヤカシの群れに飛び込んでいく。
 もともと戦闘意欲の薄い動物型アヤカシ達は、ほんの数瞬のうちに不利を悟り去って行った。
「大丈夫かい?」
 キオルティスが穴の中を覗き込んだ。
 その中には盾で頭を隠し、情けないまでの涙顔で怯えたように震える男の姿があったのだった。

●『弧栖符礼屋』の役目
 ここ数日「弧栖符礼屋」は休業状態。
 固く扉は閉められていた。俯き動かない少女は扉の向こうに感じた気配と
 トントン。
 軽いノックの音に飛び跳ねるように立ち上がると扉を開けた。
「ただいま。美波さん」
「はい。おみやげだよ」
 扉の外には開拓者達の微笑みが並ぶ。
「みなさん‥‥」
 軽く笑って剣を差し出したキオルティスの前で、崩れるように美波は膝を落とした。
「あっ!」
 倒れかけた彼女を支えようと開拓者達は手を伸ばすが、
「えっ?」
 それより早く大きな手と影が意識を失った美波を支えていた。
 そして数刻の後。
「あっ‥‥」
 目覚めて身体を起こした美波に
「気が付きましたか?」
 透子が優しく声をかけた。店の一角に寝かされていた彼女の周りには、さっきと同じように自分を守るように取り巻いている開拓者達がいる。
「はい。改めてお返しします。藤九郎さんは無事に家に帰りました。これは彼が返してくれた鎧と防具です」
 彼のはた迷惑な冒険の結果がどうであったかは美波に言うことではない。
『俺はまだ宝を見つけてないんだ!!』
『それだったら、鎧と剣と盾を返して頂きますわ。それでもというのなら、どうぞご随意に‥‥』
 シャルルはそう言って珍しくも声を荒げた。ふくれっ面の藤九郎を開拓者達は半ば引きずるようにして遺跡から連れ出して家に置いてきた。その後のことは知らないが、あの汚れと腐臭にまみれた男のプロポーズを受ける女は、果たしているだろうか?
 とにもかくにも藤九郎から取り戻した装備一式は、美波のものであるから返却する。
 雫が差し出した木箱を美波は震える手で受け取り、中を確かめると
「ありがとう‥‥ございました。私の未熟で、皆さんには、本当にご迷惑を‥‥本当に本当に、なんとお礼を言ったらいいか‥‥」
 開拓者の方に体を向け深々と頭を下げた。土下座にも近いそれに開拓者達は一様に目を瞬かせる。
「私の考えが足りなかったせいで‥‥」
 涙ぐむ美波の言葉を遮るように
「ヤー、美波さん。あなたは間違ってはいませんよ。私も同じ事をしたでしょう」
 モハメドは首を振り、蒼羅は無言でポンポンとその頭を叩いた。
 美波が今回のことを気にしているのは解っていた。
 自分が鎧を貸し出さなければ‥‥、こんな店が無ければと思っていたことも開拓者達は知っている。
 だが‥‥、少し困った顔をしながらも蒼羅は言う。こんなことを言うのはがらでもなく、また苦手であるのだが、と前おいて。
「夏祭りの仮装大会の時は、俺の知り合いも何人か参加していたが。皆楽しかったと言っていた。
 この刀は人を護る事も人を斬る事も出来る。刀も服も同じ、道具は道具でしか無いのだ」
「あまり思い詰めないでください。皆で考えましょう。あくまでこれは「本物になりきる」ためのものであって、「本物になれる」わけではない‥‥ということを借りる人に認識してもらえればいいのでしょうけど。それは簡単ではないから‥‥」
「人ってのはいくつも失敗して、何度も挑戦せえへんとなかなか先には進めんもんや。ま、藤九郎はんにもようく説教しといたさかい、もう同じことはせんやろ。ここは、楽しいし便利なお店やさかい悪用しはる人いるかもしれへんけど、それ以上に幸せなってくれはる人いてはるやろ? 負けたらあかんぇ。人を見る目を養って、いろいろ工夫して、がんばっていきまひょ」
 雫、蒼と続いた励ましの言葉を最後にキオルティスは纏める様に美波の頭を胸に抱きしめ、ポンポンとその頭に触れた。
「こうして衣装も戻った。弧栖符礼屋は人にこうまでさせる夢と楽しさを提供してくれるさね。美波は何も悪ィこたしてねェ。胸張って弧栖符礼屋を続けていけば良いだけさね」
「みなさん‥‥」
 涙ぐむ美波の頬をシャルルの優しい手が拭った。
「これからも今回のような事が無いとは限らないわ。でも、夏祭りの様に楽しんでくれる人も大勢いる。
 悲劇を少なくする為の対策なら一緒に考えましょう。必要なら幾らでも協力するわ。でも、決めるのは美波ちゃんよ。ゆっくり考えて。どんな結論を出しても私は美波ちゃんの味方だから」
「はーい。提案。衣装はね〜街から持ち出し禁止にしたらいいと思うよ〜。でも、おなかすいた〜〜」
「あとは、会員制とかもえぇね。いろいろかんがえてみまひょ」
「はい。よろしくお願いします。ぜひお話やご意見、聞かせて下さい。今お茶と何か食べ物用意しますから」
 少し元気を取り戻したように微笑み立ち上がる美波を見て、開拓者達は安堵の笑みで顔を見合わせた。
 前向きな瞳。立ち上がって見せた笑顔。
 これなら、きっと大丈夫であろう。と。

 手伝いに立ち上がったシャルルや蒼と同時に動きながら、厨房に向かった彼女達とは反対の方向に透子は足を向けた。
 入口の横に背を預けるようにして彼女の兄が立っている。
「余計な事を‥‥と言いたいところだが一応礼を言っておく」
「どういたしまして」
 静かに笑う透子は目の前の人物を微笑して見つめた。
 掴みどころのない飄々とした人物だと周囲の人は彼を評していたが、こうして見てみると彼にはどこか自分達と同じ匂いを感じる。
「あんまり店に入れ込みすぎるなと言ってはあるんだがな。まったく、迷惑な話だ」
「止めを刺しちゃ駄目ですよ」
 軽く釘だけ指して透子は微笑した。いろいろ言いたいことはあったが、それは発しない。
 どうやら解っている風情だから。
「これからも、あいつを頼む」
「縁があればぜひ」
 ほほ笑む透子に軽く手を上げて、彼は人ごみに消えて行った。

 開拓者がその後、藤九郎が女に振られた挙句、妙な通り魔に合って頭を丸刈りにされた、という噂を耳にするのは暫く後のことであった。