【南部】未来の空
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/20 01:34



■オープニング本文

 ジルべリア、南部辺境は活気と笑顔に溢れている。
 昨年からリーガを中心に進められている南部辺境、自治区構想は緩やかながらも確実に前進しつつあった。
 冬の間に試験的に学舎の運用が開始。
 フェルアナ、ラスカーニア、メーメル、リーガの各領主館の一角が解放されて、子供達が賑やかに楽しく遊び、学ぶ姿が見られている。
 農繁期に入り彼らが人手として必要とされるようになるとまた色々と考えなくてはならなくなることもあるのだが予想された大人達の反発も、開拓者達の説得や、各領主の尽力もあって今のところは最小限であるようだった。
 そんな中、新開拓地イテユルムより、さらに一つの朗報が入った。
 イテユルムで建築中であったジルべリアと天儀を結ぶための新たな港。
 パダーラク港、開拓者が授けた「贈り物」の名を持つ港は自治区構想の起点となる場所であり注目を集めていたがこの程、それがかねてより建設中の新型飛空艇と共に完成したというものである。
 試験飛行を実施し、安全が確認されたら正式に開港式を行って夏からは正式運用をという流れて、今月末に行われると発表された南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの結婚式の話と共に南部辺境の民にとっては一足早い春の到来にも等しい、希望に満ちた日々を期待させるものであったのだ。

 だが、そこにそれらを吹き飛ばし、嘲笑うかのような連絡が入る。
「大変です! 新航路にアヤカシの群れが!!」
 報告によれば今まで未踏であった新航路の調査中、偵察艇がアヤカシの群れに襲撃されたのだという。
 群れ。
 それらは飛行アヤカシの、恐るべき大群であったという。
 鵺や人面鳥、鬼面鳥などを含む数百の群れ。
 それを率いているのは鵺。
 しかも通常5m前後の鵺の中でも一際大きい、しかも人語を解する亜種であったらしい。
『空は我らが領域。
 それを侵す者は許さぬ…』
 そう語った。と。
 命からがら逃げかえった護衛は南部辺境伯に報告した。
 その後の調査で、どうやらその飛空アヤカシ達は天儀やジルべリアなどの戦乱後はぐれたアヤカシ達が集まったものであるらしいと判明した。
 バラバラであったアヤカシが知性を持つ鵺の元に集結し、機を伺っていた。
 本来であるなら見つかりにくい地点で合った筈のその場所が新航路となった為に発見されたのだと見られる。
 発見されたアヤカシ達はイテユルムと南部辺境を目標に定めたようで現在、襲撃の為にさらに数を集めつつある。
 最終的にかなりの数がイテユルムに襲ってくるだろう。
 そのあとは、南部辺境に…
「逆に言うなら、これは好機です」
 報告を受けたグレイスはそう語って立ち上がった。
「ここでアヤカシの群れを殲滅できれば今後のジルべリア、ひいては天儀の憂いが少なくなります。
 新航路も安全が守られる。
 南部辺境の全力をもって航路を守り、飛行アヤカシの群れを蹴散らします。
 開拓者ギルドにも連絡を!」
 
 かくして、南部辺境と天儀の空を守る最後の決戦の幕が開かれようとしていた。


■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫
中書令(ib9408
20歳・男・吟
星芒(ib9755
17歳・女・武


■リプレイ本文

●空の奪還
 ジルべリアの春は遅い。
 今年は雪が少ないとはいえ、空気にはまだ凛とした寒さが宿っている。
 冴え渡る青空に浮かぶ飛空艇。
 その甲板で蒼の彼方、まだ姿も見えない敵を集まった開拓者達は黙って見上げていた。

