【南部】春の始まり
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/05 00:28



■オープニング本文

 ジェレゾ王宮。
 その最奥でジルべリア皇帝ガラドルフは、楽しそうな笑みを浮かべていた。
「あれも、いよいよ結婚か…。
 子の成長というのは早いものだな」
「はい。あれに関して言えば遅すぎるくらいですが、まあ、このまま独身を貫くかもと思っておりましたから…」
「一安心か?」
「御意」
 頭を下げる腹心に小さく笑ってガラドルフは、さっきの会見を思い出す。
 街道に雪が消える頃を見計らい、やってきた南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスは南部辺境の自治区についての進歩状況の報告すると共に、新港が完成したこととその開港式を行い、正式に運用を開始したい旨を伝えてきた。
 そして、かつて連れてきた婚約者と正式に結婚式を挙げたい、ということも…。
「本来であるならばジェレゾにて式を挙げるべきなのでしょうが、南部辺境の民の前で挙式することで、民と喜びを分かち合えればと思っております」
 そう真っ直ぐな目で告げた青年。
 彼を赤子の頃から知っていて目をかけていたガラドルフにとってはその結婚は我が事のように楽しい話であった。
 相手はあの強い目と心を持った開拓者。
 幸せになって欲しいと、口には出さないが心から思う。
「古来より貴族の結婚を祝い、承認するのも王の重要な役割の一つだ。
 新港の開港も見てみたい。
 新郎の父親には酷かもしれんが、南部辺境に行く。
 共をせよ」
「結婚式の準備は妻が張り切って行っておりますれば。
 新婦に伝来のドレスを仕立て直したり、新鋭のデザイナーに新しい服を依頼したり。
 私の出る幕はございません。御意のままに…」
 そうして二人は楽しげに顔を見合わせ、笑うのであった。

 
 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスの結婚式が南部辺境に正式に発表されたのは新港における試験運用が成功して間もなくのことであった。
 南部辺境の民人はその慶事を春の訪れと重ね、大いに歓迎しているという。
 その数日後に予定されている南部辺境 イテユルムの新港開港式も合わせて、南部辺境は正しくお祭り状態。
 たくましい商人などは品物の仕入れや便乗商品の開発に余念がないという。
 …そんな中、開拓者ギルドに招待状が届いた。
 差出人は勿論、南部辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカス。
 内容は結婚式と、披露宴、そしてイテユルムの新港開港式の招待であった。
 紋章の印が押された正式な招待状とと共に、開拓者個々人の名の入った手紙にはこう記されていた。

『南部辺境を今まで支えて下さった開拓者の方々に心から、感謝を申し上げます。
 
 吉日
 私は愛する者と皇帝陛下の御前で、結婚します。
 また、新港の開港式典も正式に執り行う予定です。
 天儀との定期便。
 その第一便がイテユルムより飛び立ちます。

 凍り付いた大地が凍て緩むように南部辺境に春が訪れようとしています。
 皆さんのお力が無ければこの日を迎えることはできなかった。
 南部辺境と我らの良き日、
 願わくば、友である皆様と共に迎えたいと思っております。
 どうかご参列を賜れれば幸いです』

 手書きの文章にはグレイスの心からの思いが込められている。

 春の遅いジルべリア。
 しかし、今年はもう大地に水仙やスミレの花が芽吹き始めている。
 南部辺境とジルべリアの一足早い春を、開拓者達は手にした招待状と人々の笑顔に見たような気がしていた。



■参加者一覧
/ 星鈴(ia0087) / 芦屋 璃凛(ia0303) / 龍牙・流陰(ia0556) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / フレイ(ia6688) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ユリア・ソル(ia9996) / デニム・ベルマン(ib0113) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ニクス・ソル(ib0444) / マックス・ボードマン(ib5426) / 星芒(ib9755


■リプレイ本文

●明日へ続く今日

 どこまでも冴え渡る青空に、飛空艇が飛び立っていった。
 天儀に向かって、希望と未来を乗せて。
 旅立つ者、見送る者。
 その時、誰もが同じ青空を見つめていた。
 それぞれがそれぞれに思いを強く、胸に抱いて…。