「辺境伯、今回の敵の中心は鵺、という事で間違いはないのですね?」
 確認するように問うてきた中書令(ib9408)の言葉に今回の依頼主であり、南部辺境伯であるグレイス・ミハウ。グレフスカスは、はい、と頷いた。
 ジルべリア、天儀の新航路に巣食うアヤカシとの戦闘に向かう飛空艇。
 集められた開拓者達は最後の確認を行っていた。
「ジルべリアには馴染みの薄い敵ですが、その点に関しては厳重に偵察調査を行いました。
 人面鳥、鬼面鳥を中心とする飛行アヤカシの群れ。
 怪鳥、大怪鳥、眼突鴉なども混ざり、それらをキマイラや以津真天などが率いています」
「そして、それらを束ねるのが進化した可能性がある鵺、ということですね。正確な数は?」
「細かい誤差はあるかもしれませんがおそらく300を超え、500には届かない、というところではないでしょうか?
 キマイラや以津真天クラスの敵は全体を合わせても一桁を超えてはいませんが」
「なるほど…」
 嶽御前(ib7951)は中書令と顔を見合わせた。
「今確認されている敵の中で厄介な攻撃は、呪詛と毒と魅了ですね。
 精神に関わる状態異常治療は私の方で引き受けます」
「彼我の戦力比がこれだけある以上一点集中の短期決戦に持ち込まないと数の暴力で潰されます。
「敵は数こそ多いですが今までこの地帯にいなかった敵も含まれている等敵の種類に統一感もなく、かなり強引に纏め上げた感があります。
 率いている鵺と指揮官候補のアヤカシを最初に潰せば指揮系統が破壊された残りは烏合の衆になり、殲滅はしやすくなると思われます」
 二人の冷静な分析は、他の開拓者も、そして勿論グレイスも同意するものだった。
「辺境伯。今回参加する龍騎士は何人ですか?」
「一小隊、三十名です。少ないですが、南部辺境でも精鋭を集めたつもりです。
 それでも敵との数は10倍近いので危険度は減りませんが」
 辺境伯の言葉に龍牙・流陰(ia0556)は頷く。
 実際、志体持ちの龍騎士をそう多くは確保できまい。
 その言葉にう〜んと考える様な仕草を見せていた星芒(ib9755)は顔を上げてグレイスに問う。
「じゃあ、その何人かを貸して貰えるかな? 鵺との戦いの露払いに。敵の後続を断ってもらえたら、あたしはリーダーの鵺に突っ込むから!」
「なるほど」
 もう一度嶽御前が頷く。
「もし、こちらが敵の指揮官であれば、まず周囲に比較的頑丈なアヤカシを配し守りを固めた後、使い捨てのアヤカシに波状攻撃を命じて数の暴力で消耗を強いるでしょうから。
 対策として出来る限り、何があっても即時治療可能な範囲で集まった状態を保ち一丸となり鵺への道を強引にこじ開け続け鵺との戦いに持ち込むのが手かと」
「鵺との戦闘に挑む仲間をなるべく有利に送り込む為には、敵の目を引き付ける必要があるでしょう」
「それは私が引き受けましょう」
 躊躇いなく答えたグレイスに、
「グレイス」
 言うと思った。という顔で肩を竦めて見せたのはフレイ(ia6688)であった。
「とにかく派手に立ち回り、敵の目を引き付けましょう。こちらに敵が意識と敵を集中させたら、敵を分断。
 一気に鵺を狙う、ということですね」
「貴方は変わらないな」
 苦笑するニクス・ソル(ib0444)の目がふとリューリャ・ドラッケン(ia8037)と合った。
「解っている」
 そんな目でリューリャは自由に空を飛んでいた相棒光鷹に向けて視線と手を伸ばした。
 大空の翼で彼らは同化し、その光の翼を羽ばたかせる。
「敵の数を減らすのは任せろ。ある程度絞れれば、あんた達なら十分立ち回れる筈だ」
「当然よ」
「では、僕が龍騎士をお借りして敵の首魁である鵺と、雑魚アヤカシの分断を受け持ちます。
 星芒さんの援護もお任せ下さい」
 強い笑顔で答えるフレイ。その横で頼もしげに頷きあう開拓者達。
「ご協力、感謝します」
 グレイスがリューリャに流陰に、星芒に、いや開拓者と龍騎士全てに頭を下げた。
「なに、この問題は協力と言うより責務さ」
 リューリャは軽く、でも真剣な眼差しで答える。
「この国の為に、害になるものを倒す。
 それだけの話なのだからな。
 個人の思想も夢も関係ない、純然たる利害の一致という奴だ」
 彼の言葉にその場にいた全員が、心から同意するように頷いていた。
「あ、でも辺境伯は前に出すぎちゃダメだからね☆」
「そこは、私が見張っておくから大丈夫」
「辺境伯、敵集団を補足しました。こちらに向かってきます!」
 見張りからの連絡に、場の空気がピンと音を立てるように張りつめた。
「よし、いくぞ。シックザール!」
 ニクスが相棒の背を叩く。
「すまないが、先に行かせてもらうぜ!」
 甲板を蹴り、空に舞うリューリャ。
「まずは、銃や弓、遠距離攻撃できる方達が一斉射撃で数を減らして下さい。
 その後は近接戦闘が得意な方が間を詰めて攻撃お願いします」
 そう、龍騎士達に流陰は指示を与え。
「行くわよ。グレイス!」
 フレイは辺境伯と共に飛び立った。
「後方支援は我らにお任せを!」
 中書令に嶽御前も。
 それぞれの相棒と共に彼らは空に飛び立つ。
「イテユルムは絶対守ろっ」
 笑顔で告げた星芒の言葉を胸に。

●開かれた道
 それは、アヤカシの雨に似ていた。
 一体一体であるなら気にも止める事ない相手。
 しかし、それらが集団になると侮れない力を発揮する。
「数の有利を出来るだけ早く無効化・無力化しない事にはジリ貧だ。
 あちらの方が数の利・地の利があるんだからな」
 リューリャが言ったとおりである。
 そのリューリャは近づく敵を怯ませつつソードウィップで薙ぎ払っている。
「孤立したら危険だよ! 間合いを詰めさせないように。常に数人でチームを組んで連携して!」
 星芒は怪我人の治療をしながら預かった龍騎士達に声をかけた。
「ゼファー! 旋回!! シックザールと呼吸を合わせて」
 キマイラから放たれる風の刃を躱すとフレイは背後で戦う婚約者に声をかけた。
「グレイス! あまり離れないで!!」
 フレイの背後を守るようにして槍をふるっていたグレイスは小さく微笑むとスッとまた、彼女の背後についた。
 互いの気持ちややりたいことがまるで呼吸をするように自然に理解できる。
「ふふ…」
 気が付けばフレイは小さく笑っていた。
(不謹慎であまり大きな声では言えないけれど、楽しい。彼との共闘、一緒のものを同じ視線で見れることが…、彼と同じ理想の為に戦えることが…)
「アヤカシだろうと、なんだろうと、彼の夢の邪魔をさせたりするものですか」
 決意と共に近づいてくる敵にフレイは剣気を叩き付ける。
「フレイ! 君も前に出すぎるなよ。辺境伯の護りはこっちでも考えるから」
 前のめりで戦う彼女を諌めるようにニクスが盾を構え声をかけた。
「ありがとう。頼むわ」
 彼がいるなら心配の欠片も必要ない、とフレイは安堵して強い眼差しで前を向く。
「さあ、覚悟してもらうわよ!」
 この空に敵など一人も残さない。
 ここから始まる夢はもう、彼一人のものではないのだから…。