 その日、南部辺境 リーガの街は今までにない活気を見せていた。
 戦乱の後、街の活性化を狙って幾度となく賑やかな祭りが開催されていたが、今日は今までのそれとは比較にならない。
 今日は南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスと婚約者にして開拓者、そしてジルべリア貴族のフレイ(ia6688)の結婚式であるからだ。
 立ち並ぶ屋台。
 笑顔で街を行く人々。あちらこちらに花が飾られ祝いの言葉も溢れていた。
 敬愛する領主の結婚式は街の住民達にとって最大の慶事であるしそれ目当ての観光客さえいる。
 皇帝の行幸と相まって町中が浮かれ、さざめいているようであった。
 その時
 ゴーン!!
 リーガに一際高く、美しい鐘の音が響いた。
 人々はハッと顔を上げてその音を聞く。
 結婚式の始まりを民に知らせる響きである。
 気の早い民の何人かはリーガ城前の広場に向かっている。
 城内奥深くで行われる結婚式は一般の人間は見る事はできない。
 けれど、もう数刻の後にはあのバルコニーから辺境伯夫婦が表れるだろう。
 その時を、彼らは今や遅しと期待に胸を膨らませて待っているのだった。


「こちらにいらっしゃったんですか? 辺境伯。皆さん、お探しでしたよ」
 一人、花の中静かに佇む青年に龍牙・流陰(ia0556)はそっと声をかけた。
「ありがとうございます。今、行きます」
「式の準備や手配は終わっておられるのですから、焦る必要はないと思いますけどね」
「でも、集まって下さった方々をお待たせするわけにはいきませんから」
 そう言って青年、礼服を身に纏った南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスはくるりと踵を返したのだった。
「ここの花ですか? 頂いたコサージュの花は? こんな温室があったんですね? 知りませんでした」
 流陰が胸に付けた白薔薇に目をやりながら問う。
「ええ、色々と宴席などで花が必要な時もありますからね」
 グレイスとその婚約者たる開拓者の結婚式は間もなく始まる。
 その参列者に渡された花のコサージュは花嫁、花婿が手ずから作ったものであるらしく少々形は不揃いながらも優しさと想いに溢れていた。
 胸に飾った花に触れながら
「辺境伯。改めましてご結婚おめでとうございます」
 流陰は深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます。…貴方から祝福を得られる事は私にとって何よりも価値があることです」
 グレイスは正式な礼をもってそれに返す。
「長きにわたり貴方は、南部辺境を支えてくれた。
 多くの過ちを犯し、幾多の人を傷つけてきた愚かな私は、貴方がいなければこの日を迎える事はできなかったでしょう。
 勝手ながら開拓者の御方々、何より貴方の事は大事な友人と思っています。可能なら、今日の式で私の前に立って頂きたかった程に。
 心から…感謝いたします」
 ジルべリア貴族にして今日の主役からの感謝を、
「僕一人が為してきた訳ではありませんが、そういって頂ける事は誇りに思います」
 流陰は静かに受け止める。
 そして…
「辺境伯。お話と…お願いがあるのですが、聞いて頂けますでしょうか?」
 真っ直ぐにグレイスを見つめたのだった。
「私にできる事であれば、何なりと…」
「では、お言葉に甘えて…」
 他に聞く者の無い二人だけの会話。
 それは結婚式の始まる一刻程前の話である。