「うわあっ!」
 前衛で戦っていた兵士の一人が突然悲鳴を上げた。
「以津真天です!! 状態異常を受けた人は下がって!! 穿牙! ラッシュフライトで後退の隙を作って!」
 主の言葉に鋼龍穿牙は躊躇いなく敵の前に向かい強攻を仕掛けた。
 以津真天はとっさに後退。ダメージは軽微であったろうが、こちらも今は倒すことが目的ではない。敵の毒煙から逃れるように間をあけた。
「こちらへ!」
 流陰のおかげで後ろに下がれた騎士は嶽御前の戦馬、天に自らの龍を寄り添わせる。
 白い光が彼を包み込むと彼は、ふう、と大きく息を吐き出し
「ありがとうございます!」
 また戦場に戻って行く。
 何度、傷ついた仲間や兵士達に治癒の術をかけたかわからない程だが、辺境伯が用意してくれた節分豆をかじりながら嶽御前は
「そろそろ…相手も余裕が無くなってきましたか…」
 冷静に戦場を見つめていた。
 一時は空を埋め尽くす勢いだった敵の数も、今は目に見えて減ってきている。
 囮となって敵を引き付ける辺境伯とフレイ。
 空を自在に駆け回り、「鷹睨」で敵を恐慌に落とすリューリャ。
 彼によって戦意を失ったアヤカシ達はニクスや流陰、そして兵士達の攻撃によって、こちらの消耗も皆無ではなかったが、その数を確かに減らしていた。
 鵺は嶽御前の思う通り、頭のいい敵であった。
 討伐隊の姿を確認してすぐ、自分の周りに中級アヤカシを集めて守りを固め、下級だが数に勝る配下を次々と波のように差し向ける。
 それをもし予測していなければ後手に回っていたかもしれない程に、それは的確な采配であった。
「…でも、それ故に読みやすいと言えるでしょう」
 嶽御前と共に後方支援をしながら状況を見ていた中書令は小さく呟く。
 前線が押されていることに脅威を感じたのだろうか。
 ここに至り以津真天やキマイラなど、今まで鵺の側に控えていた中級アヤカシクラスが前に出てきたのだ。
 彼らに率いられて、烏合の衆であった怪鳥や人面鳥なども統率のとれた動きをし始め、こちらの被害も大きくなってきている。
「ここが勝負の仕掛けどころ、ですね」
 視線を交わしあう嶽御前と中書令。
 そしてほぼ同じタイミングで
「頃合いかしら? ね? ニクス?」
 フレイは龍を旋回させるとニクスを見る。
 彼女の視線に頷いたニクスはリューリャに、そしてフレイはグレイスに合図を送った。
「総員! 後方へ!!」「下がれ! 射線に巻き込まれるな!!」
 仲間達が下がったのを確認した二人は敵を『宙空待空』で待ち受けて威嚇すると、
「双竜巻撃!!」
 おびき寄せられた敵を押し返した。
 後ろに下がるアヤカシ達を追撃する銃弓兵達。
 それにタイミングを合わせたニクスとフレイは『風雷一閃』で間合いを詰めて追い討ちをかける。
「今です! 総攻撃!!」
 グレイスの指揮で龍騎士達も一斉に勝負をかける。
 空での戦いは飛行アヤカシ達に圧倒的にアドバンテージがあるように見える。
 しかし、場の先手は常に討伐隊にあった。
 リューリャの戦陣「龍撃震」は開拓者達にイニシアチブを与え続けていたのだ。
 スピードで勝るキマイラが一気に間合いを詰めてくる。
 でも、まだ彼らには迎え撃つ余裕があった。
「フレイさん!」
 グレイスに迫ってくるそれをフレイは速度で撹乱し『猿叫』でひるませた。
 動きが止まった鵺はグレイスの槍とフレイの斬撃で挟み撃ち、文字通り切り刻まれる。
「ええ。彼がいれば何も怖いものなどないわ」
 彼女は自信に満ちた笑顔でそう告げていた。
 薄くなっていく戦陣に
「陸! ラッシュフライト!!」
 飛び込んだ中書令。
 彼の『魂よ原初に還れ』がアヤカシの壁に大きな穴を穿った。
 全員の渾身の攻撃が空に一筋の道を作る。
 その先に…待ち構えているのは鵺だ。
「行って下さい! 星芒さん!」
 流陰が声を上げる。
「了解! 南部の空は渡さない!! 錘旋」
 数名の兵士と飛び込んでいく星芒とその視線の先の鵺を見送った流陰は
 ふと
「…思い出したよ。…僕の故郷を襲い壊滅させたのも、鵺だった」
 零れ落ちたように言葉と思いを紡いだ。
「あいつがあの時の奴なんて可能性は低いだろうが…どちらにせよ、やることは変わらない」
 そして龍の背に身を伏せる。
「僕達も行こう! 穿牙。
 奴は、絶対に逃がさない…
 この空を、希望を、未来を閉ざそうとするのなら…僕たちの力で切り開いてみせよう!」
 再びのラッシュフライトで相棒と流陰は、最後の戦いへと飛び込んで行った。