 そして、ほぼ同じ時刻。
「フレイさん、綺麗ー☆」
 控室では親族と、親友達が新郎よりも一足早く、ウェディングドレスを身に纏った花嫁に感嘆の息を漏らしていた。
 声を上げて見とれる星芒(ib9755)に
「そうね。とても綺麗だわ」
「今日のフレイはどんな花束にも負けないくらい綺麗だよな」
 ヘスティア・V・D(ib0161)とユリア・ソル(ia9996)も頷いてみせる。
「マッサージされて、何種類も化粧品を塗られて。
 ここまで完成するまで2時間以上。ヒールは高いし、歩き辛いし、ドレスは重いし、どんな戦いよりも疲れそうよ」
 肩を竦めて見せるフレイに星鈴(ia0087)と芦屋 璃凛(ia0303)が見せた表情は楽しげだ。
「それは解るかも〜。私もハイヒールで何度転びそうになったことか」
 うんうんと頷く星芒。
「まあ、その辺は仕方ないわね。
 一生に多分一度の事だもの」
 少し同情してくれたのは経験者であるところのユリアである。
「でも、そのかいはあったんじゃないか? きっと辺境伯も惚れ直すぜ」
 純白の花嫁衣裳に袖を通した花嫁は、友人たちの祝福に照れながらも
「…うん」
 そっと頷く。
 確かに、今日の自分自身は今まで見たことが無いほどに美しいと思う。
「このドレスはお義母様が、用意してくれたものなの。
 グレフスカス家に昔から伝わるドレスなのですって…」
 真っ白なサテンのオフショルダーのドレスは細かいボディス部分は細かい花模様の刺繍で美しく飾られている。
 細いウエストはこれも手の込んだビーズの刺繍ベルトが巻かれて、全体を引き締める。
 長くもなく、短くもないトレーンを引いたスカートは一見シンプルであるがこれもよく見ると美しく手が込んだ刺繍とレースで飾られていることに気付く。
 確かに古そうではあるが、丁寧にリフォームされ、フレイに似合う新しいデザインになっている。
 新しい長いサテンのフィンガーレスグローブ。
 長く縁取りのあるフェイスアップヴェールに美しい銀のティアラ。
 真珠とダイヤの首飾りはメーメルのアリアズナの家に伝わる伝来の品を借りてきた。
 この日の為に厳選されたそれらは、どれをとってもフレイに良く似合っている。
「新しいものに、古いもの、借りたものに後は何か青いもの、っていうよな。花嫁が幸せになるおまじない。
 青いもの、用意はあるかい?」
「ううん。あんまり気にしてなかったから」
「じゃあ、これを」
 ヘスティアはそう言うとブルードロップの首飾りをブレスレットのように手首に巻いた。
「ありがとう。…ヘスティア」
 微笑するフレイの笑顔は、輝くばかりであった。
「うん、本当にキレイだよ。…お姉」
「ありがとう。アーニャも素敵よ」
「ハハハ、私のは貸衣裳屋さんのスタイリストさんに任せちゃったからね。付け焼刃だけどデニムと一緒に礼儀作法の勉強もしたよ。
 妹としてお姉に恥はかかせられないものね」
 アーニャ・ベルマン(ia5465)は笑いながらそういうと真顔で新婦の手を取った。
 新婦の妹、アーニャ。
 彼女は何かを思い出すように微笑みながらそっと告げる。
「お姉、おめでとう」
 大事な、言葉を。
「同じ国にいるのになんだか遠くへ行っちゃうような気がするの。だから気軽に遊びに行ってもいい? お姉もたまには実家に顔出してね。もちろんお義兄さんも一緒にね」
「もちろんよ。…アーニャもね。いつでも遊びに来て。旦那様と一緒に」
 ぽろりと、頬から零れた雫を、アーニャは慌てて拭った。
「な、泣かないからね。お化粧くずれるし。
 外で、デニムが待ってるから、私行くね。そうだ、どんな料理が出るのか楽しみにしてるから♪」
 くるりと踵を返したアーニャはその足を、ふと止める。
「そうそう、お父さんから伝言。たった一言『幸せになれ』だって〜。
 口数が少ないからこれでも精一杯なのかも」 
 それだけを言うと、小走りに控室から出るアーニャ。
 廊下では夫であるデニム・ベルマン(ib0113)が待っていた。
「デニム!!」
「アーニャ!?」
 アーニャはデニムの胸に自分の顔を埋め、目を閉じるのだった。

●誓いの結婚式
 リーガ城の大広間は仮設の結婚式場となっていた。
 楽しげで弾ける様な人々の笑い声は、やがてぴたりと止まる。
 楽隊の荘厳なファンファーレが鳴り響くと同時、扉がゆっくりと開かれ、表れた皇帝ガラドルフとその側近、数名が奥へと進んでいく。
 式の始まりであった。
 正装で最奥に辿り着いた皇帝が、列席者と会場全体を見据えた時。
 皆の視線が別の一か所に集まった。
 扉を守る開拓者に一礼し、入場してくる礼装の花婿。
 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスにだ。
 先導するのは正装のリューリャ・ドラッケン(ia8037)。
 花婿の友人や家族の立つ位置で彼はガラドルフに深い礼を表す。
「陛下がこの婚礼を取り仕切る以上、自分に出来るのはそのサポートのみだ。
 恙無く、何事もなく終わらせるために尽くそう。
 個人的な感情は無視する」
 この役を頼まれた時、リューリャはグレイスにそう言い放った。
 今もグレイスの考えや行動を認め、支持している訳ではないと。
 だが、言葉通りパートナーも、会場中、いや文字通り国中が見つめる中、彼は完璧な騎士として、その役割を果たすのだった。
 次いで花嫁が入場してきた。
 花嫁の付き添い、介添え人を務めるのは貴族でもない一人の少女だ。
 この場にカリーナというその名を知る者さえ殆どいないであろう彼女は、この結婚式にあたり花嫁が自ら自発的に声をかけた唯一の人間であったのだ。
「妹も来るから紹介したかったし、何より…」
 誰もが臆さずにはいられないこの状況で、彼女はまっすぐ前を見据え歩いていた。
『まず祝ってほしい親友。同じ未来を見据えるパートナーだから』
 今日の主役からかけられたその言葉を胸にして…
「生涯、お仕えします。心からの敬愛を込めて…」
 彼女はそう誓っている、
 そして花嫁は進んでいった。
 バージンロードと呼ばれる生涯一度きりの道を。
 紅いじゅうたんの上を一歩ずつ。
 恋人に、妹に、親友に、家族に、仲間達に、想いを育んだすべての人に感謝を込めて。
 一番好きな人の元へ。
 中央に辿り着いた花嫁は、先に待っていた花婿に微笑みかけると共に彼が差し出した手を取り、ゆっくりと最奥へと進んでいく。
 そして、そこで待つ彼らにとって、天の代理人。
 皇帝の前で膝を折り頭を垂れたのだった。
 式は前置きなく始まる。
 皇帝は強い声で会衆に告げる。
「我々が今日、集いしはここにある二人を夫婦として認める為。
 ジルべリアを支え、守る貴族としての責任と心を問う為」
 彼らが敬愛する皇帝は二人の男女を見下ろし、結婚の意思を問うた。
「今、ここにジルべリア皇帝たる我と、会衆の前で汝らに問う。
 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスよ。
 汝はここにある女を生涯の妻とし、これを愛し、共に歩き、困難にあっても妻を護り、いつか死が二人を分かつまで共に生きる事を誓うか?」
「誓います」 
 答えはほんの短いものであったが、グレイスの全てが込められていた。
 次いで同じ問いが横に立つフレイにかけられる。
「誓います」
 同じ言葉が繰り返され、ここで初めて二人は視線を合わせ、互いを、互いだけを見つめあった。
 グレイスは自分だけの為に咲いた女を、花嫁を心から美しいと思った。
 フレイは南部辺境という大きなものを背負う男を、自分だけの花婿を心から愛しいと思った。
「この二人の結婚に意義ある者は申し述べよ。
 さもなくば沈黙せよ。
 今、ここに二人は婚姻の誓いを交わし、夫婦となる」
 沈黙だけが流れる場で、新郎の父によって 差し出された指輪を互いが手に取り、互いの指に嵌めた。
 その手を絡め顔を近づける。
「……」
 花嫁から囁かれた言葉は花婿にだけ届き、彼は花嫁を抱きしめた。
 そして、唇を交わしあう。
 微かな笑みを浮かべた皇帝がその光景を見つめ高らかに宣言する。
「今、我が国に新たな貴族の夫婦が誕生した。
 地位を持つ者には責任が生じる。
 時として命令の為に命を投げ出さねばならない時もあろう。
 辛い決断を迫られる時もあるかもしれぬ。
 だが、それでも、あえてここにジルべリア皇帝として命じる。
 互いを愛し、常に護れ。
 それが出来ぬ者に、国を守る事など叶わぬからだ。
 この日、この場の誓いを忘れることなく、貴族としての役割と責任を果たし…幸せに暮らせ。
 ここに二人を夫婦として認める」
「「ありがとうございます」」
 重ねられた返事と共に祝福と、喝采が二人を包んだ。

 こうして、ジルべリアに一組の新たなる夫婦が誕生したのだった。


 結婚式を終えた二人はバルコニーに立つ。
 彼らを待ち、祝福する大観衆に、満面の笑顔で手を振って…。

 
 式の様子を、アーニャは親族席からじっと見つめていた。
 そう思えないかもしれないけれど、彼女には自分がお姉ちゃん子で甘えっ子だという自覚があった。
 嬉しさと寂しさが入り混じる思いで、さっきはああ言ったけど、涙が止まらなかった。
 一人であれば耐えられなかったかもしれない彼女を支えたのは、やはり隣にいる愛する人。
「うん、…ずっと一緒」
 手を繋ぎ、肩を抱き、僕がずっと傍にいる事を囁いて、彼女の心からの笑顔が戻るように、ずっと支えてくれていた。
 だからこそ、彼女は姉の、花嫁の美しさを、瞳に、心に刻むことができたのだった。
「お姉さんを送り出す時は、やっぱり笑顔でなくては、ね!」
「ありがとう、デニム…。おめでとう…お姉」
 アーニャは花嫁の家族として共に喝采を受けながら、小さな声でそう呟いたのだった。 