●掴み取った未来
 その鵺は開拓者が知るどんな鵺よりも巨大で禍々しい姿をしていた。
『我らが魔の森を奪い、主を奪い、そして今、空をも奪おうというのか…』
 怒りと呪詛を纏い、鵺は攻撃を仕掛けてくる。
「!! 散開! 敵の攻撃が来るよ!!」
 星芒の言葉に仲間達が散った直後、強力な雷撃が周囲に弾けた。
 必ずしも体躯と能力は正比例するものではない。
 けれど、近づく隙を与えない雷撃に、近寄る者全てを飲み込む黒い、呪詛。
 素早い動きと、腕一本で鋼龍さえも吹き飛ばす剛力。
 目の前の敵のそれは歴戦の開拓者達さえも認めざるを得ない強さを有していたのだった。
「でもね」
 くすり、と星芒は笑みを浮かべる。
「単体の力なんて、たかが知れてるんだよ♪」
 その言葉通り、絶え間なく仕掛けられる呪詛は自身で、フォローしきれない龍騎士の分は中書令が回復させる。
 雷の攻撃は祓魔霊盾と相棒の龍鎧で防御する。
 一人では到底叶わなかったろうが、仲間と力を合わせることで
「…大丈夫、負けない。勝てるよ!!」
 彼女はそう確信していたのだ。
「闇から出てきて、配下も手放した。その時に、もう負けは決まってたんだよ。きっとね」
『おのれ!!』
 鵺が力を溜めるかのように体を震わせる。
 必中の雷撃がまた来るだろう。
(でも、ここがチャンスかも…)
 星芒は龍の背をそっと叩く。
『死ね!!』
 再び鵺の周囲に金色の光が弾ける。
「下がれ! 凌駕紋章『拒絶の契約』!!」
 周囲の味方はニクスのその声で後退するが、
「くっ…このくらい!」
 顔をしかめながらも星芒は場に残った。
 ニクスのおかげで受けたダメージは軽微だ。
「ここが、チャンス!!」
 術地直後の弛緩。それを星芒は見逃さなかったのだ。
 山刀を構え、
「行くよ! 錘旋」
 相棒の龍鎧と強攻で突撃する。
 そして蒼浄焔戈を渾身の力で叩き付けたのだ。
「人・龍・一・体☆」
 一度目の攻撃が鵺に吸い込まれる。
『お、おのれ!!』
 そのまま二度目の攻撃を入れようとした星芒と反撃を狙った鵺の攻撃は、ほぼ同時に発生する筈だった。
 紅い光が鵺の眉間を撃ち抜かなければ。
『うぎゃあああ!!!』
「もはや大勢は決した。お前たちの滅びを礎に、俺達は明日の道を切り開く」
 射程ギリギリからブラストショットを放ったリューリャはそう呟く。
 その言葉は存在を貫かれ、切り裂かれ、今まさに瘴気に還ろうとする鵺には聞こえていただろうか?
 鵺は最後の力を振り絞って、逃亡を図る。
 けれど…
「流陰さん!」
「無駄です…。消えなさい」
 退路を予測して待ち構えていた流陰の柳生無明剣が、鵺の存在そのものを掻き消したのだ。
「……ん、なんか掴めちゃったみたい?」
 空に溶けていく鵺と自分の手を見つめながら、星芒はこの戦いの勝利と、自分達の未来を掴み取れたことを確信していた。