●幸せの夜
 その夜。
 リーガ城の庭は民衆に解放され、祝い酒と料理が振舞われていた。
 庭では楽師や踊り子が祝いに花を添え、楽しげな笑い声が絶える事は無かったという。
 一方、城の宴の間では結婚式と観衆への披露を終えた花嫁と花婿を囲んでの午餐会が開かれていた。
 料理も設えも何もかも最高級、皇帝を迎えての正式な披露宴ではあるが、夜の晩餐の前、花嫁と花婿の意向で貴族の宴としては異例の立食形式で、招待客達が主賓である二人に自由に祝いを言いに行けるようになっていた。
 と、いうより花嫁と花婿が来客達に直接礼を言う為に歩き回っていた、というのが正しいだろう。
 新婚の二人を祝しての乾杯の後、花嫁と花婿はまず皇帝に挨拶に向かった。
「言うべきことは全て式で言った。
 今は何を言っても幸せで上滑りしていくだろう。
 まずは今を楽しむがいい」
 挨拶に赴いた新郎新婦に皇帝はそう言い放ち手を振る。そしてフレイにのみ
「手のかかる男だから、上手く引き廻すように」
 楽しげに笑って見せた。
 国の父とも言える皇帝の懐の深さに、二人はただ頭を下げるばかりであった。
 その次はグレイスの父母の元に二人は向かう。
「陛下の言葉ではないが、本当にお前には、いやお前達には手をやかされた」
 わざとらしく肩を竦めてみせるエドアルド。
 返す言葉もなくグレイスは、自分と兄、二人分の思いで頭を下げる。
「だが…」
 その肩を父親は強く抱擁した。
「それでもお前達は私の誇りだ。今までも、これからも変わることなく…な」
「父上…」
「幸せにおなりなさい。貴方の太陽を大切に…」
 優しく語り掛ける母サフィーラは、そしてフレイの手を取る。
「貴女を…家族の一員として迎えられることを嬉しく思います。大丈夫。上手くやっていけるわ。
 グレイスに困らせられた時は、直ぐに言うのですよ。私は貴方の味方、ですからね」
「ありがとうございます」
 片目を閉じて楽しげに笑うとサフィーラもまた新しい娘を抱きしめる。
 会場からは拍手が沸き起こり、そこから先は本当に無礼講の大パーティとなった。
「おめでとさんやね。…なんや、こういうんのってえぇな」
 少し羨ましげに星鈴が幸せな花嫁と花婿に告げたのを皮切りに開拓者や招待客が、二人の元に次々祝いを言いに来る。
「フレイ、これからやね。困った時は…、開拓者や自分たちの民を信じるんや。
うちは、地上で栄えるのを期待しとるで」
 と微笑したのは璃凛。
「おめでとう、二人とも。フレイは手綱をしっかりね」
「おめでとう。辺境伯、夫婦円満の秘訣は妻が手綱をとることかもしれない」
 真紅のドレスを纏ったユリアとニクスは結婚の先輩として祝福し
「お嫁さん泣かせたらオシオキだからねっ☆」
 と星芒は指を立てて見せる。
 気が置けない者同士の、それは本当に楽しい時間であった。
 そんな中
「あ、辺境伯、一発腹殴らせろ!」
 ヘスティアは、その装束に似合わない荒さと共に、拳を固く握りしめて振り上げ…た。
「ちょっと、ヘスティア!!」
 ウェディングドレスからパーティ用の衣装に着替えて幾分か動きやすくなったフレイがヘスティアを止めようとするが、…グレイスは微笑んだまま一歩も動くことは無かったし、ヘスティアの拳がグレイスの身体に触れる事も無かった。
「フッ…」
 小さく笑ったヘスティアは拳を寸止めする。
「心配かけすぎだぜ、フレイだけじゃなく皆にもな?」
「肝に銘じます」
 握った拳を裏に返すとピン! 高く何かをフレイの方に向けてはじいた。
「これは…」
 フレイの手の中で星梅蜂の根付守りがまるで空を飛んできたようにそっと、落ちる。
「辺境伯に持たせておきな。虫除けだ」
「そんな心配は無用ですよ」
「そうしてくれよ。フレイを泣かせるようなことは許さないからな!」
 花嫁の肩を抱き、自信に満ちた声でそう言い放ったグレイスとフレイは拳と拳を合わせたのだった。