●花咲く南部辺境
「風が気持ちい〜☆」
 飛空艇の甲板で星芒は頬を擽る風に目を閉じた。
 一面に広がる蒼とぽっかりと浮かぶ雲。
 数日前、この空で起きた戦いが嘘のように平和な空である。
「往復しても敵の姿は見えない。掃討に成功したとみていいようですね」
 嶽御前と並ぶ中書令もまたそう嬉しそうに微笑んでいる。
 鵺の変種とそれらが率いた飛行アヤカシとの戦いから数日後。
 確保された新航路の安全確認の為、イテユルムから飛び立った船に開拓者は乗船していた。
 初飛行となる新型艇に乗せて貰ったのだ。
 万が一敵が残っていた時の護衛も兼ねて、であるが行程は順調そのもの。
 今までの船より足も速く乗り心地もいい。
 鵺の討伐の後、開拓者と龍騎士達が徹底して行った掃討戦は十分効果を発揮したようで、幸い空には怪しい影は見られなかった。
「今日は天気がいい。空気も暖かくなっているな。
 景色もいいし…あいつにも見せてやりたかったかな」
 いつも一緒だった妻を思い出しながら、ニクスも清らかな風を感じ、笑顔を見せた。
「天儀までの飛行時間も大幅に短縮されている。
 まあ、無理を言って新航路を開拓するだけのことはあったか…」
「そのようですね。この航路が安定すれば、ジルべリアの貿易はジェレゾと南部辺境。
 二柱に支えられて盤石のものになるでしょう」
「ただ、天儀からの人や情報、物などを取り入れつつジルべリアの文化は守っていく必要があるからな。
 その点で言ってもイテユルムは適しているということだな」
「ええ」
 流陰とリューリャ。
 長く南部辺境を護ってきた彼らは静かに船の行く末を見つめていた。
 目的地が近付いているのだろう。飛空艇は静かに降下し始めている。
 薄い緑に包まれた大地に港が見える。
 徐々に見えてくるそこには、初飛行を終えた船を待つ人々が、空と南部辺境の護り手達に手を振っている。
 船はゆっくりと港に降りて、静かに座す。
 人々の喜びの声と拍手がここまで聞こえるようだった。
「これで本当の意味で、新たな港町が完成したと言えますね」
 流陰は噛みしめるように告げた。
「そしてようやく…始まるんですね、ここから」
 南部辺境とジルべリアの変革は始まったばかりだ。
 航路と港を完成させたことで、このイテユルムは身分制度を排した特殊自治区として動き出すことになる。
 かつて、戦乱に襲われ、荒廃した南部辺境が今、新たな道を歩みだそうとしているのだ。
「まだまだこの先どうなるかは分かりません。
 ですが僕は信じています。
 これまで過酷な環境に置かれていた人々と、数々の試練に見舞われてきたこの地に…『凍て緩む』季節が訪れることを」
「…そうだな」
 流陰の言葉にリューリャもニクスも、星芒も、嶽御前や中書令も静かに頷く。
 空を護り、航路が確保され、開拓者に与えられた「依頼」は終わった。
 でも、人々の生活は、南部辺境の未来は、ここから始まるのだ…。

 試験飛行の飛空艇を熱狂的に民は迎える。
「無事に、帰って来たみたいね」
 彼らから少し離れた場所で、南部辺境伯グレイスは南部辺境の『希望』を見つめていた。
 新型飛空艇と新航路。
「ふねがかえってきた! おとうさんがつくったおふね!」
「開拓者のお兄ちゃんやお姉ちゃんにお花をあげようよ!」
 優しくて前向きなイテユルムの民、そして…開拓者達。
「少しは安心した?」
「ええ…まだまだ、これからですが…」
 そして、横を見る。
 彼に寄り添うフレイ。
「そうね。でも、大丈夫。きっと乗り越えていけるわ。
 私達は、一人じゃないんだから」
「ええ、その通りですね」
 グレイスはその言葉と笑顔を抱きしめるように目を閉じる。
 フレイの明るく、前向きな笑顔こそが、思いこそが闇を照らすグレイス自身の『希望』なのだ。
「これから、忙しくなりますよ。
 試験飛行が成功しましたから、いよいよ港を開港させます。
 その為の準備、招待客の手配。やらなくてはならない事が山積みです」
「そうね。学校の方ももっとちゃんと進めないといけないし…。
 あ、でも無理しちゃダメよ。私も手伝うから」
 腰に手を当てて指を立てるフレイに
「ええ、期待しています。ああ、でもその前に貴女にはやって貰わなければならない事があったんです」
 グレイスはぽんと手を叩いた。
「なあに?」
「私と結婚して下さい」
「!!!」
 顔を真っ赤に染め、硬直したように動かなくなったフレイを抱きしめグレイスは自分の唇とフレイの唇を重ねる。濃厚で熱い感覚に痺れたように、グレイスが解放するまでフレイは身動き一つとれなかった。
「…もう! 不意打ちなんて卑怯よ!」
「貴方からばかりでは不公平ですからね。戦闘後もいきなりの抱擁とキスは少し…恥ずかしかったんですよ。
 だから、お返しです」
 悪戯っぽく笑い終えたグレイスは真剣な眼差しでフレイの手を改めて握りしめた。
「母上が貴方の為にウエディングドレスを用意しています。
 開港式にお招きする皇帝陛下の御前で、貴女には私の傍らに妻として立って欲しい。受けて…頂けますね」

 この日、晴天の空の下。
 南部辺境の未来が、美しく、花開こうとしていた。