 宴は賓客からのスピーチや楽隊の演奏などを挟みながら夕刻まで続いた。
 中でも一番拍手を集めたのは星芒の歌声であったろう。
 トレード色の青のドレスと羽衣は天儀とジルべリアを繋ぐ、開拓者に相応しい色合いだった。
 若葉色の燐光を放ちながら、結婚を祝う歌を星芒は歌い続ける。
 正しく春の化身のようで人々は心からその声に聞き入っていた。
 楽しい時はあっという間に過ぎ去っていく。
 太陽が空の彼方へと消えようとしていると誰かが、気付いた時、
 グレイスは、妻を伴い、前へと進み出た。
「本日は、私達の為にお集まり頂き、ありがとうございました。
 今日より私達は二人で歩いていきます。
 皇帝陛下がおっしゃったとおり、ジルべリアと皇帝陛下、そして民の為に全力を尽くしていく所存です。
 そして、同様に互いを尊重し、愛していきます。
 まだ歩き出したばかりの南部辺境の新体制と同じく、我々もまだ未熟ではありますが、どうか今後ともよろしくお願いします」
 堂々と祝辞を述べるグレイスを、隣に立ち誇らしげにフレイは見つめている。
 そして、寄り添う二人が同時にお辞儀をすると、割れんばかりの拍手が場に広がっていくのだった。
 

 全ての行事が終わり、目が回るような一日が過ぎ去った深夜。
 二人だけになった寝室で、フレイは今までで近い場所で、愛する人を見つめていた。
「グレイス…」
「なんだい…フレイ?」
「今日は、とても幸せな日だったわ。
 本当は、なかなか実感がわかなかったの。
 婚約したのだからこんな日がくるのは判ってたけれど…なんだか突然の事ばかりで…。
 皆に祝いを言われて、花嫁姿の自分を見て、そして…貴方を見て、やっと実感できたの」
「そうか…」
 グレイスはフレイの髪を撫でながら静かに頷く。
 そしてフレイはその手の感触に目を閉じながら静かに、今日の思い出を抱きしめる。
「それからは、本当に夢のような一日だった。…私は今日、本当に幸せだったわ」
「過去形にしてもらっては困るな…」
「グレイス…キャア!」
 グレイスはそう言うとフレイを布団の上に押し倒すと、そっと唇に自分のそれを重ねた。
 触れるだけのような優しいキスは、やがてフレイの思考を奪うほどに熱く激しくなっていく。
「陛下もおっしゃっていただろう? 私達はこれから幸せになるんだ。
 皆を幸せにする為に、何よりも自分達が幸せにならなくてはならないと…」
「ええ…」
 フレイは目を閉じた。
 抵抗はしない。
 彼の前に、自分の全てをさらけ出し、…全てを受け入れる。
 その時、ふと、義弟の言葉が脳裏をよぎった。
  
『貴女の大事な妹は、僕が護り抜きます。
 ですので、こちらのことは心配せず…幸せになってください、
 お義姉さん』
  
 そうだ。自分達は幸せになるのだ。
 そして皆を幸せにするのだ。彼と共に…。
「本来なら、誰よりも先にすべきだったな。
 いつか君のご両親の元へも挨拶に行こう。
 君を、君の全てを頂くと…」
 伸ばされたたくましい手が彼女をかき抱く。
「愛している。フレイ…。私の太陽」
 自分を見つめる瞳に向けてフレイもまた手を伸ばし、結婚式に告げた言葉と同じ言葉を口にする。
「愛しているわ…グレイス」
 彼の全てを感じながら、目を閉じた。
 その夜、二人は互いを重ね合わせる。
 唇と唇。
 触れられるたび熱を帯びる身体と身体。
 何よりも心と心を。
 互いの全てが、余すところなく一つになる。
 フレイの目から知らず涙が零れていた。
「…あっ」
 痛みと、それ以上の幸せが身体を貫き、支配する。
 そして誰になんと思われようと、この喜びを、彼の腕の中を、誰にも譲るわけにはいかないと思ったのだ。
「愛してる」
 もう一度フレイは夫にそう告げた。
 同じ言葉が夫から返る。
 そして…何も隔てるものの無い一番近い場所で二人は互いの存在を、熱を、そして幸せを…
 心の底から喜びと共に重ね、感じるのだった。


●明日へ続く空
「予想以上の出来の港だった。この先もたゆまぬ努力で発展させていくよう、また明日から気を引き締めるがいい」
 強く、伸びやかな声が青い空に響き、祝いの祝砲が空に上がった。
 南部辺境に開かれた新港イテユルム。
 そこから、たった今、新型の飛空艇が飛び立っていったのだった。
 ジルべリアから天儀に向かう、新航路を、今までより遙かに速く繋ぐその船にはジルべリアに留学していた天儀からの留学生や、商人などが乗り込み旅だって行った。
 その光景をある者は陸上から、ある者は船の上からでも、一様に喜びに満ちた表情で見つめていた。
「海風も気持ちいいわね」
 海上に用意された大型帆船の上からユリアは楽しげに空を見上げていた。
「そうだな。だが、あまり身体を冷やすなよ」
 そういうと夫、ニクスはユリアの肩にそっとマントを羽織らさせた。
「大丈夫。海も煌いていい天気よ。開港式、天候に恵まれて良かったわね。
 イルカは幸福の象徴だったかしら」
「ああ、だが何かが始まるという事は、新たな問題が生まれるという事だ。
 南部はこれからもっと大変になっていくだろう」
「その時は、また手伝ってあげればいいでしょう?
 まだ終わったわけじゃないわ。フェルアナの引継ぎも、学校計画もこれからよ」
「ああ。だが…今はそれよりも大事な事が俺にはある。僕らの未来を守らないとな」
 そっと後ろからユリアを抱き寄せたニクスはそっとユリアのお腹を撫でる。
「ええ。この子が大きくなった時、誇りをもって生きられる未来を…」
 二人が見つめる青空は、どこまでも高く、美しかった。


 式典に参加するジルべリア皇帝。
 彼を守るように控えるリューリャの脇に
「ようやく一区切り、かね」
 スッとヘスティアは並んで立つと空を見上げ微笑んだ。
「まだまだ、これからだ。南部辺境も、そして、俺達の方も、な」
 あまり感情の見えない声で言うリューリャにくすりと笑って、ヘスティアは昨夜の事を思い出していた。
 午餐会の時、リューリャは皇帝に
『民を守る血統を残しております』
 正式な挨拶を捧げると共に、一つの提案をしたのだった。
 それは希儀の開発計画。ジルべリアの所領を希儀に残すというもの。
『発見された希儀の開発を行いたいのです。
 そして、希儀の開発の為に一部の駆鎧技術の提供を許可する事を陛下にお願いしたく存じます。
 お許し頂けるなら、自分は機械ギルドの意向も踏まえ、朱藩国との技術交流の調整役を請け負いたい、と…』
「結婚式という慶事に乗じる事ではないな。
 正式に文面で提出すべき案件だ」
 軽く眉根を上げながらも、ガラドルフは彼の提案を否定も、肯定もしなかった。

『まずは、国の為に働け。
 今は人手が足らん』
 ワインをくいとあおりながらガラドルフはリューリャとその後ろに静かに控えるヘスティアを見ながらにやりと笑った。
『機械ギルドの説得を行え。
 それから開拓者ギルドとの調整と、希儀への移住者希望者の確保、どこまで、どんな技術を伝えるのかの調整等々だ。
 必要なら最低限の地位は与えてやるし繋ぎの手伝いもしてやろう。
 お前と、お前の提案にはその価値がある。
 だが、そこから上に上り、国の住人達も説得できぬようであれば、他国との調整など任せられぬぞ』
『陛下…それは』
『覚悟を決めろ。あれを見本にする必要はないが、国を守り民を守る血統を繋ぐというのであれば…』
 
「ま、辺境伯の自治区の時もそうだったしね。
 望みがあるのならそれを叶える覚悟と姿勢を表せってか?」
 リューリャの少し後ろで事の全てを見て、聞いてきたヘスティアは肩を竦め、笑った。
「それくらいは想定内だ。あいつにできたことが俺にできない筈はない。根回しに調整、希儀にも正式に手をまわさないとな」
「その意気だぜ」
 拳を握りしめるリューリャの後ろにそっとヘスティアは寄り添った。
「大丈夫だ。道を行くのは…一人じゃない。
 隣は、もう一人と一緒の時に立つけど、いつでも、一緒だ」
「ああ、頼む」
 ヘスティアの言葉にリューリャは思いを託すように頷いてヘスティアの手を握る。
「だが、無理はするなよ。大事な時期なんだからな」
「解ってるって。これでもお腹が目立たない礼装をちゃんと選んでいるんだぜ」
 手を繋いで、二人は高い空をみあげた。
「いつか、ここから希儀への航路が繋がるといいな」
 希望の空を…」


 昨日のリーガも凄かったが、今日のイテユルムもかなりのものだ、と璃凛は思った。
 街全体がお祭り騒ぎだ。
「楽し気でええね。こういうの」
 星鈴は楽しげに笑うが、街の人々を見つめる璃凛の視線に只ならぬものを感じ星鈴は首を傾げた。
「そうやね。残念や、次来る時の賑わいを、己の眼で見れへんのやから」
「璃凛?」
「あのな…星鈴…」
「そう言うと彼女は語ったのだ。自らの身を襲いつつある異変の事を…。
「そんな…」
 言葉を失う星鈴に璃凛は首を横に振り、
「別にそれはいいんやでも…、だからこそ気付いたこともあるしな…」
 星鈴を見つめる。
「おなご同士やから、色々言われるやろうけど夫婦にならへん?
 一緒に、歩いていきたいんや?」
 冗談のような提案を、星鈴は真剣に、抱きしめるように受け止めた。
「…うちは璃凛嫌いやないし。…むしろ好きやし…。まぁ、そん、なんや…うちは、えぇで…家事もできへん武骨もんな女やけど、よろしゅう…な」
「星鈴!」
「こら、抱き付くんやない!! って。危ないやろ!」
 抱き付いてきた璃凛を剥がし、星鈴は
「ほら、一緒に行くんやろ」
 手を指し延ばす。
 少し恥ずかしそうに手を握り合った二人は自分達が守ってきた人を、大地を夢を、共に見つめていた。
 その目に、心に焼き付けるように。

 新型飛空艇「ザフートラ」が空に舞う。
 開拓者が名付けた明日の名を持つ船の中で、流陰は静かに遠ざかる儀を見つめていた。
「るー君?」
 無言の自分を気遣ったのだろう。
「大丈夫だよ。瑠々那」
 顔を覗き込んだ人妖の頭を彼はそっと撫でる。
 そして目を閉じる。
 心に浮かぶのはかの地で出会ったたくさんの人たち。
 そして、黙って彼を送り出してくれた『友』
 皆と、約束した。
 やり残したことを終えたら、必ず戻ると。
「必ず戻ってきます。その時、この場所がどう変わっているのか、皆がどう成長しているのか…楽しみにしています」
『待っています。だから…どうかご無事で』
『時々はルーウィンの顔を見に来なさいよ!』
「彼らに成長を楽しみにしていると告げた以上、僕らも成長しないとね…」
 見送ってくれた人々を思い出し、小さく笑うと流陰は下を見るのを止めた。
 そして視線を遠く、彼方の空へと向ける。
「この南部は未来に向かって進み始めた。
 だから僕らも進もう、瑠々那。
 明日の先にある未来を目指して」
 ザフートラは飛ぶ。未来へ向けて…。

 そして、南部辺境伯とその夫人は妹夫婦や、仲間と共に幸せそうに微笑む。
「なんだか、昨日よりも綺麗になったよね。フレイさんも、グレイスさんも」
 希望の空を、幸せに続く空を見つめて。
「これからの日々に祝福を☆」
 星芒の澄んだ歌声と祈りを捧げる。
 心を込めて…

 歌声と、笑い声を見ながら南部辺境伯もまた祈りを、空に捧げた。
 旅立った友の言葉を思い出しながら。
『もし叶うならその時は…この地に生きる者たちの中の一人に加えて頂ければと、そう思っています』
「旅立つものに祝福を。前に歩み続ける者に幸いを。
 南部辺境が貴方方の故郷となりますように…」
 辺境伯は妻と並び立ち、いつまでも青い空と飛び立った船を見つめていた。

 南部辺境はこの日、春を迎える。
 幸せをもたらす春が、繁栄の時が…美しき花嫁と共にやってきたのだと人々が知るのはもう少し先の話であったけれど…。